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Little Fairytale -Ritsu-
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この世界には『idol』という特殊な力を持った人間が存在する。
舞台に立ち、歌を謳うことで周囲の人間の潜在能力を引き出し、災厄を制圧する人智を超えた力。それを扱う者達が。
国は彼らを平和の象徴とし、必要に応じて有事の対応協力を要請することによって人々の安寧を保ってきた。が、近年数を増している災害は、その多くが彼らの歌声を妨げるほどの勢いを持っていた。
平和の歌を、途切れさせるわけにはいかない。
その志から生まれたのが、四つの管轄で以て『idol』達の管理を行う『ES』、そして『idol』達の守護者である『promiser』を育成するための機関——所謂、『P機関』である。
***
昼下がり。
無駄に長く豪奢な廊下は、昼食後の眠気を助長する。上司曰く『特別に光栄な任務』とやらを遂行するための気合いはいまいち手元になく、先程居座った食堂に置いてきた可能性が高かった。
高窓から差す日差しに、目を細める。平和な午後。それを謳歌できる日々は素晴らしい。そんな日常を保っているのは、今や街を守る騎士達ではなく、特殊能力者を数多保有し徹底的な管理を行う『ES』と呼ばれる組織だ。数年前に国の災害対策として唐突に設立され、人々の指示を得ていく勢いは、それはもう凄まじかった。飛ぶ鳥を落とす勢い——この場合の『飛ぶ鳥』とは、ちょうど設立の一年くらい前に自分が所属してしまった騎士団も含まれる。
そんなことがあり、方針を含めて百八十度変わった我が国の騎士団は、現在『ES』の体制を更に強固なものにしたい上層部の煽りを受けて新たな任務を賜っている。その任務というのが、今回自分が対象となった、特別に光栄な、『P機関』に所属して特殊能力者『idol』を守護する、というものである。
『P機関』。『ES』が制定した契約で以て、平和を守る『idol』達を護衛する人材を育成するための機関だ。『ES』の決まりによると、『idol』達には一人につき一名、もしくはユニット—『idol』の集まりのことをユニットと呼ぶ—単位で護衛役が着くことになっている。騎士団からは一名毎に着くこととなっているが、正直なところ恐らくこの任務は大して重要ではない。
何故ならば、今回我々が護衛する対象の『idol』達も、同じ団の一員だからだ。元々は団も数人、能力者を擁していた。だが『ES』設立にあたって彼らのメインの所属は『ES』となり、上の意向としては、団からも所属者が出る以上、国の膝元である騎士団こそ新たな体制の模範とならなければいけない……とかなんとかで、ひとまずは団の所属者同士で繋がりを保っておくことにした。
とはいえ、いかに守護対象といえど、騎士という肩書きを持つからには彼らもそれなりの能力は持っている。大抵の有事は自分の判断でどうにかできるような。護衛と言えば聞こえはいいが、『P機関』への所属、それは事実上の厄介払いである。
概ね、従順ではないとか、ちょっと不真面目な団員を選んで指名している感じだ。……そう、俺のような。
別に反抗的なつもりはない。ただ、団に志願して試験を通ったその翌年に大幅な体制変更があったものだから、少しばかり拍子抜けして、それが勤務態度に出てしまっただけで。あと少し小隊のメンバーと気が合わず馴染めなかっただけで。それが原因で新設のよくわからない機関に配属されたとなっては、足取りが重くならざるを得ないけれど。
ともあれ。
『護衛対象はよく中庭で寝ている』。
そんな言葉を聞いて、間の抜けた声が出てしまったことは記憶に新しい。
なんでも、本当かどうかは定かじゃないが昼間は調子が出ないとか。歌声の美しさはさることながら、隊の集合にも遅れてやってくることが多い自由人だそうだ。……いや、自由人具合で言うと、そもそも集合をかけておきながらよくどこかへ失踪するらしいユニットリーダーと、別の管轄の後輩に夢中で勝手にお忍びで会いに行くらしいメンバーの方がずっと自由度は高そうだから、まだ控えめな方でよかった。それにあんまり生真面目でも話しづらい。
長い廊下を抜けて、中庭へと続く重たい扉を開けてよく手入れのされた緑の庭園を見回す。目に見える範囲にはいないようだ。確かめて、石畳を踏む。
そもそも今の時間は休憩時間ですらないから、同僚がいるのは普通おかしい……はずではあるけれど、事前情報もあるので念の為奥まで見ておこう。
と言っても、奥は入り組んだ迷路のような生垣と、光の差さないガゼボくらいしかない。どうせ昼寝をするならサンルームだとか、そういう明るい場所の方が向いていそうだけど。
「……!」
そう思って、半ば投げやりに見やったガゼボのベンチに、見慣れない人影があった。
思わず足音を潜めて、近づく。群青の隊服、団の中でも有数の実力者の証である、フルール・ド・リスの刺繍。それらを纏っていながらも、決して寝心地はよくなさそうなベンチに横たわって呑気にすやすやと眠る少年の手の甲には、『idol』の証である刻印があった。間違いない。彼が俺の護衛対象だろう。ベンチの足元には、外したあと風にでも飛ばされたのか、裏返ったままの手袋が落ちている。どうやらルーズという噂は本当らしい。
さてどうしたものか。起こして挨拶を済ませる、というのが常識的に考えて妥当な行動だが、この後のスケジュールを考えると、『対象と親睦を深める』としか書いていないため、正直起こさなくても問題はない。
念の為、ベンチの前でしゃがんで顔色を確認してみる。体調が悪そうには見えない。ただの昼寝、だ。それにしても、随分と血色が薄い。不調かどうかを判断するぎりぎりのラインに見える。線も細いし、この体躯でフルール・ド・リスの認定試験に受かったというのは俄に信じ難い。艶のある黒髪に、長い睫毛。顔立ちを見ると、少年と言うより、少女のような。……まぁ、そういうことを考えても仕方ない。色んな人がいるんだな。その程度で——
「……ふふ」
まじまじと見ていた、少年の肩が揺れた。思わず、え、と声が漏れる。
耳を撫でた吐息に似た声の発生源を辿ると、当然ながら目の前の姿で。起こしてしまったか、というか起きていたのか、いつから。そんな疑問が口から出る前に、睫毛を震わせて、ゆっくりと開かれたその、深い紅色をした瞳と、目が、合う。
「そんなに見られたら穴が空いちゃうよ。あんたでしょ。今日から『P機関』に来た、かわいそうな騎士のひと」
かわいそう、とは言い得て妙だ。けれど、確かにここに足を運ぶまでの内心的には、その表現が合っていたかもしれない。
……まで、という言い方を強調したのは、既にこの時の自分の心が、目の前の紅色の瞳をした少年に、まるでそよ風にでも吹かれたみたいに、揺らされてしまったらしいからで。
「あんまり仕事ないと思うけど、まぁ、ゆる〜くやろうよ。とりあえず、よろしく〜」
そう言って目を細める彼が、固まった俺の手をちょんとつつく。我に返って、差し出した手と手が触れ合う一瞬、色白な彼の手の刻印が僅かに輝いた気がした。
凪いだ夜の海を思わせる声音は、いい加減な言葉とは裏腹、抑え込んでいた胸の内の波を見透かすように触れて大人しくさせていく。
何かを守る、漠然としたそんな希望のために取った剣の意義を、見出せないまま歩む日々の出口が、刹那だけ、見えたような気がした。そんな大それた邂逅に、言葉を探す俺自身はまだ、気付く由もなく。
朔間凛月。
これは、そう名乗った彼へ、願いも、誇りも、想いも、全てを捧げる騎士の物語の、序章。
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