Bの行く先
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男の懐には警察手帳と、名前もしっかり書かれていた。
「秋巳…大輔…日本人か…」
痛みも引き、手足を縛られている秋巳という警官…いや、警部補は気絶している。
きっちり縛ったのはセイバーだが、表情がまだ強張っているように見えた。
『け、警察を縛ったのですか?』
『一時的にです
カズマさんに乱暴をしましたし、仲間に連絡されても困るでしょう』
ヴィクトルは警官を縛ったことに動揺している。
神父でありながら悪人同様の行為をしているのだから良心の呵責が生まれるのは当たり前だった。
「とにかく、この男をどうする
通常の聖杯戦争であれば、殺す、というのが定石だが……」
サーヴァントたちは多少悩んでも居た。
かたや聖人ライダー、かたやお人よしセイバー。
いくら私が痛めつけられたからといってすぐ殺せるはずもない。
「ねえ、思うんだけど…
こいつ、利用できると思う」
「どういう意味だ?」
「今私のせいで足を引っ張ってる
ライダー陣営もうかつに外を出て、マスターが盲目であることを知られればこぞって殺しに来るだろうし
だから、こいつに情報収集させる」
「しかし情報が欲しいだけであれば、ランサー陣営のほうが情報源が厚いでしょう」
ライダーの言い分も正しい。
これはただの戦いではなく、れっきとした超常的な殺し合いだ。
それなら魔術だけではなく別の情報を知っている男から得るべきだ。
その気になればいつでも切敷からは情報提供はある。
「…悪いけど、切敷は信用できない
嫌いだし
だから単独で情報を得た方が良い
魔術ではなく、別の観点からの情報を」
「……確かに、俺たちは簡単に他陣営と接触できない状況だ
ならばどの陣営にも、右翼陣営でさえも知りえない第3者を置いておくのは上策かもしれない…が、逆のリスクもありえる」
正直そこまで考えていなかった。
命惜しさに敵に寝返るということも確かにあり得るが、それこそ敵のマスターが聖杯戦争の秘匿のため真っ先に殺すだろう。
もしこの男が自分の命に従順であれば、裏切る可能性は低い。
「大丈夫だよ
こいつ、すぐ命乞いの目をしたから」
◆
体中が固まったように痛い。
節々が悲鳴を上げている。
一体どんなところで寝ればこんな苦痛が生まれるのやら。
何気なく顔を上げると、少女が椅子に座っていた。
顔や手足に包帯を巻き、さらには体も薄くすぐ倒れてしまいそうだった。
それなのに一つだけみえる目はまっすぐこちらを見ている。
「おはよ」
「……秦民一真!!?」
起き上がろうとするも、自分の手足がロープでしっかり縛られている。
自分の身に何が起こっているのか理解するのに時間がかかったが、こうして面と向かって座っている以上、自分と話したいことがあるのだろうと察した。
「なんだ…なにが望みだ!」
「望みっていうか
これは命令なんだけど」
「命令?命令も何も、これから事情聴取するのは俺の方だ!!
何故病院が爆破した!何故そこから逃げきれた!
ヴィクトル・ベシーとは何のかかわりがある!!
お前たちは一体何を企んでいる!!」
秦民一真はただこちらを傍観し、静かに言った。
「私が知っていることでいいなら、全部教える
ただし、その前に、こっちの条件を飲んでもらう」
「はっ…そんなもの、飲めるはずないだろう!!
最近の子供は大人を舐めてかかりやがって…!
こっちはお前の何倍も危険な仕事をしてきたんだ!ただ縛っただけで勝ち誇った気になるなよ!」
そう、とだけ返事をされる。
酷く淡白で、どこも見ていないような目は日本から送られた情報そのままだった。
いうなれば人形だ。
「でもさ、言ったよね
命令って、飲んでもらうって
飲む飲まないの話じゃないよ、これ
それに知りたいんでしょ、爆発とか、神父さんのこととか」
「ならそれは自分の足で探す!
お前のようなガキの命令なんぞ聞けるか!!」
「わかった」
少女が、まるで呟くようにセイバーと呼びかけると
傍らに長身の、鎧を着た男が現れた。
それまで気配もなにも感じなかったのに、無から生まれた異質な存在が俺の本能に言う。
命令に従わなければ殺す、と。
「なっ……!?あ…!!?」
「俺の存在を知られた場合、殺す、という規則になっている
それを、カズマが規則を曲げてまで生かすと言っているのがわからないか」
一瞬で、ミカエル・アルボーの言葉を思い出す。
知られれば殺さなければならない。
それはこういう意味だったのだ。
禁足地に踏み入れてしまった体はもう影法師に掴まれ、後は剣を振り下ろすのみ。
抵抗、赦し、命乞い、すべてはかなわないと悟った。
呼吸が知らず知らずに荒くなり、必死に縄をほどこうとするがなすすべがなく冷汗が流れるばかり。
「だからさ、言ったでしょ
命令って
私が命令するのは一つだけ…“言うことを聞け”、それだけ」
「は……な、何をこれから命令するつもりだ!!?
それを飲んだとは言っても、身の保証がされないだろう!!!」
「当たり前じゃん
身の保証くらい自分でして
大人、なんでしょ」
どうするの?
子供の声が脳内で反響する。
月明かりだけのこの部屋はやけに心理を圧迫してくる。
そして、体に不可解な紋を浮かべる男の目がじっと見降ろしている。
ここで頷かなければ死ぬだろう。日本に帰ることはおろか、もうあの人に出会うこともない。
恋慕のせいで命乞いをする羽目になるとは思いもしなかった。
「わ…わかった……条件を飲む」
「そう、よかった
セイバー、もういいよ」
セイバーと呼ばれた大男は剣を仕舞い俺の縄をほどいた。
痺れた手足はすぐに動けそうにない。
「それじゃあ…順を追って話すけど
私は日本から拉致されて監禁されてたのはさすがに知ってるよね」
「あ、ああ…」
「じゃあ、聖杯戦争は」
「せい…はい…?」
ついこの間までなんでもないただの少女が秘匿とされる魔術の、さらに秘匿である大魔術・儀式の話を始めた。
聖杯戦争なんて言葉は初めて聞いたが、それを裏付ける証拠となるのが傍らにいるセイバーの存在。
信じるほかなかった。
本当はそんな馬鹿な、という言葉一つ吐きたくなったがこれまでの流れを聴けば、不可解な事件と一致することが判明する。
とある地区住民の昏睡と、大通りの集団睡眠、そして詩絵李・B・カーロの不審死に手の甲のアザ。
点として存在していたものが聖杯戦争という紐で結び付けられていった。
「そんなものに、参加しているのか…!!?」
「参加させられた、っていうのが正しい
セイバーが元マスターを殺したから
魔力供給として監禁されてた私に、自動的にマスター権が移っただけって言ってた」
「グレゴリーを、殺したのはお前だったのか…」
セイバーはただ重々しくうなずく。
「ただ、殺そうとして殺したわけじゃない
セイバーの性格だから、いろいろ譲歩したと思う……とだけ、フォローしとく」
「とにかく…そんなものに俺まで巻き込もうとしてるのか!?」
「そう
おじさんの情報網でいろんなことが知りたい
警察でしょ?全部解決しなきゃなんでしょ?
もっといろんな事件起こると思うよ」
「そうは言っても……ええい…この際白状するが、俺は時計塔の下請け、魔術に関する事件をもみ消す役目がある!
しかし正規の魔術師でもなければ、こんなどでかい事件、もう手に負えんぞ!」
「そう、じゃあそれはどんまいってことで
とにかく私と約束したよね
言うこと聞くって」
もし、ここで頷いておいて、逃げようと思えばこのセイバーが逃がさないだろう。
それに聖杯戦争を知っているということは他の参加者からも命を狙われる可能性が高い。
これまでの事件に携わっているからこそ、もう秋巳大輔という警官の名前は参加者に知れ渡っているだろう。
なら一時的にでも秦民一真に匿ってもらったほうが安全だ。
幸いむやみに殺そうとする意思はない。
「……わかった
俺だって命が惜しい
出来る範囲でなら協力は惜しまん」
「よかった
それなら私もあんたのことは誰にも言わない
味方にもね」
歪な笑みを見せつけられる。
包帯で顔が動かないのだろう。
それでも愉快そうに笑って見えるのは目を細めているからだ。
一真がゆっくり立ち上がるとセイバーが支える。
扉を開けてヴィクトルを招いた。
「話はついたよ
協力してくれるって」
「そうですか『マスター、話は穏便に済んだようです』
全然穏便ではないんだが。
ヴィクトルと共に入ってきた存在…これもまたサーヴァントなのだろう。
『あんたも…サーヴァントか』
『ええ、ライダーと呼んでください』
「ライダー、ヴィクトルさん、できるだけこのおじさんのことは隠して
知られれば厄介なことになるから」
一真の言葉に二人は頷く。
この2つの陣営は互いに密な協力関係にあると知る。
とはいえ如何に味方である左翼陣営と言えど、信頼しきれない部分があるようだ。
「それじゃ、おじさん、さっそくお願いがあるんだけど」
「は!?」
「私の捜査網、緩くしてよ」
「そ、それは……流石に俺の権限じゃ無理だ…だが、この街にエオス・ゴッドスピードが現れた。
そのおかげでほとんどの警察がそっちに持っていかれることは明らかだ」
エオス・ゴッドスピード、という名前を言えば翻訳していたライダーのマスターであるヴィクトルがあからさまに嫌悪する表情を浮かべた。
流石に盲目ではあるもののその程度の超有名人は知っているだろう。
『エオス…ゴッドスピードが…!?なぜこの街にいるのです!?』
「あ?誰?」
「アメリカの田舎町の住民全員殺して回った女と言えばヤバさがわかるか」
「へぇ
ヤバいじゃん」
へえ、ウケる。と同じテンションの反応をされて妙にムカついたが元来こういう性格なのだろう。
大人らしく受け流す。
「だが…この流れからして、フランスに来た理由は明白だな」
秋巳を除いたこの4人は答えが分からずじっと見つめた。
「奴は聖杯戦争に参加しているだろう」
◆
全容を見聞きしているライダーから現在の状況を秋巳に伝えた。
全てを伝えるのは時期焦燥ではないかと言われたが秋巳は分かりやすいほどに生命の危機を感じ取っている。
まず敵陣営がさらに7組いること。
これだけを言えば完全に自分の立ち位置がどん詰まりであることが分かったらしい。
14騎ものサーヴァントに追いかけられればまず助からない。
ならばこの2騎に匿ってもらったほうがマシだと腹をくくった。
「つまり1週間目の対戦はセイバーとアサシン
アサシンのマスターである詩絵李・B・カーロは敗退し現実世界で変死したと…」
「次回の対戦はバーサーカーとキャスター
こちらからはキャスターが出ますが聞く以上、かなり劣勢であると思われます」
そもそもクラス別にサーヴァントを分ける意味などあるのだろうか。
真名隠しとしての役割だけならまだしも、区分けをした上での召喚など不都合にもほどがある。
実質のところ“本人”など初めから喚べないと諦めて一部を掠め取ったような感覚さえした。
「バーサーカーは切敷により真名が割れている
坂田金時、極東では普遍的な知名度を帯びているようだが」
秋巳もその名前に妙な顔をして、それからキャスターの真名を聞く。
しかしそれには誰も口を開かなかった。
「は、なんだ?まさか、味方の真名もわかってねぇのか!?」
『と、いうよりは…左翼陣営は一般人が多く、些細な情報漏えいを懸念してマスターにも真名を明かさない、としているのです。
対戦になるその番までは』
ヴィクトルの話には合点がいく。
だからこのセイバーもその最低限の約束を守って真名を明かさず、さらには左翼全員が例えあの聖杯戦争の会場でさえもクラス名で呼んでいるのだと。
「私だけ真名を隠されてるかと思った」
「すまない…不誠実だが、あなた達を生かすには最低限度の情報規制だ」
「いや、私も7割当ててるから別にいい
そのキャスターだけど、あまり有名ではないファラオだよ」
ジークフリートは片手で顔を覆う。
話を聞いてくれと態度で示されていたがこの場の情報共有は必須事項だ。
「ファラオなんて沢山いるからわかんないけど
とにかく坂田金時がどの程度の強さなのかは、切敷に聞かないとなんとも
ただおとぎ話の坂田なのか、四天王の坂田なのか、またはその両方か」
するとヴィクトルは聞いたこともない坂田金時の話に興味を持ったようだ。
日本人なら誰でも知っている、というおとぎ話に好奇心が優ったのだろう。
「おとぎ話っていうか…マサカリ担いでクマに乗って馬の稽古した金太郎…っていうだけ……
ただ史実の坂田金時ってなるとちょっとシャレにならない…かも
鬼倒した逸話があるから」
伝説の騎士王、アーサー王があの強さだとするならば、鬼を倒した坂田金時もまた其れ相応の力を持っていると思った方がいい。
「さらにバーサーカーとなると厄介だ
ただでさえバーサーカーは通常のサーヴァントより強力と相場は決まっている」
結局ここにいない陣営の話をしたところで無意味ではある。
「とにかくおじさんさぁ」
「おじさんじゃない!秋巳さんと呼べ!」
「あと2日しかないからさ
敵陣営のことそれとなく調べてよ」
「丸腰の相手に何言い出してんだ!?」
「見殺しにするの?」
秋巳は良心の呵責に言葉が詰まる。
大人とはかくも簡単に操れるものだったのか。
そんな感心をしていると逆に問う。
「じゃあお前は何なんだ
今回の対戦はお前じゃない
ましてや味方を庇った大怪我
無関心のようでいて味方を守るようなその言動、矛盾していると思わないのか」
それに答えられない。
というよりは答える言葉が見つからなかった。
なんと表現すればいいのか分からずじまいで、逃げるように言う。
「矛盾が人間だろ」
すると、チャイムが鳴った。
またもや来訪者だ。
決まってジークフリートが霊体化し、外の人物を偵察する。
「切敷とアレクシだ
アキミ、これを着て隠れていろ」
ずぼりと外套を羽織らせ、押入れに入れ込んだ。
まるで道具を片付けるかのような動きが面白くて鼻で笑う。
全員、秋巳のことは言わずにとアイコンタクトして2人を部屋へ迎え入れる。
「突然の来訪すまないね
明後日の件で意見を伺いたくてね」
あれほど明るかったアレクシは沈んだ表情をしている。
この世の終わりを顔面で表していた。
「相手はバーサーカーだ
無津呂くんにも坂田金時がどんな人物か伺ったが、一般的なものばかりでね
一真ちゃんの見識も聞きたいんだがどうかな」
「…そこのキャスター次第だとは思うけど
鬼を倒した逸話とか、四天王の一人だったとか聞いてる?」
「いいや全く
だが簡潔かつ明確な逸話だね
武勇に優れたサーヴァントだとすればキャスター、どう対抗しようか」
そこでようやく姿を現したのは褐色肌のファラオだ。
毅然とした態度で論じる。
「力任せで来ようとも、相手はただの武人
であるならば搦め手で攻めるのが定石です
私の宝具、そして神々の力を持ってすれば十分対抗可能
ただ我が同盟者がこの有様でなければ問題はないのですが」
正直喚かれるよりはマシだ。
だがこの男の生気の無さと言ったら、まるで別人だ。
「幸い今まで攻撃を仕掛けられたこともない
相手もこのフランスの土地では知名度がゼロに等しいから力を温存していたいんだろう
この様子なら情報収集をしてもいいと思ったんだが彼自身がこうではね。」
そして耐えきれなくなったかのようにアレクシは言った。
それは懺悔とも言えるものであり、普段なら絶対に言わないであろうことがわかる。
アレクシが追い詰められている指標でもあった。
「きっと罰なんだ………」
キャスターは違うと反論したかったようだが、ただの卑下でも悲観でもない。
事実からくる発言だと察したのか口を噤んだ。
ただ姉のようにそっと背中に手を当てる。
切敷がここに来た理由、それはバーサーカーへの対抗の作戦などではない。
ただアレクシの戦意を少しでも向上させるために、このライダー陣営と合わせたのだ。
この宗教家コンビがこのアレクシを放っておけるわけがない。
話は早速アレクシに移る。
切敷は邪魔しないようにとしばらく周囲を散策ついでに見張ってくるとのこと。
ジークフリートも引き続き見張りをする。
私は再度ベッドで療養を強いられた。
私も対戦になればあのように取り乱すのか。
分からないまま天井を見上げていると傍から「おい」と小声で話しかけられた。
包帯の片手で秋巳の頭を殴る。
「いっ…!」
「バカか
今来てるのはキャスターだ
あんた息するなバレる」
「そりゃ、そうだが…
今いるのは…アレクシとか…言ったな」
「それが何」
ふと、ドアがノックされる。
若干動揺しながらも、どうぞ、と返事をすると例のキャスターがやってきた。
「久方ぶりですね一つ目のマスター
その後具合はどうです」
「…おおむね…?」
「見せてごらんなさい」
私の両手の包帯を優しくほどく。
その手の優しさはファラオという権威者ではなく、ただ一人の女性の手つきだ。
こんなに優しく触れられたことなど、ない。
「そこの男も気楽になさい
危害を加えたりしません」
「え」
「あなた達が匿っていることは知っています
とはいえ、ランサー陣営と我が同盟者は気づいていないようですが
見事な隠蔽魔術です」
秋巳も観念してジークフリートの外套を外した。
改めて目にするファラオの視線とその姿勢に思わず一礼させる。
「良い姿勢です
ファラオを畏怖するその姿勢をゆめ忘れずになさい」
「は、はい」
包帯を解くと、ぐちゃぐちゃの、まるでゾンビのような両手が現れる。
秋巳はとっさに目をそらした。
「キモ」
思わず呟く。
「まだ良くなっている方です
体を楽に」
それからキャスターは頼んでもいないのに治療を始めた。
触られるたびに痛いけれど、それでもその手先は柔らかく、暖かくて目が離せなかった。
かくも女性の手とは美しいものだったのか。
「…どうして」
「此度の戦争…我が同盟者を含め何も知らぬ人間が巻き込まれています
さらに貴方は突然攫われ、暴虐をうけた
最も哀れな人間です
それなのに、他の同盟者を助ける
その姿勢が奇異に感じられました」
同じようなことを秋巳にも言われたばかりだ。
しかしキャスターは続ける。
「そして、その真逆に位置するのがあの切敷矢継です
あのマスターは全体的なリーダーという立ち位置に居ながらも誰一人守っていません
いいえ、守るつもりなど、はなから無い気配を感じます」
「初めから…?」
「だからこそ、矛盾だらけでも
身を呈して守る一つ目の同盟者こそ
私は信頼を置くのです」
矛盾だからこそ危険なのではないか?
切敷の真逆にいるのだとすればそれもまた然るべき存在と見なすべきでは?
だが、それでもキャスターの言葉に嘘偽りはなく、私自身を見ての評価なのだと知った。
手はいくらか綺麗になったが、まだ皮が突っ張っている。
借り物の皮のようで多少動かしにくいが醜さは無くなった。
「ありがとうございます…」
「ええ
そしてそこの男、我が同盟者の存在を知っているようですね」
ギクリと顔をひきつらせる。
そのまま頷いて見せるも居心地は悪そうだ。
「……アレクシは罪深い男です
私同様未熟者です
ただ、ただこの聖杯戦争において彼をまともな人間に成長させることもまたファラオの務め
今しばらくは、目を瞑りなさい」
「は……はい……」
結局口封じをされたようだ。
秋巳はその存在を告げ口されないと同時にアレクシによる情報を言わぬようキャスターに先越された。
「バーサーカーには勝てそうですか」
「それは同盟者次第でしょう
私は私自身の最善を尽くすまでです」
強気な笑みに見惚れて、それから私はたまらず口に出した。
「キャスターみたいな優しい女の人、初めてだ」
「………そうですか…ええ、そうでしょうとも」
ふわりと微笑んで部屋を出た。
その佇まいからも、気品とそうであろうとする姿勢が見て取れる。
ああ、あの人が死んでしまうかもしれない。
そう思うと胸に圧迫感が増した。
「秋巳…大輔…日本人か…」
痛みも引き、手足を縛られている秋巳という警官…いや、警部補は気絶している。
きっちり縛ったのはセイバーだが、表情がまだ強張っているように見えた。
『け、警察を縛ったのですか?』
『一時的にです
カズマさんに乱暴をしましたし、仲間に連絡されても困るでしょう』
ヴィクトルは警官を縛ったことに動揺している。
神父でありながら悪人同様の行為をしているのだから良心の呵責が生まれるのは当たり前だった。
「とにかく、この男をどうする
通常の聖杯戦争であれば、殺す、というのが定石だが……」
サーヴァントたちは多少悩んでも居た。
かたや聖人ライダー、かたやお人よしセイバー。
いくら私が痛めつけられたからといってすぐ殺せるはずもない。
「ねえ、思うんだけど…
こいつ、利用できると思う」
「どういう意味だ?」
「今私のせいで足を引っ張ってる
ライダー陣営もうかつに外を出て、マスターが盲目であることを知られればこぞって殺しに来るだろうし
だから、こいつに情報収集させる」
「しかし情報が欲しいだけであれば、ランサー陣営のほうが情報源が厚いでしょう」
ライダーの言い分も正しい。
これはただの戦いではなく、れっきとした超常的な殺し合いだ。
それなら魔術だけではなく別の情報を知っている男から得るべきだ。
その気になればいつでも切敷からは情報提供はある。
「…悪いけど、切敷は信用できない
嫌いだし
だから単独で情報を得た方が良い
魔術ではなく、別の観点からの情報を」
「……確かに、俺たちは簡単に他陣営と接触できない状況だ
ならばどの陣営にも、右翼陣営でさえも知りえない第3者を置いておくのは上策かもしれない…が、逆のリスクもありえる」
正直そこまで考えていなかった。
命惜しさに敵に寝返るということも確かにあり得るが、それこそ敵のマスターが聖杯戦争の秘匿のため真っ先に殺すだろう。
もしこの男が自分の命に従順であれば、裏切る可能性は低い。
「大丈夫だよ
こいつ、すぐ命乞いの目をしたから」
◆
体中が固まったように痛い。
節々が悲鳴を上げている。
一体どんなところで寝ればこんな苦痛が生まれるのやら。
何気なく顔を上げると、少女が椅子に座っていた。
顔や手足に包帯を巻き、さらには体も薄くすぐ倒れてしまいそうだった。
それなのに一つだけみえる目はまっすぐこちらを見ている。
「おはよ」
「……秦民一真!!?」
起き上がろうとするも、自分の手足がロープでしっかり縛られている。
自分の身に何が起こっているのか理解するのに時間がかかったが、こうして面と向かって座っている以上、自分と話したいことがあるのだろうと察した。
「なんだ…なにが望みだ!」
「望みっていうか
これは命令なんだけど」
「命令?命令も何も、これから事情聴取するのは俺の方だ!!
何故病院が爆破した!何故そこから逃げきれた!
ヴィクトル・ベシーとは何のかかわりがある!!
お前たちは一体何を企んでいる!!」
秦民一真はただこちらを傍観し、静かに言った。
「私が知っていることでいいなら、全部教える
ただし、その前に、こっちの条件を飲んでもらう」
「はっ…そんなもの、飲めるはずないだろう!!
最近の子供は大人を舐めてかかりやがって…!
こっちはお前の何倍も危険な仕事をしてきたんだ!ただ縛っただけで勝ち誇った気になるなよ!」
そう、とだけ返事をされる。
酷く淡白で、どこも見ていないような目は日本から送られた情報そのままだった。
いうなれば人形だ。
「でもさ、言ったよね
命令って、飲んでもらうって
飲む飲まないの話じゃないよ、これ
それに知りたいんでしょ、爆発とか、神父さんのこととか」
「ならそれは自分の足で探す!
お前のようなガキの命令なんぞ聞けるか!!」
「わかった」
少女が、まるで呟くようにセイバーと呼びかけると
傍らに長身の、鎧を着た男が現れた。
それまで気配もなにも感じなかったのに、無から生まれた異質な存在が俺の本能に言う。
命令に従わなければ殺す、と。
「なっ……!?あ…!!?」
「俺の存在を知られた場合、殺す、という規則になっている
それを、カズマが規則を曲げてまで生かすと言っているのがわからないか」
一瞬で、ミカエル・アルボーの言葉を思い出す。
知られれば殺さなければならない。
それはこういう意味だったのだ。
禁足地に踏み入れてしまった体はもう影法師に掴まれ、後は剣を振り下ろすのみ。
抵抗、赦し、命乞い、すべてはかなわないと悟った。
呼吸が知らず知らずに荒くなり、必死に縄をほどこうとするがなすすべがなく冷汗が流れるばかり。
「だからさ、言ったでしょ
命令って
私が命令するのは一つだけ…“言うことを聞け”、それだけ」
「は……な、何をこれから命令するつもりだ!!?
それを飲んだとは言っても、身の保証がされないだろう!!!」
「当たり前じゃん
身の保証くらい自分でして
大人、なんでしょ」
どうするの?
子供の声が脳内で反響する。
月明かりだけのこの部屋はやけに心理を圧迫してくる。
そして、体に不可解な紋を浮かべる男の目がじっと見降ろしている。
ここで頷かなければ死ぬだろう。日本に帰ることはおろか、もうあの人に出会うこともない。
恋慕のせいで命乞いをする羽目になるとは思いもしなかった。
「わ…わかった……条件を飲む」
「そう、よかった
セイバー、もういいよ」
セイバーと呼ばれた大男は剣を仕舞い俺の縄をほどいた。
痺れた手足はすぐに動けそうにない。
「それじゃあ…順を追って話すけど
私は日本から拉致されて監禁されてたのはさすがに知ってるよね」
「あ、ああ…」
「じゃあ、聖杯戦争は」
「せい…はい…?」
ついこの間までなんでもないただの少女が秘匿とされる魔術の、さらに秘匿である大魔術・儀式の話を始めた。
聖杯戦争なんて言葉は初めて聞いたが、それを裏付ける証拠となるのが傍らにいるセイバーの存在。
信じるほかなかった。
本当はそんな馬鹿な、という言葉一つ吐きたくなったがこれまでの流れを聴けば、不可解な事件と一致することが判明する。
とある地区住民の昏睡と、大通りの集団睡眠、そして詩絵李・B・カーロの不審死に手の甲のアザ。
点として存在していたものが聖杯戦争という紐で結び付けられていった。
「そんなものに、参加しているのか…!!?」
「参加させられた、っていうのが正しい
セイバーが元マスターを殺したから
魔力供給として監禁されてた私に、自動的にマスター権が移っただけって言ってた」
「グレゴリーを、殺したのはお前だったのか…」
セイバーはただ重々しくうなずく。
「ただ、殺そうとして殺したわけじゃない
セイバーの性格だから、いろいろ譲歩したと思う……とだけ、フォローしとく」
「とにかく…そんなものに俺まで巻き込もうとしてるのか!?」
「そう
おじさんの情報網でいろんなことが知りたい
警察でしょ?全部解決しなきゃなんでしょ?
もっといろんな事件起こると思うよ」
「そうは言っても……ええい…この際白状するが、俺は時計塔の下請け、魔術に関する事件をもみ消す役目がある!
しかし正規の魔術師でもなければ、こんなどでかい事件、もう手に負えんぞ!」
「そう、じゃあそれはどんまいってことで
とにかく私と約束したよね
言うこと聞くって」
もし、ここで頷いておいて、逃げようと思えばこのセイバーが逃がさないだろう。
それに聖杯戦争を知っているということは他の参加者からも命を狙われる可能性が高い。
これまでの事件に携わっているからこそ、もう秋巳大輔という警官の名前は参加者に知れ渡っているだろう。
なら一時的にでも秦民一真に匿ってもらったほうが安全だ。
幸いむやみに殺そうとする意思はない。
「……わかった
俺だって命が惜しい
出来る範囲でなら協力は惜しまん」
「よかった
それなら私もあんたのことは誰にも言わない
味方にもね」
歪な笑みを見せつけられる。
包帯で顔が動かないのだろう。
それでも愉快そうに笑って見えるのは目を細めているからだ。
一真がゆっくり立ち上がるとセイバーが支える。
扉を開けてヴィクトルを招いた。
「話はついたよ
協力してくれるって」
「そうですか『マスター、話は穏便に済んだようです』
全然穏便ではないんだが。
ヴィクトルと共に入ってきた存在…これもまたサーヴァントなのだろう。
『あんたも…サーヴァントか』
『ええ、ライダーと呼んでください』
「ライダー、ヴィクトルさん、できるだけこのおじさんのことは隠して
知られれば厄介なことになるから」
一真の言葉に二人は頷く。
この2つの陣営は互いに密な協力関係にあると知る。
とはいえ如何に味方である左翼陣営と言えど、信頼しきれない部分があるようだ。
「それじゃ、おじさん、さっそくお願いがあるんだけど」
「は!?」
「私の捜査網、緩くしてよ」
「そ、それは……流石に俺の権限じゃ無理だ…だが、この街にエオス・ゴッドスピードが現れた。
そのおかげでほとんどの警察がそっちに持っていかれることは明らかだ」
エオス・ゴッドスピード、という名前を言えば翻訳していたライダーのマスターであるヴィクトルがあからさまに嫌悪する表情を浮かべた。
流石に盲目ではあるもののその程度の超有名人は知っているだろう。
『エオス…ゴッドスピードが…!?なぜこの街にいるのです!?』
「あ?誰?」
「アメリカの田舎町の住民全員殺して回った女と言えばヤバさがわかるか」
「へぇ
ヤバいじゃん」
へえ、ウケる。と同じテンションの反応をされて妙にムカついたが元来こういう性格なのだろう。
大人らしく受け流す。
「だが…この流れからして、フランスに来た理由は明白だな」
秋巳を除いたこの4人は答えが分からずじっと見つめた。
「奴は聖杯戦争に参加しているだろう」
◆
全容を見聞きしているライダーから現在の状況を秋巳に伝えた。
全てを伝えるのは時期焦燥ではないかと言われたが秋巳は分かりやすいほどに生命の危機を感じ取っている。
まず敵陣営がさらに7組いること。
これだけを言えば完全に自分の立ち位置がどん詰まりであることが分かったらしい。
14騎ものサーヴァントに追いかけられればまず助からない。
ならばこの2騎に匿ってもらったほうがマシだと腹をくくった。
「つまり1週間目の対戦はセイバーとアサシン
アサシンのマスターである詩絵李・B・カーロは敗退し現実世界で変死したと…」
「次回の対戦はバーサーカーとキャスター
こちらからはキャスターが出ますが聞く以上、かなり劣勢であると思われます」
そもそもクラス別にサーヴァントを分ける意味などあるのだろうか。
真名隠しとしての役割だけならまだしも、区分けをした上での召喚など不都合にもほどがある。
実質のところ“本人”など初めから喚べないと諦めて一部を掠め取ったような感覚さえした。
「バーサーカーは切敷により真名が割れている
坂田金時、極東では普遍的な知名度を帯びているようだが」
秋巳もその名前に妙な顔をして、それからキャスターの真名を聞く。
しかしそれには誰も口を開かなかった。
「は、なんだ?まさか、味方の真名もわかってねぇのか!?」
『と、いうよりは…左翼陣営は一般人が多く、些細な情報漏えいを懸念してマスターにも真名を明かさない、としているのです。
対戦になるその番までは』
ヴィクトルの話には合点がいく。
だからこのセイバーもその最低限の約束を守って真名を明かさず、さらには左翼全員が例えあの聖杯戦争の会場でさえもクラス名で呼んでいるのだと。
「私だけ真名を隠されてるかと思った」
「すまない…不誠実だが、あなた達を生かすには最低限度の情報規制だ」
「いや、私も7割当ててるから別にいい
そのキャスターだけど、あまり有名ではないファラオだよ」
ジークフリートは片手で顔を覆う。
話を聞いてくれと態度で示されていたがこの場の情報共有は必須事項だ。
「ファラオなんて沢山いるからわかんないけど
とにかく坂田金時がどの程度の強さなのかは、切敷に聞かないとなんとも
ただおとぎ話の坂田なのか、四天王の坂田なのか、またはその両方か」
するとヴィクトルは聞いたこともない坂田金時の話に興味を持ったようだ。
日本人なら誰でも知っている、というおとぎ話に好奇心が優ったのだろう。
「おとぎ話っていうか…マサカリ担いでクマに乗って馬の稽古した金太郎…っていうだけ……
ただ史実の坂田金時ってなるとちょっとシャレにならない…かも
鬼倒した逸話があるから」
伝説の騎士王、アーサー王があの強さだとするならば、鬼を倒した坂田金時もまた其れ相応の力を持っていると思った方がいい。
「さらにバーサーカーとなると厄介だ
ただでさえバーサーカーは通常のサーヴァントより強力と相場は決まっている」
結局ここにいない陣営の話をしたところで無意味ではある。
「とにかくおじさんさぁ」
「おじさんじゃない!秋巳さんと呼べ!」
「あと2日しかないからさ
敵陣営のことそれとなく調べてよ」
「丸腰の相手に何言い出してんだ!?」
「見殺しにするの?」
秋巳は良心の呵責に言葉が詰まる。
大人とはかくも簡単に操れるものだったのか。
そんな感心をしていると逆に問う。
「じゃあお前は何なんだ
今回の対戦はお前じゃない
ましてや味方を庇った大怪我
無関心のようでいて味方を守るようなその言動、矛盾していると思わないのか」
それに答えられない。
というよりは答える言葉が見つからなかった。
なんと表現すればいいのか分からずじまいで、逃げるように言う。
「矛盾が人間だろ」
すると、チャイムが鳴った。
またもや来訪者だ。
決まってジークフリートが霊体化し、外の人物を偵察する。
「切敷とアレクシだ
アキミ、これを着て隠れていろ」
ずぼりと外套を羽織らせ、押入れに入れ込んだ。
まるで道具を片付けるかのような動きが面白くて鼻で笑う。
全員、秋巳のことは言わずにとアイコンタクトして2人を部屋へ迎え入れる。
「突然の来訪すまないね
明後日の件で意見を伺いたくてね」
あれほど明るかったアレクシは沈んだ表情をしている。
この世の終わりを顔面で表していた。
「相手はバーサーカーだ
無津呂くんにも坂田金時がどんな人物か伺ったが、一般的なものばかりでね
一真ちゃんの見識も聞きたいんだがどうかな」
「…そこのキャスター次第だとは思うけど
鬼を倒した逸話とか、四天王の一人だったとか聞いてる?」
「いいや全く
だが簡潔かつ明確な逸話だね
武勇に優れたサーヴァントだとすればキャスター、どう対抗しようか」
そこでようやく姿を現したのは褐色肌のファラオだ。
毅然とした態度で論じる。
「力任せで来ようとも、相手はただの武人
であるならば搦め手で攻めるのが定石です
私の宝具、そして神々の力を持ってすれば十分対抗可能
ただ我が同盟者がこの有様でなければ問題はないのですが」
正直喚かれるよりはマシだ。
だがこの男の生気の無さと言ったら、まるで別人だ。
「幸い今まで攻撃を仕掛けられたこともない
相手もこのフランスの土地では知名度がゼロに等しいから力を温存していたいんだろう
この様子なら情報収集をしてもいいと思ったんだが彼自身がこうではね。」
そして耐えきれなくなったかのようにアレクシは言った。
それは懺悔とも言えるものであり、普段なら絶対に言わないであろうことがわかる。
アレクシが追い詰められている指標でもあった。
「きっと罰なんだ………」
キャスターは違うと反論したかったようだが、ただの卑下でも悲観でもない。
事実からくる発言だと察したのか口を噤んだ。
ただ姉のようにそっと背中に手を当てる。
切敷がここに来た理由、それはバーサーカーへの対抗の作戦などではない。
ただアレクシの戦意を少しでも向上させるために、このライダー陣営と合わせたのだ。
この宗教家コンビがこのアレクシを放っておけるわけがない。
話は早速アレクシに移る。
切敷は邪魔しないようにとしばらく周囲を散策ついでに見張ってくるとのこと。
ジークフリートも引き続き見張りをする。
私は再度ベッドで療養を強いられた。
私も対戦になればあのように取り乱すのか。
分からないまま天井を見上げていると傍から「おい」と小声で話しかけられた。
包帯の片手で秋巳の頭を殴る。
「いっ…!」
「バカか
今来てるのはキャスターだ
あんた息するなバレる」
「そりゃ、そうだが…
今いるのは…アレクシとか…言ったな」
「それが何」
ふと、ドアがノックされる。
若干動揺しながらも、どうぞ、と返事をすると例のキャスターがやってきた。
「久方ぶりですね一つ目のマスター
その後具合はどうです」
「…おおむね…?」
「見せてごらんなさい」
私の両手の包帯を優しくほどく。
その手の優しさはファラオという権威者ではなく、ただ一人の女性の手つきだ。
こんなに優しく触れられたことなど、ない。
「そこの男も気楽になさい
危害を加えたりしません」
「え」
「あなた達が匿っていることは知っています
とはいえ、ランサー陣営と我が同盟者は気づいていないようですが
見事な隠蔽魔術です」
秋巳も観念してジークフリートの外套を外した。
改めて目にするファラオの視線とその姿勢に思わず一礼させる。
「良い姿勢です
ファラオを畏怖するその姿勢をゆめ忘れずになさい」
「は、はい」
包帯を解くと、ぐちゃぐちゃの、まるでゾンビのような両手が現れる。
秋巳はとっさに目をそらした。
「キモ」
思わず呟く。
「まだ良くなっている方です
体を楽に」
それからキャスターは頼んでもいないのに治療を始めた。
触られるたびに痛いけれど、それでもその手先は柔らかく、暖かくて目が離せなかった。
かくも女性の手とは美しいものだったのか。
「…どうして」
「此度の戦争…我が同盟者を含め何も知らぬ人間が巻き込まれています
さらに貴方は突然攫われ、暴虐をうけた
最も哀れな人間です
それなのに、他の同盟者を助ける
その姿勢が奇異に感じられました」
同じようなことを秋巳にも言われたばかりだ。
しかしキャスターは続ける。
「そして、その真逆に位置するのがあの切敷矢継です
あのマスターは全体的なリーダーという立ち位置に居ながらも誰一人守っていません
いいえ、守るつもりなど、はなから無い気配を感じます」
「初めから…?」
「だからこそ、矛盾だらけでも
身を呈して守る一つ目の同盟者こそ
私は信頼を置くのです」
矛盾だからこそ危険なのではないか?
切敷の真逆にいるのだとすればそれもまた然るべき存在と見なすべきでは?
だが、それでもキャスターの言葉に嘘偽りはなく、私自身を見ての評価なのだと知った。
手はいくらか綺麗になったが、まだ皮が突っ張っている。
借り物の皮のようで多少動かしにくいが醜さは無くなった。
「ありがとうございます…」
「ええ
そしてそこの男、我が同盟者の存在を知っているようですね」
ギクリと顔をひきつらせる。
そのまま頷いて見せるも居心地は悪そうだ。
「……アレクシは罪深い男です
私同様未熟者です
ただ、ただこの聖杯戦争において彼をまともな人間に成長させることもまたファラオの務め
今しばらくは、目を瞑りなさい」
「は……はい……」
結局口封じをされたようだ。
秋巳はその存在を告げ口されないと同時にアレクシによる情報を言わぬようキャスターに先越された。
「バーサーカーには勝てそうですか」
「それは同盟者次第でしょう
私は私自身の最善を尽くすまでです」
強気な笑みに見惚れて、それから私はたまらず口に出した。
「キャスターみたいな優しい女の人、初めてだ」
「………そうですか…ええ、そうでしょうとも」
ふわりと微笑んで部屋を出た。
その佇まいからも、気品とそうであろうとする姿勢が見て取れる。
ああ、あの人が死んでしまうかもしれない。
そう思うと胸に圧迫感が増した。