たそかれ

傷の経過も良好。一針縫ったが傷が塞がり次第抜糸すればそれで終わりだ。
雀を東京へ連れてきた理由はいくらでもある。しかし長らく連れ回しているとそれこそ悪評が回るだろう。
雀は二泊三日で旧愛知県へ戻ることとなった。

「龍水さんが乗せてくれるって言ってたけど…ほんとに徒歩で帰るの?」
「指導は続きますから、途中で切り上げるわけにはいきません」
「それはそうだけど…」

氷月は白いガーゼが恨めしく見える。帰ったらすぐさま縛り上げてやろうとまで思った。だが雀が氷月の腕を触り、思考は強制的に移行する。

「アザ、消えてない…」
「それが、どうかしましたか」
「仕方のないことだってわかってるし、私がへにゃちょこだからこう思ってるのもわかる。でも……あんまり怪我しないでね」

筋肉質の、血管が浮いた腕は雀の腕と比べても太く逞しい。心配などする余地もないくらい氷月は鍛え抜かれていた。

「私のことより自分を優先してください。次こそは私を呼ぶように」

ガーゼの上から手の甲で撫でる。雀はすぐはにかんでいた。


「あれで付き合ってないってマジ?」

モズですら胸焼けする距離感に二人は未だ気づいていなかった。



集落は娯楽施設ができると知り皆期待に胸を躍らせていた。港もできてこれからこの地域はより賑やかになっていくだろう。
そして何よりも重機の借り受けが出来、ダムの完成期間が大幅に早まった。雀の肩の荷もいくらか軽くなる。
そもそもダムの建設は仕事のない、この土地で復活した者のための仕事。言うなれば公共事業でもあり合法で金銭を渡すことのできる口実だ。事実土木工事の給料よりも多少色をつけて渡されている。
雀はこの仕事が終われば各自仕事を見つけ、街の復興を後押ししなければならないと周知していた。ダムができれば水力発電もできる。つまり電気が通りこれから街が発展する地盤は整いつつあった。

港の工事員として採用される者、早速港に土地を買い店舗を考えている者、様々だ。だが、雀はこれからのことを考える余裕もない。ダムを完成させれば解放されるというゴールを目指す以外の思考は持てなかった。

「雀、あんた今の工事終わったらどうするの」

母親の言葉にぎくりとするがその場しのぎの言い訳を口にする。

「大丈夫だよ、いい仕事あるから」
「もう完成は半年後でしょう?うちにいれるお金どうすんの」
「うん…」
「同じ額入れてくれないと困るんだからね」

お金は常に付きまとう。むしろお金があるということは経済水準は旧世界に近づきつつあるということだ。そしてこの集落で一番給料をもらっている雀は集落に住む男性からのアプローチに困っていた。石世界であれ旧世界であれ金持ちはモテる。特に石世界のほうがその特徴は顕著であろう。

「それにいい加減結婚しないと」
「そうだぞ、子ども産んで集落に貢献しないとな。これからの時代は労働力だ!」

適当に返事をして、その日もまたワタタの墓参りに行った。砂利が敷かれた門戸を越えて、庭先にあるワタタの墓の前で座り込んだ。
氷月はまだ東京から帰ってきていない。真っ暗な夜の中で雀は孤独を抱えていた。



死者を蘇生した、という点で死んだ自覚のある者のメンタル観察は必須だ。全世界を飛び回るゲンが久々に雀の元を訪れた。一人一人の相談窓口などと銘打っているものの対象は雀のみ。

「わ、わぁ、本当にあさぎりゲンさんだ!」

石化状態で雀の姿を見たことはあるが発狂して逃げ出してしまった事件以降、正直忙しすぎてその後の経過を見れなかったのが実情だ。
氷月が肩入れする存在とはどういうものか、野次馬の気持ちも持ってこの場に臨んでいた。第一印象は人当たりのいい子。そして基本的に人に興味があり素直そうである。

「どうも〜でも最近はマジシャンとしても活動できていないし、こうしておしゃべりすることが唯一の癒しなわけ〜」
「普段、何されてるんですか?」
「現地の人の交渉役かなぁ。資材をあっちにやってこっちにやって〜ってお願いしてるの」

すごーい…とありきたりな反応。ここまではいいとして、問題はこの後だ。

「俺の話もいいけど、雀ちゃんのことも聞かせてよ」

龍水から聞いた話では真面目、知的好奇心がやや高め、恥ずかしがり屋で魅力的ときいたが最後の特徴は龍水の「欲しい」が原因だろう。
急にそんなことを言われたら並の女性は顔を真っ赤にさせてしまうばかりだ。

「普段何してるの?」
「仕事の管理業務です。シフトとか、業務の振り分けをして工務の期間を調整してます」
「へぇ〜俺と似てる仕事〜奇遇〜!」
「似てないですよ!私なんて自分のその日の仕事で手一杯で…それ以外のことは考えるのも難しいんです」
「……おうちで何してるの?ご両親も一緒にいるよね?」

曖昧な笑顔を浮かべる。当初の有名人と会った、という喜びとは全く違う。

「家族と過ごしてます」

雀は一般人なのだからメンタリストのゲンと違って嘘を貫き通すことができない。それが無自覚であってもどこかにサインとして現れる。

「そっかそっか〜何か困ってることとかある?」
「いえ…特には」
「そういえば氷月ちゃんの幼馴染ってほんと?」
「えっ!?氷月くん知ってるんですか!?」
「知ってるも何もマブよマブ」

何度か殺されかけそうになった過去がいまや懐かしい。

「氷月くんって、すごいんだなぁ…」
「すっごい堅物で、ちゃんとしてる、が口癖だしキャラ濃いし…一度会ったら忘れられないよ」
「たしかに、でもたくさん話すようになったのは最近…それこそ私が石化から解放された後です。氷月くん、確かに堅物だけどすごく面倒見よくて優しいんですよ」

幼馴染にはそういう特別対応をしているらしい。氷月のそういう一面を知れただけでもゲンは楽しいのだがそれよりも家族の話と氷月の話は顔色が大きく変わる事実に注目した。
過労死したと聞いているものの、基礎能力が高くあれだけ敏腕に仕事をこなすことができる。過去のことは氷月でさえも知らないがゲンには過去の糸口があらぬ所で見えてしまった。

雀は本当に過労死だったのか?


「ゲンさんってすごく聞き上手だし話し上手なんですね、あっという間に一時間経っちゃいました」
「ん〜新鮮でかわいい反応嬉しいな〜氷月ちゃんによろしく伝えておいて」
「はい!もちろんです!」

やはり理由をつけて常時誰かが監視している状態にしなければならない。それは雀のメンタルに関して不安があるから、というわけではない。もし、生き返ったと言ってしまえば?その情報だけでも禁忌であるのに、もし「過労が原因の死ではない」と口にすれば?
パニックが世界を覆うに決まっている。雀の後ろ姿をじっと観察していた。

ゲンは禁忌を知る者にリスク警鐘を強めた。暗号を混ぜたモールス信号だ。ゲンが使用する受信機に早速返事があったのは龍水だ。

「欲しい!」

あの自信満々の笑顔が目に浮かぶ。モールス信号でも元気なところは相変わらずだ。
時間が経つといつものメンバーが暗号を送ってくる。

「メンタルが不安ならゲンのそばに置くのはダメなのか」

これは司からだ。それはそれで構わないが氷月が許さないだろう。加えて互いに関係値は低い。そんな人物と共に世界各国を回ることを選択しないだろう。

「対応は任せる」

シンプルな返事は千空だ。とにかくタイムマシン計画が忙しいはずだ。
ここは一先ず、滞在期間中ゲンが仕事現場を見てまわり監視することにした。氷月が帰ってきたら役目を引き継がせよう。

ただの過労死だと断言できるのならどれほど楽か。何気ないありふれた女に、禁忌の情報を付与してしまったことに腹の底が重たく感じる。これは氷月も同じ気持ちだろう。





氷月が久々に集落に戻るやいなや視界に入り込んだのはあさぎりゲンだ。思わず眉間の皺を深くする。

「ゲッて顔しないでよ〜傷つくなぁ」
「していませんが?」
「それよりちょっと話したいことがあってね、ほんの数分俺にくれない?」

氷月も薄々勘付いている。おそらく雀のことだろう。ほむらを先に集落にいかせ、ゲンと氷月は密談を開始する。

「雀さんに何かありましたか」
「さっすが幼馴染!まぁ何も問題はないっちゃ無いんだけど〜…探りを入れて欲しくてさ」

口元に手をやり、潜ませる。

彼女は本当に過労死なのか。

氷月は何を馬鹿なことを、と言いたかったが確かにずっと引っかかっていた言葉がある。それゆえに否定はできなかった。

「仕事中、俺も見守ってたんだけどみんなと仲良しだし、おかしな点はなかった。だから氷月ちゃんはできるだけ雀ちゃんのこと見守っていて欲しいんだよね」
「……できるかぎり善処します。ですが、期待されている結果になるとは限りませんよ」
「大丈夫、雀ちゃんは氷月ちゃんのことだーいすきだから」

別の意味で口を閉ざす。神妙な空気になった氷月を見てゲンはニヤニヤとわざとらしく小突く。

「あっれ〜!?大好きっていうのは友だちとしてってことなんだけど何か期待しちゃった〜!?」
「うるさい口なら槍で縫い付けてあげましょうか」
「ひぎゃー!冗談だってばー!」

平謝りする態度にも慣れた。槍を納めて、ある意味嘆きを口にした。氷月にとっては迂闊な言葉で、ゲンにとっては本心を知る言葉でもある。

「雀さんは、ただ静かに暮らすだけではいけないのでしょうか」

何の罪を背負い、ここにいるのだろう。まるで今の雀への監視体制は罰しているようにも見えた。

「うん、俺もそうあればいいと思ってる。けど、雀ちゃんの死はどういうものだったのか。複数の要因を知って守ってあげないといけない。これは復活させた俺たちの責務だと思うから」

過労死ではなく、もし外的要因が原因なら。石化の秘密から人類を守るためにも雀の観察は必要不可欠だ。

「雀ちゃんのプライベートに首を突っ込む気はないけど、できるだけ気をつけて」
「……ええ」

氷月に雀の秘密を暴くのは荷が重い。ただでさえ自分の秘密を…いや、罪を明かしていないのだから。
ゲンはスケジュールがあるからといって急いで行ってしまった。氷月は重い足取りで自身の道場へ戻る。影が長く伸びる時間帯。西日が目に差し込み眩しい。
開けっぱなしの門をくぐると、ウサギの墓の前に雀が両手を合わせて佇んでいた。

「雀さん」

「えっ、氷月くん!?いつ帰ってきたの!?」

雀が氷月をじっくり観察する。足元は枯れ葉や土まみれでたった今帰ってきたのだと察する。

「ご飯作るよ!疲れたでしょう?」
「いえ、結構です。慣れていますから」
「ってことはほむらちゃんもだね!ご飯二人分作ってくるからゆっくり休んでて!」

氷月の横を走り抜けていく。額の傷のことも忘れているのかもしれない。荷物を下ろして雀の家へ向かう。確かに疲労はあるがそれよりも雀のことを観察する。ゲンに頼まれたため、約束を果たさなければならないがどこか己を深掘りすると別の感情もあるように思えた。

実に一ヶ月。顔を合わせていなかったせいだろう。

家に向かうと入り口で揉めていた。

「俺たちの食糧だぞ、どこに持っていくんだ」
「大丈夫、すぐ稼いで補充するから」
「そう言うことを言ってるんじゃ無い、どうしてお前はいつも勝手なんだ」
「ごめんお父さん、勝手なのはわかってるけどやらなきゃいけないの」

家族で揉めるくらいなら必要ない。雀の精神的負担を軽減するために一歩近づく。

「雀!この間の暴動もこうやって勝手なことしたからおこったんじゃない!?周りのことも考えなさい!」
「お願い、仕事はちゃんとしてるし今だけわがままさせて、遠出してでも買いに行くし苦労させないから」
「これから結婚して子どもも産まなきゃいけないっていうのに額に傷なんかつくって!」
「そうだ、嫁の貰い手がなくなったらどうするんだ!」

一家の頭上に影がかかる。一同見上げると逆光になって表情が一切わからない大男…氷月が雀の背後に立っていた。

「氷月くん、ほむらちゃんのところに行ってきて、大丈夫、ちょっとした痴話喧嘩だから」
「今のが、痴話喧嘩ですか」

愛娘に与える言葉にしては棘がある。本人たちは大したことのないものでも雀にとってはどういうものか、少しは理解できてる。

「ご、ごめんなさいねぇ見苦しい所を。でもこの子ったらお転婆で、しっかりしてないものだからついつい口が出ちゃうのよ」
「雀、うち入りなさい。氷月くん、すまないけどまた」

扉を閉められる前に氷月がこじ開けた。単純な力の差を、まずは雀の父親に見せつける。閉めようとした扉をいとも簡単に開けられるものだから父親も呆気に取られる。

「雀さんはちゃんとしていますよ。この集落の誰よりも」

氷月の言葉に母親は頭に血が上る。カッとなりやすい母親は氷月に向かって声を荒げた。

「あなたねぇ!うちの雀をたぶらかしてるのか知らないけど、その態度は何なの!?」
「お母さん、お願い落ち着いて、不安なんだよね、これからどうなるのか…大丈夫だよ、私がまた稼ぐから」

間に入る雀の言葉すら耳に入れようとしない。氷月は冷めた目で見ているだけだ。

「ご、ごめんね、すぐ持っていくから…お母さん気が立ってるの。家から離れてて」
「雀はねぇ!あなたと違って結婚して家庭を持って子どもを産んでもらわなきゃいけないの!邪魔しないでちょうだい!そもそも雀!全部あんたがしっかりしないせいでしょ!!」

氷月はたまらず腕を引いた。かごに入った食糧を全て家の中へ。雀の肩を寄せて、静かに連れていく。初めての行動に雀も目を白黒させるばかりだ。

「雀をどこにつれていくんだ!」

父親の言葉にすら無反応。むしろそれが氷月にできる最低限の温情だった。
雀の背中を押して、外套の内側に入れる。氷月は雀を庇っていた。雀もそれを知り、氷月の内側の温かさに抵抗する気はなくなっている。

「いい加減にしてちょうだい!!」

ばこん!と氷月の頭に何かぶつけられた。雀が振り返ると母親が箒を持って氷月の頭を殴ったのだ。

「やめてお母さん!」

大きな手が雀の口をふさぐ。代わりに氷月が振り返った。

「雀さんをしばらくお借りします」

はっきり言い放ち、共に道場へ戻る。氷月はよくぞ自分に向かって殴ってくれたと僥倖に思うばかり。何せ体裁を気にして周囲に雀が連れ去られたとは言いづらいだろう。何せ氷月に暴行をしたのだから。

「氷月くん、ご、ごめんなさい、頭、痛い、よね、どうしよ…」
「あんなの殴られたうちに入りませんよ。腰も引けていて何も力が入っていませんでした」
「そ、そうかも、しれないけど、でも」

雀の手は震えている。唇も青くなり極度の緊張が見えた。震えが止まるよう上から包む。

「今回のことで私はあなたの感情面を全く考えていません」
「え」
「雀さんに投げる言葉が非常に不愉快だった。それだけです。嫌ならここから逃げて構いません。私は追いかけませんから」

言い終わると雀は氷月に腕を回した。ぎゅ、と少しだけ力を入れてすぐ離れる。

「嫌じゃないよ。ありがとう、ちゃんとしてるって、言ってくれて……」

大粒の涙を溢しながらくしゃくしゃの顔で笑った。初めから、こうすればよかったのかもしれない。あの日朝から歩いていた雀の手を引いて、上がっていけと言えば死なずに済んだかもしれない。
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