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Little Fairytale -Ritsu-

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「それじゃあ今日の会議は終わり。各自任務に備えて」

 数日後に控えた少し大きめな魔獣討伐作戦の会議を終えて、サブリーダーを務める瀬名さんが片付けを始めた時だった。
 席を立とうと体制を変えた凛月の体が、ふらり、と音もなく傾く。

「……ッ!」

 思わず駆け寄って、支える——が、触れた手の、あまりの冷たさに背筋が冷えた。

「ちょっと、くまくん大丈夫……!?」
「ん……たぁくん……、みんなも、ごめん。ちょっと寝不足でさ〜」
「凛月ちゃんが寝不足? 夜眠れてないの?」
「今日は休んだ方がいいです、先輩」

 口々にかけられる言葉に、腕の中から返答とも呻きともとれないくぐもった声が返される。
 寝不足。ではないことはが知っている。彼はベッドに入るのは遅い方だが、大抵眠ったのを確認してから部屋を出ているし、寝つきが悪いようにも見えない。朝は本当に起きづらそうだけど……。

タクト、だっけ。リッツのこと休ませてやってくれ。自主練はさせないで」

 リーダーを務める月永さんが、冷静にこちらを見て言う。柔らかいが、緊張を促す声音だ。不調の理由に誤魔化しがあることに、気付いている。
 頷いて、大袈裟だと首を振る凛月を無視して支えながら会議室から出る。向かうべきは、私室よりも、医務室、だろうか。
 そう判断して医務室へ向けて歩き出すと、普段よりも大分怠そうな声が待ったをかけた。

「中庭がいい……」
「けど、日差しが」
「うん、だから傘さして、屋根のあるとこまで連れてって。風とかあった方が、落ち着くから」

 屋根のあるとこ、とは、一番最初に会ったあの場所か。気を休めるにはいいかもしれないが、今は医者に診せたい気持ちが強い。けれど。

「たまにあるんだ。次の定期検診で、話すから。今は休憩。ね」

 お願い、と、そう言われてしまえば、無理に連れていくことも忍びない。
 次の定期検診は、確か一週間後だ。『idol』達は定期的に『ES』からの指示で体に不調がないかの検査を受ける。一週間だと、それより先に討伐任務が始まってしまう。本当にいいのか、そうは思えど、今調子が悪い凛月の希望を無視することもしたくはない。
 体調が悪化するようなら、今度こそ医務室に連れていこう。そう決めて、中庭へと方向を変えた。


「……ありがと〜。だいぶ落ち着いてきた」

 ベンチに着くなり、「枕」と言われて膝を奪わた。この体勢だと何かあった時に運びづらい、なんて懸念を抱きつつ見守っていたが、涼しいガゼボで休むことで、本当にいくらか調子が回復したようだった。
 触れているだけでも心配になるほどだった体温は、未だ低くはあるが、先よりはましに思えてようやく胸を撫で下ろす。

 同時に、後悔が滲む。
 朝に調子が悪いのはいつものことだ、と、不調のサインを、見逃していたかもしれない。会議中は的確に進む内容の把握に注力して、肝心の凛月の顔色を見ていない。これではとても、守っていると言えたものではない。
 それに、『たまにある』体調不良のことも、知らなかった。もっと健康状態に、関心を持っておけばよかった。
 全然、満足に任務をこなせていないじゃないか。

 今にも溢れそうなため息を飲み込んでいると、とんと足をつつかれた。

「百面相」
「そりゃなる。気付かなくてごめん」

 目に見えて肩を落としている様子に面白みでもあるのか、膝の上でくすくすと笑いを零す姿にほんの少しだけ安心する。人をからかう言動をするのは、ちょっと余裕が出てきた証拠だろう。
 緩んだ気のままにその艶やかな髪に手を伸ばしかけて、やめた。そんな関係でも場合でもない。あくまでは護衛役だ。子育てのていだったら、いいかもしれないけど。そんなの仕草にどう思ったのか、凛月は横向きに体勢を変えて、再び目を閉じる。

 白い頬、低い体温。今閉ざされている瞳は、血のように紅い。
 特徴だけを挙げれば、まるで歴史に残る悪名高い吸血鬼のようにも思えるが、今日日きょうび赤っぽい瞳の人間は探せばいるし、人型の魔物ははるか昔に討伐されたと言われている。それよりも、虚弱とも言える体質の方が気になって、膝に寝転ぶ姿をじっと見つめた。

 寝不足ではない。さっきの症状は、どちらかと言うと……。

「貧血?」
「ん〜」

 立ちくらみに似た様子に、一つ思い当る節があって尋ねた。
 けれど、凛月の返答は曖昧だ。

「色々混ざってる感じ。なんか最近、『調律』の具合も良くないんだよねぇ」

 『調律』というのは、歌声を操る『idol』達が正しくその能力を扱えるように、自身の中の『音』の力を調整する医療行為だ。
 彼らは普通の人間とは違う『音』の捉え方をする。触れる音、感じる音、大地の音を力に変える。それは厳密には一般で言うところの音とは別の元素だと言われているが、それらについては未だ解明されていないことも多い。

 わかっているのは、『音』が多すぎても、少なくても彼らにとっては良くない。そして同時に、取り込む『音』が体質に合っていなければ、不調を来すかもしれないということだ。
 そういった事態が起きないように、『ES』には『idol』が扱う『音』を調整する最新の技術があった筈だが。

「人によるんだってさ。ぴったりはまる音が見つからなくて、毎回探り探り。今回は特に上手くいかなかったみたい」

 だから次の検診まではどうにもならないのだと、半ば諦めのように続けられる言葉にもどかしさが募る。

「心配しなくても、任務はちゃんとやるからさ」

 任務の心配をしているわけではなくて。
 騎士として、市民の安全は、とか色々言われそうなことはあれど、今の自分は、ただの『市民を守る騎士』ではない。

 何か、できることがないだろうか。
 片膝に感じる仄かな体温に思う。
 やり場のない感情に寄り添うように、柔らかな風が拳を撫でた。
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