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正直なところ、不可解な点が多い。
それに気づけていた冷静な思考回路は目がさめるとともに消えていた。
熱っぽい。
頭が重い。
一人、どこなのか分からない部屋で顔を覆う。
「カズマ…」
こんなにも全身が痛い。
両手が炎を宿すようだ。
あの子のための傷が今になって痛み出す。
「いたい……いたい……」
セイバーは膝をついて、こちらの手の甲を触った。
「っ、いたい、いた…い」
涙が無性に溢れてきた。
痛い両手では拭えず、流すだけだったがセイバーがそれを拭った。
左頬を片手で包んで、なんどもなんども拭う。
「…ここに居よう。」
ぽつりと呟いて、泣きつかれるまでずっと頬を撫で続けた。
◇
ここはとあるマンションの一室だそう。
眠っている間、ヴィクトル宅のことで警察と消火に当たった消防が立ち入り、いろいろと調査した結果放火の可能性が非常に高いと指摘された。
「ちなみに、ここ、どうやって…」
「マスターの知人の善意で貸してくださっているそうです。」
ライダーはそう教えてくれた。
こんなにボロボロになったのに、それでも見放さないライダー陣営は正気かと疑いたくなる。
「それと、カズマさん、二度もマスターを救っていただきありがとうございます。」
「え」
深々と下げる頭に、気まずい思いをした。
確かに頑張ったものの、結局は自己満足のためだったからだ。
本当の意味でヴィクトルのためならその感謝に対し、そうだろうと自慢をするはずだ。
ちょうどヴィクトルが部屋に入ってくる。
パンと冷製スープだ。
『カズマさん…救っていただきありがとうございます。
これは主から授かった幸運などではなく、れっきとしたあなたの行動が導いてくださったものです。
深く感謝いたします。』
セイバーに翻訳を頼むと、非常にべた褒めされているのが分かった。
返答が出来ず俯いていると代わりにセイバーが何かを言った。
ヴィクトルはそれにくすくすと微笑む。
「何言ったの」
「照れていると」
「はぁ!?…っ!」
痛みが走り腹部を抑える。
「あまり声を出すな
傷に響く。」
「誰が出させたと……」
「それでは、我々は全陣営の集合場所へ向かいます。
終わればすぐ戻りますので。」
「ああ」
そうしてライダー陣営はマンションから出てしまった。
「集合場所って」
「今後のことで話し合いだそうだ。
今回俺たちは回復に専念する。
最低でも、カズマが前のように動ける程度には。」
目にかかる前髪を耳にかけられた。
セイバーの覗き込む顔がよく見える。
「……だからカズマ、今後はもうあのような無茶はしないでくれ
確かにそうせざるを得ない状況だっただろう。
だが……」
「部屋から出さないつもりでしょ。別にいいよ。
どうせ、私は何も出来ないし。」
「何もできないと言ったつもりはない…
」
「セイバーの言葉でそう思ったんじゃない
自分で、そう思っただけ」
改めてパンに手を伸ばすが、両手に分厚く包帯が巻かれていることに気づいた。
これでは食事ができない。
「カズマ」
セイバーはパンを千切ってこちらに向けた。
惨めだ。
ひどく悲しい顔をしてしまった。
◇
簡素な部屋は置物など1つもない。
あるのはベッドと、傍らの椅子だけだ。
もっぱらここにはセイバーが座る。
今は外の様子を伺って警戒している。
昨日の今日だ。
もちろん他の陣営が襲ってきてもおかしくはない。
そしてこの怪我の状況を知っていれば尚更だ。
ぽつんと目を開いたまま、当然ながら時間が流れその分昨晩のことをひたすら考えていた。
詩絵李は最期に何を思っただろうか。
思う暇もなく消えてしまったのだろうか。
いくら考えど分からないことばかりで頭が煮えたぎっていく。
これまで自分が行ってきたことも思い出して胸が苦しくなった。
人の死を間近で見たことがないためこの気持ちをどう整理すればいいのか。
「はぁ……」
視界が歪んでいく。
全てから取り残されていくようで、胸に黒い渦が溜まった。
一つ二つ、瞬きをする。
眠ってしまえばこんな難しいことも忘れてしまえるだろうか。
長く長く瞳を閉じる。
意外と睡魔はスムーズにやってきた。
夢はあまり見ないタイプだと自負している。
逆に夢を見ると気疲れを起こしてしまうため、数少ない自分の長所だと胸を張れる。
しかし今回は目が覚めているにも関わらず、夢かと思った。
浅黒い肌が額を触って、冷たいタオルで額の汗を拭った。
こんなにも優しい手があるとは知らなんだ。
「息は苦しくないか?」
「…ん」
「熱が出ているようだ。
首元も冷やそう。」
もう一つのタオルも程よく冷たかった。
キンキンの冷水ではなく、水道からそのまま出したような。
うとうとしている私には丁度いい冷たさ。
大きい手が心配そうに顔を撫でる。
それがとても気持ちが良かった。
だから夢のようだと何度も思った。
呼吸が深くなり、また眠りに落ちようと目を閉じた。
◇
ライダー曰く、疲れや無理が祟って熱を出していたようだ。
とはいうものの、傷の痛みはあれど体そのもののダルさは無かった。
「熱があると伺って心配したのですが、もう下がってきているようですね。」
こんなにも、セイバーやライダーは優しい手でこちらを触ってくる。
このように触れてきた場合どうすればいいのか、なんと思えばいいのか分からない。
もう一度濡れたタオルを額に乗せられる。
「熱が完全に引くまではこうしましょう」
「…うん」
できればライダーには、話し合いの結果を聞きたかったのだが今の私の状態では直接聴けそうにない。
セイバーには話しているはずなので、セイバーがここに戻ったら尋ねよう。
「…セイバー、は」
「見張りに立ってくださっています」
「ふうん…」
窓は締め切られ、カーテンは外の景色を閉ざす。
魔術師というものは、動物を使って偵察が出来るからだそう。
「セイバーがいなくて寂しいですか?」
「……急に、何言ってんの…
よく、意味がわからない…」
「そう見えたからです。」
「…セイバーなんて、別に……」
ライダーは変な人だと思う。
こちらが考えている内容の真逆を突いてくる。
「カズマさんは少し不器用ですから」
「…そんなの自分でも分かってる」
「手先のことではないですよ?
その他のことです。」
「欠点を指摘したいわけ」
ライダーは柔らかく微笑みながら首を横に振った。
「それはきっとカズマさんの長所です。
だからセイバーも必死になって守りたがっています。」
「…水を差すようで悪いけど
不器用は褒められることじゃない。
私はその言葉は嫌いだ。」
「おや、そうですか?
けれど何事にも器用な人間などいませんよ。」
ライダーはそう言い残して部屋を出た。
部屋は静かになる。
(器用なら、もっと私は…お母さんに……)
考えるのはよそう。
辛くなるだけだ。
今更そんなことを思っても過去は変わらない。
未来もずっとそうだ。
この無数の疵もまた、治るはずもない。
翌日セイバーから昨日の話し合いの結果を聞いた。
キャスター陣営は陣地を築くことにし、他の陣営もなるだけその近くにいるようになったそうだ。
そうすればキャスターの陣地による恩恵も幾らか得られるはずだと。
「ライダーたちは、いかないの?」
「ここを離れる気はないそうだ。
カズマのそばにいると。」
放っておいたほうがライダーたちにとって気が楽になるはずだ。
助けてもらったから助けているという義務で守られるのはあまり好ましくない。
「…私は、何もできないのに…」
不満を吐き出すように呟いた。
「カズマ」
「両手が痛くて、食事もできないのに
1人じゃ立てないのに、バカみたい」
両腕で顔を隠す。
セイバーは何も言わなかった。
ただ側にいて、霊体化もせずじっとしている。
ずっとそばにいると、言葉ではなく姿勢で告げられているようだった。
それが何故だか鬱陶しく感じた。
1人でバカみたいに走り回って詩絵李を助けて、結局は死なせて。
だったら見殺しにしていたほうが気分が晴れただろう。
「あっちいって…」
動こうとする気配はない。
「1人がいい…」
「独りにはさせない」
また独りよがりの偽善をする。
この男は私を庇護する対象と見ている。
守る対象ならまだいい。
一から十まで全てのことをしてやらねばならないと思っているはずだ。
そこまで私を弱者にしたいのかと憤りを感じた。
「いいからあっちいけよ!!惨めなんだよ自分が!!
これ以上私を見るな!!!」
怒っているくせに泣き出して、痛みに顔を歪ませるくせに叫んで
自分を殺すように両手を握りしめた。
(死にたいっ、死にたい、死にたい!!)
どんどん自分が海底に沈んでいく。
水圧が全身にかかって潰れそうだった。
その前に自決したい。
「独りにしたところで、あなたは泣き続けるだろう。
今と何も変わらない。」
「うるさい!!」
「出会った頃と何も変わらない。
あなたはとても脆い。」
「き、消えろ…!!」
体を起こして、強がる。
こんな事をして、意味などないのはわかっていた。
「役立たずのマスターで悪かったね
だったらお前のその剣で殺せ!!」
「カズマ、本心を言ってくれ」
「ッ、殺せよ…!!」
「それはあなたの勝手な帰結だ。
その理由を教えて欲しい。」
「何もできない!火傷負ってまで助けたのに見殺しにした!
こんなことになるくらいなら最初から見殺しにすればよかった!もう耐えられない!死にたい!!!
これで十分かよ!!!」
自分でも正直なんと言っているのか半分理解できないほど嗚咽にまみれた悲鳴だった。
ぼとぼとと涙が落ちて痛みに崩れそうになる。
前屈みになって内臓の痛みを堪えた。
生き地獄に等しいこの世界から早く去りたい、逃げたい。
けれどこの男は逃さないと言わんばかりに抱きしめてきた。
息を飲む。
背中を優しく撫でて、トントンとたたく。
「ば、バカにしやがって!!」
「あなたは優しい人だ」
手もあげられないほど、額に胸板が当たるまで近く抱き寄せた。
「とても、不器用なくらい
優しくて、誠実で」
「お前のエゴに付き合ってられるか!!
本当に私のことを思うならっ!!
早く殺っ」
「あなたはどうか、生きてくれ」
言葉を失った。
(いきて、くれ?)
初めて聞く言葉のように、全ての回路が止まった。
どういう意味だろう?
何語?
誰が言った?
セイバーが?
何のために?
顔を上げる。
セイバーは少しだけ笑って、もう一度抱きしめた。
目の前を長い髪が掠める。
ただ、目の前の心臓の音や、優しい指先のノック、人肌の温かさが染み渡った。
それまで私が氷だったかのようだ。
そして、握りしめていた指先をゆっくりと開かせて、労わるように撫でる。
荒れていた呼吸が落ち着くとようやくセイバーは離れた。
「ありがとうカズマ
あなたの悲しみを教えてくれて」
呆然とする私に意味のわからない感謝を述べる。
「そして謝罪する
守れなかったのは俺の責任でもある。
あなた1人が抱え込んで、悲しまなくていい。」
悲しい?
セイバーの言葉を何度も噛み砕いては理解しようとするが、すぐには飲み込めなかった。
(かなしい…?)
これまで感じていたのは、かなしいという感情だったのか。
じゃああの時もこの時も、と記憶が蘇ってくる。
全ては私の責任なのだと思って自分を落ち着かせていたのは、かなしいという感情を知ると自分を自分で支えられなくなるからだ。
突き放す母親の行動かなしいと思えば、その悲しさを拭うには母親がどうしても必要だからだ。
こんな感情懲り懲りだ。
早く忘れたい。
喉が引き裂かれそうな苦しさに襲われる。
「カズマ、独りにさせはしない。
俺を頼って欲しい。
俺はあなたの味方だ。」
フランスの地で言葉が通じず、意味不明の事件に巻き込まれ、痛みに苛まれているなか
そんな言葉を言われては頼る他なかった。
爆発の時も、目が覚めてからも、いつでも離れなかったのは確かだったから。
「ここに、いて」
「ああ、ずっと、傍にいる」
落ち着くまでは気持ちまでもを抱きとめてくれた。
痛みも温もりに溶けていきそうなほど、暖かい腕だった。
きっとこの中なら何を言っても許されるかもしれない。そんな気にさせられた。
それに気づけていた冷静な思考回路は目がさめるとともに消えていた。
熱っぽい。
頭が重い。
一人、どこなのか分からない部屋で顔を覆う。
「カズマ…」
こんなにも全身が痛い。
両手が炎を宿すようだ。
あの子のための傷が今になって痛み出す。
「いたい……いたい……」
セイバーは膝をついて、こちらの手の甲を触った。
「っ、いたい、いた…い」
涙が無性に溢れてきた。
痛い両手では拭えず、流すだけだったがセイバーがそれを拭った。
左頬を片手で包んで、なんどもなんども拭う。
「…ここに居よう。」
ぽつりと呟いて、泣きつかれるまでずっと頬を撫で続けた。
◇
ここはとあるマンションの一室だそう。
眠っている間、ヴィクトル宅のことで警察と消火に当たった消防が立ち入り、いろいろと調査した結果放火の可能性が非常に高いと指摘された。
「ちなみに、ここ、どうやって…」
「マスターの知人の善意で貸してくださっているそうです。」
ライダーはそう教えてくれた。
こんなにボロボロになったのに、それでも見放さないライダー陣営は正気かと疑いたくなる。
「それと、カズマさん、二度もマスターを救っていただきありがとうございます。」
「え」
深々と下げる頭に、気まずい思いをした。
確かに頑張ったものの、結局は自己満足のためだったからだ。
本当の意味でヴィクトルのためならその感謝に対し、そうだろうと自慢をするはずだ。
ちょうどヴィクトルが部屋に入ってくる。
パンと冷製スープだ。
『カズマさん…救っていただきありがとうございます。
これは主から授かった幸運などではなく、れっきとしたあなたの行動が導いてくださったものです。
深く感謝いたします。』
セイバーに翻訳を頼むと、非常にべた褒めされているのが分かった。
返答が出来ず俯いていると代わりにセイバーが何かを言った。
ヴィクトルはそれにくすくすと微笑む。
「何言ったの」
「照れていると」
「はぁ!?…っ!」
痛みが走り腹部を抑える。
「あまり声を出すな
傷に響く。」
「誰が出させたと……」
「それでは、我々は全陣営の集合場所へ向かいます。
終わればすぐ戻りますので。」
「ああ」
そうしてライダー陣営はマンションから出てしまった。
「集合場所って」
「今後のことで話し合いだそうだ。
今回俺たちは回復に専念する。
最低でも、カズマが前のように動ける程度には。」
目にかかる前髪を耳にかけられた。
セイバーの覗き込む顔がよく見える。
「……だからカズマ、今後はもうあのような無茶はしないでくれ
確かにそうせざるを得ない状況だっただろう。
だが……」
「部屋から出さないつもりでしょ。別にいいよ。
どうせ、私は何も出来ないし。」
「何もできないと言ったつもりはない…
」
「セイバーの言葉でそう思ったんじゃない
自分で、そう思っただけ」
改めてパンに手を伸ばすが、両手に分厚く包帯が巻かれていることに気づいた。
これでは食事ができない。
「カズマ」
セイバーはパンを千切ってこちらに向けた。
惨めだ。
ひどく悲しい顔をしてしまった。
◇
簡素な部屋は置物など1つもない。
あるのはベッドと、傍らの椅子だけだ。
もっぱらここにはセイバーが座る。
今は外の様子を伺って警戒している。
昨日の今日だ。
もちろん他の陣営が襲ってきてもおかしくはない。
そしてこの怪我の状況を知っていれば尚更だ。
ぽつんと目を開いたまま、当然ながら時間が流れその分昨晩のことをひたすら考えていた。
詩絵李は最期に何を思っただろうか。
思う暇もなく消えてしまったのだろうか。
いくら考えど分からないことばかりで頭が煮えたぎっていく。
これまで自分が行ってきたことも思い出して胸が苦しくなった。
人の死を間近で見たことがないためこの気持ちをどう整理すればいいのか。
「はぁ……」
視界が歪んでいく。
全てから取り残されていくようで、胸に黒い渦が溜まった。
一つ二つ、瞬きをする。
眠ってしまえばこんな難しいことも忘れてしまえるだろうか。
長く長く瞳を閉じる。
意外と睡魔はスムーズにやってきた。
夢はあまり見ないタイプだと自負している。
逆に夢を見ると気疲れを起こしてしまうため、数少ない自分の長所だと胸を張れる。
しかし今回は目が覚めているにも関わらず、夢かと思った。
浅黒い肌が額を触って、冷たいタオルで額の汗を拭った。
こんなにも優しい手があるとは知らなんだ。
「息は苦しくないか?」
「…ん」
「熱が出ているようだ。
首元も冷やそう。」
もう一つのタオルも程よく冷たかった。
キンキンの冷水ではなく、水道からそのまま出したような。
うとうとしている私には丁度いい冷たさ。
大きい手が心配そうに顔を撫でる。
それがとても気持ちが良かった。
だから夢のようだと何度も思った。
呼吸が深くなり、また眠りに落ちようと目を閉じた。
◇
ライダー曰く、疲れや無理が祟って熱を出していたようだ。
とはいうものの、傷の痛みはあれど体そのもののダルさは無かった。
「熱があると伺って心配したのですが、もう下がってきているようですね。」
こんなにも、セイバーやライダーは優しい手でこちらを触ってくる。
このように触れてきた場合どうすればいいのか、なんと思えばいいのか分からない。
もう一度濡れたタオルを額に乗せられる。
「熱が完全に引くまではこうしましょう」
「…うん」
できればライダーには、話し合いの結果を聞きたかったのだが今の私の状態では直接聴けそうにない。
セイバーには話しているはずなので、セイバーがここに戻ったら尋ねよう。
「…セイバー、は」
「見張りに立ってくださっています」
「ふうん…」
窓は締め切られ、カーテンは外の景色を閉ざす。
魔術師というものは、動物を使って偵察が出来るからだそう。
「セイバーがいなくて寂しいですか?」
「……急に、何言ってんの…
よく、意味がわからない…」
「そう見えたからです。」
「…セイバーなんて、別に……」
ライダーは変な人だと思う。
こちらが考えている内容の真逆を突いてくる。
「カズマさんは少し不器用ですから」
「…そんなの自分でも分かってる」
「手先のことではないですよ?
その他のことです。」
「欠点を指摘したいわけ」
ライダーは柔らかく微笑みながら首を横に振った。
「それはきっとカズマさんの長所です。
だからセイバーも必死になって守りたがっています。」
「…水を差すようで悪いけど
不器用は褒められることじゃない。
私はその言葉は嫌いだ。」
「おや、そうですか?
けれど何事にも器用な人間などいませんよ。」
ライダーはそう言い残して部屋を出た。
部屋は静かになる。
(器用なら、もっと私は…お母さんに……)
考えるのはよそう。
辛くなるだけだ。
今更そんなことを思っても過去は変わらない。
未来もずっとそうだ。
この無数の疵もまた、治るはずもない。
翌日セイバーから昨日の話し合いの結果を聞いた。
キャスター陣営は陣地を築くことにし、他の陣営もなるだけその近くにいるようになったそうだ。
そうすればキャスターの陣地による恩恵も幾らか得られるはずだと。
「ライダーたちは、いかないの?」
「ここを離れる気はないそうだ。
カズマのそばにいると。」
放っておいたほうがライダーたちにとって気が楽になるはずだ。
助けてもらったから助けているという義務で守られるのはあまり好ましくない。
「…私は、何もできないのに…」
不満を吐き出すように呟いた。
「カズマ」
「両手が痛くて、食事もできないのに
1人じゃ立てないのに、バカみたい」
両腕で顔を隠す。
セイバーは何も言わなかった。
ただ側にいて、霊体化もせずじっとしている。
ずっとそばにいると、言葉ではなく姿勢で告げられているようだった。
それが何故だか鬱陶しく感じた。
1人でバカみたいに走り回って詩絵李を助けて、結局は死なせて。
だったら見殺しにしていたほうが気分が晴れただろう。
「あっちいって…」
動こうとする気配はない。
「1人がいい…」
「独りにはさせない」
また独りよがりの偽善をする。
この男は私を庇護する対象と見ている。
守る対象ならまだいい。
一から十まで全てのことをしてやらねばならないと思っているはずだ。
そこまで私を弱者にしたいのかと憤りを感じた。
「いいからあっちいけよ!!惨めなんだよ自分が!!
これ以上私を見るな!!!」
怒っているくせに泣き出して、痛みに顔を歪ませるくせに叫んで
自分を殺すように両手を握りしめた。
(死にたいっ、死にたい、死にたい!!)
どんどん自分が海底に沈んでいく。
水圧が全身にかかって潰れそうだった。
その前に自決したい。
「独りにしたところで、あなたは泣き続けるだろう。
今と何も変わらない。」
「うるさい!!」
「出会った頃と何も変わらない。
あなたはとても脆い。」
「き、消えろ…!!」
体を起こして、強がる。
こんな事をして、意味などないのはわかっていた。
「役立たずのマスターで悪かったね
だったらお前のその剣で殺せ!!」
「カズマ、本心を言ってくれ」
「ッ、殺せよ…!!」
「それはあなたの勝手な帰結だ。
その理由を教えて欲しい。」
「何もできない!火傷負ってまで助けたのに見殺しにした!
こんなことになるくらいなら最初から見殺しにすればよかった!もう耐えられない!死にたい!!!
これで十分かよ!!!」
自分でも正直なんと言っているのか半分理解できないほど嗚咽にまみれた悲鳴だった。
ぼとぼとと涙が落ちて痛みに崩れそうになる。
前屈みになって内臓の痛みを堪えた。
生き地獄に等しいこの世界から早く去りたい、逃げたい。
けれどこの男は逃さないと言わんばかりに抱きしめてきた。
息を飲む。
背中を優しく撫でて、トントンとたたく。
「ば、バカにしやがって!!」
「あなたは優しい人だ」
手もあげられないほど、額に胸板が当たるまで近く抱き寄せた。
「とても、不器用なくらい
優しくて、誠実で」
「お前のエゴに付き合ってられるか!!
本当に私のことを思うならっ!!
早く殺っ」
「あなたはどうか、生きてくれ」
言葉を失った。
(いきて、くれ?)
初めて聞く言葉のように、全ての回路が止まった。
どういう意味だろう?
何語?
誰が言った?
セイバーが?
何のために?
顔を上げる。
セイバーは少しだけ笑って、もう一度抱きしめた。
目の前を長い髪が掠める。
ただ、目の前の心臓の音や、優しい指先のノック、人肌の温かさが染み渡った。
それまで私が氷だったかのようだ。
そして、握りしめていた指先をゆっくりと開かせて、労わるように撫でる。
荒れていた呼吸が落ち着くとようやくセイバーは離れた。
「ありがとうカズマ
あなたの悲しみを教えてくれて」
呆然とする私に意味のわからない感謝を述べる。
「そして謝罪する
守れなかったのは俺の責任でもある。
あなた1人が抱え込んで、悲しまなくていい。」
悲しい?
セイバーの言葉を何度も噛み砕いては理解しようとするが、すぐには飲み込めなかった。
(かなしい…?)
これまで感じていたのは、かなしいという感情だったのか。
じゃああの時もこの時も、と記憶が蘇ってくる。
全ては私の責任なのだと思って自分を落ち着かせていたのは、かなしいという感情を知ると自分を自分で支えられなくなるからだ。
突き放す母親の行動かなしいと思えば、その悲しさを拭うには母親がどうしても必要だからだ。
こんな感情懲り懲りだ。
早く忘れたい。
喉が引き裂かれそうな苦しさに襲われる。
「カズマ、独りにさせはしない。
俺を頼って欲しい。
俺はあなたの味方だ。」
フランスの地で言葉が通じず、意味不明の事件に巻き込まれ、痛みに苛まれているなか
そんな言葉を言われては頼る他なかった。
爆発の時も、目が覚めてからも、いつでも離れなかったのは確かだったから。
「ここに、いて」
「ああ、ずっと、傍にいる」
落ち着くまでは気持ちまでもを抱きとめてくれた。
痛みも温もりに溶けていきそうなほど、暖かい腕だった。
きっとこの中なら何を言っても許されるかもしれない。そんな気にさせられた。