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両親は私を虐げていた。
けれど私はそれに抵抗しようと思ったことはない。
そんな考えはとうの昔に葬り去られていたからだ。
しかし今回は違う。
全くの赤の他人が、私に袋を被せて連れて行く。
どこに?だれに?
けれど不思議と恐怖はなかった。その事について、疑問がわく。
そして、抵抗するべきだと脳内で響いている。
それでもこうされることが私の本来の役目だったのではないかと、バカみたいな考えが過って黙ったままだった。
袋を剥がされ視界に現れたのは牢屋だ。
何1つ言わず鎖に繋がれる。
薄暗く、空気の悪いジメジメとした場所。
これから監禁されるのだろうか。
ぼんやりと思っていると、見知らぬ機械を持ってきた。
見た目は発電機のような、動力炉のような、とにかく何の用途に使用されるか分からない。
2つのパイプのようなものを出した。
それを視認したと同時に片方の視界が闇に覆われた。
下腹部に違和感が走る。
ふと、下を見ると、パイプのようなものがグチャグチャと私の腹を貪りながら進んでいる。
右目にもだ。
いや、肉を食らうというより、別のものを食べている。
「あ、あ、あ!」
背後から恐怖がにじみ出る。
今までの比ではない。
これは放っておいたら確実に死ぬ。
「嫌だ!やめろ!!やめろ!!!」
パイプを抜こうとすると鎖に繋がれた腕が壁に固定される。
「嫌だ嫌だ嫌だ!!!!」
むちゃくちゃに暴れた。
解放してほしい、こんな違和感は耐えられない、恐怖を追い出すために暴れているようなものだった。
しかし私を誘拐した男はそれすら許さなかった。
ナイフで思い切り2回、左手の小指と薬指を切り落とした。
「あ゛あ゛あ゛あああああああ!!!!??」
声が枯れ果てるまで叫び、気絶した。
ドクンドクンと、傷口の主張に目がさめる。
死なせないためか、切れた指先に包帯を巻いている。
血は止まっているらしい。
『………!』
声が聞こえる。
嬉々とした声だ。
足音は2つ。
そして金属同士がぶつかり合う鈍い音もした。
2人の人物は私の前に立つ。
私は顔を上げる気力すらなく、項垂れて知らない言語を耳にしていた。
ふと、杖で顎を上げ、こちらを見やる。
今も耳元でグチャグチャと、何かを食らう音がした。
1人は私を攫った男。小太りで、こんな場所が似合う偉そうな貴族をそのまま投影したかのようだ。
もう1人は髪の長い、妙に光っている男。
これは揶揄ではなく、事実体が光っている。
しかし気に留める気力もこれ以上使いたくない。
杖から顎が落ち、いつものように項垂れた。
視界がぐらぐらする。
『………?』
『……………!!』
嬉しそうに笑い声をあげた。
まるで人生の絶頂のように。
その声を聞いて、酷く泣きたくなる。
もうそんな体力も余裕もない。
しかし、私が苦しんでいると、悲しいと、いっそ殺してほしいと思っていることを伝えたい。
「う……うぅ…」
唸りを上げる。
しかしそんな声など、家の軋みと同様のようで、全く気にかけられずどこかへ行った。
す、と頬を撫でられた。
あまりの感触に顔を上げる。
光っている、ホタルのような男がこちらを見ていた。
「生きたいか?」
「…あ……ぁ」
ぐらつく視界と、頭の重さにまた項垂れそうになったが、顔を両手で支えられて男がまた見える。
「あなたの願いを教えてくれ」
願い?
頭の中が一斉にざわつく。
解放してほしい、助けてほしい、眠りたい、食事が欲しい、殺したい死にたい、返してほしい、虐げたい虐げられたい、まとめて死んでほしい
いろいろな言葉が浮かび上がった。
しかし、私が答えられる最適の言葉は
「かえりたい…」
どこに帰るかも、どこに行きつき還るのか、中身のない願いだったが男は承諾した。
「あなたの願いを聞き届けた。
これからはあなたの剣として戦おう。」
ああ、かえしてもらえる。
それに酷く安心して、目を閉じてしまった。
耳には破壊の音が聞こえる。
肌には抱き上げられた温もりがある。
指先は痛みが走る。
違和感は取り除かれた。
本当に意識が戻ったのは、ベッドの中だ。
風が撫でていく。
明るい日差しで白い部屋が余計に眩しく思える。
瞬きを繰り返すと、優しく頭を撫でられた。
「ここは安全だ。もう少し眠るといい。」
そう言うのなら、きっとそうなのだろう。
瞳を閉じて、もう一度眠りの中を彷徨った。
もう一度、朝を迎えるように目覚めた。
そこには看護師が指先の包帯を取り替えているところだった。
『!!
目覚めたんですね!よかった!
まだ安静にしていてくださいね!』
またもや聞きなれない言葉。
ぼうっとした私には尚更分からなかった。
それから医師がやってきて処置と検査をされたのだが、なすがまま。
体には酷く疲れが乗っかっていた。
医者はこちらに何かを問いかけているが、分からずじまい。
言葉を理解しようにも、発音のカケラすら分からない。
ぽかんとしている私に対して、とうとう口を閉じてしまった。
看護師も気まずそうにしている。
こういう時、どうすればいいのかわからない。
すると、後からやってきた看護師がタブレットを持ってきた。
そこには様々な言語を羅列されていたが、日本人なのでもちろん日本語に目がいく。
指で触ると、翻訳機能が起動した。
(なるほど、私が何人か分からなかったんだ)
そうやってなんとかやり取りをしていくうちに自分のことが分かってきた。
まず何故、病院にいるのか。
早朝、血まみれになって病院の入り口にて倒れているのをすぐに助けられたらしい。
そして、手術をしたが左手の小指と薬指は切断。
右目は失明。下腹部…つまり子宮になんらかの問題が今後現れるかもしれないということだった。
というのも腹と目にとらばさみのようなものが食い込んでいたのだから当然だ。
とにかくいくつかの体の問題は随時対処するとのことだが、改めてここは何処なのかと尋ねた。
医師はなぜだか気まずそうな顔をして、ぼそりとつぶやく。
「……フランス?」
思わず口にする。
頭に袋を被せられていた間に、そんな遠いところまで攫われていたというのか。
顔色の変化に、次は医師が質問をする。
名前、年齢、どうして倒れていたのか、などなど。
隠していたところでメリットもない。
できれば日本に早く帰りたいと願うばかりだ。
包み隠さず、伝えると、それは大事件だ、と医師、看護師は口々に言う。
とにかく今日はもうしばらく休んでください、と医師は言った。
それに頷くと、軽い食事をして、ベッドに横になった。
その間に警察に通報して、事件性を調べてもらうらしい。
(はぁ…)
話していただけなのに、言葉が通じないだけで気力が削がれた。
大人しく目を閉じる。
暗い世界にいた。
いや、揶揄ではない。
これはちゃんと地に足を付け、全身にいつもの重力が感じられ、感触もある。
(夢…にしては、鮮明すぎる)
そして、指のかすかな痛み。
倦怠感。下腹部と右目の重み。
「う…」
気分が悪くなり、膝を抱えた。
「大丈夫か?」
共にしゃがんでこちらを覗くのは見たこともない男だった。
いいや、この蛍のような光は見覚えがある。
しかし、それでもだ。
こんな大男、まったく知らない。
このようにやさしく心配されるような関係は無いはずだ。
脳裏に恐怖がへばりつく。
急いで走った。
痛みなどいまさら気にする必要などない。
とにかく恐怖を取り払うべく、走り続けた。
「……あ?」
息を切らして50メートル先に見えるのは、先ほど急に現れた大男。
なぜ?どうして?
そんな私の意図を読んだかのように男は答えた。
「ここはただの夢の中ではない。
かといって、厳密にいえば現実ではないが…まぁ、ほぼ現実だと思えばいい。」
ゆっくり近づき、手のひらを向ける。
「セイバーと、呼んでくれ」
どっと、背中に降りかかる痛みと疲労に膝が崩れた。
しかし男…もといセイバーと名乗った男はすかさず支えて、ゆっくり地べたに降ろす。
「大丈夫か
昨日今日で治るような傷ではないだろう。
いや、俺が驚かせたせいか…すまない。」
そういえば、腕を締め付けていた鎖から解放した男はこいつだ。
そう気づくよりも先に、痛みで背を丸めた。
「ふ、う…う……う」
「膝にもたれるといい。」
片膝をつき、もう一対は立てていた。
遠慮なく背中を預けると、少しは気が楽になった。
とはいえ、この真っ暗な空間からどうすれば出られるのかわからない。
合わせてこのセイバーという男の正体もなぞのままだ。
「ところで、誰」
「ああ…そうか…あなたは監禁されていたから知らないのか」
考えるように顎に手を当てて目を伏せる。
「…参加者が集まるまで時間もあるようだ。
それまでに、説明できることはしておこう。」
まずセイバーが口にしたのは『聖杯』といわれるものだ。
かつて小説で何度か目にしたことがある。
それはどんな作品であれ、万能アイテムとして登場している。
日本ではあまり馴染みはない。
「その聖杯が何」
「端的に言えば、その聖杯を奪い合う戦いが起こっている。」
「はぁ?」
セイバーは、『聖杯がある』前提で話をしている。
そんなまやかし、すぐに信じられるわけがない。
そもそも、なぜ奪い合う必要があるのかさえ。
「意味が分からない…」
「聖杯は存在している。とはいえ、何でも願いのかなう魔法の杯…となっているかどうかは実際に見てみなければわからないが、
それでも普通の人間…または魔術師からすれば喉から手が出るほど欲しがる代物であることに間違いはない。」
「魔術師って、なに。
聖杯を奪い合ってるのは魔術師たち?」
「ほとんどの場合はな。
あなたを攫って監禁した男も、魔術師だ。
しかし今回の聖杯戦争は一般人が多くの割合を占めている。」
完全に巻き込まれ損、というやつだと察した。
監禁された時からなのだろう。
この体にパイプを刺して何をしていたのかはわからないものの、あの小太りの男が聖杯戦争とやらに参加し、聖杯を欲しがっていたことは確かなようだ。
「それで、リタイアは」
「できないな。通常の聖杯戦争ならまだしも、今回は特に。
他の者が許しはしないだろう。」
「…………さっきから、他の人、とか参加者、とか言っているけど。
その人たちは何」
気が重くなっていた。
気だるく、とにかくこんなところから出ていきたかった。
それでなくとも今は心に余裕がないのだ。
見知らぬ土地に見知らぬ人間。通じない言葉。
ストレスは膨れ上がっている。
「一番乗り……ってわけじゃなさそうだな」
見知らぬ声が聞こえる。
右向きに振り返ろうとするが、目が見えないことを思い出して俯いた。
「おい、ちょっとどういうことか説明しろよ」
「説明もなにも、昨晩ルーラーから達しがきただろう。
それがすべてだ。」
セイバーのそっけない回答は男をイラつかせただけだ。
「そういうことを言ってるんじゃねえっ!
なんでマスターを殺したかって聞いてんだ!!」
(殺した…?)
わざわざ前に回り込み、男は感情を包み隠さず吐き出している。
しかし、私の頭と左手の包帯を見て口をつぐんだ。
「っ…と、とにかく、あの人だって急に巻き込まれた一般人だ!!どうして殺したんだ!!
しかもちゃっかり新しいマスターをそろえてやがる…!!」
(マスター?)
先ほどセイバーが言ったことと矛盾している。
どちらかが間違いを言っているに違いないが、こちらの今の心理状況として、正体のしれないセイバーを疑うしかなかった。
「待ちなさいマスター。
早計にもほどがあります。
確かに名高き騎士がマスターの首をはねたなど、信じられませんが…」
新たに現れた女。
紺色の長い髪に、頭に触覚のようなものが生えている。
しかも、時折動いているのだ。
「この少女の様子を見れば推測は出来ます。」
「特に弁明をするつもりはない。
確かに俺はマスターを殺した。」
「……はぁ」
ため息をついて、立ち上がった。
「マスター」
「放っておいて…気分が…悪い」
重い体を引きずり、歩く。
訳が分からないことばかりで頭も痛い。
夢だと思いたいほどに、この現実が悩ましい。
少し離れたところで座り込み、横になった。
そんな状態でも、例の男の声が聞こえる。
攫っただの殺しただの、一体何を言っているのかわからない。
とにかく、逃げたいばかりだった。
「おっと…問題児発見だぜマスター」
「君、大丈夫かい」
(ああもう…)
顔を隠すように、腕でふさぎ込んだ。
「こりゃ会話すら難しそうだな」
「無理もない。
とはいえ、セイバーに事情を聴かないと。
今日から戦争が本格的に始まるからね。」
二人組の男たちが増えた。
それからどんどん増えていき、結局セイバーが多くの人間から怒声を浴びせられる結果に。
しかも、セイバーは何も言わない。
言い訳も経緯も、私が監禁されていたことも言わないのだ。
(なんだよ…言えばいいのに……)
この真っ黒い空間になぜ人が集まっているのかとか、人とは思えない存在がたくさんいることとか、とにかく気になる事が多くある。
すぐに知ろうとすればきっと頭痛は強まっていくだけだ。
それでも、心の隅っこで声を上げている。
助けてもらったなら、少しは返さないと。
恩着せがましいにもほどがあるだろう。
そんな意見は却下したかったが、流せない自分も自分だ。
結局は気にしているのだ。
ゆっくり起き上がる。
ふらふらになって歩いて、人をかき分ける。
「邪魔、どけ」
シンとした人間たち。
セイバーに近寄って、息切れをしながら伝えた。
「どういう、状況なのか、知らないけど
私は小太りのおっさんに、監禁されてた
それをこいつが、助けただけ
それでいいでしょ」
セイバーの横を通り過ぎ、少し離れて膝を抱えた。
痛みが増している。
左手と右目を抑える。
(かえりたい……)
「…マスター」
痛がっているのに気づいたのだろう。
そばにきて片膝をついた。
二人一組…7組が集まって数十分が経った頃、視界が少しずつ明るくなる。
顔をあげると、ちょうど数メートル先から真っ白な空間ができていた。
知らぬ現象に後ずさりたくなった。
その白い場所に大きな旗を掲げた人物が現れる。
足元から、分子の積み重ねで体が出来上がるように、幽霊のよう。
「これより、聖杯戦争対戦カードの発表を行います。」
一部の人間は息をつめたり、少し悲鳴を上げたり。
まるで公開処刑を見ている観衆のよう。
「左翼陣営、アサシン
右翼陣営、セイバー」
びくっ、と体が震えた。
「大丈夫だ
こちらは左翼。まだ対戦ではない。」
どういうシステムなのかわからないものの、とにかくこのセイバーを指しての言葉ではないようだ。
しかし、こちらの空間にいる金髪の少女は膝をついて顔を覆っている。
「どういう、こと」
「聖杯戦争は、魔術師同士の争い。
そして必ず魔術師は使い魔で戦う。
単に使役するための使い魔ではない。
過去の英霊を召喚し、契約をすることで使い魔とする。
正しい俺たちの呼び名は、サーヴァントだ。」
だからマスター、と呼んでいたのだ。
契約したからには破棄できない…?
必ず戦わなければならない…?
「……ふざけんな…」
「…すまない」
「お前にじゃない!!!!」
立ち上がり、その旗の人物に近づく。
「おい!!お前!!どういうことか説明しろ!!」
ゴチッ!と頭に何かが当たる。
いいや、壁だ。
目に見えない壁がここにある。
余計にイライラした。
安全な場所で高みの見物をされているように思えたからだ。
そして旗の人物…いや、少女はこちらを澄ました顔で見ている。
「ふっざけんな!!!
勝手に巻き込んだくせに黙ってんのか!!!
説明責任ぐらい果たせ!!」
「新たに説明をするつもりはありません。
しかし、一つ教えるとするならば、あなたの後ろにいる者たちはあなたの仲間です。
何かを知り、何かを得たいと思うのならばそちらへ。」
「そういう意味じゃねぇよ!!!
あー!あー!ダメだ頭が痛い!!!
一発ぶんなぐってやる!!
さっきから意味が分からないことばかり!!!
一般人巻き込んでの聖杯戦争!!??ばっかじゃねえの!!
こんなん詐欺だろうが!!!いや説明しているあたり詐欺のほうがまだマシだな!!!」
足で壁を蹴りつける。
「マスター、落ち着け」
俵のように抱えられた。
じたばたと暴れてもしっかりと掴まれている。
「放せ!!ぶんなぐってやる!!!
う゛、ぐ、ぅぅ……」
「傷口が開く。じっといていてくれ。」
顔を抑え、呼吸をする。
吐き出す息が震え、何度も息をしているうちに頭がぼーっとし始めて、喚く言葉が思い浮かばなくなった。
「はぁ……はぁ………」
「とにかく、対右翼セイバーの作戦を練ろう。
こちらのセイバーは……今回は数に入れるわけにはいかないな。
信用できないわけじゃないが、新たなマスターがそんな状態ではままならないだろう。」
耳元で雑音が通り過ぎる。
脳みそだけが浮かんでいるようだ。
自分の呼吸だけがハッキリ聞こえている。
改めて、子供のように抱えなおし、セイバーは会話のみをきいている。
「はぁ…はあ……はあ……」
少しずつ、顔に張り付けていた両手を降ろしていく。
未だに気分は悪い。
正直言って何も考えたくはない。
しかし放っておくと状況は余計悪くなっていくだけだと思った。
「…降ろして」
「大丈夫か」
口を押え、立ち尽くす。
見知らぬ人間たちの会話は、やはりわからない。
両手は少しずつ下がる。
最終的に、だらりと下がってようやく頭の浮遊感は治った。
「それで、そっちはもう大丈夫かな?」
「なにが」
「いや、あんたさっきすげー興奮してたろ…」
「お前ぶん殴ってやる」
そう言った瞬間セイバーが肩をつかむ。
「とにかく、マスターは聖杯戦争について無知の状態でとてもじゃないが外で出歩けるような状態ではない。
1回戦はマスターを考慮して作戦には参加しない。
とはいえ、要請があれば俺だけでも参加しよう。」
「ああ、そうさせてもらうよ。
ところで、とりあえず自己紹介といこうか。
僕は切敷 矢継。
こっちはサーヴァント、ランサー」
「よろしくな嬢ちゃん。」
無精ひげにぐったりとしたモズコート。
対してサーヴァントは全身青いタイツだ。
「俺はアレクシ・ベネックス
で、キャスター」
キャスターと言われる、明らかにエジプト風な女は腕を組んでこちらを見定めている。
「僕はアサシンのサーヴァント
…1週間後の対戦で戦うことになっています。
主は詩絵李・B・カーロ様です。」
マスターは気分が悪そうに俯いているため代わりに言ったのだろう。
それにしても、このサーヴァントが日本出身であることが良く分かる。
「無津呂 秋……」
「俺はアーチャーだ。よろしくな。」
見かけは文学少女をそのまま擬人化したものだ。
いっぽうアーチャーも他のサーヴァントと比べて目立つかといえばそうではない。
「ミカエル・アルボーだ
……で、…バーサーカー」
スーツに眼鏡のマスターがいやいや指をさすのは存在感が抜群の大男。
自分の身長を2倍にしたくらいの背丈。
不気味な牛の面に二つの斧。
これは、否が応でも名前が分かる。
とはいえ、バーサーカーは大人しく、じっとしている。
「最後は、私でよろしいですか?
私はヴィクトル・ベシー
教会の神父をしております。」
「サーヴァント・ライダーです。
協力できることはなんでもおっしゃってください。」
こちらは似た者同士、丁寧な口調にカトリックの衣類を身にまとっている。
サーヴァントは鎧ではあるが、白地に赤のラインが走っている。
「さて、ひとしきり話し合いは落ち着いた。
言葉の壁はあるが、サーヴァントなら会話は可能だ。
何かあれば全員に周知するのを忘れないようにしてくれ。」
切敷という男がそれを言った瞬間、視界は黒で塗りつぶされた。
驚いて目を開けると、薄明るい光がカーテンの隙間から漏れている。
「……あ、さ…?」
けれど私はそれに抵抗しようと思ったことはない。
そんな考えはとうの昔に葬り去られていたからだ。
しかし今回は違う。
全くの赤の他人が、私に袋を被せて連れて行く。
どこに?だれに?
けれど不思議と恐怖はなかった。その事について、疑問がわく。
そして、抵抗するべきだと脳内で響いている。
それでもこうされることが私の本来の役目だったのではないかと、バカみたいな考えが過って黙ったままだった。
袋を剥がされ視界に現れたのは牢屋だ。
何1つ言わず鎖に繋がれる。
薄暗く、空気の悪いジメジメとした場所。
これから監禁されるのだろうか。
ぼんやりと思っていると、見知らぬ機械を持ってきた。
見た目は発電機のような、動力炉のような、とにかく何の用途に使用されるか分からない。
2つのパイプのようなものを出した。
それを視認したと同時に片方の視界が闇に覆われた。
下腹部に違和感が走る。
ふと、下を見ると、パイプのようなものがグチャグチャと私の腹を貪りながら進んでいる。
右目にもだ。
いや、肉を食らうというより、別のものを食べている。
「あ、あ、あ!」
背後から恐怖がにじみ出る。
今までの比ではない。
これは放っておいたら確実に死ぬ。
「嫌だ!やめろ!!やめろ!!!」
パイプを抜こうとすると鎖に繋がれた腕が壁に固定される。
「嫌だ嫌だ嫌だ!!!!」
むちゃくちゃに暴れた。
解放してほしい、こんな違和感は耐えられない、恐怖を追い出すために暴れているようなものだった。
しかし私を誘拐した男はそれすら許さなかった。
ナイフで思い切り2回、左手の小指と薬指を切り落とした。
「あ゛あ゛あ゛あああああああ!!!!??」
声が枯れ果てるまで叫び、気絶した。
ドクンドクンと、傷口の主張に目がさめる。
死なせないためか、切れた指先に包帯を巻いている。
血は止まっているらしい。
『………!』
声が聞こえる。
嬉々とした声だ。
足音は2つ。
そして金属同士がぶつかり合う鈍い音もした。
2人の人物は私の前に立つ。
私は顔を上げる気力すらなく、項垂れて知らない言語を耳にしていた。
ふと、杖で顎を上げ、こちらを見やる。
今も耳元でグチャグチャと、何かを食らう音がした。
1人は私を攫った男。小太りで、こんな場所が似合う偉そうな貴族をそのまま投影したかのようだ。
もう1人は髪の長い、妙に光っている男。
これは揶揄ではなく、事実体が光っている。
しかし気に留める気力もこれ以上使いたくない。
杖から顎が落ち、いつものように項垂れた。
視界がぐらぐらする。
『………?』
『……………!!』
嬉しそうに笑い声をあげた。
まるで人生の絶頂のように。
その声を聞いて、酷く泣きたくなる。
もうそんな体力も余裕もない。
しかし、私が苦しんでいると、悲しいと、いっそ殺してほしいと思っていることを伝えたい。
「う……うぅ…」
唸りを上げる。
しかしそんな声など、家の軋みと同様のようで、全く気にかけられずどこかへ行った。
す、と頬を撫でられた。
あまりの感触に顔を上げる。
光っている、ホタルのような男がこちらを見ていた。
「生きたいか?」
「…あ……ぁ」
ぐらつく視界と、頭の重さにまた項垂れそうになったが、顔を両手で支えられて男がまた見える。
「あなたの願いを教えてくれ」
願い?
頭の中が一斉にざわつく。
解放してほしい、助けてほしい、眠りたい、食事が欲しい、殺したい死にたい、返してほしい、虐げたい虐げられたい、まとめて死んでほしい
いろいろな言葉が浮かび上がった。
しかし、私が答えられる最適の言葉は
「かえりたい…」
どこに帰るかも、どこに行きつき還るのか、中身のない願いだったが男は承諾した。
「あなたの願いを聞き届けた。
これからはあなたの剣として戦おう。」
ああ、かえしてもらえる。
それに酷く安心して、目を閉じてしまった。
耳には破壊の音が聞こえる。
肌には抱き上げられた温もりがある。
指先は痛みが走る。
違和感は取り除かれた。
本当に意識が戻ったのは、ベッドの中だ。
風が撫でていく。
明るい日差しで白い部屋が余計に眩しく思える。
瞬きを繰り返すと、優しく頭を撫でられた。
「ここは安全だ。もう少し眠るといい。」
そう言うのなら、きっとそうなのだろう。
瞳を閉じて、もう一度眠りの中を彷徨った。
もう一度、朝を迎えるように目覚めた。
そこには看護師が指先の包帯を取り替えているところだった。
『!!
目覚めたんですね!よかった!
まだ安静にしていてくださいね!』
またもや聞きなれない言葉。
ぼうっとした私には尚更分からなかった。
それから医師がやってきて処置と検査をされたのだが、なすがまま。
体には酷く疲れが乗っかっていた。
医者はこちらに何かを問いかけているが、分からずじまい。
言葉を理解しようにも、発音のカケラすら分からない。
ぽかんとしている私に対して、とうとう口を閉じてしまった。
看護師も気まずそうにしている。
こういう時、どうすればいいのかわからない。
すると、後からやってきた看護師がタブレットを持ってきた。
そこには様々な言語を羅列されていたが、日本人なのでもちろん日本語に目がいく。
指で触ると、翻訳機能が起動した。
(なるほど、私が何人か分からなかったんだ)
そうやってなんとかやり取りをしていくうちに自分のことが分かってきた。
まず何故、病院にいるのか。
早朝、血まみれになって病院の入り口にて倒れているのをすぐに助けられたらしい。
そして、手術をしたが左手の小指と薬指は切断。
右目は失明。下腹部…つまり子宮になんらかの問題が今後現れるかもしれないということだった。
というのも腹と目にとらばさみのようなものが食い込んでいたのだから当然だ。
とにかくいくつかの体の問題は随時対処するとのことだが、改めてここは何処なのかと尋ねた。
医師はなぜだか気まずそうな顔をして、ぼそりとつぶやく。
「……フランス?」
思わず口にする。
頭に袋を被せられていた間に、そんな遠いところまで攫われていたというのか。
顔色の変化に、次は医師が質問をする。
名前、年齢、どうして倒れていたのか、などなど。
隠していたところでメリットもない。
できれば日本に早く帰りたいと願うばかりだ。
包み隠さず、伝えると、それは大事件だ、と医師、看護師は口々に言う。
とにかく今日はもうしばらく休んでください、と医師は言った。
それに頷くと、軽い食事をして、ベッドに横になった。
その間に警察に通報して、事件性を調べてもらうらしい。
(はぁ…)
話していただけなのに、言葉が通じないだけで気力が削がれた。
大人しく目を閉じる。
暗い世界にいた。
いや、揶揄ではない。
これはちゃんと地に足を付け、全身にいつもの重力が感じられ、感触もある。
(夢…にしては、鮮明すぎる)
そして、指のかすかな痛み。
倦怠感。下腹部と右目の重み。
「う…」
気分が悪くなり、膝を抱えた。
「大丈夫か?」
共にしゃがんでこちらを覗くのは見たこともない男だった。
いいや、この蛍のような光は見覚えがある。
しかし、それでもだ。
こんな大男、まったく知らない。
このようにやさしく心配されるような関係は無いはずだ。
脳裏に恐怖がへばりつく。
急いで走った。
痛みなどいまさら気にする必要などない。
とにかく恐怖を取り払うべく、走り続けた。
「……あ?」
息を切らして50メートル先に見えるのは、先ほど急に現れた大男。
なぜ?どうして?
そんな私の意図を読んだかのように男は答えた。
「ここはただの夢の中ではない。
かといって、厳密にいえば現実ではないが…まぁ、ほぼ現実だと思えばいい。」
ゆっくり近づき、手のひらを向ける。
「セイバーと、呼んでくれ」
どっと、背中に降りかかる痛みと疲労に膝が崩れた。
しかし男…もといセイバーと名乗った男はすかさず支えて、ゆっくり地べたに降ろす。
「大丈夫か
昨日今日で治るような傷ではないだろう。
いや、俺が驚かせたせいか…すまない。」
そういえば、腕を締め付けていた鎖から解放した男はこいつだ。
そう気づくよりも先に、痛みで背を丸めた。
「ふ、う…う……う」
「膝にもたれるといい。」
片膝をつき、もう一対は立てていた。
遠慮なく背中を預けると、少しは気が楽になった。
とはいえ、この真っ暗な空間からどうすれば出られるのかわからない。
合わせてこのセイバーという男の正体もなぞのままだ。
「ところで、誰」
「ああ…そうか…あなたは監禁されていたから知らないのか」
考えるように顎に手を当てて目を伏せる。
「…参加者が集まるまで時間もあるようだ。
それまでに、説明できることはしておこう。」
まずセイバーが口にしたのは『聖杯』といわれるものだ。
かつて小説で何度か目にしたことがある。
それはどんな作品であれ、万能アイテムとして登場している。
日本ではあまり馴染みはない。
「その聖杯が何」
「端的に言えば、その聖杯を奪い合う戦いが起こっている。」
「はぁ?」
セイバーは、『聖杯がある』前提で話をしている。
そんなまやかし、すぐに信じられるわけがない。
そもそも、なぜ奪い合う必要があるのかさえ。
「意味が分からない…」
「聖杯は存在している。とはいえ、何でも願いのかなう魔法の杯…となっているかどうかは実際に見てみなければわからないが、
それでも普通の人間…または魔術師からすれば喉から手が出るほど欲しがる代物であることに間違いはない。」
「魔術師って、なに。
聖杯を奪い合ってるのは魔術師たち?」
「ほとんどの場合はな。
あなたを攫って監禁した男も、魔術師だ。
しかし今回の聖杯戦争は一般人が多くの割合を占めている。」
完全に巻き込まれ損、というやつだと察した。
監禁された時からなのだろう。
この体にパイプを刺して何をしていたのかはわからないものの、あの小太りの男が聖杯戦争とやらに参加し、聖杯を欲しがっていたことは確かなようだ。
「それで、リタイアは」
「できないな。通常の聖杯戦争ならまだしも、今回は特に。
他の者が許しはしないだろう。」
「…………さっきから、他の人、とか参加者、とか言っているけど。
その人たちは何」
気が重くなっていた。
気だるく、とにかくこんなところから出ていきたかった。
それでなくとも今は心に余裕がないのだ。
見知らぬ土地に見知らぬ人間。通じない言葉。
ストレスは膨れ上がっている。
「一番乗り……ってわけじゃなさそうだな」
見知らぬ声が聞こえる。
右向きに振り返ろうとするが、目が見えないことを思い出して俯いた。
「おい、ちょっとどういうことか説明しろよ」
「説明もなにも、昨晩ルーラーから達しがきただろう。
それがすべてだ。」
セイバーのそっけない回答は男をイラつかせただけだ。
「そういうことを言ってるんじゃねえっ!
なんでマスターを殺したかって聞いてんだ!!」
(殺した…?)
わざわざ前に回り込み、男は感情を包み隠さず吐き出している。
しかし、私の頭と左手の包帯を見て口をつぐんだ。
「っ…と、とにかく、あの人だって急に巻き込まれた一般人だ!!どうして殺したんだ!!
しかもちゃっかり新しいマスターをそろえてやがる…!!」
(マスター?)
先ほどセイバーが言ったことと矛盾している。
どちらかが間違いを言っているに違いないが、こちらの今の心理状況として、正体のしれないセイバーを疑うしかなかった。
「待ちなさいマスター。
早計にもほどがあります。
確かに名高き騎士がマスターの首をはねたなど、信じられませんが…」
新たに現れた女。
紺色の長い髪に、頭に触覚のようなものが生えている。
しかも、時折動いているのだ。
「この少女の様子を見れば推測は出来ます。」
「特に弁明をするつもりはない。
確かに俺はマスターを殺した。」
「……はぁ」
ため息をついて、立ち上がった。
「マスター」
「放っておいて…気分が…悪い」
重い体を引きずり、歩く。
訳が分からないことばかりで頭も痛い。
夢だと思いたいほどに、この現実が悩ましい。
少し離れたところで座り込み、横になった。
そんな状態でも、例の男の声が聞こえる。
攫っただの殺しただの、一体何を言っているのかわからない。
とにかく、逃げたいばかりだった。
「おっと…問題児発見だぜマスター」
「君、大丈夫かい」
(ああもう…)
顔を隠すように、腕でふさぎ込んだ。
「こりゃ会話すら難しそうだな」
「無理もない。
とはいえ、セイバーに事情を聴かないと。
今日から戦争が本格的に始まるからね。」
二人組の男たちが増えた。
それからどんどん増えていき、結局セイバーが多くの人間から怒声を浴びせられる結果に。
しかも、セイバーは何も言わない。
言い訳も経緯も、私が監禁されていたことも言わないのだ。
(なんだよ…言えばいいのに……)
この真っ黒い空間になぜ人が集まっているのかとか、人とは思えない存在がたくさんいることとか、とにかく気になる事が多くある。
すぐに知ろうとすればきっと頭痛は強まっていくだけだ。
それでも、心の隅っこで声を上げている。
助けてもらったなら、少しは返さないと。
恩着せがましいにもほどがあるだろう。
そんな意見は却下したかったが、流せない自分も自分だ。
結局は気にしているのだ。
ゆっくり起き上がる。
ふらふらになって歩いて、人をかき分ける。
「邪魔、どけ」
シンとした人間たち。
セイバーに近寄って、息切れをしながら伝えた。
「どういう、状況なのか、知らないけど
私は小太りのおっさんに、監禁されてた
それをこいつが、助けただけ
それでいいでしょ」
セイバーの横を通り過ぎ、少し離れて膝を抱えた。
痛みが増している。
左手と右目を抑える。
(かえりたい……)
「…マスター」
痛がっているのに気づいたのだろう。
そばにきて片膝をついた。
二人一組…7組が集まって数十分が経った頃、視界が少しずつ明るくなる。
顔をあげると、ちょうど数メートル先から真っ白な空間ができていた。
知らぬ現象に後ずさりたくなった。
その白い場所に大きな旗を掲げた人物が現れる。
足元から、分子の積み重ねで体が出来上がるように、幽霊のよう。
「これより、聖杯戦争対戦カードの発表を行います。」
一部の人間は息をつめたり、少し悲鳴を上げたり。
まるで公開処刑を見ている観衆のよう。
「左翼陣営、アサシン
右翼陣営、セイバー」
びくっ、と体が震えた。
「大丈夫だ
こちらは左翼。まだ対戦ではない。」
どういうシステムなのかわからないものの、とにかくこのセイバーを指しての言葉ではないようだ。
しかし、こちらの空間にいる金髪の少女は膝をついて顔を覆っている。
「どういう、こと」
「聖杯戦争は、魔術師同士の争い。
そして必ず魔術師は使い魔で戦う。
単に使役するための使い魔ではない。
過去の英霊を召喚し、契約をすることで使い魔とする。
正しい俺たちの呼び名は、サーヴァントだ。」
だからマスター、と呼んでいたのだ。
契約したからには破棄できない…?
必ず戦わなければならない…?
「……ふざけんな…」
「…すまない」
「お前にじゃない!!!!」
立ち上がり、その旗の人物に近づく。
「おい!!お前!!どういうことか説明しろ!!」
ゴチッ!と頭に何かが当たる。
いいや、壁だ。
目に見えない壁がここにある。
余計にイライラした。
安全な場所で高みの見物をされているように思えたからだ。
そして旗の人物…いや、少女はこちらを澄ました顔で見ている。
「ふっざけんな!!!
勝手に巻き込んだくせに黙ってんのか!!!
説明責任ぐらい果たせ!!」
「新たに説明をするつもりはありません。
しかし、一つ教えるとするならば、あなたの後ろにいる者たちはあなたの仲間です。
何かを知り、何かを得たいと思うのならばそちらへ。」
「そういう意味じゃねぇよ!!!
あー!あー!ダメだ頭が痛い!!!
一発ぶんなぐってやる!!
さっきから意味が分からないことばかり!!!
一般人巻き込んでの聖杯戦争!!??ばっかじゃねえの!!
こんなん詐欺だろうが!!!いや説明しているあたり詐欺のほうがまだマシだな!!!」
足で壁を蹴りつける。
「マスター、落ち着け」
俵のように抱えられた。
じたばたと暴れてもしっかりと掴まれている。
「放せ!!ぶんなぐってやる!!!
う゛、ぐ、ぅぅ……」
「傷口が開く。じっといていてくれ。」
顔を抑え、呼吸をする。
吐き出す息が震え、何度も息をしているうちに頭がぼーっとし始めて、喚く言葉が思い浮かばなくなった。
「はぁ……はぁ………」
「とにかく、対右翼セイバーの作戦を練ろう。
こちらのセイバーは……今回は数に入れるわけにはいかないな。
信用できないわけじゃないが、新たなマスターがそんな状態ではままならないだろう。」
耳元で雑音が通り過ぎる。
脳みそだけが浮かんでいるようだ。
自分の呼吸だけがハッキリ聞こえている。
改めて、子供のように抱えなおし、セイバーは会話のみをきいている。
「はぁ…はあ……はあ……」
少しずつ、顔に張り付けていた両手を降ろしていく。
未だに気分は悪い。
正直言って何も考えたくはない。
しかし放っておくと状況は余計悪くなっていくだけだと思った。
「…降ろして」
「大丈夫か」
口を押え、立ち尽くす。
見知らぬ人間たちの会話は、やはりわからない。
両手は少しずつ下がる。
最終的に、だらりと下がってようやく頭の浮遊感は治った。
「それで、そっちはもう大丈夫かな?」
「なにが」
「いや、あんたさっきすげー興奮してたろ…」
「お前ぶん殴ってやる」
そう言った瞬間セイバーが肩をつかむ。
「とにかく、マスターは聖杯戦争について無知の状態でとてもじゃないが外で出歩けるような状態ではない。
1回戦はマスターを考慮して作戦には参加しない。
とはいえ、要請があれば俺だけでも参加しよう。」
「ああ、そうさせてもらうよ。
ところで、とりあえず自己紹介といこうか。
僕は切敷 矢継。
こっちはサーヴァント、ランサー」
「よろしくな嬢ちゃん。」
無精ひげにぐったりとしたモズコート。
対してサーヴァントは全身青いタイツだ。
「俺はアレクシ・ベネックス
で、キャスター」
キャスターと言われる、明らかにエジプト風な女は腕を組んでこちらを見定めている。
「僕はアサシンのサーヴァント
…1週間後の対戦で戦うことになっています。
主は詩絵李・B・カーロ様です。」
マスターは気分が悪そうに俯いているため代わりに言ったのだろう。
それにしても、このサーヴァントが日本出身であることが良く分かる。
「無津呂 秋……」
「俺はアーチャーだ。よろしくな。」
見かけは文学少女をそのまま擬人化したものだ。
いっぽうアーチャーも他のサーヴァントと比べて目立つかといえばそうではない。
「ミカエル・アルボーだ
……で、…バーサーカー」
スーツに眼鏡のマスターがいやいや指をさすのは存在感が抜群の大男。
自分の身長を2倍にしたくらいの背丈。
不気味な牛の面に二つの斧。
これは、否が応でも名前が分かる。
とはいえ、バーサーカーは大人しく、じっとしている。
「最後は、私でよろしいですか?
私はヴィクトル・ベシー
教会の神父をしております。」
「サーヴァント・ライダーです。
協力できることはなんでもおっしゃってください。」
こちらは似た者同士、丁寧な口調にカトリックの衣類を身にまとっている。
サーヴァントは鎧ではあるが、白地に赤のラインが走っている。
「さて、ひとしきり話し合いは落ち着いた。
言葉の壁はあるが、サーヴァントなら会話は可能だ。
何かあれば全員に周知するのを忘れないようにしてくれ。」
切敷という男がそれを言った瞬間、視界は黒で塗りつぶされた。
驚いて目を開けると、薄明るい光がカーテンの隙間から漏れている。
「……あ、さ…?」
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