朝日のない
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ソファーでの睡眠はあまり疲れが取れなかった。
重い体を起こす。
「まだ早い。
もう少し横になるといい。」
セイバーがカーテンの隙間から外を見張っていたようだ。
こちらに気づき、そう声をかける。
「…このソファー、すこし硬い」
「そうか…」
「敵は」
「いない。昨夜のランサー、キャスター、アーチャーと敵の戦闘の余波がここまで響いていた。
どうなったか定かではないが、予定通り進むならば今夜も3陣営は敵セイバーを攻めるだろう。」
そんなにうまく行くものだろうか。
あの黒いセイバーは、昨夜襲った陣営より賢そうで、大きな力を持っているように感じた。
「そういえば、聖杯ってなんでも願いが叶うヤツだよね」
「…今回奪い合っている聖杯がどのような存在なのかはわからないが
まぁそうだな…そう思っていていいだろう
興味が出たのか?」
「そういうわけじゃないけど
マスターだけが願いを叶えるんじゃなくって、サーヴァントも願いを叶えられるのかなって」
カズマがやはり体を起こしたのでセイバーはソファーに腰を下ろす。
朝とはいえカーテンで光は閉ざされており、薄暗い。
そんな中でもセイバーの胸の紋が光っていた。
「ああ、サーヴァントも願いは叶う
むしろその為に召喚に応じたサーヴァントもいるはずだ」
「セイバーも?」
「俺は聖杯にかける願いはない」
「は?」
願いが叶うと謳っているにも関わらず、しかもこうしてサーヴァントとして呼ばれることも多いであろう立場で願いはないと言い切った。
「じゃあ戦う意味なんてないじゃん
何がしたいの」
「聖杯にかけるべき願いではない、と言ったほうが誤解は少なかったな」
「はぁ」
よくわからない。
とりわけ目の前のセイバーは特に。
それぞれのサーヴァントが過去の英雄なりなんなりするならば、ほとんどの名前を私は言い当てられるだろう。
しかしこの男は言動も、姿勢も、胸にある紋もよくわからない。
「…そんなに、怪しいのか?俺は」
「うん」
「そ、そうか…すまない
だがあなたを守ると誓ったことは真実だ。」
セイバーの言うことは本当のことだ。
でなければあんな血なまぐさいところから愛想のない子供を連れて、本来のマスターまで殺す必要はなかった。
「…それに関しては、疑ってないよ
最初も、爆発の時も、今も…
感謝は…まだできないけど…うん」
「あなたは律儀なところがあるんだな」
「は?何それバカにしてる?」
「いや、失敬、そういうわけではないんだが」
「そりゃさぁ何度も助けられたりしたらそれぐらい言わないと失礼じゃん」
セイバーは初めて微笑んで見せた。
嬉しい、という感情が出ているのだろうか。
深い意味は分からない。
「…寝る」
横になると、すぐに肩まで外套を羽織らせ、頭を撫でてきた。
驚きはしたが、おそらくセイバーは嬉しかったりすると行動で示すのかもしれない。
すぐ離れて再び見張りに戻った。
◇
残り一日。
今晩を超えて次の夜には殺し合いが始まる。
詩絵李は以前のように癇癪は起こしていないものの、目に見えて病んでいた。
不安と恐怖に負けている。
誰だってそうだ。
まともな生活でさえ脅かされたなら平常心など消え失せる。
『シェリーさん、大丈夫ですか?』
ヴィクトルが声をかけるが、軽く笑って、すぐ元の表情に戻った。
外に出ることは自殺行為であるため、別荘に備えていた非常食を食べる。
まるで避難民だ。
「少し気になったけど、そもそもこの聖杯戦争のマスターって何が基準で選ばれるの」
「多くは、魔力を持つ者が大前提のはずです。
出なければ我々は存在を維持できません。
しかしそれ以外に具体的な選抜理由は明らかになっていないのが現状です。」
ライダーの丁寧な説明でも、やはり腑に落ちない。
「それって敵側も同じなの?」
「それはどうでしょう…聞いてみなければ分かりませんが、今まで見聞きした敵マスターは、魔術師としての素質が十分にあると感じます。」
それではこちらが不利にもほどがある。
公平な試合をするならば、メンバーも公平にしなければならばいはずだ。
「じゃあ、そもそも戦争って誰が始めたの」
「始めた、というより、始まってしまった…が正しいかもしれません。
私はこの聖杯戦争が初めてだと自負していますが、主催者が誰なのか、何を目的にしているのかはサーヴァントにも分からないのです。
しかし、今回、ルーラーという存在があるのが気にかかります。」
耳にしない言葉だ。
それも語感からして、セイバー、ランサーといったクラス名だと推測できるが。
「ルーラーとは、聖杯戦争を公平に取り仕切るサーヴァント。
例の黒い空間にいた旗を掲げた少女のことです。
今回の聖杯戦争はサーヴァントが14騎も存在するため、混乱を避けるためにあります。
とはいえ、いずれのマスターたちからもルーラーを見たという報告はありません。」
「ふーん…」
「詳しくお話しできずすみません。
ですが、ルーラーを見ても手を出さない方が良いでしょう。」
「どうして?」
「端的に言えばとても強力なサーヴァントです。
我々では手に負えないでしょう。」
とはいえこの聖杯戦争のルールは穴がありすぎる。
公平にするのだから取り仕切るルーラーがいる。それなのに参加者はあまりにも経験値に差がある。
こんなもの、まるで虐殺して手っ取り早く聖杯をもらうためにしているようなものだ。
見張りをしていたアサシンが現れた。
『失礼します。
味方のランサー陣営がこちらに向かってきています。
おそらくは昨夜の戦果でしょう。』
『切敷さんが?それは心強い』
ヴィクトルは笑顔になるが、詩絵李は相変わらず。
暗い表情を見た従者でさえ、口をつぐむ。
数十分後、切敷はランサーを伴ってやってきた。
家が燃えていたため、この3騎が行きそうな場所を探していたらアサシンが出迎えたそうな。
『しかし、無事で何より。
怪我もなさそうだ。』
『ええ、これも神のご加護に相違ない幸運でした…』
「おう嬢ちゃん、いつものふてくされ顔だな。」
「うるさい構うな」
青いランサーはやたらと私に絡んでくる。
からかうのが面白いのだろう。
とにかく気を取り直して、サーヴァントを呼び戻した上で互いに報告をしあった。
『黒いセイバーはなんとか消耗させてはいるが向こうも腕のいいマスターがいるようだ。
即座に回復して攻めに戻り、こちらは押し返すのに精一杯だったよ。』
『それで、最終的にはいかほど?』
『残念だけど、そこまで戦果は上げられなかった。
激しい戦闘で、秋ちゃんも、アレクシくんも疲れ果てていてね…どうにも今夜の戦闘は難しそうだ』
その言葉で詩絵李はうるっときていた。
もうダメだ、と顔に書いている。
背中を丸めて震えだす。
そこにアサシンがそばに居て、難しい表情をしていた。
『そこで、動ける陣営を総動員してセイバーのマスターを狙うことになった。』
『わ、私は…残念ながら、戦闘には不向きかと…』
『ええ、ヴィクトルさんは無理はなさらず
無論参加できないと思えばそれでいい。
強制はしないよ。』
無精ひげがいつもより酷い切敷は3陣営を見渡す。
ランサー陣営はまだ動けるとして、少なくとも動けなさそうなのは、アーチャー、キャスター、ライダー、アサシン…
「って、セイバーとバーサーカーだけじゃん」
「ま、そうなるわな」
しかもバーサーカーは今何をしているのか分からない。
実質ランサーとセイバーしか動けない。
本音を言えば参加したくないのだが、隣でこうも暗いオーラを出されると…
「はぁ………セイバーが行きたいっていうなら行ってあげないこともないけど
私自身何もできないからね」
「ありがとう一真ちゃん
セイバーもいいかい?」
「ああ。だがやはり優先順位は我がマスターだ。
マスターの身が危険だと感じたら退却する。」
「無論だとも」
そして改めて、昨夜の出来事を報告した。
『ふうん、そんなことが…だからあの街は包囲網が張られていたんだな』
『しかし、銃を使う女と剣の女ねぇ
アーチャークラスだと断定できるサーヴァントは1騎確認済みだが、もしや別のクラスかもしれねぇな。』
『とはいえ1騎のマスターとサーヴァントの姿を視認しているのはお手柄だ。』
それで、結局これから何をするべきか。
ボロボロになった味方をどう動かすつもりなのか。
「これからバーサーカー陣営を説得しに行くんだけど、一真ちゃんもきてくれる?」
「は」
「嫌そうだね」
嫌なのはこの男の隣を歩かなければならないということだ。
「傷が痛むなら無理はさせないよ」
「そりゃ痛いけど…」
「包帯も取り替えてないみたいだね」
「そうだけど…手当できる人間いないし…つうか見せたくもないし」
「じゃあ僕が治療一式してあげるからついてきてほしいな」
「だったらセイバーに頼む方がマシ。」
攻防を続けていると、今度はランサーが口を挟んだ。
「おいおい、ここで口喧嘩になっても拉致があかねぇ。
バーサーカーはこっちの連絡に一切応じないってんで別の人間に声かけてほしいだけだ。
それに、女が相手なら男はそう悪く思わねぇだろ?」
とてつもなく単純な理由だ。
しかしこちらも出向きたくない理由だってある。
すでに体のあちこちが痛いのと、フランス語がわからないせいで状況把握すら難しい。
確かに情報は多い方がいいのだが、バーサーカーのマスター相手に、フランス語がわかりませんちょっと待ってください、なんて言ったら即切られるに決まっている。
今まで連絡に応じていないあたりそれは明白だろう。
「…とにかく、こう見えてもカズマの体調が芳しくない。
治療をしてほしいとは言わない。せめて応急処置の道具をくれないか。」
「……いいだろう
背に腹は変えられない。それにセイバー復帰はこの戦争で勝つには不可欠だ。」
切敷は疲れ気味にそう返答してもう一度外へ出た。
1時間もすれば帰ってきたが、さすがに疲れているらしく、応急処置が終わる間空いている部屋で仮眠を取ることとなった。
応急処置ならアサシンも心得があるらしいが、索敵に適しているアサシンを見張りに立てないのは危険だ。
なので宣言通りセイバーに出来る限りの応急処置を任せた。
長らく外していなかった包帯を取るも、特に左手は汁が出てヒドく痛んだ。
自分の傷のクセに見るのが怖い。
目を伏せると、セイバーは小さく言った。
「無理をさせてすまない」
湯で絞ったタオルで拭う。
傷口に近づくたびに痛みが突っ張るように発生する。
「う、っ、~っ」
別のタオルに消毒液を染み込ませ、少しずつあてがう。
「あ゛っ」
悲鳴まがいの声を漏らしながら、ようやく左手の処置は終わった。
すっかり涙目になっていて、今度は顔、腹と続く。
地獄だ、と思う。
「右目の包帯を外すぞ」
こちらも同じような状態だ。
「右目、どうなってるの」
「…眼球は動いているが、瞳は灰色になっている。
光も見えないか?」
「うん」
濡れたタオルで拭うが左手ほどの痛みはなかった。
こちらのほうが比較的傷は浅いらしい。
「目、と言うよりその周りの傷がひどい。
…痕が、残ってしまうだろう」
「い゛っ!」
やはり消毒液は優しくない。
化膿を防ぐ為だとしても、拷問だ。
こうして右目も終わり、次は腹。
「本来ならば女性が良いのだろうが…」
「どうでもいいから」
さっさと終わってほしい。
その一心だった。
痛みが恥じらいを超えている。
シャツをめくって腹を見せる。
すると、包帯を巻いている場所以外を触れた。
「ちょっと、どこ触って」
「この傷はなんだ
切り傷もある
どうみても、古いものだ」
「関係ない
今気にするところはそこじゃないでしょ」
「………ああ」
悲しそうに目を伏せて包帯を外す。
セイバーはずっと、至る所の古傷を見つけては苦虫を噛み潰したような表情をした。
全ての処置が終わると、セイバーはもう一度呟く。
「……無理はしないでくれ。
体調が悪い時は言ってくれ。」
といっても、きっとセイバーは私の隣にいるだけなのだろう。
右手を握って、さすって、撫でて、せめてと暖かくする。
「……わかった」
◇
別荘を後にして、仮面をつける。
うまく使い方はわからないのだが、切敷は歩きながら説明をした。
「魔力というものは所謂、血液みたいなものだ。
そしてもちろん魔力が通う通路がある。これを魔力回路、と呼ぶ。
魔術師の多くは魔力回路の本数が多ければ多いほど優れているというわけだ。質の問題もあるけど、まぁそれは置いておいて。」
白い仮面は、陶器のようだ。
中国でよくみるような白磁。
金をかけている代物だとわかる。
「魔力回路は使わないときはなりを潜めている。使う時に魔力が巡るといった具合だ。
スイッチをイメージするといい。」
あのトラバサミで無理やりに吸われていたことを思い出す。
あれは吐き気がするほど気持ち悪いものだった。
今は自分の意思だから、少しはマシだろうか。
線路を切り替えるように、1つレバーを倒すと、他がざわついた。
鳥肌が立つ感覚。
ボッ、と見えないはずの右目が一瞬だけ熱くなった。
「うん、いいね
君は素質がある」
切敷がそう言うということは上手くいったようだ。
それから街を歩き、切敷が足を止めたのは高層ビル。
こんなに首を真上にしたのは久しぶりだ。
「うわ…」
「観光もほどほどにして、行こうか」
「この中?」
「もちろん。」
あたりを見渡すと、街のど真ん中、車が行き交うだけじゃなく、背広姿のサラリーマンが会話をしながら歩いている。
そう、この高層ビルはマンションなのではない。
れっきとした仕事場なのだ。
「あのさぁ…流石に捕まるでしょ」
「逆だよ。今回どうしてもバーサーカー陣営に手伝ってもらわなくちゃならない。
だからこそ、だ。」
切敷は堂々と歩く。
慌てて追いかけると、目の前の受付嬢に話しかけていた。
『ミカエル・アルボー氏は出勤しているかな?』
『申し訳ありません。一職員の出勤の有無は公開できないのです。
お手数ですが…ふたりぶんの身分証明書をお見せください。』
『いいや、僕たちは実はミカエル氏の親族でね
キリシキと言えばわかるはずなんだが…』
なにやら食い下がっている様子。
ビルの中は、新設されたような綺麗さだ。
受付嬢の奥には社員証を掲げる改札口のような機械が設けられていた。
それにしても、そろそろここにいるのがいたたまれなくなってきた。
何しろ、日本人2人。
なんどもミカエルミカエルと同じ名前を繰り返せばさらに目が引かれる。
『ですから、さきほど言ったように』
『すまないね、フランス語はまだうまく聞き取れないんだ。
もう一度。』
受付嬢も流石にキレそうだ。
女がキレたらハイヒールが飛んでくる。
既に体験済みなのだからよくわかっていた。
あと手元に酒瓶があれば割れるまで殴られる。
流石にそんな恐ろしいことをされると分かった上で突っかかることなどできなかった。
『おい!貴様!』
『おお!ミカエル!待っていたよ!』
そうして騒ぎを聞きつけてようやく本命が登場した。
『っ、とにかく!場所を変えるぞ』
ミカエルは歩き出す。
切敷が手招きするので再び追いかけた。
ミカエルが案内したのはビルの裏手。ゴミ置場だ。
煌びやかで上品に留まっているサラリーマン、キャリアウーマンはこんなとこ来たがらないはずだ。
『いったいどういうつもりだ!!俺は参加しないと言ったはずだ!!!』
『無論承知の上だ。
けれどいよいよそれじゃすまなくなってる。
対戦相手は今潰しておかないと後々自分の首を締めることになる。』
『知ったこっちゃない!!あのハーフの学生が死のうが俺は意思を曲げるつもりは毛頭ない!!
しかもあのバーサーカーは俺のいうことを聞かないでいる!!
何がサーヴァントだ!!言語も話せない知数レベルの低いやつめ!!!』
ひとしきり叫んだ後、息切れしながらもこちらを見た。
『ふん、ガキ連れて俺を説得しに来たか?
JAPの女で娼婦でもさせようと?欠損が醜い体で何が…』
鼻で笑われたが、その男の表情は瞬きの後、すぐに変化した。
急にセイバーが姿を現し、その剣を首に当てていたのだ。
サッと顔が青くなる。
『我がマスターの侮辱をするならば相応のものを返さねばなるまい』
そして同時にバーサーカーも現れる。
グルルル、と唸りながら斧を握りしめていた。
当然マスターの首に刃を当てているのだ。威嚇として現れたに違いない。
『…こう見えてセイバーは子煩悩というか親バカというか
とにかく、謝っておいたほうがいいと思うが?』
話と流れについていけないが、セイバーが剣を出したということは何か気に入らないことを言われたのだろう。
推測は当たっていたようで、ランサーの雑な説明で判明した。
〔セイバーはお前を差別したのが気に入らなかったんだとよ。〕
「差別?」
〔直接聞きな〕
『…す、すまなかった』
両手を挙げて無抵抗を示す。
ブン、と剣を払い、鞘に収めた。
『次はないと思え』
『わかった…わかったから…』
すぐに霊体化する。
それにしても意外と喧嘩っ早い。
それでいて頑固な部分もある。
『それで、本題に入ろう。』
気を取り直し、切敷は昨夜のことを説明した。
すべて聞き終えたミカエルはため息をつく。
『最初に言ったが、俺には無理だ
仕事もあるし、そもそもこいつを制御できる自信がない。
知ってるか!こいつ俺のマンションぶっ壊したんだ!敷金が帰ってこない!』
『ああ、ツノが立派だしね。』
『そんな呑気なことを言っているんじゃない!ほらまた唸る!』
明らかにバーサーカーは不機嫌だった。
イライラして斧を地面にごつごつとぶつけている。
『とにかく、そんな役がバーサーカーに務まるとは思えない!どうせ自滅して終わりだ!
デメリットしかない役割を受け入れるわけがないだろう!』
『そうとは限らない。バーサーカーは優れたサーヴァントだ。
そして優れた魔力回路の持ち主でなければ現界すら維持できないはずだ。』
『おだてたって無駄だ!』
言い合いがヒートアップしていく。
こっちは疲れているというのにこの男は未だに自分中心だ。
「あーもーかえりてー」
〔拉致があかない。それに、俺はこの男と共闘はできないと感じる。〕
〔同感だ。ありゃ怯えてるというより逃げてんな。男のくせにだらしねぇ。〕
サーヴァントたちの会話の中で、以前の詩絵李のようになっているのだと悟る。
詩絵李はサーヴァントが流暢に会話をし、コミュニケーションが出来ていたからいいものの、バーサーカーは言語が辿々しいらしい。
そのせいで頭が悪いだの知能がうんぬんと、バカにしているようだ。
ランサーの雑な翻訳でここまで理解する時にはミカエルは立ち去ろうとしていた。
「はぁ……多分バーサーカーは全部分かってるよ…
怖がって逃げたいのも、聖杯戦争に参加したくないのも…じゃなかったらセイバーが剣をたてた時、現れなかった。
一生懸命守ろうとしてるのに、マスターがバカだから
…バカってフランス語でなんていうの」
「un idiot」
切敷が、あ、という顔をした。
無論ミカエルがその言葉を聞いており、踵を返して切敷の胸ぐらを掴み上げた。
『この俺に向かってバカだと!?』
『ややや、言い訳はしたくないが翻訳しただけであって!』
サーヴァントであるランサーはこらえきれない笑いを堪えていた。
仕方なくセイバーが現れる。
『…我がマスターの言ったことを俺が翻訳する
バーサーカーは全て見通しており、それでもマスターを守ろうと奮起しているにも関わらずそれが分からない貴様は愚か、だと。』
ミカエルの形相は凄まじい。
怒りに満ちており、こちらを交互に睨みつけた。
『黙れ!俺の気も知らずに言いやがって!!
俺が何も知らないだと!?じゃあ貴様は何が分かるというんだ!!』
「そのバーサーカーの本当の名前ならわかるよ」
『そんなこと俺でもわかる!!牛の面に2つの斧!!
こいつの名前はミ…!!!』
なんだかムカつくので足を蹴った。
スネにあたり、自分の足を抱えさせる。
悶絶しているところに名前を教えてやった。
「アステリオスだよ」
ミカエルは私の顔をみた。
「雷光の意味がある、アステリオス
ミノス王の牛なんていう二つ名、今のバーサーカーには相応しくない」
マスターは歯を食いしばり、ブルブルと震えて怒りを露わにしたが暴力をふることはしなかった。
「……あ…す、てり、おす…」
バーサーカーは辿々しく呟く。
「間違ってた?」
その問いには首を横に振った。
「そう、よかった」
『…それで、是非、アステリオスと参戦してもらいたいんだが
君の安全はアステリオスという強力なサーヴァントが守ってくれるはずだ。』
『むりだ!無理なものは無理だ!』
これ程までに拒否しているのだからこれ以上は無駄だろう。
フランス語をまくし立てられるのも、それを聞くのも疲れた。
「もう帰ろう。こんなところで暇を潰してるくらいなら帰って少しでも休みたい」
「…はぁ…仕方ない…
『これで僕たちは帰るよ。だが、これで彼女が死ぬ確率が上がったことは伝えておくよ。』
重い体を起こす。
「まだ早い。
もう少し横になるといい。」
セイバーがカーテンの隙間から外を見張っていたようだ。
こちらに気づき、そう声をかける。
「…このソファー、すこし硬い」
「そうか…」
「敵は」
「いない。昨夜のランサー、キャスター、アーチャーと敵の戦闘の余波がここまで響いていた。
どうなったか定かではないが、予定通り進むならば今夜も3陣営は敵セイバーを攻めるだろう。」
そんなにうまく行くものだろうか。
あの黒いセイバーは、昨夜襲った陣営より賢そうで、大きな力を持っているように感じた。
「そういえば、聖杯ってなんでも願いが叶うヤツだよね」
「…今回奪い合っている聖杯がどのような存在なのかはわからないが
まぁそうだな…そう思っていていいだろう
興味が出たのか?」
「そういうわけじゃないけど
マスターだけが願いを叶えるんじゃなくって、サーヴァントも願いを叶えられるのかなって」
カズマがやはり体を起こしたのでセイバーはソファーに腰を下ろす。
朝とはいえカーテンで光は閉ざされており、薄暗い。
そんな中でもセイバーの胸の紋が光っていた。
「ああ、サーヴァントも願いは叶う
むしろその為に召喚に応じたサーヴァントもいるはずだ」
「セイバーも?」
「俺は聖杯にかける願いはない」
「は?」
願いが叶うと謳っているにも関わらず、しかもこうしてサーヴァントとして呼ばれることも多いであろう立場で願いはないと言い切った。
「じゃあ戦う意味なんてないじゃん
何がしたいの」
「聖杯にかけるべき願いではない、と言ったほうが誤解は少なかったな」
「はぁ」
よくわからない。
とりわけ目の前のセイバーは特に。
それぞれのサーヴァントが過去の英雄なりなんなりするならば、ほとんどの名前を私は言い当てられるだろう。
しかしこの男は言動も、姿勢も、胸にある紋もよくわからない。
「…そんなに、怪しいのか?俺は」
「うん」
「そ、そうか…すまない
だがあなたを守ると誓ったことは真実だ。」
セイバーの言うことは本当のことだ。
でなければあんな血なまぐさいところから愛想のない子供を連れて、本来のマスターまで殺す必要はなかった。
「…それに関しては、疑ってないよ
最初も、爆発の時も、今も…
感謝は…まだできないけど…うん」
「あなたは律儀なところがあるんだな」
「は?何それバカにしてる?」
「いや、失敬、そういうわけではないんだが」
「そりゃさぁ何度も助けられたりしたらそれぐらい言わないと失礼じゃん」
セイバーは初めて微笑んで見せた。
嬉しい、という感情が出ているのだろうか。
深い意味は分からない。
「…寝る」
横になると、すぐに肩まで外套を羽織らせ、頭を撫でてきた。
驚きはしたが、おそらくセイバーは嬉しかったりすると行動で示すのかもしれない。
すぐ離れて再び見張りに戻った。
◇
残り一日。
今晩を超えて次の夜には殺し合いが始まる。
詩絵李は以前のように癇癪は起こしていないものの、目に見えて病んでいた。
不安と恐怖に負けている。
誰だってそうだ。
まともな生活でさえ脅かされたなら平常心など消え失せる。
『シェリーさん、大丈夫ですか?』
ヴィクトルが声をかけるが、軽く笑って、すぐ元の表情に戻った。
外に出ることは自殺行為であるため、別荘に備えていた非常食を食べる。
まるで避難民だ。
「少し気になったけど、そもそもこの聖杯戦争のマスターって何が基準で選ばれるの」
「多くは、魔力を持つ者が大前提のはずです。
出なければ我々は存在を維持できません。
しかしそれ以外に具体的な選抜理由は明らかになっていないのが現状です。」
ライダーの丁寧な説明でも、やはり腑に落ちない。
「それって敵側も同じなの?」
「それはどうでしょう…聞いてみなければ分かりませんが、今まで見聞きした敵マスターは、魔術師としての素質が十分にあると感じます。」
それではこちらが不利にもほどがある。
公平な試合をするならば、メンバーも公平にしなければならばいはずだ。
「じゃあ、そもそも戦争って誰が始めたの」
「始めた、というより、始まってしまった…が正しいかもしれません。
私はこの聖杯戦争が初めてだと自負していますが、主催者が誰なのか、何を目的にしているのかはサーヴァントにも分からないのです。
しかし、今回、ルーラーという存在があるのが気にかかります。」
耳にしない言葉だ。
それも語感からして、セイバー、ランサーといったクラス名だと推測できるが。
「ルーラーとは、聖杯戦争を公平に取り仕切るサーヴァント。
例の黒い空間にいた旗を掲げた少女のことです。
今回の聖杯戦争はサーヴァントが14騎も存在するため、混乱を避けるためにあります。
とはいえ、いずれのマスターたちからもルーラーを見たという報告はありません。」
「ふーん…」
「詳しくお話しできずすみません。
ですが、ルーラーを見ても手を出さない方が良いでしょう。」
「どうして?」
「端的に言えばとても強力なサーヴァントです。
我々では手に負えないでしょう。」
とはいえこの聖杯戦争のルールは穴がありすぎる。
公平にするのだから取り仕切るルーラーがいる。それなのに参加者はあまりにも経験値に差がある。
こんなもの、まるで虐殺して手っ取り早く聖杯をもらうためにしているようなものだ。
見張りをしていたアサシンが現れた。
『失礼します。
味方のランサー陣営がこちらに向かってきています。
おそらくは昨夜の戦果でしょう。』
『切敷さんが?それは心強い』
ヴィクトルは笑顔になるが、詩絵李は相変わらず。
暗い表情を見た従者でさえ、口をつぐむ。
数十分後、切敷はランサーを伴ってやってきた。
家が燃えていたため、この3騎が行きそうな場所を探していたらアサシンが出迎えたそうな。
『しかし、無事で何より。
怪我もなさそうだ。』
『ええ、これも神のご加護に相違ない幸運でした…』
「おう嬢ちゃん、いつものふてくされ顔だな。」
「うるさい構うな」
青いランサーはやたらと私に絡んでくる。
からかうのが面白いのだろう。
とにかく気を取り直して、サーヴァントを呼び戻した上で互いに報告をしあった。
『黒いセイバーはなんとか消耗させてはいるが向こうも腕のいいマスターがいるようだ。
即座に回復して攻めに戻り、こちらは押し返すのに精一杯だったよ。』
『それで、最終的にはいかほど?』
『残念だけど、そこまで戦果は上げられなかった。
激しい戦闘で、秋ちゃんも、アレクシくんも疲れ果てていてね…どうにも今夜の戦闘は難しそうだ』
その言葉で詩絵李はうるっときていた。
もうダメだ、と顔に書いている。
背中を丸めて震えだす。
そこにアサシンがそばに居て、難しい表情をしていた。
『そこで、動ける陣営を総動員してセイバーのマスターを狙うことになった。』
『わ、私は…残念ながら、戦闘には不向きかと…』
『ええ、ヴィクトルさんは無理はなさらず
無論参加できないと思えばそれでいい。
強制はしないよ。』
無精ひげがいつもより酷い切敷は3陣営を見渡す。
ランサー陣営はまだ動けるとして、少なくとも動けなさそうなのは、アーチャー、キャスター、ライダー、アサシン…
「って、セイバーとバーサーカーだけじゃん」
「ま、そうなるわな」
しかもバーサーカーは今何をしているのか分からない。
実質ランサーとセイバーしか動けない。
本音を言えば参加したくないのだが、隣でこうも暗いオーラを出されると…
「はぁ………セイバーが行きたいっていうなら行ってあげないこともないけど
私自身何もできないからね」
「ありがとう一真ちゃん
セイバーもいいかい?」
「ああ。だがやはり優先順位は我がマスターだ。
マスターの身が危険だと感じたら退却する。」
「無論だとも」
そして改めて、昨夜の出来事を報告した。
『ふうん、そんなことが…だからあの街は包囲網が張られていたんだな』
『しかし、銃を使う女と剣の女ねぇ
アーチャークラスだと断定できるサーヴァントは1騎確認済みだが、もしや別のクラスかもしれねぇな。』
『とはいえ1騎のマスターとサーヴァントの姿を視認しているのはお手柄だ。』
それで、結局これから何をするべきか。
ボロボロになった味方をどう動かすつもりなのか。
「これからバーサーカー陣営を説得しに行くんだけど、一真ちゃんもきてくれる?」
「は」
「嫌そうだね」
嫌なのはこの男の隣を歩かなければならないということだ。
「傷が痛むなら無理はさせないよ」
「そりゃ痛いけど…」
「包帯も取り替えてないみたいだね」
「そうだけど…手当できる人間いないし…つうか見せたくもないし」
「じゃあ僕が治療一式してあげるからついてきてほしいな」
「だったらセイバーに頼む方がマシ。」
攻防を続けていると、今度はランサーが口を挟んだ。
「おいおい、ここで口喧嘩になっても拉致があかねぇ。
バーサーカーはこっちの連絡に一切応じないってんで別の人間に声かけてほしいだけだ。
それに、女が相手なら男はそう悪く思わねぇだろ?」
とてつもなく単純な理由だ。
しかしこちらも出向きたくない理由だってある。
すでに体のあちこちが痛いのと、フランス語がわからないせいで状況把握すら難しい。
確かに情報は多い方がいいのだが、バーサーカーのマスター相手に、フランス語がわかりませんちょっと待ってください、なんて言ったら即切られるに決まっている。
今まで連絡に応じていないあたりそれは明白だろう。
「…とにかく、こう見えてもカズマの体調が芳しくない。
治療をしてほしいとは言わない。せめて応急処置の道具をくれないか。」
「……いいだろう
背に腹は変えられない。それにセイバー復帰はこの戦争で勝つには不可欠だ。」
切敷は疲れ気味にそう返答してもう一度外へ出た。
1時間もすれば帰ってきたが、さすがに疲れているらしく、応急処置が終わる間空いている部屋で仮眠を取ることとなった。
応急処置ならアサシンも心得があるらしいが、索敵に適しているアサシンを見張りに立てないのは危険だ。
なので宣言通りセイバーに出来る限りの応急処置を任せた。
長らく外していなかった包帯を取るも、特に左手は汁が出てヒドく痛んだ。
自分の傷のクセに見るのが怖い。
目を伏せると、セイバーは小さく言った。
「無理をさせてすまない」
湯で絞ったタオルで拭う。
傷口に近づくたびに痛みが突っ張るように発生する。
「う、っ、~っ」
別のタオルに消毒液を染み込ませ、少しずつあてがう。
「あ゛っ」
悲鳴まがいの声を漏らしながら、ようやく左手の処置は終わった。
すっかり涙目になっていて、今度は顔、腹と続く。
地獄だ、と思う。
「右目の包帯を外すぞ」
こちらも同じような状態だ。
「右目、どうなってるの」
「…眼球は動いているが、瞳は灰色になっている。
光も見えないか?」
「うん」
濡れたタオルで拭うが左手ほどの痛みはなかった。
こちらのほうが比較的傷は浅いらしい。
「目、と言うよりその周りの傷がひどい。
…痕が、残ってしまうだろう」
「い゛っ!」
やはり消毒液は優しくない。
化膿を防ぐ為だとしても、拷問だ。
こうして右目も終わり、次は腹。
「本来ならば女性が良いのだろうが…」
「どうでもいいから」
さっさと終わってほしい。
その一心だった。
痛みが恥じらいを超えている。
シャツをめくって腹を見せる。
すると、包帯を巻いている場所以外を触れた。
「ちょっと、どこ触って」
「この傷はなんだ
切り傷もある
どうみても、古いものだ」
「関係ない
今気にするところはそこじゃないでしょ」
「………ああ」
悲しそうに目を伏せて包帯を外す。
セイバーはずっと、至る所の古傷を見つけては苦虫を噛み潰したような表情をした。
全ての処置が終わると、セイバーはもう一度呟く。
「……無理はしないでくれ。
体調が悪い時は言ってくれ。」
といっても、きっとセイバーは私の隣にいるだけなのだろう。
右手を握って、さすって、撫でて、せめてと暖かくする。
「……わかった」
◇
別荘を後にして、仮面をつける。
うまく使い方はわからないのだが、切敷は歩きながら説明をした。
「魔力というものは所謂、血液みたいなものだ。
そしてもちろん魔力が通う通路がある。これを魔力回路、と呼ぶ。
魔術師の多くは魔力回路の本数が多ければ多いほど優れているというわけだ。質の問題もあるけど、まぁそれは置いておいて。」
白い仮面は、陶器のようだ。
中国でよくみるような白磁。
金をかけている代物だとわかる。
「魔力回路は使わないときはなりを潜めている。使う時に魔力が巡るといった具合だ。
スイッチをイメージするといい。」
あのトラバサミで無理やりに吸われていたことを思い出す。
あれは吐き気がするほど気持ち悪いものだった。
今は自分の意思だから、少しはマシだろうか。
線路を切り替えるように、1つレバーを倒すと、他がざわついた。
鳥肌が立つ感覚。
ボッ、と見えないはずの右目が一瞬だけ熱くなった。
「うん、いいね
君は素質がある」
切敷がそう言うということは上手くいったようだ。
それから街を歩き、切敷が足を止めたのは高層ビル。
こんなに首を真上にしたのは久しぶりだ。
「うわ…」
「観光もほどほどにして、行こうか」
「この中?」
「もちろん。」
あたりを見渡すと、街のど真ん中、車が行き交うだけじゃなく、背広姿のサラリーマンが会話をしながら歩いている。
そう、この高層ビルはマンションなのではない。
れっきとした仕事場なのだ。
「あのさぁ…流石に捕まるでしょ」
「逆だよ。今回どうしてもバーサーカー陣営に手伝ってもらわなくちゃならない。
だからこそ、だ。」
切敷は堂々と歩く。
慌てて追いかけると、目の前の受付嬢に話しかけていた。
『ミカエル・アルボー氏は出勤しているかな?』
『申し訳ありません。一職員の出勤の有無は公開できないのです。
お手数ですが…ふたりぶんの身分証明書をお見せください。』
『いいや、僕たちは実はミカエル氏の親族でね
キリシキと言えばわかるはずなんだが…』
なにやら食い下がっている様子。
ビルの中は、新設されたような綺麗さだ。
受付嬢の奥には社員証を掲げる改札口のような機械が設けられていた。
それにしても、そろそろここにいるのがいたたまれなくなってきた。
何しろ、日本人2人。
なんどもミカエルミカエルと同じ名前を繰り返せばさらに目が引かれる。
『ですから、さきほど言ったように』
『すまないね、フランス語はまだうまく聞き取れないんだ。
もう一度。』
受付嬢も流石にキレそうだ。
女がキレたらハイヒールが飛んでくる。
既に体験済みなのだからよくわかっていた。
あと手元に酒瓶があれば割れるまで殴られる。
流石にそんな恐ろしいことをされると分かった上で突っかかることなどできなかった。
『おい!貴様!』
『おお!ミカエル!待っていたよ!』
そうして騒ぎを聞きつけてようやく本命が登場した。
『っ、とにかく!場所を変えるぞ』
ミカエルは歩き出す。
切敷が手招きするので再び追いかけた。
ミカエルが案内したのはビルの裏手。ゴミ置場だ。
煌びやかで上品に留まっているサラリーマン、キャリアウーマンはこんなとこ来たがらないはずだ。
『いったいどういうつもりだ!!俺は参加しないと言ったはずだ!!!』
『無論承知の上だ。
けれどいよいよそれじゃすまなくなってる。
対戦相手は今潰しておかないと後々自分の首を締めることになる。』
『知ったこっちゃない!!あのハーフの学生が死のうが俺は意思を曲げるつもりは毛頭ない!!
しかもあのバーサーカーは俺のいうことを聞かないでいる!!
何がサーヴァントだ!!言語も話せない知数レベルの低いやつめ!!!』
ひとしきり叫んだ後、息切れしながらもこちらを見た。
『ふん、ガキ連れて俺を説得しに来たか?
JAPの女で娼婦でもさせようと?欠損が醜い体で何が…』
鼻で笑われたが、その男の表情は瞬きの後、すぐに変化した。
急にセイバーが姿を現し、その剣を首に当てていたのだ。
サッと顔が青くなる。
『我がマスターの侮辱をするならば相応のものを返さねばなるまい』
そして同時にバーサーカーも現れる。
グルルル、と唸りながら斧を握りしめていた。
当然マスターの首に刃を当てているのだ。威嚇として現れたに違いない。
『…こう見えてセイバーは子煩悩というか親バカというか
とにかく、謝っておいたほうがいいと思うが?』
話と流れについていけないが、セイバーが剣を出したということは何か気に入らないことを言われたのだろう。
推測は当たっていたようで、ランサーの雑な説明で判明した。
〔セイバーはお前を差別したのが気に入らなかったんだとよ。〕
「差別?」
〔直接聞きな〕
『…す、すまなかった』
両手を挙げて無抵抗を示す。
ブン、と剣を払い、鞘に収めた。
『次はないと思え』
『わかった…わかったから…』
すぐに霊体化する。
それにしても意外と喧嘩っ早い。
それでいて頑固な部分もある。
『それで、本題に入ろう。』
気を取り直し、切敷は昨夜のことを説明した。
すべて聞き終えたミカエルはため息をつく。
『最初に言ったが、俺には無理だ
仕事もあるし、そもそもこいつを制御できる自信がない。
知ってるか!こいつ俺のマンションぶっ壊したんだ!敷金が帰ってこない!』
『ああ、ツノが立派だしね。』
『そんな呑気なことを言っているんじゃない!ほらまた唸る!』
明らかにバーサーカーは不機嫌だった。
イライラして斧を地面にごつごつとぶつけている。
『とにかく、そんな役がバーサーカーに務まるとは思えない!どうせ自滅して終わりだ!
デメリットしかない役割を受け入れるわけがないだろう!』
『そうとは限らない。バーサーカーは優れたサーヴァントだ。
そして優れた魔力回路の持ち主でなければ現界すら維持できないはずだ。』
『おだてたって無駄だ!』
言い合いがヒートアップしていく。
こっちは疲れているというのにこの男は未だに自分中心だ。
「あーもーかえりてー」
〔拉致があかない。それに、俺はこの男と共闘はできないと感じる。〕
〔同感だ。ありゃ怯えてるというより逃げてんな。男のくせにだらしねぇ。〕
サーヴァントたちの会話の中で、以前の詩絵李のようになっているのだと悟る。
詩絵李はサーヴァントが流暢に会話をし、コミュニケーションが出来ていたからいいものの、バーサーカーは言語が辿々しいらしい。
そのせいで頭が悪いだの知能がうんぬんと、バカにしているようだ。
ランサーの雑な翻訳でここまで理解する時にはミカエルは立ち去ろうとしていた。
「はぁ……多分バーサーカーは全部分かってるよ…
怖がって逃げたいのも、聖杯戦争に参加したくないのも…じゃなかったらセイバーが剣をたてた時、現れなかった。
一生懸命守ろうとしてるのに、マスターがバカだから
…バカってフランス語でなんていうの」
「un idiot」
切敷が、あ、という顔をした。
無論ミカエルがその言葉を聞いており、踵を返して切敷の胸ぐらを掴み上げた。
『この俺に向かってバカだと!?』
『ややや、言い訳はしたくないが翻訳しただけであって!』
サーヴァントであるランサーはこらえきれない笑いを堪えていた。
仕方なくセイバーが現れる。
『…我がマスターの言ったことを俺が翻訳する
バーサーカーは全て見通しており、それでもマスターを守ろうと奮起しているにも関わらずそれが分からない貴様は愚か、だと。』
ミカエルの形相は凄まじい。
怒りに満ちており、こちらを交互に睨みつけた。
『黙れ!俺の気も知らずに言いやがって!!
俺が何も知らないだと!?じゃあ貴様は何が分かるというんだ!!』
「そのバーサーカーの本当の名前ならわかるよ」
『そんなこと俺でもわかる!!牛の面に2つの斧!!
こいつの名前はミ…!!!』
なんだかムカつくので足を蹴った。
スネにあたり、自分の足を抱えさせる。
悶絶しているところに名前を教えてやった。
「アステリオスだよ」
ミカエルは私の顔をみた。
「雷光の意味がある、アステリオス
ミノス王の牛なんていう二つ名、今のバーサーカーには相応しくない」
マスターは歯を食いしばり、ブルブルと震えて怒りを露わにしたが暴力をふることはしなかった。
「……あ…す、てり、おす…」
バーサーカーは辿々しく呟く。
「間違ってた?」
その問いには首を横に振った。
「そう、よかった」
『…それで、是非、アステリオスと参戦してもらいたいんだが
君の安全はアステリオスという強力なサーヴァントが守ってくれるはずだ。』
『むりだ!無理なものは無理だ!』
これ程までに拒否しているのだからこれ以上は無駄だろう。
フランス語をまくし立てられるのも、それを聞くのも疲れた。
「もう帰ろう。こんなところで暇を潰してるくらいなら帰って少しでも休みたい」
「…はぁ…仕方ない…
『これで僕たちは帰るよ。だが、これで彼女が死ぬ確率が上がったことは伝えておくよ。』