3章
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痛いことが増えると同時に、名無しが笑う数も以前より増えていった。
そして気がつくと口にしている言葉は大丈夫と、頑張るの二言。
つらいことになると両親に始めに言われたときは、いったい何が起きるのかと思いながらもわくわくした気持ちがあったがその気持ちは直ぐに恐怖心に変わりに、恐怖心もやがて直ぐに薄れていくことになった。
名無しが毎日見る景色は、鉄の天井と顔の見えない医師と目に痛いほどの灯り、そして笑わない両親の姿だった。
正確には毎日という時間が動いていることすら名無しにはわかっていなかっだ、わりとどうでもいいことだった。
時々、新しい人が同じ部屋にやって来て名無しと同じ施術を受けているのを横で見かけたが、痛みにのたうち回ると大体の人は直ぐに動かなくなってしまう。
一人屍が横に生まれるごとに、両親は名無しは優秀だと名無しを誉める。
たったそれだけの事が名無しは嬉しく、どんなに痛くとも自分が実験のあとに生きていれば、もう一度両親は笑いかけてくれるのだと名無しは覚えた。
「名無し、今日もお前なら大丈夫だ、今日はとくに大切なんだ」
「いい名無し?この黒匣に意識を集中するの、できるだけ大きなものがでるように想像するだけよ?」
「これは…」
そういって名無しが渡されたのは、あまり協力でない子供でも扱える黒匣だった。
こんなもので大きなものが出てくるように想像するという意味が名無しにはわからなかった。
こんなのも、使えるの力が決まっているという思いが有りながらも、名無しは言われた通りに黒匣を起動させようとした。
実験に入る直前に、部屋のなかにアルフレドの叔父が入ってきたのが見てとれた。
そういえば、アルフレドは今何をしているのだろう。
しばらく顔を会わせていないことを考えながら、これが終わった後に両親に会ってもいいか頼んでみようと、名無しは頭の片隅で思った。
そして、なにも考えずに黒匣を起動させた。
「っ?!や、やだっ!!」
黒匣を起動させると同時に、体の全てを黒匣に吸い込まれるような痛みが全身に起こった。
頭の真ん中から思いきり吸い込まれていく感覚が痛みとして名無しを押そうと同時に、手に握っている黒匣からは想像しているものりも協力な技が発動していた。
驚きのあまり、おもわず黒匣を投げ捨てそうになったが視界の片隅に入った両親の嬉しそうな顔が入った瞬間、名無しは口のなかを噛んで必死に黒匣を手放さなかった。
動力であるマナが尽きたのか、黒匣は勝手に勢いを失いながら大人しくなった。
呼吸をするのを忘れるぐらい、口の中を強く噛んでいた名無しは息をはくと同時に床に口内に溜まっていた血を吐き出した。
ゆっくりと顔をあげて、名無しが両親の姿を確認すると両親は嬉しそうに他の大人たちと会話をしていた。
よかった、喜んでもらえて。
名無しは心の中でそう呟くと、両親の元に残った力で駆け寄ろうとしたが名無しが駆け寄る前に二人はその場から立ち去ってしまった。
「父様…っ?」
「名無しちゃん、お疲れさま。これからしばらくお休みになるからゆっくりしてていいわよ。」
「え?あの…」
「ああ、パパとママ?忙しいからごめんねって」
「あの…っ」
「大丈夫、ジランドールさんがお休みの間一緒にいてくれるそうよ」
研究員の人にそういわれると、名無しの目の前には既にジランドールがいた。
子供を差別するような、厳しい視線が上から落ちてきているのがわかり名無しは顔を上げるのを躊躇い視線を床に落とす。
名無しの返事を待たずして、ジランドールは名無しの手を引っ張り別の研究室に連れていった。
部屋にはいくつもの黒匣が繋がっており、それぞれが怪しく光っていた。
名無しをつれてくるなりジランドールは、その場にいた研究員に名無しをその黒匣達に繋ぐよう指示した。
そして先程名無しが口のなかを噛んでいたのを見ていたため、万が一の事故で舌を噛まないように、口を塞がせた。
先程の痛みが残っているままの名無しを、新たな激痛が襲った。
何が起きているのかを理解はできなかったが、意識が遠退くことだけはなんとなく感じていた。
気がついたときに事がは終わっていて、結果がでなかったことに腹を立てているジランドールがあたりのものを蹴飛ばしていた。
そして名無しを指差し、誰かに指示を出すとジランドールはその場からいなくなり、名無しはディラックのところへと連れていかれた。
「腕の火傷と口内の傷か…他に痛むところはないか?」
「だ、大丈夫、大丈夫です」
「…ここに君の両親はいない、素直にいってくれて大丈夫だ」
「全部先生が治してくれるんでしょ?なら私大丈夫だからっ」
「…、わかった。しばらくここで安静にしてなさい。必要なものがあれば言ってくれ」
「あ…」
「何かあるのか?」
「と、友達に会いたい、…部屋に戻りたい…」
名無しの言葉にディラックは少しうなり考えこみ、少し待っているよう名無しに言い部屋をうつった。
直ぐに戻ってくると、名無しに小包を渡し歩けるかを確認した。
名無しは、決まったように大丈夫と答え頷くとディラックの言うことを静かに聞く。
「この中に薬が入っている、飲み薬と塗り薬だ。処方はメモを入れてあるからそれを読むといい、それと…」
「大丈夫です、私、あの」
「…大丈夫、か。…もし、友達に怪我のことを聞かれたら」
「わかってる!父様と母様に教えてもらってるわ!私がお手伝いで失敗しちゃったって言えばいいんですよねっ」
「そんなことを…っ」
「間違って…ますか…?」
「いや、…そうだな、今回はお手伝いの時に魔物に襲われた、と言いなさい、いいな?」
「え、でも…」
「今回はそういうよう、君の両親から言われてる、大丈夫だ」
「は、はい」
ディラックの言葉を聞いて、名無しは嬉しそうに立ち上がりディラックにお辞儀をすると、薬のはいった包みを大事に抱えて部屋を出ていった。
駆け足で名無しは自分の部屋に戻ると、荷物を置いて急いで隣の部屋を訪ねた。
ノックをすると返事が直ぐに返ってきたため、名無しは胸を弾ませていた。
扉越しに聞こえる足音が名無しの気持ちをさらに高めていた。
ドア開き、会いたかった人物の顔を見ると名無しの表情は無条件に笑顔になった。
「名無しっ手伝い終わったのか?」
「うん、頑張った御褒美にしばらく御休みなんだって」
「そうなんだ!…名無し?怪我どうしたんだよ」
「あ、外に…行ったときに魔物に襲われちゃって」
「戦えないくせになにやってんだよっ」
「なんでアルフレドが泣くのよ、ほんと泣き虫っ」
「だってそんな怪我したら死んじゃうかもしれないだろ!」
「死なないわよ、そんなに弱くないわっアルフレドの方が弱いわよ、すぐ泣くもん」
「弱くないよ!戦ったら俺の方が強いんだ、俺だって叔父さんの手伝いで沢山戦ってるんだ」
「手伝いって、また嫌なお仕事してるの…?」
「嫌じゃ、ないよ、やらなきゃいけないんだ、そしたら…」
「アルフレド?」
言葉をつまらせ、アルフレドは泣くのを必死にこらえた。
何処か追い詰められているような顔でぐっと唇を噛んでいるのが見てわかる。
アルフレドは、叔父のジランドールの手伝いをするようになっていた。
内容こそは聞いたことはないが、はじめのうちはその都度泣いて帰ってきていたのを覚えている。
回数を重ねるごとにその様子を見ることは減っていったが、浮かない顔をして帰ってくるのを見ると嫌な仕事だと言うことが聞かなくても名無しにはなんとなくわかっていた。
「アルフレド、私から叔父さんにお願いしてみる!アルフレドに酷いことしないでって」
「言わなくていいよ!そんなことしたら」
「大丈夫よ!叔父さん、怖い人だけどきっとわかってくれるわ」
「名無しには関係ないじゃないかっ」
「だって、叔父さんがアルフレドにお仕事させるとアルフレドが悲しい顔になるんだもの、私そんなの嫌よ」
「そんなことより、名無しは今怪我してるんだから、せっかくお休みなんだからゆっくりしなよ!」
「むぅ…話そらした!」
「戻したんだよっ、俺お茶持ってくる」
「あれ?レティシャ叔母様は?」
「調子悪いから、叔父さんのところで診てもらうんだって。だから今日は俺一人なんだ」
「ふーん、そうなんだ」
「名無し怪我してるだろ?俺が面倒見るから今日こっちいろよ」
「いいの?最近ずっと泊まっちゃだめっていってたのに」
「今日は特別、良いから寝てろよ、ほしいのあったら持ってくるから」
「大丈夫、アルフレドが一緒にいてくれるならそれでいいわっ」
名無しがそう笑顔で言うと、アルフレドは名無しに笑顔を返し四年前より上手にお茶を運んで名無しに差し出した。
他愛もない話、意味のない話をして名無しは久々の友人との時間を楽しんだ。
そして気がつくと、いつの間にか疲れから眠ってしまっていた。
***
トイレに行きたく目をさますと、名無しはレティシャのベッドの中にいた。
すぐ横のベッドにはアルフレドがねており、きっとアルフレドがここに運んでくれたのだろう。
「ありがとう、アルフレド」
聞こえないように名無しは呟くと体をおこしてトイレに向かった。
各部屋にトイレは備えついてるが、名無しはアルフレドの部屋を訪れたときにも必ず自分の部屋のトイレを利用していた。
昔から、他人の家に上がる際に絶対やってはいけないことの一つとして両親から言われておりその習慣が抜けてないからである。
音を立てないようゆっくりと名無しは部屋を出て自分の部屋に向かった。
用を済ませ部屋に戻ろうとすると、名無しの部屋の前にアルフレドが立っていた。
「アル、どうしたの?眠れないの?」
「どうしたじゃねぇよ、名無しこっそりどこかいくから…」
「ごめん…、もう戻るからいこ?」
「…ん」
「どこにもいかないわよ、もう、…ふふ」
泣きそうな顔をしているアルフレドが手を出したので、名無しはその手をつかんだ。
直ぐ隣の部屋に戻るには少し大袈裟な態度がおかしくて名無しはくすくすと笑いをこらえた。
アルフレドに引っ張られ部屋に戻り、ベッドに戻るまでの間ずっと見張られる形になった。
名無しがベッドに潜るとアルフレドに寝ることを伝えると、アルフレドはしつこく名無しに確認をとった。
「本当に寝るんだな?」
「寝る、寝るからっ…そんなに見られたら寝づらいわ」
「だって名無し、いっつも一人でどっか行くの多かっただろ」
「トイレよ全部っ女の子にそういうこというのは失礼よっ」
「嘘つくなよっ一回だけ外いってたときあっただろ!俺見てたんだからな」
「それは、夜にしか咲かない花があったから見に行ったのよ、大体その時は私の部屋にいた時じゃない…っもう、寝るから静かにしてよ!」
「わ、わかったよ…寝るんだぞ?」
「寝るから話しかけないでっ」
乱暴に布団をかぶり名無しは寝る体制に入った。
心なしかアルフレドの視線を感じたが、大人しく布団に潜っていると隣から布団に潜る音が聞こえたため、彼も寝るのだということが確認できる。
しばらく布団の中でじっとしていると、今度は小さくすすり泣く声が聞こえてきた。
声がでないよう我慢しているようで、時々息を吸う音が大きく聞こえた。
寝ろというくせに、これでは気になって眠れやしない。
名無しは布団に潜ったままアルフレドに話しかけた。
「また泣いてるの…?」
「…っな、泣いてない」
「嘘よ、だって泣いてたもの」
「泣いてないっていってるだろ!」
アルフレドが大きな声をだし体を起こした。
名無しは布団に潜ったまま、隣で大きな声を出したアルフレドに話しかけた。
「無理しなくて良いのに…」
「無理してなんかしてない、俺は男なんだ、そんな簡単に泣かない…」
「…ねぇ、寂しいの?」
「なんでだよ」
「それとも悲しいの?どこか痛いの?」
「だから、なんでだよっ」
「泣くのはそう言う時だから、あとはスッゴク嬉しいとき」
「泣いてないって言ってるじゃないか!」
アルフレドがもう一度大声をだして泣いていたことを否定すると、名無しは体を起こしアルフレドの方を向いた。
暗い中でも、やはりアルフレドの目にはうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。
名無しはアルフレドの頭に手を伸ばし、自分よりも一個上の少年の頭を撫でた。
名無しに撫でられることに不満があるのか、アルフレドはその手を直ぐに振り払うと不貞腐れ俯いてしまった。
「ねぇ、アルフレド、いいこと思い付いたっ」
「いいこと?」
「うん、悲しいこととか、寂しいととかあったら何でも私に言って 、私がアルの傍にいて全部受け止めてあげる、私がアルを悲しいから守るわっ」
「…本当?」
「本当」
「…いやだよ」
「どうして?」
「だって、守るのは男の役目だって母さんがいつも言ってた」
「えー、でもアルフレドには無理よー」
「できるよ!俺だって男なんだ!俺が守る側なんだからなっ」
「アルが私を守るの?んーそれじゃあ…私がアルを守って、アルフレドが私を守る 、それならいい?」
「ああ、約束さっ」
「じゃあ指切りねっ」
決まりの文句を言って二人は指切りをした。
それから数ヵ月の時が経った。
名無し両親の手伝いを続けていたが、なかな思うように進んでいないらしくあまり名無しの体を使う実験は行われていなかった。
そのかわり、両親の手伝いが早く切り上がる時はジランドールに連れていかれ黒匣との接続実験の研究に付き合うことの方が多かった。
アルフレドがジランドールの手伝いをしていると聞いているが、名無しがジランドールのところにいる時に会うことは決してなかった。
おそらく違うことをしているものだと認識しており、事が終わり部屋に戻ってもアルフレドは名無しがジランドールの手伝いをしている事を把握していないため名無しはいうことを避けていた。
そんなある日、名無しはアルフレドがいないことを確認してジランドールに、アルフレドがいやがる仕事をさせないようにとお願いをしてみたが、その話は簡単に無視されてしまった。
アルフレドが言っていたことは、相手にされないだろうという意味だったのを名無しはここで理解し、アルフレドは自分の知らないところで大人になっていこうとしているのだというのがわかり、最近両親の役に立てない自分に焦りを感じた。
それから間も無くしたときの事、名無しは両親の所に自ら訪れた。
「ねぇ、父様、私もっとお手伝いできないのかな?」
「少し待ってなさい、もうすぐお前が役立つときがあるから」
「今は何をしているの?」
「黒匣は動力が直ぐ切れる、お前はそれを伸ばす実験に協力してるのはわかってるな?」
「うん、だから痛くないようにしてくれてるのよね?」
「ああ、今のままでは無駄にお前を傷つけるだけになる、だから待ってなさい」
「…ねぇ、それ違う人で実験しているの私にできない?私が一番うまくいってるんでしょ?頑張るわっだから」
名無しがいつも通りに笑いながらいうと、父は名無しの頭を撫でて気持ちだけでいいと言い、次に呼ぶまで待っていなさいと名無しを帰そうとした。
すると、奥で話を聞いていた母が名無しを呼び止めた。
「ねぇあなた、名無しもそういってるしどうかしら?実際に登用しながらのほうがいいわ」
「馬鹿をいうな、次のことを考えてみろそれは…」
「名無し、あなたは本当に良い子ね…、早速だけれど」
「まて、まだ早いといってるじゃないか」
「父様!私頑張るから大丈夫!母様、私直ぐにできるわっ」
「ふふ、良い子ね、それじゃあ始めましょう」
夫の制止を無視して、名無しの母は名無しをつれておくに向かった。
そのまま言葉の通りに現状の研究を名無しに登用する準備に入った。
適合しているだけあり、名無しが我慢さえすれば実験は簡単に良い方向に進捗をしていった。
名無しの体を気遣う傾向にあった父も、今回の実験を機会に名無しへの配慮は次第に薄れていった。
目に見えない敵は、大きな出力の黒匣を使うと自分達を襲ってくるのを皆は知っていた。
そのため、この実験に大きな出力の黒匣を使うことはずっと避けていたのだが、今回はそれを使うための実験だという。
何回か実験をくりかえしたある日の事。
両親は今まで使ったことのない倍近く黒匣を用意し、今の名無しならばマナの出力制限が可能だろうとそれの実験に移った。
黒匣と名無しを繋ぐと、頭の中にいれられた黒匣が起動した感覚がわかった。
繋がれている黒匣が起動すると、黒匣同士が共鳴し発動の出力制御のため名無しはその事に集中した。
今まで以上の痛みに我慢をすることは殆ど不可能だった為、名無しは叫ぶことで意識を保つことに努めた。
出力バランスは全て両親たち研究員の手によって行われている。
次第に負荷が変化しているのが体に走る痛みで名無しはわかっていた。
ガラスの向こうで何か研究員と両親がもめている姿が一瞬見えた気がしたあと、突如出力があがり名無しは全身を引き裂かれるような痛みに襲われた。
それと同時に、研究室が見えない敵の手にかかった。
繋がれていた機材と同時に体を瓦礫に挟み込まれた名無しはその場から動くことができなかった。
直ぐ真横で爆発がおき、目の前に研究員の体だったものが散っている様を虚ろな意識で名無しはみた。
「ああ!なんてこと!失敗だわ!今までの事が全て無駄だわ!」
「名無し!頑張るんじゃなかったのか!なぜ、なぜ制御しなかった!」
瓦礫に挟まれた名無しを見つけた両親がひどく混乱した様子で名無しを叱りだした。
名無しは残っている意識をつかい、 両親に謝った。
「ごめん、なさい…次は頑張るからっ」
「使えない子!!ああ、脆い体!耐えなさいよ!あんな出力…っああ見つかってしまったからなにもかも無駄、無駄無駄無駄!!失敗したらなにもできないのと同じよ!あなたが頑張るっていったのに!」
「母…様…お願い…頑張るからここから助けて…っ父様…助けてっ」
発狂する母に助けを求め名無しは手を伸ばした。
そして、奥に見える父にも助けを求めた。
だが、名無しの母は名無しを助けるよりも奥にいる夫の元に走って向かっていった。
名無しの母が抱いた名無しの父は、胸から下を失っており、そんな名無しの父を抱いた母も新たな爆発によってその場に下半身のみを残した。
その様子を見たのを最後に、名無しの意識も電源を切ったようにぶつりと切れた。
そして気がつくと口にしている言葉は大丈夫と、頑張るの二言。
つらいことになると両親に始めに言われたときは、いったい何が起きるのかと思いながらもわくわくした気持ちがあったがその気持ちは直ぐに恐怖心に変わりに、恐怖心もやがて直ぐに薄れていくことになった。
名無しが毎日見る景色は、鉄の天井と顔の見えない医師と目に痛いほどの灯り、そして笑わない両親の姿だった。
正確には毎日という時間が動いていることすら名無しにはわかっていなかっだ、わりとどうでもいいことだった。
時々、新しい人が同じ部屋にやって来て名無しと同じ施術を受けているのを横で見かけたが、痛みにのたうち回ると大体の人は直ぐに動かなくなってしまう。
一人屍が横に生まれるごとに、両親は名無しは優秀だと名無しを誉める。
たったそれだけの事が名無しは嬉しく、どんなに痛くとも自分が実験のあとに生きていれば、もう一度両親は笑いかけてくれるのだと名無しは覚えた。
「名無し、今日もお前なら大丈夫だ、今日はとくに大切なんだ」
「いい名無し?この黒匣に意識を集中するの、できるだけ大きなものがでるように想像するだけよ?」
「これは…」
そういって名無しが渡されたのは、あまり協力でない子供でも扱える黒匣だった。
こんなもので大きなものが出てくるように想像するという意味が名無しにはわからなかった。
こんなのも、使えるの力が決まっているという思いが有りながらも、名無しは言われた通りに黒匣を起動させようとした。
実験に入る直前に、部屋のなかにアルフレドの叔父が入ってきたのが見てとれた。
そういえば、アルフレドは今何をしているのだろう。
しばらく顔を会わせていないことを考えながら、これが終わった後に両親に会ってもいいか頼んでみようと、名無しは頭の片隅で思った。
そして、なにも考えずに黒匣を起動させた。
「っ?!や、やだっ!!」
黒匣を起動させると同時に、体の全てを黒匣に吸い込まれるような痛みが全身に起こった。
頭の真ん中から思いきり吸い込まれていく感覚が痛みとして名無しを押そうと同時に、手に握っている黒匣からは想像しているものりも協力な技が発動していた。
驚きのあまり、おもわず黒匣を投げ捨てそうになったが視界の片隅に入った両親の嬉しそうな顔が入った瞬間、名無しは口のなかを噛んで必死に黒匣を手放さなかった。
動力であるマナが尽きたのか、黒匣は勝手に勢いを失いながら大人しくなった。
呼吸をするのを忘れるぐらい、口の中を強く噛んでいた名無しは息をはくと同時に床に口内に溜まっていた血を吐き出した。
ゆっくりと顔をあげて、名無しが両親の姿を確認すると両親は嬉しそうに他の大人たちと会話をしていた。
よかった、喜んでもらえて。
名無しは心の中でそう呟くと、両親の元に残った力で駆け寄ろうとしたが名無しが駆け寄る前に二人はその場から立ち去ってしまった。
「父様…っ?」
「名無しちゃん、お疲れさま。これからしばらくお休みになるからゆっくりしてていいわよ。」
「え?あの…」
「ああ、パパとママ?忙しいからごめんねって」
「あの…っ」
「大丈夫、ジランドールさんがお休みの間一緒にいてくれるそうよ」
研究員の人にそういわれると、名無しの目の前には既にジランドールがいた。
子供を差別するような、厳しい視線が上から落ちてきているのがわかり名無しは顔を上げるのを躊躇い視線を床に落とす。
名無しの返事を待たずして、ジランドールは名無しの手を引っ張り別の研究室に連れていった。
部屋にはいくつもの黒匣が繋がっており、それぞれが怪しく光っていた。
名無しをつれてくるなりジランドールは、その場にいた研究員に名無しをその黒匣達に繋ぐよう指示した。
そして先程名無しが口のなかを噛んでいたのを見ていたため、万が一の事故で舌を噛まないように、口を塞がせた。
先程の痛みが残っているままの名無しを、新たな激痛が襲った。
何が起きているのかを理解はできなかったが、意識が遠退くことだけはなんとなく感じていた。
気がついたときに事がは終わっていて、結果がでなかったことに腹を立てているジランドールがあたりのものを蹴飛ばしていた。
そして名無しを指差し、誰かに指示を出すとジランドールはその場からいなくなり、名無しはディラックのところへと連れていかれた。
「腕の火傷と口内の傷か…他に痛むところはないか?」
「だ、大丈夫、大丈夫です」
「…ここに君の両親はいない、素直にいってくれて大丈夫だ」
「全部先生が治してくれるんでしょ?なら私大丈夫だからっ」
「…、わかった。しばらくここで安静にしてなさい。必要なものがあれば言ってくれ」
「あ…」
「何かあるのか?」
「と、友達に会いたい、…部屋に戻りたい…」
名無しの言葉にディラックは少しうなり考えこみ、少し待っているよう名無しに言い部屋をうつった。
直ぐに戻ってくると、名無しに小包を渡し歩けるかを確認した。
名無しは、決まったように大丈夫と答え頷くとディラックの言うことを静かに聞く。
「この中に薬が入っている、飲み薬と塗り薬だ。処方はメモを入れてあるからそれを読むといい、それと…」
「大丈夫です、私、あの」
「…大丈夫、か。…もし、友達に怪我のことを聞かれたら」
「わかってる!父様と母様に教えてもらってるわ!私がお手伝いで失敗しちゃったって言えばいいんですよねっ」
「そんなことを…っ」
「間違って…ますか…?」
「いや、…そうだな、今回はお手伝いの時に魔物に襲われた、と言いなさい、いいな?」
「え、でも…」
「今回はそういうよう、君の両親から言われてる、大丈夫だ」
「は、はい」
ディラックの言葉を聞いて、名無しは嬉しそうに立ち上がりディラックにお辞儀をすると、薬のはいった包みを大事に抱えて部屋を出ていった。
駆け足で名無しは自分の部屋に戻ると、荷物を置いて急いで隣の部屋を訪ねた。
ノックをすると返事が直ぐに返ってきたため、名無しは胸を弾ませていた。
扉越しに聞こえる足音が名無しの気持ちをさらに高めていた。
ドア開き、会いたかった人物の顔を見ると名無しの表情は無条件に笑顔になった。
「名無しっ手伝い終わったのか?」
「うん、頑張った御褒美にしばらく御休みなんだって」
「そうなんだ!…名無し?怪我どうしたんだよ」
「あ、外に…行ったときに魔物に襲われちゃって」
「戦えないくせになにやってんだよっ」
「なんでアルフレドが泣くのよ、ほんと泣き虫っ」
「だってそんな怪我したら死んじゃうかもしれないだろ!」
「死なないわよ、そんなに弱くないわっアルフレドの方が弱いわよ、すぐ泣くもん」
「弱くないよ!戦ったら俺の方が強いんだ、俺だって叔父さんの手伝いで沢山戦ってるんだ」
「手伝いって、また嫌なお仕事してるの…?」
「嫌じゃ、ないよ、やらなきゃいけないんだ、そしたら…」
「アルフレド?」
言葉をつまらせ、アルフレドは泣くのを必死にこらえた。
何処か追い詰められているような顔でぐっと唇を噛んでいるのが見てわかる。
アルフレドは、叔父のジランドールの手伝いをするようになっていた。
内容こそは聞いたことはないが、はじめのうちはその都度泣いて帰ってきていたのを覚えている。
回数を重ねるごとにその様子を見ることは減っていったが、浮かない顔をして帰ってくるのを見ると嫌な仕事だと言うことが聞かなくても名無しにはなんとなくわかっていた。
「アルフレド、私から叔父さんにお願いしてみる!アルフレドに酷いことしないでって」
「言わなくていいよ!そんなことしたら」
「大丈夫よ!叔父さん、怖い人だけどきっとわかってくれるわ」
「名無しには関係ないじゃないかっ」
「だって、叔父さんがアルフレドにお仕事させるとアルフレドが悲しい顔になるんだもの、私そんなの嫌よ」
「そんなことより、名無しは今怪我してるんだから、せっかくお休みなんだからゆっくりしなよ!」
「むぅ…話そらした!」
「戻したんだよっ、俺お茶持ってくる」
「あれ?レティシャ叔母様は?」
「調子悪いから、叔父さんのところで診てもらうんだって。だから今日は俺一人なんだ」
「ふーん、そうなんだ」
「名無し怪我してるだろ?俺が面倒見るから今日こっちいろよ」
「いいの?最近ずっと泊まっちゃだめっていってたのに」
「今日は特別、良いから寝てろよ、ほしいのあったら持ってくるから」
「大丈夫、アルフレドが一緒にいてくれるならそれでいいわっ」
名無しがそう笑顔で言うと、アルフレドは名無しに笑顔を返し四年前より上手にお茶を運んで名無しに差し出した。
他愛もない話、意味のない話をして名無しは久々の友人との時間を楽しんだ。
そして気がつくと、いつの間にか疲れから眠ってしまっていた。
***
トイレに行きたく目をさますと、名無しはレティシャのベッドの中にいた。
すぐ横のベッドにはアルフレドがねており、きっとアルフレドがここに運んでくれたのだろう。
「ありがとう、アルフレド」
聞こえないように名無しは呟くと体をおこしてトイレに向かった。
各部屋にトイレは備えついてるが、名無しはアルフレドの部屋を訪れたときにも必ず自分の部屋のトイレを利用していた。
昔から、他人の家に上がる際に絶対やってはいけないことの一つとして両親から言われておりその習慣が抜けてないからである。
音を立てないようゆっくりと名無しは部屋を出て自分の部屋に向かった。
用を済ませ部屋に戻ろうとすると、名無しの部屋の前にアルフレドが立っていた。
「アル、どうしたの?眠れないの?」
「どうしたじゃねぇよ、名無しこっそりどこかいくから…」
「ごめん…、もう戻るからいこ?」
「…ん」
「どこにもいかないわよ、もう、…ふふ」
泣きそうな顔をしているアルフレドが手を出したので、名無しはその手をつかんだ。
直ぐ隣の部屋に戻るには少し大袈裟な態度がおかしくて名無しはくすくすと笑いをこらえた。
アルフレドに引っ張られ部屋に戻り、ベッドに戻るまでの間ずっと見張られる形になった。
名無しがベッドに潜るとアルフレドに寝ることを伝えると、アルフレドはしつこく名無しに確認をとった。
「本当に寝るんだな?」
「寝る、寝るからっ…そんなに見られたら寝づらいわ」
「だって名無し、いっつも一人でどっか行くの多かっただろ」
「トイレよ全部っ女の子にそういうこというのは失礼よっ」
「嘘つくなよっ一回だけ外いってたときあっただろ!俺見てたんだからな」
「それは、夜にしか咲かない花があったから見に行ったのよ、大体その時は私の部屋にいた時じゃない…っもう、寝るから静かにしてよ!」
「わ、わかったよ…寝るんだぞ?」
「寝るから話しかけないでっ」
乱暴に布団をかぶり名無しは寝る体制に入った。
心なしかアルフレドの視線を感じたが、大人しく布団に潜っていると隣から布団に潜る音が聞こえたため、彼も寝るのだということが確認できる。
しばらく布団の中でじっとしていると、今度は小さくすすり泣く声が聞こえてきた。
声がでないよう我慢しているようで、時々息を吸う音が大きく聞こえた。
寝ろというくせに、これでは気になって眠れやしない。
名無しは布団に潜ったままアルフレドに話しかけた。
「また泣いてるの…?」
「…っな、泣いてない」
「嘘よ、だって泣いてたもの」
「泣いてないっていってるだろ!」
アルフレドが大きな声をだし体を起こした。
名無しは布団に潜ったまま、隣で大きな声を出したアルフレドに話しかけた。
「無理しなくて良いのに…」
「無理してなんかしてない、俺は男なんだ、そんな簡単に泣かない…」
「…ねぇ、寂しいの?」
「なんでだよ」
「それとも悲しいの?どこか痛いの?」
「だから、なんでだよっ」
「泣くのはそう言う時だから、あとはスッゴク嬉しいとき」
「泣いてないって言ってるじゃないか!」
アルフレドがもう一度大声をだして泣いていたことを否定すると、名無しは体を起こしアルフレドの方を向いた。
暗い中でも、やはりアルフレドの目にはうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。
名無しはアルフレドの頭に手を伸ばし、自分よりも一個上の少年の頭を撫でた。
名無しに撫でられることに不満があるのか、アルフレドはその手を直ぐに振り払うと不貞腐れ俯いてしまった。
「ねぇ、アルフレド、いいこと思い付いたっ」
「いいこと?」
「うん、悲しいこととか、寂しいととかあったら何でも私に言って 、私がアルの傍にいて全部受け止めてあげる、私がアルを悲しいから守るわっ」
「…本当?」
「本当」
「…いやだよ」
「どうして?」
「だって、守るのは男の役目だって母さんがいつも言ってた」
「えー、でもアルフレドには無理よー」
「できるよ!俺だって男なんだ!俺が守る側なんだからなっ」
「アルが私を守るの?んーそれじゃあ…私がアルを守って、アルフレドが私を守る 、それならいい?」
「ああ、約束さっ」
「じゃあ指切りねっ」
決まりの文句を言って二人は指切りをした。
それから数ヵ月の時が経った。
名無し両親の手伝いを続けていたが、なかな思うように進んでいないらしくあまり名無しの体を使う実験は行われていなかった。
そのかわり、両親の手伝いが早く切り上がる時はジランドールに連れていかれ黒匣との接続実験の研究に付き合うことの方が多かった。
アルフレドがジランドールの手伝いをしていると聞いているが、名無しがジランドールのところにいる時に会うことは決してなかった。
おそらく違うことをしているものだと認識しており、事が終わり部屋に戻ってもアルフレドは名無しがジランドールの手伝いをしている事を把握していないため名無しはいうことを避けていた。
そんなある日、名無しはアルフレドがいないことを確認してジランドールに、アルフレドがいやがる仕事をさせないようにとお願いをしてみたが、その話は簡単に無視されてしまった。
アルフレドが言っていたことは、相手にされないだろうという意味だったのを名無しはここで理解し、アルフレドは自分の知らないところで大人になっていこうとしているのだというのがわかり、最近両親の役に立てない自分に焦りを感じた。
それから間も無くしたときの事、名無しは両親の所に自ら訪れた。
「ねぇ、父様、私もっとお手伝いできないのかな?」
「少し待ってなさい、もうすぐお前が役立つときがあるから」
「今は何をしているの?」
「黒匣は動力が直ぐ切れる、お前はそれを伸ばす実験に協力してるのはわかってるな?」
「うん、だから痛くないようにしてくれてるのよね?」
「ああ、今のままでは無駄にお前を傷つけるだけになる、だから待ってなさい」
「…ねぇ、それ違う人で実験しているの私にできない?私が一番うまくいってるんでしょ?頑張るわっだから」
名無しがいつも通りに笑いながらいうと、父は名無しの頭を撫でて気持ちだけでいいと言い、次に呼ぶまで待っていなさいと名無しを帰そうとした。
すると、奥で話を聞いていた母が名無しを呼び止めた。
「ねぇあなた、名無しもそういってるしどうかしら?実際に登用しながらのほうがいいわ」
「馬鹿をいうな、次のことを考えてみろそれは…」
「名無し、あなたは本当に良い子ね…、早速だけれど」
「まて、まだ早いといってるじゃないか」
「父様!私頑張るから大丈夫!母様、私直ぐにできるわっ」
「ふふ、良い子ね、それじゃあ始めましょう」
夫の制止を無視して、名無しの母は名無しをつれておくに向かった。
そのまま言葉の通りに現状の研究を名無しに登用する準備に入った。
適合しているだけあり、名無しが我慢さえすれば実験は簡単に良い方向に進捗をしていった。
名無しの体を気遣う傾向にあった父も、今回の実験を機会に名無しへの配慮は次第に薄れていった。
目に見えない敵は、大きな出力の黒匣を使うと自分達を襲ってくるのを皆は知っていた。
そのため、この実験に大きな出力の黒匣を使うことはずっと避けていたのだが、今回はそれを使うための実験だという。
何回か実験をくりかえしたある日の事。
両親は今まで使ったことのない倍近く黒匣を用意し、今の名無しならばマナの出力制限が可能だろうとそれの実験に移った。
黒匣と名無しを繋ぐと、頭の中にいれられた黒匣が起動した感覚がわかった。
繋がれている黒匣が起動すると、黒匣同士が共鳴し発動の出力制御のため名無しはその事に集中した。
今まで以上の痛みに我慢をすることは殆ど不可能だった為、名無しは叫ぶことで意識を保つことに努めた。
出力バランスは全て両親たち研究員の手によって行われている。
次第に負荷が変化しているのが体に走る痛みで名無しはわかっていた。
ガラスの向こうで何か研究員と両親がもめている姿が一瞬見えた気がしたあと、突如出力があがり名無しは全身を引き裂かれるような痛みに襲われた。
それと同時に、研究室が見えない敵の手にかかった。
繋がれていた機材と同時に体を瓦礫に挟み込まれた名無しはその場から動くことができなかった。
直ぐ真横で爆発がおき、目の前に研究員の体だったものが散っている様を虚ろな意識で名無しはみた。
「ああ!なんてこと!失敗だわ!今までの事が全て無駄だわ!」
「名無し!頑張るんじゃなかったのか!なぜ、なぜ制御しなかった!」
瓦礫に挟まれた名無しを見つけた両親がひどく混乱した様子で名無しを叱りだした。
名無しは残っている意識をつかい、 両親に謝った。
「ごめん、なさい…次は頑張るからっ」
「使えない子!!ああ、脆い体!耐えなさいよ!あんな出力…っああ見つかってしまったからなにもかも無駄、無駄無駄無駄!!失敗したらなにもできないのと同じよ!あなたが頑張るっていったのに!」
「母…様…お願い…頑張るからここから助けて…っ父様…助けてっ」
発狂する母に助けを求め名無しは手を伸ばした。
そして、奥に見える父にも助けを求めた。
だが、名無しの母は名無しを助けるよりも奥にいる夫の元に走って向かっていった。
名無しの母が抱いた名無しの父は、胸から下を失っており、そんな名無しの父を抱いた母も新たな爆発によってその場に下半身のみを残した。
その様子を見たのを最後に、名無しの意識も電源を切ったようにぶつりと切れた。