復活短編集
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日もすっかり暮れて、暗くなった外を見遣りながら雲雀恭弥は荷物を纏める。今日の業務を粗方終え、急ぎのものも全て処理した。残りは明日以降でも問題ないだろう。
鞄を手に席を立った時、出入り口からノック音が鳴る。
「委員長。今よろしいでしょうか」
「構わないよ」
入室してきたのは、風紀副委員長の草壁哲也だ。本日の必要事項は既に伝達済みであったが、下校するところだった雲雀の足を止めることを詫びながらも追加事項を報告する。
「先程仕入れたばかりの情報で、まだ裏は取れていないのですが。校内の不良グループのひとつが最近、不穏な動きをしているそうで。委員長を狙っているという噂もあるので、早めにお伝えしておこうかと」
雲雀を狙う輩は後を絶たない。その殆どが弱者だ。現時点の少ない情報だけでは、楽しみにするという程の感情は動かない。それは目の前の部下も承知の上だろう。
「そう、分かった」
「引き留めて申し訳ございません、本日もお疲れ様でした」
脇に避けて深々と頭を下げる草壁に、何を言うわけでもなく応接室を後にした。
学生の姿が減り、入れ替わるように帰宅途中の社会人や自動車が増えてきた時間帯。雲雀が自宅の玄関に入ると、この家の住人ではない靴が揃えて置かれていた。特に気に留めることなく上がり框を越えて、長い廊下を渡る。
辿り着いた自室の襖を開けると、一人の少女が目に飛び込んできた。
「おかえり恭弥……」
まるで自分の部屋の如く、畳の上で仰向けに寝転がる制服姿。明らかに落ち込んでいる声色と表情に、用件を察した。
「また振られたの、名前」
「う゛ん……」
テーブル越しに正面を陣取る。程なくして運ばれてくるであろうお茶を待つことなく、雲雀は身体を起こした苗字名前の話に耳を傾け始めた。
「で、今回は何が駄目だったのさ」
「『俺なんかじゃ君と釣り合わないから』って引け腰状態で言われた……」
「いつからそんな高値の花になったんだい」
「分からないよぉぉ」
わあっと顔を伏せる少女とは、何だかんだ十数年来の付き合いになる。有り体な言い方をすれば幼馴染みだ。そんな名前は昔から、誰にどう告白しても必ず惨敗していた。断っておくが、彼女は誰もが羨むような美貌や才能を持ち合わせている訳でもなければ、雲雀が裏で根回しをしたこともない。――全く影響がないとは言わないが。
合間で使用人が入室して置いていったお茶に口をつける。名前が嘆いている姿はばっちり見られたが、慣れているので無反応だ。
「そろそろ一度諦めたほうがいいんじゃない。誰彼構わず告白するから、警戒されてるのかもね」
「辛い正論をぶつけないで。嫌だ嫌だぁ、別に誰でも良い訳じゃない。ちゃんとその時その瞬間は運命の人だ、ってなるんだよ」
「何でもこだわりすぎると必死さが滲んでくる。それが恋愛においてどう作用するか、興味のない僕でも分かるよ」
「今日いつにも増して鋭利だね、痛いよ心が」
雲雀の幼馴染みは何処までも普通で、等身大の女子中学生だ。強いて言うなら人より少しだけ喧嘩慣れしていて、恋に恋をしている。
「ああ、私も一生に一度の恋、したいなあ」
上を向きながら、がくん、と目の前にある首の力が抜けた。無理だろう。少し気がある程度の意識を運命だ、などと勘違いするお子様思考では。雲雀は程よく温度の下がってきたお茶を、言葉と共に飲み切った。
「彼氏出来たっ」
名前が天にも昇りそうな声色で報告してきたのは、それから三日後のことだ。
「相手はB組の人でね、向こうから告白してきてくれたんだ。ずっと前から好きだったって」
「ふぅん、良かったね」
文字通り心底嬉しそうな表情を浮かべた少女を前に、雲雀は顔にこそ出さなかったものの内心引っ掛かっていた。別に交際を始めたこと自体は、何ら不思議ではない。ただ少し、疑問に思ったのだ。ずっと好きなら、何故すぐに行動を起こさなかったのか。名前は実質手当たり次第に告白していたのだから、恋人を募集していたのも知っていた筈だ。これほど分の良い賭けもないだろうに。気持ちを告げる勇気が出なかったといえばそれまでだが、いずれにせよ雲雀には理解出来ない考えだった。
「うわあぁ、どうしようどうしよう。何か泣きそう、泣かないけど」
「結ばれたのなら此処に来るのはまずいんじゃない?」
「あ、それは大丈夫だよ。その人私が恭弥の幼馴染みなの知ってるし、異性と話すの禁止みたいな束縛はしないからって。家の行き来も、今まで通りでいいよって言ってくれたの」
「…………そう」
古馴染みとはいえ、好きな女が異性の家へ一人で行っても、何も言わない男。そんなこと、あり得るのだろうか。途中まで考えて一旦脳の働きを止めた。雲雀にとって、名前はただ家が隣同士だっただけの間柄で、腐れ縁のようなものだ。干渉するつもりも、況してや過保護にするつもりもない。
「少し前にハルちゃんとビアンキさんと話して気が付いたんだけど、私って結構好きの意志が弱かったのかなあって。やっぱり想うなら一途にだよね。彼のこと、絶対大事にするんだ」
訪れてから絶え間なく締まりのない顔を見せる名前。今が幸せの有頂天と言わんばかりで、どうしてか雲雀は、微かに不快さを覚えた。
屋上から下の景色を眺めていると、幼馴染みと彼女を慕う後輩が共に歩いているのが見える。
「名前さん。最近、顔色悪いですけど。大丈夫ですか?」
「平気だよ、どこも悪くないから大丈夫」
名前は、どうしてだか意気込みに反して日に日に元気がなくなっていった。この件において決して愚痴の類は吐かなかったものの、雲雀から見れば原因など明白だ。小動物達も気に掛けてはいるようで、何かと実情を引き出そうと試みているようだ。
「…………」
「委員長?」
「いや……それで?」
本日の定時報告の最中だった草壁は上司の違和感に気付いたものの、本人が口にする気がないと分かってそれ以上の言及は避ける。
「例の不良グループなのですが。風紀委員会と敵対の意思はあるものの、人数集めの方は難航しているようでして。動き出すにしても、大規模になる可能性は低いとのことです」
「何だ、つまらないな」
雲雀は退屈そうに目を細める。顔ぶれからも動向からも、骨のありそうな気配はない。ただでさえ薄かった意欲が、余計に冷めていくのを感じた。
「対処は君達に任せるよ」
「分かりました」
一礼して草壁が出て行くのを横目に、欠伸をする。
荒事に雲雀が出張らないのは、別段珍しいことではなかった。並盛町は揉め事が絶えないので、その全てを一人でこなしきれるかと言われると現実としてそうではない。風紀委員の中でも、草壁や実力のある人間に任せるのは間々あることだ。だがそもそも最近の雲雀は、強敵でなければどうにも興が乗り切れていないところがある。無論喧嘩を売られれば弱くても買うのだが、弱虫相手に心から楽しめているかと言われれば微妙なところで。
脳裏を過ぎるのは少女の姿。無理矢理笑みを浮かべる顔が、どうにもちらついて仕方が無い。
「…………」
見回りでもしようか。雲雀は立ち上がって屋上を後にする。本校舎は特に問題がない事を確認して、屋外へ足を進めた。並盛中学の不良は主に空き教室や裏庭に溜まりやすいが、最近はB棟の脇に根差している者も増えてきている。群れていたら気晴らしに遊ぼうと思ったのだ。
案の定、そこには屯している輩がいて。目の前で草食動物が群れているという不愉快さと、叩きのめせるという喜びを覚える。準備体操にもならなさそうなのが七匹。今日は他に当ても無いので、あれで良いかと妥協した時だった。
「お前、まだあいつからヒバリの弱み握れてねえのかよ」
思わぬところで自身の名前が出て、動きを止める。校舎の影から様子を窺ってみると、見覚えのある顔を見つけた。あれは確か、最近名前と付き合い出した男ではなかったか。
「もう二週間経つだろーが。何やってんだよ」
「うるせぇな。てめーらが裸送れなんて無茶言うから、向こうに警戒されてんだよ。どっちももうちょい待っとけ」
「まさか風紀委員長様の傍にあんな馬鹿な女がいたなんてな。よく気付いたよ」
「偶然ヒバリの家の隣から出てくるの見たからさ。まさかとは思ったけど、馴染みだったのはびびった」
「ヒバリもさっさと切り捨てりゃ良かったのに、あんなお荷物。俺等にとっちゃ勝利の女神様だけどよ」
下劣な会話から必要な情報のみを拾い、雲雀は事の全容を理解した。何てことはない。弱小の不良グループが、最初から自分を倒す為だけに彼女に近付いた。それだけの話だ。名前も馬鹿だな、と内心呆れる。本当はあの男のろくでもない人間性に、とっくに感付いていただろうに。初めての恋人で、大事にしたいと言った己の言葉を曲げたくなくてここまで来たのか。何にせよ、雲雀の気まぐれで全てが潰される。この件はこれでお終いだ。トンファーを握る手に力を込めた。
「今の話、本当?」
誰にとっても予想外だったのは、校舎内の窓際に名前本人が現れたことだ。悪事を知られてしまったと、男達の空気が動揺から張り詰める。
「何で……」
「今週、此処の掃除当番だから。ねえ、本当かって聞いてるんだけど」
彼女の言葉に詰まった男。上靴であるにも拘わらず、窓枠を乗り越え彼等の前に立った名前は返事を待たなかった。
「ふざけんな、このスケベ男!!」
握り拳を彼氏の右頬に叩き込む。男は大きくよろめいたが、倒れるのは何とか踏み留まった。
「散々我慢してきたけど、私を利用して恭弥に手ェ出そうってんなら話は別、全っ然別!! そういうやり方、嫌い!!」
性差も人数差も考えない、あまりの猪突猛進ぶりに雲雀は笑いが込み上げてくる。
そうだ。この幼馴染みは誰にどう思われようと、いつだって自分の中の道理と好悪を優先する。誰かの顔色を窺って繕う姿など、元来似合わないのだ。定期的に痛い目を見ている考えなしだが、そういう芯を曲げないところは、少しだけ気に入っていた。
「 一瞬でもあんたみたいなのを大事にしようなんて考えた自分が恥ずかしい! さよなら!」
名前は立ち去ろうとするも、そうは問屋が卸さない。殴られた男を筆頭に、連中がいきり立つ。
「何すんだ、このアマ!!」
「こいつが下手に出てりゃいい気になりやがって!」
ああ、いけない。このままでは獲物を減らされてしまう。柄にもなく腹を抱えて笑ってしまいそうな衝動を堪えて校舎の影から出て行くと、その場の殆どが驚愕の表情を浮かべた。
「ひ、ヒバリ……!?」
「正直、君達にはあまり期待していなかったんだけど。暇潰しにはなったよ」
振りかぶられた拳に対して、更に攻撃を返さんと構えている少女。突然の乱入者を意にも介さず、瞳に敵だけを映し続けていることが、今日ばかりは心地良かった。
「ご迷惑をお掛けしました、と、今回は大変お世話になりました。ありがとう」
評判の茶菓子を持参した幼馴染みは、いつも通り雲雀の自室で寛ぐ前に畏まって頭を下げた。基本的に弱音を吐いても助力は乞わない彼女は、雲雀が介入すると決まって礼をする。決して他人の力を当たり前に享受しないし、未だ応接室に入室したこともない。近しい間柄だろうと、名前の中で自他に明確な一線を引いているのだ。
「別に。君を助けようとした訳じゃない。偶々行き先が被っただけだ」
「それでも助かったよ。あのままいけば最終的に袋叩きだった」
どんな目に遭おうとやり返す気しかなかったくせに、よく言う。雲雀は貰った羊羹を、一口サイズに切り分けながら問いかける。
「これに懲りたら、しっかり相手を見極めてから交際するんだね」
「そうだね、身に沁みた」
静かな返事に少女を見遣る。部屋の外の景色を眺めていて目は合わないが、落ち込んだ様子はない。寧ろ、吹っ切れたような清々しい表情だった。視線に気付いた名前がこちらに顔を向ける。
「私が私のまま本気で好きになれる、そんな人がいいな。あと恭弥より優先出来るくらい想える人。これが前提条件」
内心で溜息を吐く。自分が何を言っているのか、分かっているのだろうか。否、きっと自覚はないのだろう。本当にこの子は、昔から何も変わらない。雲雀は鼻で笑った。
「なら、君は当分独り身だね」
「うん。暫くこのままでいいや」
からからと声を弾ませる少女。氷の入ったグラスのように瑞々しい笑顔が陰ることは、暫くないだろう。少なくとも、こうしてこの部屋で過ごせる内は。
鞄を手に席を立った時、出入り口からノック音が鳴る。
「委員長。今よろしいでしょうか」
「構わないよ」
入室してきたのは、風紀副委員長の草壁哲也だ。本日の必要事項は既に伝達済みであったが、下校するところだった雲雀の足を止めることを詫びながらも追加事項を報告する。
「先程仕入れたばかりの情報で、まだ裏は取れていないのですが。校内の不良グループのひとつが最近、不穏な動きをしているそうで。委員長を狙っているという噂もあるので、早めにお伝えしておこうかと」
雲雀を狙う輩は後を絶たない。その殆どが弱者だ。現時点の少ない情報だけでは、楽しみにするという程の感情は動かない。それは目の前の部下も承知の上だろう。
「そう、分かった」
「引き留めて申し訳ございません、本日もお疲れ様でした」
脇に避けて深々と頭を下げる草壁に、何を言うわけでもなく応接室を後にした。
学生の姿が減り、入れ替わるように帰宅途中の社会人や自動車が増えてきた時間帯。雲雀が自宅の玄関に入ると、この家の住人ではない靴が揃えて置かれていた。特に気に留めることなく上がり框を越えて、長い廊下を渡る。
辿り着いた自室の襖を開けると、一人の少女が目に飛び込んできた。
「おかえり恭弥……」
まるで自分の部屋の如く、畳の上で仰向けに寝転がる制服姿。明らかに落ち込んでいる声色と表情に、用件を察した。
「また振られたの、名前」
「う゛ん……」
テーブル越しに正面を陣取る。程なくして運ばれてくるであろうお茶を待つことなく、雲雀は身体を起こした苗字名前の話に耳を傾け始めた。
「で、今回は何が駄目だったのさ」
「『俺なんかじゃ君と釣り合わないから』って引け腰状態で言われた……」
「いつからそんな高値の花になったんだい」
「分からないよぉぉ」
わあっと顔を伏せる少女とは、何だかんだ十数年来の付き合いになる。有り体な言い方をすれば幼馴染みだ。そんな名前は昔から、誰にどう告白しても必ず惨敗していた。断っておくが、彼女は誰もが羨むような美貌や才能を持ち合わせている訳でもなければ、雲雀が裏で根回しをしたこともない。――全く影響がないとは言わないが。
合間で使用人が入室して置いていったお茶に口をつける。名前が嘆いている姿はばっちり見られたが、慣れているので無反応だ。
「そろそろ一度諦めたほうがいいんじゃない。誰彼構わず告白するから、警戒されてるのかもね」
「辛い正論をぶつけないで。嫌だ嫌だぁ、別に誰でも良い訳じゃない。ちゃんとその時その瞬間は運命の人だ、ってなるんだよ」
「何でもこだわりすぎると必死さが滲んでくる。それが恋愛においてどう作用するか、興味のない僕でも分かるよ」
「今日いつにも増して鋭利だね、痛いよ心が」
雲雀の幼馴染みは何処までも普通で、等身大の女子中学生だ。強いて言うなら人より少しだけ喧嘩慣れしていて、恋に恋をしている。
「ああ、私も一生に一度の恋、したいなあ」
上を向きながら、がくん、と目の前にある首の力が抜けた。無理だろう。少し気がある程度の意識を運命だ、などと勘違いするお子様思考では。雲雀は程よく温度の下がってきたお茶を、言葉と共に飲み切った。
「彼氏出来たっ」
名前が天にも昇りそうな声色で報告してきたのは、それから三日後のことだ。
「相手はB組の人でね、向こうから告白してきてくれたんだ。ずっと前から好きだったって」
「ふぅん、良かったね」
文字通り心底嬉しそうな表情を浮かべた少女を前に、雲雀は顔にこそ出さなかったものの内心引っ掛かっていた。別に交際を始めたこと自体は、何ら不思議ではない。ただ少し、疑問に思ったのだ。ずっと好きなら、何故すぐに行動を起こさなかったのか。名前は実質手当たり次第に告白していたのだから、恋人を募集していたのも知っていた筈だ。これほど分の良い賭けもないだろうに。気持ちを告げる勇気が出なかったといえばそれまでだが、いずれにせよ雲雀には理解出来ない考えだった。
「うわあぁ、どうしようどうしよう。何か泣きそう、泣かないけど」
「結ばれたのなら此処に来るのはまずいんじゃない?」
「あ、それは大丈夫だよ。その人私が恭弥の幼馴染みなの知ってるし、異性と話すの禁止みたいな束縛はしないからって。家の行き来も、今まで通りでいいよって言ってくれたの」
「…………そう」
古馴染みとはいえ、好きな女が異性の家へ一人で行っても、何も言わない男。そんなこと、あり得るのだろうか。途中まで考えて一旦脳の働きを止めた。雲雀にとって、名前はただ家が隣同士だっただけの間柄で、腐れ縁のようなものだ。干渉するつもりも、況してや過保護にするつもりもない。
「少し前にハルちゃんとビアンキさんと話して気が付いたんだけど、私って結構好きの意志が弱かったのかなあって。やっぱり想うなら一途にだよね。彼のこと、絶対大事にするんだ」
訪れてから絶え間なく締まりのない顔を見せる名前。今が幸せの有頂天と言わんばかりで、どうしてか雲雀は、微かに不快さを覚えた。
屋上から下の景色を眺めていると、幼馴染みと彼女を慕う後輩が共に歩いているのが見える。
「名前さん。最近、顔色悪いですけど。大丈夫ですか?」
「平気だよ、どこも悪くないから大丈夫」
名前は、どうしてだか意気込みに反して日に日に元気がなくなっていった。この件において決して愚痴の類は吐かなかったものの、雲雀から見れば原因など明白だ。小動物達も気に掛けてはいるようで、何かと実情を引き出そうと試みているようだ。
「…………」
「委員長?」
「いや……それで?」
本日の定時報告の最中だった草壁は上司の違和感に気付いたものの、本人が口にする気がないと分かってそれ以上の言及は避ける。
「例の不良グループなのですが。風紀委員会と敵対の意思はあるものの、人数集めの方は難航しているようでして。動き出すにしても、大規模になる可能性は低いとのことです」
「何だ、つまらないな」
雲雀は退屈そうに目を細める。顔ぶれからも動向からも、骨のありそうな気配はない。ただでさえ薄かった意欲が、余計に冷めていくのを感じた。
「対処は君達に任せるよ」
「分かりました」
一礼して草壁が出て行くのを横目に、欠伸をする。
荒事に雲雀が出張らないのは、別段珍しいことではなかった。並盛町は揉め事が絶えないので、その全てを一人でこなしきれるかと言われると現実としてそうではない。風紀委員の中でも、草壁や実力のある人間に任せるのは間々あることだ。だがそもそも最近の雲雀は、強敵でなければどうにも興が乗り切れていないところがある。無論喧嘩を売られれば弱くても買うのだが、弱虫相手に心から楽しめているかと言われれば微妙なところで。
脳裏を過ぎるのは少女の姿。無理矢理笑みを浮かべる顔が、どうにもちらついて仕方が無い。
「…………」
見回りでもしようか。雲雀は立ち上がって屋上を後にする。本校舎は特に問題がない事を確認して、屋外へ足を進めた。並盛中学の不良は主に空き教室や裏庭に溜まりやすいが、最近はB棟の脇に根差している者も増えてきている。群れていたら気晴らしに遊ぼうと思ったのだ。
案の定、そこには屯している輩がいて。目の前で草食動物が群れているという不愉快さと、叩きのめせるという喜びを覚える。準備体操にもならなさそうなのが七匹。今日は他に当ても無いので、あれで良いかと妥協した時だった。
「お前、まだあいつからヒバリの弱み握れてねえのかよ」
思わぬところで自身の名前が出て、動きを止める。校舎の影から様子を窺ってみると、見覚えのある顔を見つけた。あれは確か、最近名前と付き合い出した男ではなかったか。
「もう二週間経つだろーが。何やってんだよ」
「うるせぇな。てめーらが裸送れなんて無茶言うから、向こうに警戒されてんだよ。どっちももうちょい待っとけ」
「まさか風紀委員長様の傍にあんな馬鹿な女がいたなんてな。よく気付いたよ」
「偶然ヒバリの家の隣から出てくるの見たからさ。まさかとは思ったけど、馴染みだったのはびびった」
「ヒバリもさっさと切り捨てりゃ良かったのに、あんなお荷物。俺等にとっちゃ勝利の女神様だけどよ」
下劣な会話から必要な情報のみを拾い、雲雀は事の全容を理解した。何てことはない。弱小の不良グループが、最初から自分を倒す為だけに彼女に近付いた。それだけの話だ。名前も馬鹿だな、と内心呆れる。本当はあの男のろくでもない人間性に、とっくに感付いていただろうに。初めての恋人で、大事にしたいと言った己の言葉を曲げたくなくてここまで来たのか。何にせよ、雲雀の気まぐれで全てが潰される。この件はこれでお終いだ。トンファーを握る手に力を込めた。
「今の話、本当?」
誰にとっても予想外だったのは、校舎内の窓際に名前本人が現れたことだ。悪事を知られてしまったと、男達の空気が動揺から張り詰める。
「何で……」
「今週、此処の掃除当番だから。ねえ、本当かって聞いてるんだけど」
彼女の言葉に詰まった男。上靴であるにも拘わらず、窓枠を乗り越え彼等の前に立った名前は返事を待たなかった。
「ふざけんな、このスケベ男!!」
握り拳を彼氏の右頬に叩き込む。男は大きくよろめいたが、倒れるのは何とか踏み留まった。
「散々我慢してきたけど、私を利用して恭弥に手ェ出そうってんなら話は別、全っ然別!! そういうやり方、嫌い!!」
性差も人数差も考えない、あまりの猪突猛進ぶりに雲雀は笑いが込み上げてくる。
そうだ。この幼馴染みは誰にどう思われようと、いつだって自分の中の道理と好悪を優先する。誰かの顔色を窺って繕う姿など、元来似合わないのだ。定期的に痛い目を見ている考えなしだが、そういう芯を曲げないところは、少しだけ気に入っていた。
「 一瞬でもあんたみたいなのを大事にしようなんて考えた自分が恥ずかしい! さよなら!」
名前は立ち去ろうとするも、そうは問屋が卸さない。殴られた男を筆頭に、連中がいきり立つ。
「何すんだ、このアマ!!」
「こいつが下手に出てりゃいい気になりやがって!」
ああ、いけない。このままでは獲物を減らされてしまう。柄にもなく腹を抱えて笑ってしまいそうな衝動を堪えて校舎の影から出て行くと、その場の殆どが驚愕の表情を浮かべた。
「ひ、ヒバリ……!?」
「正直、君達にはあまり期待していなかったんだけど。暇潰しにはなったよ」
振りかぶられた拳に対して、更に攻撃を返さんと構えている少女。突然の乱入者を意にも介さず、瞳に敵だけを映し続けていることが、今日ばかりは心地良かった。
「ご迷惑をお掛けしました、と、今回は大変お世話になりました。ありがとう」
評判の茶菓子を持参した幼馴染みは、いつも通り雲雀の自室で寛ぐ前に畏まって頭を下げた。基本的に弱音を吐いても助力は乞わない彼女は、雲雀が介入すると決まって礼をする。決して他人の力を当たり前に享受しないし、未だ応接室に入室したこともない。近しい間柄だろうと、名前の中で自他に明確な一線を引いているのだ。
「別に。君を助けようとした訳じゃない。偶々行き先が被っただけだ」
「それでも助かったよ。あのままいけば最終的に袋叩きだった」
どんな目に遭おうとやり返す気しかなかったくせに、よく言う。雲雀は貰った羊羹を、一口サイズに切り分けながら問いかける。
「これに懲りたら、しっかり相手を見極めてから交際するんだね」
「そうだね、身に沁みた」
静かな返事に少女を見遣る。部屋の外の景色を眺めていて目は合わないが、落ち込んだ様子はない。寧ろ、吹っ切れたような清々しい表情だった。視線に気付いた名前がこちらに顔を向ける。
「私が私のまま本気で好きになれる、そんな人がいいな。あと恭弥より優先出来るくらい想える人。これが前提条件」
内心で溜息を吐く。自分が何を言っているのか、分かっているのだろうか。否、きっと自覚はないのだろう。本当にこの子は、昔から何も変わらない。雲雀は鼻で笑った。
「なら、君は当分独り身だね」
「うん。暫くこのままでいいや」
からからと声を弾ませる少女。氷の入ったグラスのように瑞々しい笑顔が陰ることは、暫くないだろう。少なくとも、こうしてこの部屋で過ごせる内は。
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