1章
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目を覚ますと、見慣れた自室の天井が視界に入った。
アルクノアの二人に襲われ誰かに助けられたことまではうっすらと覚えているが、なぜ自分が自室にいるのか、という記憶が名無しには無かった。
女性の声と銃声、あとはなんだっただろうか。
目の前にある光景は果たして本当に自室なのだろうか、と思い名無しは起き上がろうと布団を跳ね除け起き上がろうとしたが、全身に痛みが走り起き上がれず布団に倒れこんだ。横になってうずくまりながらも、部屋の中の家具を確認し、改めてこの場が自室なのだというのを確認した。誰かに助けられ、運んでもらったのだろう。
自らの無謀な行為を振り返り、情けなさと悔しさで涙があふれてきたが、同時に名無しの耳にノック音が聞こえ、名無しは急いで目をこすった。
「どうぞ」
名無しの声に反応してドアが開く。
「大丈夫か?名無し」
「ミラさん…っ!?」
目の前に現れたミラを見て、名無しはあの時聞こえた声の主がミラである事に気が付いた。きっと、ここに連れてきてくれたのもミラだろう。
室内に入ってきたミラにつられ思わず体を起こすが、痛みで再びベットに倒れこんでしまった。
「いたた…」
「無理をするな。驚いたぞ、何者かが襲われていると思えば名無しだったのだからな」
「あ、ありがとうございます」
「何故あの様な事に、街の傭兵はなにを?」
「自分でどうにかできるかなって思ってちょっと…」
「名無しはこの宿の従業員なのだろう?兵士でもない者が無理をするものではない」
「う…おっしゃる通りです」
「うむ。ところで、単刀直入に聞くが、お前を襲った者は何者だ?」
名無しの心配、というよりもミラは強襲者について名無しから聞くのが目的なようで、名無しの意識がしっかりしているのを確認すると直ぐに質問をしてきた。
アルクノアの事をミラに話すべきではないのだろう、と名無しはどう誤魔化すのか少し考える。何故襲われたのか、という理由は名無しの中で点の状態でしかない。そこを追及された場合「わからない」としか回答のしようがないため、名無しは素直にわからない旨をミラに伝えた。
「それが、心当たりがなくて」
「ふむ、本当に何も知らないのか?」
「え?うん、えっと…ミラ?怖い顔してるけど」
「いや、どうということはない。心当たりがないのならそれでいい」
「?うん。ありがとう。ミラさん達も大丈夫だった?助けてもらったっていっても、戦ったんでしょ?」
名無しがミラ達の心配をすると、ジュードが部屋に入ってきて会話に混ざる。
「僕たちは大丈夫だけど、名無しさんはもっと自分を大切にしてね?」
「ジュード君!?」
「起きて大丈夫?結構な怪我だったから。勝手に手当てはしたんだけど」
「え?」
そういわれ自分の体をみると、丁寧に治療が施されていた。
痛むとはいえナイフが刺さった太ももの辺りは、既に出血も止まっていた。
「ありがとう、ジュード君…」
「本当にびっくりしたよね、突然襲われているところに遭遇したから」
「ほんとほんとー、世の中って、こわいよねぇ~」
「…?!ぬい、ぐる、み?」
「ぬいぐるみとは失礼ー!ティポはティポだよー?」
「ティ…??」
会話の中に聞きなれない声が混ざったかと思えば、ジュードの後ろから紫と黒という派手な色合いのぬいぐるみが言葉を発して会話に混ざってきた。
ぬいぐるみが浮いている、という信じられない光景に名無しは思わず目を疑った。ぬいぐるみに続いて金髪の女の子がジュードの後ろから現れた。女の子はティポと名乗ったぬいぐるみを抱きしめ、名無しをみる。
「あ、あの、大丈夫、です、か?」
「え、えーっと、…はい、大丈夫です」
「よかった、です」
「ふふ、ありがとうございます。ところで、あなたは?」
「僕はねー、ティポで、エリーはエリーだよ!」
「えーっと、名無し、この子はエリーゼって言って、何ていえばいいのかな」
「お前が連れてきたんだ、ちゃんと説明したらどうだ」
「あぁ、うん、そうだね」
ジュードの言葉にミラがきつい口調で言葉をはさむと、ジュードはなんだか申し訳なさそうに俯いた。
名無しの理解が追いつく前に目の前で会話が進行するた状況を理解するのに困惑した。名無しは色々と聞きたいことがあり、口論に混ざっていないエリーゼという子に話しかけることにした。
「エリーゼちゃん、だっけ、私名無し、よろしくね」
「え?!えーっと…あの…」
「えーっと…んー…この子が、ティポ?ティポもよろしくね」
「よろしくね~名無し~」
「ん、よろしく」
「突然なんだけど、私、皆に助けてもらった時の事を覚えてなくて、その時の事を教えてもらってもいいかな?」
「それなら、俺が運んだんだよ」
名無しの部屋にアルヴィンが入って、名無しの質問に答えた。
「そう、なんだ、ありがとう」
「何?俺避けられてる?傷つくねー」
「もう、なんでいちいちそんな卑屈な…っいった…」
口の中も切っていたらしく、喋っていると傷口がしみて痛みだした。
滲んできた血をふき取る物を探していると、大丈夫か?とアルヴィンがハンカチを差し出してきた。アルクノアの件で、アルヴィンに若干警戒しながらも、名無しはアルヴィンにお礼を言ってハンカチを受け取る。
避けられている、という言葉を否定こそしたものの、言われた通り態度に出ているのだろうか、と名無しは反省をした。
ジュードとミラもなにやらお互い話し込みだしていてなかなか状況を聞くことができない。エリーゼは初対面である名無しに不慣れなのか、なかなか目を合わせてくれず会話も難しそうな様子である。
状況からみて、説明をしてもらうならばアルヴィンが適切なのだろう。仕方がない、と思い名無しは不安もあるがアルヴィンに声をかけた。
名無しが少なからず態度に出していたことで、アルヴィンが心情を察したのかやれやれといった感じで名無しに一通り話し、アルヴィンと名無しが先程の件について話しているのに気がついたジュードやミラも、その件について説明してくれた。
海停に戻る途中、名無しが襲われているのを見つけたミラとアルヴィンが相手を倒し、ジュードがその後介抱してくれたらしい、襲ってきた二人は名無しを救出する際に殺してしまう形となったため、なぜ名無しを襲ったのかはわからないそうだ。
怪我をした名無しを背負って宿屋に入ると店主が急いで名無しの自室に案内させたたらしく、名無しのところに向かう前に店主に経緯を説明し終えたばかりなのだそうだ。
「はぁー…なんか現実味、ないなぁ…」
「そうは言うが、名無しに起こったことだ」
「えへへ、ですよね。ミラさん、ジュード君、皆ありがとうございます」
「んむ。では名無し、唐突ではあるが一つ提案がある。」
「?なんでしょう?」
「私たちと一緒にこないか」
「え?」
ミラの突然の提案に名無しから間抜けな声がでる。
この流れでなぜ、一緒に行く流れになるのだろう。メンバーの顔をみる限り残りの三人は理由を把握してるようで、答えを待っていた。
「あの、なんでそんな急に」
「んむ、店主に頼まれてな。宿屋で何があったかはきいた。どうやら店主はそれが原因ではないかと考えているらしくてな。このまま続くことを危惧して店に傭兵を雇うわけにもいかないと言われた。」
「それでね、僕達は旅をしているから、一緒に旅をする中で安全な場所に名無しを連れていってくれないかって頼まれてね。」
「報酬も前払いでこの通りだ」
ガルドの入った小筒みを出して、アルヴィンが名無しに見せる。
なんと勝手な事だろう、と名無しは大きなため息をついた。
「なんとなくマスターの考えがわかったわ…、決定事項なのねこれ」
「ま、突然言われても正直戸惑うのが普通だな」
「当たり前でしょ、なに勝手に受けるのよ」
「俺じゃねーって」
「エリーもね、ジュード君に言われて一緒に来たんだよー」
「?エリーゼも誰かに襲われたの?」
「いえ、私は、えっと、ジュードが、一緒にって…」
「そう、なんだ。…あの、一晩考えてもいいですか?」
ほぼ確定事項で話が進んではいるが、名無しは同行するのに時間が欲しかった。
ここにいては迷惑がかかるのは間違いないだろう、店主の言う事は、名無しがこのまま店に残り、同様の事件に巻き込まれて場合、名無しが店に気を遣い続けるだろう、というのを考慮しての事だと名無しは直ぐにわかった。
そういうことが嫌いで自分自身でも耐えられないだろうという想像はすぐにでき、店主の提案は得策だろう。
以前より、店主からはいつまでこの店にいるつもりだ、と言われていたため、店主は今が好機だと判断したのだろう。
しかし、突如旅立とうと言われると少しばかりの不安が判断を鈍らせる。
明日の朝、答えを出すので待ってほしい。そう約束をして名無しはその場を終わらせた。
***
夜、一人考える名無しの元にミラが訪ねてきた。
ドアのノック音につられ、名無しはドアを開けミラの姿を確認する。
「こんばんわ、ミラさん」
「夜分にすまない。どうしても、お前に話したいことがあってな」
「ええ、どうぞ」
部屋に招かれると同時に、ミラはまだ傷が痛むのであろう、と名無しに横になるのを勧めた。
ミラの言葉通り、まだ傷の痛む名無しは、流石に横になって話すのは申し訳ないと思い、せめてベッドをソファの代わりにして座る。
よかったら、と言って名無しは自分の横を軽く叩き、ミラに隣に座るのを薦めた。
名無しに言われると、遠慮なくミラが名無しの横に座る。マットレスが人の重みに反応し少し沈み名無しがバランスを崩すとミラが支える。
まだ横になっていろ、とミラが強めの口調で名無しを布団に横になるのを薦めたため、名無しはその言葉に甘えて横になることにした。
名無しが横になり、ミラの顔をみて「さぁどうぞ」と言いたげな顔をすると、ミラは頷き話題を切り出した。
「名無し。昼間の奴らなのだが、本当に心当たりはないか?」
「念を押してきますね。そこまで強く言われたら、なんとなくぼんやりだったらっていうのが答えですけど」
「うむ、ならば話はやい。単刀直入に聞こう、アルクノアを知っているか?」
「え?どこでその名前を?」
「知っているようだな。ならば改めて名乗らせてもらおう。私はマクスウェル、ミラ・マクスウェルだ」
「え?ちょっと待って。マクスウェル?それって精霊の主っていう、本当に?」
「あぁ、今は証明するものが何もないのが残念だが」
「冗談でもそんな事言える人はいませんしね、信じるしかないでしょ?それで、ミラさんとアルクノアがどう繋がるんでしょう?」
「うむ。私は以前から奴らに狙われていてな。私もある理由から奴らを絶ちたいと思っている。しかし、奴らは一般人に紛れ込んでいてなかなか見つけることができない」
「なるほど、それで、私が狙われたから、目的を果たすための餌になれ、ってことですか…?」
「察しがいいのだな、なら皆まで言わずともわかるだろう、聞こえは悪いがそういうことだ。名無し、協力してもらえないだろうか?当然協力を依頼しているのだ、危険な目に遇わぬよう、何かあれば私が必ず守ろう」
「そうですね、条件としては、最高なんですけど…」
「なにかあるか?」
「まだ、出会って間もない人にそんな迷惑」
「なら旅の中で知りあっていけばいい、そうだな。人間はこういう時、まず友達になることから始めるのだったな?」
ミラが名無しにそういって笑顔で手を差し出した。
すぐに握り返すのに、名無しには抵抗があったが、ミラの顔をもう一度確認すると握り返すのに何故抵抗を覚えなければならないのか、という気持ちにさせられた。ミラの視線はとても力強く、頼りがいのあるものだった。これから知っていけばいい、という言葉。
万が一にも名無しがアルクノアの一員であるの場合を考えれば、敵に情報を与えるようなものだ。
ミラは、名無しの事を疑っていない。そして、何も嘘を言っていない。疑う要素など何もないのだ。
などと名無しが考えていると、ミラが握り返されない手を引いた
「返事を待つといったのに急かしてしまいすまなかった。しかし、アルクノアの話を私はお前以外に話すつもりはない。当然ジュードの前でもだ。」
「そうですね、何してるのかわからない組織の話をされても、私も困惑しますし」
「しかし、名無しはアルクノアとはどういった関係にある?何故存在を知っているのだ?店主から聞いた話では接点はない様に思えたのだが」
「私の両親、昔アルクノアに関わっていたらしいんです。どういう状況で関わってたのかは知らないんですけど。」
「…名無しは何故、両親が関わっていた事を知った?」
「両親、目の前でアルクノアに殺されちゃいまして…、その時私は運よくって感じで今の通りの生活に至ってます」
「すまない、それはつらい話をさせてしまったな。…だがそうか、ならば少なからず事情を知ってるものを消そうと言うことだろうか…それにしても…いや、しかし…」
名無しの返事を聞くと、ミラはぶつぶつと一人ブツブツ考え込みだした。
マクスウェルという堅苦しい名前に反して、あまりのも人間味に溢れている行動に名無しはくすりと笑いをこぼした。
マクスウェルという名前に、名無しは抵抗が少なからずあったが、この様にかわいらしいと思える人を拒む理由が名無しにはもうなかった。
目の前の可愛らしい精霊の主様をみて、名無しは自らの答えを決めた。
今ここで答えてしまうのもいいだろう、と思ったが出かけるまでにやりたい事があったため、名無しは当初の予定通り翌朝にミラに伝えることにした。
「ん、それじゃ朝までには考えまとめますね。返事はその時」
「ん?ああ、そうだな。いい返事を待っている」
「はい。あ、そうだ…返事に関わらずなんですけど…」
「なんだ?」
「ミラ、って呼んでも、いいですか?」
「そんなことか、好きに呼んでくれて構わん。ついでにその堅苦しい喋りもやめてくれてかまわないぞ」
「本当ですか?じゃあ…ミラ、よろしく」
「んむ、では明日な」
「うん、また明日」
おやすみ、お互いにそういうとミラは部屋を後にし名無しは布団に入り、再び天井を見つめた。
ここでもう一度眠る来る日が来るのはきっと明日よりも遠い日だろう。
緊張と不安を感じながら、名無しは静かに眠りについた。
翌朝、ミラ達が起きるよりも名無しは早く起きた。
まだ体のあちこちが痛むがいつも通り高台へ散歩へ向かった。高台に立ちゆっくりと息を吸い思いっきり名無しは叫んだ。
言葉とかじゃなく、ただただ叫んだ、体からしぼりだせる限りの声と空気を、ただただ出せるだけ、気力が続くだけ空気を震わせた。
叫び続けて、声が枯れだし咳に変わったあたりで、名無しは叫ぶのをやめた。
しんと静まり返った空気の中、名無しではない一つの足音が名無しの耳に聞こえた。
「なんでまた…けほ、いるの…っ」
「もういいのか?叫ばなくて」
「いいのよもう。すっきりしたから、それよりなんで居るのよ」
「また襲われるんじゃないかって思っただけだ。優しいだろ?」
「それは、どうも」
物陰から出てきたアルヴィンが水筒を差し出しながら言った。
名無しは礼をいって水筒を受け取り、お茶を注ぐと勢いよくカップの中身を飲み干した。
良い飲みっぷりだ、とアルヴィンにからかわれ、返事をする代わりに名無しはアルヴィンに水筒を返した。
半ばぶっきらぼうに返された水筒を受け取り、アルヴィンがやれやれと言った表情をし名無しに話しかける。
「名無し、俺の事疑ってるだろ」
「アルクノアの件ね、正直疑うには十分すぎる素材があるもの」
「んで、どうなのよ結局俺だと思ってるわけ?」
「アルはどうなの。言ったの?言ってないの?」
「どっちだと思う」
「アルが言った方を信じるわ」
「へぇ?」
「だって目の前で見てない事を私に決めつける権利はないわ、それならあなたの言ったことを信じる以外、私には信じるものがないもの」
言葉の通り、名無しは実際にアルヴィンが誰かに話した姿を見ていない。
ここで疑ったところでどうしようもないのだ。
微塵にも彼が報告した張本人だというのなら、今ここで二人になっている地点で彼が何かしらのアクションを起こしてもおかしくない、と名無しは思ったのだ。
今ここで、何もしてこないということは彼ではないのだろう、と名無しはアルヴィンを信じることにしたのである。
名無しは素直に自分の思っている事を口に出したが、アルヴィンは名無しの言葉が意外だったのか、返答に時間をかけていた。
「…言うねぇ、そうだな、言ってたらどうする」
「かなりショックね、幻滅するわ」
「じゃ、名無しにそう思われないよう言ってないってことで頼むわ」
「後者が答えでいいのかしら?」
「なぁ、名無し」
「なに?」
「俺は、言ってないから」
「うん、わかった。私はそれを信じるわ。…さて、そろそろ戻らないと」
名無しが立ちあがると、アルヴィンも同時に立ち上がった。
その時名無しにこれからどうするつもりなのかをアルヴィンが名無しに聞くと、それはこれからミラ達に話す、とこの場での回答を名無しは避けた。
癖なのか、アルヴィンが肩を竦めて返事の代わりにすると、先ほど言った通り、また何者かに襲われないようにとアルヴィンが名無しにできるだけ近くにいるよう言った。
どうやら先ほどの会話はわりと本当のようで、疑い過ぎた自分がいたことを名無しは反省をした。
アルヴィンに連れられ、名無しは部屋に戻った。どうせここでジュードとミラを待つのだからとアルヴィンも部屋に残ることを提案する。
名無しの提案にのりアルヴィンが名無しの部屋に残り、適当な場所に座る。特に会話をすることもなく、名無しはせこせこと無言で荷物をまとめながらミラ達が来るのを待った。すると、しばらくしてジュード達が名無しの部屋を訪れた。名無しが招き入れ、お互いに朝の挨拶をすませるとすぐに本題に入る。
「一晩考えたんだけど、私、ミラの意見に乗ろうと思うの。私、リーゼ・マクシアの中ってあんまり知らないし、旅行気分でこの際ってね、心強いボディガードさんもいるし。」
「考えとしてはあまりいい意見ではないが、共に来てくれることに感謝する、名無し」
「名無しさん、よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
「ん、よろしくね、エリーゼ。皆、ティポもよろしく」
「名無し~、僕たち友達~?」
「うん、友達友達」
ティポを撫でているとアルヴィンと目があった。
「アルヴィンも、よろしくね」
「遊び気分なら、今のうちにやめた方がいいかもだぜ?」
「あら?私が居たら迷惑かしら?」
「誰もそうとは言ってないだろ」
「わかってるわよ、遊びじゃない事ぐらい。それじゃあ、私残りの準備すませちゃうから、皆入り口で待っててもらってもいい?」
「そうだね、それじゃあ僕たちは先に行ってるから」
「うん、また後で」
ジュード達が部屋を後にすると、名無しは旅の準備の続きをした。色々と持ち出しても邪魔になるだけだろう。最低限必要そうなものを次々と鞄に詰め込んでいく。不足した物は道中購入すればいいだけだ。あとは何が必要だろう、とあたりを見渡し、日記帳を忘れていることに気がつき急いで入れる。
それに続いて先日サンプルとして採取した植物も、瓶が割れないよう包装して鞄の中に入れた。鞄の中を再度見て忘れ物がないのを確認すると、部屋に鍵をかけ自室を後にした。
まっすぐに店主の元に向かうと、いつも通り店主はカウンターに立っていた。
「マスター!」
「お、名無し。もう大丈夫か?」
「はい、あの、私…」
「行くんだろ?」
「行くんだろって、追い出すみたいなことしたくせに…」
「はっはっは、そう不貞腐れるなって」
「あの、マスター。私、帰ってきますから、絶対絶対帰ってきますから…だから…」
「あぁ、ここはお前の帰ってくるとこで、あの部屋はお前のものだ、娘じゃなくてもお前は俺んとこの子だよ」
「…はい!マスター、いってきます!」
「おう!」
店主に鍵を預け、勢いよくドアを開けると、そこにはこれから旅を共にする仲間が待っていた。
一体どんな旅なのかもわかっていない、おそらく危険な事のほうが多い旅なのは間違いないだろう。けれども何か自分にとって、大切なものが動き出す旅になるのだろうと名無しは予感した。
不謹慎にも、彼と再会したあの日のわくわくと同じ感情が名無しの中にはあふれていた。
先に起こる出来事に不安を覚えていては始まらない。
ジュード、ミラ、エリーゼ、ティポ、アルヴィン、それぞれと名無しは握手をすると共に船に乗り込んだ。
潮風が名無しの髪を撫で、イ・ラート海停から発つのを知らせる。
目指す先はサマンガン海停。
穏やかな、港町。