数奇な旅路を歩けや歩け
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※隠し弾ネタ
雲雀恭弥や不良達と一悶着あってから、みのりの中学生活は一変した。元々人望は可も無く不可も無くであったが、暴力沙汰に加わっていたということで学校内の反応が二極化したのである。一方は遠巻きにするようになった。
もう一方は。
「剣道部入ってくれよ吉田! お前となら全国制覇も夢じゃない!」
「男女は別でしょうが! 彼女のあの走りは陸上部でこそ輝くのよ!」
「女子バスケに決まってんでしょ!?」
「レスリング部だ!!」
勧誘が激増した。
どうやら部活動にかける生徒達の心に火が付いたようだ。有望な人材を我先に確保せんと動き出しており、人によっては休憩時間の度にやってくる者までいる。みのりは完全に辟易していた。
「帰宅部なんで無理。私チャンピオン目指してっから」
「大丈夫、もうテッペン取れてるよ。ストーリークリアしてるから新しい挑戦を始めていこう」
「いやまだクリア後要素残ってるから。ハナダの洞窟とナナシマ行くまで終われないから」
「いやいや」
「いやいやいや」
今日はなかなかに食い下がってくる。あまり騒がしいと近くにいる生徒の邪魔になってしまう。以前と変わらず接してくれる好意的な子達にまで嫌な顔をされるのは避けたいのだ。それに早くしないと、現在小テストの補習で足止めをくらっているらしいボクシング部の部長まで解き放たれてしまう。
もう走って振り切ってしまおうか。みのりが足に力を込めた時だった。
「君達、何群れてるの」
ブレザーの集まりの背後に立つ黒い学ラン。集団の中にあっても全く霞まない浮世離れした雰囲気。息が詰まりそうな圧を感じる佇まいに、みのりを囲んでいた者達が青褪める。
「さっさと解散しないと咬み殺す」
「ひ、ヒバリさん!?」
「すみませんでした! おい、行くぞ!」
一斉に飛び去る雀のように散り散りになっていく。全員の背中を見送ってみのりがふぃぃ、と気が抜けた息を吐いてから、雲雀へ首を向けた。
「ありがとうでした、助かったよ」
「別に。でも、こうも目につくと流石に煩わしくなってきたな。次は見逃さない」
「怖。伝えておくよ」
勧誘を受けていると、時々雲雀が追い払ってくれることがある。初めは見回りで偶々居合わせただけのようだったが、今のみのりの周りは群れが出来やすいと認識したらしい。以前顔見知りとして交流しようと戦う条件を付けたのを意識してか、将又単に草食動物が目障りなのかは不明だが、兎にも角にもありがたい事この上ない。
「いっそどこかに所属すればいいんじゃない? 君ならどれでも好成績を残せるでしょ。並中に貢献するなら、僕は歓迎だけど」
「家の手伝いに支障が出るようなことは嫌なの。唯でさえ委員会あるのに。それに、部活に入った後で暴力沙汰でも起こしてみなよ。連帯責任で大会出場停止とかになるリスクがあるから、今後雲雀くんとも戦えなくなるよ?」
「……確かにね。委員会はどこに?」
「緑化。二学期は別に入る予定」
校内に草花を増やして美化に務めるのは嫌いではないが、今の緑化委員会は人間関係が嫌だった。1つ上の学年と気が合わないのだ。多数決は必ず固まって自分達の意見を通そうとするし、悪い意味で先輩風が強い。その割には活動への熱も然程ない。来年も彼等は同じ場所に居座るだろうし、何なら三年になって余計に幅を効かせるだろうからさっさと抜けておくに限る。
立ち話もそろそろ切り上げようとしたところ、廊下の反対側からここ数日ですっかり馴染んだ叫びが聞こえてきた。
「吉田みのりー! 雲雀恭弥!! どこにいる!? 今日こそ入部してもらうぞー!!」
「おっと……」
「諦めが悪いね、彼も」
笹川了平。みのりとは同学年であり、入学したばかりにも関わらず廃部寸前だったボクシング部を立て直した期待の新星。今月には他校との交流試合も控えているのだとか。実に二年ぶりの快挙だそうだ。
そんな彼は現在部長として更なる部員を募集中である。名前を挙げていた通り、最有力候補はみのりと雲雀だ。
しかし、雲雀の方は何やら事情が異なっているようで。
「そこに居たか吉田! と……おお、黒髪! ついに友達が……いや、今聞くのは野暮だな!! ところで、ヒバリを見なかったか?」
「…………」
「いや……」
笹川が風紀委員会の副委員長を雲雀恭弥だと勘違いしていると、みのりが知ったのはつい数日前のことだ。勧誘を受けていた時、『ヒバリの方は友情を深めている最中だ』と漏らしたのを聞いて目を剥いた。絶対に笹川の勘違いだろうと思いつつ雲雀本人に確認したところ、この件は副委員長自身に解決させるだとかで静観しているらしい。難航しているのか、未だ誤解は解かれていない。
「そうか。それなら、今日のところは吉田との極限スパーリングといこう」
「え?」
「駄目だよ」
黙っていた雲雀が口を開いた。
「彼女には僕との先約がある。順番は守ってもらわないと」
「え?」
「む、そうだったのか。ならば仕方ない。先約とやらが終わった頃にまた来る!」
ではな! と言い残し颯爽と部活動へ向かう笹川。みのりが目を丸くする。驚く程聞き分けが良い。いつもそうであれば大変助かるのだが。それにしても、雲雀が口を出すとは意外だった。スパーリングを回避は出来たが、庇われたことに対して何故か寒気がしたので恐る恐る尋ねてみる。
「あのさ、雲雀くんは何で部活関連でそんな親切にしてくれるの?」
「ああ。君への貸しを沢山作っておけば、再戦が断りづらくなると思ってね」
「ひえっ」
明け透けな返答だった。みのりがこのまま、なあなあで喧嘩を先送りにしようとしているのを見通されている。釘も刺されている。恐らくは今考えていることも大体察しているだろう。決して雲雀のことを嫌っている訳ではないが、厄介な男と約束をしたものだと過去の己の軽率さにげんなりした。
「貸し、貸し、うん……まあその、ね…………あ、もうこんな時間。理科室の掃除行かなきゃ。それじゃ」
「塵一つ残さないようにね」
もにゃもにゃ言いながらお茶を濁す。みのりは本当でもある適当な口実を思いついてその場を離れた。雲雀の視界から外れるまで、獲物を見るような視線を送られていたのには気付かないふりをして。
笹川了平が重傷で並盛中央病院に運び込まれたのは、その翌日のことだ。
「ん?」
みのりが授業を終えて委員会もなく真っ直ぐ帰宅しようとしたところ、見慣れぬ姿を目にした。赤いランドセルを背負った私服の女の子が、おろおろと校門前に立っていたのだ。
「君、こんなところでどうかしたの?」
声を掛けてみると、驚きつつも少しほっとしたように肩を揺らした少女。見たところ小学校中学年から高学年といったところか。不安を解そうとみのりは屈んで目線を合わせた。
「誰かに用事? まだ残っていれば呼んでこようか」
「あ、あの……ヒバリさんいますか?」
意外な名前に目を丸くする。女子小学生が、雲雀に用事。全く以て内容が想像出来ないが、何やら切羽詰まって見えた。
「どうだろう。外の見回り行ってなければいると思うけど……あ、すみません。雲雀くん、今学校にいますか?」
通りがかりの風紀委員を捕まえる。委員長にくん付けとはどこの輩だと言わんばかりに一瞬怪訝な顔をされたが、誰だかすぐに思い当たったようだ。先日の騒動以降、彼等からみのりへの警戒の目は緩和されていた。どんな背景があったかは定かではない。
「今日はもう町内の見回りが済んでいる筈だから、ご帰宅されていなければ学校内にいる筈だ」
「ありがとうございます。じゃあ呼んでみようか」
言うが早いか、みのりは殺気を飛ばした。雲雀の細かい行方は分からない。連絡先も知らない。だかあの戦闘狂であればこれで確実である。少女の方を振り返って笑う。
「すぐ来るからちょっとだけ待っててね」
「はい!」
雲雀は二分も経たずに現れた。トンファーは既に装備済みである。生徒玄関から校門にかけては下校しようと生徒が集中していたのだが、モーセのように割ってきた。
「い、委員長! お疲れ様です!」
「随分熱烈な誘いだったね、受けて立つよ。どこでやる?」
「うんにゃ、こっちの子が用があるらしくてさ。ほら来たよ、どうぞ」
みのりに戦意がないと知り明らかに機嫌が悪くなる雲雀。の、前に出される少女。話をするには最悪の呼び出し方とタイミングである。横にいた風紀委員はこの女子小学生の身を案じて、生きた心地がしなかった。腕っ節の強い目の前の女は平気だからといって、誰でもそうとは限らない。何してくれてるんだこのアマとさえ思った。
自分のことに精一杯で状況に気付いていないのか、少女は構わず勇気を振り絞るようにして雲雀に懇願する。
「あの! 私、笹川京子っていいます……!お願いします! お兄ちゃんを、助けて下さい!」
大きな声に注目が集まる。中心に雲雀恭弥がいるのを認識すると、皆一様に目を逸らして歩を進めていった。
「……君、もう行っていいよ」
「は、はい! 失礼します!」
声を掛けられた風紀委員は、一先ず京子と名乗った少女が咬み殺されることはないと安堵した。雲雀は戦いへの高揚や機嫌次第で、手近な人間を突然トンファーで殴りつける場合がある。心配ではあったが、周囲を気にかける程度に冷静なら大丈夫だろうと持ち場に戻っていった。
そんな風紀委員の心情など露知らず、話に意識を向けているみのりは首を傾げた。
「お兄ちゃんって……ん? 笹川……笹川くん……?」
「はい、笹川了平です……お兄ちゃん、昼寝で全身を寝違えて入院になっちゃって……」
どんな理由だ。笹川が多勢に無勢で不良に怪我を負わされたというのは並中生であれば誰もが聞き及んでいる。彼のことだ、きっと妹に心配をかけたくなくて、下手な嘘でも吐いたのかもしれない。肝心の京子は、結局兄を思って涙を浮かべているが。
「明日、ボクシング部の試合なんです……すごく頑張ってたんです……何とかしてあげたいって思った時、お兄ちゃんがヒバリさんのこと話してたの思い出して……強いって……それで……」
顔をごしごしと擦った後、深く頭を下げる。
「お願いします! 明日の試合、出てくれませんか……!?」
兄を思う気持ちを胸に、未知の場所である中学校へ必死に雲雀を頼りに来たのだろう。だが、相手が相手だ。果たしてこの健気な願いを聞き入れるだろうか。そう思いみのりが隣の様子を窺った。雲雀は不機嫌さを引っ込めて京子をじっと見ている。
そして、読めぬ表情で告げた。
「いいよ」
「吉田みのりー!! どこだー!!」
校舎内に、全快した笹川了平の声が響いている。他の部活動勧誘者は雲雀との遭遇を恐れて殆ど身を引いたというのに、彼だけは相変わらずだ。勧誘するのが笹川単独であれば咬み殺す理由もないので見逃されている状態だった。
雲雀が屋上のフェンス越しにグラウンドを眺めていると、扉が勢い良く開かれる。
「おお、ヒバリ! 此処に吉田は来なかったか!?」
「さあね」
「全く、何処へ行ったというのだ彼奴は……」
辺りを見回してから笹川は扉を閉めて階段を下りていく。足音が遠ざかったのを見計らって、タンク裏に隠れていたみのりが顔を出した。
「……ねえ、笹川くんと何かあった?」
「何かって?」
「どうして一緒に勧誘されてた雲雀くんはスルーされるようになったのさ。誤解が解けようと絶対変わらずに部員候補じゃん。どんな手段使ったの? 教えてよ」
事の次第は遠からず校内中に伝わることとなるのだが。本来広い交流をしているみのりはこの時、周囲から距離を取られていたことでまだ全容を知らなかった。困り果てて知恵を授かりたがる様子を見て、雲雀は涼やかに笑う。
「思わせぶりなことをされて弄ばれたからね。君には教えてあげない」
「ええー」
「そこにいたか、吉田!!」
「げっ」
再び笹川が姿を見せる。ビシッと指をさされたみのりが助けを乞うように雲雀へ視線を寄越した。少しも目が合わない。今日は駄目なようだ。
「俺とてバカではない! 最近おまえ達の仲が良いことは見抜いていた!」
「仲良くない」
「ボクサーとしての資質に男女は関係無い! 才能は平等に磨かれるべきだ!! さあ、部室に行くぞ!!」
「んええええ」
引きずられていくみのりは、情けない声を上げて屋上から消えていった。
今日も今日とて、並盛中学校は平和である。
雲雀恭弥や不良達と一悶着あってから、みのりの中学生活は一変した。元々人望は可も無く不可も無くであったが、暴力沙汰に加わっていたということで学校内の反応が二極化したのである。一方は遠巻きにするようになった。
もう一方は。
「剣道部入ってくれよ吉田! お前となら全国制覇も夢じゃない!」
「男女は別でしょうが! 彼女のあの走りは陸上部でこそ輝くのよ!」
「女子バスケに決まってんでしょ!?」
「レスリング部だ!!」
勧誘が激増した。
どうやら部活動にかける生徒達の心に火が付いたようだ。有望な人材を我先に確保せんと動き出しており、人によっては休憩時間の度にやってくる者までいる。みのりは完全に辟易していた。
「帰宅部なんで無理。私チャンピオン目指してっから」
「大丈夫、もうテッペン取れてるよ。ストーリークリアしてるから新しい挑戦を始めていこう」
「いやまだクリア後要素残ってるから。ハナダの洞窟とナナシマ行くまで終われないから」
「いやいや」
「いやいやいや」
今日はなかなかに食い下がってくる。あまり騒がしいと近くにいる生徒の邪魔になってしまう。以前と変わらず接してくれる好意的な子達にまで嫌な顔をされるのは避けたいのだ。それに早くしないと、現在小テストの補習で足止めをくらっているらしいボクシング部の部長まで解き放たれてしまう。
もう走って振り切ってしまおうか。みのりが足に力を込めた時だった。
「君達、何群れてるの」
ブレザーの集まりの背後に立つ黒い学ラン。集団の中にあっても全く霞まない浮世離れした雰囲気。息が詰まりそうな圧を感じる佇まいに、みのりを囲んでいた者達が青褪める。
「さっさと解散しないと咬み殺す」
「ひ、ヒバリさん!?」
「すみませんでした! おい、行くぞ!」
一斉に飛び去る雀のように散り散りになっていく。全員の背中を見送ってみのりがふぃぃ、と気が抜けた息を吐いてから、雲雀へ首を向けた。
「ありがとうでした、助かったよ」
「別に。でも、こうも目につくと流石に煩わしくなってきたな。次は見逃さない」
「怖。伝えておくよ」
勧誘を受けていると、時々雲雀が追い払ってくれることがある。初めは見回りで偶々居合わせただけのようだったが、今のみのりの周りは群れが出来やすいと認識したらしい。以前顔見知りとして交流しようと戦う条件を付けたのを意識してか、将又単に草食動物が目障りなのかは不明だが、兎にも角にもありがたい事この上ない。
「いっそどこかに所属すればいいんじゃない? 君ならどれでも好成績を残せるでしょ。並中に貢献するなら、僕は歓迎だけど」
「家の手伝いに支障が出るようなことは嫌なの。唯でさえ委員会あるのに。それに、部活に入った後で暴力沙汰でも起こしてみなよ。連帯責任で大会出場停止とかになるリスクがあるから、今後雲雀くんとも戦えなくなるよ?」
「……確かにね。委員会はどこに?」
「緑化。二学期は別に入る予定」
校内に草花を増やして美化に務めるのは嫌いではないが、今の緑化委員会は人間関係が嫌だった。1つ上の学年と気が合わないのだ。多数決は必ず固まって自分達の意見を通そうとするし、悪い意味で先輩風が強い。その割には活動への熱も然程ない。来年も彼等は同じ場所に居座るだろうし、何なら三年になって余計に幅を効かせるだろうからさっさと抜けておくに限る。
立ち話もそろそろ切り上げようとしたところ、廊下の反対側からここ数日ですっかり馴染んだ叫びが聞こえてきた。
「吉田みのりー! 雲雀恭弥!! どこにいる!? 今日こそ入部してもらうぞー!!」
「おっと……」
「諦めが悪いね、彼も」
笹川了平。みのりとは同学年であり、入学したばかりにも関わらず廃部寸前だったボクシング部を立て直した期待の新星。今月には他校との交流試合も控えているのだとか。実に二年ぶりの快挙だそうだ。
そんな彼は現在部長として更なる部員を募集中である。名前を挙げていた通り、最有力候補はみのりと雲雀だ。
しかし、雲雀の方は何やら事情が異なっているようで。
「そこに居たか吉田! と……おお、黒髪! ついに友達が……いや、今聞くのは野暮だな!! ところで、ヒバリを見なかったか?」
「…………」
「いや……」
笹川が風紀委員会の副委員長を雲雀恭弥だと勘違いしていると、みのりが知ったのはつい数日前のことだ。勧誘を受けていた時、『ヒバリの方は友情を深めている最中だ』と漏らしたのを聞いて目を剥いた。絶対に笹川の勘違いだろうと思いつつ雲雀本人に確認したところ、この件は副委員長自身に解決させるだとかで静観しているらしい。難航しているのか、未だ誤解は解かれていない。
「そうか。それなら、今日のところは吉田との極限スパーリングといこう」
「え?」
「駄目だよ」
黙っていた雲雀が口を開いた。
「彼女には僕との先約がある。順番は守ってもらわないと」
「え?」
「む、そうだったのか。ならば仕方ない。先約とやらが終わった頃にまた来る!」
ではな! と言い残し颯爽と部活動へ向かう笹川。みのりが目を丸くする。驚く程聞き分けが良い。いつもそうであれば大変助かるのだが。それにしても、雲雀が口を出すとは意外だった。スパーリングを回避は出来たが、庇われたことに対して何故か寒気がしたので恐る恐る尋ねてみる。
「あのさ、雲雀くんは何で部活関連でそんな親切にしてくれるの?」
「ああ。君への貸しを沢山作っておけば、再戦が断りづらくなると思ってね」
「ひえっ」
明け透けな返答だった。みのりがこのまま、なあなあで喧嘩を先送りにしようとしているのを見通されている。釘も刺されている。恐らくは今考えていることも大体察しているだろう。決して雲雀のことを嫌っている訳ではないが、厄介な男と約束をしたものだと過去の己の軽率さにげんなりした。
「貸し、貸し、うん……まあその、ね…………あ、もうこんな時間。理科室の掃除行かなきゃ。それじゃ」
「塵一つ残さないようにね」
もにゃもにゃ言いながらお茶を濁す。みのりは本当でもある適当な口実を思いついてその場を離れた。雲雀の視界から外れるまで、獲物を見るような視線を送られていたのには気付かないふりをして。
笹川了平が重傷で並盛中央病院に運び込まれたのは、その翌日のことだ。
「ん?」
みのりが授業を終えて委員会もなく真っ直ぐ帰宅しようとしたところ、見慣れぬ姿を目にした。赤いランドセルを背負った私服の女の子が、おろおろと校門前に立っていたのだ。
「君、こんなところでどうかしたの?」
声を掛けてみると、驚きつつも少しほっとしたように肩を揺らした少女。見たところ小学校中学年から高学年といったところか。不安を解そうとみのりは屈んで目線を合わせた。
「誰かに用事? まだ残っていれば呼んでこようか」
「あ、あの……ヒバリさんいますか?」
意外な名前に目を丸くする。女子小学生が、雲雀に用事。全く以て内容が想像出来ないが、何やら切羽詰まって見えた。
「どうだろう。外の見回り行ってなければいると思うけど……あ、すみません。雲雀くん、今学校にいますか?」
通りがかりの風紀委員を捕まえる。委員長にくん付けとはどこの輩だと言わんばかりに一瞬怪訝な顔をされたが、誰だかすぐに思い当たったようだ。先日の騒動以降、彼等からみのりへの警戒の目は緩和されていた。どんな背景があったかは定かではない。
「今日はもう町内の見回りが済んでいる筈だから、ご帰宅されていなければ学校内にいる筈だ」
「ありがとうございます。じゃあ呼んでみようか」
言うが早いか、みのりは殺気を飛ばした。雲雀の細かい行方は分からない。連絡先も知らない。だかあの戦闘狂であればこれで確実である。少女の方を振り返って笑う。
「すぐ来るからちょっとだけ待っててね」
「はい!」
雲雀は二分も経たずに現れた。トンファーは既に装備済みである。生徒玄関から校門にかけては下校しようと生徒が集中していたのだが、モーセのように割ってきた。
「い、委員長! お疲れ様です!」
「随分熱烈な誘いだったね、受けて立つよ。どこでやる?」
「うんにゃ、こっちの子が用があるらしくてさ。ほら来たよ、どうぞ」
みのりに戦意がないと知り明らかに機嫌が悪くなる雲雀。の、前に出される少女。話をするには最悪の呼び出し方とタイミングである。横にいた風紀委員はこの女子小学生の身を案じて、生きた心地がしなかった。腕っ節の強い目の前の女は平気だからといって、誰でもそうとは限らない。何してくれてるんだこのアマとさえ思った。
自分のことに精一杯で状況に気付いていないのか、少女は構わず勇気を振り絞るようにして雲雀に懇願する。
「あの! 私、笹川京子っていいます……!お願いします! お兄ちゃんを、助けて下さい!」
大きな声に注目が集まる。中心に雲雀恭弥がいるのを認識すると、皆一様に目を逸らして歩を進めていった。
「……君、もう行っていいよ」
「は、はい! 失礼します!」
声を掛けられた風紀委員は、一先ず京子と名乗った少女が咬み殺されることはないと安堵した。雲雀は戦いへの高揚や機嫌次第で、手近な人間を突然トンファーで殴りつける場合がある。心配ではあったが、周囲を気にかける程度に冷静なら大丈夫だろうと持ち場に戻っていった。
そんな風紀委員の心情など露知らず、話に意識を向けているみのりは首を傾げた。
「お兄ちゃんって……ん? 笹川……笹川くん……?」
「はい、笹川了平です……お兄ちゃん、昼寝で全身を寝違えて入院になっちゃって……」
どんな理由だ。笹川が多勢に無勢で不良に怪我を負わされたというのは並中生であれば誰もが聞き及んでいる。彼のことだ、きっと妹に心配をかけたくなくて、下手な嘘でも吐いたのかもしれない。肝心の京子は、結局兄を思って涙を浮かべているが。
「明日、ボクシング部の試合なんです……すごく頑張ってたんです……何とかしてあげたいって思った時、お兄ちゃんがヒバリさんのこと話してたの思い出して……強いって……それで……」
顔をごしごしと擦った後、深く頭を下げる。
「お願いします! 明日の試合、出てくれませんか……!?」
兄を思う気持ちを胸に、未知の場所である中学校へ必死に雲雀を頼りに来たのだろう。だが、相手が相手だ。果たしてこの健気な願いを聞き入れるだろうか。そう思いみのりが隣の様子を窺った。雲雀は不機嫌さを引っ込めて京子をじっと見ている。
そして、読めぬ表情で告げた。
「いいよ」
「吉田みのりー!! どこだー!!」
校舎内に、全快した笹川了平の声が響いている。他の部活動勧誘者は雲雀との遭遇を恐れて殆ど身を引いたというのに、彼だけは相変わらずだ。勧誘するのが笹川単独であれば咬み殺す理由もないので見逃されている状態だった。
雲雀が屋上のフェンス越しにグラウンドを眺めていると、扉が勢い良く開かれる。
「おお、ヒバリ! 此処に吉田は来なかったか!?」
「さあね」
「全く、何処へ行ったというのだ彼奴は……」
辺りを見回してから笹川は扉を閉めて階段を下りていく。足音が遠ざかったのを見計らって、タンク裏に隠れていたみのりが顔を出した。
「……ねえ、笹川くんと何かあった?」
「何かって?」
「どうして一緒に勧誘されてた雲雀くんはスルーされるようになったのさ。誤解が解けようと絶対変わらずに部員候補じゃん。どんな手段使ったの? 教えてよ」
事の次第は遠からず校内中に伝わることとなるのだが。本来広い交流をしているみのりはこの時、周囲から距離を取られていたことでまだ全容を知らなかった。困り果てて知恵を授かりたがる様子を見て、雲雀は涼やかに笑う。
「思わせぶりなことをされて弄ばれたからね。君には教えてあげない」
「ええー」
「そこにいたか、吉田!!」
「げっ」
再び笹川が姿を見せる。ビシッと指をさされたみのりが助けを乞うように雲雀へ視線を寄越した。少しも目が合わない。今日は駄目なようだ。
「俺とてバカではない! 最近おまえ達の仲が良いことは見抜いていた!」
「仲良くない」
「ボクサーとしての資質に男女は関係無い! 才能は平等に磨かれるべきだ!! さあ、部室に行くぞ!!」
「んええええ」
引きずられていくみのりは、情けない声を上げて屋上から消えていった。
今日も今日とて、並盛中学校は平和である。
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