闇が見つけたもの
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決着がついた。
その事実がわかったのは街並みが消え失せ、失神して泡を吹いている男が白い空間に横たわる。
そして遠くにセイバーがいた。
思わず、ホッとした。
安心という気持ちを初めて学んだカズマはゆっくりセイバーに向かって歩き出す。
セイバーもまた、傷を抱えたままのカズマを迎えるために足を進めた。
『勝者、左翼・セイバー』
背後でルーラーが勝者のクラスを挙げる。
いちいち聞くまでもない。
相手のマスターの魔力回路は壊れ、今後魔術の世界に足を踏み入れることも、サーヴァントを召喚する術もない。
これまで左翼のマスターが死に至った。
そのことを考えるとカズマは不思議と枷が軽くなったような気がしていた。
今夜の一戦は無駄ではない、などと考えながら。
すると急にセイバーは反射的に剣に手を伸ばした。
それまでカズマを見ていた視線は横を向け、何らかの気配を明らかに感じ取っていた。
突如、世界が割れる。
その表現が最も適した言葉だった。
視界が砕ける。耳がつん裂く。五感が狂う。
圧倒的な魔力量とその暴力的なまでの一撃がこの空間に与えられ、弾けた。
白い空間に亀裂が走る。
そしてそこから抜け出てきたのは、悪魔でも天使でもない。
ただひたすらに、白い髪と長い四肢の美しい女が、その体に似合わぬ巨大な槍を持って破壊してきた。
女の槍は偶然か必然か、カズマを向いていた。
セイバーが叫ぶ。
その槍を止めるよりもカズマを守った方が確実であると悟った。
槍の切っ先から逃れるようにカズマを抱きしめて軌道から逃れる。
女の槍は再び白い空間に突き刺さったが、攻撃の余波が2人を襲う。
業火か、はたまた激浪か。
吹き飛ばされて、女から距離を取れたはいいものの、カズマの目はヤニックの体がゴミのように消しとばされたのを映した。
「ああ………愛しい人…」
それだけを言い、こちらを見た。
純然な恐怖を植えつけられる。
視線だけで殺された感覚だった。
四肢が動かず、息が続かない。
これまでの緊張感が解けていただけにより一層、女の激情に当てられていた。
「これは…!!
カズマ、下がれ!遠くへ!」
セイバーはただ右翼のサーヴァントだからと敵対したわけではない。
殺意を受け取り、ただこのサーヴァントは敵であると理解して剣を取った。
「好き…きらい……すき…すきすき………」
ふらふらと歩いて、槍の穂先を地に引っ掛ける。
「やっと見つけた…私の愛する人……」
再度魔力が膨れ上がる。
まるで底なし沼のような巨大な圧力にセイバーも柄に力を込めた。
「受け止めてください…」
「カズマ!宝具を解放する!!」
狂わされた五感の中、カズマは何もできなかった。
自分が宙を浮いているのかと思うほど、どこが上でどこが下かもわからない。
空間は崩壊していき、白いテクスチャが剥がれ落ちて黒に変わっていった。
そして左翼と右翼の陣営が文字通り、対面させられた。
宝具解放寸前の2騎のサーヴァントを間に挟んで。
両陣営は驚く暇もない。
大英雄の宝具のぶつかり合いでこちらまで被害が出ることは明白だった。
それぞれのサーヴァントがマスターを守る手段に出るのが早いか、もしくは消しとばされるのが先か。
『死がふたりを分断つまで』
『幻想大剣・天魔失墜!』
宝具のぶつかり合い。
揺さぶられる空間。
熾烈な物量の争いに、カズマは頭を抱えた。
「や、いやだ
やめて、あたまがいたい」
耳鳴りがする。
どこからどこまでが自分なのかわからなくなる。
息ができずに倒れこむ。
内側から脳髄を殴られるような、内臓が体の中で掻き回されるような吐き気を覚える。
だがその最中、もう一体のサーヴァントが宝具を展開した。
完全なる独断だったが、この空間・状況では最上の手段だった。
左翼・バーサーカーが雄叫びをあげ、ラブリュスを空間に叩きつけた。
築き上げるは迷宮。全陣営をバーサーカーの手のひらに納める大結界。
むしろ不安定な空間を固定し、魔力の暴走とも思える2騎の攻撃をほぼ最小限に収めた。
敵の術中にあると察した女サーヴァントは宝具を引く。
「困ります……私……」
槍を下げ、それから静かに姿を消した。
取り残されたのは迷宮内の左翼陣営、右翼陣営。
初めて対面する形となり、また別の緊張感に包まれた。
「カズマ…」
ひいひい、と虫の息だ。
苦痛の余韻が体から離れず突っ伏したままだった。
それを優しく抱き上げて、セイバーは右翼陣営を見やる。
「初めて対面するな、左翼陣営」
切り出したのは全身白に、瞳だけが赤い男だった。
魔術に精通している人間なら、ホムンクルスと察するだろう。
「あのサーヴァントは右翼陣営の所属か」
切敷が言う。
その言葉にくすりと笑った。
「さぁ
貴様が知らないのでは答えは闇の中だな」
「何が言いたい
アインツベルンの当主、ツェンゾール」
「いいや別に
次の対戦が楽しみだな
さて次は誰が当たるものやら」
片目を閉じ、自陣営を見る。
まるで観戦気分だ。
それを遮るように躍り出たのはピエロのような男。
けたたましい笑い声を響かせて、突然、無津呂 秋の目の前に出現した。
「ばぁっ!!」
「きゃっ!?」
アーチャーはその男を弓で払う。
「イヒャヒャヒャ!!アーッハッハッハ!!
今ここで爆☆殺もアリアリのアリなのではーーっ!!?」
「下がれキャスター
無闇に動くな
ただでさえお前は打たれ弱いバカだ」
「アイアイマム!いえ同業者!いやいや同好者!!
もっと爆発させたいと思いませんか!?ねぇねぇ!!村を焼きつきしたあの気持ちはどうしちゃったんです!!?」
マスターである赤いコートの女はキャスターの尻尾を掴み上げて後方へ投げ飛ばす。
そして容赦なく懐から銃を取り出して何発も放った。
「クソクソクソクソ
死ねザコ英霊が」
それでもなお遠くから笑い声は止まない。
対してヴィクトルは銃声が聞こえたものだから過剰に反応をした。
離れた距離からでも知らしめてしまう。
ヴィクトルは盲目であると。
『空間再固定
破壊された結界の再構築開始
両陣営は下がってください』
再び出現したルーラー。
旗を上げて簡易的結界を敷いた。
それまで展開していたバーサーカーの宝具はゆっくりとほどけていく。
『磁場固定
テクスチャの補正』
そして両陣営は再び隔たれた。
中央に立つルーラーがいつも通り宣言する。
『第4回戦
左翼・ランサー
右翼・アサシン』
右翼陣営の要とも思える立場の切敷は眉間のシワを深くした。
「お、おい…」
ミカエルが遠慮がちに声をかけた。
切敷はふ、と笑う。
「バーサーカーの宝具で空間の崩壊から阻止するだけではなく、宝具の威力も抑えるとは恐れ入った
やはりバーサーカーは優秀なサーヴァントのようだ」
「次…切敷さんの対戦ですよね…」
無津呂は心配そうにみやる。
例え信用できない相手でも、死ぬかもしれないという可能性があるのであればそれなりに心配してしまう。
矛盾した感情に自分でむせ返るようだった。
「僕は問題ないよ
それより、無事生き残ったセイバー陣営、驚いたよあんな手段を取るなんて」
セイバーに抱えられたまま、まだカズマはぐったりとしていたが話だけは聞いていた。
「誰から入れ知恵されたのかな」
他人事のような笑顔を見せて、その空間から目が覚めた。
カズマは息荒く、苦しさを抱えたまま体を起こす。
「あっ!?おい、大丈夫か!?」
本当にそばで見張っていた秋巳が身を乗り出して心配をする。
「おい、まてよ…起きたってことは…勝った…のか…?」
すぐに返事ができないカズマに変わって、側に現れたセイバーが頷いた。
「俺の腕による勝利ではなく
カズマ自身の勝利だ
カズマ、よく頑張った」
「ま、まて、水を持ってきてやる」
秋巳は慌てて部屋を出た。
勝利とはいえ顔色の悪さが、快勝ではないことを物語っている。
「…セイバー…」
「どうした」
目線を合わせたセイバーの裾を掴む。
手が微かに震え、顔面は蒼白。
カズマがセイバーを頼ろうとして裾を掴んでいるのだと察した。
セイバーにとってカズマは守るべき対象で、年の離れた妹のような、子供のような、もっと別のもののような。
ただそんな存在に今すぐ出来ることといえば、抱きしめてやるくらいだった。
カズマの細身は覆い隠される。
腕は緩く囲って、背中を撫でる。
「よく頑張った
カズマ、もう大丈夫だ」
初めてカズマがセイバーに抱きついた。
首に腕を回して子供のようにしがみつく。
甲冑の霊基を消し、薄い体温に大切に触れた。
◆
3回戦を乗り越え、精神的な負担が軽くなったのを感じた。
だが一方でセイバーは最後に奇襲してきた女サーヴァントについて考えていた。
直接口にはしないものの、表情を見れば一目瞭然だった。
「結局、聖杯戦争に勝ってもまだ戦いは続くのか?」
「切敷は、聖杯戦争が終わった後、残りの7人でまた聖杯戦争が起こるとかなんとか言ってたけどよくわからない」
「味方が残れば味方との戦いにもなるってことか?
意味がないだろそんなの」
秋巳の言葉も最もだ。
結局7人での殺し合いをするなら、7対7の、前哨戦のようなものは不要のはずだ。
それこそ魔術を神秘のままにするべきであるならば、魔術の目撃者を増やしても意味がないだろう。
確かに死にゆく運命が先にあり、生き残りが一人だけとなったとしても神秘があばかれた事実は残ってしまうのだから。
「とにかく次はその切敷が対戦だから、うまくやってのけるんじゃないの」
これまで偉そうに人に指示をしてきたのだ。
むしろ守るべき対象が減って切敷としては気が楽なのではないかと思う。
逆に、相手が魔術師であるならと右翼は本気を出してくるだろうか。
見張りにいっているセイバーなら何を言うだろう。
ふと上を見上げるも特に変化は見られない。
とはいえ、セイバーの様子がこれまでと違うから意識が向いているのだろう。
カズマは自分の手を眺めて、なんでもないように言う。
「ていうかおじさん仕事は」
「あ」
いつものように、誰が来ても絶対開けるなよ、と言い残して急いで家から出ていった。
考えても、この聖杯戦争のことはわからない。
あの女サーヴァントのことも、これからどうなるのかも。
ソファーに仰向けに寝転がる。
(そういえば、ヴィクトルさん大丈夫かな…)
ぼんやりと考えても口には出せなかった。
守護聖人がいるから大丈夫だろうという気持ちと、もう一つは何なのかまだ理解できない。
ただ、昨晩の疲れが溢れてそのまま瞼を閉じた。
正直何も考えたくはない。
訳のわからないことが多い中で、カズマが考えるべきことなどもう無いように思えた。
何せ3回戦に勝てたのだ。自分の力で自分を守ったのだ。
倦怠感が包み、まるで人形のように動けなくなっていた。
気がつくとカーテンの隙間は暗くなっていた。
カズマを遠巻きに扇風機が回り、タオルケットをかけられていることに気づく。
秋巳がしたのか、セイバーがしたのかはわからない。
部屋に1人だけ、という空気が何故か日本のアパートを思い出させた。
起き上がり、1人でソファーに座り込む。
「セイバー?」
返事はない。
いつもならすぐ来るはずだ。
カズマにとってセイバーは呼べばすぐ来てくれる存在で、別にすぐ来なくても困りはしないのだがただ単に意外だった。
外で何かあったのだろうか。
おもむろに立ち上がると後ろから声がした。
『早く起きなきゃ』
振り返ると等身大の鏡があった。
木枠の鏡は部屋の外観の阻害していない。
だからこそ、何故鏡があるのかという違和感を排除していた。
そして、鏡の中のカズマがじっとこちらを見つめているようだった。
「カズマ」
名前を呼ばれて目が覚めた。
それまで立ち上がっていたはずの体は横たわっており、自分がまだ寝ていたことを自覚する。
「大丈夫か
呼ばれたように思ったのだが」
「え…」
「顔色が良くない
昨日の疲れがあるのだろう」
体にはタオルケット、そして扇風機が首を振っている。
ふとソファーの後ろを見やると鏡などなかった。
そもそも秋巳の事務所に鏡がある事自体おかしい。
「…夢?」
下手すればあの聖杯戦争より、いまの一瞬の夢の方が疲れた気がする。
そして夢にしてはあまりに現実的すぎる。
とうとう自分が壊れかけてきているのではないかと余計な考えが浮かび、そして脳の奥がじりじりと痺れるような感覚が襲った。
思考が鈍り、単純な言葉しか浮かばない。
このままではまた寝てしまうだろう。
とにかく動かなければ。
ゆっくり立ち上がって、木製の椅子に座った。
「体調が悪ければ横になることを勧めるが…」
「あまりいい夢じゃなかったから、起きとく」
「そう、か」
ちょうどその時、玄関の扉が開く音がした。
時計はもう夜の8時を過ぎており、秋巳はまた資料を持って帰っては夜通し読み漁るのだろうと想像する。
今更ながら、秋巳に対して脅すようなことをし続けているつもりはない。
逆に言えば秋巳も逃げる素振りはみせない。
口にすればきっとこの絶妙なバランスは崩れてしまうのだろうと予測する。
「はぁ〜ったく、ロクな事件がねぇ…
…帰って早々悪いが、1つ確認させてくれ」
秋巳はくたびれた顔をしながら重たそうな荷物を足元に下ろした。
だが、夜を背に玄関に立つ秋巳の眼前に、赤黒い悪魔のような手が伸びていた。
カズマより反応が早かったのはセイバーだ。
乱暴ではあるが、それよりも秋巳の命を助けるためならばやむを得ない行動だ。
頭を掴んで横へ投げる。
積み上げた資料の中に秋巳は飛ばされた後に、続けて悪魔の手はセイバーを狙った。
だが単純な力量で言えばセイバーの方が上だったようだ。
手を掴み、動きを止めていた。
「セイバー!」
堪らず叫ぶ。
すると続けて知覚したのは、別の何かが来るという圧迫感だった。
この感覚は知っている。
あの空間を破壊した、魂を震え上がらせる情熱の氷。
襲ってきたサーヴァントを蹴り出し。
剣を抜く。
「カズマ!アキミの近くに!!」
資料の中で気絶してる秋巳の側へ走れば、窓を突き破りながら出現した宝石で作られたような槍。
セイバーをそのまま外へ押し出した。
轟音、暴風、魔力の渦。
全てを掻き回して、秋巳は頭から氷水を被せられるよりもっとひどい方法で叩き起こされた。
「うっ、う゛げ…なんだ…世界が回ってら…」
「おじさん起きて!早く逃げるよ!!」
「なんだ…俺の事務所がすげぇことに…」
「いいから!!」
無理やり引き起こして歩かせる。
魔力濃度が高すぎる故の酔いが襲っていたが、今更見捨てる気にもなれない。
そもそもあのセイバーが守ったのだ。見捨てれば後味が悪いに決まっている。
カズマは首根っこを引きずってでも連れて出ようとしたが、外は外でセイバーと、あの女サーヴァントによる死闘が始まっていた。
巨大な槍は剣戟が重なる毎に大きくなる。
そのくせ女はより早く、より重たい攻撃を繰り出しているように見えた。
そしてここにいればいずれ巻き込まれるとも。
「おじさん!足だけ動かして!!」
「う……?」
単純な指令にようやく足だけ動かし始める。
少しずつではあるが背後の戦いから遠ざかることができる。
そもそも、なぜ女サーヴァントは襲撃をしてきたのか。
それよりももう1人いたあの不気味な手はなんなのだ。
セイバーの知覚を避けて、尾行ができるクラスなど1つしか思い浮かばないが、もしその推測が当たっていたとしても“なぜセイバー陣営を狙うのか”。
理解が及ばない。
今は逃げることしか考えられない。
事務所から100メートル離れたあたりで、するりと現れたのは破れたマントに仰々しい正装の男だ。
深々と頭を下げて、顔を上げれば半分は恐ろしい仮面で覆われていた。
両手には悪魔のような血濡れた手。
否応無しに真名が想像させられると同時に絶望をも与えた。
すでにこの首にはナイフが当てられていると、無理やり理解させられる。
「我らが舞台へ
今宵の来賓を至上の席へいざ…」
右翼・アサシンの手が向けられる。
冗談ではない、と跳ね除けたかったが、今はこのオペラに付き合うべきではないかと脳内が叫ぶ。
だが秋巳は?
初めにアサシンは秋巳を狙っていた。
放置すれば殺され、後ろの戦闘に巻き込まれるだろう。
ともなれば瞬間的に判断しなければならなかった。
カズマにとってはがむしゃらで、それ以上の策など全く考えられなかった。
セイバーからしてみれば、ある意味迷惑極まりないものであろうと。
「セイバー!!!おじさん守ってて!!!」
それが初めての命令だった。
左手の甲が光り、令呪を使った。
セイバーが何か叫んだ気がしたが、この際割り切ってほしい。
カズマは黙ったまま、秋巳をその場に放置してアサシンの手を取る。
実のところ、カズマ自身殺されるとは理解していた。
だがそのことについて恐怖を覚えていないのは“秋巳を守った”という大義名分があったからかもしれない。
むしろそうであることに自分の価値すら見出していた。
まるで、身代わりこそが存在理由であると知らしめるように。
ともすればなんて不完全な存在だろう。
人間としては致命的すぎる欠損がある。
そも、人間とは己の生存本能に従う生き物なのだから。
◆
大英雄同士のぶつかり合いを察知しない英霊などいなかった。
とくにライダー陣営はそうだった。
例の空間で感じた魔力の余波を感知し、左翼セイバーと右翼ランサーが激突していると知る。
「やはりそうか…」
ライダー陣営に一時的に立ち寄っていたランサー陣営、切敷はそう呟く。
「そう…と、いうのは…?」
「いいや…実のところ、昨晩の戦いの際、左翼セイバーと右翼ランサーは互いに宝具を出して対抗していた
宝具があまりにもそれぞれの真名を晒していて、なるほどな…とね」
左翼陣営、右翼陣営が対面した際、ヴィクトルが盲目であることに多くの敵マスターが気づいたであろう。
そのことを考慮して切敷がヴィクトルと行動を共にしていた。
数の利では圧倒的に右翼が優っている今、襲撃され、脱落されては左翼全体の不利に繋がるとの判断からだった。
まるで打ち上げ花火のような、それでいて幻のようにすぐに消える魔力の波動。
ひとしきり眺めて、切敷は呟いた。
「右翼ランサーの真名はブリュンヒルデ
対して左翼セイバーの真名はジークフリートだ」
ヴィクトルも言わんとしていることは理解できただろう。
それぞれ2騎の英霊の伝承に差異はあるものの、近からずも遠からず。
そういう運命でもある2人であると。
「ってことはセイバーは勝ち目なしか?」
「さて…どうだろうね…我々が加勢に行ってもいいが…」
盲目の男の手が震えた。
だが、それでも、あの場にいるカズマは想像も絶する恐怖に脅かされているのだろうと。
2度も助けられたヴィクトルはライダーに伝える。
「…カズマさんを、助けましょう」
「マスター…」
「今、キリシキが行っては、次の対戦に支障が出ます…我々が出るしか…」
けれども、アーチャー陣営に頼むという手段も取れなくはない。
少なくともアーチャーなら遠距離からの狙撃も可能だ。
だがヴィクトルは虚勢のような善性を呟く。
「アーチャー陣営に依頼する、というのもいいかもしれません
ですが、あのマスター…アキさんもまた私から見れば子供です
子供を…危険な目に合わせるわけには…」
「…守護聖人よ
もし、彼女たちを助けに行くならば、マスターの守りは任せてほしい
少なくとも、マスターの命は僕たちが守ろう」
勇気を滲ませたマスターに報いなければならない。
2度も助けられたセイバー陣営に恩を返さなければならない。
ライダーにとって戦う理由はその2つだけで十分すぎた。
「ヴィクトル、我がマスター
吉報をお待ちください
あなたの願いは私が叶えましょう」
切敷とランサーを見やり、そして馬を走らせた。
聖十字が星のように駆けていく。
ヴィクトルの目には見えないものの、その輝かしい背中だけは容易く想像できていた。
「さ、ヴィクトルさん、部屋の中へ
ここは危険だ
それに、少し相談したいこともある」
「相談したいこと…ですか?」
「ああ、そう時間は取らせないさ」
その事実がわかったのは街並みが消え失せ、失神して泡を吹いている男が白い空間に横たわる。
そして遠くにセイバーがいた。
思わず、ホッとした。
安心という気持ちを初めて学んだカズマはゆっくりセイバーに向かって歩き出す。
セイバーもまた、傷を抱えたままのカズマを迎えるために足を進めた。
『勝者、左翼・セイバー』
背後でルーラーが勝者のクラスを挙げる。
いちいち聞くまでもない。
相手のマスターの魔力回路は壊れ、今後魔術の世界に足を踏み入れることも、サーヴァントを召喚する術もない。
これまで左翼のマスターが死に至った。
そのことを考えるとカズマは不思議と枷が軽くなったような気がしていた。
今夜の一戦は無駄ではない、などと考えながら。
すると急にセイバーは反射的に剣に手を伸ばした。
それまでカズマを見ていた視線は横を向け、何らかの気配を明らかに感じ取っていた。
突如、世界が割れる。
その表現が最も適した言葉だった。
視界が砕ける。耳がつん裂く。五感が狂う。
圧倒的な魔力量とその暴力的なまでの一撃がこの空間に与えられ、弾けた。
白い空間に亀裂が走る。
そしてそこから抜け出てきたのは、悪魔でも天使でもない。
ただひたすらに、白い髪と長い四肢の美しい女が、その体に似合わぬ巨大な槍を持って破壊してきた。
女の槍は偶然か必然か、カズマを向いていた。
セイバーが叫ぶ。
その槍を止めるよりもカズマを守った方が確実であると悟った。
槍の切っ先から逃れるようにカズマを抱きしめて軌道から逃れる。
女の槍は再び白い空間に突き刺さったが、攻撃の余波が2人を襲う。
業火か、はたまた激浪か。
吹き飛ばされて、女から距離を取れたはいいものの、カズマの目はヤニックの体がゴミのように消しとばされたのを映した。
「ああ………愛しい人…」
それだけを言い、こちらを見た。
純然な恐怖を植えつけられる。
視線だけで殺された感覚だった。
四肢が動かず、息が続かない。
これまでの緊張感が解けていただけにより一層、女の激情に当てられていた。
「これは…!!
カズマ、下がれ!遠くへ!」
セイバーはただ右翼のサーヴァントだからと敵対したわけではない。
殺意を受け取り、ただこのサーヴァントは敵であると理解して剣を取った。
「好き…きらい……すき…すきすき………」
ふらふらと歩いて、槍の穂先を地に引っ掛ける。
「やっと見つけた…私の愛する人……」
再度魔力が膨れ上がる。
まるで底なし沼のような巨大な圧力にセイバーも柄に力を込めた。
「受け止めてください…」
「カズマ!宝具を解放する!!」
狂わされた五感の中、カズマは何もできなかった。
自分が宙を浮いているのかと思うほど、どこが上でどこが下かもわからない。
空間は崩壊していき、白いテクスチャが剥がれ落ちて黒に変わっていった。
そして左翼と右翼の陣営が文字通り、対面させられた。
宝具解放寸前の2騎のサーヴァントを間に挟んで。
両陣営は驚く暇もない。
大英雄の宝具のぶつかり合いでこちらまで被害が出ることは明白だった。
それぞれのサーヴァントがマスターを守る手段に出るのが早いか、もしくは消しとばされるのが先か。
『死がふたりを分断つまで』
『幻想大剣・天魔失墜!』
宝具のぶつかり合い。
揺さぶられる空間。
熾烈な物量の争いに、カズマは頭を抱えた。
「や、いやだ
やめて、あたまがいたい」
耳鳴りがする。
どこからどこまでが自分なのかわからなくなる。
息ができずに倒れこむ。
内側から脳髄を殴られるような、内臓が体の中で掻き回されるような吐き気を覚える。
だがその最中、もう一体のサーヴァントが宝具を展開した。
完全なる独断だったが、この空間・状況では最上の手段だった。
左翼・バーサーカーが雄叫びをあげ、ラブリュスを空間に叩きつけた。
築き上げるは迷宮。全陣営をバーサーカーの手のひらに納める大結界。
むしろ不安定な空間を固定し、魔力の暴走とも思える2騎の攻撃をほぼ最小限に収めた。
敵の術中にあると察した女サーヴァントは宝具を引く。
「困ります……私……」
槍を下げ、それから静かに姿を消した。
取り残されたのは迷宮内の左翼陣営、右翼陣営。
初めて対面する形となり、また別の緊張感に包まれた。
「カズマ…」
ひいひい、と虫の息だ。
苦痛の余韻が体から離れず突っ伏したままだった。
それを優しく抱き上げて、セイバーは右翼陣営を見やる。
「初めて対面するな、左翼陣営」
切り出したのは全身白に、瞳だけが赤い男だった。
魔術に精通している人間なら、ホムンクルスと察するだろう。
「あのサーヴァントは右翼陣営の所属か」
切敷が言う。
その言葉にくすりと笑った。
「さぁ
貴様が知らないのでは答えは闇の中だな」
「何が言いたい
アインツベルンの当主、ツェンゾール」
「いいや別に
次の対戦が楽しみだな
さて次は誰が当たるものやら」
片目を閉じ、自陣営を見る。
まるで観戦気分だ。
それを遮るように躍り出たのはピエロのような男。
けたたましい笑い声を響かせて、突然、無津呂 秋の目の前に出現した。
「ばぁっ!!」
「きゃっ!?」
アーチャーはその男を弓で払う。
「イヒャヒャヒャ!!アーッハッハッハ!!
今ここで爆☆殺もアリアリのアリなのではーーっ!!?」
「下がれキャスター
無闇に動くな
ただでさえお前は打たれ弱いバカだ」
「アイアイマム!いえ同業者!いやいや同好者!!
もっと爆発させたいと思いませんか!?ねぇねぇ!!村を焼きつきしたあの気持ちはどうしちゃったんです!!?」
マスターである赤いコートの女はキャスターの尻尾を掴み上げて後方へ投げ飛ばす。
そして容赦なく懐から銃を取り出して何発も放った。
「クソクソクソクソ
死ねザコ英霊が」
それでもなお遠くから笑い声は止まない。
対してヴィクトルは銃声が聞こえたものだから過剰に反応をした。
離れた距離からでも知らしめてしまう。
ヴィクトルは盲目であると。
『空間再固定
破壊された結界の再構築開始
両陣営は下がってください』
再び出現したルーラー。
旗を上げて簡易的結界を敷いた。
それまで展開していたバーサーカーの宝具はゆっくりとほどけていく。
『磁場固定
テクスチャの補正』
そして両陣営は再び隔たれた。
中央に立つルーラーがいつも通り宣言する。
『第4回戦
左翼・ランサー
右翼・アサシン』
右翼陣営の要とも思える立場の切敷は眉間のシワを深くした。
「お、おい…」
ミカエルが遠慮がちに声をかけた。
切敷はふ、と笑う。
「バーサーカーの宝具で空間の崩壊から阻止するだけではなく、宝具の威力も抑えるとは恐れ入った
やはりバーサーカーは優秀なサーヴァントのようだ」
「次…切敷さんの対戦ですよね…」
無津呂は心配そうにみやる。
例え信用できない相手でも、死ぬかもしれないという可能性があるのであればそれなりに心配してしまう。
矛盾した感情に自分でむせ返るようだった。
「僕は問題ないよ
それより、無事生き残ったセイバー陣営、驚いたよあんな手段を取るなんて」
セイバーに抱えられたまま、まだカズマはぐったりとしていたが話だけは聞いていた。
「誰から入れ知恵されたのかな」
他人事のような笑顔を見せて、その空間から目が覚めた。
カズマは息荒く、苦しさを抱えたまま体を起こす。
「あっ!?おい、大丈夫か!?」
本当にそばで見張っていた秋巳が身を乗り出して心配をする。
「おい、まてよ…起きたってことは…勝った…のか…?」
すぐに返事ができないカズマに変わって、側に現れたセイバーが頷いた。
「俺の腕による勝利ではなく
カズマ自身の勝利だ
カズマ、よく頑張った」
「ま、まて、水を持ってきてやる」
秋巳は慌てて部屋を出た。
勝利とはいえ顔色の悪さが、快勝ではないことを物語っている。
「…セイバー…」
「どうした」
目線を合わせたセイバーの裾を掴む。
手が微かに震え、顔面は蒼白。
カズマがセイバーを頼ろうとして裾を掴んでいるのだと察した。
セイバーにとってカズマは守るべき対象で、年の離れた妹のような、子供のような、もっと別のもののような。
ただそんな存在に今すぐ出来ることといえば、抱きしめてやるくらいだった。
カズマの細身は覆い隠される。
腕は緩く囲って、背中を撫でる。
「よく頑張った
カズマ、もう大丈夫だ」
初めてカズマがセイバーに抱きついた。
首に腕を回して子供のようにしがみつく。
甲冑の霊基を消し、薄い体温に大切に触れた。
◆
3回戦を乗り越え、精神的な負担が軽くなったのを感じた。
だが一方でセイバーは最後に奇襲してきた女サーヴァントについて考えていた。
直接口にはしないものの、表情を見れば一目瞭然だった。
「結局、聖杯戦争に勝ってもまだ戦いは続くのか?」
「切敷は、聖杯戦争が終わった後、残りの7人でまた聖杯戦争が起こるとかなんとか言ってたけどよくわからない」
「味方が残れば味方との戦いにもなるってことか?
意味がないだろそんなの」
秋巳の言葉も最もだ。
結局7人での殺し合いをするなら、7対7の、前哨戦のようなものは不要のはずだ。
それこそ魔術を神秘のままにするべきであるならば、魔術の目撃者を増やしても意味がないだろう。
確かに死にゆく運命が先にあり、生き残りが一人だけとなったとしても神秘があばかれた事実は残ってしまうのだから。
「とにかく次はその切敷が対戦だから、うまくやってのけるんじゃないの」
これまで偉そうに人に指示をしてきたのだ。
むしろ守るべき対象が減って切敷としては気が楽なのではないかと思う。
逆に、相手が魔術師であるならと右翼は本気を出してくるだろうか。
見張りにいっているセイバーなら何を言うだろう。
ふと上を見上げるも特に変化は見られない。
とはいえ、セイバーの様子がこれまでと違うから意識が向いているのだろう。
カズマは自分の手を眺めて、なんでもないように言う。
「ていうかおじさん仕事は」
「あ」
いつものように、誰が来ても絶対開けるなよ、と言い残して急いで家から出ていった。
考えても、この聖杯戦争のことはわからない。
あの女サーヴァントのことも、これからどうなるのかも。
ソファーに仰向けに寝転がる。
(そういえば、ヴィクトルさん大丈夫かな…)
ぼんやりと考えても口には出せなかった。
守護聖人がいるから大丈夫だろうという気持ちと、もう一つは何なのかまだ理解できない。
ただ、昨晩の疲れが溢れてそのまま瞼を閉じた。
正直何も考えたくはない。
訳のわからないことが多い中で、カズマが考えるべきことなどもう無いように思えた。
何せ3回戦に勝てたのだ。自分の力で自分を守ったのだ。
倦怠感が包み、まるで人形のように動けなくなっていた。
気がつくとカーテンの隙間は暗くなっていた。
カズマを遠巻きに扇風機が回り、タオルケットをかけられていることに気づく。
秋巳がしたのか、セイバーがしたのかはわからない。
部屋に1人だけ、という空気が何故か日本のアパートを思い出させた。
起き上がり、1人でソファーに座り込む。
「セイバー?」
返事はない。
いつもならすぐ来るはずだ。
カズマにとってセイバーは呼べばすぐ来てくれる存在で、別にすぐ来なくても困りはしないのだがただ単に意外だった。
外で何かあったのだろうか。
おもむろに立ち上がると後ろから声がした。
『早く起きなきゃ』
振り返ると等身大の鏡があった。
木枠の鏡は部屋の外観の阻害していない。
だからこそ、何故鏡があるのかという違和感を排除していた。
そして、鏡の中のカズマがじっとこちらを見つめているようだった。
「カズマ」
名前を呼ばれて目が覚めた。
それまで立ち上がっていたはずの体は横たわっており、自分がまだ寝ていたことを自覚する。
「大丈夫か
呼ばれたように思ったのだが」
「え…」
「顔色が良くない
昨日の疲れがあるのだろう」
体にはタオルケット、そして扇風機が首を振っている。
ふとソファーの後ろを見やると鏡などなかった。
そもそも秋巳の事務所に鏡がある事自体おかしい。
「…夢?」
下手すればあの聖杯戦争より、いまの一瞬の夢の方が疲れた気がする。
そして夢にしてはあまりに現実的すぎる。
とうとう自分が壊れかけてきているのではないかと余計な考えが浮かび、そして脳の奥がじりじりと痺れるような感覚が襲った。
思考が鈍り、単純な言葉しか浮かばない。
このままではまた寝てしまうだろう。
とにかく動かなければ。
ゆっくり立ち上がって、木製の椅子に座った。
「体調が悪ければ横になることを勧めるが…」
「あまりいい夢じゃなかったから、起きとく」
「そう、か」
ちょうどその時、玄関の扉が開く音がした。
時計はもう夜の8時を過ぎており、秋巳はまた資料を持って帰っては夜通し読み漁るのだろうと想像する。
今更ながら、秋巳に対して脅すようなことをし続けているつもりはない。
逆に言えば秋巳も逃げる素振りはみせない。
口にすればきっとこの絶妙なバランスは崩れてしまうのだろうと予測する。
「はぁ〜ったく、ロクな事件がねぇ…
…帰って早々悪いが、1つ確認させてくれ」
秋巳はくたびれた顔をしながら重たそうな荷物を足元に下ろした。
だが、夜を背に玄関に立つ秋巳の眼前に、赤黒い悪魔のような手が伸びていた。
カズマより反応が早かったのはセイバーだ。
乱暴ではあるが、それよりも秋巳の命を助けるためならばやむを得ない行動だ。
頭を掴んで横へ投げる。
積み上げた資料の中に秋巳は飛ばされた後に、続けて悪魔の手はセイバーを狙った。
だが単純な力量で言えばセイバーの方が上だったようだ。
手を掴み、動きを止めていた。
「セイバー!」
堪らず叫ぶ。
すると続けて知覚したのは、別の何かが来るという圧迫感だった。
この感覚は知っている。
あの空間を破壊した、魂を震え上がらせる情熱の氷。
襲ってきたサーヴァントを蹴り出し。
剣を抜く。
「カズマ!アキミの近くに!!」
資料の中で気絶してる秋巳の側へ走れば、窓を突き破りながら出現した宝石で作られたような槍。
セイバーをそのまま外へ押し出した。
轟音、暴風、魔力の渦。
全てを掻き回して、秋巳は頭から氷水を被せられるよりもっとひどい方法で叩き起こされた。
「うっ、う゛げ…なんだ…世界が回ってら…」
「おじさん起きて!早く逃げるよ!!」
「なんだ…俺の事務所がすげぇことに…」
「いいから!!」
無理やり引き起こして歩かせる。
魔力濃度が高すぎる故の酔いが襲っていたが、今更見捨てる気にもなれない。
そもそもあのセイバーが守ったのだ。見捨てれば後味が悪いに決まっている。
カズマは首根っこを引きずってでも連れて出ようとしたが、外は外でセイバーと、あの女サーヴァントによる死闘が始まっていた。
巨大な槍は剣戟が重なる毎に大きくなる。
そのくせ女はより早く、より重たい攻撃を繰り出しているように見えた。
そしてここにいればいずれ巻き込まれるとも。
「おじさん!足だけ動かして!!」
「う……?」
単純な指令にようやく足だけ動かし始める。
少しずつではあるが背後の戦いから遠ざかることができる。
そもそも、なぜ女サーヴァントは襲撃をしてきたのか。
それよりももう1人いたあの不気味な手はなんなのだ。
セイバーの知覚を避けて、尾行ができるクラスなど1つしか思い浮かばないが、もしその推測が当たっていたとしても“なぜセイバー陣営を狙うのか”。
理解が及ばない。
今は逃げることしか考えられない。
事務所から100メートル離れたあたりで、するりと現れたのは破れたマントに仰々しい正装の男だ。
深々と頭を下げて、顔を上げれば半分は恐ろしい仮面で覆われていた。
両手には悪魔のような血濡れた手。
否応無しに真名が想像させられると同時に絶望をも与えた。
すでにこの首にはナイフが当てられていると、無理やり理解させられる。
「我らが舞台へ
今宵の来賓を至上の席へいざ…」
右翼・アサシンの手が向けられる。
冗談ではない、と跳ね除けたかったが、今はこのオペラに付き合うべきではないかと脳内が叫ぶ。
だが秋巳は?
初めにアサシンは秋巳を狙っていた。
放置すれば殺され、後ろの戦闘に巻き込まれるだろう。
ともなれば瞬間的に判断しなければならなかった。
カズマにとってはがむしゃらで、それ以上の策など全く考えられなかった。
セイバーからしてみれば、ある意味迷惑極まりないものであろうと。
「セイバー!!!おじさん守ってて!!!」
それが初めての命令だった。
左手の甲が光り、令呪を使った。
セイバーが何か叫んだ気がしたが、この際割り切ってほしい。
カズマは黙ったまま、秋巳をその場に放置してアサシンの手を取る。
実のところ、カズマ自身殺されるとは理解していた。
だがそのことについて恐怖を覚えていないのは“秋巳を守った”という大義名分があったからかもしれない。
むしろそうであることに自分の価値すら見出していた。
まるで、身代わりこそが存在理由であると知らしめるように。
ともすればなんて不完全な存在だろう。
人間としては致命的すぎる欠損がある。
そも、人間とは己の生存本能に従う生き物なのだから。
◆
大英雄同士のぶつかり合いを察知しない英霊などいなかった。
とくにライダー陣営はそうだった。
例の空間で感じた魔力の余波を感知し、左翼セイバーと右翼ランサーが激突していると知る。
「やはりそうか…」
ライダー陣営に一時的に立ち寄っていたランサー陣営、切敷はそう呟く。
「そう…と、いうのは…?」
「いいや…実のところ、昨晩の戦いの際、左翼セイバーと右翼ランサーは互いに宝具を出して対抗していた
宝具があまりにもそれぞれの真名を晒していて、なるほどな…とね」
左翼陣営、右翼陣営が対面した際、ヴィクトルが盲目であることに多くの敵マスターが気づいたであろう。
そのことを考慮して切敷がヴィクトルと行動を共にしていた。
数の利では圧倒的に右翼が優っている今、襲撃され、脱落されては左翼全体の不利に繋がるとの判断からだった。
まるで打ち上げ花火のような、それでいて幻のようにすぐに消える魔力の波動。
ひとしきり眺めて、切敷は呟いた。
「右翼ランサーの真名はブリュンヒルデ
対して左翼セイバーの真名はジークフリートだ」
ヴィクトルも言わんとしていることは理解できただろう。
それぞれ2騎の英霊の伝承に差異はあるものの、近からずも遠からず。
そういう運命でもある2人であると。
「ってことはセイバーは勝ち目なしか?」
「さて…どうだろうね…我々が加勢に行ってもいいが…」
盲目の男の手が震えた。
だが、それでも、あの場にいるカズマは想像も絶する恐怖に脅かされているのだろうと。
2度も助けられたヴィクトルはライダーに伝える。
「…カズマさんを、助けましょう」
「マスター…」
「今、キリシキが行っては、次の対戦に支障が出ます…我々が出るしか…」
けれども、アーチャー陣営に頼むという手段も取れなくはない。
少なくともアーチャーなら遠距離からの狙撃も可能だ。
だがヴィクトルは虚勢のような善性を呟く。
「アーチャー陣営に依頼する、というのもいいかもしれません
ですが、あのマスター…アキさんもまた私から見れば子供です
子供を…危険な目に合わせるわけには…」
「…守護聖人よ
もし、彼女たちを助けに行くならば、マスターの守りは任せてほしい
少なくとも、マスターの命は僕たちが守ろう」
勇気を滲ませたマスターに報いなければならない。
2度も助けられたセイバー陣営に恩を返さなければならない。
ライダーにとって戦う理由はその2つだけで十分すぎた。
「ヴィクトル、我がマスター
吉報をお待ちください
あなたの願いは私が叶えましょう」
切敷とランサーを見やり、そして馬を走らせた。
聖十字が星のように駆けていく。
ヴィクトルの目には見えないものの、その輝かしい背中だけは容易く想像できていた。
「さ、ヴィクトルさん、部屋の中へ
ここは危険だ
それに、少し相談したいこともある」
「相談したいこと…ですか?」
「ああ、そう時間は取らせないさ」
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