数奇な旅路を歩けや歩け
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「おい見ろ、吉田みのりってあいつだよ……」
「木刀を振り回す、物凄く凶暴な子なんですって」
「気さくな奴だと思ってたけど、近付くと危ないかも……」
悪い意味で集まる注目に、まるで檻から出た猛獣になった気分だとみのりは居心地の悪さを感じた。
騒動が起こってから数日が経過している。元の原因は自分でなかったとはいえ、あれだけ派手にやらかしたら当然目撃者は多い。況してや多感な時期だ。少年少女のコミュニティは、居合わせなかった者にもその情報を素早く共有していった。その結果何が起こったか。吉田みのりの孤立である。
否、正確には完全な孤立ではない。同小の中でも一部の生徒は変わらず傍にあり続けている。彼等はかつて、みのりとクラスを共にした者達だ。築いた信頼関係はそう簡単に揺るがない。しかし唯でさえいつかの級友は緑中を初めとした近場の中学に分かれ、並中に入った生徒は更に3つのクラスに振り分けられる。常日頃から一緒に居るような友人は極少数となっていた。
「吉田さん、何だか大変なことになってるね……」
「委員長、副委員長」
例えば、A組の副委員長もその一人だ。
「ごめんなさい……やっぱりあの時、私がプリントを届けに行けば……」
「気にしないでよ、私がもっと上手く立ち回れたら良かったんだから。二人は悪くないよ」
「吉田さん……! そうよね、私は悪くないよね。あぁお腹空いてきちゃった」
「副委員長?」
彼女は小学校の頃から中学にかけて、絶対に副委員長の立場を他に譲らぬことから畏敬の念を込めて役職で呼ばれている。大人しそうな見た目や言動に対し、時折はみ出る腹黒さと図々しさは初めて遭遇すると二度見必至だ。因みに委員長の方は中学からの付き合いであるが、突っ込みの性質を持ち合わせた為にボケナスばかりの並中では欠かせない存在となっている。役職呼びは流れで副委員長と揃えただけだ。みのりは特定のグループに所属してはいないが、手伝い等の関係もあってこの二人と関わることは比較的多かった。
「不良達をボコボコにしたって聞いたけど、大丈夫なの? その、報復とか」
「どうなんだろうねえ。まだ何とも。ヤンキー漫画みたいな喧嘩生活の幕開けになったら嫌だなあ」
遠い目をする。こういうのは一度切っ掛けが出来てしまえば、大体お礼参りのイタチごっこになるのがお約束というもの。カメ○オンで学んだ。
「そうはならないと思うけど」
これに異を唱えたのは副委員長だった。みのりが目を瞬かせる。
「どういうこと?」
「他校生ならまだしも、今回は学内だから。何の非もない生徒に喧嘩を売り続ければ、風紀委員会も教師陣も黙ってないよ。特に後者はね。吉田さん普段は素行も良くて、先生からの雑用もよく引き受けているから。そういうちょっとした積み重ねを見てくれてる人は、案外いるものよ」
不良の皆さんだって女の子に返り討ちにされ続けるのは恥ずかしいだろうし、と言い添えられる。成る程、と委員長共々頷いた。
「要は同じトラブル人間であっても、吉田さんと彼等じゃ人望が違うってこと。今は皆戸惑っているけど、その内元通りになるよ」
「へええ、副委員長が言うならそうなんだろうね。人望かあ、照れるなあ」
「吉田さん気付いて。トラブル人間って言われてたよ今」
彼女の観察眼や洞察力を信じて、みのりは先のことについてあまり気にしないことにした。問題が起こればその時考えよう。あくまでいつも通り過ごす。あとは反省文さえ提出してしまえば、この件は一件落着だと気分が軽くなった。持つべきものは友人である。
「何かあれば言って。いつでも力になるから」
「ありがとう、二人とも」
みのりはその日の内に反省文を仕上げて、職員室に持って行った。期日から大分余裕のある内に提出したお陰で、担任は気を良くしたようで。近場の先生方と一緒になって、「困ったことがあれば相談しなさい」と親身になってくれた。副委員長の言葉に説得力が増していく。人の顔色を窺うような性格ではないが、交流そのものは好きだ。彼女の言うようにいつか環境が好転することを祈って、今は積み重ねの時期だと思いながら過ごすことにした。
「お、奇遇だね」
「吉田みのり」
みのりが帰宅途中、近所の並盛商店街へ寄り道しようとしたところ、雲雀と出くわした。鞄の類いを所持していないあたり、町の見回りをしていたらしい。どんどん役割の比重が偏っていってる気がするな、最早町をあげて頼りきりの任せきりじゃん、と風紀委員会の労働量とそれに伴って増していく並盛内での影響力に思いを馳せる。
「丁度良い、聞きたいことがあったんだ」
「私に? 何?」
「この間どうしたらちゃんと戦うのか聞いた時に、もっと互いを知ってからって言ってたよね」
先日の出来事を思い出す。確か不良退治に一区切りが付いてからのことだ。
「言ったね」
「具体的に何をすればいいの?」
そう問われて顔を空へ向けながら思案した。
具体的に。条件を提示したのは己であるが、何とも返答が悩ましい。何せ相手は雲雀恭弥である。どんな言葉を返してくるか予想がつくものの、一先ず駄目元で意図を伝えてみる。
「そのままの意味としては、まずはお友達として仲良くなってからってことになるんだけど……」
「僕にはそんなもの必要ない」
「ですよね……」
あの時は何も考えることなく思うがままに発言してしまったものの、叶うのであればこのままやり過ごし、いつしか有耶無耶にしてしまいたいのが本音だった。だが一度条件をつけて先送りにした手前、今更撤回して戦いを無しにも出来ないだろう。であればみのりとの思い出を上書きしていき、あの日の記憶を少しずつ上書きするしかない。出来るだけ約束のことは忘れていって欲しい。後々『ああ、そんなこともあったね』くらいの、共通の笑い話として葬り去れる程度の気持ちになって欲しい。
という訳で。
「……交流しようか。ちょっと話す、ぐらいの。友人知人までいかなくても、顔見知りくらいなら良いんじゃない?」
距離感だけを修正して言い換えることにした。先に仲良くという無理難題を吹っ掛けてから、後に控えめな提案をして妥協点を引き出す。ベタと言える程に有名だが、それ故に効果的な手だ。王道こそ正道なり。みのりは性根が小賢しかった。
「顔見知り……」
「無意味に群れるんじゃなくて、雲雀くんのやりたい事の為に必要があるから二、三言交わすくらいの。これなら普段から連む必要もない」
雲雀は少しの間黙っていた。みのりの提示した条件の詳細が自身の在り方に抵触しないかを照らし合わせて、それから渋々頷く。
「……まあ、そこが落としどころだね」
「おお、やりぃ。じゃあ早速」
言いながら傍にあった自動販売機に小銭を入れる。缶コーヒーの微糖を選び、もう一度小銭を入れて同じボタンを押す。商品取り出し口から二本の缶を抜き取って、内一本を雲雀に投げ渡した。
「あげる、乾杯しよ。交流と言えば飲まないと。飲みニケーション……はもう古いか」
「飲む? 君、まさか普段から飲酒はしてないよね?」
物言いの違和感から眼光を光らせた雲雀に、みのりは失言を自覚した。しまった、内に根付いたおばさん精神がまろび出てしまった。肩を揺らしそうになるのをぎりぎりで堪えて平常心を取り繕う。
「するわけないじゃん。中学生なんだから、中学生。未成年の内はお酒を飲んじゃ駄目なんだよ」
「自分に言い聞かせてない?」
「ソンナコトナイ」
じとっとした視線を向けられたが、この場に証拠もないので今日のところは見逃してくれるようだ。溜息と共に目を伏せられる。
「ならいいけど。それで、何に乾杯するの? 今回だけ付き合ってあげる、次はないよ」
「やった。何に……えっと、えーと。で、出会いに」
「何それ」
くすっと邪気のない小さな笑みを零した雲雀に、こんな顔もするのだなとみのりは新たな一面を発見した気分になる。いつの間にか、向こうの缶が掲げられていた。
「ほら、やるならさっさとしなよ」
「ん」
プルタブのリング部分に指を通してから、自身のそれを持ち上げる。
「かんぱーい」
雲雀から同調の乾杯はないが、付き合ってくれるだけ御の字だ。今回だけ・次はないと言うのだから、きっと本当にこれきりなのだろうとみのりはぼんやり思う。
中身を零さないよう慎重に、二人はそっと缶をぶつけた。
「木刀を振り回す、物凄く凶暴な子なんですって」
「気さくな奴だと思ってたけど、近付くと危ないかも……」
悪い意味で集まる注目に、まるで檻から出た猛獣になった気分だとみのりは居心地の悪さを感じた。
騒動が起こってから数日が経過している。元の原因は自分でなかったとはいえ、あれだけ派手にやらかしたら当然目撃者は多い。況してや多感な時期だ。少年少女のコミュニティは、居合わせなかった者にもその情報を素早く共有していった。その結果何が起こったか。吉田みのりの孤立である。
否、正確には完全な孤立ではない。同小の中でも一部の生徒は変わらず傍にあり続けている。彼等はかつて、みのりとクラスを共にした者達だ。築いた信頼関係はそう簡単に揺るがない。しかし唯でさえいつかの級友は緑中を初めとした近場の中学に分かれ、並中に入った生徒は更に3つのクラスに振り分けられる。常日頃から一緒に居るような友人は極少数となっていた。
「吉田さん、何だか大変なことになってるね……」
「委員長、副委員長」
例えば、A組の副委員長もその一人だ。
「ごめんなさい……やっぱりあの時、私がプリントを届けに行けば……」
「気にしないでよ、私がもっと上手く立ち回れたら良かったんだから。二人は悪くないよ」
「吉田さん……! そうよね、私は悪くないよね。あぁお腹空いてきちゃった」
「副委員長?」
彼女は小学校の頃から中学にかけて、絶対に副委員長の立場を他に譲らぬことから畏敬の念を込めて役職で呼ばれている。大人しそうな見た目や言動に対し、時折はみ出る腹黒さと図々しさは初めて遭遇すると二度見必至だ。因みに委員長の方は中学からの付き合いであるが、突っ込みの性質を持ち合わせた為にボケナスばかりの並中では欠かせない存在となっている。役職呼びは流れで副委員長と揃えただけだ。みのりは特定のグループに所属してはいないが、手伝い等の関係もあってこの二人と関わることは比較的多かった。
「不良達をボコボコにしたって聞いたけど、大丈夫なの? その、報復とか」
「どうなんだろうねえ。まだ何とも。ヤンキー漫画みたいな喧嘩生活の幕開けになったら嫌だなあ」
遠い目をする。こういうのは一度切っ掛けが出来てしまえば、大体お礼参りのイタチごっこになるのがお約束というもの。カメ○オンで学んだ。
「そうはならないと思うけど」
これに異を唱えたのは副委員長だった。みのりが目を瞬かせる。
「どういうこと?」
「他校生ならまだしも、今回は学内だから。何の非もない生徒に喧嘩を売り続ければ、風紀委員会も教師陣も黙ってないよ。特に後者はね。吉田さん普段は素行も良くて、先生からの雑用もよく引き受けているから。そういうちょっとした積み重ねを見てくれてる人は、案外いるものよ」
不良の皆さんだって女の子に返り討ちにされ続けるのは恥ずかしいだろうし、と言い添えられる。成る程、と委員長共々頷いた。
「要は同じトラブル人間であっても、吉田さんと彼等じゃ人望が違うってこと。今は皆戸惑っているけど、その内元通りになるよ」
「へええ、副委員長が言うならそうなんだろうね。人望かあ、照れるなあ」
「吉田さん気付いて。トラブル人間って言われてたよ今」
彼女の観察眼や洞察力を信じて、みのりは先のことについてあまり気にしないことにした。問題が起こればその時考えよう。あくまでいつも通り過ごす。あとは反省文さえ提出してしまえば、この件は一件落着だと気分が軽くなった。持つべきものは友人である。
「何かあれば言って。いつでも力になるから」
「ありがとう、二人とも」
みのりはその日の内に反省文を仕上げて、職員室に持って行った。期日から大分余裕のある内に提出したお陰で、担任は気を良くしたようで。近場の先生方と一緒になって、「困ったことがあれば相談しなさい」と親身になってくれた。副委員長の言葉に説得力が増していく。人の顔色を窺うような性格ではないが、交流そのものは好きだ。彼女の言うようにいつか環境が好転することを祈って、今は積み重ねの時期だと思いながら過ごすことにした。
「お、奇遇だね」
「吉田みのり」
みのりが帰宅途中、近所の並盛商店街へ寄り道しようとしたところ、雲雀と出くわした。鞄の類いを所持していないあたり、町の見回りをしていたらしい。どんどん役割の比重が偏っていってる気がするな、最早町をあげて頼りきりの任せきりじゃん、と風紀委員会の労働量とそれに伴って増していく並盛内での影響力に思いを馳せる。
「丁度良い、聞きたいことがあったんだ」
「私に? 何?」
「この間どうしたらちゃんと戦うのか聞いた時に、もっと互いを知ってからって言ってたよね」
先日の出来事を思い出す。確か不良退治に一区切りが付いてからのことだ。
「言ったね」
「具体的に何をすればいいの?」
そう問われて顔を空へ向けながら思案した。
具体的に。条件を提示したのは己であるが、何とも返答が悩ましい。何せ相手は雲雀恭弥である。どんな言葉を返してくるか予想がつくものの、一先ず駄目元で意図を伝えてみる。
「そのままの意味としては、まずはお友達として仲良くなってからってことになるんだけど……」
「僕にはそんなもの必要ない」
「ですよね……」
あの時は何も考えることなく思うがままに発言してしまったものの、叶うのであればこのままやり過ごし、いつしか有耶無耶にしてしまいたいのが本音だった。だが一度条件をつけて先送りにした手前、今更撤回して戦いを無しにも出来ないだろう。であればみのりとの思い出を上書きしていき、あの日の記憶を少しずつ上書きするしかない。出来るだけ約束のことは忘れていって欲しい。後々『ああ、そんなこともあったね』くらいの、共通の笑い話として葬り去れる程度の気持ちになって欲しい。
という訳で。
「……交流しようか。ちょっと話す、ぐらいの。友人知人までいかなくても、顔見知りくらいなら良いんじゃない?」
距離感だけを修正して言い換えることにした。先に仲良くという無理難題を吹っ掛けてから、後に控えめな提案をして妥協点を引き出す。ベタと言える程に有名だが、それ故に効果的な手だ。王道こそ正道なり。みのりは性根が小賢しかった。
「顔見知り……」
「無意味に群れるんじゃなくて、雲雀くんのやりたい事の為に必要があるから二、三言交わすくらいの。これなら普段から連む必要もない」
雲雀は少しの間黙っていた。みのりの提示した条件の詳細が自身の在り方に抵触しないかを照らし合わせて、それから渋々頷く。
「……まあ、そこが落としどころだね」
「おお、やりぃ。じゃあ早速」
言いながら傍にあった自動販売機に小銭を入れる。缶コーヒーの微糖を選び、もう一度小銭を入れて同じボタンを押す。商品取り出し口から二本の缶を抜き取って、内一本を雲雀に投げ渡した。
「あげる、乾杯しよ。交流と言えば飲まないと。飲みニケーション……はもう古いか」
「飲む? 君、まさか普段から飲酒はしてないよね?」
物言いの違和感から眼光を光らせた雲雀に、みのりは失言を自覚した。しまった、内に根付いたおばさん精神がまろび出てしまった。肩を揺らしそうになるのをぎりぎりで堪えて平常心を取り繕う。
「するわけないじゃん。中学生なんだから、中学生。未成年の内はお酒を飲んじゃ駄目なんだよ」
「自分に言い聞かせてない?」
「ソンナコトナイ」
じとっとした視線を向けられたが、この場に証拠もないので今日のところは見逃してくれるようだ。溜息と共に目を伏せられる。
「ならいいけど。それで、何に乾杯するの? 今回だけ付き合ってあげる、次はないよ」
「やった。何に……えっと、えーと。で、出会いに」
「何それ」
くすっと邪気のない小さな笑みを零した雲雀に、こんな顔もするのだなとみのりは新たな一面を発見した気分になる。いつの間にか、向こうの缶が掲げられていた。
「ほら、やるならさっさとしなよ」
「ん」
プルタブのリング部分に指を通してから、自身のそれを持ち上げる。
「かんぱーい」
雲雀から同調の乾杯はないが、付き合ってくれるだけ御の字だ。今回だけ・次はないと言うのだから、きっと本当にこれきりなのだろうとみのりはぼんやり思う。
中身を零さないよう慎重に、二人はそっと缶をぶつけた。
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