闇が見つけたもの
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本日が終わればキャスターとバーサーカーの戦いが始まる。
とはいえ相手の真名が分かっている、そして知名度の補正は期待できない。
となれば前回よりも勝ち目のある戦いといえよう。
「結局、その戦いはどこで行われるんだ」
秋巳の質問には首をかしげる。
事実具体的な回答はできないからだ。
サーヴァントたちもそこが結界の中なのか、あるいは聖杯が作り出した空間なのかは要領を得ない。
しかし全参加者とサーヴァントがそこに強制的に連れ込まれるのは確かだった。
「なんつー雑な…」
秋巳が呆れるのもわかるが確かめようがないことを知ろうとするには余裕がない。
次の戦いに備えることで手一杯なのだから。
「逆におじさんにとっては安心かもよ
狙われない唯一の夜なんだし」
皮肉っぽく言ってみせた。
子供の言葉に苛立ち、睨みつける。
自ら首を突っ込んだことではあるが、それでもカズマにバカにされる謂れはないと表情で物語っていた。
そこでふとヴィクトルが何か思いついたような声を出した。
『どうしました』
ライダーが尋ねると口ごもる。
今まで口を出さなかったのは、警官を縛り、脅し、無理に協力させるという言うなれば良識的に良くない行為の連続だったからだろう。
今、言いよどんでいるのもその影響だと思われる。
ともあれ全員の視線を浴びる中…否、ヴィクトルの言葉を待つ沈黙に耐えきれなくなったのかポツリと言葉を漏らした。
『…いえ…あの……全員があの空間にいるならば…
あちらの方々がどこを拠点にしているのか…など…わかるのではと…』
通訳されたヴィクトルの提案に、思わず感嘆が漏れる。
「やったねおじさん仕事だよ」
「まっ、まさか、俺に調べろって!?」
「それこそテロリスト?が参加してるならその名目で調べられるじゃん」
「相手は化け物じみた魔術師だぞ!それこそサーヴァントがついてなきゃ確実に俺が死ぬ!」
つまりは、相手は魔術に長けているのだから無防備になった拠点にも何かしらの防御結界が張られていると言う。
しかも今の今まで、切敷という魔術師が居ながら未だに相手の拠点を特定できていないのは、敵に明らかな魔術師…それこそロードに匹敵するほどの人間がいるとの見解だ。
「ろーど?」
「はぁ………こんな素人集団に巻き込まれて死ぬオチなのか俺…」
だがそれができればこの戦争最短かつ手軽に戦果を挙げることができるであろう。
このような強制されたデスゲームも終われる。
『ですが…不意打ちのようなこと…わたしには…』
この世の善性しか知らないヴィクトルはそんなことばかり言っていた。
この世の悪性ばかり浴びたカズマにとっては苛立ちを覚えるが、逆にその善性によって今こうして身を休められる場所がある。
口を閉じて無反応を通した。
『マスター、戦いを安全かつ速やかに終わらせるためには必要な行為です。
次に我々ライダー陣営が出るとも限りません』
『……ええ…はい…』
この会話を通訳なしで聞いていた秋巳もため息をついた。
「こんなわざと負けるように仕組まれた聖杯戦争、誰が得をするんだか…」
そんなことをぼやいた。
そして椅子から腰を上げた。
「いいか、できる限りだぞ
できる限りでお前らの求める情報仕入れてくる
敵連れて帰っても文句言うなよ」
保険のような口上を垂れて秋巳はマンションを出た。
「…5キロ圏内はアキミの行動を尾行し、その後は目視で追う
敵マスターが手練れであるならばアキミの存在を知られるのも時間の問題だ」
「いってらっしゃい」
包帯の手をひらひらと振る。
セイバーならそう言うと思っていたからだ。
すぐに姿を消し、秋巳の尾行に移る。
◆
君は過去にいろいろあったようだね。
そんなことを言われた。
日本人で、かつ今の俺たちの救世主。
キリシキさんは取り乱していたこの陣営をまとめていたし、本人だって驚いていたはずなのにほんの一瞬で事態を把握して俺たちに伝えた。
端的に言えば、すごい人、だ。
そんな姿に単純に尊敬したし、こうありたいと思った。
そしてそんな人の助けをしていれば自分も、キリシキさんのようになれるのではないかと思っていた。
「え?」
「いや、なに、噂を耳にしてね
僕は魔術師だからその方面にいろいろと情報を仕入れることもある
今回耳にしたのは君のことなんだよ」
キャスターが左翼陣営の陣地作成を行なっている時だ。
ふとそんなことを言うものだから冷や汗が出た。
むき出しの内臓を見られた気分になり、顔をそらす。
「軽蔑なんかはしないさ
魔術師はそういうことをする人間だ
むしろ日常茶飯事だ
君はサーヴァントを使役するだけの魔力量がある
きっと魔術師に向いていると思うけどね」
「い、いや、あの、俺…」
「血だって本当は怖くないんだろう」
フラッシュバックして蘇る。
どれもこれも女の四肢がうなだれて放置され、あんなに艶かしいそれがただただ卑しく、無情にも汚いと思うのは本体と切り離されたからだろう。
「マスター?」
キャスターが話しかける。
女の声に思わず耳を塞ぐが、意識を持ち直した。
「一体どうしたというのですか
結界の設置は完了しました
ここはよほどの魔術師でない限り突破されることのない安全地帯であるはずです
なぜそのように汗をかいているのですか」
「や、えっと、別に、なにも…」
「………この私に、ファラオに隠し事とは何たる不敬
こちらへ来なさい!」
「ええっ!?」
周囲のマスターもまたか、なんて顔で俺たちを見て笑っている。
だが無理やり引っ張るキャスターの手が優しくて、現実に俺を留めて、離さなかった。
どうして俺に優しくしてくれるのだろう。
なぜ同盟者と言って対等に見ているのだろう。
俺は犯罪者だというのに。
実のところ、興奮したのだ。
あの包帯まみれの女を見て。
それだけではない。
教会を襲撃され、それからあの女が血まみれで苦しそうにしていた時も。
見るなと自分に言い聞かせてはいたがもっと血まみれにさせたかった。
セイバーが早々に部屋へ連れていかなければ俺が連れて行くと偽の正義感を出してナイフで深く刺し殺していたところだった。
キャスターはまるで俺の正体を見破るように言った。
あなたは人とは違うと。
だれも見抜けなかったその特殊な性癖を露見されたのだ。
正直、嬉しいのか、恥ずかしいのかわからない。
ただこの性癖は一般常識とかけ離れており、世間に植え付けられた『普通』が辛うじてそれを抑えていた。
「俺、やっぱり、違うのか、っていうか、この中で一番ヤバかったりして」
「何故です
それを抑えている同盟者はまだ通常の人間です」
「あ[D:12316]…その……一人…勢い余って……殺したんだよ…マジでやべーって…」
あの時の快感は恐怖を覚えるほどだった。
だから俺は金輪際これを表に出すことはないように、自分で鎖をかけたのだ。
実際この事件は父親がもみ消し、その事に余計恥を覚えた。
「………キャスター、悪いけど、この話するとまた“ぶり返す”から」
「…人ですらない未熟者でしたか」
返す言葉もない。
だからこそ、あの事を思い出して何度も呟きそうになっていた。
今こそ言葉にできる。
「きっと罰なんだ」
2人に見抜かれたのだ。
胸の内くらい話しても誰も咎めやしない。
「罰などと
そのようなことを言う暇があるのならば償いなさい」
「だって、相手死んでるんだぜ
俺だって死ぬのが当然…いでっ!?」
「軽々しく言葉にするものではありません!
良いですか
このファラオを召喚し、そして5日後、決戦の時!
そのような心づもりで何とするのです!」
俺のために言ってくれているのはわかる。
だが、それを心に留めるにはあまりにも眩すぎて、何度も捨てた。
そうすると淀みだけがより強く見えてきて、俺は人でなしだと、『普通』が揶揄する。
キリシキさんが言っていた。
血なんて本当は怖くないんだろう、と。
ああ、大好きだ。
女の柔肌に曲線を描いて滴る赤い線が好きだ。
波を浮かび上がらせテラテラと白く反射するそれが美しくて堪らない。
けれどもキャスターという光がそれを否定して、事実上板挟みになっていた。
◆
第2回戦。
気がつけばいつもの黒い空間にいて、ぽつんとキャスターのマスター…アレクシが座り込んでいた。
私とは直接話したことがないため遠くからでしか見ることができない。
話しかける意味もあるのかわからない。
「…すでに、ここはあの場所なのですか?」
ヴィクトルの言葉にライダーは言葉にして肯定した。
アレクシもいると言えば彼らに寄り添うように近づく。
私も同乗してついていった。
「あ…ヴィクトルさん」
その声は諦めというより傍観の声だ。
あえて何も考えず淡々と時間が過ぎるのを待つような。
「私は盲目の身で、あなたの戦いを見届けられませんが…常に神に勝利を祈っています」
キャスターはじっと彼らを見つめるだけで何も言わない。
これから先のことに集中しているのかもしれない。
ただ、直感的に思ったことが一つ。
第1回の戦いほど、今週は左翼と右翼の小競り合いはなかった。
つまり、相手はこちらの戦力も手の内も見据えられているだろう。
だからこそ余計な手を出すこともなくただ1週間が過ぎるのを待っていた。
このキャスターたちは、負けるのではないかと不謹慎な確信を覚えた。
「…なあ、センセ」
「はい?」
「神さまっていんの?」
「貴方が信じれば…と、以前なら言っていましたが
このような事態ともなれば神は本当にいるのでしょう。きっと」
ヴィクトルの言葉には、我々一般人にも頷けるものがあった。
傍にいる超常的存在がその証明だ。
だが逆に思うところもある。
その思考を口にしたのはやはりアレクシだ。
「じゃあ…なんで俺は…」
その後の言葉は紡がれなかった。
俺はこんな目にあっているのか。または助けてくれないのか、救ってくれないのか。
神がいるとなれば人間は救われるべきだろう、きっとこの地球上で過酷な戦いを強いられている私たちが救われるに相応しいと。
だが神がわざわざそんなことをしてくれるなどありえない。
「神はいるかもしれないけど助けるわけないよ」
思わずポツリと呟く。
「じゃあなんで私はこんなに傷だらけなのか、ヴィクトルさんは盲目なのか、あんたは今聖杯戦争に巻き込まれてるのか
それが証明してるでしょ」
「じゃあ何のために神っているんだよ
意味わかんねーよ」
「人それぞれでしょ」
神が人を助けない理由など考えたってそれは現実逃避と一緒だ。
「それより、今からでもキャスターと考えた方がプラスになると思うけど」
そう言ってアレクシはキャスターに視線をやる。
「俺…」
「私の目になりなさい同盟者
私を通じて全体を見通しなさい
それが私のマスターたる使命です」
ようやく口を開いたキャスターはそう言い放ったが、瞳はただアレクシを見つめていた。
1人の人間をそのまま受け入れるような視線だ。
「我が真名はニトクリス
ファラオであり天空神の化身
かつて復讐のために人を殺し自死した者
同盟者よ、私も同じなのです」
ファラオ、ニトクリスの言葉にどのような意味が含まれていたかはわからない。
しかし彼女のマスターがぐっと拳を作り、何度も頷いて、それから立ち上がった。
「ありがとう、キャスター」
「そう、前を向きなさい
目をそらすことはあってはなりません」
◆
中央にルーラーが現れる。
そうして意を決したキャスター陣営も中央の空間へと誘われた。
対する右翼のバーサーカー…金髪の大男に、その半歩後ろから小さな少女が現れる。
「よお、互いに運がなかったな」
バーサーカーは苦笑した。
今一度よく考えればあれが坂田金時と言われてもピンとこないしまさか別の真名があるのではと切敷を見やったが、いたって真面目に中央の様子を見ていた。
「あんたの…マスター、小さいんだな」
アレクシがぼそりと呟く。
「…さてな」
ほんの少し肩をすくめた。
そこでルーラーが旗を掲げた。
『これより2回戦
左翼・キャスター対右翼・バーサーカー
両者は前へ』
チリ一つすらなかった決戦の舞台は砂漠となった。
隠れるところなどなく、ただ広大な、絶望するほどの砂が再現されていた。
『聖杯戦争---開始!』
キャスターたちは無論下がる。
接近戦のスペシャリストに果敢に応じるわけにはいかない。
とはいえ遠距離戦の手練れにそれを許すわけにもいかなかった。
私から見ればハンマーのような、斧のようなそれを振りかざしてキャスターを狙う。
魔術を使い一瞬だけ防御して受け流す。
だがバーサーカーの力を感じるには十分な一振りだった。
稲妻が走り、砂漠を巻き上げて砂嵐となった。
「キャスター!」
「狼狽えてはなりません!」
幸いバーサーカーはアレクシを積極的に攻撃しているわけではなさそうだ。
嵐が互いの陣営の姿を一瞬だけ隠したがその後やはり突出してきたのはバーサーカーだ。
キャスターもそれを受け流すだけではなく、斧の合間を縫うかのように使い魔を繰り出した。
さらに絶え間なく、魔力がある限り手数を増やすためエジプト由来の存在を喚び出し続ける。
それらをちり芥のように吹き飛ばせどもキャスターたちとの距離は少しずつ開いていく。
攻撃手段が多彩なキャスターが勝っている状況だ。
対してバーサーカーはマスターである子供を守らなければならない。
防戦一方だ。
「一度に畳みかけます!」
さらに浮かび上がるは暗黒の鏡。
それが何なのかわからずとも鳥肌が立つほどのおぞましい存在であると、素人でもわかる。
あれは深く見てはいけないものだ。
「おいおい、シャレにならねぇ鏡だなそりゃ!」
「天空神ホルスの化身の御業、その身で受ける喜びに打ちひしがれなさい」
ずるりと鏡から這い出る。
亡者の呻きとともに呪いが具現化したような死霊を波のように吐き出していた。
バーサーカーという高火力の敵に勝るには数しかない。
それははなからわかっていたことだった。
そのためにキャスターはここまでの流れを読んでいた。
「マスター!オレから離れるなよ!それくらいは通じるよな!?」
幼い子供はバーサーカーにぴたりとくっついていた。
「そっちがその気ならこっちも全力でいかなきゃなぁ!!」
帯電している斧からカートリッジを解放。
キャスターも死霊と使い魔の軍隊を喚び出すという圧倒的な力を見せていたがバーサーカーもバーサーカーだ。
3本のカートリッジがセットされただけで、雷の余波がうまれる。
それだけで周囲の使い魔が消滅させられた。
「---黄金衝撃!!」
斧を前方に向け、放たれる雷。
むしろあの男そのものが稲妻を保有しているかのようだった。
砂を巻き上げ、使い魔を蹴散らしながら雷電がキャスターへ向かう。
砂漠がまたもや視界を覆う。爆発と轟音が聴覚をも妨げた。
その中でもやはり見えたのは、キャスターが呼び出した使い魔すべてが消滅したことだ。
左翼アーチャーのマスターである無津呂が息をのむ。
デジャヴだ。
同じような攻撃でアサシン陣営は死んだのだから。
バーサーカーがサングラスを指先で位置を合わせながら周囲を見渡す。
「その程度の宝具で私を倒せるとでも?
哀れ、余りにも哀れですね」
上空を制していたのは先ほど倒されたと思い込んでいたキャスターだ。
背後に鏡、そして黒き神、アヌビスまでもを喚び出していた。
「屍の鏡。暗黒の鏡。扉となりて、恐怖を此処へー--冥鏡宝典!」
さきほどの倍だ。
死霊が空を、砂漠を覆う。
大挙となりたった一人と子供を襲った。
バーサーカーは次々にカートリッジを展開し、装填しながらもそれらを撃ち払う。
「私がただ召喚していただけと思っていたのですか?
あなたが相手取るは地に君臨する支配者、神へと昇る存在・ファラオ
いつまでその雷が保つか、見届けましょう」
長い闘いだった。
短期決戦型でもあるバーサーカーはなによりマスターの魔力を使う。
もともと子供の魔力がバーサーカーを現界し続けるに足る供給を行っていても燃費が悪い。
高火力の斧はカートリッジを消耗し、宝具に対してただの農具をふるっているだけのように思えた。
バーサーカーはキャスターに戦術で負けた。
砂の地に降り立つキャスターと、それまで魔術で完璧に隠蔽していたマスター・アレクシが現れる。
「子供の命までは取りません
さぁ、最後に残すことは」
肩で息をする。
バーサーカーもありとあらゆる手を尽くしていたのか両腕が赤く変色している。
兎にも角にも、何をしていたのか、何になりかけていたのか、もう知ることはないだろう。
「そんな暇はねぇ
やるならさっさとしたほうがいい」
汗をにじませ早口で言う。
その言葉に応じてキャスターは杖を最後に構えた。
サーヴァントに人間の急所が当てはまるかはわからない。けれどその切っ先が金髪の頭を狙っていた。
この戦い、こちらの勝ちだ。
見ている左翼陣営のマスターの手が安堵によって力が抜かれる。
「かはっ」
キャスターの後ろで血を吐く人間がいた。
そのまま、振り返る。
「え……?」
子供の脚は蛍光の色に覆われ、魔術を使っていることがわかった。
それから片手にもっていたナイフを、おもちゃを捨てるように砂漠に投げた。
「きゃ…きゃす、た」
服を赤く染めてアレクシはキャスターにすがるように手を伸ばしていた。
しかし体が無残に背面へ倒れる。
「アレクシ!!!」
キャスター・ニトクリスがその体を支えようと追いかけて抱きしめる。
何が起こった?今の一瞬で、キャスターを欺くほど、いや知覚できない魔術を使ってマスターを狙った?
そんなことあの子供に可能なのか?
「な、なぜ
子供に、殺しをさせるのが、貴様のやり方か!」
怒りの慟哭が空間を揺るがした。
バーサーカーは何も言えない。ただ否定ができずに沈黙せざるをえなかった。
「アレクシ!ああ、あ、血が…!
すぐ、止まります、私を見なさい!目をそらしてはいけません!」
褐色の優しい手が腹部を抑えるがその傷口が閉じることはなかった。
魔力がないのだ。
どうしよう、と小さくつぶやく彼女は弟を失う姉のようで。
「や、…やっぱ…俺……罰が…」
「その罪から逃れるために罰を、死を受け入れるなどあってはなりません!
生きなさい!アレクシ!生きて、生きて………」
ニトクリスの体が金色の粒になっていた。
しかし左翼陣営を一度もみることなく、ただただ守れなかった命を呆然と見つめながら消滅した。
支えられていた体がドサリと砂漠に横たえ、ルーラーが現れる。
『左翼・キャスター消滅、マスターの死亡を確認。
右翼・バーサーカーの勝利』
砂漠の幻想は消え、残るものなどこちら側にはなかった。
私の手は不思議と震え、無意識にセイバーの袖を握っていた。
『次の対戦カードを発表します』
左翼のマスターはカズマと切敷を除いて悲鳴を上げた。
この2回の戦いで確信したのだ。
魔術を使うマスターと、そのサーヴァントに勝てないと。
『第3回戦
右翼・ライダー
左翼・セイバー』
セイバーは私の手を握った。
何も話すことはない。
ただその動作だけで、セイバーの誓いが立てられたように思えたからだ。
とはいえ相手の真名が分かっている、そして知名度の補正は期待できない。
となれば前回よりも勝ち目のある戦いといえよう。
「結局、その戦いはどこで行われるんだ」
秋巳の質問には首をかしげる。
事実具体的な回答はできないからだ。
サーヴァントたちもそこが結界の中なのか、あるいは聖杯が作り出した空間なのかは要領を得ない。
しかし全参加者とサーヴァントがそこに強制的に連れ込まれるのは確かだった。
「なんつー雑な…」
秋巳が呆れるのもわかるが確かめようがないことを知ろうとするには余裕がない。
次の戦いに備えることで手一杯なのだから。
「逆におじさんにとっては安心かもよ
狙われない唯一の夜なんだし」
皮肉っぽく言ってみせた。
子供の言葉に苛立ち、睨みつける。
自ら首を突っ込んだことではあるが、それでもカズマにバカにされる謂れはないと表情で物語っていた。
そこでふとヴィクトルが何か思いついたような声を出した。
『どうしました』
ライダーが尋ねると口ごもる。
今まで口を出さなかったのは、警官を縛り、脅し、無理に協力させるという言うなれば良識的に良くない行為の連続だったからだろう。
今、言いよどんでいるのもその影響だと思われる。
ともあれ全員の視線を浴びる中…否、ヴィクトルの言葉を待つ沈黙に耐えきれなくなったのかポツリと言葉を漏らした。
『…いえ…あの……全員があの空間にいるならば…
あちらの方々がどこを拠点にしているのか…など…わかるのではと…』
通訳されたヴィクトルの提案に、思わず感嘆が漏れる。
「やったねおじさん仕事だよ」
「まっ、まさか、俺に調べろって!?」
「それこそテロリスト?が参加してるならその名目で調べられるじゃん」
「相手は化け物じみた魔術師だぞ!それこそサーヴァントがついてなきゃ確実に俺が死ぬ!」
つまりは、相手は魔術に長けているのだから無防備になった拠点にも何かしらの防御結界が張られていると言う。
しかも今の今まで、切敷という魔術師が居ながら未だに相手の拠点を特定できていないのは、敵に明らかな魔術師…それこそロードに匹敵するほどの人間がいるとの見解だ。
「ろーど?」
「はぁ………こんな素人集団に巻き込まれて死ぬオチなのか俺…」
だがそれができればこの戦争最短かつ手軽に戦果を挙げることができるであろう。
このような強制されたデスゲームも終われる。
『ですが…不意打ちのようなこと…わたしには…』
この世の善性しか知らないヴィクトルはそんなことばかり言っていた。
この世の悪性ばかり浴びたカズマにとっては苛立ちを覚えるが、逆にその善性によって今こうして身を休められる場所がある。
口を閉じて無反応を通した。
『マスター、戦いを安全かつ速やかに終わらせるためには必要な行為です。
次に我々ライダー陣営が出るとも限りません』
『……ええ…はい…』
この会話を通訳なしで聞いていた秋巳もため息をついた。
「こんなわざと負けるように仕組まれた聖杯戦争、誰が得をするんだか…」
そんなことをぼやいた。
そして椅子から腰を上げた。
「いいか、できる限りだぞ
できる限りでお前らの求める情報仕入れてくる
敵連れて帰っても文句言うなよ」
保険のような口上を垂れて秋巳はマンションを出た。
「…5キロ圏内はアキミの行動を尾行し、その後は目視で追う
敵マスターが手練れであるならばアキミの存在を知られるのも時間の問題だ」
「いってらっしゃい」
包帯の手をひらひらと振る。
セイバーならそう言うと思っていたからだ。
すぐに姿を消し、秋巳の尾行に移る。
◆
君は過去にいろいろあったようだね。
そんなことを言われた。
日本人で、かつ今の俺たちの救世主。
キリシキさんは取り乱していたこの陣営をまとめていたし、本人だって驚いていたはずなのにほんの一瞬で事態を把握して俺たちに伝えた。
端的に言えば、すごい人、だ。
そんな姿に単純に尊敬したし、こうありたいと思った。
そしてそんな人の助けをしていれば自分も、キリシキさんのようになれるのではないかと思っていた。
「え?」
「いや、なに、噂を耳にしてね
僕は魔術師だからその方面にいろいろと情報を仕入れることもある
今回耳にしたのは君のことなんだよ」
キャスターが左翼陣営の陣地作成を行なっている時だ。
ふとそんなことを言うものだから冷や汗が出た。
むき出しの内臓を見られた気分になり、顔をそらす。
「軽蔑なんかはしないさ
魔術師はそういうことをする人間だ
むしろ日常茶飯事だ
君はサーヴァントを使役するだけの魔力量がある
きっと魔術師に向いていると思うけどね」
「い、いや、あの、俺…」
「血だって本当は怖くないんだろう」
フラッシュバックして蘇る。
どれもこれも女の四肢がうなだれて放置され、あんなに艶かしいそれがただただ卑しく、無情にも汚いと思うのは本体と切り離されたからだろう。
「マスター?」
キャスターが話しかける。
女の声に思わず耳を塞ぐが、意識を持ち直した。
「一体どうしたというのですか
結界の設置は完了しました
ここはよほどの魔術師でない限り突破されることのない安全地帯であるはずです
なぜそのように汗をかいているのですか」
「や、えっと、別に、なにも…」
「………この私に、ファラオに隠し事とは何たる不敬
こちらへ来なさい!」
「ええっ!?」
周囲のマスターもまたか、なんて顔で俺たちを見て笑っている。
だが無理やり引っ張るキャスターの手が優しくて、現実に俺を留めて、離さなかった。
どうして俺に優しくしてくれるのだろう。
なぜ同盟者と言って対等に見ているのだろう。
俺は犯罪者だというのに。
実のところ、興奮したのだ。
あの包帯まみれの女を見て。
それだけではない。
教会を襲撃され、それからあの女が血まみれで苦しそうにしていた時も。
見るなと自分に言い聞かせてはいたがもっと血まみれにさせたかった。
セイバーが早々に部屋へ連れていかなければ俺が連れて行くと偽の正義感を出してナイフで深く刺し殺していたところだった。
キャスターはまるで俺の正体を見破るように言った。
あなたは人とは違うと。
だれも見抜けなかったその特殊な性癖を露見されたのだ。
正直、嬉しいのか、恥ずかしいのかわからない。
ただこの性癖は一般常識とかけ離れており、世間に植え付けられた『普通』が辛うじてそれを抑えていた。
「俺、やっぱり、違うのか、っていうか、この中で一番ヤバかったりして」
「何故です
それを抑えている同盟者はまだ通常の人間です」
「あ[D:12316]…その……一人…勢い余って……殺したんだよ…マジでやべーって…」
あの時の快感は恐怖を覚えるほどだった。
だから俺は金輪際これを表に出すことはないように、自分で鎖をかけたのだ。
実際この事件は父親がもみ消し、その事に余計恥を覚えた。
「………キャスター、悪いけど、この話するとまた“ぶり返す”から」
「…人ですらない未熟者でしたか」
返す言葉もない。
だからこそ、あの事を思い出して何度も呟きそうになっていた。
今こそ言葉にできる。
「きっと罰なんだ」
2人に見抜かれたのだ。
胸の内くらい話しても誰も咎めやしない。
「罰などと
そのようなことを言う暇があるのならば償いなさい」
「だって、相手死んでるんだぜ
俺だって死ぬのが当然…いでっ!?」
「軽々しく言葉にするものではありません!
良いですか
このファラオを召喚し、そして5日後、決戦の時!
そのような心づもりで何とするのです!」
俺のために言ってくれているのはわかる。
だが、それを心に留めるにはあまりにも眩すぎて、何度も捨てた。
そうすると淀みだけがより強く見えてきて、俺は人でなしだと、『普通』が揶揄する。
キリシキさんが言っていた。
血なんて本当は怖くないんだろう、と。
ああ、大好きだ。
女の柔肌に曲線を描いて滴る赤い線が好きだ。
波を浮かび上がらせテラテラと白く反射するそれが美しくて堪らない。
けれどもキャスターという光がそれを否定して、事実上板挟みになっていた。
◆
第2回戦。
気がつけばいつもの黒い空間にいて、ぽつんとキャスターのマスター…アレクシが座り込んでいた。
私とは直接話したことがないため遠くからでしか見ることができない。
話しかける意味もあるのかわからない。
「…すでに、ここはあの場所なのですか?」
ヴィクトルの言葉にライダーは言葉にして肯定した。
アレクシもいると言えば彼らに寄り添うように近づく。
私も同乗してついていった。
「あ…ヴィクトルさん」
その声は諦めというより傍観の声だ。
あえて何も考えず淡々と時間が過ぎるのを待つような。
「私は盲目の身で、あなたの戦いを見届けられませんが…常に神に勝利を祈っています」
キャスターはじっと彼らを見つめるだけで何も言わない。
これから先のことに集中しているのかもしれない。
ただ、直感的に思ったことが一つ。
第1回の戦いほど、今週は左翼と右翼の小競り合いはなかった。
つまり、相手はこちらの戦力も手の内も見据えられているだろう。
だからこそ余計な手を出すこともなくただ1週間が過ぎるのを待っていた。
このキャスターたちは、負けるのではないかと不謹慎な確信を覚えた。
「…なあ、センセ」
「はい?」
「神さまっていんの?」
「貴方が信じれば…と、以前なら言っていましたが
このような事態ともなれば神は本当にいるのでしょう。きっと」
ヴィクトルの言葉には、我々一般人にも頷けるものがあった。
傍にいる超常的存在がその証明だ。
だが逆に思うところもある。
その思考を口にしたのはやはりアレクシだ。
「じゃあ…なんで俺は…」
その後の言葉は紡がれなかった。
俺はこんな目にあっているのか。または助けてくれないのか、救ってくれないのか。
神がいるとなれば人間は救われるべきだろう、きっとこの地球上で過酷な戦いを強いられている私たちが救われるに相応しいと。
だが神がわざわざそんなことをしてくれるなどありえない。
「神はいるかもしれないけど助けるわけないよ」
思わずポツリと呟く。
「じゃあなんで私はこんなに傷だらけなのか、ヴィクトルさんは盲目なのか、あんたは今聖杯戦争に巻き込まれてるのか
それが証明してるでしょ」
「じゃあ何のために神っているんだよ
意味わかんねーよ」
「人それぞれでしょ」
神が人を助けない理由など考えたってそれは現実逃避と一緒だ。
「それより、今からでもキャスターと考えた方がプラスになると思うけど」
そう言ってアレクシはキャスターに視線をやる。
「俺…」
「私の目になりなさい同盟者
私を通じて全体を見通しなさい
それが私のマスターたる使命です」
ようやく口を開いたキャスターはそう言い放ったが、瞳はただアレクシを見つめていた。
1人の人間をそのまま受け入れるような視線だ。
「我が真名はニトクリス
ファラオであり天空神の化身
かつて復讐のために人を殺し自死した者
同盟者よ、私も同じなのです」
ファラオ、ニトクリスの言葉にどのような意味が含まれていたかはわからない。
しかし彼女のマスターがぐっと拳を作り、何度も頷いて、それから立ち上がった。
「ありがとう、キャスター」
「そう、前を向きなさい
目をそらすことはあってはなりません」
◆
中央にルーラーが現れる。
そうして意を決したキャスター陣営も中央の空間へと誘われた。
対する右翼のバーサーカー…金髪の大男に、その半歩後ろから小さな少女が現れる。
「よお、互いに運がなかったな」
バーサーカーは苦笑した。
今一度よく考えればあれが坂田金時と言われてもピンとこないしまさか別の真名があるのではと切敷を見やったが、いたって真面目に中央の様子を見ていた。
「あんたの…マスター、小さいんだな」
アレクシがぼそりと呟く。
「…さてな」
ほんの少し肩をすくめた。
そこでルーラーが旗を掲げた。
『これより2回戦
左翼・キャスター対右翼・バーサーカー
両者は前へ』
チリ一つすらなかった決戦の舞台は砂漠となった。
隠れるところなどなく、ただ広大な、絶望するほどの砂が再現されていた。
『聖杯戦争---開始!』
キャスターたちは無論下がる。
接近戦のスペシャリストに果敢に応じるわけにはいかない。
とはいえ遠距離戦の手練れにそれを許すわけにもいかなかった。
私から見ればハンマーのような、斧のようなそれを振りかざしてキャスターを狙う。
魔術を使い一瞬だけ防御して受け流す。
だがバーサーカーの力を感じるには十分な一振りだった。
稲妻が走り、砂漠を巻き上げて砂嵐となった。
「キャスター!」
「狼狽えてはなりません!」
幸いバーサーカーはアレクシを積極的に攻撃しているわけではなさそうだ。
嵐が互いの陣営の姿を一瞬だけ隠したがその後やはり突出してきたのはバーサーカーだ。
キャスターもそれを受け流すだけではなく、斧の合間を縫うかのように使い魔を繰り出した。
さらに絶え間なく、魔力がある限り手数を増やすためエジプト由来の存在を喚び出し続ける。
それらをちり芥のように吹き飛ばせどもキャスターたちとの距離は少しずつ開いていく。
攻撃手段が多彩なキャスターが勝っている状況だ。
対してバーサーカーはマスターである子供を守らなければならない。
防戦一方だ。
「一度に畳みかけます!」
さらに浮かび上がるは暗黒の鏡。
それが何なのかわからずとも鳥肌が立つほどのおぞましい存在であると、素人でもわかる。
あれは深く見てはいけないものだ。
「おいおい、シャレにならねぇ鏡だなそりゃ!」
「天空神ホルスの化身の御業、その身で受ける喜びに打ちひしがれなさい」
ずるりと鏡から這い出る。
亡者の呻きとともに呪いが具現化したような死霊を波のように吐き出していた。
バーサーカーという高火力の敵に勝るには数しかない。
それははなからわかっていたことだった。
そのためにキャスターはここまでの流れを読んでいた。
「マスター!オレから離れるなよ!それくらいは通じるよな!?」
幼い子供はバーサーカーにぴたりとくっついていた。
「そっちがその気ならこっちも全力でいかなきゃなぁ!!」
帯電している斧からカートリッジを解放。
キャスターも死霊と使い魔の軍隊を喚び出すという圧倒的な力を見せていたがバーサーカーもバーサーカーだ。
3本のカートリッジがセットされただけで、雷の余波がうまれる。
それだけで周囲の使い魔が消滅させられた。
「---黄金衝撃!!」
斧を前方に向け、放たれる雷。
むしろあの男そのものが稲妻を保有しているかのようだった。
砂を巻き上げ、使い魔を蹴散らしながら雷電がキャスターへ向かう。
砂漠がまたもや視界を覆う。爆発と轟音が聴覚をも妨げた。
その中でもやはり見えたのは、キャスターが呼び出した使い魔すべてが消滅したことだ。
左翼アーチャーのマスターである無津呂が息をのむ。
デジャヴだ。
同じような攻撃でアサシン陣営は死んだのだから。
バーサーカーがサングラスを指先で位置を合わせながら周囲を見渡す。
「その程度の宝具で私を倒せるとでも?
哀れ、余りにも哀れですね」
上空を制していたのは先ほど倒されたと思い込んでいたキャスターだ。
背後に鏡、そして黒き神、アヌビスまでもを喚び出していた。
「屍の鏡。暗黒の鏡。扉となりて、恐怖を此処へー--冥鏡宝典!」
さきほどの倍だ。
死霊が空を、砂漠を覆う。
大挙となりたった一人と子供を襲った。
バーサーカーは次々にカートリッジを展開し、装填しながらもそれらを撃ち払う。
「私がただ召喚していただけと思っていたのですか?
あなたが相手取るは地に君臨する支配者、神へと昇る存在・ファラオ
いつまでその雷が保つか、見届けましょう」
長い闘いだった。
短期決戦型でもあるバーサーカーはなによりマスターの魔力を使う。
もともと子供の魔力がバーサーカーを現界し続けるに足る供給を行っていても燃費が悪い。
高火力の斧はカートリッジを消耗し、宝具に対してただの農具をふるっているだけのように思えた。
バーサーカーはキャスターに戦術で負けた。
砂の地に降り立つキャスターと、それまで魔術で完璧に隠蔽していたマスター・アレクシが現れる。
「子供の命までは取りません
さぁ、最後に残すことは」
肩で息をする。
バーサーカーもありとあらゆる手を尽くしていたのか両腕が赤く変色している。
兎にも角にも、何をしていたのか、何になりかけていたのか、もう知ることはないだろう。
「そんな暇はねぇ
やるならさっさとしたほうがいい」
汗をにじませ早口で言う。
その言葉に応じてキャスターは杖を最後に構えた。
サーヴァントに人間の急所が当てはまるかはわからない。けれどその切っ先が金髪の頭を狙っていた。
この戦い、こちらの勝ちだ。
見ている左翼陣営のマスターの手が安堵によって力が抜かれる。
「かはっ」
キャスターの後ろで血を吐く人間がいた。
そのまま、振り返る。
「え……?」
子供の脚は蛍光の色に覆われ、魔術を使っていることがわかった。
それから片手にもっていたナイフを、おもちゃを捨てるように砂漠に投げた。
「きゃ…きゃす、た」
服を赤く染めてアレクシはキャスターにすがるように手を伸ばしていた。
しかし体が無残に背面へ倒れる。
「アレクシ!!!」
キャスター・ニトクリスがその体を支えようと追いかけて抱きしめる。
何が起こった?今の一瞬で、キャスターを欺くほど、いや知覚できない魔術を使ってマスターを狙った?
そんなことあの子供に可能なのか?
「な、なぜ
子供に、殺しをさせるのが、貴様のやり方か!」
怒りの慟哭が空間を揺るがした。
バーサーカーは何も言えない。ただ否定ができずに沈黙せざるをえなかった。
「アレクシ!ああ、あ、血が…!
すぐ、止まります、私を見なさい!目をそらしてはいけません!」
褐色の優しい手が腹部を抑えるがその傷口が閉じることはなかった。
魔力がないのだ。
どうしよう、と小さくつぶやく彼女は弟を失う姉のようで。
「や、…やっぱ…俺……罰が…」
「その罪から逃れるために罰を、死を受け入れるなどあってはなりません!
生きなさい!アレクシ!生きて、生きて………」
ニトクリスの体が金色の粒になっていた。
しかし左翼陣営を一度もみることなく、ただただ守れなかった命を呆然と見つめながら消滅した。
支えられていた体がドサリと砂漠に横たえ、ルーラーが現れる。
『左翼・キャスター消滅、マスターの死亡を確認。
右翼・バーサーカーの勝利』
砂漠の幻想は消え、残るものなどこちら側にはなかった。
私の手は不思議と震え、無意識にセイバーの袖を握っていた。
『次の対戦カードを発表します』
左翼のマスターはカズマと切敷を除いて悲鳴を上げた。
この2回の戦いで確信したのだ。
魔術を使うマスターと、そのサーヴァントに勝てないと。
『第3回戦
右翼・ライダー
左翼・セイバー』
セイバーは私の手を握った。
何も話すことはない。
ただその動作だけで、セイバーの誓いが立てられたように思えたからだ。