闇が見つけたもの
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次の戦いは私だ。
目が覚めてまた一つ陣営が減ったことを実感した。
この聖杯戦争、負ければ負けるほど不利になることも分かった。
実質的な戦力の減少、いよいよ私が死ねば右翼陣営は左翼を潰しに全戦力を投じるだろう。
最優と呼ばれるセイバーの存在がそうさせないだけであって。
「なんだ、別の空間で戦うとか言ってた割にはただ寝てただけじゃねえか」
秋巳の顔を見て、それからゆっくり部屋に入ってきたヴィクトルとライダーを見やる。
「…次の戦いは、セイバー陣営です」
「は……はぁ!?いや、だって、寝てただけだろ!?」
2人は揃って私を見た。
猶予は1週間。そして予想されることが一つ。
「セイバー、ここを出よう」
ベッドからゆっくり立ち、切敷から貰った仮面の礼装を片手に持つ。
私の意図を理解したのかセイバーは背を支える。
「ちょ、ちょっと待て
何がどうなってるんだ!
ちゃんと説明しろ!」
秋巳のけたたましく話す声がどこか遠くに聞こえるほど、私はこの現状を傍観していた。
或いは達観とも思いたい。
「3回戦、次に対戦するのは俺とライダーだ
カズマが危惧しているのは、この場所を襲撃されることだろう。
敵マスターが魔術に精通していると仮定した場合、真っ先に狙われるのはマスターだ
加えて、1人狙われるならまだしも“ヴィクトル”がいる
合理的に今後のことも視野に入れるならば、狙われるのは1人でいいはずだ」
セイバーが全て代弁をしてくれた。
だがそれも苦渋の決断であると表情が物語っている。
ただでさえ現状、左翼が不利である上に私はこのフランスという土地においても不利だ。
「山の中で寝たことあるから平気」
『しかし、カズマさんは傷が癒えていないのでは…いくらキャスターが治療をしたとはいえ、まだ安静にしなければ』
ヴィクトルの提案には首を振る。
せめて、対戦の日が来るまでに生き残ってもらわなければ困るのだ。
「それじゃあ、お世話になりました」
深々と、ライダー陣営に頭を下げた。
対極にいる私とヴィクトルだからこそ、きっとこんなにも互いに優しくなれたのだろう。
その感謝の意味を込めて長く頭を下げた。
無理やり頭を押さえつけられたあの鬱屈感など、微塵も感じない。
ただそうしなければ伝わらないと思ったために、自然とそうしていた。
「…カズマさん
一度あなたに助けられました
我々はいつでも力になります」
「ありがとうございます
でも大丈夫です。見ず知らずの日本人に衣食住提供してくれただけで、十分です」
仮面をつけて、痛い体を動かす。
玄関を出る前にそれまで無言だった秋巳が深くため息をついた。
「俺はどっちについて行きゃいいんだ?」
「それは……あなたが庇護したいと思った方へ
それにあくまであなたの雇い主、とも言えるべき人物はカズマさんですから」
ライダーに催促されたのもあったのか、それとも満身創痍の私に同情したのか。
後ろからタオルを頭に被せられた。
「アテがない癖にガキひとりでどうにかなると思ってんのか
来い!」
「…ちょっと…このタオルタバコ臭い」
「わがまま言うな!お前の捜査網は緩くなったわけじゃないんだからな!」
結局秋巳が先にマンションから出て行った。
そして私が出ていくのを感じたヴィクトルがただ何も言えずそこに居る。
『さようなら…』
なれない言葉で呟いて、まるで止まり木から離れるように足を進めた。
◆
話をまとめよう。
まず敵はライダーだ。
乗り物に関連する偉人がこのクラスに当てはめられるようだ。
とはいえ、騎士であるセイバーでも馬くらい乗っていただろうが、たったそれだけではライダークラスに選ばれることはないことは確かだった。
やはり近くにセイバーがいる、ということと左翼ライダーが馬に関連するライダーであるため、どうしても先入観が働いてしまう。
秋巳が車を止める。
外は曇天だった。今にも雨が降りそうだったがフランスの人々はいちいち傘を差すそぶりを見せず、石畳の街を歩く。
秋巳が先へ先へと道を歩く反面私は内臓が蠢く痛みに耐えかねて時折立ち止まる。
やはりまだ完治していないのだ。
傷ついた臓器がいい加減動くなと訴えかける。
〔マスター、大丈夫か
できることなら負ぶってやりたいが…〕
ただ歩き続けて、気がつくと路地の集合住宅、まるでアパートのような一画にたどり着いた。
秋巳が鍵を開けて待っている。
質素な玄関へ入ると書類でごった返した汚い部屋が出現した。
「うわ…」
「なんだその声」
「少し掃除した方がいいんじゃない」
「うるせぇなあ…」
バインダーやファイルをせっせと退かし、やっと生まれたソファ。
座ることに正直抵抗を覚えたが体も限界だ。
大人しく座ることにする。
「ここおじさんの家なの」
「家っていうよりは、魔術関連の事件を取り扱う専用の事務室…って感じだな」
「確かに、ここには魔術の結界を感じる
別の魔術師が施したようだが、丸裸の隠れ家よりは随分…」
ドサドサドサ
書類が雪崩を起こした。
まるでドミノ倒しのようにそれらは徒党を組んで部屋中を荒らしていく。
崩れは棚の上から机の上。
シミのついたコップが転げ落ちて謎のピンポン玉が跳ねて天井のランプを直撃。
揺れた先に高く積み重ねられた箱に当たり、ぐらぐらと揺れてまた落ちてきた。
私の頭に直撃しそうだったがセイバーがしっかりとキャッチする。
やはり英霊の反射神経は並ではない。
頭上から落ちてきた箱を上手く重ねて被害を食い止めた。
「……すまない…」
秋巳の顔は引きつっている。
「てんめぇ…」
「ていうかこんなに汚い部屋してるのが悪いでしょ」
「うるせぇ!まずは部屋の片付けだ!」
こうして結局セイバーは部屋の掃除に付き合わされ、1日がかりで綺麗になった。
とはいえ一番厄介な書類はダンボールや紐で縛って片隅に追いやっているだけで、臭いものに蓋をしているようなものだ。
さすがのセイバーもため息をついて隣に座り込んだ。
「そもそもこんなことをしている場合なのか…」
「まぁいいんじゃない
どうせ私はロクに外に出られないし
でもお腹すいたなぁ
おじさんご飯」
最後の書類を縛り上げている。
カズマの態度に勢いよくハサミで紐を切る。
「お・ま・え・な!」
「もしかすればあと5日で私死ぬから、小さいこと気にしないでよ」
「気にするわ!余計腹たつわ!」
そんなこと言いながら冷蔵庫を漁り、アイスの一本を差し出した。
ソーダ味の青色は、今の季節は夏であるということを思い出させる。
アイスの棒を両手で掴んでくしゃりと歯をたてた。
「っはぁ〜〜〜飯がねぇ……
いいか、絶対外に出るな!
誰がきても開けるな!」
何だかんだと食材を買いに行くつもりのようだ。
軽く手を振り、慌ただしく出て行く背中を眺めた。
しかしそれより久々に食べたアイスがこんなに美味しいとは思いもしなかった。
何せこういったお菓子は昔からあまり食べたことがなく、食べれば罵倒の嵐だったからだ。
噛み締めていると、微笑みながらセイバーは尋ねる。
「美味しいか?」
「…ん、うん」
「そうか、あなたは、甘いものが好きなんだな」
「……甘いもの食べると怒られてた
やっぱ甘いもの好きなのって変なの?」
「いいや、普通だ
むろん苦手な人間もいるとは思うが
カズマのそれは普通のことだよ」
そうだったのか。
そんな真実を覚えて私はまたアイスを口にする。
残った棒が、何故だかアイスの味を思い出させてくれるので軽率に捨てることはできなかった。
しばらくして、セイバーは口を開いた。
私が食べ終えるのを待ってくれていたようだった。
「敵ライダーのことだが
俺たちは全く情報がない
逆に俺のことは知られているだろう」
詩絵李の別荘にて火災が起きた時、敵サーヴァントと対抗したのはランサーとセイバー、そしてアサシンとライダーだ。
誰がどう見てもセイバーが具現化したような男が敵と対峙しているわけだ。
顔は割れていると思っていい。
「場合によっては、真名も知られている可能性も視野に入れておこう」
「……そうだね」
「…そこで、俺の真名なのだが」
ゴミ箱にアイスの棒を投げた。
軽い音をたててうまく入る。
「いいよ言わなくて
半分くらい絞れてる」
「……やはり俺はわかりやすいのだろうか」
「さぁ
それよりライダーの話」
現状、敵のサーヴァントとクラスがわかっているのは黒いセイバーと金髪のバーサーカーだ。
要はアーサー王と坂田金時。
その他に私が目撃した緑色のマントをつけた男。
さらに長い金髪に背の高いスナイパー。
私と似た背丈にカトラスをもった女。
少なくともライダーに関する情報がない。
だが相手もこれ見よがしに馬に乗るわけがない。
ライダーであると教えているようなものだ。
「ライダーと一口に言っても宝具でクラスがあてがわれる場合もある
あまりライダーというクラスに固執せず考えるべきだ」
セイバーの言い分は最もだ。
というより敵の外見すら把握していない状態だ。
じっと考えても答えが出るわけがない。
けれども今は痛くて動けない。
「セイバーは、どう思う」
「カズマにとって、辛い話をしてしまうかもしれないが」
それでも私はセイバーを見る。
翡翠の目が一つ頷いて続けた。
「今までの戦いで、アサシン、キャスターが散った理由を知る必要がある」
「理由」
「ああ
これまで、敵サーヴァントが強力であると、左翼陣営は見てきた
だが実際に戦いを見て実感した
これは明らかにマスターの質だ」
けれど、詩絵李を殺したあの剣は紛れもなくサーヴァント自身の宝具がなせる技なのではないか。
意見する前にセイバーは言う。
「マスターが如何に戦闘に適応できるか
冷静に事象を対処できるか
そして、自身が持つ魔力をどう扱えるか」
優しく包帯まみれの手を握った。
そこで伝わるのはセイバーと私は魔力で繋がれていることだった。
どちらが繋げているのか、はたまた私が縋っている側なのかはわからない。
けれど今握られているように、大きななにかが私を繋ぎとめていた。
「一昼夜でどうこうできる問題ではない
だから今までの陣営はサーヴァントの持ちうるすべてで戦術を練った
いずれにせよあと一歩、届かなかったのは、マスター自身だ」
それが真実だとすれば、今の私は絶望的なのではないか。
体も上手く動けない。痛みが全身を覆い思考を妨げる。
「けれど、カズマ
カズマには多くの魔力がある
付け焼き刃でもこれは大きな武器だ
魔力の扱い方を知るだけでも大きな一歩だ」
ゆっくり手をおろし、大きくて分厚い手は離れた。
「加えて、アキミという少なくとも魔術に通じている者もいる」
「…ライダーの情報はどうするの」
微笑みとは違う、強気の笑みだ。
セイバーはいろんな顔して笑う。
決して私を安心させようだとかそのような意図は片鱗もない。
そうさせる自信があるのだ。
「少なくとも、俺は初見の相手に上を取られるような騎士ではない
その隣にカズマがいるのなら、尚更」
それに思わず信頼を寄せてしまった。
心から人を疑うことなく、ただそうあるべくしてあるように、セイバーという騎士はそういうものなのだ。
心にすとんと落ちてきて、とても居心地が良かった。
「……手………あったかかった……」
それだけ言えばまたセイバーは優しくすくいあげてくれる。
そういう存在なのだ。
私を卑下するでもなく、ただ対等に、純粋に私の生存をかけて戦える人間なのだ。
そしてこうして暖かな手が私という存在を留めている。
こんな手を覚えている。
優しさと言うものも。
壊れていない瞳からぼろぼろと涙が出てくる。
この感情は何かはわからない。
理由もよく分かっていない。
ただ初めて、私は守られ、だれかのそばにいて、こんなに暖かいものを甘受していいのだと身に染みて理解できた。
◆
そういうわけで買い出しから戻ってきた秋巳に魔術のことを聞くと妙な顔をして首を振った。
「俺は魔術師というよりは魔術使いで、しかもそのドベ、下っ端、モブ」
「モブ」
「自分で言ってて悲しくなるが、魔術については詳しいわけじゃないし
むしろ俺の知り合いのほうが天才的なくらいだ」
「呼んでよ」
「アホか!?あの人だって絶対無理だと笑顔で言うね!」
少なくとも1週間で簡単な魔術の習得はできないということだった。
「だがお前のアホみたいな魔力量、操作自体が難しいだろうよ
術式に当てはめようとすれば魔力の大量投下で大失敗、術式が跳ね返ってくるのが目に見えるぜ」
「……ふうん」
「だが、少なくともカズマには何か一つ武器を身につけてほしい」
そもそも魔力とは何なのか、まずはそこからだ。
基礎中の基礎、皆当たり前のように口にする魔力というものがイマイチぴんとこない。
「魔力は人間の神経みたいなもんだ
血液とでも思えばいい
体に魔力が流れる回路…魔力回路っつーのがあって平たく言えばそこから魔力が作られたり、出したり…
ただお前は例外だからな!?生まれつき回路の本数は決まってる上に大量に生み出すことなんざできない!
正直化け物クラスだ!」
「これでも監禁中に魔力絞り取られてたほうなんだけど」
「だから化け物クラスだって言ってるだろ
ともあれ、今すぐに覚えられる魔術より、魔力砲やら何やら出した方が手っ取り早い」
秋巳は冗談半分、呆れ半分で適当な言葉を言った。
そんなことわかっているのだが、ふと右翼セイバーのあの魔力の塊をぶん回すような宝具を思い出した。
流石にあそこまで魔力を出してしまえば魔力の出し過ぎで死ぬのでは?と感じる。
「ただ、身の丈に合わない魔術はそれなりに代償を支払うことは確かだ
聞いた話じゃ左翼陣営のマスターは魔術師が1人しかいないんだろ?
1週間で魔術が覚えられるなら今頃魔術そのものの神秘も消えてるはずだ」
ちょっとなに言ってるかわかんない。
だが秋巳の話を集約すると、私には魔術など無理だということだ。
ならばどうすべきか、次の可能性を考えるも思い浮かばず詰んだ。
「ならば、知恵を貸してくれ
カズマが生き残る方法を
少なくとも後5日で万全な状態になり得るとは思えない」
セイバーの頼みに、秋巳は唸る。
それから、その頼みとは裏腹な話を始める。
「魔術回路の話は覚えてるか」
正直口にするのも嫌だという表情だ。
その意味は後で知ることとなる。
「とある魔術師が決闘に敗れた
まぁ、魔術師っていうのは己の魔術の研鑽のためにトラブルさえあればそれを火種に魔術師同士の決闘なんかもやる生き物だ
その決闘の跡を消すのが俺の役目でもあったが
珍しくその魔術師は生きていた
だがそいつにとっては生き地獄だ
全ての誇りだけじゃなく、これまでの歴史をズタズタに殺されたんだからな」
魔術という存在を知れば知るほど、特段異質であると感じることはなかった。
だが、秋巳のその口から出る決闘の話は私に武器を与えたに等しいものだった。
◆
左翼陣営がとある廃墟に集められていた。
生き残っているランサー、アーチャー、ライダー、渋々ついてきたバーサーカーだ。
ここにはセイバーの姿はなく、それに対して誰も違和感を抱かなかった。
あの満身創痍で来られるはずがないと分かっていたからだ。
「みんなを集めたのは他でもない
右翼に…いや、敵に2人も殺された
これからは本格的に身を守る行動を取ってもらおうと考えている
……いいや、僕のツメが甘かったせいだ」
切敷はそう言って、静かに謝った。
「そ、そんな
切敷さんのせいじゃありません
だって実際に殺したのは……」
無津呂は言葉を濁したが、右翼が最大の敵であると表現したも同然だった。
切敷とともに行動をしていたアーチャー陣営は必然とキャスター陣営とも接触が多かった。
その分アレクシが死んだと言う事実に昨晩目を腫らしていた。
「ですが、身を守ると言っても
敵は私たちよりこの戦いを遥かに熟知しているように思えます
そんな相手に我々は生き残ることができるのでしょうか…」
「ヴィクトルさんの疑問も最もだ
だが、発想を逆にしてみよう
これまで私たちの仲間…詩絵李さんとアレクシくんが無残に殺されている
…それだけで、敵のマスターと全面対決する理由にならないかい」
切敷の声を遮るようにバーサーカーのマスター、ミカエルが叫んだ。
「ちょっと待て!それは、俺たちに人殺しをしろと言っているのか!!?」
「孤立して死にたいのなら自由にするといい
僕がみんなにこう話すのは、皆生きる意志があるからだと思っているからだ」
誰もが沈黙をする。
皆あのように無残に死にたくはないという意思表示をしているようなものだ。
あくまで自分の身を守るという名目のもと、相手を、人間を殺すという認識をするにはあまりにも原始的過ぎる。
だが原始的であればあるほど人は抗えない。
サーヴァントでさえも、そのようなことになるのではないかと危惧していた。
相手は望んで戦い、こちらは巻き込まれただけの元一般人。
そんな彼らに遠慮をして“当たり前の作戦”は封じていた。
「けどまぁ、俺は降りるぜ
なぁマスター」
「へっ!?」
「したくもねぇことするより、せっかくまだ味方がいるわけだ
戦いに備えて研鑽するなりなんなり、そっちの方がよっぽど合理的だ
都合のいいことに敵さんも第1回戦に比べて動きが落ち着いてる
お前さんが何を狙っているのか、さっぱりだが…
俺は俺の直感と、マスターを信じる」
アーチャーはまるで世間話のようにはっきりと意見を言った。
いつものさわやかな目つきだが今だけは切敷の全てを貫く矢のようでもある。
「それで秋ちゃんが死んでしまってもかい?」
「これでも英雄だ
意地を通して守り抜くさ
それにな、次のセイバーの戦い、不謹慎だが期待してるんだぜ
あのセイバーも、あのマスターもタダじゃ終わらねぇはずだ
それを見てからでも、遅くはないと思うぜ」
ヴィクトルが勇気を振り絞るように胸の前で両手を組む。
「わ…私も
人を殺すというあまりにも冒涜的行為に身を置ける自信はありません
確かに、何も分からぬまま死ぬのは恐ろしいでしょう
ですが、自分の生存のために他者を糧にしてしまったら、運良く生き残ったとしても、私は自分を恥じるでしょう」
「ええ、マスター
マスターならそう言うと信じていました
守護騎士の名にかけて、全ての邪悪を退けましょう」
ミカエルは息を吐いて眼鏡を押し上げる。
「俺だって死にたくない
だがお前たちに協力しなければ巻き添え食らって死ぬと昨日のアレでわかった…が、そこまで決心が付いたわけじゃない
俺もあのJAPの戦いを見て腹を括ろうと思う」
切敷は深い眉間のシワを和らげた。
仕方がない、と逆に説得されられたような気分だ。
「少なくとも次の対戦者である一真ちゃんに頑張って貰わないといけないと言うことだね
ヴィクトルさん、これから次の戦いについて一真ちゃんと話がしたいのだけれど…」
ぎく、と分かりやすいほど表情に感情が出た。
いいや、自分の表情など、懸念できるものではない。
ヴィクトルはそのまま言葉を濁していた。
だがこのままではカズマが秋巳大輔という刑事と行動を共にしているとバレてしまう。
咄嗟にライダーが口添えをした。
「実は…我々を気にかけて出て行ってしまわれたようです」
「……な……はぁ!?」
流石の切敷も目を丸くさせる。
ライダーもこの表現では嘘は言っていないことになる。
ヴィクトルもまたなんとか誤魔化すことが出来たと胸をなでおろした。
「い、今はどこに!」
「セイバーは身隠れの外套を持っています
それで我々に気づかれないうちに出て行ったので行き先までは」
「単独行動ほど危ないものはない!
アーチャー、すまないが君の目を借りたい!今すぐ一真ちゃんを探してほしい!」
「その程度なら問題ないが
じゃあ早速行ってみるぜ
来いマスター」
呼ばれた無津呂は若干嫌そうな顔をしたが、すぐ近づいて夜空の街を飛んだ。
それまで朗らかな表情をしていた切敷が一転して焦り始めた。
その態度の変化に気づかない者はおらず、不振だと思わずにはいられなかった。
目が覚めてまた一つ陣営が減ったことを実感した。
この聖杯戦争、負ければ負けるほど不利になることも分かった。
実質的な戦力の減少、いよいよ私が死ねば右翼陣営は左翼を潰しに全戦力を投じるだろう。
最優と呼ばれるセイバーの存在がそうさせないだけであって。
「なんだ、別の空間で戦うとか言ってた割にはただ寝てただけじゃねえか」
秋巳の顔を見て、それからゆっくり部屋に入ってきたヴィクトルとライダーを見やる。
「…次の戦いは、セイバー陣営です」
「は……はぁ!?いや、だって、寝てただけだろ!?」
2人は揃って私を見た。
猶予は1週間。そして予想されることが一つ。
「セイバー、ここを出よう」
ベッドからゆっくり立ち、切敷から貰った仮面の礼装を片手に持つ。
私の意図を理解したのかセイバーは背を支える。
「ちょ、ちょっと待て
何がどうなってるんだ!
ちゃんと説明しろ!」
秋巳のけたたましく話す声がどこか遠くに聞こえるほど、私はこの現状を傍観していた。
或いは達観とも思いたい。
「3回戦、次に対戦するのは俺とライダーだ
カズマが危惧しているのは、この場所を襲撃されることだろう。
敵マスターが魔術に精通していると仮定した場合、真っ先に狙われるのはマスターだ
加えて、1人狙われるならまだしも“ヴィクトル”がいる
合理的に今後のことも視野に入れるならば、狙われるのは1人でいいはずだ」
セイバーが全て代弁をしてくれた。
だがそれも苦渋の決断であると表情が物語っている。
ただでさえ現状、左翼が不利である上に私はこのフランスという土地においても不利だ。
「山の中で寝たことあるから平気」
『しかし、カズマさんは傷が癒えていないのでは…いくらキャスターが治療をしたとはいえ、まだ安静にしなければ』
ヴィクトルの提案には首を振る。
せめて、対戦の日が来るまでに生き残ってもらわなければ困るのだ。
「それじゃあ、お世話になりました」
深々と、ライダー陣営に頭を下げた。
対極にいる私とヴィクトルだからこそ、きっとこんなにも互いに優しくなれたのだろう。
その感謝の意味を込めて長く頭を下げた。
無理やり頭を押さえつけられたあの鬱屈感など、微塵も感じない。
ただそうしなければ伝わらないと思ったために、自然とそうしていた。
「…カズマさん
一度あなたに助けられました
我々はいつでも力になります」
「ありがとうございます
でも大丈夫です。見ず知らずの日本人に衣食住提供してくれただけで、十分です」
仮面をつけて、痛い体を動かす。
玄関を出る前にそれまで無言だった秋巳が深くため息をついた。
「俺はどっちについて行きゃいいんだ?」
「それは……あなたが庇護したいと思った方へ
それにあくまであなたの雇い主、とも言えるべき人物はカズマさんですから」
ライダーに催促されたのもあったのか、それとも満身創痍の私に同情したのか。
後ろからタオルを頭に被せられた。
「アテがない癖にガキひとりでどうにかなると思ってんのか
来い!」
「…ちょっと…このタオルタバコ臭い」
「わがまま言うな!お前の捜査網は緩くなったわけじゃないんだからな!」
結局秋巳が先にマンションから出て行った。
そして私が出ていくのを感じたヴィクトルがただ何も言えずそこに居る。
『さようなら…』
なれない言葉で呟いて、まるで止まり木から離れるように足を進めた。
◆
話をまとめよう。
まず敵はライダーだ。
乗り物に関連する偉人がこのクラスに当てはめられるようだ。
とはいえ、騎士であるセイバーでも馬くらい乗っていただろうが、たったそれだけではライダークラスに選ばれることはないことは確かだった。
やはり近くにセイバーがいる、ということと左翼ライダーが馬に関連するライダーであるため、どうしても先入観が働いてしまう。
秋巳が車を止める。
外は曇天だった。今にも雨が降りそうだったがフランスの人々はいちいち傘を差すそぶりを見せず、石畳の街を歩く。
秋巳が先へ先へと道を歩く反面私は内臓が蠢く痛みに耐えかねて時折立ち止まる。
やはりまだ完治していないのだ。
傷ついた臓器がいい加減動くなと訴えかける。
〔マスター、大丈夫か
できることなら負ぶってやりたいが…〕
ただ歩き続けて、気がつくと路地の集合住宅、まるでアパートのような一画にたどり着いた。
秋巳が鍵を開けて待っている。
質素な玄関へ入ると書類でごった返した汚い部屋が出現した。
「うわ…」
「なんだその声」
「少し掃除した方がいいんじゃない」
「うるせぇなあ…」
バインダーやファイルをせっせと退かし、やっと生まれたソファ。
座ることに正直抵抗を覚えたが体も限界だ。
大人しく座ることにする。
「ここおじさんの家なの」
「家っていうよりは、魔術関連の事件を取り扱う専用の事務室…って感じだな」
「確かに、ここには魔術の結界を感じる
別の魔術師が施したようだが、丸裸の隠れ家よりは随分…」
ドサドサドサ
書類が雪崩を起こした。
まるでドミノ倒しのようにそれらは徒党を組んで部屋中を荒らしていく。
崩れは棚の上から机の上。
シミのついたコップが転げ落ちて謎のピンポン玉が跳ねて天井のランプを直撃。
揺れた先に高く積み重ねられた箱に当たり、ぐらぐらと揺れてまた落ちてきた。
私の頭に直撃しそうだったがセイバーがしっかりとキャッチする。
やはり英霊の反射神経は並ではない。
頭上から落ちてきた箱を上手く重ねて被害を食い止めた。
「……すまない…」
秋巳の顔は引きつっている。
「てんめぇ…」
「ていうかこんなに汚い部屋してるのが悪いでしょ」
「うるせぇ!まずは部屋の片付けだ!」
こうして結局セイバーは部屋の掃除に付き合わされ、1日がかりで綺麗になった。
とはいえ一番厄介な書類はダンボールや紐で縛って片隅に追いやっているだけで、臭いものに蓋をしているようなものだ。
さすがのセイバーもため息をついて隣に座り込んだ。
「そもそもこんなことをしている場合なのか…」
「まぁいいんじゃない
どうせ私はロクに外に出られないし
でもお腹すいたなぁ
おじさんご飯」
最後の書類を縛り上げている。
カズマの態度に勢いよくハサミで紐を切る。
「お・ま・え・な!」
「もしかすればあと5日で私死ぬから、小さいこと気にしないでよ」
「気にするわ!余計腹たつわ!」
そんなこと言いながら冷蔵庫を漁り、アイスの一本を差し出した。
ソーダ味の青色は、今の季節は夏であるということを思い出させる。
アイスの棒を両手で掴んでくしゃりと歯をたてた。
「っはぁ〜〜〜飯がねぇ……
いいか、絶対外に出るな!
誰がきても開けるな!」
何だかんだと食材を買いに行くつもりのようだ。
軽く手を振り、慌ただしく出て行く背中を眺めた。
しかしそれより久々に食べたアイスがこんなに美味しいとは思いもしなかった。
何せこういったお菓子は昔からあまり食べたことがなく、食べれば罵倒の嵐だったからだ。
噛み締めていると、微笑みながらセイバーは尋ねる。
「美味しいか?」
「…ん、うん」
「そうか、あなたは、甘いものが好きなんだな」
「……甘いもの食べると怒られてた
やっぱ甘いもの好きなのって変なの?」
「いいや、普通だ
むろん苦手な人間もいるとは思うが
カズマのそれは普通のことだよ」
そうだったのか。
そんな真実を覚えて私はまたアイスを口にする。
残った棒が、何故だかアイスの味を思い出させてくれるので軽率に捨てることはできなかった。
しばらくして、セイバーは口を開いた。
私が食べ終えるのを待ってくれていたようだった。
「敵ライダーのことだが
俺たちは全く情報がない
逆に俺のことは知られているだろう」
詩絵李の別荘にて火災が起きた時、敵サーヴァントと対抗したのはランサーとセイバー、そしてアサシンとライダーだ。
誰がどう見てもセイバーが具現化したような男が敵と対峙しているわけだ。
顔は割れていると思っていい。
「場合によっては、真名も知られている可能性も視野に入れておこう」
「……そうだね」
「…そこで、俺の真名なのだが」
ゴミ箱にアイスの棒を投げた。
軽い音をたててうまく入る。
「いいよ言わなくて
半分くらい絞れてる」
「……やはり俺はわかりやすいのだろうか」
「さぁ
それよりライダーの話」
現状、敵のサーヴァントとクラスがわかっているのは黒いセイバーと金髪のバーサーカーだ。
要はアーサー王と坂田金時。
その他に私が目撃した緑色のマントをつけた男。
さらに長い金髪に背の高いスナイパー。
私と似た背丈にカトラスをもった女。
少なくともライダーに関する情報がない。
だが相手もこれ見よがしに馬に乗るわけがない。
ライダーであると教えているようなものだ。
「ライダーと一口に言っても宝具でクラスがあてがわれる場合もある
あまりライダーというクラスに固執せず考えるべきだ」
セイバーの言い分は最もだ。
というより敵の外見すら把握していない状態だ。
じっと考えても答えが出るわけがない。
けれども今は痛くて動けない。
「セイバーは、どう思う」
「カズマにとって、辛い話をしてしまうかもしれないが」
それでも私はセイバーを見る。
翡翠の目が一つ頷いて続けた。
「今までの戦いで、アサシン、キャスターが散った理由を知る必要がある」
「理由」
「ああ
これまで、敵サーヴァントが強力であると、左翼陣営は見てきた
だが実際に戦いを見て実感した
これは明らかにマスターの質だ」
けれど、詩絵李を殺したあの剣は紛れもなくサーヴァント自身の宝具がなせる技なのではないか。
意見する前にセイバーは言う。
「マスターが如何に戦闘に適応できるか
冷静に事象を対処できるか
そして、自身が持つ魔力をどう扱えるか」
優しく包帯まみれの手を握った。
そこで伝わるのはセイバーと私は魔力で繋がれていることだった。
どちらが繋げているのか、はたまた私が縋っている側なのかはわからない。
けれど今握られているように、大きななにかが私を繋ぎとめていた。
「一昼夜でどうこうできる問題ではない
だから今までの陣営はサーヴァントの持ちうるすべてで戦術を練った
いずれにせよあと一歩、届かなかったのは、マスター自身だ」
それが真実だとすれば、今の私は絶望的なのではないか。
体も上手く動けない。痛みが全身を覆い思考を妨げる。
「けれど、カズマ
カズマには多くの魔力がある
付け焼き刃でもこれは大きな武器だ
魔力の扱い方を知るだけでも大きな一歩だ」
ゆっくり手をおろし、大きくて分厚い手は離れた。
「加えて、アキミという少なくとも魔術に通じている者もいる」
「…ライダーの情報はどうするの」
微笑みとは違う、強気の笑みだ。
セイバーはいろんな顔して笑う。
決して私を安心させようだとかそのような意図は片鱗もない。
そうさせる自信があるのだ。
「少なくとも、俺は初見の相手に上を取られるような騎士ではない
その隣にカズマがいるのなら、尚更」
それに思わず信頼を寄せてしまった。
心から人を疑うことなく、ただそうあるべくしてあるように、セイバーという騎士はそういうものなのだ。
心にすとんと落ちてきて、とても居心地が良かった。
「……手………あったかかった……」
それだけ言えばまたセイバーは優しくすくいあげてくれる。
そういう存在なのだ。
私を卑下するでもなく、ただ対等に、純粋に私の生存をかけて戦える人間なのだ。
そしてこうして暖かな手が私という存在を留めている。
こんな手を覚えている。
優しさと言うものも。
壊れていない瞳からぼろぼろと涙が出てくる。
この感情は何かはわからない。
理由もよく分かっていない。
ただ初めて、私は守られ、だれかのそばにいて、こんなに暖かいものを甘受していいのだと身に染みて理解できた。
◆
そういうわけで買い出しから戻ってきた秋巳に魔術のことを聞くと妙な顔をして首を振った。
「俺は魔術師というよりは魔術使いで、しかもそのドベ、下っ端、モブ」
「モブ」
「自分で言ってて悲しくなるが、魔術については詳しいわけじゃないし
むしろ俺の知り合いのほうが天才的なくらいだ」
「呼んでよ」
「アホか!?あの人だって絶対無理だと笑顔で言うね!」
少なくとも1週間で簡単な魔術の習得はできないということだった。
「だがお前のアホみたいな魔力量、操作自体が難しいだろうよ
術式に当てはめようとすれば魔力の大量投下で大失敗、術式が跳ね返ってくるのが目に見えるぜ」
「……ふうん」
「だが、少なくともカズマには何か一つ武器を身につけてほしい」
そもそも魔力とは何なのか、まずはそこからだ。
基礎中の基礎、皆当たり前のように口にする魔力というものがイマイチぴんとこない。
「魔力は人間の神経みたいなもんだ
血液とでも思えばいい
体に魔力が流れる回路…魔力回路っつーのがあって平たく言えばそこから魔力が作られたり、出したり…
ただお前は例外だからな!?生まれつき回路の本数は決まってる上に大量に生み出すことなんざできない!
正直化け物クラスだ!」
「これでも監禁中に魔力絞り取られてたほうなんだけど」
「だから化け物クラスだって言ってるだろ
ともあれ、今すぐに覚えられる魔術より、魔力砲やら何やら出した方が手っ取り早い」
秋巳は冗談半分、呆れ半分で適当な言葉を言った。
そんなことわかっているのだが、ふと右翼セイバーのあの魔力の塊をぶん回すような宝具を思い出した。
流石にあそこまで魔力を出してしまえば魔力の出し過ぎで死ぬのでは?と感じる。
「ただ、身の丈に合わない魔術はそれなりに代償を支払うことは確かだ
聞いた話じゃ左翼陣営のマスターは魔術師が1人しかいないんだろ?
1週間で魔術が覚えられるなら今頃魔術そのものの神秘も消えてるはずだ」
ちょっとなに言ってるかわかんない。
だが秋巳の話を集約すると、私には魔術など無理だということだ。
ならばどうすべきか、次の可能性を考えるも思い浮かばず詰んだ。
「ならば、知恵を貸してくれ
カズマが生き残る方法を
少なくとも後5日で万全な状態になり得るとは思えない」
セイバーの頼みに、秋巳は唸る。
それから、その頼みとは裏腹な話を始める。
「魔術回路の話は覚えてるか」
正直口にするのも嫌だという表情だ。
その意味は後で知ることとなる。
「とある魔術師が決闘に敗れた
まぁ、魔術師っていうのは己の魔術の研鑽のためにトラブルさえあればそれを火種に魔術師同士の決闘なんかもやる生き物だ
その決闘の跡を消すのが俺の役目でもあったが
珍しくその魔術師は生きていた
だがそいつにとっては生き地獄だ
全ての誇りだけじゃなく、これまでの歴史をズタズタに殺されたんだからな」
魔術という存在を知れば知るほど、特段異質であると感じることはなかった。
だが、秋巳のその口から出る決闘の話は私に武器を与えたに等しいものだった。
◆
左翼陣営がとある廃墟に集められていた。
生き残っているランサー、アーチャー、ライダー、渋々ついてきたバーサーカーだ。
ここにはセイバーの姿はなく、それに対して誰も違和感を抱かなかった。
あの満身創痍で来られるはずがないと分かっていたからだ。
「みんなを集めたのは他でもない
右翼に…いや、敵に2人も殺された
これからは本格的に身を守る行動を取ってもらおうと考えている
……いいや、僕のツメが甘かったせいだ」
切敷はそう言って、静かに謝った。
「そ、そんな
切敷さんのせいじゃありません
だって実際に殺したのは……」
無津呂は言葉を濁したが、右翼が最大の敵であると表現したも同然だった。
切敷とともに行動をしていたアーチャー陣営は必然とキャスター陣営とも接触が多かった。
その分アレクシが死んだと言う事実に昨晩目を腫らしていた。
「ですが、身を守ると言っても
敵は私たちよりこの戦いを遥かに熟知しているように思えます
そんな相手に我々は生き残ることができるのでしょうか…」
「ヴィクトルさんの疑問も最もだ
だが、発想を逆にしてみよう
これまで私たちの仲間…詩絵李さんとアレクシくんが無残に殺されている
…それだけで、敵のマスターと全面対決する理由にならないかい」
切敷の声を遮るようにバーサーカーのマスター、ミカエルが叫んだ。
「ちょっと待て!それは、俺たちに人殺しをしろと言っているのか!!?」
「孤立して死にたいのなら自由にするといい
僕がみんなにこう話すのは、皆生きる意志があるからだと思っているからだ」
誰もが沈黙をする。
皆あのように無残に死にたくはないという意思表示をしているようなものだ。
あくまで自分の身を守るという名目のもと、相手を、人間を殺すという認識をするにはあまりにも原始的過ぎる。
だが原始的であればあるほど人は抗えない。
サーヴァントでさえも、そのようなことになるのではないかと危惧していた。
相手は望んで戦い、こちらは巻き込まれただけの元一般人。
そんな彼らに遠慮をして“当たり前の作戦”は封じていた。
「けどまぁ、俺は降りるぜ
なぁマスター」
「へっ!?」
「したくもねぇことするより、せっかくまだ味方がいるわけだ
戦いに備えて研鑽するなりなんなり、そっちの方がよっぽど合理的だ
都合のいいことに敵さんも第1回戦に比べて動きが落ち着いてる
お前さんが何を狙っているのか、さっぱりだが…
俺は俺の直感と、マスターを信じる」
アーチャーはまるで世間話のようにはっきりと意見を言った。
いつものさわやかな目つきだが今だけは切敷の全てを貫く矢のようでもある。
「それで秋ちゃんが死んでしまってもかい?」
「これでも英雄だ
意地を通して守り抜くさ
それにな、次のセイバーの戦い、不謹慎だが期待してるんだぜ
あのセイバーも、あのマスターもタダじゃ終わらねぇはずだ
それを見てからでも、遅くはないと思うぜ」
ヴィクトルが勇気を振り絞るように胸の前で両手を組む。
「わ…私も
人を殺すというあまりにも冒涜的行為に身を置ける自信はありません
確かに、何も分からぬまま死ぬのは恐ろしいでしょう
ですが、自分の生存のために他者を糧にしてしまったら、運良く生き残ったとしても、私は自分を恥じるでしょう」
「ええ、マスター
マスターならそう言うと信じていました
守護騎士の名にかけて、全ての邪悪を退けましょう」
ミカエルは息を吐いて眼鏡を押し上げる。
「俺だって死にたくない
だがお前たちに協力しなければ巻き添え食らって死ぬと昨日のアレでわかった…が、そこまで決心が付いたわけじゃない
俺もあのJAPの戦いを見て腹を括ろうと思う」
切敷は深い眉間のシワを和らげた。
仕方がない、と逆に説得されられたような気分だ。
「少なくとも次の対戦者である一真ちゃんに頑張って貰わないといけないと言うことだね
ヴィクトルさん、これから次の戦いについて一真ちゃんと話がしたいのだけれど…」
ぎく、と分かりやすいほど表情に感情が出た。
いいや、自分の表情など、懸念できるものではない。
ヴィクトルはそのまま言葉を濁していた。
だがこのままではカズマが秋巳大輔という刑事と行動を共にしているとバレてしまう。
咄嗟にライダーが口添えをした。
「実は…我々を気にかけて出て行ってしまわれたようです」
「……な……はぁ!?」
流石の切敷も目を丸くさせる。
ライダーもこの表現では嘘は言っていないことになる。
ヴィクトルもまたなんとか誤魔化すことが出来たと胸をなでおろした。
「い、今はどこに!」
「セイバーは身隠れの外套を持っています
それで我々に気づかれないうちに出て行ったので行き先までは」
「単独行動ほど危ないものはない!
アーチャー、すまないが君の目を借りたい!今すぐ一真ちゃんを探してほしい!」
「その程度なら問題ないが
じゃあ早速行ってみるぜ
来いマスター」
呼ばれた無津呂は若干嫌そうな顔をしたが、すぐ近づいて夜空の街を飛んだ。
それまで朗らかな表情をしていた切敷が一転して焦り始めた。
その態度の変化に気づかない者はおらず、不振だと思わずにはいられなかった。