朝日のない
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「おはよう」
目が覚めて、目の鈍痛を抱えて体を起こすとセイバーがあいさつをした。
「…うん」
「立てるか?」
どこかに行くのだろうか。
見上げると、言い方を訂正した。
「ああ、いや…カズマには1階で食事を取ってもらわなければならない。
無理なら運ぶが」
「いい」
立ち上がると、少しふらついたが、問題はない。
しっかりとした足取りで部屋を出て、階段を下りる。
「お、あっ!?」
階段を踏み外した。
態勢を崩してしまい、前のめりになるがそこはやはりセイバーが目の前に現れて支えた。
「大丈夫か?
やはり目が慣れないせいか…?」
何故踏み外してしまったのか、すぐには思いつかなかったがセイバーの言葉で解決した。
遠近感覚がくるっているのだ。
「い、いいから…次から気を付ける…」
「いや、心配だ。
俺が手を…」
「いいってば」
壁に手をつきながらようやく1階に降りる。
息を吐いてリビングに行くと、ライダー陣営がテーブルに座っていた。
「おはようございます。」
『おはようございます、セイバーのマスターさん』
ライダーのマスターは昨日と違って正装だ。
席を立ち、こちらに来た。
(目線が、ずれてる)
ライダーのマスターは外国人であり、男性なのだから私とは10センチ以上の身長差がある。
顔を動かさず、真っすぐ見つめているようだった。
すると、おもむろに両手を出す。
驚いて後ずさる。
「すみません。『マスター、彼女が驚いています。少しお待ちを。』
失敬、我がマスターは瞳の光を失っています。
そのため初対面の方には触れて確認しているのです。
すみませんが、ご協力願えますか?」
なぜ見知らぬ男に触らせなければならないのか。
ムスゥ、という顔をするが頷く。
「ありがとうございます。」
ライダーのマスターはこちらの顔を大きな手で包む。
『彼女は…子供なのですか?
背もこんなに小さい。』
『日本人は総じて顔立ちが若く、西洋人と比べてやや背が低い傾向にあります。』
『そうなのですか…』
包帯で何重も巻かれている右目はあまり触らず、手の甲で撫でるだけだ。
「…もういい?」
「ええ、感謝します。」
ライダーに諭され、マスターは手を離した。
解放され、反射的に目を伏せる。
目が見えないというのに嫌なところまで見られた気分だ。
「どうぞ、お座りください。」
「え、あ」
いたって普通の、木製の椅子に座るとパンとスープを出された。
「あの…」
「空腹でしょう。
昨日の今日ですし。」
「………いただきます」
パンをちぎって静かに食べる。
『ところで…』
ライダーのマスターが声を出す。
『名前はなんというのでしょう?』
「?」
「そういえば…すみません。失礼ですがお名前を教えてくださいますか?」
今までのことを思い出す。
確かに、この口で名前を言ったことはない。
あの無精ひげの男…ランサーのマスターは何らかの方法でナースセンターで名前を知ったのだろう。
…それはそれでとても怪しい上に信用ならないが。
「カズマ…」
『カズマさん、というのですね。
私はヴィクトル・ビゼー
気兼ねなく、ヴィクトル、と呼んでください。』
セイバーをみやって、翻訳を頼むと、今のは自己紹介をしたのだとわかった。
カタカナの名前を覚えるのは苦手だが致し方ない。
そんなとき、この家のチャイムが鳴った。
ヴィクトルが家具等に手をつきながら、スムーズに部屋を出て玄関まで向かう。
幼いころから盲目の身なのだろう。
スープを飲んで胃を満たす。
「やあ、一真ちゃん」
あの無精ひげの男だ。
睨みつけてパンにかぶりつく。
「無事そうで何よりだけど、嫌われているみたいだね」
『お待ちしておりました。
さっそく、カズマさんのことですが…』
『そうですね、まぁとりあえず腰を据えて話しましょうか
ランサーには今見張りをしてもらっているので安心してください。』
無精ひげの男はフランス語も堪能のようだ。
そもそもここに来た理由はおそらく昨夜のことだ。
食事を完食し、ごちそうさま、と呟く。
「それで、怪我の状態はどうかな」
「痛い寝たいしんどい」
「その割には気丈のようだ。
どうだろう、ここでくすぶっていても何も始まらない。
外に出て見るのは」
この男、わざとそう言っている。
別に怪我がどうこうではなく、どうしても私を外に出させたいと思っているように見えた。
もしかすればそれは思い過ごしで、奴のことが嫌いだからこそそう思ったのかもしれない。
はたまた、おとといランサーがセイバーのことを「最優」と評したからかもしれない。
しかしそれでも嫌なものは嫌だ。
事実体が重い。
「嫌だ」
「私もその提案には反対します。
何より、怪我が完治していません。
この状態で外を出歩くのはどうかと思います。
それに…昨日のことが事件として取り上げられています。
今ここで彼女を出せば…」
ライダーは確固たる理由を挙げて否定した。
確かに昨日ほどの大爆発を病院ですればメディアに取り上げられてもおかしくはない。
「魔術、さらに聖杯戦争ともなれば口外は禁止されている。
それを忘れたわけではないはずだ。
一体何が目的だ。」
「敵のセイバーの正体を掴もうにも、サーヴァント3騎で向かったところで、返り討ちにされる可能性は高い。
アサシン陣営は残り4日後の対戦に向けて隠れてもらっている。
そしてライダー陣営はやはり余程のことがない限り外に向かうと言うよりは様々な情報の入手に専念してもらいたい。
そしてセイバーは今週は行動できない。
残り実働できる陣営はランサー、アーチャー、キャスター、バーサーカーだが…
やはり魔力は敵より下回っている上、マスターたちは戦闘に慣れていない。
わかるか?どうしても数で補わなければ今週全員が共倒れする可能性がある。
こんな状態でセイバーの情報を仕入れるなど無茶だ。
だからせめて強固な陣営で固めなければならない。」
指摘している点は、真実だ。
いまいち現状は理解できていないが、敵が強すぎるのでこちらは一つに固まり、迎え撃ちながら情報を得ようということを言いたいのだろう。
「言い分は分からないでもないけど
さっき言ったように私はニュースで取り上げられてるみたいだし、見かけられたら即補導されるレベルなんだけど。
ていうか警察行った方が私個人としては安全で嬉しい。」
「残念だけど、それはお勧めできないね。
病院でも敵勢力の手が回っていた。
病院だったからこそ逃げることができたが警察の中で、襲われたら?
また病院で襲われないとも限らない。標的が動かないのならば敵も好都合だ。」
「はー…じゃあどうしろって言うわけ
外に出かければ見つかるのに外に出ろっていう。
警察に補導されるって言ったら補導されるなって言う。
あんた自分の言ってることわかってんの?」
無精ひげの男は不敵な笑みを浮かべながら仮面を取り出した。
「そこで、これの出番さ。
それまでは僕が使っていた礼装だけど
君にあげよう。」
真っ白い仮面だ。
かろうじて人の輪郭を描いているものの、不気味で仕方ない。
それと、おっさんが付けていた仮面など断りたい。
「これは何だ」
「一真ちゃん向けに言えば、変装ツール。
魔力を通せば簡単に顔の形を偽造できる。
これなら顔の包帯も隠せるだろう?」
ムッスゥ、という顔をしてセイバーを見上げる。
嫌だから断ってほしい、という感情をあえて露骨に表した。
「…はぁ…少しマスターと話をさせてくれ。」
「はぁ?話をする余地もないでしょ」
こちらが不平不満を言おうとも、セイバーは私を子供のように抱えて部屋を出た。
いいや、これは実際に子供だと思われているからこの扱いなのだ。
「ちょっと…降ろして」
「マスター、これは個人の戦いではない。
それを踏まえたうえで考えてほしい。」
「話聞けよ…」
「あなたは嫌なことだととことん顔をそらして全く耳に入れない傾向にある。
辛抱してほしい。」
セイバーは両手で私を持ち上げて、目を見て話す。
足は宙ぶらりんだ。
「はぁ~……別に聞いてないわけじゃない。
話に追い付けないだけ。」
「とはいえ、確かに放置できる問題ではないのはわかっているだろう。
無理に戦いに付いてこなくてもいい。
ただ、このほとんどの陣営はカズマのように巻き込まれたマスターが大半だ。
そして今、アサシンのマスターが4日後の対戦になっている。
今の状態だとほぼ間違いなく…」
「その人は私みたいに目を取られたわけ!?日本から誘拐された!?指をナイフで何度も刺された!!?子宮めがけてトラバサミでえぐられた!!?」
セイバーは急にバツの悪い顔をした。
ゆっくり降ろして、言葉をためる。
「………すまない」
「全員の名前も事情も知らないけどさ!最初から被害者なのはわかってるけど!それでも一番被害受けてるのは私だって知ってる!?
できることなら早く…!!!」
日本に帰る?
帰ったところで、何が待っているだろうか。
指が無くなり、石となり、一つ目となった。
それでなくとも私はいつも痛みに耐えていた。
今の私を母が見れば、失望されるに決まっている。
「…だったら…あの時、死にたかった」
「………マスター……俺は…」
「もういい。セイバーは好きなようにして。
もう私は干渉しない。思うままにすればいい。」
「カズマ、聞いてほしい。
俺はただ苦しんでいるあなたを放置できなかった。
そして無理に巻き込まれたマスターたちも見過ごすことができない……」
「うるさい!!この偽善者!!
好きなようにやれって言うのが分からないわけ!?
私はお前の慈善活動に付き合ってやれるほど余裕はない!!」
一つ目から、悔しさや悲しさ、よくわからないほど混ざり合った感情が溢れる。
酷いことを言っているのは自覚しているが、それでもこの男のエゴに巻き込まれるのは納得いかなかった。
涙を拭きながら、階段を上がって、ベッドに横になった。
男は追いかけてこなかった。
◇
『ド派手に喧嘩したようだ。』
ランサーのマスター、もとい切敷は何知らぬ顔でこちらを見ている。
『…マスターから好きにしろと許可された。
要請されているのなら赴こう。』
『それはありがたい!
後ほど一真ちゃんにお礼を言わないと!』
『ただし、これ以上マスターを戦いに巻き込まないでほしい。』
思った以上に、偽善者という言葉が深く刺さった。
確かに、カズマの思いを知らぬまま、戦いへ参加する同意を求めてしまった。
誘拐され、知らぬ土地で監禁され、突然の暴力を受けていれば誰だって恐怖に縛られる。
今、あまりにも気丈に振舞っているため、心の傷までは見抜けていなかったのだ。
自己嫌悪にさいなまれる。
それでなくても子供を泣かせてしまった。
酷いことを口にさせてしまった。
今更謝ったところで、余計苛立たせるだけだろう。
ならば、せめて脅威がなくなるよう努力するしかない。
情報入手のため、ライダーの拠点を後にするが、カズマが泣く声がする。
サーヴァントの身であるため聴力は生身の人間の比ではないと自負していたが、こんな時は罪悪感で胸が張り裂けそうだ。
◇
自分で自分の傷をえぐった気分だった。
ただ何故か悲しくなって泣いていると、ドアがノックされる。
口を押えて毛布に潜り込む。
(本当に、子供みたいだ)
情けなく思っていると、ベッドのそばにある窓のへりに何かを置いた。
「お節介を焼くようですが、今日だけでもこれを飲んでゆっくりしてください。」
この声はライダーだ。
「傷が痛むのでしたら、こちらを。
マスターが痛み止めをくださいましたので。」
「……ありがとう」
「それでは」
そういえば、ライダーは真っ先に私が外に出るのを反対してくれた。
反対した理由は私とあまり合致していなかったが、無精ひげの男とセイバーが外に出るよう促した中、ライダーは反対していたのでそれだけで好感が持てた。
「…朝ごはん、ありがとう…ございます」
「どういたしまして」
ライダーは部屋を出て行った。
コップを覗くと、ハーブのいい香りがする。
今まで飲んだことはないが、ハーブティというやつだ。
一口飲むと、少しだけ気持ちがほぐれたような気がした。
◇
あらかじめ待ち合わせをしていたらしい。
アーチャーのマスターとキャスターのマスターがあからさまに警戒しながら待っていた。
『お待たせ。』
『あっ、キリシキさん!セイバーは説得できました!?』
『セイバーさんがいないと…私参加しないって言ったじゃないですか…』
切敷は二人をなだめ、そして大丈夫と言い切った。
『マスターはケガをしているから無理だけど、サーヴァントは協力してくれる。』
『それならいいですけど…』
『あのバーサーカーみたいな子、ほんとにケガしてんスか?
どう考えても仮病っつか…他のマスターと一緒で逃げてんじゃねーの?』
その発言は、いささか面白くはない。
ただ黙っていると、それを肯定してしまうのと同意義だ。
先ほどの行動を棚に上げるつもりはないが、侮辱されているのならば訂正を求めなければならない。
〔訂正を求める。我がマスターは他人に偽るような人格ではない。〕
『誰だって余裕がないのに協力しないことのほうが非常識じゃねーのかよ。』
自分自身の鏡を見ているようだ。
再び異を唱えようとすると、また切敷が間に入った。
『まぁまぁ、それでも大けがをしているのは本当だ。
それだけは信じてあげてほしい。』
『……チッ』
『それじゃあ昨日の事件で現れたサーヴァントの出現場所を虱潰しに当たるとしよう。』
この待ち合わせの道すがら、昨夜襲撃をしたサーヴァントの情報を得た。
遠隔で人間を爆破させられる技術は3騎士では難しい。
大方魔術由来のものだからだ。
それが体内に爆発物を仕込まれているならまた話は別だが、あの爆破の仕方はただの爆弾ではない。
あえて体を膨らませ、爆破対象にも狙った陣営にも恐怖を抱かせるためだけのもののように見えた。
よって、現在はキャスター、アサシン、ライダーのいずれかだと踏んでいる。
『今朝のうちに、一真ちゃんの入院していた病院に情報を聞いてきたけれど、
あの爆発した医者はたびたび誰かと声を荒げて話していたそうな。』
『相手は誰ですか?』
『さぁね。けれど、例の医者が脅されていたか、それとも魔術関係の者だったか、その両方か…』
ふとキャスターのマスターが足を止める。
『あ、ここですよ、ここ。
昨日とにかくネットで変なもの見た人いないか調べたんですけど、
この公園付近で変な笑い声が聞こえたって。
不気味ですぐ逃げたらしいですけど、調べる価値ありますよね!』
『そうだね。じゃあ本職のキャスターに調べてもらおう。
何か仕掛けられでもしたら危険だ。』
〔まるで下の者のするような雑用……今回は別ですが、次回は無条件に協力しないのでその点理解していただきますよう。〕
しかし、このマスターたちはひどく切敷を信頼しているようだ。
いや、この陣営唯一の戦える魔術師でアドバイスをするからだろう。
実質のリーダーである。
巻き込まれた被害者のマスターたちからすれば、救世主に等しい。
とはいえ、そのリーダーがマスターに指示をされて初めてマスターがサーヴァントに指示を出す。
これではキャスターが不服を言うのも無理はない。
〔魔力の残影が残っていますね。
この公園に何かを仕掛けているというよりは、何か別のことをしたのでしょう…。〕
『何か?じゃあちょっと俺見てきます!
仕掛けがないならなおさら!』
キャスター陣営は公園の中に入る。
一方アーチャーのマスターは心配そうに見ていた。
「あの、だ、大丈夫でしょうかぁ…」
「大丈夫だろう。事実魔力の残りカスがあるだけだ。
あとはこういった魔力が残っているポイントを調べて、キャスターの出現ポイントを調べる。
こうして調べていれば、向こうも複数のサーヴァントで妨害してくるだろうけど、3騎士のサーヴァントと、遠隔攻撃のキャスターもいる。
大丈夫だよ。」
「それなら…いいんですけど…」
そうこう話しているうちに、また戻ってきた。
『ダメっすね。何も無かったです。
次行きましょ次!』
◇
夜になると、しとしとと雨が降ってきた。
窓の外からそれを眺める。
セイバーはまだ帰ってこない。
ふと、ドアがノックされる。
「失礼します。
カズマさん、おなかは空いていますか?」
「……はい」
ライダーについていくと、テーブルにシチューがあった。
美味しそうだ。
「ライダー…さんが、作ったの」
「いえ、ほとんどはマスターですよ。」
「え」
日本語で何を話しているのかわからないヴィクトルがやや首をかしげている。
『何の話をしているのですか?』
『このシチューを作ったのがマスターだと教えたら、驚かれていますよ。』
『ああ、いや、お口に合えばいいのですが』
私が作るシチューよりシチューらしい。
目が見えなくても練習すればこんな風にできるのなら、世の中の料理下手は一体どういうことなのだろう。
「いただきます…」
おいしい。
味は濃いものの、とてもまずい、というわけではない。
好き嫌い別れる味でもない。
普通の味覚の人が食べて、美味しいといえるほどだ。
「えっと、おいしい、です…ボーノ…?あ、イタリアじゃない…えーっと」
ヴィクトルはクスクスと笑う。
下手な言葉を使って、苦笑しているはずだ。
改めて己を恥じると、フランス語で話しかけてくる。
思わずライダーをみやった。
「安心した、と言っています。
あまり人に食事を振舞ったことがないそうで、そう言ってくださるのはとても心強い、と。」
「食文化が違う日本人でも、美味しいって思うから
きっと誰が食べても、美味しいはず……うん」
ライダーが翻訳してヴィクトルに言えば嬉しそうにほほ笑んだ。
嫌なことのある日だったが、こうして美味しい食事も頂けた。
安心して眠ることのできる場所がある。
これは日本にいた時では味わえない安堵感だ。
そう悪いことはないのかもしれない。
なんて思っていたが、その夜、また事件に巻き込まれた。
太陽が地平線に沈み、代わりに月が上る頃
ヴィクトルは教会で祈りをささげていた。
ライダーも、同じ宗派なのか、同じく。
そんな二人を私は後ろから眺めるだけだ。
暇だからこうしているだけで、できればこういった宗教ごとは避けたい。
(けど、ソレで気持ちが安らぐなら、安上がりでいいよね…)
こんなことを言ったらきっと全方面からバッシング間違いなしだ。
けれど羨む心を止められずにいると、教会の入り口が開いた。
こんな夜、雨の中来るはずがない。
『どなたでしょう?』
ヴィクトルが問いかける。
突然の来訪者は全身をレインコートに包まれており、一歩、中に入ってきた。
『祈りを捧げに来られたのでしょうか?』
いいやどう考えてもおかしい。
「神父さん下げたほうがいい」
そう言うと、もともと警戒していたライダーがヴィクトルの腕を引いてゆっくり後退する。
すると、その人物はレインコートをはずした。
仄暗い明かりに照らされてもなお全容はわからなかったものの、小柄な少女だった。
そして、その身は甲冑に包まれている。
(サーヴァント!!)
ライダーはすぐさま戦闘態勢に切り替わった。
『お下がりください』
「貴様、なぜここにいる」
「…それ、私に言ってる?」
「何度も言わせるな。
何故、ここで活動している。
貴様はここに存在するはずのない人間だ。」
「は?」
「まぁいい。本来の場所に還すだけだ。」
剣を出したと思えば、こちらに迷わず突進してきた。
横に転がり、間一髪で逃れるが、第2撃を振りかざしている。
そこでライダーが間に入り、剣を受け止めた。
「カズマさん!マスターとお逃げください!!」
「う、うん」
教会の入り口に忘れられた傘をつかんで、ヴィクトルの腕をつかむ。
教会を出て、家の裏口から逃げた。
(慌てて傘を持ってきたけど、要らなかったかもしれない…)
とにかく今は逃げることだけを考えなければ。
土砂降りの中、狭い路地を抜けて、石畳の通りを走っていく。
(聖杯戦争は口外禁止だと言っていたなら、この人通りの多い所にいれば…)
すると、甘い匂いが漂う。
脳内で声がした。これは良くないと。
ほぼ、条件反射で口を覆う。
案の定、この通りの人間が膝から崩れ落ちていく。
「!!
ヴィクトルさ…!」
彼もせき込みながら膝をついたが、辛うじて起きている。
これは吸ってはいけないものだと認識はしているようだ。
そうこうしているうちに、こちらの意識も朦朧としてきた。
絶対に敵の仕業だ。
ヴィクトルを引きずりながらも狭い路地に入る。
「あんたも運がなかったなぁ」
その路地に、深くフードを被る男がいた。
口元は余裕そうに微笑んでいる。
「う……」
ヴィクトルは私の腕をつかみながら、完全に目を閉じた。
「安心しなぁ
麻酔を撒いてるようなもんさ。
まぁあんたら二人はこれから死ぬんだけど」
ふざけんな、と声を荒げるより、先に手が動いた。
傘を振り回すとおどけた仕草で後ろに下がる。
「おーおー怖い怖い」
私が眠ってしまうのも時間の問題だと、わかりきっている。
現に視界がぼやけてきた。
ここで眠ればきっと気持ちがいいのだろう。
いや、雨で気持ち悪いのだが。
それでも、ライダー陣営をここで潰えさせるわけにはいかない。
「消えろ……!!」
「そういわれて消える奴がいますかねぇ?」
一瞬で姿が見えなくなった。
だがこういう姑息な相手は絶対に死角に現れる。
こちらを舐めているのならなおさらだ。
右側を振り返ると、ナイフを振り上げていた。
少しでも致命傷を回避するために両腕で構える。
しかし男はあえてそれをせずにいたぶる為に右手で私の左手をきつく握った。
「あ゛あああっ!!!」
「おっと悪いね
あんたは大人しくしてもらわないといけないんだわ。
まぁあんたを殺すにもいろいろ手間がかかるんだわこれが」
「放せッ!!放せッ!!!」
痛みと同時に殺意が沸く。
傘を男の顔めがけて振りかざすがあっさり避けられて、みぞおちに膝が入る。
「ひぐっ!?」
「タフなのは結構だが、もう楽になっていいよあんた」
「う、う゛」
内臓が踊り狂うような、熱が体に籠って逃げ場を失っている。
痛みが体を支配した。
私が痛みをこらえている間も関係なしに、男はヴィクトルにナイフを掲げた。
慌てて傘を開いて盾にした。
「……あんた…普通ここまでするかね」
左手を握りしめながら、顔を掴む。
「い、い゛ぅ……」
「右目も見えない、左手は欠損、おまけに胎も食い破られてるときた。
もう、頑張らなくてもいいんじゃないの?」
指先が右目の傷を虐める。
足をばたつかせるが、サーヴァント相手には無駄なことだった。
「わかった。
今回この神父は見逃してやる。
だがあんただけは別だ。
あんたは今後いてもらっちゃ困るんでね。」
こちらの首をめがけて銀色が飛び込む。
悲鳴も挙げられずに、怖くて目を閉じる。
「どぅわ!」
フードの男は慌てて飛びのく。
仕込んでいたボウガンで矢を飛ばすが、通路の奥から無数の矢が返ってきた。
「伏せときなセイバーのマスター!!」
「!
結界をさっそく破りやがったな!」
「どうする?緑色の。
このまま俺とやりあっても一向に構わんが」
「はは、冗談
仕込みもなく大英雄とやりあえる自信ねーっすわ」
「かといって逃がしもしないがな!!」
弓を構えた瞬間、敵はマントに身を隠したと思ったら姿が消えた。
それでも数回矢を放ったが手ごたえはない。
本当に逃げたらしい。
「はぁっ…はぁっ」
「大丈夫か!」
「い、いいから、ライダーのほう…黒いサーヴァントがいる…」
「心配すんな
そっちにはランサーとキャスターが行ってる。」
震える手で顔を押える。
左手は血がにじんでいた。
「い……いたいぃ…」
すると建物の屋上から見知った姿がやってきた。
数時間ぶり。セイバーである。
「カズマ…!!
すまない、アーチャー」
「いいから、守ってやんな」
血が溢れているのが分かる。
そして雨で体が寒かった。
セイバーに抱き上げられて、自分が冷え切っていたのが対照的だった。
「……ッ、
すまない…すまない」
雨に濡れて泣いているようだった。
目が覚めて、目の鈍痛を抱えて体を起こすとセイバーがあいさつをした。
「…うん」
「立てるか?」
どこかに行くのだろうか。
見上げると、言い方を訂正した。
「ああ、いや…カズマには1階で食事を取ってもらわなければならない。
無理なら運ぶが」
「いい」
立ち上がると、少しふらついたが、問題はない。
しっかりとした足取りで部屋を出て、階段を下りる。
「お、あっ!?」
階段を踏み外した。
態勢を崩してしまい、前のめりになるがそこはやはりセイバーが目の前に現れて支えた。
「大丈夫か?
やはり目が慣れないせいか…?」
何故踏み外してしまったのか、すぐには思いつかなかったがセイバーの言葉で解決した。
遠近感覚がくるっているのだ。
「い、いいから…次から気を付ける…」
「いや、心配だ。
俺が手を…」
「いいってば」
壁に手をつきながらようやく1階に降りる。
息を吐いてリビングに行くと、ライダー陣営がテーブルに座っていた。
「おはようございます。」
『おはようございます、セイバーのマスターさん』
ライダーのマスターは昨日と違って正装だ。
席を立ち、こちらに来た。
(目線が、ずれてる)
ライダーのマスターは外国人であり、男性なのだから私とは10センチ以上の身長差がある。
顔を動かさず、真っすぐ見つめているようだった。
すると、おもむろに両手を出す。
驚いて後ずさる。
「すみません。『マスター、彼女が驚いています。少しお待ちを。』
失敬、我がマスターは瞳の光を失っています。
そのため初対面の方には触れて確認しているのです。
すみませんが、ご協力願えますか?」
なぜ見知らぬ男に触らせなければならないのか。
ムスゥ、という顔をするが頷く。
「ありがとうございます。」
ライダーのマスターはこちらの顔を大きな手で包む。
『彼女は…子供なのですか?
背もこんなに小さい。』
『日本人は総じて顔立ちが若く、西洋人と比べてやや背が低い傾向にあります。』
『そうなのですか…』
包帯で何重も巻かれている右目はあまり触らず、手の甲で撫でるだけだ。
「…もういい?」
「ええ、感謝します。」
ライダーに諭され、マスターは手を離した。
解放され、反射的に目を伏せる。
目が見えないというのに嫌なところまで見られた気分だ。
「どうぞ、お座りください。」
「え、あ」
いたって普通の、木製の椅子に座るとパンとスープを出された。
「あの…」
「空腹でしょう。
昨日の今日ですし。」
「………いただきます」
パンをちぎって静かに食べる。
『ところで…』
ライダーのマスターが声を出す。
『名前はなんというのでしょう?』
「?」
「そういえば…すみません。失礼ですがお名前を教えてくださいますか?」
今までのことを思い出す。
確かに、この口で名前を言ったことはない。
あの無精ひげの男…ランサーのマスターは何らかの方法でナースセンターで名前を知ったのだろう。
…それはそれでとても怪しい上に信用ならないが。
「カズマ…」
『カズマさん、というのですね。
私はヴィクトル・ビゼー
気兼ねなく、ヴィクトル、と呼んでください。』
セイバーをみやって、翻訳を頼むと、今のは自己紹介をしたのだとわかった。
カタカナの名前を覚えるのは苦手だが致し方ない。
そんなとき、この家のチャイムが鳴った。
ヴィクトルが家具等に手をつきながら、スムーズに部屋を出て玄関まで向かう。
幼いころから盲目の身なのだろう。
スープを飲んで胃を満たす。
「やあ、一真ちゃん」
あの無精ひげの男だ。
睨みつけてパンにかぶりつく。
「無事そうで何よりだけど、嫌われているみたいだね」
『お待ちしておりました。
さっそく、カズマさんのことですが…』
『そうですね、まぁとりあえず腰を据えて話しましょうか
ランサーには今見張りをしてもらっているので安心してください。』
無精ひげの男はフランス語も堪能のようだ。
そもそもここに来た理由はおそらく昨夜のことだ。
食事を完食し、ごちそうさま、と呟く。
「それで、怪我の状態はどうかな」
「痛い寝たいしんどい」
「その割には気丈のようだ。
どうだろう、ここでくすぶっていても何も始まらない。
外に出て見るのは」
この男、わざとそう言っている。
別に怪我がどうこうではなく、どうしても私を外に出させたいと思っているように見えた。
もしかすればそれは思い過ごしで、奴のことが嫌いだからこそそう思ったのかもしれない。
はたまた、おとといランサーがセイバーのことを「最優」と評したからかもしれない。
しかしそれでも嫌なものは嫌だ。
事実体が重い。
「嫌だ」
「私もその提案には反対します。
何より、怪我が完治していません。
この状態で外を出歩くのはどうかと思います。
それに…昨日のことが事件として取り上げられています。
今ここで彼女を出せば…」
ライダーは確固たる理由を挙げて否定した。
確かに昨日ほどの大爆発を病院ですればメディアに取り上げられてもおかしくはない。
「魔術、さらに聖杯戦争ともなれば口外は禁止されている。
それを忘れたわけではないはずだ。
一体何が目的だ。」
「敵のセイバーの正体を掴もうにも、サーヴァント3騎で向かったところで、返り討ちにされる可能性は高い。
アサシン陣営は残り4日後の対戦に向けて隠れてもらっている。
そしてライダー陣営はやはり余程のことがない限り外に向かうと言うよりは様々な情報の入手に専念してもらいたい。
そしてセイバーは今週は行動できない。
残り実働できる陣営はランサー、アーチャー、キャスター、バーサーカーだが…
やはり魔力は敵より下回っている上、マスターたちは戦闘に慣れていない。
わかるか?どうしても数で補わなければ今週全員が共倒れする可能性がある。
こんな状態でセイバーの情報を仕入れるなど無茶だ。
だからせめて強固な陣営で固めなければならない。」
指摘している点は、真実だ。
いまいち現状は理解できていないが、敵が強すぎるのでこちらは一つに固まり、迎え撃ちながら情報を得ようということを言いたいのだろう。
「言い分は分からないでもないけど
さっき言ったように私はニュースで取り上げられてるみたいだし、見かけられたら即補導されるレベルなんだけど。
ていうか警察行った方が私個人としては安全で嬉しい。」
「残念だけど、それはお勧めできないね。
病院でも敵勢力の手が回っていた。
病院だったからこそ逃げることができたが警察の中で、襲われたら?
また病院で襲われないとも限らない。標的が動かないのならば敵も好都合だ。」
「はー…じゃあどうしろって言うわけ
外に出かければ見つかるのに外に出ろっていう。
警察に補導されるって言ったら補導されるなって言う。
あんた自分の言ってることわかってんの?」
無精ひげの男は不敵な笑みを浮かべながら仮面を取り出した。
「そこで、これの出番さ。
それまでは僕が使っていた礼装だけど
君にあげよう。」
真っ白い仮面だ。
かろうじて人の輪郭を描いているものの、不気味で仕方ない。
それと、おっさんが付けていた仮面など断りたい。
「これは何だ」
「一真ちゃん向けに言えば、変装ツール。
魔力を通せば簡単に顔の形を偽造できる。
これなら顔の包帯も隠せるだろう?」
ムッスゥ、という顔をしてセイバーを見上げる。
嫌だから断ってほしい、という感情をあえて露骨に表した。
「…はぁ…少しマスターと話をさせてくれ。」
「はぁ?話をする余地もないでしょ」
こちらが不平不満を言おうとも、セイバーは私を子供のように抱えて部屋を出た。
いいや、これは実際に子供だと思われているからこの扱いなのだ。
「ちょっと…降ろして」
「マスター、これは個人の戦いではない。
それを踏まえたうえで考えてほしい。」
「話聞けよ…」
「あなたは嫌なことだととことん顔をそらして全く耳に入れない傾向にある。
辛抱してほしい。」
セイバーは両手で私を持ち上げて、目を見て話す。
足は宙ぶらりんだ。
「はぁ~……別に聞いてないわけじゃない。
話に追い付けないだけ。」
「とはいえ、確かに放置できる問題ではないのはわかっているだろう。
無理に戦いに付いてこなくてもいい。
ただ、このほとんどの陣営はカズマのように巻き込まれたマスターが大半だ。
そして今、アサシンのマスターが4日後の対戦になっている。
今の状態だとほぼ間違いなく…」
「その人は私みたいに目を取られたわけ!?日本から誘拐された!?指をナイフで何度も刺された!!?子宮めがけてトラバサミでえぐられた!!?」
セイバーは急にバツの悪い顔をした。
ゆっくり降ろして、言葉をためる。
「………すまない」
「全員の名前も事情も知らないけどさ!最初から被害者なのはわかってるけど!それでも一番被害受けてるのは私だって知ってる!?
できることなら早く…!!!」
日本に帰る?
帰ったところで、何が待っているだろうか。
指が無くなり、石となり、一つ目となった。
それでなくとも私はいつも痛みに耐えていた。
今の私を母が見れば、失望されるに決まっている。
「…だったら…あの時、死にたかった」
「………マスター……俺は…」
「もういい。セイバーは好きなようにして。
もう私は干渉しない。思うままにすればいい。」
「カズマ、聞いてほしい。
俺はただ苦しんでいるあなたを放置できなかった。
そして無理に巻き込まれたマスターたちも見過ごすことができない……」
「うるさい!!この偽善者!!
好きなようにやれって言うのが分からないわけ!?
私はお前の慈善活動に付き合ってやれるほど余裕はない!!」
一つ目から、悔しさや悲しさ、よくわからないほど混ざり合った感情が溢れる。
酷いことを言っているのは自覚しているが、それでもこの男のエゴに巻き込まれるのは納得いかなかった。
涙を拭きながら、階段を上がって、ベッドに横になった。
男は追いかけてこなかった。
◇
『ド派手に喧嘩したようだ。』
ランサーのマスター、もとい切敷は何知らぬ顔でこちらを見ている。
『…マスターから好きにしろと許可された。
要請されているのなら赴こう。』
『それはありがたい!
後ほど一真ちゃんにお礼を言わないと!』
『ただし、これ以上マスターを戦いに巻き込まないでほしい。』
思った以上に、偽善者という言葉が深く刺さった。
確かに、カズマの思いを知らぬまま、戦いへ参加する同意を求めてしまった。
誘拐され、知らぬ土地で監禁され、突然の暴力を受けていれば誰だって恐怖に縛られる。
今、あまりにも気丈に振舞っているため、心の傷までは見抜けていなかったのだ。
自己嫌悪にさいなまれる。
それでなくても子供を泣かせてしまった。
酷いことを口にさせてしまった。
今更謝ったところで、余計苛立たせるだけだろう。
ならば、せめて脅威がなくなるよう努力するしかない。
情報入手のため、ライダーの拠点を後にするが、カズマが泣く声がする。
サーヴァントの身であるため聴力は生身の人間の比ではないと自負していたが、こんな時は罪悪感で胸が張り裂けそうだ。
◇
自分で自分の傷をえぐった気分だった。
ただ何故か悲しくなって泣いていると、ドアがノックされる。
口を押えて毛布に潜り込む。
(本当に、子供みたいだ)
情けなく思っていると、ベッドのそばにある窓のへりに何かを置いた。
「お節介を焼くようですが、今日だけでもこれを飲んでゆっくりしてください。」
この声はライダーだ。
「傷が痛むのでしたら、こちらを。
マスターが痛み止めをくださいましたので。」
「……ありがとう」
「それでは」
そういえば、ライダーは真っ先に私が外に出るのを反対してくれた。
反対した理由は私とあまり合致していなかったが、無精ひげの男とセイバーが外に出るよう促した中、ライダーは反対していたのでそれだけで好感が持てた。
「…朝ごはん、ありがとう…ございます」
「どういたしまして」
ライダーは部屋を出て行った。
コップを覗くと、ハーブのいい香りがする。
今まで飲んだことはないが、ハーブティというやつだ。
一口飲むと、少しだけ気持ちがほぐれたような気がした。
◇
あらかじめ待ち合わせをしていたらしい。
アーチャーのマスターとキャスターのマスターがあからさまに警戒しながら待っていた。
『お待たせ。』
『あっ、キリシキさん!セイバーは説得できました!?』
『セイバーさんがいないと…私参加しないって言ったじゃないですか…』
切敷は二人をなだめ、そして大丈夫と言い切った。
『マスターはケガをしているから無理だけど、サーヴァントは協力してくれる。』
『それならいいですけど…』
『あのバーサーカーみたいな子、ほんとにケガしてんスか?
どう考えても仮病っつか…他のマスターと一緒で逃げてんじゃねーの?』
その発言は、いささか面白くはない。
ただ黙っていると、それを肯定してしまうのと同意義だ。
先ほどの行動を棚に上げるつもりはないが、侮辱されているのならば訂正を求めなければならない。
〔訂正を求める。我がマスターは他人に偽るような人格ではない。〕
『誰だって余裕がないのに協力しないことのほうが非常識じゃねーのかよ。』
自分自身の鏡を見ているようだ。
再び異を唱えようとすると、また切敷が間に入った。
『まぁまぁ、それでも大けがをしているのは本当だ。
それだけは信じてあげてほしい。』
『……チッ』
『それじゃあ昨日の事件で現れたサーヴァントの出現場所を虱潰しに当たるとしよう。』
この待ち合わせの道すがら、昨夜襲撃をしたサーヴァントの情報を得た。
遠隔で人間を爆破させられる技術は3騎士では難しい。
大方魔術由来のものだからだ。
それが体内に爆発物を仕込まれているならまた話は別だが、あの爆破の仕方はただの爆弾ではない。
あえて体を膨らませ、爆破対象にも狙った陣営にも恐怖を抱かせるためだけのもののように見えた。
よって、現在はキャスター、アサシン、ライダーのいずれかだと踏んでいる。
『今朝のうちに、一真ちゃんの入院していた病院に情報を聞いてきたけれど、
あの爆発した医者はたびたび誰かと声を荒げて話していたそうな。』
『相手は誰ですか?』
『さぁね。けれど、例の医者が脅されていたか、それとも魔術関係の者だったか、その両方か…』
ふとキャスターのマスターが足を止める。
『あ、ここですよ、ここ。
昨日とにかくネットで変なもの見た人いないか調べたんですけど、
この公園付近で変な笑い声が聞こえたって。
不気味ですぐ逃げたらしいですけど、調べる価値ありますよね!』
『そうだね。じゃあ本職のキャスターに調べてもらおう。
何か仕掛けられでもしたら危険だ。』
〔まるで下の者のするような雑用……今回は別ですが、次回は無条件に協力しないのでその点理解していただきますよう。〕
しかし、このマスターたちはひどく切敷を信頼しているようだ。
いや、この陣営唯一の戦える魔術師でアドバイスをするからだろう。
実質のリーダーである。
巻き込まれた被害者のマスターたちからすれば、救世主に等しい。
とはいえ、そのリーダーがマスターに指示をされて初めてマスターがサーヴァントに指示を出す。
これではキャスターが不服を言うのも無理はない。
〔魔力の残影が残っていますね。
この公園に何かを仕掛けているというよりは、何か別のことをしたのでしょう…。〕
『何か?じゃあちょっと俺見てきます!
仕掛けがないならなおさら!』
キャスター陣営は公園の中に入る。
一方アーチャーのマスターは心配そうに見ていた。
「あの、だ、大丈夫でしょうかぁ…」
「大丈夫だろう。事実魔力の残りカスがあるだけだ。
あとはこういった魔力が残っているポイントを調べて、キャスターの出現ポイントを調べる。
こうして調べていれば、向こうも複数のサーヴァントで妨害してくるだろうけど、3騎士のサーヴァントと、遠隔攻撃のキャスターもいる。
大丈夫だよ。」
「それなら…いいんですけど…」
そうこう話しているうちに、また戻ってきた。
『ダメっすね。何も無かったです。
次行きましょ次!』
◇
夜になると、しとしとと雨が降ってきた。
窓の外からそれを眺める。
セイバーはまだ帰ってこない。
ふと、ドアがノックされる。
「失礼します。
カズマさん、おなかは空いていますか?」
「……はい」
ライダーについていくと、テーブルにシチューがあった。
美味しそうだ。
「ライダー…さんが、作ったの」
「いえ、ほとんどはマスターですよ。」
「え」
日本語で何を話しているのかわからないヴィクトルがやや首をかしげている。
『何の話をしているのですか?』
『このシチューを作ったのがマスターだと教えたら、驚かれていますよ。』
『ああ、いや、お口に合えばいいのですが』
私が作るシチューよりシチューらしい。
目が見えなくても練習すればこんな風にできるのなら、世の中の料理下手は一体どういうことなのだろう。
「いただきます…」
おいしい。
味は濃いものの、とてもまずい、というわけではない。
好き嫌い別れる味でもない。
普通の味覚の人が食べて、美味しいといえるほどだ。
「えっと、おいしい、です…ボーノ…?あ、イタリアじゃない…えーっと」
ヴィクトルはクスクスと笑う。
下手な言葉を使って、苦笑しているはずだ。
改めて己を恥じると、フランス語で話しかけてくる。
思わずライダーをみやった。
「安心した、と言っています。
あまり人に食事を振舞ったことがないそうで、そう言ってくださるのはとても心強い、と。」
「食文化が違う日本人でも、美味しいって思うから
きっと誰が食べても、美味しいはず……うん」
ライダーが翻訳してヴィクトルに言えば嬉しそうにほほ笑んだ。
嫌なことのある日だったが、こうして美味しい食事も頂けた。
安心して眠ることのできる場所がある。
これは日本にいた時では味わえない安堵感だ。
そう悪いことはないのかもしれない。
なんて思っていたが、その夜、また事件に巻き込まれた。
太陽が地平線に沈み、代わりに月が上る頃
ヴィクトルは教会で祈りをささげていた。
ライダーも、同じ宗派なのか、同じく。
そんな二人を私は後ろから眺めるだけだ。
暇だからこうしているだけで、できればこういった宗教ごとは避けたい。
(けど、ソレで気持ちが安らぐなら、安上がりでいいよね…)
こんなことを言ったらきっと全方面からバッシング間違いなしだ。
けれど羨む心を止められずにいると、教会の入り口が開いた。
こんな夜、雨の中来るはずがない。
『どなたでしょう?』
ヴィクトルが問いかける。
突然の来訪者は全身をレインコートに包まれており、一歩、中に入ってきた。
『祈りを捧げに来られたのでしょうか?』
いいやどう考えてもおかしい。
「神父さん下げたほうがいい」
そう言うと、もともと警戒していたライダーがヴィクトルの腕を引いてゆっくり後退する。
すると、その人物はレインコートをはずした。
仄暗い明かりに照らされてもなお全容はわからなかったものの、小柄な少女だった。
そして、その身は甲冑に包まれている。
(サーヴァント!!)
ライダーはすぐさま戦闘態勢に切り替わった。
『お下がりください』
「貴様、なぜここにいる」
「…それ、私に言ってる?」
「何度も言わせるな。
何故、ここで活動している。
貴様はここに存在するはずのない人間だ。」
「は?」
「まぁいい。本来の場所に還すだけだ。」
剣を出したと思えば、こちらに迷わず突進してきた。
横に転がり、間一髪で逃れるが、第2撃を振りかざしている。
そこでライダーが間に入り、剣を受け止めた。
「カズマさん!マスターとお逃げください!!」
「う、うん」
教会の入り口に忘れられた傘をつかんで、ヴィクトルの腕をつかむ。
教会を出て、家の裏口から逃げた。
(慌てて傘を持ってきたけど、要らなかったかもしれない…)
とにかく今は逃げることだけを考えなければ。
土砂降りの中、狭い路地を抜けて、石畳の通りを走っていく。
(聖杯戦争は口外禁止だと言っていたなら、この人通りの多い所にいれば…)
すると、甘い匂いが漂う。
脳内で声がした。これは良くないと。
ほぼ、条件反射で口を覆う。
案の定、この通りの人間が膝から崩れ落ちていく。
「!!
ヴィクトルさ…!」
彼もせき込みながら膝をついたが、辛うじて起きている。
これは吸ってはいけないものだと認識はしているようだ。
そうこうしているうちに、こちらの意識も朦朧としてきた。
絶対に敵の仕業だ。
ヴィクトルを引きずりながらも狭い路地に入る。
「あんたも運がなかったなぁ」
その路地に、深くフードを被る男がいた。
口元は余裕そうに微笑んでいる。
「う……」
ヴィクトルは私の腕をつかみながら、完全に目を閉じた。
「安心しなぁ
麻酔を撒いてるようなもんさ。
まぁあんたら二人はこれから死ぬんだけど」
ふざけんな、と声を荒げるより、先に手が動いた。
傘を振り回すとおどけた仕草で後ろに下がる。
「おーおー怖い怖い」
私が眠ってしまうのも時間の問題だと、わかりきっている。
現に視界がぼやけてきた。
ここで眠ればきっと気持ちがいいのだろう。
いや、雨で気持ち悪いのだが。
それでも、ライダー陣営をここで潰えさせるわけにはいかない。
「消えろ……!!」
「そういわれて消える奴がいますかねぇ?」
一瞬で姿が見えなくなった。
だがこういう姑息な相手は絶対に死角に現れる。
こちらを舐めているのならなおさらだ。
右側を振り返ると、ナイフを振り上げていた。
少しでも致命傷を回避するために両腕で構える。
しかし男はあえてそれをせずにいたぶる為に右手で私の左手をきつく握った。
「あ゛あああっ!!!」
「おっと悪いね
あんたは大人しくしてもらわないといけないんだわ。
まぁあんたを殺すにもいろいろ手間がかかるんだわこれが」
「放せッ!!放せッ!!!」
痛みと同時に殺意が沸く。
傘を男の顔めがけて振りかざすがあっさり避けられて、みぞおちに膝が入る。
「ひぐっ!?」
「タフなのは結構だが、もう楽になっていいよあんた」
「う、う゛」
内臓が踊り狂うような、熱が体に籠って逃げ場を失っている。
痛みが体を支配した。
私が痛みをこらえている間も関係なしに、男はヴィクトルにナイフを掲げた。
慌てて傘を開いて盾にした。
「……あんた…普通ここまでするかね」
左手を握りしめながら、顔を掴む。
「い、い゛ぅ……」
「右目も見えない、左手は欠損、おまけに胎も食い破られてるときた。
もう、頑張らなくてもいいんじゃないの?」
指先が右目の傷を虐める。
足をばたつかせるが、サーヴァント相手には無駄なことだった。
「わかった。
今回この神父は見逃してやる。
だがあんただけは別だ。
あんたは今後いてもらっちゃ困るんでね。」
こちらの首をめがけて銀色が飛び込む。
悲鳴も挙げられずに、怖くて目を閉じる。
「どぅわ!」
フードの男は慌てて飛びのく。
仕込んでいたボウガンで矢を飛ばすが、通路の奥から無数の矢が返ってきた。
「伏せときなセイバーのマスター!!」
「!
結界をさっそく破りやがったな!」
「どうする?緑色の。
このまま俺とやりあっても一向に構わんが」
「はは、冗談
仕込みもなく大英雄とやりあえる自信ねーっすわ」
「かといって逃がしもしないがな!!」
弓を構えた瞬間、敵はマントに身を隠したと思ったら姿が消えた。
それでも数回矢を放ったが手ごたえはない。
本当に逃げたらしい。
「はぁっ…はぁっ」
「大丈夫か!」
「い、いいから、ライダーのほう…黒いサーヴァントがいる…」
「心配すんな
そっちにはランサーとキャスターが行ってる。」
震える手で顔を押える。
左手は血がにじんでいた。
「い……いたいぃ…」
すると建物の屋上から見知った姿がやってきた。
数時間ぶり。セイバーである。
「カズマ…!!
すまない、アーチャー」
「いいから、守ってやんな」
血が溢れているのが分かる。
そして雨で体が寒かった。
セイバーに抱き上げられて、自分が冷え切っていたのが対照的だった。
「……ッ、
すまない…すまない」
雨に濡れて泣いているようだった。