氷野の展望
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この小説の夢小説設定フェードラッヘ・白竜騎士団の会計事務
数年前に失明したことで前線を退き、裏方仕事をしている。
下級貴族から家出する形で黒竜騎士団に入った経歴がある。
騎士としてのプライドは高く、皆に優しく自分に厳しい性格。
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それなりの服を着て、ウェールズ城下まで来ていた。
この日のために無理なスケジュールをこなし、なんと3日連続の休みをもらったのだ。
押し付けられる仕事も難なくかわし、全てはこの日のために…
(でも、いるかどうか…)
以前手作りのクッキーが食べたいという理由のために馬をとばしてクッキーを門番に渡しとんぼ返りした。
あの後はほぼ休みなしで仕事だったため身体中ばきばきになり大変だった。
しかし今回は比較的ゆっくり行き来できる。
とりあえず、フェードラッヘを出る前に手紙を出した。
「近々そっちいきますよ!たぶん一ヶ月以内!たぶん!」みたいな内容だ。
もちろん返事などはない。
行き違いがなければの話だが。
荷物を宿に預け、城下を散策する。
そこそこ活気があって、治安も悪くない。
幽門事件の後は騎士団員の治安部隊を編成したりシフトを決めたりで、それこそカリアが何度も馬を走らせた覚えがある。
その時はもう二度と行きたくないと、汗まみれになって思っていた。
仕事以外できてみれば外観も綺麗でいい街だ。
観光もそこそこにしてウェールズ城にたどり着く。
いつみても大きな城だ。
まぁ名家と言っているが正しくは国だ。
城も荘厳であるべきだろう。
城を眺めていると、一人の門番が近づいて来た。
怪しまれたに違いない。
とにかく身の潔白を、と通行証明書を出そうとする。
「カリア様ですね
お待ちしておりました」
「…え、ど、どうして私の名前を…」
「アグロヴァル様より仰せつかっております。
お荷物はどちらに」
「宿に…」
「ご宿泊はそちらで?」
「はい」
「では荷物を使いの者に持って行かせます
今晩はウェールズ城にお泊まりください」
「え!?」
急な展開に目を白黒させる。
おそらく手紙を出したせいでこんなことになったのだろう。
ここまでしなくとも良いのに、と思ってしまう。
「アグロヴァル様の本日のご予定でしたら夕方には城に戻られますゆえ
お部屋にてお過ごしください」
そのまま案内され、綺麗な内装の城へ。
長い廊下と広い空間にキョロキョロしながらたどり着いた部屋でもやはり非常に広かった。
こんな広い部屋はカリアでさえも初めてで、逆に不安になるほど。
椅子に腰掛けてもなんだか落ち着かない。
手土産で持ってきたものも、途端に自信がなくなってきた。
あれこれと考えつつも、壁にかかっている絵を眺めながら時間を潰す。
そうして日が沈む頃、ドアにノックが響いた。
「は、はい」
従者の後に現れたアグロヴァル。
いつもよりご機嫌に見えるのは気のせいか。
「お久しぶりです、アグロヴァル様」
緊張しながら挨拶。
こんな部屋で見るせいか、本当に当主であり、治世者なのだと実感させられる。
「ああ、その後は委細問題ないか」
「ええ、はい、縁談の話も全く来なくなりました…」
アグロヴァルは従者に目を向け従者は一礼した後に部屋を出た。
実質二人きりだ。
「ふ、何を固くなっている」
「いえ、そ、そんなことは…」
そして自分の手にある紙袋を思い出して、
「…あの、手土産を持ってきたんです
もしかすればお口に合わないかもしれませんが…
昨日、作ってきたので、よかったら」
「そうか…いただこう」
いつもと違うせいで話しづらい。
会話が続かず、いつの間にか必死に話題を探すカリアがいた。
「お忙しいですか…?
無理されてませんか?」
「問題ない
…いや、むしろ貴様こそどうなのだ
そのセリフは己に向けるべきではないか?」
ブーメランをくらってしまった。
カリアは苦笑いをして発言を控える。
もし素直に言って仕舞えばきっと、無理して来るくらいなら休め、と言うに決まっているからだ。
「いつまで滞在するのだ」
「明日には発とうと考えています。
休みは今日含め3日頂いているのですが、悪天候の心配もありますし。」
「そうか…
我が戻るまで、しばしこの部屋にて身を休めよ」
アグロヴァルはカリアの手土産を持ち部屋を出た。
ガシャガシャと鎧の音が聞こえてハッとする。
公務が終わってすぐにこの部屋に来たのだと。
だからなんなのか、と言われれば、カリア自身よくわからない。
だが妙に嬉しくなって顔を冷ました。
少しの時間が経ち、アグロヴァルはもう一度現れた。
鎧は全て脱ぎ、シルクのシャツと黒の美しいズボンを着こなしている。
光に当たるたびに薄ら刺繍が浮き立ち、荘厳な模様を捉えた。
「カリア、今宵は貴様をもてなそう」
「は、はいっ、ありがとうございます」
差し出された手にゆっくり重ねる。
紳士のように恭しく手の甲に口づけした。
そういった経験はあまりないが、貴族の社交会でそんな場面を見る。
きっとそう言うものなのだろうと思い込んでもなかなか火照りは抜けなかった。
アグロヴァルのエスコートで進むと、長いテーブルに食事が用意されている。
旅費で食費を切り詰めていたカリアにとっては釘付けになる程美味しそうにみえた。
「カリア様、こちらへ」
「はい」
従者の勧めで端に座る。
アグロヴァルはその向こうだ。
極端な長さではないとはいっても、こんなことは初めてだった。
シェフが現れて説明をするがいかんせん下級貴族のカリアが聞いてもなるほどとは思わない。
何をしゃべっているのかわからないほど、知らない単語が飛び出していた。
とりあえず、いただきます、と言って一口。
「っ、う、
…お、おいしい…」
「お口に合ったようで何よりでございます」
「こんな美味しい食事初めてです」
前菜、スープ、メインディッシュ
全てにおいて頰が落ちそうなほど美味しいものだった。
牛肉は柔らかく、口の中で溶けていくし、野菜はすべて甘みがあり何もつけなくても食べてしまえた。
そしてぶどう酒もいただく。
こんな食事を毎日していると思うとアグロヴァルに嫉妬してしまいそうだ。
口直しのデザートもわざわざ用意したようで、ここ一番幸せな食事を堪能できた。
「ごちそうさまでした。
はぁ…幸せです…」
「勿体無いお言葉でございます」
いっぽうカリアをじっと見つめるアグロヴァルは終始無言。
もしかして、一口食べるたび呟くように美味しい美味しいと言っていたのが気に障ったのだろうか。
「すみませんアグロヴァル様
こんなに美味しい食事は初めてで…うるさかったでしょうか…」
「ふ、いや何、招いた甲斐があったと思っただけだ」
カリアの表情を眺めていただけのようだ。
ほっとしながらも、気をつけないと、と自分に言い聞かせる。
アグロヴァルは席を立つ。
近くの従者に何か指示をするがカリアにまで聞こえない。
「我は先に失礼する」
「は、はい…」
代わりに近くに来たのは女性の従者
「長旅でお疲れでしょう
湯船にてごゆるりと疲れを落としてくださいませ」
「えっ、湯船」
さあさあと引きずられるように今度は脱衣所まで。
服を脱がされてしまい、あわあわとしているところで無駄に広い風呂場へと連れられる。
「お背中をお流ししますね」
「あ、あの、自分でできますから…」
「いけません
アグロヴァル様より命を受けました
何より御髪を大切にせよと」
「か、髪…ですか?」
「ええ、美しい青の髪を整えよとのことです」
かーーっと顔が赤くなる。
従者に髪を洗われながらもそんなことを思っていたことに照れる。
結局隅々洗われてしまい、恥ずかしくなりながらも新たに用意された衣類に着替える。
こちらもまたシルクのワンピースだ。
その上にローブを着る。
髪を念入りに乾かされてようやく従者たちから解放された。
一応感謝の言葉を伝えて案内された部屋に入る。
(し、しんどかった…)
ようやく休める、と思ったのもつかの間、また例の人物がいた。
油断していたので声が出そうになったが気合で押さえる。
「遅かったな」
「え、ええ、従者の方達が、髪を念入りに手入れしてくださったので…」
アグロヴァルが手招きするので近づくと、手を引かれて一緒のソファーに座る。
「ふん、なるほど
忠実に従ったようだ」
髪の一房を指先でいじっている。
それからクルクルと絡める。
とりあえずそんなことよりカリアは別の意味で緊張していた。
アグロヴァルと距離が近いため、いい匂いがする。
引かれた手は何気に握られていた。
どきどきしながらも耐える。
「あ…アグロヴァル様の髪も、とても綺麗ですよ」
「ならば触れて見るか」
「えっ」
「冗談だ」
意地悪そうな笑みをしていた。
やはりこの人は慣れない。
「茶を用意してある
我に貴様の近況を聞かせるが良い」
「近況…ですか?」
「ああそうだ」
アグロヴァルが立ち、用意されている茶を持って来た。
従者が来ないということは完全に人払いをして二人きりのようだ。
「お茶、お淹れしますね」
「よい
今はそなたが客人だ」
(とても…もてなされている…)
気まぐれでワインを注ぐことはあったが、今回は気分ではない様子。
紅茶を渡されて少し飲む。
緊張はするが慣れ親しんだダージリンの匂いに少し気は和らいだ。
「そなたはダージリンが好きであろう」
「えっ、どうしてご存知なんですか?」
それには笑みで受け流される。
とにかく、話をせよとまで言われる。
仕方なく、仕事の話や、読んだ魔法書の話など、面白みのない近況を伝えた。
それでもアグロヴァルはじっと聞いている。
「えっと、一応はこの程度です…
あまり、パッとしない内容ですが」
「貴様、魔法が得意か」
「いえ、得意というほどでもありませんが…
そうだ、もてなしてくださったお礼に、」
拳を作り、手のひらを開く。
氷の結晶を作る。
空気中の水分をかき集めて次々に凍らし形にするのでその影響で手のひらで結晶が浮くようになる。
「アグロヴァル様、手を」
手のひらに浮いた結晶を乗せた。
花びらのように見えるそれは他人の手に渡ると水分の結晶化が止まり、温度の変化で、弾ける。
手のひらで行われる温度の差異でできる小さな魔法だ。
きらきらとした輝きが二人を取り巻く。
「どうでした?
私が偶然見つけた芸です」
「…ふ、
美しいな」
やった!と内心ガッツポーズをする。
いつも愚鈍だとか言われているのでこれで汚名返上だ。
「簡単なので、きっとアグロヴァル様にもできますよ
それに氷の魔法はお得意だと聞いています」
意気揚々としていたがアグロヴァルは首を横にふる。
あれ?と思っていたところでアグロヴァルは呟いた。
「そなたの手で作り出さねば、美しいとは思えぬのだ」
「え、」
かぁ、とまた熱が生まれる。
アグロヴァルがなぜそう言ったのか、
カリアはよくわからない。
そもそもアグロヴァルの過去を知らないからだ。
「で、でも」
じっと見つめる瞳があまりにも赤くて美しい。
「アグロヴァル様が、同じことを私にしてくださったら、きっと、それ以上に綺麗ですよ…」
「……そうか」
「はい、だってアグロヴァル様は綺麗ですもん」
「………それはどういう意味だ」
「え!?」
急に食い気味にがっしりと手を握られる。
何事かと思っていたらもう一度聞かれる。
「どういう意味だ」
「ど、どういうって…アグロヴァル様は、お綺麗な方ですし…」
「違う、そういう表面のものではなく」
「えーっと…ほら、私は隻眼ですし騎士団時代の傷もありますし」
だんだんとアグロヴァルは不機嫌な顔をする。
「な、なんだか、不快にさせてしまったようで…」
「貴様は毎度毎度期待を裏切るな」
「すみません…」
「だが、言っておくが」
またぐいっと顔が近づく。
驚いて少し逃げようとするとソファーの端だった。
「そなたは美しい
我が言うのだ
間違いなどありえない」
「あ、ありがとうございます…」
そんなに言われてしまったら、アグロヴァルは本音で、本心でそう思っているのだろう。
アグロヴァルはカリアの内心をかき乱して離れた。
「…今宵は冷える
火をつける故しばし待て」
「ありがとうございます」
そうしてアグロヴァルは火をつけるために暖炉に寄った。
しかしカリアはうとうととしてしまう。
緊張の連続で疲れが出てしまう。
必死に起きるが、気がつけばアグロヴァルは隣にいて、話をして、カリアは無意識に相槌をうつ。
しっかりしないと、と思えば思うほど眠気が襲ってついに睡魔に敗れた。
ぽて、とアグロヴァルの肩にもたれたので何事かと見下ろすとカリアが眠っていた。
少し後悔し、自覚した。
カリアに会えて舞い上がっているのだと。
そうでなければカリアに無理などさせはしないだろう。
「許せカリア」
どうせウェールズに来るまで働きづめだったのは目に見えている。
ここまで来るのに金銭を切り詰めていることもわかっていた。
抱き上げて、別室のベッドに寝かせる。
あどけない女の寝顔はいささか毒だ。
アグロヴァルは無言で見つめる。
散らばる青い髪が美しくて、指先で撫でた。
「よく眠るがよい」
瞬きをする。
荘厳な内装に、そういえばウェールズの城内だった、とぼんやり思い出した。
「っは!?」
がばりと起き上がる。
外は鳥のさえずりが聞こえていて、とっくに朝であると時計が告げていた。
そしてどんどん昨晩のことを思い出していく。
(ね、寝落ちした!!!)
最悪だ、
頭を抱えて落ち込む。
せっかくもてなしてもらったのに寝落ちなど笑えない。
ふかふかのベッドで爆睡していた自分を蹴り上げたいほどだ。
とりあえず顔を洗おうと、部屋の中を彷徨う。
広い部屋にはもちろん洗面所まで完備しており、あらかたの身支度はそこで出来た。
スッキリしたところでもう一度同じ部屋に戻ると、ベッドで隠れて見えなかったがカリアの荷物が置かれていた。
手早く着替え、寝巻きを綺麗にたたむ。
(とりあえず、アグロヴァル様に謝らないと…)
きっと、貴様はやはり愚鈍だなとか言われるのだろう。
ある程度予想しつつ部屋を出る。
長い廊下は無人だ。
なんの音も聞こえないので妙な不安が出てくる。
(それにしてもこの城はどれだけ大きいのやら…)
歩いて誰か居ないか探しているとふとシーツを運ぶメイドがいた。
「すみません
あの…」
「あっ!カリア様!」
「いえ、様付けされるような人間ではないので…
えっと、アグロヴァル様は今どちらに」
メイドはカゴを置いて一礼をして礼儀正しく応対をする。
「アグロヴァル様は朝の支度をなさっております
もしよろしければお部屋にてお待ちください。」
「はい、ではそうさせていただきます」
「すぐに身支度のご用意をさせていただきます」
「いいい、いえ、大丈夫です
私は自分でできますので、ぜひアグロヴァル様へ手回しなさってください」
「いいえそうはまいりません!
せっかくアグロヴァル様と親しい仲のお嬢様がいらしたんですもの
従者は張り切っておりますので!」
そのあまりの気合いに根負けする。
そこまで意気込んでくれているのに断ることなどできようか。
「で、では、お言葉に甘えて…」
「はい!お任せくださいませ!」
ともあれ何より気合が入っているのは従者なのかもしれない。
確かにちょっと気難しいアグロヴァルに友人と呼べる存在がいるかどうか少し不安だ。
そんな人だからわざわざ尋ねて来る人もあまりいないのだろう。
言われた通り部屋で待っているとメイドが二人も来て改めて身支度を受ける。
特に昨晩同様髪は丁重に扱われた。
先まで櫛で梳いて、髪を結う。
髪の両端を三つ編みにして中央の余った髪に巻きつけて上品にしてもらった。
「す、すごい…ありがとうございます」
「お似合いです」
「ええ、とても可憐です」
ずいぶんとニコニコしている従者に、つい尋ねてしまった。
そも、他国の人間にここまで愛想よくする必要があるのかと思ったからだ。
「あの…不躾で申し訳有りませんが
何か良いことでも?」
「すみませんニヤニヤと」
「私どもはアグロヴァル様にこんな素敵な方がいらっしゃったのだと思うとつい笑みが絶えなくなってしまうのです」
「えっ!!いえ、そんな!
私はアグロヴァル様とそういった関係ではありませんし、恐れ多いです!」
否定をしたのにメイドはにこにことして「ご謙遜せずとも」「ええ、私どもは鼻が高うございます」なんて言う始末。
メイド2人はそういう恋愛事情に花を咲かせる年齢のようだしあまり気にしても無駄なのだろうが。
そこから噂を流されても困る。
ため息をつきたくなってしまった。
そしてノックが響く。
「カリア様、失礼いたします」
ドアを開けたのは従者ではあるが、そこにいるのはアグロヴァルだった。
ひぇ、と昨晩の失態を思い出して背筋が伸びる。
「おはようございます!昨晩は大変失礼しました!」
化粧台から立ち上がり直角に礼をする。
冷や汗が今にでも吹き出しそうだった。
仮にもこちらは勝手に来た人間だ。
罪悪感を抱えていると、頭上から小さく笑う声がした。
そっと指先でカリアの顎を持ち上げた。
「よく眠れたようだな」
「は…はい
それは、とても…」
アグロヴァルはメイド2人に目配せすると一礼して従者ともども部屋から出ていってしまった。
「我もそなたに無理をさせた
すまなかったな」
「いえ、いえいえそんなことありません!
できることならアグロヴァル様の話も聞いて居たかったんですが…
アグロヴァル様も公務でお疲れなのに」
「よい
夜のひと時を共にしたこと、嬉しく思う」
顎を持つ手が、指の背が、カリアの頰をひと撫でして離れていく。
「我はこれより会議がある
そなたを見送れないことは残念だ」
「こ、こんな朝から!?
私のことよりお体大事にしてください!」
アグロヴァルはゆっくり瞬きをして口角を緩ませる。
どの笑みよりも優しく見えた。
「次は我がそちらへ赴く
その時は我の話を聞くがよい」
「はい、お待ちしています
昨晩のもてなしほどではありませんが精一杯尽くさせていただきますので!」
そう言うとカリアの横髪をくしゃりと撫でて部屋を出た。
その後は従者に丁寧にもてなされ、昼前にはウェールズを発った。
見送った従者に深く感謝を伝える。皆様によろしくお伝えくださいと。
昼食にと渡されたサンドイッチは、気軽に渡されることに違和感を覚えるほど美味なものだった。
(…というか私、今回ご飯食べに来ただけみたいになってる)
昨日から朝にかけての出来事を思い出しながら帰路に着いた。
◇
メイドがきゃあきゃあと小声で話す。
「アグロヴァル様が見染めた方だって聞いたからどんな方かと思えば、すごくいいお嬢様だったねー!」
「声も凛としてて、青い髪が綺麗で、アグロヴァル様が見惚れるのも納得できるかも」
「それに、アグロヴァル様ったら、カリア様を見つめる時、すごく微笑むのよ?
見てるこっちが微笑ましいわぁ…」
「家老様も、カリア様をみて頷いてたらしいじゃない!これはもう、公認でしょ?」
まだ付き合っても居ないというのに浮き足立って会話に花を咲かす。
人間嫌いで氷皇と謳われたあのアグロヴァルが人並みに笑みを浮かべ、かの想い人がいるとわかれば着替えもせず会いに行き、気を遣い、寵愛しているのだから楽しまずにはいられない。
話は次第に長い青の髪に移り、結婚式はあんな髪型こんな髪型、と盛り上がっているところで
「メイドども」
「ひゃいっ!?」「あっ、アグロヴァル様!?」「いらしたのですか!」
相変わらず鋭い目つきをしているアグロヴァルにその場のメイドたちは整列する。
これはまずい、と渋い顔をしている。
当主は呆れ返った表情をして冷徹に見つめる。
「も、申し訳有りません…」
「罰がありましたらなんなりと…」
申し訳なさそうな表情。
いつもなら一言、呟くように処分を言い渡すはずだが。
カリアがいつしか見せた罪悪感に満ちた表情をつい重ねてしまった。
「…貴様ら、数週間の猶予をやろう」
「はい…」
「カリアに似合う衣類を数着見繕い、我の前に並べよ」
「えっ」
メイドたちは顔を見合わせ、次第に笑みを取り戻す。
「勘違いするな
貴様らの根も葉もない噂を軽々しく流すでないぞ」
「はいっ」「仰せの通りに!」