闇が見つけたもの
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セイバー陣営を探せ、と言われてもアーチャーの目はどうしても真剣みに欠けていた。
現代の衣装を着てすっかり溶け込んでいるアーチャーを横目に街を歩く。
「あの…」
「秋の言いたいことは分かってる
ただ、切敷の言うことに素直に従うのもおかしなことだと、気づいてる筈だぜ」
切敷矢継は幾度となくこちらをサポートしてきた。
アサシン陣営のために敵勢力と対峙したときも、切敷は上手く立ち回り、ランサーとセイバーの戦いは拮抗していた。
しかしそれは、対サーヴァント戦に慣れているという印象も植え付けた。
「マスター、言うまでもなくこの聖杯戦争はおかしい
まぁ聖杯戦争自体良いものではないことはさて置きだ。
そもそも参加者がランダムに選ばれたという一点においてはかなり異常だ」
それは私が初めて聖杯戦争の会場に招き入れられたときのことだ。
黒い空間、見知らぬ人、誰も彼も初対面で全員パニックになっていた。
もちろん私も意味不明の現象に頭が追いつかず、混乱していた。
他人のことなど気にする暇もなかったと言っていい。
そうこうしているうちに目の前に旗を持つ少女が現れた。
後の感想からすれば、あの少女は人間と形容するにはあまりにも無表情だった。
「あなた方は聖杯戦争の参加者に選ばれました」
私たちは言葉を失った。
聖杯戦争という聞きなれない言葉に脳みそがフリーズした。
そして私たちを無視してのちにルーラーと呼ばれる少女が話を始めた。
「これよりクラスを決め、サーヴァントの召喚を行います」
ちょっと待て、と声を荒げる男がいてもルーラーは反応しなかった。
私たちの前にカードが浮遊し、反転する。
弓を引く絵があらわれたと思えば青白い光が視界を覆った。
暖かいような、それでも光の強さが肌を突き刺すようで胸が苦しくなった。
それが隣にいるアーチャーとの出会いだった。
ルーラーは7週間かけて右翼陣営7騎と対戦をし、最後により多く生き残った陣営に聖杯という何でも願いが叶う器を授けるという説明をされる。
まず全員が感じたのは胡散臭さだ。
だがそれを事実であると、肯定を示したのは何より切敷矢継と、もう1人の男…戦う前にセイバーに裏切られたグレゴリー・アレクサシェンコだった。
特にグレゴリーは一般人のフリをしていたようだが、彼は神智学者という名目で理屈と興奮で聖杯の可能性を示唆した。
そして私たちが戸惑う中、切敷が止めの一言を言う。
「では、君たちの目の前にいる存在はなんだ?」
超常的存在であるのは無意識に分かっていた。
そも、言い換えれば実態を持つ幽霊のようなものだ。
一言認めてしまえば、連鎖的に聖杯もあるのだと認識せざるを得ない。
悪夢から覚めるように、ベッドからはね起きる。
夢かと思っていたが朝日と同時に部屋に現れたのは黒い空間で契約を結んだアーチャーだった。
そして彼が言う。
「先に言っておくぜ
あの切敷とグレゴリーって男、信用しないほうがいい」
まるで先を見通しているかのように、それを伝えるのが、自己紹介や挨拶よりも重要であると言わんばかりに忠告をされた。
現在、アーチャーはフランスの住宅街にきて、まるで観光客のように周囲を見渡している。
相変わらず曇天が続いており、雨に濡れるのが嫌な私は折り畳み傘を片手に用意した。
「ところで…セイバーさんたちは一体どこに…」
「まぁ順当に考えると誰かに匿われているか、攫われたかのどっちかだろうな
俺の目でもなかなか見つけられねぇってことはそういうこった」
「さっ、攫われっ!?」
「だがマスター、サーヴァントが死亡したら俺たちに通知が来る
セイバーがマスター殺しをした時にルーラーが夢の中に現れただろ
それが無いってことはつまりまだ無事ってことだ」
カズマという少女はグレゴリーに監禁されていたと言っていた。
自ら望んでフランスに来たわけではないだろうに、攫われ、監禁され、暴力を受けてもまた攫われた、となればとんだ不遇だ。
「それよりだ
セイバー陣営が死んだわけではないのに、所在が不明になっただけであの慌てよう
おかしいと思わないか」
「え?」
「もともとセイバー陣営はライダー陣営に匿われていた。
それまではセイバー陣営の動向なんざ少しも気にしていなかった。ましてやアサシンのマスター、ライダーのマスターを庇って死にかけた時でさえ冷静だった。
それなのに今は“生死”よりも“所在”を気にしている
おかしいだろ?」
あ、と声が漏れた。
アーチャーの言う通りだ。
最終的に、左翼陣営が少なくなり、聖杯戦争に負けることを気にしているならまだ理解ができる。
左翼陣営を集めた時に言った「皆生き残りたいと思って話している」という言葉が真なら理解できる。
もしかすれば切敷は別のことを気にしているのでは?
左翼陣営よりももっと大きなことを隠しているのでは?
その鍵となるのが“秦民カズマ”という人間だとすれば。
「……切敷さんにあの子を見つけさせたらダメだ
こ、怖いけど…
せめて、次の対戦までになんとか誤魔化さないと」
「ああ、そんで、切敷が何を狙っているのか
それをこの1週間で突き止めなきゃならん」
アーチャーとの話をまとめ、今後の方針について定める。
するとアーチャーは急に私の手を引いて走り出した。
パァン、と銃声が前方から聞こえた。
襲撃かと脚を止めたくなったがアーチャーは走り続ける。
すると背後からただの銃撃が起こしたとは思えないほどの爆破が巻き上がる。
住宅街に銃声が反響して前方から聞こえただけだと理解した。
しかし夜だからと言って住宅街を巻き込むとは、今までの右翼陣営では考えられない行為だ。
「飛ぶぞ!」
ぐい、と引っ張られ空高く跳び上がった。
首にしっかりと抱きつく。
その最中に弓をつがえて目標を見つければ迷うことなく放つ。
弓は森の中へ入り、弓が森に当たった衝撃波を見た。
そして着地し、住宅街の角に身をひそめる。
「あ、アーチャー…!」
「しっ
相手は目が悪いみたいだな
普通のアーチャーならもっと後方から狙撃ができるはずだ
とはいえ、人間の狙撃にしちゃ精度が高すぎる」
「つまり、それって」
銃を持つサーヴァントが狙っている。
今まで死んでいったマスターたちを思い出し手が震えた。
「心配すんな
相手は“中距離”
俺はここからでも狙撃可能だ
……!!」
鈍い銀の刃が影から襲いかかる。
アーチャーはそれを弓でいなし、私を後方へやるも続いて来るのはやはり銃声。
赤い弓がヒュン、と下から上へ振り上げた。
前方の暗殺者が弓を弾く音が聞こえたが後方からは激しくぶつかる金属音。
「2対1たぁずいぶんなことだな」
今の一瞬で2発も弓を放ったのだ。
見もせず銃撃を弓で相殺したと知り鳥肌が立つ。
とはいえ不利な状況であることに違いはない。
「言い訳でもするかい?
2人相手だから勝てませんでしたってさ」
「まさか
そっちこそたった1人に尻尾巻いて逃げる準備はできてるかい?」
剣を遊ぶように回し、アーチャーに突貫する。
遠方からの狙撃と近距離の攻撃。
魔力を持つだけの私にはなす術なく、ただアーチャーが器用に守ってくれるだけだ。
空に向かって弓の弾幕を張り、銃撃を阻止する。
そのまま弓で刃を防ぐ。
つまり防戦一方だ。
アーチャーから離れすぎると狙撃される。
かといって近くにいれば刃物でグサリだ。
どうすればいいのか思案したところで答えも出ない。
「秋!!」
振り返ると見知らぬ男が私の背後にいた。
右手の甲が赤く、右翼マスターであると知る。
捕まる。人質に取られる。つまり殺される。
最悪の事態に声を上げる暇もない。
恐怖で体が固まっていると、男は急に横に吹っ飛んだ。
いや、吹っ飛ばされたのだ。
「……え?」
建物に当たり、気絶している。
代わりに傍に立つのは銀の鎧が懐かしいセイバーだった。
「アーチャー!!」
「おうさ!!」
セイバーが暗殺者に接近戦を持ち込む。
そしてアーチャーは遠方の狙撃に対して迎え撃つ。
「っ!
分が悪すぎる!
引くよ!!」
サーヴァントはマスターを担ぎ、撤退した。
アーチャーが逃げる背中に矢をつがえるが銃弾がそれを阻止した。
住宅街をすでに把握しているのか、跳弾を利用し正確に矢を落とす。
「深追いは禁物だ
次の対戦でもないのなら温存すべきだろう」
セイバーが冷静に言う。
何故ここにセイバーが、という疑問はアーチャーすぐ答えを出した。
「いやぁ、来るって期待してたぜ」
「え…わ、分かってたの!?」
「ある程度な
賭けみたいなもんだったが
それより、だ」
完全に単独行動をしているセイバー。
ここで一体何をしているのか。
姿を現したと言うことは攫われてなどいなかった。
ともなれば消去法で“匿われている”ということになる。
一体誰に?
気軽に質問などできるわけもなく、セイバーとアーチャーが対峙しているのを眺めるしかなかった。
「気をつけろセイバー
切敷が探してるぜ」
「…どういうことだ?」
「そのままの意味だ
決戦までは単独行動するつもりなんだろ
他陣営の方針に首を突っ込むつもりはねぇさ」
「あなた達は…切敷に言われて探しに来たのではないのか?」
「まぁそれはそうだが
報告しろとまでは言われてないだろう?
マスター、今日のところは帰ろうぜ」
くるりと振り返って来た道を戻る。
せっかく切敷という謎の鍵である秦民カズマが見つかるというのにアーチャーはたったそれだけ言って終わりにした。
慌てて追いかけて尋ねる。
「いいの?いろいろ、聞かなきゃいけないことがあると思うし…
それに、もしかしたら、裏切り…っていうのも…あり得なくはないんじゃ…」
「安心しろ、もし裏切るつもりなら秋を守ったりしなかったさ
それに、今疑問を突っ込んだところであのセイバーは何も言わないだろうし
それよりさっきのサーヴァントについて報告した方が体裁がいい
だろ?」
ニッ、と明るい笑顔を作る。
さっきまでは命がけで戦っていたとは思えない。
これが英霊というものなのか、なんて考えながら夜道を歩いた。
◆
セイバーが突然外に出て行き、そして戻ってきた。
そして簡潔に報告して来た。
「アーチャーが敵サーヴァントに襲われていた」
「え」
「敵マスターを気絶させ撤退していった
敵もアーチャーと組んでいると思い込むだろう
今後も襲撃されないとは限らないが、軽率に襲ってくることはないはずだ」
「住宅街で暴れたってことか!?
住民は!?」
警官としての思考がすぐに出てくるあたり、やはり公僕なのだと再認識する。
ともあれセイバーが言うには建物には被害が出たが民間人には直撃していないらしい。
そういった思考は秋巳に任せておくとして、アーチャーがなぜこの場所にいたのかわからない。
彼らの行動範囲は広い。故にこの住宅の奥まった場所までは見るはずがない、と思っていたのに。
「ていうか民間人に被害が出てなくても神秘!バレる!ダメだろそれは!時計塔から殺される!!」
「この敷地内は結界が張られているおかげで免れたようだが、
以前の襲撃と同じく住民は昏睡状態にあるようだ
以前アサシンのマスターが狙われたのを覚えているか。あの男がまたアーチャーのマスターを狙っていた。」
襲っていたのは、詩絵李を攫おうとしていた変態マスターだった。
同様に女マスターである無津呂秋を攫おうとでもしていたのだろう。
セイバーが未然に防いだとのことだったので今回の脅威は去ったとも言える。
秋巳の言う神秘だか魔術だかは当面は放っておいても良さそうだ。
「アーチャーは切敷に言われて俺たちを探していたようだ
だがアーチャーも思うところがあるのだろう
この件は伏せてくれるようだ」
「切敷が?」
「深くは詮索されることはなかった
この場所については一先ずは安心していいだろう
だが、敵サーヴァントについて一つ」
襲撃したマスターが同じならばサーヴァントも同じのはずだ。
敵陣営で協力を仰いでいたらの話だが、あの変態ぶりを考えると、ほぼ考えられない。
というより例の陣営だけ、暴走しているようにも感じる。
「以前マスケット銃のサーヴァントと、カトラスのサーヴァントが襲撃して来たのを覚えているか
同時に2人を目撃したわけではないが、あの銃声からして、マスケット銃のサーヴァントが遠方から狙撃していた。
さらにあの射程位置からして、アーチャーではない
そういう武器を持ったサーヴァントだ」
「え?な、何言ってんのかよくわかんない
銃持ってるならアーチャーじゃないの」
「例外もある
持ちうる武器よりもどう生きたか、宝具のモノによってクラスが分けられる場合がある」
ついでに言うと、アーチャーはもっと遠くから狙撃が可能という。
アーチャー特有の目の良さが、それを可能にしているそうだが、とにかくセイバーが言いたいことはそれだけではない。
「同じサーヴァントが同じマスターと行動している
これは明らかに一つの陣営だ
そして、2人で1つの英霊の可能性がある」
「そんなのアリ!?」
「それはズルくねぇか!?」
秋巳と似たようなリアクションをとってしまった。
だが言い換えれば誰だってそう言うに決まっている。
「マスター、これは好機だ
2人で1つのサーヴァントとして召喚することのできる、あるいはその無理が通るサーヴァントなど数えるほどしかいないだろう
今回の相手とは無関係かもしれないが、場合によっては左翼陣営にとっての有益な情報ともなり得る」
そんなサーヴァント、あるいは過去の人物、思い出せと言われてもすぐに思いつかない。
家に帰るよりは学校の図書室で暇を潰していた方がマシだと、本を読みあさっていた私の知識がこの聖杯戦争で役に立つのかと言われればそうとも限らない。
何せほとんどのサーヴァントの真名を言い当てられていないのだから。
「だが…そのカ…なんだっけか、剣の女しか見ていないんだろ」
「カトラス」
「そう、カトラス、
俺が思うにしばらくは身を隠し続けるべきだと思うがな
推測したところで答えが降って出てくるわけでもなし
カズマ、お前は魔力の操作を…」
「カトラス…」
ぐわし、とセイバーの手を握った。
手が震えている。
「マスター?」
「わかった」
「何がだ?」
椅子に座り、めんどくさそうな声を出すおっさんはさておき。
私は繋がった一本の線を確かに感じた。
これが高揚感。絡まったネックレスが解けた時の開放感。
「ライダーだ」
顔を上げて、笑みが止まらなかった。
「はは、ライダーだよ
あれでライダーだったんだよ
あっはっは、くっそ、ははは、あははははは、あははははははは」
お腹を抱えて笑った。
これほど愉快なことがあるのか。
傷の痛みよりも笑いが優先された。
「カズマ」
「鴨がネギ背負ってきたようなもんだ」
言い換えれば復讐か。
八つ当たりか。
酷いほど冷たい声で言い放つ。
「アン・ボニーとメアリー・リードだ
2回も向こうからやってきたおかげでわかった
2人で男よりも勇敢に戦った、女海賊、“船乗り”
そりゃ、2人で召喚されるのもわかる」
私がいい終えたならば、部屋はシンと静まり返る。
勇気を振り絞るように言葉を放ったのは秋巳大輔だ。
「……お、お前、大丈夫か…?」
「は?」
「いや、その…なんでもない」
秋巳の顔は青ざめていた。
何か嫌なものを見たような、怪物の尻尾を見たような。
今にも襲われるのではないかという恐怖に包まれていたが誤魔化すようにタバコを咥えた。
「…カズマ、今日は横になろう
大きな進展があったのは僥倖だが、肝心のカズマが動けないようでは全く意味がない」
「…うん」
「アキミ、寝室を借りるぞ」
「お、おう…」
セイバーは優しく抱き上げ、寝室まで運んでくれた。
きっとここも書類の山だったのだろう。
せっせと掃除をするセイバーを想像するとすこし面白い。
「何かあれば声をかけてくれ
俺は近くにいる」
肩まで毛布をかけられる。
一昔前の扇風機が回り、前髪が目にかかるとそれを払った。
何故だかそれが優しく感じてしまう。
安堵感というものがこの身を覆って、数分後には眠りについた。
ぐしゃり。
タバコを灰皿に押し付ける。
もしかすればもっとも悪魔らしい人間について行ってしまったのではないかと、後悔していた。
そこにセイバーが現れる。
ドアをいちいち開けることなく霊体化すればすり抜けられるらしい。
「…こんなこと言いたくはないけどよぉ…」
「ああ。カズマは時折ああなる
感情の高ぶりが激しい。
自分でもコントロールできていないようだ」
高ぶりが激しい、などというものではない。
あれは別人だ。
別の人格、思考がカズマの顔を借りて表に出ているようにしか思えなかった。
「それでも…」
「?」
「カズマは優しい人間だ
他者の死に涙でき、怒ることができる
優しい人だ」
セイバーの真摯な評価を一蹴できるはずがない。
誰よりも秦民カズマを見てきた人間だ。
セイバーがそう感じるのならそうなのだろう。
「そうなら、いいけどな…
………俺としては、歪なあいつが恐ろしいやら同情するやらで、今のところ混乱してる」
「同情?」
「今も包帯まみれだが、以前も母親から虐待がひどかったらしい
もちろん然るべき施設で一時的に保護もしたが、それでもあいつは母親・父親の元へ戻って行っちまうらしい
酷い問題児で、孤独で、そのくせ縋ってる母親からは暴力、父親からは存在をなかったことにされている
俺からしてみれば、そんな複雑な家庭事情が今のカズマを作ったんだと、同情してしまうのさ」
自分の感情を吐露するつもりがカズマの過去までも羅列してしまった。
はっと我に返り、取り繕う。
「勝手に人の過去をべらべら話すもんじゃないな…
けどまぁ、そんな同情があるから、付いて来ちまったんだって話だ
忘れてくれ」
セイバーは真顔で押し黙る。
それから少しだけ視線を下げて、そうか、と言った。
「アキミ、1ついいか」
「?」
「今回の戦いに勝つことができても、この戦争はタダでは終わらないだろう
それでもなお、カズマが生き残ることが出来たら……できるだけ、近くで見守ってやってほしい」
「…………俺が?」
その願いを叶えられる自信はない。
そして、どれだけカズマという人間に思い入れが…いや、固執とも言える感情を持っているのかが分かってしまった。
それは元来の優しさなのか、俺の話を聞いた上での頼みなのかは全くわからない。
「俺はどのみち戦争が終われば消滅する
そうなればカズマはまた孤独に戻ってしまう
守る人間がいなくなる
俺は俺の正義のためにカズマを助けたが、未だ“救う”までには至っていない
俺はカズマを救いたいんだ」
「なら、それを俺に頼むにはお門違いだ
自分で守るべき、叶えるべきじゃないのか?」
「所詮はサーヴァントの身だ
その願いは高望みが過ぎる上に、今回の聖杯についても信用がならない
より確実な方法と手段を選ぶべきだ
……もし、無理と言うならば別の方法を考えるが」
最後のタバコを肺まで吸い込み、ため息とともに吐き出す。
一度同情したが負け、と言うものだろうか。
だが未だに腹が括れずに、曖昧な返事をした。
「できるだけ…な……
俺も正義に味方する人間の端くれだからな……」
「感謝する」
セイバーが己の正義のためにカズマを助けたとするならば、カズマはセイバーにとっての正義の形なのだ。
そして現在進行形でその正義は続いている。
あれだけ歪な笑みと人格を持ち合わせ、目の前で見せつけられてもなお守ろうとしている。
「……はぁ〜…優しい英霊だよお前は…」
現代の衣装を着てすっかり溶け込んでいるアーチャーを横目に街を歩く。
「あの…」
「秋の言いたいことは分かってる
ただ、切敷の言うことに素直に従うのもおかしなことだと、気づいてる筈だぜ」
切敷矢継は幾度となくこちらをサポートしてきた。
アサシン陣営のために敵勢力と対峙したときも、切敷は上手く立ち回り、ランサーとセイバーの戦いは拮抗していた。
しかしそれは、対サーヴァント戦に慣れているという印象も植え付けた。
「マスター、言うまでもなくこの聖杯戦争はおかしい
まぁ聖杯戦争自体良いものではないことはさて置きだ。
そもそも参加者がランダムに選ばれたという一点においてはかなり異常だ」
それは私が初めて聖杯戦争の会場に招き入れられたときのことだ。
黒い空間、見知らぬ人、誰も彼も初対面で全員パニックになっていた。
もちろん私も意味不明の現象に頭が追いつかず、混乱していた。
他人のことなど気にする暇もなかったと言っていい。
そうこうしているうちに目の前に旗を持つ少女が現れた。
後の感想からすれば、あの少女は人間と形容するにはあまりにも無表情だった。
「あなた方は聖杯戦争の参加者に選ばれました」
私たちは言葉を失った。
聖杯戦争という聞きなれない言葉に脳みそがフリーズした。
そして私たちを無視してのちにルーラーと呼ばれる少女が話を始めた。
「これよりクラスを決め、サーヴァントの召喚を行います」
ちょっと待て、と声を荒げる男がいてもルーラーは反応しなかった。
私たちの前にカードが浮遊し、反転する。
弓を引く絵があらわれたと思えば青白い光が視界を覆った。
暖かいような、それでも光の強さが肌を突き刺すようで胸が苦しくなった。
それが隣にいるアーチャーとの出会いだった。
ルーラーは7週間かけて右翼陣営7騎と対戦をし、最後により多く生き残った陣営に聖杯という何でも願いが叶う器を授けるという説明をされる。
まず全員が感じたのは胡散臭さだ。
だがそれを事実であると、肯定を示したのは何より切敷矢継と、もう1人の男…戦う前にセイバーに裏切られたグレゴリー・アレクサシェンコだった。
特にグレゴリーは一般人のフリをしていたようだが、彼は神智学者という名目で理屈と興奮で聖杯の可能性を示唆した。
そして私たちが戸惑う中、切敷が止めの一言を言う。
「では、君たちの目の前にいる存在はなんだ?」
超常的存在であるのは無意識に分かっていた。
そも、言い換えれば実態を持つ幽霊のようなものだ。
一言認めてしまえば、連鎖的に聖杯もあるのだと認識せざるを得ない。
悪夢から覚めるように、ベッドからはね起きる。
夢かと思っていたが朝日と同時に部屋に現れたのは黒い空間で契約を結んだアーチャーだった。
そして彼が言う。
「先に言っておくぜ
あの切敷とグレゴリーって男、信用しないほうがいい」
まるで先を見通しているかのように、それを伝えるのが、自己紹介や挨拶よりも重要であると言わんばかりに忠告をされた。
現在、アーチャーはフランスの住宅街にきて、まるで観光客のように周囲を見渡している。
相変わらず曇天が続いており、雨に濡れるのが嫌な私は折り畳み傘を片手に用意した。
「ところで…セイバーさんたちは一体どこに…」
「まぁ順当に考えると誰かに匿われているか、攫われたかのどっちかだろうな
俺の目でもなかなか見つけられねぇってことはそういうこった」
「さっ、攫われっ!?」
「だがマスター、サーヴァントが死亡したら俺たちに通知が来る
セイバーがマスター殺しをした時にルーラーが夢の中に現れただろ
それが無いってことはつまりまだ無事ってことだ」
カズマという少女はグレゴリーに監禁されていたと言っていた。
自ら望んでフランスに来たわけではないだろうに、攫われ、監禁され、暴力を受けてもまた攫われた、となればとんだ不遇だ。
「それよりだ
セイバー陣営が死んだわけではないのに、所在が不明になっただけであの慌てよう
おかしいと思わないか」
「え?」
「もともとセイバー陣営はライダー陣営に匿われていた。
それまではセイバー陣営の動向なんざ少しも気にしていなかった。ましてやアサシンのマスター、ライダーのマスターを庇って死にかけた時でさえ冷静だった。
それなのに今は“生死”よりも“所在”を気にしている
おかしいだろ?」
あ、と声が漏れた。
アーチャーの言う通りだ。
最終的に、左翼陣営が少なくなり、聖杯戦争に負けることを気にしているならまだ理解ができる。
左翼陣営を集めた時に言った「皆生き残りたいと思って話している」という言葉が真なら理解できる。
もしかすれば切敷は別のことを気にしているのでは?
左翼陣営よりももっと大きなことを隠しているのでは?
その鍵となるのが“秦民カズマ”という人間だとすれば。
「……切敷さんにあの子を見つけさせたらダメだ
こ、怖いけど…
せめて、次の対戦までになんとか誤魔化さないと」
「ああ、そんで、切敷が何を狙っているのか
それをこの1週間で突き止めなきゃならん」
アーチャーとの話をまとめ、今後の方針について定める。
するとアーチャーは急に私の手を引いて走り出した。
パァン、と銃声が前方から聞こえた。
襲撃かと脚を止めたくなったがアーチャーは走り続ける。
すると背後からただの銃撃が起こしたとは思えないほどの爆破が巻き上がる。
住宅街に銃声が反響して前方から聞こえただけだと理解した。
しかし夜だからと言って住宅街を巻き込むとは、今までの右翼陣営では考えられない行為だ。
「飛ぶぞ!」
ぐい、と引っ張られ空高く跳び上がった。
首にしっかりと抱きつく。
その最中に弓をつがえて目標を見つければ迷うことなく放つ。
弓は森の中へ入り、弓が森に当たった衝撃波を見た。
そして着地し、住宅街の角に身をひそめる。
「あ、アーチャー…!」
「しっ
相手は目が悪いみたいだな
普通のアーチャーならもっと後方から狙撃ができるはずだ
とはいえ、人間の狙撃にしちゃ精度が高すぎる」
「つまり、それって」
銃を持つサーヴァントが狙っている。
今まで死んでいったマスターたちを思い出し手が震えた。
「心配すんな
相手は“中距離”
俺はここからでも狙撃可能だ
……!!」
鈍い銀の刃が影から襲いかかる。
アーチャーはそれを弓でいなし、私を後方へやるも続いて来るのはやはり銃声。
赤い弓がヒュン、と下から上へ振り上げた。
前方の暗殺者が弓を弾く音が聞こえたが後方からは激しくぶつかる金属音。
「2対1たぁずいぶんなことだな」
今の一瞬で2発も弓を放ったのだ。
見もせず銃撃を弓で相殺したと知り鳥肌が立つ。
とはいえ不利な状況であることに違いはない。
「言い訳でもするかい?
2人相手だから勝てませんでしたってさ」
「まさか
そっちこそたった1人に尻尾巻いて逃げる準備はできてるかい?」
剣を遊ぶように回し、アーチャーに突貫する。
遠方からの狙撃と近距離の攻撃。
魔力を持つだけの私にはなす術なく、ただアーチャーが器用に守ってくれるだけだ。
空に向かって弓の弾幕を張り、銃撃を阻止する。
そのまま弓で刃を防ぐ。
つまり防戦一方だ。
アーチャーから離れすぎると狙撃される。
かといって近くにいれば刃物でグサリだ。
どうすればいいのか思案したところで答えも出ない。
「秋!!」
振り返ると見知らぬ男が私の背後にいた。
右手の甲が赤く、右翼マスターであると知る。
捕まる。人質に取られる。つまり殺される。
最悪の事態に声を上げる暇もない。
恐怖で体が固まっていると、男は急に横に吹っ飛んだ。
いや、吹っ飛ばされたのだ。
「……え?」
建物に当たり、気絶している。
代わりに傍に立つのは銀の鎧が懐かしいセイバーだった。
「アーチャー!!」
「おうさ!!」
セイバーが暗殺者に接近戦を持ち込む。
そしてアーチャーは遠方の狙撃に対して迎え撃つ。
「っ!
分が悪すぎる!
引くよ!!」
サーヴァントはマスターを担ぎ、撤退した。
アーチャーが逃げる背中に矢をつがえるが銃弾がそれを阻止した。
住宅街をすでに把握しているのか、跳弾を利用し正確に矢を落とす。
「深追いは禁物だ
次の対戦でもないのなら温存すべきだろう」
セイバーが冷静に言う。
何故ここにセイバーが、という疑問はアーチャーすぐ答えを出した。
「いやぁ、来るって期待してたぜ」
「え…わ、分かってたの!?」
「ある程度な
賭けみたいなもんだったが
それより、だ」
完全に単独行動をしているセイバー。
ここで一体何をしているのか。
姿を現したと言うことは攫われてなどいなかった。
ともなれば消去法で“匿われている”ということになる。
一体誰に?
気軽に質問などできるわけもなく、セイバーとアーチャーが対峙しているのを眺めるしかなかった。
「気をつけろセイバー
切敷が探してるぜ」
「…どういうことだ?」
「そのままの意味だ
決戦までは単独行動するつもりなんだろ
他陣営の方針に首を突っ込むつもりはねぇさ」
「あなた達は…切敷に言われて探しに来たのではないのか?」
「まぁそれはそうだが
報告しろとまでは言われてないだろう?
マスター、今日のところは帰ろうぜ」
くるりと振り返って来た道を戻る。
せっかく切敷という謎の鍵である秦民カズマが見つかるというのにアーチャーはたったそれだけ言って終わりにした。
慌てて追いかけて尋ねる。
「いいの?いろいろ、聞かなきゃいけないことがあると思うし…
それに、もしかしたら、裏切り…っていうのも…あり得なくはないんじゃ…」
「安心しろ、もし裏切るつもりなら秋を守ったりしなかったさ
それに、今疑問を突っ込んだところであのセイバーは何も言わないだろうし
それよりさっきのサーヴァントについて報告した方が体裁がいい
だろ?」
ニッ、と明るい笑顔を作る。
さっきまでは命がけで戦っていたとは思えない。
これが英霊というものなのか、なんて考えながら夜道を歩いた。
◆
セイバーが突然外に出て行き、そして戻ってきた。
そして簡潔に報告して来た。
「アーチャーが敵サーヴァントに襲われていた」
「え」
「敵マスターを気絶させ撤退していった
敵もアーチャーと組んでいると思い込むだろう
今後も襲撃されないとは限らないが、軽率に襲ってくることはないはずだ」
「住宅街で暴れたってことか!?
住民は!?」
警官としての思考がすぐに出てくるあたり、やはり公僕なのだと再認識する。
ともあれセイバーが言うには建物には被害が出たが民間人には直撃していないらしい。
そういった思考は秋巳に任せておくとして、アーチャーがなぜこの場所にいたのかわからない。
彼らの行動範囲は広い。故にこの住宅の奥まった場所までは見るはずがない、と思っていたのに。
「ていうか民間人に被害が出てなくても神秘!バレる!ダメだろそれは!時計塔から殺される!!」
「この敷地内は結界が張られているおかげで免れたようだが、
以前の襲撃と同じく住民は昏睡状態にあるようだ
以前アサシンのマスターが狙われたのを覚えているか。あの男がまたアーチャーのマスターを狙っていた。」
襲っていたのは、詩絵李を攫おうとしていた変態マスターだった。
同様に女マスターである無津呂秋を攫おうとでもしていたのだろう。
セイバーが未然に防いだとのことだったので今回の脅威は去ったとも言える。
秋巳の言う神秘だか魔術だかは当面は放っておいても良さそうだ。
「アーチャーは切敷に言われて俺たちを探していたようだ
だがアーチャーも思うところがあるのだろう
この件は伏せてくれるようだ」
「切敷が?」
「深くは詮索されることはなかった
この場所については一先ずは安心していいだろう
だが、敵サーヴァントについて一つ」
襲撃したマスターが同じならばサーヴァントも同じのはずだ。
敵陣営で協力を仰いでいたらの話だが、あの変態ぶりを考えると、ほぼ考えられない。
というより例の陣営だけ、暴走しているようにも感じる。
「以前マスケット銃のサーヴァントと、カトラスのサーヴァントが襲撃して来たのを覚えているか
同時に2人を目撃したわけではないが、あの銃声からして、マスケット銃のサーヴァントが遠方から狙撃していた。
さらにあの射程位置からして、アーチャーではない
そういう武器を持ったサーヴァントだ」
「え?な、何言ってんのかよくわかんない
銃持ってるならアーチャーじゃないの」
「例外もある
持ちうる武器よりもどう生きたか、宝具のモノによってクラスが分けられる場合がある」
ついでに言うと、アーチャーはもっと遠くから狙撃が可能という。
アーチャー特有の目の良さが、それを可能にしているそうだが、とにかくセイバーが言いたいことはそれだけではない。
「同じサーヴァントが同じマスターと行動している
これは明らかに一つの陣営だ
そして、2人で1つの英霊の可能性がある」
「そんなのアリ!?」
「それはズルくねぇか!?」
秋巳と似たようなリアクションをとってしまった。
だが言い換えれば誰だってそう言うに決まっている。
「マスター、これは好機だ
2人で1つのサーヴァントとして召喚することのできる、あるいはその無理が通るサーヴァントなど数えるほどしかいないだろう
今回の相手とは無関係かもしれないが、場合によっては左翼陣営にとっての有益な情報ともなり得る」
そんなサーヴァント、あるいは過去の人物、思い出せと言われてもすぐに思いつかない。
家に帰るよりは学校の図書室で暇を潰していた方がマシだと、本を読みあさっていた私の知識がこの聖杯戦争で役に立つのかと言われればそうとも限らない。
何せほとんどのサーヴァントの真名を言い当てられていないのだから。
「だが…そのカ…なんだっけか、剣の女しか見ていないんだろ」
「カトラス」
「そう、カトラス、
俺が思うにしばらくは身を隠し続けるべきだと思うがな
推測したところで答えが降って出てくるわけでもなし
カズマ、お前は魔力の操作を…」
「カトラス…」
ぐわし、とセイバーの手を握った。
手が震えている。
「マスター?」
「わかった」
「何がだ?」
椅子に座り、めんどくさそうな声を出すおっさんはさておき。
私は繋がった一本の線を確かに感じた。
これが高揚感。絡まったネックレスが解けた時の開放感。
「ライダーだ」
顔を上げて、笑みが止まらなかった。
「はは、ライダーだよ
あれでライダーだったんだよ
あっはっは、くっそ、ははは、あははははは、あははははははは」
お腹を抱えて笑った。
これほど愉快なことがあるのか。
傷の痛みよりも笑いが優先された。
「カズマ」
「鴨がネギ背負ってきたようなもんだ」
言い換えれば復讐か。
八つ当たりか。
酷いほど冷たい声で言い放つ。
「アン・ボニーとメアリー・リードだ
2回も向こうからやってきたおかげでわかった
2人で男よりも勇敢に戦った、女海賊、“船乗り”
そりゃ、2人で召喚されるのもわかる」
私がいい終えたならば、部屋はシンと静まり返る。
勇気を振り絞るように言葉を放ったのは秋巳大輔だ。
「……お、お前、大丈夫か…?」
「は?」
「いや、その…なんでもない」
秋巳の顔は青ざめていた。
何か嫌なものを見たような、怪物の尻尾を見たような。
今にも襲われるのではないかという恐怖に包まれていたが誤魔化すようにタバコを咥えた。
「…カズマ、今日は横になろう
大きな進展があったのは僥倖だが、肝心のカズマが動けないようでは全く意味がない」
「…うん」
「アキミ、寝室を借りるぞ」
「お、おう…」
セイバーは優しく抱き上げ、寝室まで運んでくれた。
きっとここも書類の山だったのだろう。
せっせと掃除をするセイバーを想像するとすこし面白い。
「何かあれば声をかけてくれ
俺は近くにいる」
肩まで毛布をかけられる。
一昔前の扇風機が回り、前髪が目にかかるとそれを払った。
何故だかそれが優しく感じてしまう。
安堵感というものがこの身を覆って、数分後には眠りについた。
ぐしゃり。
タバコを灰皿に押し付ける。
もしかすればもっとも悪魔らしい人間について行ってしまったのではないかと、後悔していた。
そこにセイバーが現れる。
ドアをいちいち開けることなく霊体化すればすり抜けられるらしい。
「…こんなこと言いたくはないけどよぉ…」
「ああ。カズマは時折ああなる
感情の高ぶりが激しい。
自分でもコントロールできていないようだ」
高ぶりが激しい、などというものではない。
あれは別人だ。
別の人格、思考がカズマの顔を借りて表に出ているようにしか思えなかった。
「それでも…」
「?」
「カズマは優しい人間だ
他者の死に涙でき、怒ることができる
優しい人だ」
セイバーの真摯な評価を一蹴できるはずがない。
誰よりも秦民カズマを見てきた人間だ。
セイバーがそう感じるのならそうなのだろう。
「そうなら、いいけどな…
………俺としては、歪なあいつが恐ろしいやら同情するやらで、今のところ混乱してる」
「同情?」
「今も包帯まみれだが、以前も母親から虐待がひどかったらしい
もちろん然るべき施設で一時的に保護もしたが、それでもあいつは母親・父親の元へ戻って行っちまうらしい
酷い問題児で、孤独で、そのくせ縋ってる母親からは暴力、父親からは存在をなかったことにされている
俺からしてみれば、そんな複雑な家庭事情が今のカズマを作ったんだと、同情してしまうのさ」
自分の感情を吐露するつもりがカズマの過去までも羅列してしまった。
はっと我に返り、取り繕う。
「勝手に人の過去をべらべら話すもんじゃないな…
けどまぁ、そんな同情があるから、付いて来ちまったんだって話だ
忘れてくれ」
セイバーは真顔で押し黙る。
それから少しだけ視線を下げて、そうか、と言った。
「アキミ、1ついいか」
「?」
「今回の戦いに勝つことができても、この戦争はタダでは終わらないだろう
それでもなお、カズマが生き残ることが出来たら……できるだけ、近くで見守ってやってほしい」
「…………俺が?」
その願いを叶えられる自信はない。
そして、どれだけカズマという人間に思い入れが…いや、固執とも言える感情を持っているのかが分かってしまった。
それは元来の優しさなのか、俺の話を聞いた上での頼みなのかは全くわからない。
「俺はどのみち戦争が終われば消滅する
そうなればカズマはまた孤独に戻ってしまう
守る人間がいなくなる
俺は俺の正義のためにカズマを助けたが、未だ“救う”までには至っていない
俺はカズマを救いたいんだ」
「なら、それを俺に頼むにはお門違いだ
自分で守るべき、叶えるべきじゃないのか?」
「所詮はサーヴァントの身だ
その願いは高望みが過ぎる上に、今回の聖杯についても信用がならない
より確実な方法と手段を選ぶべきだ
……もし、無理と言うならば別の方法を考えるが」
最後のタバコを肺まで吸い込み、ため息とともに吐き出す。
一度同情したが負け、と言うものだろうか。
だが未だに腹が括れずに、曖昧な返事をした。
「できるだけ…な……
俺も正義に味方する人間の端くれだからな……」
「感謝する」
セイバーが己の正義のためにカズマを助けたとするならば、カズマはセイバーにとっての正義の形なのだ。
そして現在進行形でその正義は続いている。
あれだけ歪な笑みと人格を持ち合わせ、目の前で見せつけられてもなお守ろうとしている。
「……はぁ〜…優しい英霊だよお前は…」