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Little Fairytale -Ritsu-
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『idol』は、歌声によって人智を超えた力を扱う。
対象の身体能力を引き上げるもの、怪我を癒すものもあれば、意識の掌握、感覚の奪取、自然を利用した迎撃、対象が違えば災厄となり得るような力まで、その種類は多岐に渡る。
言葉としては分かっていても、その力を実際に目の当たりにすると、目を奪われてしまうのは致し方ないことだ。
「F地区、対象沈黙! 凛月先輩、凄いです!」
後輩からの純粋な賞賛を受けて、謳い終えた凛月が満足そうに頷く。振り向いた拍子に視線を感じたのか、目が合った俺にも得意げな笑顔をくれた。
無事『調律』を終えて万全の状態で挑めた討伐作戦は、想定よりも順調に進んでいた。
凛月は勿論、リーダーを含めるユニットメンバーの個々の実力が高い。
通常はユニットとして謳う場合、全員の力を一つにして力を扱う方法がよく見られるが、今回は対象区域が広く、逃げた魔獣が街に侵入してもいけないことから、森全体を包囲するようにして一人一人が護衛を伴ってそれぞれのエリアで作戦を遂行していた。
森の中心部へと進むうちにメンバー同士が合流し、最後は魔獣の住処を全員で叩くという寸法だ。
並大抵の『idol』は決して行おうとしない、一人一人がフルール・ド・リスの称号を持つ彼らだからこそできる、強気な作戦である。
そんなハイレベルな仕事に、怯みもせずに臨んでゆく彼らの、凛月の姿を見ていると、改めて体の不調が改善して良かったと思う。
勿論、体質的な問題自体は変わっていないが、『調律』が成功してからは、ふらつく様子も、極端に怠そうな様子もない。
あの後『調律』の技術者である青葉さんに見てもらったが、器具以外での『調律』が『ES』で成功したのは非常にレアケースだと根掘り葉掘り色々聞かれてしまった。
彼らのために一役買えたのであれば、それも悪い気はしない。
凛月本人はと言えば、あれから歌の出力が頗る良いそうだ。
彼の歌は、練習中に何度か聞いたことがあるけれど、実際に戦場で聞くと桁違いに迫力がある。
曲の強さ、声の強さではなく、上手くは言えないが、織り上げた『音』一つ一つに込められた芯の強さ、魂を晒す覚悟、全能感に飲まれない、騎士としての誇り。そういうものが、彼の優しい歌声を変質させないままに乗っている気がして、立場上
この感想は正しいのか、凛月の歌は、基本的に相手の心を掌握するものが多かった。
対象の戦意を喪失させて、戦闘不能にする。必要であれば、その間に俺や他のメンバーが対象を撃破する。
凛月ほど歌を使いこなしていれば、対象を攻撃するようなこともできそうだが、そういった歌を謳っているところは、見たことがない。
誰にでも得手不得手はあるだろう。そんなふうに思って、今まで気にしたこともなかったが。
ともかく、作戦は非常に快調と言える。
このままいけば、問題なく帰還することができるだろう。
凛月も、合流した朱桜—さん付けはやめてほしいと言われた—達も、まだまだ体力が残っているように見える。
早く帰還して、彼に労いの紅茶を淹れよう。
そんなふうに思いながら、次のエリアへと移動を始める彼らの背中を追おうと、足を踏み出した、その時。
「先輩!」
危ない、と発したのは朱桜。その声が向けられた凛月に、より近かったのは俺だ。
「……!」
飛行型の魔獣、なんて、聞いていない。
調査隊が派遣された時は隠れおおせていたのか、たまたま居合わせた渡り鳥のようなものか。
歌での応戦はとても間に合いそうにない。抜刀している暇さえ。そんなことを、考えるよりも先に。
飛び出した体が、獰猛な魔獣の鉤爪に触れたことよりも、背中に庇った彼がどんな表情をしているだろうかということの方が、頭の割合を占めていた。
「っ……たぁくん!!」
抗いようのない力に体が弾き飛ばされる寸前、誰かに抱きとめられる。
「たぁくん、たぁくん……!!」
視界が鮮明ではなくなる。
声も遠いような。
ああ、なんでもっと近くで、身構えておかなかったんだ。そんな後悔が浮かぶが、ぼやける思考の奥へ泡のように溶けていく。
確かなのは、初めて聞く彼の酷く焦ったような声が、恐らく自分に向けられていることと、獣の咆哮が、すぐ近くで響いていること。
ここは一旦撤収した方がいい。朱桜、凛月を連れてリーダーのところへ、なんて言葉が紡げるほど、体は自由な状況になく。
「……さない」
薄れゆく意識の中へ、低く震えた声が届く。
目を閉じる直前に見たのは、深い闇の色をした、茨のようなものが蠢く——
幻じみたその光景を最後に、俺は完全に気を失った。
柔らかな陽光のようなぬくもりに、冷たい水底に沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。
固く凍えた体が、子守唄に似た歌声に、引き上げられるようにして、感覚を取り戻してゆく。
「……」
「あら、目が覚めた?」
ぼんやりとした思考のまま、それが何かも分からずに視線の先の明かりを見つめていると、頭上から不意に声がかかった。
首を動かして……
「……凛月は」
「凛月ちゃんはそっち」
自分が助かったのか、とか、多分助かったのは鳴上さんのお陰で、薄ぼんやりとした意識の果てに聞いた歌声は鳴上さんのものだったのだろう、とか色々浮かぶことはあるけれど、気を失う直前まで響いていた凛月の悲痛な声が離れなくて、尋ねてしまう。
そっち、と示された方向を見ると、仮設のベッドに凛月が横たわっていた。ここはどうやら、作戦決行前に設置したベースキャンプのテント内らしい。
それよりも、気を失った時、凛月は怪我をしていなかったはずだ。あの後何かあったのか?
不安そうな顔でもしてしまったのかもしれない。鳴上さんが一瞬、憂うような表情をしてから目を伏せる。
「あんたが魔獣にやられた後ね、凛月ちゃん、軽くパニックになっちゃったみたいで。司ちゃん曰く、今まで聞いたことがない歌の一節を謳ったって。アタシ達が駆けつけた時にはもう魔獣は事切れてて……凛月ちゃんも、アタシ達を見て、すぐに気を失っちゃった」
今まで聞いたことがない歌。その歌で、凛月が魔獣を葬ったのだろうか。
「凛月ちゃん、歌で攻撃をしないでしょ? だけどその時の司ちゃんは、アタシ達に救援信号を送るので手一杯だったって言うし……普段歌わないだけで、攻撃のできる歌があるのかもしれないわね。……なんて言うには、魔獣の状態、かなり……」
言い淀む姿に、言葉の続きを想像する。
けれど、口に出すことが適切ではない、そんなふうに判断をしたのか、鳴上さんは軽く首を振って話を変えた。
「ま、無事に……って、あんたが無事じゃないけど、作戦が終わったんだし、良しとしましょ。凛月ちゃんもひとまず気を失ってるだけみたいだから。帰ったらちゃんとお医者様に見てもらうけどね。あんたと一緒に」
一通りのことを話し終えると、鳴上さんは俺が目覚めたことを報告するためにテントから出ていった。
手数をかけたこと、助けてもらったことに諸々の謝罪と礼を伝えて見送ってから、向かいのベッドで眠る凛月を見る。
軽いパニック状態に陥ったと、そう言っていた。
俺の怪我は、概ね塞がった程度まで鳴上さんが治癒してくれたようだが、実際はどれくらい深かったのだろう。
襲いかかってきた魔獣の鉤爪を思い出す。割と結構、まずかったように思える。それに、凛月の俺を呼ぶ声。
目の前で知り合いが大怪我をする光景なんて、見たくないに決まっている。
目が覚めたら、なんて声をかけたらいいんだろう。
まずは最初に、謝らなければいけない。
そう心に決めて、今はもう少しだけ休ませてもらおうと、目を閉じた。