カイジたちの夜

坂崎のおっちゃんが、ようやく覚えたボーゲンで斜面を転がっていく。
いや、あれはボーゲンじゃないな。でんぐり返りだ。
おっちゃんは斜面下まで転がり、やがてヨロヨロと立ち上がった。
おっちゃんの着てる虎が描かれたスキーウェアには雪が沢山ついて、雪で虎の毛皮が浮き上がって見えた。
「まるで白虎だな」
「何か言ったかね、カイジくん」
「い、いえ、なにも……」
オレは引きつった笑顔をおっちゃんに向けた。
ここは長野県のとあるスキー場だ。
なぜオレがここにいるというと、話せば長くなる。
商店街の福引きで当たったのだ。
鐘をかき鳴らされ、オレが貰ったのは数枚の旅行券とパンフレットだった。
緑のパンフレットを開くと、雄大な雪山を背景に、お洒落な雰囲気のペンションが建っている写真がでかどかと載っていた。
そして、『ペンションシュプールへようこそ』という煽り文句。
オレが欲しかったのは三等の米1ヶ月ぶんだ。
あからさまにガッカリしていると、買い物途中の美心に見つかってしまった。
それからは、二人旅行なんて許さんぞ。わしもついて行く、と早合点したおっちゃんがあれよあれよと旅行の段取りを決めてしまった。
で、今にいたると……。
「転がる……滑るのはもうそろそろ終わりにしようか、おっちゃん」
空を見るといつの間にか雲は厚くなってて、天気が崩れそうだった。
美心ははしゃぎすぎて疲れたらしく、一人でリフトに乗ってしまった。
オレたち三人は、旅行会社のタクシーに乗り込み、スキー場を後にした。
「カイジくん、隣に来て」
「こらっ、カイジくん、美心にくっつくな!」
オレは後部座席から出て、助手席に座った。
年配で訛りのひどい運ちゃんが、オレを見てうんうんうなずく。
フロントガラスにはもう雪が積もっている。空はすっかり暗くなっていた。
「今夜は吹雪くなぁ……」
呪文に近いことを呟いていたが、かろうじてその部分は聞き取れた。
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