裏切りとはかいの竜 

盗賊団に焼かれた村には、少年しか生き残りがいなかった。

炎からすくいあげたのは小さな少年だった。
肌は雪花石膏のように白い。
小さな手のひらがアテムの手を握りかえす。

(何てむごい……)



(オレがもう少し早く着いていれば……)


「皇子。自分を責めてはいけません」
「マハードか……オレは一体、コイツに何て声をかけてやればいいのか……」
「皇子……あれを!」


炎の中に巨大な竜がいた。
光沢のある黒い鱗が爛々と光っている。
黒い竜は軍を見下ろしている。

(何て美しい竜なんだ)

黒い竜はどこの神界でも見たことはないものだった。圧倒的な力を感じる。


「ひ、ひぃい……化け物……」
「皇子をお守りするのだ!」
「待て……! 竜に攻撃するな!!」

怯えた兵士が槍を投げた。
アテムは咄嗟に投げた槍に向かって手を差し出した。
手のひらに槍が貫通してアテムは片膝をつく。
黒い竜が頭を垂れる。

黒い竜はアテムの傷ついた手のひらを舐める。
竜の目は破壊だけじゃない光があった。
黒い竜は消えていった。


(まさか……この者の精霊なのか……?)


幼い姿にこんな力があるなんて……。
精霊の能力は宿主の欲求を現す。圧倒的な破壊を感じたのは、少年がすべてを破壊したい憎しみを秘めているからだ。

寝台に横たえると、少年の目から涙が流れた。
アテムは手を握った。


「皇子、なりません! 下々の者になど……」
「頼む。ふたりにしてくれ。オレならこの少年の精霊を鎮められる」
「皇子……」

神官たちは部屋をあとにする。
アテムは祈る。

(頼む……死ぬな)

「なに……?」


握った手から少年の記憶が流れこんできた。
燃やされる村。あたたかい家族。
少年の瞼がぴくりと動いた。

少年は目を覚ました。
アテムの顔に触れてくる。

「どうして泣いてるの……?」
「え……」

アテムは言われて初めて泣いてるのに気づいた。
少年は弱々しく笑った。

「大丈夫……ボクがいるよ」

少年はアテムの肩を抱いた。
その瞬間、なにか堅いものが一気に溶けるのを感じた。
だからかもしれない。
名を問われて、教えてはならない真名を教えてしまった。



少年の名前はユウギ。
ユウギはこの世界でただひとり、皇子の名前を口にする。

「アテム」


ユウギに名前を喚ばれるたびに、支配されるような、力が湧いてくるような感じがした。
だから自分も喚びかえす。

「ユウギ」
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