氷野の展望
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この小説の夢小説設定フェードラッヘ・白竜騎士団の会計事務
数年前に失明したことで前線を退き、裏方仕事をしている。
下級貴族から家出する形で黒竜騎士団に入った経歴がある。
騎士としてのプライドは高く、皆に優しく自分に厳しい性格。
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バレンタイン
その戦いは1週間前から始まっている。
街行く女性たちは意中の男性へのチョコ探しで大忙しだろう。
かくいうカリアはどうなのかというと、非常に頭を抱えていた。
「どうなってんのこれ…」
一番下っ端の、見習い騎士曰く、ランスロット様へと押し付けられたのだそう。
リヤカーで庁舎へきたので流石のカリアも絶句した。
あいつはそんなにモテるのか、と。
「カリアさんこれどうしましょ…」
「ううーん…とりあえず騎空団に手紙届けるよ
このお菓子送りつけられても困るだろうし」
にしたってヴェインへの菓子が見当たらないのもちょっと可哀想。
ヴェインは料理上手で気前が良くて明るいのに。
別段好意を寄せているわけではないが、もし騎士の中で結婚相手を選べと言われたならヴェインを迷わず選ぶだろう。
そして、次に悩ましいのはチョコの保管場所。
常温で置くわけにもいかないので、熟考した挙句頭の悪い案しか浮かばなかった。
「え、倉庫に魔法使うんですか!?」
「そう」
「べ、別に女性のチョコをわざわざ倉庫使わなくったって」
「はぁ!?
そんなのゴミに捨てるのと一緒でしょ!」
どれだけ手間暇かけてチョコを錬成しているかも知らないでこの男たちは…とぶつくさ文句を言いそうになる。
ともかく倉庫の一画を開けてもらい、氷魔法で冷蔵する。
初歩とはいえ魔法を学んでいてよかったと今身に染みて思う。
とりあえずそんな騒動がバレンタインより1週間前に起こっていた。
そしてやはり毎日ほぼ同等の量が贈りつけられる。
まさかこんなことになろうとは、と急いで帰ってきたランスロットは少し遠い目をしていた。
「すまないなカリア…」
「いや、私はランスロットに頑張ってとしか言えない…」
例年より多いチョコの数は、面と向かって渡さずに済むからだろう。
何せランスロットは現在とある騎空団に世話になっている。
あちこち転々としているため、なかなか現在地は掴みようがないが。
「今は私の魔法で冷蔵してるから味は落ちたりしてないけど」
「魔法で冷蔵!?」
「仕方ないでしょ
ランスロット、ヴェインのパイが常温で1週間も放置できる?」
「無理すぐ食べる」
「そういうこと」
そしてランスロットは仕方なくチョコを食べるのであった。
いや、量が量なので消費するというほうが正しいかもしれない。
「ところでカリアは?」
「え?」
「チョコ、あげたのか?」
「あげる相手がいないよ
ランスロットやジークフリートさんにもどうかなとは思ったんだけど、この量だし…
時期をずらしてちゃんと渡すからさ、友チョコ」
ランスロットはやつれ気味に頷く。
ただし…、と小包を渡した。
「こっちはヴェイン、飴入ってるから渡したげて
こっちはランスロット用、胃薬」
「カリア…お前の優しさが染みるよ…」
「いいから早く食べちゃいなよ」
苦笑しつつランスロットの勇姿を見守る。
お前のことは忘れない…まるで戦地に赴く騎士を見るように。
そうして本日がバレンタイン。
ランスロットは気分悪そうにしている。
「大丈夫?追加のお薬いる?」
「いる…」
胃薬は薬草からできているので一気に飲んだとしても、胃が荒れ果てることはないが…
少し可哀想に見えてきた。
(これは来年のバレンタインは対策を練らないと)
とはいえカリアも今は年度末決済で忙しい。
ランスロットにかまってやれる時間も正直惜しい。
その日はランスロットはチョコに、カリアは書類に追われる始末となった。
二人が「これで最後…」と包装、書類を置いたのはさらに1週間後のことだ。
夜更けにランスロットとカリアは庁舎内で出会い、無言で握手を交わす。
「カリア…明日暇なら鍛錬付き合ってくれ…」
「私も…ストレスいっぱい溜まってる…」
ランスロットはオーバーカロリーの消費、カリアは鬱憤を晴らすため。
約束をしてその日は帰って即座に寝た。
しかし、カリアはその晩不思議な夢を見る。
夢にまで現れたのはウェールズの主、アグロヴァルだ。
以前ひょんな事でわりと近しい仲にはなったのだが。
カリアはアグロヴァルに会うたびにチクチクと罵倒じみた言葉を投げるので苦手意識を持っていた。
「貴様…よもや我に菓子の一つも用意せぬとは一体どういう了見だ」
氷帝アグロヴァルの名に相応しい冷たい視線。
ひょえぇえ〜!と背筋が凍った。
あまりの悪夢に目が覚めて、再び寝付けなかったほどだ。
早朝、あの夢はむしろ啓示なのではと思い立ってクッキーを買った。
一応の予防線というわけだ。
鍛錬用の衣服を纏っているのにクッキーを買うというあべこべ感は皆の視線を集めてしまう。
しかしそれも城へ向かえば消えていった。
鍛錬場はランスロットが走り込みを始めていた。
(相当チョコを食べたの気にしてるんだろうな…)
カリアも柔軟をしたあとランスロットに続いて走る。
「おはよ」
「ああ、おはよう
カリアの胃薬助かったよ、ありがとう」
「いーえ
来年はこういうことにならないよう、考えておくからさ」
互いに山場を乗り越えた。
そんな爽やかな気分になったところで、鍛錬を開始する。
模擬刀で打ち合い、互いに指摘する。
黒竜騎士団時代に戻った気分で高揚した。
天気もいい、風も涼しい、屈託無い会話。
カリアもランスロットも互いに晴れた思いで休憩に入る。
「いやー、久々に身体動かした」
「筋肉痛にならないようにな」
「もちろん
あ、そうだこの後魔法の練習付き合ってもらっていい?
仕事の合間に魔法書読んでてさ」
「ああ、いいぞ
カリアは魔法の才もあるからすごいな」
楽しく会話をする一方で、
ふと影かかかる。
誰だろうと振り向く。
「はごっ!?」
「えっ!?」
驚きのあまり変な声を出したカリアは慌てて口を塞ぐ。
「あ、アグロヴァル、どうしてここに!」
ランスロットがそう問いかける。
しかもよく見れば後ろに臣下も連れているので公務だとわかった。
「どうもこうも、公務だ
我はウェールズを預かる身ゆえ、体を動かすこともままならぬ」
アグロヴァルはカリアに目を向ける。
昨日の夢を思い出し、また背筋が凍った。
「カリアよ、我に言うことはないのか」
「え、いや、その
お、お久しぶりです
その後お元気でしたか?」
カチンときたのか籠手をつけたままカリアの頬を引っ張った。
「あうぅうあ」
「そうではないだろうがたわけめ」
(あー……もしかして嫉妬されてるのか…?)
ランスロットは苦笑しながら、まぁまぁとなだめる。
「今日はフェードラッヘに滞在されるので?」
「ああそうだ
明日は視察の後ウェールズへ帰国する」
「は、はなしてくらさい…」
ぎちぎちに頬を引っ張ってはカリアを涙目にさせる。
アグロヴァルもその眉間のシワを深くさせている。
「陛下、時間が押しておりますゆえ、
お戯れもそこそこに…」
「…ふん…ではな」
そうして颯爽とアグロヴァル一行は去っていく。
毎度毎度頬を引っ張られるカリアは慣れっこのはずだが今日のは痛かった。
「カリア、バレンタイン渡したのか?」
「え、アグロヴァル様に?渡すって言う発想すらなかったんだけど」
「…ああ…なるほど…
たぶん、いや絶対、あげたほうがいいぞ」
ランスロットからそう言われて衝撃が走る。
そもそも友人でも知人でも、とても近しい仲でもないのになぜそんなことをしなければならないのかわからない。
「相手はウェールズの主人なんですが…?」
「それでもだ!
国家間の友好にも関わるぞ!」
「ええええええ」
ちらりと、小さな包みを見やり、息をついた。
「…そこまで離れてないから、渡してくる」
「なんだ、用意してたのか」
「いや、夢にまで脅されて…アグロヴァル様に」
ランスロットの応援を背に、アグロヴァルを追いかけるカリア。
城の前の馬車に乗り込むところだった。
走って追いかけるが、アグロヴァルはちょうど馬車に乗ってしまった。
これは渡せないかもしれない。
そう思って走る速度を緩めた。
だが再び馬車のドアが開いた。
アグロヴァルは従者が階段を出そうとする前に飛び降りる。
「あっ、あの」
走って、肩で息をして、見上げる。
アグロヴァルの目は先ほどより幾分か光を含んでいた。
「ごめんなさい、呼び止めてしまいまして」
「構わぬ、要件を言え」
「あ、そんな大したものではないのですが……あの…
俗なもので大変恐縮です、もし、よろしかったらこちらを」
そっと、小さな包みを出す。
臣下が進み出て毒味を、と言うが制した。
むしろ毒味を受けてほしいのだが。
「ふ、」
アグロヴァルが少し微笑む。
(やっぱ顔は綺麗だな……って失礼か)
「これはそなたの手製か」
「え?いえ、買いました」
そう言ってしまったことの何が不服だったのか、再びカリアの頬を摘んで引っ張った。
「痛い痛い痛い!」
「貴様…………この我を愚弄したな…………」
「な、何のことですか!?」
「何故貴様の手製ではない」
「だってアグロヴァル様に手製のもの食べさせるなんてそっちのほうが失礼…いたたた!」
ふん、と
また不機嫌になってしまう。
その証拠に今度は鼻を摘んできた。
「す、すみません〜」
もしかして手作りが良かったのだろうか。
それを期待して、わざわざ声をかけて、馬車から降りてくれたのだろうか。
そうだとしたら、とても、すかれているのではないか?
鼻を摘まれた中でそう考え、改めて見上げる。
「…あの、こ、今度、作りますから…クッキー…
……お忙しいのに、わざわざ降りてきてくださってありがとうございます」
手が離れ、アグロヴァルはふと臣下を横目で見る。
すると臣下は数歩下がっていった。
「構わぬ
…我も子供じみたことをしたな
許せ」
親指で輪郭を撫でられる。
びっくりしてそのいつも摘んでばかりの手を凝視する。
それから、指の背で頬を撫でた。
一気に顔が真っ赤になる。
「そなたが我に菓子を献上するのを楽しみにしている。
必ず持参するがよい」
耳まで赤くなったのがバレたのか、耳にまで触れてすぐ離れた。
「ではな」
「あっ、は、はいっ」
アグロヴァルが乗り込んだ馬車を見送って、見えなくなったところで一目散に逃げた。
休みを使ってウェールズにまで行き、アグロヴァルにクッキーを届けるのは大変だった。
何せ手続きが必要だ。
ともあれウェールズ城へきたものの、アグロヴァルは公務でいないのだとか。
仕方なく、アグロヴァル様へと伝言とクッキーを渡すよう頼み、帰路に着いた。
それからまた仕事が重なり休みも取れず疲れていたある日、ふと家の前に怪しい人を見かけた。
背は高く、フードをめぶかに被っている。
「あの…うちに何か?」
そう声をかけたら、見慣れた鋭い目がそこにあった。
「え、えええ!?」
「騒がしい
口を閉ざせ」
「あっはい」
アグロヴァルが何故かいた。
理由はよく分からないものの、わけがわからないのは今に始まったことではない。
とにかく一目でわかるのは、忙しいのに合間を縫ってきたのだろう。
せっかくなのでもてなしたいところだが家には何もないし、どうしようと考えていた。
「これを」
「え?」
カリアが思案している間に懐から取り出した。
手のひらに乗る程度の小さい箱だ。
上質で、高級なものだとすぐにわかる。
「あ、ありがとうございます
あのよろしければ…お茶しか出せませんが上がって行きませんか?」
「よい
我はもう行く」
「え!?
な、え!?ちょっ、ちょっと待ってください」
思わず裾を握る。
一瞬のうちに失礼だと思いなおして手を離した。
それでもアグロヴァルは歩き出さずに視線だけカリアに向けている。
「なんだ」
「あの、どうしてこちらを…私なんかに…」
「……返礼、というものが必要だとパーシヴァルより聞いた
それだけの話だ」
もしかしてホワイトデー!?
カリアは目を丸くしながら手のひらの贈り物を見つめる。
外装から見てわかる高級なそれはあのクッキーのお返しだという。
「あ、えっと…嬉しいんですが…きっとお高いものですよね
…正直クッキーのお返しには…」
「いらぬか」
「いります!ください!」
「そうか」
「ただ…私はアグロヴァル様にあげられるものがなくて…」
「………なら、そなたの髪紐を寄越せ」
「へあ!?」
おもむろにおさげにしている髪を取り、結んでいるリボンをとられた。
髪が解ける。
「わ、わ、え、あの
まだ全然、釣り合わないですよ!」
「構わぬ」
長い指に絡まる青いリボンが暗闇の中で揺れている。
なぜよりによってリボンなのだろうか?
(もしかしてあまりにもみすぼらしい見た目だからこれで勘弁してやろうとかいう気遣いなのでは?)
疲れと混乱がピークに達した今の思考でまともな答えは出せない。
カリアの頭の中でいろんな考えがぐるぐるとめぐって、うーんとうなり声をあげる。
「そ、そうだ
もし私にできることがあればなんでも言ってください!
何回でも聞きますから!」
無条件で良いものをもらうというのはどうにも落ち着かないもののようで
カリアは前のめりで言い切った。
それなら対等のバレンタイン、ホワイトデーだから。
やや満足げな、幼さの残る表情にデコピンをした。
「いたっ」
「まずはその目の下のクマを治せ」
そしてアグロヴァルは去っていった。
急にきてあっさり去っていくのはいつものことではあるが。
少々名残惜しくもある。
家に入り、冷静になった後で箱の中を開けると花がモチーフのブローチがあった。
装飾が美しい。
ランプにかざすと青の石(もしかしたら宝石かもしれない)がきらきらと輝いた。
(次会うまでこれつけておこう)
にこにこしながらそのブローチを磨く。
一方でアグロヴァルはカリアのリボンを眺めているとも知らずに。