朝日のない
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煙が立ち込める中、不思議なほど静寂がこのあたり一帯を包んでいた。
普通これほどの大火事なら誰かが気づいて通報するはず。
叫び声も悲鳴も聞こえない。
代わりに聞こえるのは遠くに響く剣戟。
煙を吸わないようにシャツの襟で鼻と口を覆った。
(どこ…あの二人、一体…)
見渡しても何も聞こえない。
そう、本来ならあの二人の悲鳴なり何なりが聞こえるはずなのだが声が聞こえない。
一体何がどうなっているのか、状況把握すらできなかった。
とにかく気を取り直してあの別荘を目指す。
だが進めば進むほど、煙が行く手を阻んだ。
静まり返った気味の悪い別荘地帯。
いつサーヴァントが出て来てもおかしくなかったが逆にセイバーランサーアサシンライダーがいることでこちらに手を出すことは考えにくい。
だったら今がチャンスだと、思考回路を無理やり切り替えた。
痛みなど無視して走り続けると、ようやく焼けて黒くなった拠点を見つけた。
(まさかとは思うけど…!)
近くの蛇口を思い切りひねって頭からかぶった。
(けど居たら居たで連れ出せばいい!居ないなら逃げればいい!)
濡れねずみになって、入り口の前に立つ。
「ヴィクトル!詩絵李!」
声を出して呼ぶ。
「中にいるなら返事!」
一瞬、己の中で「フランス人だからフランス語しか通じないだろ」と突っ込まれた気がする。
しかしそんなこと言ってる場合ではない。
そしてとうとう、どこか部屋の一室の窓ガラスが吹き飛んだ。
これは急いだほうがいい。
庭先に回り込み、熱いのも重々承知で足で窓ガラスを蹴破った。
すると、リビングの中央で二人が倒れている。
詩絵李は特にヴィクトルを庇うように倒れこんでいた。
「おい!」
この二人を同時に連れ出すのは難しい。
けれど、どうにかして連れ出さなければこれまでの努力が水の泡だ。
「報われないのは、嫌いだっ…」
詩絵李のシャツの襟を噛んで、同じくヴィクトルの襟を両手で握った。
完全に気絶している人間というのは意識がある時より重いと聞く。
要らない情報も受け流し、入ってきたガラスへ向かうが、急に火の手が強くなる。
これでは出られない。
「げほっ!っぐ、げほげほ!」
ならば、唯一まだ焼け落ちていない玄関から出るしかない。
汗がしたたり、血がにじむ。
全ての感覚に知るか、と一蹴して玄関を目指した。
玄関までたどり着くと、思い切りドアノブを握る。
「っづあ!!?」
高熱を出している。
よく考えれば、炎に包まれた金属のドアノブなど触れば火傷モノだ。
しかし、ここで野垂れ死になど許されない。
シャツを脱いで、右手に巻きつけた。
「あ゛っづ…!!!」
全体重を乗せる。
少しずつだがドアが外の空気を入れ始めた。
金属が溶けて出られなくなる前に、開けなければ。
「ひっ、ら、けぇえええ!!!」
じわりじわりと開かれるドア。
ようやく開け放された。
酸素が入って炎が燃え上がる前に急いで二人を家の外に出さなければ。
振り返ったところで爆風が襲った。
隣の塀にたたきつけられる。
それだけならまだしも人間二人分の下敷きにもなった。
「ぐ……う」
しかし何はともあれ炎の中から無理やり脱出した。
それだけで気が緩んでしまい、気絶した。
「どぉしますマスタ~?」
「……ま、この戦いでセイバーの勝利は決まった。
今更こっちが手を出す必要はない。
お前も、気絶した人間を爆破するのもつまらないだろ。」
「ええ、ええ!!ワタクシでしたら恐怖を与え追い詰めてじわじわと……って聞いてますかァ!??」
「拠点に戻る。
聖杯のことも気になる。今晩の守りは私たちだ。」
季節に似合わない赤い大きなコートを身にまとう女は悪魔を従えていた。
悪魔の笑い声と裏腹に女は背中を丸める。
「さむい……」
そう呟いて、闇の中に消えていった。
◇
あーあ、また派手にやらかした。と茶化す。
いや、茶化す、という言葉は正しくない。
まるで他人事のようだからだ。
実際体は痛いし、肺が焼けるようだ。
それでも、やらかしたやらかしたと思っている自分がいる。
こういう風に、自ら進んでケガを負うことは私の役割でないように思った。
だってそうだろう。
人間は自己保存が第一前提なのだから。
暗い。
目を覚ませば暗い場所だった。
「ここ、は」
それにしても自分は浮いているように錯覚する。
足がダランとしているのだ。
「カズマ、目が覚めたか」
「え…」
セイバーがとても近くにいた。
体温がとても熱い。
そして、この手のひらは包帯が何重にも巻かれていた。
「手は動かさないほうがいい。
痛いだろう。」
「ここ、どこ」
かすれた声で尋ねる。
すると、ぱたぱたと近寄ってくる足音。
「カズマ…っ!」
「へ…?」
左目の視界に入れる。
そこには泣きはらした詩絵李がいた。
「ご、ごめんなさいっ
私、こんな、大けがを負わせるつもりじゃなかったの…!!」
「おお、けが…っていうか、日本語…」
「カズマ、ここは聖杯戦争の対戦場だ。
ここでは言葉が通じる。」
セイバーの説明に改めて感心する。
そして改めて大けがのことを尋ねた。
「肩の脱臼、肋骨にヒビ、内臓が圧迫されて壊死寸前
元々傷を負っていた左手、右目、下腹部は傷が開いた。
そして、両手の火傷
…ほとんどキャスターの善意で治癒されたが、しばらくは動けないだろう。」
「へぇ…すご…」
「な、なに他人事みたいに!!
あなたが一番ケガしてるのよ!!?
元々一番ケガしてたのに!もっとケガして!!」
詩絵李は怒りながら泣き出した。
それを言うなら詩絵李もケガをしている。
白い肌に大きな絆創膏やガーゼがたくさん。
「そういえば…今日、対戦」
「そんなの…怖いに決まってる!!!でも!
あれだけ悪口言ってたのに!なんで、こんなに助けてくれるのか…本当にわからなくって……日本語は、わからないけど…日本人なんてもっとわからないけど…」
本来の私ならば勝手にしろと言って放置していただろう。
それでもこんなに手を尽くしたのは、ささやかな思いがあったからだ。
「…報われないことは、嫌い、だし…それが、つらいのも、わかる…」
ぼろぼろと泣く詩絵李に、左手を出した。
何故だか体がこうしたほうがいいと言うので、素直に動かした。
目元を押えて、涙をぬぐう。
「うまく、言えない…
でも、なんか、こうしたくなって……」
すると今度は詩絵李が抱き着いた。
他人に抱きしめられたのは初めてで、どちらかというと何をしているんだコイツは、という気持ちが大きかった。
けれど、次に目を合わせた詩絵李の顔つきが違った。
「私、頑張る」
「…ん」
詩絵李が走った向こうには、すでにほかの陣営がそろっていた。
気絶してなかなか起きなかったのはこちらだけだったようだ。
「…なんで、笑う」
「え、…お、俺は笑っていたのか?」
「口元が、にやにやしてる」
「その…カズマは良い人間だと、思っていた」
ゆっくり抱きなおされて、セイバーがほほ笑むのを直視する。
特にいい人間になろうと尽力しているわけではない。
誰に好かれようと嫌われようと問題はないからだ。
だが、セイバーのありのままの言葉は一蹴できない。
◇
突如白い空間が現れた。
中央にやはりルーラーと呼ばれるサーヴァントが出現した。
『これより、第1回戦を開始します。
両者は前へ。』
詩絵李とアサシンは一瞬だけ消え、白い空間へ現れる。
それは黒いセイバーも同様のようだ。
「主様、お気をつけて」
「うん、アサシンもね。」
白い空間はルーラーの旗が地面に降ろされると一変した。
夜の摩天楼。
白い月が空を覆うような場所だ。
毎回の対戦ごとにこのような場所が提供されるのだろう。
『聖杯戦争―――開始!』
旗が振り上げられるとアサシンは暗器を放つ。
黒いセイバーもそれを打ち落とすが、その隙に様々な武具でセイバーを押していく。
武器を持ち変える時間は異常なほど短い。
まるで初めから持っているかのようだ。
「ぬるい」
セイバーはそれを黒い魔力で押し返したがアサシンはそれをハナから受けるつもりはさらさらない。
滑り込んで首を狙う。
それにセイバーは初めて一歩引いた。
「アサシン風情が、騎士のまねごとをするか!!」
全力の剣戟はアサシンの残影だけを切り付けた。
アスファルトの地面がへこみ、連鎖的に周囲に地割れを引き起こしていた。
この場にアサシン陣営はいなくなった。
「マスター」
「わかっている。」
白い髪に痩躯の男は手を掲げる。
その腕に赤く発光する筋が見えた。
「ここを拠点とするぞ」
マスターは広範囲に結界を張る。
相手がアサシンだとわかっているなら、気配遮断スキルで後追いは危険だと判断したようだ。
「直径5キロに張った。
しかし即席だ。長くはもたない。」
「すぐに殺す」
セイバーは空へ飛び出す。
ここにはマスターだけとなった。
すると画面にアサシンとセイバーの姿がそれぞれ映し出された。
「アサシン!宝具!」
「宝具解放します!」
詩絵李と合流するとすぐにあらかじめ計画していたのであろう作戦を開始。
詩絵李はパーカーを裏返し、黒い服に身を包んだ。
「不滅の混沌旅団―――!」
アサシンと詩絵李の周りにつぎつぎと人間が現れる。
「サーヴァントの召喚か」
ぽつりと呟いた切敷。
横目で見つつも、詩絵李の行く末の方を注目した。
「敵は一人
囲い込め」
アサシンの冷たい言葉と同時に、あれほどまで輝いていた白い月が暗闇に覆われる。
ほぼ暗闇だ。
一方セイバーは最も高いビルで目を光らせていた。
だが闇に覆われた月に目を細める。
「小癪な」
ビルから飛び降りると、セイバーは剣で払う。
すでにアサシンの召喚したサーヴァントが攻撃を開始していたのだ。
アサシンがどれほどのサーヴァントを召喚したのか、実数は明らかではないが1対複数。
これで勝ち目はほぼなくなった。
セイバーはマスターのいる方向へ後退する。
それに合わせて忍群も移動し、セイバーを逃がさない。
「マスター!!こちらも放つぞ!!」
『少し待て。』
アサシンがひと際鋭い攻撃を与えた。
腕から赤い血が噴き出す。
休む間もない攻撃に、もはやセイバーの体力も尽きたかのように見える。
「チィッ!」
アサシンはこれ以上下がらせないため、背後から追い上げる。
周囲の音は武器のぶつかる音だけ。
『いいぞ、セイバー
放て』
すると黒い魔力で周囲を吹き飛ばす。
さらに、近づかせないために猛威を振るう。
「卑王鉄槌!!」
先ほどの倍の威力。もはや竜巻と呼べるほどだ。
「受けるがいい
約束された勝利の剣――!!!」
上段から振り下ろされた剣からは黒い波動が。
街を飲み込むと同時にその破壊力で崩壊へと導く。
そして冷たい目でもう一度。
反転させて第2撃。
全方位に宝具をうちはなったのだ。
画面に映る敵のマスター、詩絵李。
同時に黒い闇に覆われた。
「えっ…?」
男ののんきな声が、耳に届いてようやく現実が分かった。
ずたずたにされたビルは上から埋め尽くすように倒壊する。
そのまえにセイバーは姿を消して、その崩れ去ったビルの上に舞い戻る。
「殺しつくした。すべてな。」
そこに、まるで勝者の誉れを与えるかのようにルーラーが現れる。
「左翼陣営、アサシンの消滅を確認。
同時にマスターの消滅も確認しました。
勝者、右翼陣営、セイバー」
しん、とした。
それなのに耳がずきずきと痛む。
脳が両側から痺れる。
「い、いや、嘘っしょ…あんな簡単に…」
アレクシの言葉に誰もが再認識してしまう。
「うそ…うそ……うそっ…うそうそうそ!!!!」
一人は頭を抱えてへたり込んだ。
「ま、さか……しん……」
耳を抑え、慌てて神の祝詞をつぶやく。
「勝てる、はずがない…」
よろめき、手が震える。
切敷は無言で見つめていた。
先ほどまで暖かかった彼女は、死んでしまったらしい。
摩天楼は徐々に消えていく。
白い空間に戻っていた。
その遠くに、彼女がいた。
血だまりは見えたがすぐにセイバーが目を覆う。
「それでは、次の対戦カードを発表します。」
そして何事もなかったかのように淡々と進めるのだ。
「降ろして」
腕でセイバーを押しやり、自分の足で歩く。
「カズマ!」
「何事も、なかったかのように、進めるなァ!!!」
「行くなカズマ!」
「殺すほどの理由でもあるのか!!
何が目的で聖杯戦争を始めた!!
誰の許可を得て殺したァ!!!」
ルーラーはこちらを一瞥するだけだ。
冷たい目つき。光がない。
まるで人形だ。
(いいや、こいつは人でなしだ…!!)
後ろから腕が回る。
「行くな!」
「放せ!!お前が守ると言った!!
なら簡単に流されていいのか!!」
セイバーの目つきは、憤怒を表していた。
ぎゅっと拳を作って自制している。
「いい、わけがない」
押し殺した声。
「第2回戦
右翼・バーサーカー
左翼・キャスター」
全員の視線がアレクシに向かう。
「…うそ…だろ…」
しかも、敵に回すと恐ろしいバーサーカーが相手だ。
「同盟者アレクシ、対策を練れば打倒できます。
何を嘆くことがありますか」
「だって、見ただろっ!!
なんだよあれ!?
なんであんな簡単に死んでんだよ!!
なんで俺たちは巻き込まれたんだよ!!」
「今!!すぐに何をすべきかを考えなさい!!
生き残りたくば、私から目を背けないことです!!
私は天空の神ホルスの化身!
敗者になる空想をするなど不敬にもほどがあります!!」
アレクシの混乱を自信で満ち溢れた返答をするキャスター。
しかし、それでも歯を食いしばって恐怖に耐えるのが精いっぱいのようだった。
「なあ、魔術師さんよぉ
俺はバーサーカーを見たことがない。
知ってるのか?」
アーチャーが問いかける。
「こんな絶望的な状況でとても言いにくいが
出し惜しみしている場合じゃない…
バーサーカーの真名は、坂田金時」
その名前に反応したのは私と、左翼アーチャーのマスター、無津呂だ。
「さ、坂田金時!?
そんなおとぎ話の人物も出てくるんですか!?」
一般的に知られている坂田金時は、マサカリ担いでクマに競り勝ったという話。
ただそれが室町時代、源頼光に仕えた人物であるとすれば話は別だ。
ただのおとぎ話ではなく、本物の強さであると、先ほどの戦いから容易に想像できた。
「とにかく、この陣営は一人、亡くしてしまった…
明日、全員に集合をかけたい。
これでわかっただろう。
この聖杯戦争は、命がけの戦いだと。」
喚く暇も、嘆く暇もない。
それでも、今の心は詩絵李のことで手がいっぱいだった。
普通これほどの大火事なら誰かが気づいて通報するはず。
叫び声も悲鳴も聞こえない。
代わりに聞こえるのは遠くに響く剣戟。
煙を吸わないようにシャツの襟で鼻と口を覆った。
(どこ…あの二人、一体…)
見渡しても何も聞こえない。
そう、本来ならあの二人の悲鳴なり何なりが聞こえるはずなのだが声が聞こえない。
一体何がどうなっているのか、状況把握すらできなかった。
とにかく気を取り直してあの別荘を目指す。
だが進めば進むほど、煙が行く手を阻んだ。
静まり返った気味の悪い別荘地帯。
いつサーヴァントが出て来てもおかしくなかったが逆にセイバーランサーアサシンライダーがいることでこちらに手を出すことは考えにくい。
だったら今がチャンスだと、思考回路を無理やり切り替えた。
痛みなど無視して走り続けると、ようやく焼けて黒くなった拠点を見つけた。
(まさかとは思うけど…!)
近くの蛇口を思い切りひねって頭からかぶった。
(けど居たら居たで連れ出せばいい!居ないなら逃げればいい!)
濡れねずみになって、入り口の前に立つ。
「ヴィクトル!詩絵李!」
声を出して呼ぶ。
「中にいるなら返事!」
一瞬、己の中で「フランス人だからフランス語しか通じないだろ」と突っ込まれた気がする。
しかしそんなこと言ってる場合ではない。
そしてとうとう、どこか部屋の一室の窓ガラスが吹き飛んだ。
これは急いだほうがいい。
庭先に回り込み、熱いのも重々承知で足で窓ガラスを蹴破った。
すると、リビングの中央で二人が倒れている。
詩絵李は特にヴィクトルを庇うように倒れこんでいた。
「おい!」
この二人を同時に連れ出すのは難しい。
けれど、どうにかして連れ出さなければこれまでの努力が水の泡だ。
「報われないのは、嫌いだっ…」
詩絵李のシャツの襟を噛んで、同じくヴィクトルの襟を両手で握った。
完全に気絶している人間というのは意識がある時より重いと聞く。
要らない情報も受け流し、入ってきたガラスへ向かうが、急に火の手が強くなる。
これでは出られない。
「げほっ!っぐ、げほげほ!」
ならば、唯一まだ焼け落ちていない玄関から出るしかない。
汗がしたたり、血がにじむ。
全ての感覚に知るか、と一蹴して玄関を目指した。
玄関までたどり着くと、思い切りドアノブを握る。
「っづあ!!?」
高熱を出している。
よく考えれば、炎に包まれた金属のドアノブなど触れば火傷モノだ。
しかし、ここで野垂れ死になど許されない。
シャツを脱いで、右手に巻きつけた。
「あ゛っづ…!!!」
全体重を乗せる。
少しずつだがドアが外の空気を入れ始めた。
金属が溶けて出られなくなる前に、開けなければ。
「ひっ、ら、けぇえええ!!!」
じわりじわりと開かれるドア。
ようやく開け放された。
酸素が入って炎が燃え上がる前に急いで二人を家の外に出さなければ。
振り返ったところで爆風が襲った。
隣の塀にたたきつけられる。
それだけならまだしも人間二人分の下敷きにもなった。
「ぐ……う」
しかし何はともあれ炎の中から無理やり脱出した。
それだけで気が緩んでしまい、気絶した。
「どぉしますマスタ~?」
「……ま、この戦いでセイバーの勝利は決まった。
今更こっちが手を出す必要はない。
お前も、気絶した人間を爆破するのもつまらないだろ。」
「ええ、ええ!!ワタクシでしたら恐怖を与え追い詰めてじわじわと……って聞いてますかァ!??」
「拠点に戻る。
聖杯のことも気になる。今晩の守りは私たちだ。」
季節に似合わない赤い大きなコートを身にまとう女は悪魔を従えていた。
悪魔の笑い声と裏腹に女は背中を丸める。
「さむい……」
そう呟いて、闇の中に消えていった。
◇
あーあ、また派手にやらかした。と茶化す。
いや、茶化す、という言葉は正しくない。
まるで他人事のようだからだ。
実際体は痛いし、肺が焼けるようだ。
それでも、やらかしたやらかしたと思っている自分がいる。
こういう風に、自ら進んでケガを負うことは私の役割でないように思った。
だってそうだろう。
人間は自己保存が第一前提なのだから。
暗い。
目を覚ませば暗い場所だった。
「ここ、は」
それにしても自分は浮いているように錯覚する。
足がダランとしているのだ。
「カズマ、目が覚めたか」
「え…」
セイバーがとても近くにいた。
体温がとても熱い。
そして、この手のひらは包帯が何重にも巻かれていた。
「手は動かさないほうがいい。
痛いだろう。」
「ここ、どこ」
かすれた声で尋ねる。
すると、ぱたぱたと近寄ってくる足音。
「カズマ…っ!」
「へ…?」
左目の視界に入れる。
そこには泣きはらした詩絵李がいた。
「ご、ごめんなさいっ
私、こんな、大けがを負わせるつもりじゃなかったの…!!」
「おお、けが…っていうか、日本語…」
「カズマ、ここは聖杯戦争の対戦場だ。
ここでは言葉が通じる。」
セイバーの説明に改めて感心する。
そして改めて大けがのことを尋ねた。
「肩の脱臼、肋骨にヒビ、内臓が圧迫されて壊死寸前
元々傷を負っていた左手、右目、下腹部は傷が開いた。
そして、両手の火傷
…ほとんどキャスターの善意で治癒されたが、しばらくは動けないだろう。」
「へぇ…すご…」
「な、なに他人事みたいに!!
あなたが一番ケガしてるのよ!!?
元々一番ケガしてたのに!もっとケガして!!」
詩絵李は怒りながら泣き出した。
それを言うなら詩絵李もケガをしている。
白い肌に大きな絆創膏やガーゼがたくさん。
「そういえば…今日、対戦」
「そんなの…怖いに決まってる!!!でも!
あれだけ悪口言ってたのに!なんで、こんなに助けてくれるのか…本当にわからなくって……日本語は、わからないけど…日本人なんてもっとわからないけど…」
本来の私ならば勝手にしろと言って放置していただろう。
それでもこんなに手を尽くしたのは、ささやかな思いがあったからだ。
「…報われないことは、嫌い、だし…それが、つらいのも、わかる…」
ぼろぼろと泣く詩絵李に、左手を出した。
何故だか体がこうしたほうがいいと言うので、素直に動かした。
目元を押えて、涙をぬぐう。
「うまく、言えない…
でも、なんか、こうしたくなって……」
すると今度は詩絵李が抱き着いた。
他人に抱きしめられたのは初めてで、どちらかというと何をしているんだコイツは、という気持ちが大きかった。
けれど、次に目を合わせた詩絵李の顔つきが違った。
「私、頑張る」
「…ん」
詩絵李が走った向こうには、すでにほかの陣営がそろっていた。
気絶してなかなか起きなかったのはこちらだけだったようだ。
「…なんで、笑う」
「え、…お、俺は笑っていたのか?」
「口元が、にやにやしてる」
「その…カズマは良い人間だと、思っていた」
ゆっくり抱きなおされて、セイバーがほほ笑むのを直視する。
特にいい人間になろうと尽力しているわけではない。
誰に好かれようと嫌われようと問題はないからだ。
だが、セイバーのありのままの言葉は一蹴できない。
◇
突如白い空間が現れた。
中央にやはりルーラーと呼ばれるサーヴァントが出現した。
『これより、第1回戦を開始します。
両者は前へ。』
詩絵李とアサシンは一瞬だけ消え、白い空間へ現れる。
それは黒いセイバーも同様のようだ。
「主様、お気をつけて」
「うん、アサシンもね。」
白い空間はルーラーの旗が地面に降ろされると一変した。
夜の摩天楼。
白い月が空を覆うような場所だ。
毎回の対戦ごとにこのような場所が提供されるのだろう。
『聖杯戦争―――開始!』
旗が振り上げられるとアサシンは暗器を放つ。
黒いセイバーもそれを打ち落とすが、その隙に様々な武具でセイバーを押していく。
武器を持ち変える時間は異常なほど短い。
まるで初めから持っているかのようだ。
「ぬるい」
セイバーはそれを黒い魔力で押し返したがアサシンはそれをハナから受けるつもりはさらさらない。
滑り込んで首を狙う。
それにセイバーは初めて一歩引いた。
「アサシン風情が、騎士のまねごとをするか!!」
全力の剣戟はアサシンの残影だけを切り付けた。
アスファルトの地面がへこみ、連鎖的に周囲に地割れを引き起こしていた。
この場にアサシン陣営はいなくなった。
「マスター」
「わかっている。」
白い髪に痩躯の男は手を掲げる。
その腕に赤く発光する筋が見えた。
「ここを拠点とするぞ」
マスターは広範囲に結界を張る。
相手がアサシンだとわかっているなら、気配遮断スキルで後追いは危険だと判断したようだ。
「直径5キロに張った。
しかし即席だ。長くはもたない。」
「すぐに殺す」
セイバーは空へ飛び出す。
ここにはマスターだけとなった。
すると画面にアサシンとセイバーの姿がそれぞれ映し出された。
「アサシン!宝具!」
「宝具解放します!」
詩絵李と合流するとすぐにあらかじめ計画していたのであろう作戦を開始。
詩絵李はパーカーを裏返し、黒い服に身を包んだ。
「不滅の混沌旅団―――!」
アサシンと詩絵李の周りにつぎつぎと人間が現れる。
「サーヴァントの召喚か」
ぽつりと呟いた切敷。
横目で見つつも、詩絵李の行く末の方を注目した。
「敵は一人
囲い込め」
アサシンの冷たい言葉と同時に、あれほどまで輝いていた白い月が暗闇に覆われる。
ほぼ暗闇だ。
一方セイバーは最も高いビルで目を光らせていた。
だが闇に覆われた月に目を細める。
「小癪な」
ビルから飛び降りると、セイバーは剣で払う。
すでにアサシンの召喚したサーヴァントが攻撃を開始していたのだ。
アサシンがどれほどのサーヴァントを召喚したのか、実数は明らかではないが1対複数。
これで勝ち目はほぼなくなった。
セイバーはマスターのいる方向へ後退する。
それに合わせて忍群も移動し、セイバーを逃がさない。
「マスター!!こちらも放つぞ!!」
『少し待て。』
アサシンがひと際鋭い攻撃を与えた。
腕から赤い血が噴き出す。
休む間もない攻撃に、もはやセイバーの体力も尽きたかのように見える。
「チィッ!」
アサシンはこれ以上下がらせないため、背後から追い上げる。
周囲の音は武器のぶつかる音だけ。
『いいぞ、セイバー
放て』
すると黒い魔力で周囲を吹き飛ばす。
さらに、近づかせないために猛威を振るう。
「卑王鉄槌!!」
先ほどの倍の威力。もはや竜巻と呼べるほどだ。
「受けるがいい
約束された勝利の剣――!!!」
上段から振り下ろされた剣からは黒い波動が。
街を飲み込むと同時にその破壊力で崩壊へと導く。
そして冷たい目でもう一度。
反転させて第2撃。
全方位に宝具をうちはなったのだ。
画面に映る敵のマスター、詩絵李。
同時に黒い闇に覆われた。
「えっ…?」
男ののんきな声が、耳に届いてようやく現実が分かった。
ずたずたにされたビルは上から埋め尽くすように倒壊する。
そのまえにセイバーは姿を消して、その崩れ去ったビルの上に舞い戻る。
「殺しつくした。すべてな。」
そこに、まるで勝者の誉れを与えるかのようにルーラーが現れる。
「左翼陣営、アサシンの消滅を確認。
同時にマスターの消滅も確認しました。
勝者、右翼陣営、セイバー」
しん、とした。
それなのに耳がずきずきと痛む。
脳が両側から痺れる。
「い、いや、嘘っしょ…あんな簡単に…」
アレクシの言葉に誰もが再認識してしまう。
「うそ…うそ……うそっ…うそうそうそ!!!!」
一人は頭を抱えてへたり込んだ。
「ま、さか……しん……」
耳を抑え、慌てて神の祝詞をつぶやく。
「勝てる、はずがない…」
よろめき、手が震える。
切敷は無言で見つめていた。
先ほどまで暖かかった彼女は、死んでしまったらしい。
摩天楼は徐々に消えていく。
白い空間に戻っていた。
その遠くに、彼女がいた。
血だまりは見えたがすぐにセイバーが目を覆う。
「それでは、次の対戦カードを発表します。」
そして何事もなかったかのように淡々と進めるのだ。
「降ろして」
腕でセイバーを押しやり、自分の足で歩く。
「カズマ!」
「何事も、なかったかのように、進めるなァ!!!」
「行くなカズマ!」
「殺すほどの理由でもあるのか!!
何が目的で聖杯戦争を始めた!!
誰の許可を得て殺したァ!!!」
ルーラーはこちらを一瞥するだけだ。
冷たい目つき。光がない。
まるで人形だ。
(いいや、こいつは人でなしだ…!!)
後ろから腕が回る。
「行くな!」
「放せ!!お前が守ると言った!!
なら簡単に流されていいのか!!」
セイバーの目つきは、憤怒を表していた。
ぎゅっと拳を作って自制している。
「いい、わけがない」
押し殺した声。
「第2回戦
右翼・バーサーカー
左翼・キャスター」
全員の視線がアレクシに向かう。
「…うそ…だろ…」
しかも、敵に回すと恐ろしいバーサーカーが相手だ。
「同盟者アレクシ、対策を練れば打倒できます。
何を嘆くことがありますか」
「だって、見ただろっ!!
なんだよあれ!?
なんであんな簡単に死んでんだよ!!
なんで俺たちは巻き込まれたんだよ!!」
「今!!すぐに何をすべきかを考えなさい!!
生き残りたくば、私から目を背けないことです!!
私は天空の神ホルスの化身!
敗者になる空想をするなど不敬にもほどがあります!!」
アレクシの混乱を自信で満ち溢れた返答をするキャスター。
しかし、それでも歯を食いしばって恐怖に耐えるのが精いっぱいのようだった。
「なあ、魔術師さんよぉ
俺はバーサーカーを見たことがない。
知ってるのか?」
アーチャーが問いかける。
「こんな絶望的な状況でとても言いにくいが
出し惜しみしている場合じゃない…
バーサーカーの真名は、坂田金時」
その名前に反応したのは私と、左翼アーチャーのマスター、無津呂だ。
「さ、坂田金時!?
そんなおとぎ話の人物も出てくるんですか!?」
一般的に知られている坂田金時は、マサカリ担いでクマに競り勝ったという話。
ただそれが室町時代、源頼光に仕えた人物であるとすれば話は別だ。
ただのおとぎ話ではなく、本物の強さであると、先ほどの戦いから容易に想像できた。
「とにかく、この陣営は一人、亡くしてしまった…
明日、全員に集合をかけたい。
これでわかっただろう。
この聖杯戦争は、命がけの戦いだと。」
喚く暇も、嘆く暇もない。
それでも、今の心は詩絵李のことで手がいっぱいだった。