4章
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トリグラフにつくと、皆はそれぞれの考えをまとめるために自由の時間を過ごすことにした。
既に日は落ちているため、あとは寝てゆっくり休むだけなのだが事が事なだけに、落ち着いて寝ることなど到底できない。
借りているバランの家の室内には、仲間の姿は一人もなく、いるのは現在バランと名無しだけになる。
「みんな落ち着きないねぇ」
「悩むのは仕方ないと思います、これからやることって本当にすごく大変なことだと思うから…」
「話は聞いたけど、ほんとにとんでもない事しようとしてるね、君達」
「ふふ、本当に驚きです。まさか世界まるごと救う出来事になるなんて思わなかったですから」
「アルフレドが帰ってきたと思ったら、とんでもない話を聞いちゃった感覚だよ、いやー君達は見てて飽きなさそうだ」
「ミラとジュード君が、私たちにきっかけをくれてるからだと思います。…二人はすごいです」
名無しが少し悲しげに言うと、バランがどうかしたのかと聞いてきた。
ただの弱音になるかもしれない、そう思いながらも名無しは思ったことをゆっくりと口にした。
「私は、なにかできてるのかなって。皆と一緒にいて役に立ててない気がして仕方がないんです…、ここにきた切っ掛けも結局は私に力がなかったからで」
「んー、その話だけじゃよくわかんないなー。俺は君達と一緒に旅をしてそれを見てきたわけじゃないし。こっち見解だけでずばり言っちゃうけど、少なくとも名無しさんと再会した時のあの子達の反応、悪くなかったんじゃない?素直にそれが答えで良いんじゃない、って端から見て思うけどね」
「そうだと、いいです。そうであってほしいな……」
「なんにせよ、名無しさんが一緒にいたいんなら、力になれると思ったこと全部やればいいんじゃない?なーんもしないつもりならそりゃ役立たずだけど」
「そんなことは思ってないです!なんでもいい、なんでもいいから皆に…。……あ、そうか……そうですよね。そっか。」
「なーんかわからないけど、自分で納得できた感じ?」
「はい!そういえば、難しく考えるの、私苦手でした。ありがとうございます、バランさん!」
「ん?いやいや、対したこと言ったつもりはないんだけど役に立ったんならなによりだよ。それじゃあ、俺は先に寝るから……あ!そうそう、鍵は玄関の本の間に挟んでるって皆には言ってあるから~。じゃ、おやすみ」
そう言って、バランは寝床へと消えていった。
妙に察しの良いところは、どこかの誰かにそっくりだと思いそれがおかしく笑いながらもバランの気遣いに感謝して名無しは本の間にある鍵を確認すると、夜のトリグラフの街へと向かった。
夜というには明るすぎる街並みを、20年前の記憶を頼りに名無しは進んでいった。
昔の記憶とは頼りなく、ましてや当時あまり外に出ることなどなかったため、自分が今歩いている道が正しいのかもわからなかったが、場所が場所なだけにそう簡単に人に聞けるようなところではなかった。
印象的に残っていた目印を繋ぎあわせなんとかたどり着くことができたが、それなりの地位の居住区のため警備兵の姿が当然そこにはあった 。
妙な動きさえしなければ、警備兵も名無しを捕らえることはないだろう。
緊張しつつも、名無しはできるだけ自然体を意識して居住区を進んでいった。皆には行かなくてもいい、と話をしたが、僅か五年しか住んでいないとはいえ、すぐ近くに生家があるのだ。
例え形がなくたとしても、もう自分の家でないとしてもどうなっているのか気になるのは当然である。
私情のため皆を引き連れてこのような場所に来るのは野暮であろう。
どちらにしろ、このように緊張感のある場所に大所帯で向かえば警備に目をつけられる可能性が上がるだけなのが現実である。
だが、明日には世界をかけた戦いになるかもしれないのだ。気持ちを固めるにはどうしても確かめておきたい事は当然名無しにもある。
ここが、エレンピオスが自分の故郷だと言う証を。守りたい場所であることを。確かにその目で見ておきたかった。
「…うそ…でしょ」
自分の住んでいた屋敷につくと、そこには昔と何ら変わりのない姿が名無しを迎え入れた。
外観の変化もなく、標札から名無しの家の家紋まで全て昔のままで残っている。
放置されているわけでもなく、しっかりと人の手によって整備されており古びている様子もなかった。
すっかり無いものか、それとも違う家があるものかと思っていた名無しには想像していないものだったのだ。
「なんで、だって使用人しかあとは屋敷にいないはず…」
「こんな時間に何者だ」
「っ!!あ、えと…っ」
しばらく立ち尽くしてしまっていたため、警備兵に話しかけられ名無しが狼狽える。
名無しの態度を怪しんだ警備兵がつめよってきため、名無しは事が大きくならないよう警備兵にでっちあげの話をして逃げることを試みた。
「えと、昔の友達の家でっ今どうしてるかなって思ってそれで立ち寄っただけなんですっ!」
「シュテイン家の事情は数年前に新聞記事にもなった出来事だぞ、それを知らないのか」
「ええっと、私、ずっと入院してて…」
「貴様…ますます怪しいな…」
「怪しくないです!武器も持ってないです!変なものも持ってないですよ!ほら!」
勢いよくとびはねながら身体中を叩いて武器を所持していないことを必死にアピールした。
名無しの間抜けな行動に兵士も呆れたのか、やや怒り気味に早急にここから立ち去るよう名無しに告げた。
兵士に言われた通りに、名無しはその場から立ち去りマンションのある方面に逃げるように走っていった。
急いでトリグラフの商業区まで無事にり、なんとか難を逃れる事ができたことに、名無しはほっとしつつ呼吸を整えるために適当なベンチに座ることにした。
リーゼ・マクシアとは違い星の少ない空を見上げるとどこか寂しさが込み上げてきた。
生家がそのまま残っていたことは当然嬉しかった、
だが、目の前にある家は当然だれも名無しを迎えてくれるわけがない。そして当然、自分はそこに入ることすら許されないのだ。
自分の故郷はエレンピオスであると再認識すると同時に、もうここは帰るべき場所ではないでないのでは、と名無しは複雑な心境になった。
「それよりも…新聞記事ってなにがあったのかしら…って言っても、調べる余裕はなさそうね…」
気になってたまらないことではあるのだが、今はそういう時ではないと自分に言い聞かせるように名無しは声に出して言った。
自分の家のことは全てが終わってからにすればよいと、名無しは自分の生家の方を一度見て後ろ髪を引かれる気持ちでマンションに戻ることにした。
皆は既に戻っているのだろうかと気になりながらマンションの前にいくと、そこにはエリーゼとアルヴィンがブランコに腰掛けなにか話をしているのが見えた。
暗くてはっきりとは見えないが、なんとなく浮かない表情のアルヴィンをみて名無しは二人の会話に入るのを躊躇した。
何を話しているのか気にならないわけではないが、到底割り込める雰囲気でない。後ろを通るのもなんとなく気まずい気がしたので名無しは話が聞こえない距離を保ち、建物の影で話が終わるのを待った。
「…むぅ、なんで隠れちゃうのかしらこういう時って」
壁に話しかける自分がなんとなく情けなく思えてきたが、文字通り情けないのだろう。
壁を見つめながら、もやもやとした思いで二人の話が終わるのを待つ時間はとてつもなく長い時間に感じられた。
なぜこんな気まずい気持ちにならればならないのか、という答えは存外直ぐに見つかった。
理由は至ってシンプルであったが、逆にそのシンプルな理由に名無しは自身があまりにも情けなくてたまらなく、と感じ自分に嫌気が嫌さした。
壁向かい今度は大きなため息をつくと、このやるせない時間を早く終わらせるために二人の様子を再度確認した。
すると、遠くからではっきりとそうであったかは定かではないが、名無しの視界にエリーゼの行動が映った。
その光景に思わず驚き、小さな声が無意識に漏れた。
距離にすれば20mほど離れているため名無しの声が向こうに届くことがないのが幸いだったのかもしれない。
名無しは出来るだけ大きな音を立てないようゆっくりとその場から歩きだし、港の方に走っていった。
***
「びっくりした…」
港につくと、比較的端の方のベンチに座り込み溜めていた息を吐き出すように名無しは言葉を発した。
子供の行動に動揺するなど自分は随分と余裕がないものだ。
そう見えただけであってまだそうとは限らないが、おそらく見ての通りの行動で間違いないだろう。
エリーゼは優しい子であり、名無しも大切な仲間だとも思っている。
妹がいればきっとこんな子だろうと思いながらも接していた。
一体どんな意味があったのか、それとも意味などなかったのか。
どちらにしろ仲間相手に嫉妬心を抱いた自分への嫌悪感の方が名無しには大きかった。
「んー…戻りづらいわねこれは…」
全員が戻ってから一人こっそり戻ろう。
そうすれば何事もなく朝起きてエリーゼやアルヴィンとも会話ができるだろう。
そう思い、名無しは立ち上がり港の酒場で時間をつぶすそうと向かった。
酒場といっても名無しが頼むのは決まっており、当然コーヒーである。
カウンターに座り、店員にコーヒーと付け合せのデザートを一つ頼んだ。
店を眺めながら、どこの世界もこういった場所の賑やかさは共通しており、皆が思い思いの時間を過ごす為の空間として存在していた。
こうして眺めていると無意識にイラートの宿屋と今見ている風景を重ねて見てしまう。
自分の故郷はここでも、帰りたいと強く思える場所は名無しにとってはきっとイラートの宿屋になるのだろう。
運ばれてきたコーヒーを飲みながら、ホームシックと似た感情を覚え名無しは再び自分の行動に関して疑問を抱きだす。
果たして、このままエレンピオスに残る形で異論はないと迷わず名無しは初めに言った。
だがそうなれば、イラートにいる店主達には二度と会えない可能性があることにたった今気が付いた。そうなると、あの時の決心は簡単に揺らいでしまった。
自分一人で決めるよりも、誰かに背中を押してもらいたい気持ちになり、アルヴィンを思い浮かべたが、同時に先程の事が頭をよぎり、余計に気持ちを落ち込ませた。
一度に大量の事を考えられるほど自分は良く出来ていないともう一度首を振り、一個の事に絞ることにした。
「ん、今は明日の事だけ考えよう」
「随分と大きな独り言だな」
「っ!」
隣に誰かが座ったような気はしていたが、突然話しかけられ名無しは驚いた。
そして隣に座っている人物が見知っている人物だとわかると呼吸を整えるために深呼吸をした。
「おいおい、そんなに驚くなよ」
「むぅ、考え事してたのよ…アルフレドこそ、飲みにでもきたの?」
「いや、名無し探してたんだよ」
「嬉しいけど、なにか用?」
「用がなきゃ探しちゃいけないか?」
「用がなくても探すものかしら?」
「用がなくても探すんだよ」
「ふふ、変な会話、それで本当のところは?」
「バランとこ戻ったらいなかったからだよ、どこでなにしてんのかと思ってね」
「心配した?」
「しない方がおかしいだろ」
「ん、ごめん、ありがとう」
アルヴィンに謝罪と礼を名無しがいうと、アルヴィンが何を考えていたのかを聞いてきた。
流石にエリーゼとのことを言うわけにもいかず、家の事を話すことにした。
家が綺麗に残っていたことに関しては、分家が継いだのではないかとアルヴィンも同様の意見を出した為、名無しは新聞記事にもなったのだという事を話し、継いだだけでは大事になるような家柄でも無いことを説明した。
「妙な話だな、それで調べるか調べないか考えてたのか」
「ん、そういう時じゃないってわかってるんだけどやっぱり気になっちゃって」
「なぁ、その、手伝うよ俺。これが終わったら」
「ん、そうね、ありがとう…」
「…まだなんかあんのか?」
「うん、家見たらちょっと向こうの事気になっちゃって…」
「宿屋の親父さんか」
「うん、…どうしてるかなって」
「無理もないか、実際過ごした時間は向こうのが長いんだ。家みりゃ当然世話んなったとこ思い出すよな」
「それって慰めてくれてるの?」
「悪いかよ」
「ううん、ありがとう」
照れているのかそっぽを向いたアルヴィンに礼をいって名無しはコーヒーを飲み干した。
付け合わせのデザートを食べながら、名無しは悩んだところで動かなければ結局は何にもならないと腹をくくった。
改めて考えてみれば、断界殻さえ無くなればイラートには帰ることは出来るのだ。
そのためには恐らくガイアスと戦わなければならないだろう。
まずは、その壁を突破することが悩むことのスタートラインなのかもしれない。
前向きに考えながらデザートを食べていると、アルヴィンが無言なことに気がついた。
考えに一瞬集中にしてしまっていたため、何か話題を振ろうとするとアルヴィンの方が先に神妙な表情で口を開いた。
「…なあ、名無し」
「ん?」
「これが終わったら、その…」
「うん、一瞬に調べてくれるんだよね?ありがとう」
「ああ、それもそうなんだけど、そうじゃなくて、なんつーか」
「んー…ゆっくりでいいから、落ち着いたら?」
「…その、見てて欲しいんだ。俺がちゃんと自分のやりたいこと見つけんのと、俺がやってくこと」
「ん、喜んで」
「それで、その、…一緒に住まないか」
「あ…」
本当なら直ぐにでも答えを出したいことではあった。
当然、その言葉に『はい』と答えたいところだったのだが答えをいうよりも先に名無しの脳裏には宿屋の仕事のことが浮かんでしまった。
長い間空けている自分が考えることではないだろうが、やはり名無しにとってあそこは実家同然なのである。
住むとなるとどこなのだろう、仕事はどうすればいいのだろう。
名無しが答えを出さないでいるとアルヴィンが口を開く。
「悪い、急だよな、一人で舞い上がったみたいで」
「ううん、違う、ちょっと仕事の事思い出してそれで」
「いいよ、俺が一人で勘違いして」
「勘違いじゃないっ勘違いじゃ…ない…、その、さっき宿屋のこと思い出してたから、これが終わったらまた働こうと思ってたの、まだ働きたいし…けど、アルフレドとも一緒にいたいのもあるの、どうしていいかわからなくて」
「名無し…」
「…ねぇ、場所、変えない?なんか居心地悪いなぁって…」
名無しに言われて気がつくと、少なからず周りの視線がこちらにむいているのがわかった。
周囲の声をよく聞くと別れ話なのか、それともプロポーズの失敗なのかという言葉が聞こえてきたため軽い見世物になってしまってしまっていた。居心地が悪いのは当然である。
名無しの言葉に賛同してアルヴィンが名無しの手を引いて外に向かった。
名無しは慌てて勘定をすませ、手を引かれるままに店の外に出る。
適当に人目を避けられる場所に行くと、先程の話の続きをすることにした。
「多分だけど、シャン・ドゥ辺りだよね、住むのって」
「まぁ、な」
「イラートは遠くなるのね…」
「名無し、その」
「終わってからでも、いいかな」
「?」
「マスターに、ありがとうってちゃんと伝えたらアルと一緒にいたい」
「いいのか?」
「…ん、ちょっと寂しいけど会えない距離じゃないもの、待たせちゃうけど…それでいいかしら?」
「…ああ、サンキューな」
「ううん、こっちこそありがと」
人目を避けられる場所を選んで良かったと思い、名無しはアルヴィンに抱きついた。
名無しから抱きつくことはあまりしなかったため、名無しの行動にアルヴィンが一瞬戸惑ったが直ぐに自分の腕を名無しの背中に回した。
アルヴィンが近くにいるのを確かめて名無しは顔を上げ、左右の頬を触りながら何かを確認し出した。
「な、なんだよ」
「どっち?」
「どっちって、なんだよ急に」
「エリーゼがちゅーしたの、どっち?」
「お前っ!見てて…っ!」
「むぅ…やっぱり見間違いじゃなかったのね…」
「名無し、あれは」
「…ロリコン」
「ちげぇって!だーもー、だからあれは」
「ずるい…」
「あ?」
「私だって不安でアルの傍にいたかったのに、先に一緒にいるなんてエリーゼはずるいわ…」
「名無し、お前もしかして」
「悪かったわね、子供相手に嫉妬して。…だって、アルフレドは…私のだと、思ってたから…」
半べそをかきながら泣くのを我慢して名無しは言葉を続けた。
言うつもりはなかったのだが、やはり近くにいて触れてしまっては我慢ができなかったのだ。
せめて泣かないようにと努めたが、名無しの頬にアルヴィンの手が軽く触れるとその我慢も簡単に解けてしまった。
「泣くなよ名無し」
「泣いてないわよ、ぅぅ…っ」
「ボロボロじゃねーか」
「仕方ないじゃない、それぐらい好きでそれぐらい悔しかったんだもの…っ」
「…………。…悪い、ちょっと不謹慎なこと考えた」
「……なに?」
「なんかすげぇ、嬉しい」
「なによそれ、人が泣くのが幸せな変態だったってこと?」
「違う!そうじゃなくて、いや、ちゃんと、名無しに好きでいてもらえてるんだなって思って」
「…ん、好き」
「……珍しいな、はっきり言うの」
「言わないと浮気される気がした……」
「しないさ。その気持ち裏切んないよう、頑張るから。そういわれるのは、俺も傷つく」
「ごめん……、本音だけど、ちょっと意地悪言いたかったの……、……その言葉、期待してるから」
名無しは、返事をした後に背伸びをしてエリーゼが触れたであろうアルヴィンの頬に、自分の唇を当てた。
そのまま自然と決まったように唇に触れると、エリーゼにはここまでできないだろうと笑顔で名無しが言った。
「だから…もう一回…」
「気のすむまでどうぞ、名無し姫」
そうして先に唇に触れたのはアルヴィンの方だった。
既に日は落ちているため、あとは寝てゆっくり休むだけなのだが事が事なだけに、落ち着いて寝ることなど到底できない。
借りているバランの家の室内には、仲間の姿は一人もなく、いるのは現在バランと名無しだけになる。
「みんな落ち着きないねぇ」
「悩むのは仕方ないと思います、これからやることって本当にすごく大変なことだと思うから…」
「話は聞いたけど、ほんとにとんでもない事しようとしてるね、君達」
「ふふ、本当に驚きです。まさか世界まるごと救う出来事になるなんて思わなかったですから」
「アルフレドが帰ってきたと思ったら、とんでもない話を聞いちゃった感覚だよ、いやー君達は見てて飽きなさそうだ」
「ミラとジュード君が、私たちにきっかけをくれてるからだと思います。…二人はすごいです」
名無しが少し悲しげに言うと、バランがどうかしたのかと聞いてきた。
ただの弱音になるかもしれない、そう思いながらも名無しは思ったことをゆっくりと口にした。
「私は、なにかできてるのかなって。皆と一緒にいて役に立ててない気がして仕方がないんです…、ここにきた切っ掛けも結局は私に力がなかったからで」
「んー、その話だけじゃよくわかんないなー。俺は君達と一緒に旅をしてそれを見てきたわけじゃないし。こっち見解だけでずばり言っちゃうけど、少なくとも名無しさんと再会した時のあの子達の反応、悪くなかったんじゃない?素直にそれが答えで良いんじゃない、って端から見て思うけどね」
「そうだと、いいです。そうであってほしいな……」
「なんにせよ、名無しさんが一緒にいたいんなら、力になれると思ったこと全部やればいいんじゃない?なーんもしないつもりならそりゃ役立たずだけど」
「そんなことは思ってないです!なんでもいい、なんでもいいから皆に…。……あ、そうか……そうですよね。そっか。」
「なーんかわからないけど、自分で納得できた感じ?」
「はい!そういえば、難しく考えるの、私苦手でした。ありがとうございます、バランさん!」
「ん?いやいや、対したこと言ったつもりはないんだけど役に立ったんならなによりだよ。それじゃあ、俺は先に寝るから……あ!そうそう、鍵は玄関の本の間に挟んでるって皆には言ってあるから~。じゃ、おやすみ」
そう言って、バランは寝床へと消えていった。
妙に察しの良いところは、どこかの誰かにそっくりだと思いそれがおかしく笑いながらもバランの気遣いに感謝して名無しは本の間にある鍵を確認すると、夜のトリグラフの街へと向かった。
夜というには明るすぎる街並みを、20年前の記憶を頼りに名無しは進んでいった。
昔の記憶とは頼りなく、ましてや当時あまり外に出ることなどなかったため、自分が今歩いている道が正しいのかもわからなかったが、場所が場所なだけにそう簡単に人に聞けるようなところではなかった。
印象的に残っていた目印を繋ぎあわせなんとかたどり着くことができたが、それなりの地位の居住区のため警備兵の姿が当然そこにはあった 。
妙な動きさえしなければ、警備兵も名無しを捕らえることはないだろう。
緊張しつつも、名無しはできるだけ自然体を意識して居住区を進んでいった。皆には行かなくてもいい、と話をしたが、僅か五年しか住んでいないとはいえ、すぐ近くに生家があるのだ。
例え形がなくたとしても、もう自分の家でないとしてもどうなっているのか気になるのは当然である。
私情のため皆を引き連れてこのような場所に来るのは野暮であろう。
どちらにしろ、このように緊張感のある場所に大所帯で向かえば警備に目をつけられる可能性が上がるだけなのが現実である。
だが、明日には世界をかけた戦いになるかもしれないのだ。気持ちを固めるにはどうしても確かめておきたい事は当然名無しにもある。
ここが、エレンピオスが自分の故郷だと言う証を。守りたい場所であることを。確かにその目で見ておきたかった。
「…うそ…でしょ」
自分の住んでいた屋敷につくと、そこには昔と何ら変わりのない姿が名無しを迎え入れた。
外観の変化もなく、標札から名無しの家の家紋まで全て昔のままで残っている。
放置されているわけでもなく、しっかりと人の手によって整備されており古びている様子もなかった。
すっかり無いものか、それとも違う家があるものかと思っていた名無しには想像していないものだったのだ。
「なんで、だって使用人しかあとは屋敷にいないはず…」
「こんな時間に何者だ」
「っ!!あ、えと…っ」
しばらく立ち尽くしてしまっていたため、警備兵に話しかけられ名無しが狼狽える。
名無しの態度を怪しんだ警備兵がつめよってきため、名無しは事が大きくならないよう警備兵にでっちあげの話をして逃げることを試みた。
「えと、昔の友達の家でっ今どうしてるかなって思ってそれで立ち寄っただけなんですっ!」
「シュテイン家の事情は数年前に新聞記事にもなった出来事だぞ、それを知らないのか」
「ええっと、私、ずっと入院してて…」
「貴様…ますます怪しいな…」
「怪しくないです!武器も持ってないです!変なものも持ってないですよ!ほら!」
勢いよくとびはねながら身体中を叩いて武器を所持していないことを必死にアピールした。
名無しの間抜けな行動に兵士も呆れたのか、やや怒り気味に早急にここから立ち去るよう名無しに告げた。
兵士に言われた通りに、名無しはその場から立ち去りマンションのある方面に逃げるように走っていった。
急いでトリグラフの商業区まで無事にり、なんとか難を逃れる事ができたことに、名無しはほっとしつつ呼吸を整えるために適当なベンチに座ることにした。
リーゼ・マクシアとは違い星の少ない空を見上げるとどこか寂しさが込み上げてきた。
生家がそのまま残っていたことは当然嬉しかった、
だが、目の前にある家は当然だれも名無しを迎えてくれるわけがない。そして当然、自分はそこに入ることすら許されないのだ。
自分の故郷はエレンピオスであると再認識すると同時に、もうここは帰るべき場所ではないでないのでは、と名無しは複雑な心境になった。
「それよりも…新聞記事ってなにがあったのかしら…って言っても、調べる余裕はなさそうね…」
気になってたまらないことではあるのだが、今はそういう時ではないと自分に言い聞かせるように名無しは声に出して言った。
自分の家のことは全てが終わってからにすればよいと、名無しは自分の生家の方を一度見て後ろ髪を引かれる気持ちでマンションに戻ることにした。
皆は既に戻っているのだろうかと気になりながらマンションの前にいくと、そこにはエリーゼとアルヴィンがブランコに腰掛けなにか話をしているのが見えた。
暗くてはっきりとは見えないが、なんとなく浮かない表情のアルヴィンをみて名無しは二人の会話に入るのを躊躇した。
何を話しているのか気にならないわけではないが、到底割り込める雰囲気でない。後ろを通るのもなんとなく気まずい気がしたので名無しは話が聞こえない距離を保ち、建物の影で話が終わるのを待った。
「…むぅ、なんで隠れちゃうのかしらこういう時って」
壁に話しかける自分がなんとなく情けなく思えてきたが、文字通り情けないのだろう。
壁を見つめながら、もやもやとした思いで二人の話が終わるのを待つ時間はとてつもなく長い時間に感じられた。
なぜこんな気まずい気持ちにならればならないのか、という答えは存外直ぐに見つかった。
理由は至ってシンプルであったが、逆にそのシンプルな理由に名無しは自身があまりにも情けなくてたまらなく、と感じ自分に嫌気が嫌さした。
壁向かい今度は大きなため息をつくと、このやるせない時間を早く終わらせるために二人の様子を再度確認した。
すると、遠くからではっきりとそうであったかは定かではないが、名無しの視界にエリーゼの行動が映った。
その光景に思わず驚き、小さな声が無意識に漏れた。
距離にすれば20mほど離れているため名無しの声が向こうに届くことがないのが幸いだったのかもしれない。
名無しは出来るだけ大きな音を立てないようゆっくりとその場から歩きだし、港の方に走っていった。
***
「びっくりした…」
港につくと、比較的端の方のベンチに座り込み溜めていた息を吐き出すように名無しは言葉を発した。
子供の行動に動揺するなど自分は随分と余裕がないものだ。
そう見えただけであってまだそうとは限らないが、おそらく見ての通りの行動で間違いないだろう。
エリーゼは優しい子であり、名無しも大切な仲間だとも思っている。
妹がいればきっとこんな子だろうと思いながらも接していた。
一体どんな意味があったのか、それとも意味などなかったのか。
どちらにしろ仲間相手に嫉妬心を抱いた自分への嫌悪感の方が名無しには大きかった。
「んー…戻りづらいわねこれは…」
全員が戻ってから一人こっそり戻ろう。
そうすれば何事もなく朝起きてエリーゼやアルヴィンとも会話ができるだろう。
そう思い、名無しは立ち上がり港の酒場で時間をつぶすそうと向かった。
酒場といっても名無しが頼むのは決まっており、当然コーヒーである。
カウンターに座り、店員にコーヒーと付け合せのデザートを一つ頼んだ。
店を眺めながら、どこの世界もこういった場所の賑やかさは共通しており、皆が思い思いの時間を過ごす為の空間として存在していた。
こうして眺めていると無意識にイラートの宿屋と今見ている風景を重ねて見てしまう。
自分の故郷はここでも、帰りたいと強く思える場所は名無しにとってはきっとイラートの宿屋になるのだろう。
運ばれてきたコーヒーを飲みながら、ホームシックと似た感情を覚え名無しは再び自分の行動に関して疑問を抱きだす。
果たして、このままエレンピオスに残る形で異論はないと迷わず名無しは初めに言った。
だがそうなれば、イラートにいる店主達には二度と会えない可能性があることにたった今気が付いた。そうなると、あの時の決心は簡単に揺らいでしまった。
自分一人で決めるよりも、誰かに背中を押してもらいたい気持ちになり、アルヴィンを思い浮かべたが、同時に先程の事が頭をよぎり、余計に気持ちを落ち込ませた。
一度に大量の事を考えられるほど自分は良く出来ていないともう一度首を振り、一個の事に絞ることにした。
「ん、今は明日の事だけ考えよう」
「随分と大きな独り言だな」
「っ!」
隣に誰かが座ったような気はしていたが、突然話しかけられ名無しは驚いた。
そして隣に座っている人物が見知っている人物だとわかると呼吸を整えるために深呼吸をした。
「おいおい、そんなに驚くなよ」
「むぅ、考え事してたのよ…アルフレドこそ、飲みにでもきたの?」
「いや、名無し探してたんだよ」
「嬉しいけど、なにか用?」
「用がなきゃ探しちゃいけないか?」
「用がなくても探すものかしら?」
「用がなくても探すんだよ」
「ふふ、変な会話、それで本当のところは?」
「バランとこ戻ったらいなかったからだよ、どこでなにしてんのかと思ってね」
「心配した?」
「しない方がおかしいだろ」
「ん、ごめん、ありがとう」
アルヴィンに謝罪と礼を名無しがいうと、アルヴィンが何を考えていたのかを聞いてきた。
流石にエリーゼとのことを言うわけにもいかず、家の事を話すことにした。
家が綺麗に残っていたことに関しては、分家が継いだのではないかとアルヴィンも同様の意見を出した為、名無しは新聞記事にもなったのだという事を話し、継いだだけでは大事になるような家柄でも無いことを説明した。
「妙な話だな、それで調べるか調べないか考えてたのか」
「ん、そういう時じゃないってわかってるんだけどやっぱり気になっちゃって」
「なぁ、その、手伝うよ俺。これが終わったら」
「ん、そうね、ありがとう…」
「…まだなんかあんのか?」
「うん、家見たらちょっと向こうの事気になっちゃって…」
「宿屋の親父さんか」
「うん、…どうしてるかなって」
「無理もないか、実際過ごした時間は向こうのが長いんだ。家みりゃ当然世話んなったとこ思い出すよな」
「それって慰めてくれてるの?」
「悪いかよ」
「ううん、ありがとう」
照れているのかそっぽを向いたアルヴィンに礼をいって名無しはコーヒーを飲み干した。
付け合わせのデザートを食べながら、名無しは悩んだところで動かなければ結局は何にもならないと腹をくくった。
改めて考えてみれば、断界殻さえ無くなればイラートには帰ることは出来るのだ。
そのためには恐らくガイアスと戦わなければならないだろう。
まずは、その壁を突破することが悩むことのスタートラインなのかもしれない。
前向きに考えながらデザートを食べていると、アルヴィンが無言なことに気がついた。
考えに一瞬集中にしてしまっていたため、何か話題を振ろうとするとアルヴィンの方が先に神妙な表情で口を開いた。
「…なあ、名無し」
「ん?」
「これが終わったら、その…」
「うん、一瞬に調べてくれるんだよね?ありがとう」
「ああ、それもそうなんだけど、そうじゃなくて、なんつーか」
「んー…ゆっくりでいいから、落ち着いたら?」
「…その、見てて欲しいんだ。俺がちゃんと自分のやりたいこと見つけんのと、俺がやってくこと」
「ん、喜んで」
「それで、その、…一緒に住まないか」
「あ…」
本当なら直ぐにでも答えを出したいことではあった。
当然、その言葉に『はい』と答えたいところだったのだが答えをいうよりも先に名無しの脳裏には宿屋の仕事のことが浮かんでしまった。
長い間空けている自分が考えることではないだろうが、やはり名無しにとってあそこは実家同然なのである。
住むとなるとどこなのだろう、仕事はどうすればいいのだろう。
名無しが答えを出さないでいるとアルヴィンが口を開く。
「悪い、急だよな、一人で舞い上がったみたいで」
「ううん、違う、ちょっと仕事の事思い出してそれで」
「いいよ、俺が一人で勘違いして」
「勘違いじゃないっ勘違いじゃ…ない…、その、さっき宿屋のこと思い出してたから、これが終わったらまた働こうと思ってたの、まだ働きたいし…けど、アルフレドとも一緒にいたいのもあるの、どうしていいかわからなくて」
「名無し…」
「…ねぇ、場所、変えない?なんか居心地悪いなぁって…」
名無しに言われて気がつくと、少なからず周りの視線がこちらにむいているのがわかった。
周囲の声をよく聞くと別れ話なのか、それともプロポーズの失敗なのかという言葉が聞こえてきたため軽い見世物になってしまってしまっていた。居心地が悪いのは当然である。
名無しの言葉に賛同してアルヴィンが名無しの手を引いて外に向かった。
名無しは慌てて勘定をすませ、手を引かれるままに店の外に出る。
適当に人目を避けられる場所に行くと、先程の話の続きをすることにした。
「多分だけど、シャン・ドゥ辺りだよね、住むのって」
「まぁ、な」
「イラートは遠くなるのね…」
「名無し、その」
「終わってからでも、いいかな」
「?」
「マスターに、ありがとうってちゃんと伝えたらアルと一緒にいたい」
「いいのか?」
「…ん、ちょっと寂しいけど会えない距離じゃないもの、待たせちゃうけど…それでいいかしら?」
「…ああ、サンキューな」
「ううん、こっちこそありがと」
人目を避けられる場所を選んで良かったと思い、名無しはアルヴィンに抱きついた。
名無しから抱きつくことはあまりしなかったため、名無しの行動にアルヴィンが一瞬戸惑ったが直ぐに自分の腕を名無しの背中に回した。
アルヴィンが近くにいるのを確かめて名無しは顔を上げ、左右の頬を触りながら何かを確認し出した。
「な、なんだよ」
「どっち?」
「どっちって、なんだよ急に」
「エリーゼがちゅーしたの、どっち?」
「お前っ!見てて…っ!」
「むぅ…やっぱり見間違いじゃなかったのね…」
「名無し、あれは」
「…ロリコン」
「ちげぇって!だーもー、だからあれは」
「ずるい…」
「あ?」
「私だって不安でアルの傍にいたかったのに、先に一緒にいるなんてエリーゼはずるいわ…」
「名無し、お前もしかして」
「悪かったわね、子供相手に嫉妬して。…だって、アルフレドは…私のだと、思ってたから…」
半べそをかきながら泣くのを我慢して名無しは言葉を続けた。
言うつもりはなかったのだが、やはり近くにいて触れてしまっては我慢ができなかったのだ。
せめて泣かないようにと努めたが、名無しの頬にアルヴィンの手が軽く触れるとその我慢も簡単に解けてしまった。
「泣くなよ名無し」
「泣いてないわよ、ぅぅ…っ」
「ボロボロじゃねーか」
「仕方ないじゃない、それぐらい好きでそれぐらい悔しかったんだもの…っ」
「…………。…悪い、ちょっと不謹慎なこと考えた」
「……なに?」
「なんかすげぇ、嬉しい」
「なによそれ、人が泣くのが幸せな変態だったってこと?」
「違う!そうじゃなくて、いや、ちゃんと、名無しに好きでいてもらえてるんだなって思って」
「…ん、好き」
「……珍しいな、はっきり言うの」
「言わないと浮気される気がした……」
「しないさ。その気持ち裏切んないよう、頑張るから。そういわれるのは、俺も傷つく」
「ごめん……、本音だけど、ちょっと意地悪言いたかったの……、……その言葉、期待してるから」
名無しは、返事をした後に背伸びをしてエリーゼが触れたであろうアルヴィンの頬に、自分の唇を当てた。
そのまま自然と決まったように唇に触れると、エリーゼにはここまでできないだろうと笑顔で名無しが言った。
「だから…もう一回…」
「気のすむまでどうぞ、名無し姫」
そうして先に唇に触れたのはアルヴィンの方だった。