氷野の展望
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この小説の夢小説設定フェードラッヘ・白竜騎士団の会計事務
数年前に失明したことで前線を退き、裏方仕事をしている。
下級貴族から家出する形で黒竜騎士団に入った経歴がある。
騎士としてのプライドは高く、皆に優しく自分に厳しい性格。
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例の幽世の事件が収束したのち、アグロヴァルはウェールズ城からフェードラッヘへきていた。
白竜騎士団は幽世の事件についてよく覚えている。
だが市民に対してはそれらは誰かが言ったほら話として広まっていた。
そして、そんなアグロヴァルについて案内する役目として白竜騎士団の事務会計であるカリアに白羽の矢が立った。
彼の弟であるパーシヴァルとは見知った仲であり、家の出自が良い事、教養があることなどを鑑みてのことだ。
「初めまして、アグロヴァル様」
彼の招いた事件でカリアの仕事が増えているのは言うまでもない。
ましてやアグロヴァルの付き添いなど、ふざけるなと昨晩愚痴を言ったばかりだ。
「パーシヴァルから話は聞いておる
カリア、といったか」
「はい、滞在中は何なりと私にお申し付けくださいませ」
とはいえ、なぜ今になってフェードラッヘへ招かれたのか、その理由はよく分からない。
幽世は二度と開かれない。何せ幽世が開く部屋が崩れて埋まってしまったのだから。
幽世に関する書物も同時に埋まってしまったので円満解決のように思えるが。
(でも騎士団の出費…鎧の整備費…きついんだよなぁ…
騎士団の臨時の予算は審査中だし…)
アグロヴァルから何か贈られちゃったりして、と現実逃避をしながら馬車に乗り込んだ。
「パーシヴァルは、騎士団ではどうしていた?」
「頼りになる副団長として在籍しておりました。
退団する際は引き留める声も多く…」
アグロヴァルは首を横に振った。
失礼にならないよう丁寧に返答したはずなのだが、何かが気に入らなかったようだ。
ゆっくりカリアを見て
「そうではない
貴様自身の言葉で述べるがよい」
「え」
非常に困った。
何せパーシヴァルの副団長をしていた時期、カリアは入団したてだったからだ。
「ええっと…」
「その様子では、特に面識があったわけではなさそうだな」
「す、すみません
おっしゃる通りです…」
一応入団したてのカリアはパーシヴァルという存在を一方的に知ってはいた。
互いにきちんと顔と名前を知ったのはランスロットが幽閉された事件からだ。
再び現れたイザベラによって内政が再び狂わされてカリアの仕事も気が狂いそうになった時、パーシヴァルが横から口を出してきてああでもないこうでもないと言い出したことがきっかけだ。
「ですが、パーシヴァルは芯が優しい方だと思っています」
「そうか…
フッ、パーシヴァルは貴様のことを心配していたぞ」
「えっ……それは、…信じがたい…ですね」
いつも顔を合わせれば金の使い方にぐちぐちと文句を言われ、ここを減らせだのここに金を回せだの言ってくる。
的を得ている発言が大半を占めているがあまり気に入っているわけではない。
そしてパーシヴァルもそんな風に言うものだからカリアについて気に入らない存在なのだと思っていた。
「休んでいるのを見たことがない、と」
「いえ、さすがに休んではいますよ…ええ……はい」
ここのところサービス残業が多かったのは言うまでもない。
渋い顔になったのを必死に戻す。
「あの、分け入ったことを尋ねてしまうことを先にお詫びいたします。
今回アグロヴァル様の付き添いとしてはせ参じましたが、フェードラッヘにはどのような用事で?」
「……着けばわかる」
そしてアグロヴァルは黙り込んでしまった。
揺れる馬車の窓から外の景色を眺めたままだ。
(でも、私が付き添いってことはそこまで重要な用ではないんだろう…きっと)
暫くしてようやくフェードラッヘへたどり着いた。
先に降りて、アグロヴァルが降りやすいよう階段を出したところで予想だにしない人物が現れた。
(最有力貴族…!?)
フェードラッヘの内政に関わる人物たちがそこにいた。
平たく言えば王に助言をする者たちだ。
よその国では元老院とでも言っているようだがこの貴族たちに具体的な名前などはない。
だがイザベラが消えた今、この者たちがフェードラッヘの幹部といって間違いはなかった。
「お待ちしておりましたぞ、アグロヴァル殿」
アグロヴァルは待ち受ける貴族を俯瞰する。
特に感想を持ち得ないようだ。
「長旅でお疲れでしょう
まずはお体を休まれるよう
本題は明日からでよろしいかな?」
「ああ、構わぬ」
素っ気なく返答すると貴族はさっさと帰っていった。
それにしても、本題、とはなんだ?何故貴族たちがここへ?
などと考えが浮かび上がる。
高級ホテルへ案内し、一旦は自室で休憩するもののそれだけが頭から離れない。
思った以上にまずいことになっているのではないだろうか。
カリアは頭を悩ましながらも隣の部屋で待機をした。
今後の予定というものは聞かされていない。
そのためにアグロヴァルから込み入った要件を伺いたかった。
だが着けばわかるという簡素な返答によりアグロヴァルが部屋を出るまでは部屋の外で護衛するという形になるのだが…
(ひま…この時間で残りの仕事片付けたい…)
騎士団の武具破損状況と武具の発注や領収書と合わせた書類の提出など…まだまだ山積みだ。
考えれば考えるほど頭が痛くなるのと同時に、アグロヴァルはカリアという付き添いが居なくてもフェードラッヘには詳しいのではないかと思い始めた。
だが、まぁ、名家の当主を招くとなれば出迎え等は必要ではある。
(…ねむい)
護衛など数年ぶりだ。
まともに剣を振るうことも久しい。
こうして眠気を覚えることは昔のカリアでは考えられないことだった。
これを機会に体をもう一度鍛えたいとは思うものの休みがあまり取れないので無理だと判明する。
『そこにカリアはいるか』
ふとドアの向こう側から呼びかけられた。
その落ち着いた声に眠気も吹き飛ぶ。
「は、はい」
『入れ』
「…失礼いたします」
ようやくこのフェードラッヘにどんな用件でやってきたかを話すのか。
そう思いながら部屋に入ると鎧を脱ぎ、随分寛いでいる当主がいた。
カリアは少し目を伏せる。
(色気の塊だ……髪が綺麗だから余計に色気がある…ちょっとくやしい…)
「一人で酒を呑むのもいいがせっかく貴様がいるのだ
少しは我を楽しませてくれ」
「え、あ…そうですね…」
非常に困る。
そんな面白トークがカリアに出来るわけがない。
とはいえ何も話さないわけにはいかないため、言葉を濁しながら話し始めた。
「そ、それでは……ええと…パーシヴァルと知り合った話を、してもよろしいでしょうか」
「構わぬ」
そしてたどたどしいながらもありのままの話をした。
仕事にケチつけるわ文句は言うわ、でも何だかんだ優しくて
パーシヴァルは副団長だったはずなのに今思えば一番自分という立場の人間を理解してくれているような気がする…
そんな話をするとアグロヴァルは笑みを絶やすことなくじっと耳をすませて居た。
「パーシヴァルは、黒竜騎士団に入る前からも人を見る、何というか…さり気ない理解力はあったんでしょうか」
「…さて…それはどうかわからんが
だが大半は旅で培ったものだろう
あの弟は見た目によらず人の内面を見る」
「そうですか…」
ふとアグロヴァルはワインのボトルを手にする。
「もしよろしければお注ぎいたします」
「ではグラスを持て」
きょとんとしながらも言われた通り真新しいグラスを手にするとアグロヴァルが赤ワインを注ぐ。
「良い話の礼だ」
「…あ、ええと…
任務中ですので…」
「何?飲めぬのか?」
「いえ、そういうわけでは」
アグロヴァルはニタリと笑い、では飲めと言った。
仕方なく頂く。
後味のすっきりしたぶどう酒。
流石に安酒ではなく、高級品だとわかる。
「とても良い香りで飲みやすいワインですね」
「であろう」
「ええ、とても美味しいです」
いい気分になったのか、ワインをくるくると回して飲んだ。
「だが、本当にこれが任務だというのなら貴様はいささか鈍感だな」
「え?」
意味深な発言をされた気がする。
アグロヴァルの付き添い以外に任務があるなら本来の仕事をさせてくれと言いたい。
だが、一体何のためにフェードラッヘへ来たのかさえわからないままでは謎も解けるはずなかった。
翌日、きっちりと鎧を着込み、立派な出で立ちのアグロヴァルを出迎える。
それからフェードラッヘの城へ向かい始めた。
無論入り口には昨日の貴族がいる。
「おはようございます、アグロヴァル殿
昨晩はよくお休みになられたでしょうか」
「ああ、よい街だ
治安が行き届いておる」
「お褒めに預かり光栄です
では早速ですがこちらへ」
テンポよく進む会話にカリアはとりあえずアグロヴァルについていくだけだ。
そして城の中にはいり、たどり着いた場所はまるで裁判でも始めるかのような場所だ。
机が輪を描くように並び、中央に椅子がある。
思わず背筋がぞっとした。
これではまるで尋問を受けるようだ。
カリアの足が固まる前にアグロヴァルはその椅子に腰かける。
ウェールズ城の城主がそこにいるという違和感が肌にまで伝わる。
そこで初めて気が付くことができた。
これは「まるで」とか「もしや」とかではなく尋問なのだ。
問われる内容は先の幽世事件。
今更掘り返して問題が民に知れたら余計大変なことになると言うのに。
この貴族たちは自分たちの利益のため、国権を盾にしているのだとすぐさま理解した。
それでも一介の会計事務員は口を開くこともできず退室を命じられる。
「これで貴様の役目が何であるか理解できたであろう」
アグロヴァルは窓の外を眺めながら言った。
カリアの役目というのは護衛というより監視だ。
そしてカリアもまた貴族の出ということでマークされている。
あの4騎士に近しい位置に存在し、今回のことをパーシヴァルに言うようならカリアだけではなく家にも圧力をかけられるであろう。
自身の家について良い思いは持っていないものの、後ろ指を指されるのも嫌というもの。
「しかし、こんなこと…
わざわざジークフリートさんがもみ消したっていうのに」
「ふ、運が悪かったな」
この国の政治は一体どうなっているのやら。
国王に対して悪い感情は持っていないものの、せめて貴族の管理はきちんとしてほしいと思うカリアであった。
「…もし、この尋問で投獄されればどうなさるおつもりですか」
「その時は我の罪を認めるのみだ」
「そんなこと…確かに、国に危機を招いたのは事実ですが
わざわざ墓穴を掘らずともよいではないですか」
アグロヴァルはカリアを見る。
そうして逆に問うた。
「貴様はどちらの立場だ?
国か?貴族か?それとも我か?」
「……そ、それは」
「どちらともつかぬのであれば不快だ」
その晩は、大人しく引き下がった。
アグロヴァルの問はカリアに深く刺さったからだ。
プライドの高いアグロヴァルにはさぞ不愉快な態度であったことだろう。
とはいえ、国を捨てきれるわけがない。
ランスロット、ヴェイン、ジークフリートがあんなに必死に守っている国を、今更放り出せるわけがなかった。
それからというもの、尋問が続く。
長時間に及び詳細を書き留める書記が複数もおり、失礼な質問でさえも飛ぶほどに。
アグロヴァルとの会話も極端に少なくなった。
真顔の、何一つ曇らない横顔を見上げて、城主は部屋に戻る。
何を思っているのか、または何も思っていないのか。
とりたててアグロヴァルの過去を知っているわけでもない。
だからカリアがどうこう言える立場ではないのだ。
(こんなの、貴族に幽世の鍵を渡しているのと同じだ…)
このままではいけないとわかっていながら何もできない自分が嫌だった。
非常にイラつき、拳を強く握る。
尋問が最終日だとわかったのは、有力貴族の一人が放った言葉だ。
「アグロヴァル様をお連れしろ」
カリア以外の私的な雇い兵が現れてアグロヴァルの両脇を固める。
「ま、待ってください!
私はアグロヴァル様の護衛としてついています!」
「その役目は終わったのだよ。
君も元の職務につきたまえ」
しかし
口を開こうとした際、その目がじろりとこちらを見た。
これはもう私が言葉で言えるようなものではない。
そう理解してしまってただその場に佇むだけだった。
アグロヴァルがどこに連れていかれたのか、何故こんなことを貴族が望んだのか。
気落ちしてしまい仕事に身が入らない。
そもそもこの事を国王は知っているのだろうか?
そんな疑問を抱いても尋ねられる身分にはあらず。
ならば、自分の足で回答を得るしかない。
特にそう思い込もうとか、決心したとかそういうものではなかった。
ただそこに水が流れているから川という名称があるように、何もわからないのならば手当たり次第確認するしかない。
気がついたら、事務処理という名目で貴族のここ数週間の動きを書類で探った。
領収書などが顕著だろう。
あの尋問部屋だってこの城の管理のうちだ。
そも、王の使命があって尋問しているのだと言わんばかりではないか。
さらに城主を招く費用だって生まれているに違いない。
この国は度重なる不運と厄災に見舞われている。
以前のように貴族も潤沢な資金があるわけではない。
なら一部は公費として運用がされているはずだ。
血なまこになって探し、それとなく束ねる。
これだけでも公費の私的運用で国王に訴えることができる。
そして、次にすべき事はアグロヴァルがどこに連れていかれたのかだ。
地下の牢屋もあり得るが、表立ってそのようなことするはずない。
何せアグロヴァルは名家、この国にも多大な貢献をしてきた。そのような扱いをすれば立ち所に噂は煙となって国王へ届くだろう。
つまり、完全に監禁されているか、ごく普通に扱われているかのどちらかだ。
貴族たちの資金不足、単独行動、それら全てが書類から浮き彫りになっている。
とはいえカリアのような人間が探さなければバレない内容だ。
うじうじ考えていても仕方がない。
アグロヴァルを連れ出さなければ。
カリアは装備を整えて夜更けに出立した。
誰もが明日のために寝静まったあと、貴族の館へ向かった。
有力貴族でも一番兵を雇っている貴族に目星をつけていたのだ。
流石に屋敷の中は兵たちが見回りをしている。
アサシンよろしく、茂みの中を慎重に進む。
どうにかしてアグロヴァルがいる部屋を探し当てなければならない。
もしかすれば長丁場になるだろうと予測していたところ、急に地面から兵が現れたように見えた。
「アグロヴァルだとかなんとか言っているが、拍子抜けだな」
「ああ、何やっても口を割らないんだから」
兵…というよりそこらへんの賊だろうか。
アグロヴァルについてなんだかんだと話しながら去っていった。
これは思った以上にまずいのではないだろうか。
カリアはすぐさまその場に近寄り探すと芝生の中に突っかかりを見つける。
それを持ち上げると地下へ続く階段を見つけた。
魔法で火を灯し、下っていく。
随分カビ臭いところだ。
突き当たりに開けた場所があるが、そこはまた数名見張りがいた。
その更に奥に部屋がある。
一か八か、この賊たちを倒してアグロヴァルがいることを確認するしかない。
暗がりから飛び出し1人は峰打ち
もう1人が武器を構える前に魔法を放ち吹き飛ばした。
壁に激突して気を失う。
目を覚ます前にドアの前へ。
数回ノックした。
返事はない。
ドアノブに手をかけると鍵もなくすんなり回ったので押しあける。
そこにはまるで罪人のようにうなだれるアグロヴァルがいた。
「っ!!
アグロヴァル様!」
すぐさま顔を伺う。
何度か殴られた痕がある。
外傷としてはそこまでひどいものではないようだが散らばった薬が何をされたか物語っていた。
(自白剤…!!)
「……貴様…なぜここにいる」
「いいから、早く逃げましょう」
手枷と足枷を外して肩を貸す。
それでもアグロヴァルは動こうとしなかった。
「アグロヴァル様?」
「貴様は、国に属する者だろう
何故我を助けようとする」
「い、今それどころじゃないでしょう!
いいから逃げますよ!」
妙なところで頑固なのは兄弟似ているらしい。
多少引きずってでも地上へあがり、茂みに隠れて横にさせた。
(この状態のまま正面突破はきついか…
それか蹴散らすか…)
「わからんな…」
「何がです」
「貴様、我と一体なんの関係がある?
ここまで手を貸す意味がなかろう」
いちいち答えるのもめんどくさい。
今でもアグロヴァルが意識を保つのに必死なのはカリアでさえ分かっていた。
今カリアがすべきことはどうやって切り抜けるかだ。
(光で撹乱させるか…
でもきついな…早く動けないぶん足取りがバレる…)
「質問に答えろ…」
(こうなるんなら先に騎士団に告げ口するんだった…あーでも、騎士団の私的運用で後で処分されるだろうしな…)
「おい、いい加減に」
「あーもーなんですか
今色々考えてるんです」
しー!と人差し指を立てると口を閉ざした。
(こう言う時にランスロットやヴェインがいてくれたらな…)
多少の現実逃避をしながらも、当面は魔法で切りぬけよう。
そう決めてもう一度アグロヴァルに肩を貸す。
「もう少し頑張ってください
すぐ、ここを抜け出しますから」
「………」
少し歩くと、背後から声がした。
決して話し声などではない。
「低級貴族のカリアくん、
アグロヴァル様を連れてどこへ行くんだ?」
もうバレたのか、そう思って振り返ると脇腹に矢が刺さった。
鎧を着ていたが、貫通して浅く刺さっている。
「っく…!」
アグロヴァルを支えきれずに倒れる。
「最近こそこそ嗅ぎ回っているのを気付かないとでも思っていたのか?」
矢を引き抜く。
すると賊が近寄りカリアを蹴り上げる。
「ごはぁっ!!」
「おっ、いいとこ入ったみたいだな」
うずくまるところに髪を掴まれ、殴られる。
「はっ、所詮女だ
もう泣きそうな顔してやがる」
「こ…の…」
「さ~アグロヴァルさま~お部屋に戻りましょうね~~」
今度は賊の手がアグロヴァルに伸びる。
それに反射的に噛み付いた。
「うわっ!?」
噛みちぎる勢いで顎に力を入れる。
蹴られ殴られ、それで離れてしまっても引くことはなかった。
「いい加減にしなさい
お前たち、その女はどうなっても構わない
アグロヴァルをもう一度牢に入れておけ」
「入れさせるか!」
カリアは剣を抜く。
それまでサンドバックのように殴っていた賊も顔色を変えて武器を取り出した。
「公費の私的運用のみならず、たった今自分の口からアグロヴァル様の監禁を命じた!
王の意向に背く行為だと断定する!」
「だからなんだ
目撃者はお前しかいない
そしてこの大勢の兵から逃げられるとでも?」
「上等!
やれるもんならやってみろ!」
カリアは剣を振るう。
アグロヴァルに敵を一切ひきつけず、一つ目で剣戟や動きを見極めていた。
とはいえかすり傷でも増えれば大きな怪我になる。
いつしかカリアは血まみれになっていた。
「…貴様、い、一体何の得があってアグロヴァルを守る!
その男はこの国を滅ぼそうとしたんだぞ!」
徐々に倒れる兵を見ながら貴族は冷や汗をかく。
「うるせぇ!
国とかそういうのは関係ない!」
賊を殴り気絶させ、またやってくる賊には蹴りを入れた。
「友人の兄貴だから助ける!それ以下でも以上もない!
まだ助ける理由が必要か!!」
カリアの気迫に、大勢がたじろいだ。
こんなに味方がいるのに、目の前の女ひとり勝てないのではないかと。
一瞬でもそう思わされた。
「さぁこい!
手加減は無しだ!
どうなってもいいやつだけ掛かってくるがいい!!」
刀身に光が灯る。
バチバチと閃光が走った。
切り、切られ、刺され、それでも立ち止まらなかったが、ふとカリアは体が動かなくなっていた。
体が言うことをきかないのだ。
剣すら持ち上げられない。
今が好機と賊たちはカリアに襲いかかる。
それならまだしもアグロヴァルにさえ手出ししようとするのでそれを追い払うのに手一杯だった。
「げほっ!!がはっ!」
「はっ…手こずらせおって…
たった1人で乗り込むからだ」
「う゛…ごふ…ぇ゛」
咳き込み、今更になって全身が激痛に襲われる。
アグロヴァルの盾のように覆いかぶさっていたが、ついに崩れた。
「連れて行け…この女は森にでも捨てて魔物の餌にしろ」
カリアがずるずると引きずられる。
(ちくしょう…ちくしょう…)
せっかくここまできたというのに。
結局アグロヴァルを助けられないまま自分は死んでしまうのかもしれない。
そうして最悪国が再び幽世のせいで滅びる。
また同じことをアグロヴァルにさせてしまうのだ。
(指、一本でもいい…!うごけ…!うごけ!)
それでも動かせないがために悔しくてたまらなかった。
血が地面を塗りつぶし、意識がもうろうとする。
これ以上は考える頭の機能が低下していく一方で抵抗など二の次になっていた。
だが
そんなカリアとは裏腹な行動を取った男がいた。
まるでそれまで眠っていたように倒れていたアグロヴァルが起き上がった。
まるで健康体のように。
カリアを一目みて、それから周囲を見渡す。
その一挙一挙に全員が寒気を感じた。
いや、いつの間にか口から白く吐く息が見えたのだから事実寒さが訪れていた。
「…その女から手を離せ」
「ひ…!」
アグロヴァルの眼光に当てられ腰が抜けた男はカリアを離す。
カリアを抱き上げて、耳元で言った。
「しばしそなたの剣を貸せ」
「…う」
震える腕で、気力を振り絞って剣を持ち上げると、しっかりと受け取る。
「き、貴様!
この国の者に手を出したらどうなるか!」
「何、殺しはせん
だが、この女にした暴虐は返させてもらう」
剣を地面に突き刺した。
すると地面が一瞬にして凍りつく。
館も地面に伝って全てが凍りつき、気温ですら氷点下に達した。
「こ、凍っちまったあ!!」
「足が!足があ!」
男たちが情けなく悲鳴をあげる。
その声で騒ぎを聞きつけた騎士団がやってくるまでそう長くはなかった。
案の定カリアは長期入院。
事務員なのによく入院するわね、なんて看護師に言われてしまった。
「全く…何故お前は単独で無茶をするんだ」
「パーさんの言う通りだぜ」
パーさんは余計だと、ヴェインは怒られる。
とは言え今回はカリアも反省していた。
貴族たちの暴走は瞬く間に大問題となり、有力貴族は取り潰し、アグロヴァルに対し非礼をした国は国同士の戦争に発展せぬよう尽力した。
もちろんランスロット、ヴェインも帰国。
関係者であるパーシヴァルもすっ飛んで帰ってきた。
一体どんな仕打ちをされたのだろうかと、弟であるパーシヴァルは気が気でなかったろう。
だがそれは杞憂に終わった。
というかカリアがアグロヴァルより大怪我をしていたからだ。
そして、杞憂に終わったのは怪我だけではない。
アグロヴァルは国に特にこれといったものを要求しなかったために国同士の摩擦は起こらなかった。
ただし、一つだけ要求した。
「ごめん…」
カリア顔中ガーゼと包帯だらけで、もはや誰なのかわからないほどだ。
正直、彼らにも会いたくなかったが押し寄せてきたのでしかたがない。
お察しの通り、アグロヴァルはカリアの完治を要望した。
いつもなら自費で入院費を出しているところだが今回はそれらは気にしなくともよい。
それだけでカリアの心は何度安堵したことか。
「傷、痛むか?」
「まぁまぁ
いやほんと、ちょっと無茶した自覚はある」
ランスロットは優しく頭を撫でてくれるがパーシヴァルは小言のオンパレード。
これはしばらく続きそうだ。
耳にタコができそうだと思っていたところ、病室に似つかぬ男がやってきた。
「入るぞ」
「あ、兄上!
お身体の具合はもうよろしいので?」
「ああ、委細問題ない
…貴様は少しも治っておらぬようだな」
涼しい目をして包帯女を見降ろす。
(一番見られたくなかった……)
守った相手に大怪我を見られるなどと、一番カッコ悪い。
顔が赤くなるのがわかる。
「す、すみません
誰だかわかんないくらいになってしまって…
本当なら、あんまり不恰好なところ見せたくはなかったんですが」
「何を言う」
ふと白いバラを一輪むけてきた。
「そなたは美しい」
「…………」
一瞬呆気にとられる。
バラとアグロヴァルを交互に見て、そっと受け取る。
するとアグロヴァルは病室から出て行ってしまった。
「……………何…?」
「…カリア…兄上になにを…」
「は!?私何もしてないけど!?」
「カリアは妙にモテるよな…」
「わかる気がする…好かれる人には好かれるって感じだよな…」
◆
長い入院期間を経て、すっかり訛り切ってしまった体を引きずって帰宅する。
病院まで迎えに行くとヴェインは言っていたがそこまで世話になるわけにもいかない。
それに貴族の件で今は大忙しだ。
こじんまりとした家にたどり着き、鍵を開ける。
「はぁ~~帰ってき」
「随分と遅かったではないか」
「……………あの……」
優雅に椅子に座る男。
青い鎧は鳴りを潜めているものの、高貴な服を身にまとっていた。
なぜ家主より先にアグロヴァルがいるのか。
そもどうやって入ったのか。
突っ込みは絶えない。
頭を抱えると、不法侵入者が口を開く。
「一つ尋ねよう」
「は、はい?」
「貴様、なぜ我を守った」
「それどうしても言わなきゃダメですか…?」
一つ、ふと笑って頷く。
「………ええと…名家の当主に当たる方なので…国同士の…」
「貴様の言葉で答えるがよい」
なぜアグロヴァルという男はカリアの嘘を見抜くのか。
非常に心臓に悪いが、観念して素直に吐き出すとしよう。
「失礼な言い方になりますが、先に謝ります。
正直に言います、
アグロヴァル様は友人のご兄弟だからです」
素直に言ったはずなのに、尋ねた張本人はしばし無表情の後、頬を緩めた。
「は、はは…ははははは」
氷帝と言われたアグロヴァルが笑っている。
それだけでも非常に珍しい。
綺麗に整われた顔は笑っても綺麗なのだと初めて知った。
少し見とれていたのは言うまでもない。
「我をそう言ったのは貴様が初めてだ
普段ならば不敬と跳ねのけるであろう」
(やっぱり……)
思わず苦い顔をする。
しかしそれを気にせず席を立つ。
カリアに近づいて、少しだけ、声を小さくする。
「感謝する」
赤い目がカリアを見降ろす。
あまりにも感謝の言葉と見た目がギャップがあるので一瞬理解できなかったが、じわじわと頬を赤くしてしまう。
「あ、いえ、その、もったいないお言葉ありがとうございます」
「ウェールズに訪れる際は必ず立ち寄れ」
「は、はい、もちろん」
感謝されるために守ったわけではないものの、言われて悪い気分はしない。
笑みとは少し違うが、頬が緩くなってアグロヴァルに快く返答する。
(ああ、今回は体を張ってよかった
これでこの国も安泰——)
まるで流れ作業だ。
アグロヴァルは慣れた手つきでカリアの手を取り、甲に口付けした。
その感触で目を丸く見開き、今一度見上げる。
「……あの」
「なんだ」
「これ……」
しっかりと握られている右手。
ごつごつとした手ではあるが瑕一つない。
一方でカリアは傷が完治していないのもあって醜かった。
「あ、あの、右手まだ治ってないので」
いや!それじゃないだろ!と自身にツッコミを入れるがどれだけ引いても右手を放してくれない。
カリアは静かに大混乱。
「ああ、ああのあの、」
「そなたさえ良ければ責任は取ろう」
「何の!?」
「ここまで言ってもわからぬか
愚鈍め」
「罵倒されてるのもちょっとわかんないです…すみません…」
はぁ、とため息をもつかれた。
混乱も合わさって罪悪感も生まれる。
何か失礼なことをしたのだろうかと思って
「あの、何がどうなったのか、すみませんが教えてくれますか?」
「………貴様……我に恥をかけというのか
なるほど面白い」
「ひっ!?
あっ、いひゃいいひゃい!
そこ、まだ、なおってな…いぃいい」
頬をぎゅうぎゅうと引っ張られて虐められてしまう。
「もうよい
話はそれだけだ」
「うう……ひどい仕打ちを……」
頬をさすって、怒らせてしまったことに落ち込む。
「ふ」
だが、真上でちょっとだけ笑う声が聞こえた。
顔を上げようとすると大きな手で頭を乱暴に撫でられる。
カリアが声をかけようとする頃には家から出て行ってしまった。
「な、なんなんだ一体……」