3章
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一瞬にして起きた出来事が頭のなかを巡り今自分のいる状況を名無しは理解しようとした。
ジルニトラが沈み海に身を投げられたところまでは覚えている。
だがそれから先、海に落ちてから今に至るまでのことが名無しには理解できていなかった。
目を醒ますとそこはどのかの部屋で、窓から指す光の色から今は夕方なのかと思ったが、しばらくしても日の傾きがみられなかったためここがラコルム周辺だと言うのが理解できた。
ラコルムということは海停なのかと思い身を起こし外の様子を確かめると、町並みどころか人の気配も見受けられず文字通りラコルムのどこかにいるようだった。
部屋の中も静かで、名無し以外の誰かがいるような雰囲気ではなかったため、名無しは自分のいる部屋以外の場所の様子を確認しにいく。
「誰もいない…」
部屋を出てリビングにあたるであろう場所にもそこには誰もいなかった。
他にも、部屋と呼べる場所を全て見たがジュードたちの姿はおろか荷物すらも見当たらない。
そしてミラの姿も、どこにも見当たらなかった。
自分がここにいるということは必ずしも誰かに運んできてもらったのは間違いなく、誰もいないと言うのは違和感でしかなかった。
名無しは外の様子をちゃんと確認しようと思い玄関から出る。
そんなに遠くないところにラコルム海停がみえたたため、おそらく今いるところは旅人用の野良小屋なのだろう。
それと同時に、青くなることのない空を見上げて名無しはため息をついた。
「空が赤いってことは、ミラが生きてるってことかミラがマクスウェルじゃなかったってことのどっちかよね… 」
嫌な予感ほどよくあたる。
ミラが生きているのなら、今呼べばきっとすぐそこにいてジュード達もあの小屋いるはずだ。
それにあれだけの衝撃を起こしたマナを消費したのだ。
生きていると言うことの方がきっと可能性としては低いであろう。
あの時、アルヴィンの制止を無視していたらミラを救えただろうか名無しは考えた。
「私も果ててそれで終わりだったんだろうな…、さてと、ミラがマクスウェルじゃないのならやらなきゃならないことだらけね」
泣きたい気持ちは当然あったが、いまそんなことをしている場合でないのは名無しは十分わかっていた。
名無しは目の前にあるやるべきことに考えを切り替え小屋のなかに戻った。
自分の荷物が無いか確認したが、当然流されてそんなものなどは見当たらない。
唯一あるものといえば、着用していた服が誰かのてによって乾かしてある程度である。
まだ水分を含んでいるそれを名無しは手に取り、着替えようとした。
「そんなずぶ濡れの服きたら風邪引くぞ、お前」
「あ、アル…そっか、アルだったのね助けてくれたの」
「大変だったんだぜ?」
「ん、ありがとう。えーっと、皆は?」
「…さあ、な」
「はぁ…、その反応でわかるっていうのもなんだか情けないわね」
「…っ!」
「気持ちはわからないわけじゃないけど、逃げたのは得策じゃないと思うな」
名無しは手に持ったままの服を再びかけ直し、そばにあった椅子に腰を下ろすと、どこかに出ていた様子だったアルヴィンが少し苛立ちながら椅子に座り手元の荷物を床におく。
そして荷物の中から適当に食料をとりだすと、二人分を机に並べ名無しにそれを勧める。
特に拒む理由もなかったため、名無しは目の前のそれらをゆっくりと胃のなかに納めることにした。
「ジランドを討つ約束だったんだ、それが終わったんだから逃げたとかじゃねぇよ」
「一緒にいる理由が本当になくなった…ってことね」
「ああ」
「そう…、なら服が乾いたら私はジュード君たちと合流するつもりだけど、どうする?」
「なにするんだよ、もうなにもかも終わったんだ、無駄だったんだよ」
「そうかな、大きな収穫があったのは間違いないと思うけど」
「無駄だったんだ!」
名無しの言葉に、別段悪意はなかった。
名無し自身もそういったニュアンスを込めて言ったつもりもなかったが、アルヴィンは名無しの言葉一言一言に対し、不快感を抱きまだあまり手のついていない目の前の食料を思いきり振り払った。
一拍おいたあと、床に落とされたものを名無しは拾い上げ何か床を拭くものがないか探し、先ほど寝ていた部屋にタオルがあったのを思い出し取りに行く。
タオルを手にアルヴィンの元に戻り、床をきれいにし終えもう一度席につくとアルヴィンが名無しに、呟くような声で謝罪の言葉を言った。
「わるい…」
「…平気、そう、だね。ん、落ち着いて一回話そっか」
再び、椅子に腰掛け名無しはアルヴィンと話をした。
ジルニトラは崩れ、それを落としたのはミュゼだということがわかった。
ミュゼは断界殻の存在を知ったものを消すためにいると自らいったらしい。
いちばんはじめの行動から見てそれは間違いないだろうと名無しは頷いた。
そして、それから海停に流れ着いたとのことだった。
その際、名無しは泳ぐことが苦手なためあるよねってに助けてもらったらしく再度名無しは礼をいった。
海停から空を見ても、霊勢に変化はなく断界殻も当然消えていなかった。
しかし、名無し達の知るマクスウェルは命を落としその姿を失ってしまった。
あの時、帰れるのかもしれないという思いが過り一瞬でも動くことをやめた名無しは、胸に小さな痛みを感じた。
この痛みを、恐らくアルヴィンは何倍もの痛みで受けただろう。
「そっか…うん。ねぇアル。さっきも言ったけどミラは無駄死にじゃないよ」
「なんでそういえるんだ」
「マクスウェルが死んだのに世界は変わらない、簡単なことね」
「マクスウェルじゃなかった、そうだよ、ただの女を俺は見殺し…っ」
「落ち着いて、見殺しじゃない、そうするしかできなかった。あの場は例え間に合ってもミラのマナは吸収されて消滅してたと思う、例え間に合っても同じ末路の人数を増やしてただけよ」
「…っ」
前髪を強く掻き乱し、アルヴィンは大きな溜め息を言葉の代わりにした。
「なら、そうまでしてくれたものを探さなくちゃ」
「何するんだよ」
「本当のマクスウェルを探す、そのためにまずジュード君たちに会う」
「…なんで」
「目の前の理不尽が許せないから本物をぶっとばそうと思って」
「…じゃ、ない…」
「え?」
「そうじゃない!なんでお前が先にいるんだ、なんでそうやって進めるんだよなんの理由があるんだ、イラートで会ってからずっとそうだ、なんでそんな直ぐにやること見つけて進んでって、お前まで…っ!本当ミラの真似かよ、そんなに格好いいのかよ!それでなんだ、逃げた俺はカッコ悪いっていうのか!」
一気にアルヴィンの言葉が吐き出された。
誰も彼を責めるつもりなどないのに、誰も彼を許さないとは言っていないのに、自分の今までしてきたこと、自分のなかに生まれた感情のこと。
ミラがいなくなるだろうという直前の自身の行動に、押し潰される寸前なのだろう。
許されたい、無かったことにしたいなどということは望んでいないだろう。
ただ、道が全て消えて見えているのだろう。
リーゼ・マクシアにきてから、ただ一つのことを生きる希望としていたのに目の前に現れた手段全てが自分の行動で消えてしまった様に思えているのだろう。
つかえていたものを吐き出しその場に臥せったアルヴィンの頭を名無しはゆっくり撫でた。
「…なんでっ」
「何度も言ってるけど私の理由は簡単だよ…、貴方が生きてるから、貴方が帰る場所に帰えれて、笑えるようにするため」
「じゃあ教えてくれよ…俺はなにすればいい、どうすればいい…」
「誰も教えてくれないことだよ、自分がどうしたいのか素直になれば見つかるよ」
「そんなの、わかんねぇよ」
「私がやりたいことに、付き合わなくて良い。無理矢理誘うつもりもない、ただ貴方がどうしたいかで決めて?それまで、待つから」
「…名無し」
伏せていた顔をアルヴィンが上げたとき、名無しは彼の左ほほの辺りが少し腫れていることに気がついた。
ジランドと戦ったときの怪我だろうか、先ほどは話をしていてきがつかなかったが、所々怪我が放置されている状態である。
まだできて新しいものにみえたため、名無しはジルニトラが落ちてからそんなにじかんがたってないものだと思った。
「アル、怪我してる」
「あ、ああ、大したもんじゃ」
「あちこち打撲だらけ…ちょっとまってて、何か外で薬草探してくるから」
「いいって、ほっときゃ治るから」
「だめ、どこか擦ってて化膿したらどうするのよ」
いいから大人しくしてなさい、名無しがアルヴィンの頭を軽く叩き外に出ようとすると腰周りに重みがのっかってきたため足を止めた。
仕方がない奴だと、名無しは複雑な気持ちで溜め息をついた。
「行けないんだけど…」
「行かなくていいっていったろ」
「はぁ…こうしてれば治るんだっけ?」
「…」
返事の代わりに聞こえたわずかに聞こえた音に、名無しはその場にいることを余儀なくされる。
泣きたければ泣けばいい、そのために自分がいてあげようと名無しはほほを緩めて正面に向き直った。
「ばかじゃないの…」
こんなときまでまだかっこつけて。
どうしようもない不器用者を名無しは抱き締めて頭を撫でた。
***
泣く代わりに名無しの膝元に顔を伏せて押し黙るアルヴィンを撫でていると、しばらくの時間が流れた。
少し足が疲れてきたので、それなりの時間こうしているのがわかる。
いつまでこうしているのかという疑問もありつつも、頭を撫でることに落ち着きを感じていた。
軽く手で顔が見えるよう髪をよけると、アルヴィンが寝ていることに気が付いた。
「ますます動けないじゃない…」
このままここで寝かすのがいいのだろうが、流石にこのままだと体が冷えてしまう。
何より、床に直に座っているため名無しの足が痛くて耐えられないのだ。
だからといって、成人男性を背負ってベッドに運ぶということは無理なのでどうしたものかと名無しは頭を抱えた。。
仕方なしに、眠っているアルヴィンの頬をつつき起こすことにする。
名無しに突かれ浅いねむから覚めたアルヴィンがゆっくりを身を起こした。
「わり…寝てた…」
「その事は別に気にしないんだけど、寝るならベッドのほうがいいと思って、私も足痛いし」
「随分と魅力的な誘いだな」の
「傷心のアルフレド君を慰めてあげないとね」
「なんだよそれ、くく…っ」
「ふふ、笑った、少し元気になった?」
「お陰様でな」
それはよかった、と名無しがアルヴィンに抱きつくと、少し脇に腕が当たった時にアルヴィンが苦痛の声を漏らした。
やはり放っておくよりも手元にあるものでなにか軽度の処置でもできればと、名無しはアルヴィンの腕を引っ張り部屋に押し入れる。
そして、先ほどアルヴィンが持っていた荷物の中になにか使えるものがないかとアルヴィンに尋ねると特にそういったものはないという。
応急処置として名無しは手元のタオルを濡らし、アルヴィンの元に持って行った。
アルヴィンに服を脱ぐよう名無しがいうと、アルヴィンはそれを拒否する。
「ちょっと、恥ずかしがってる場合じゃないでしょ」
「そうじゃねえよ、いいってそういうの」
「だめ、痛いんだったらみせなさい」
「あ、おい」
強引にアルヴィンのコートを剥ぎ取りそれを投げると、下のシャツを無理やりまくり上げ患部を確認した。
「追剥みたいなやりかたするな」
「冗談言える余裕できたのね、冷たいけど大人しくしてね」
「うおっ」
「本当体中打撲だらけじゃない…外で何してたのよ…」
「あ、あー…食糧探して木から落ちた」
「うそ、殴られたとじゃないとできないわよこの怪我」
「ジランドとやった時だろ、あとは海泳いだときとか」
「言いたくないなら、それでもいいけど」
脇にある患部にタオルを固定し、名無しはアルヴィンに手を上げるよう言った。
言われた通りに、アルヴィンが手を上げると名無しはするりとシャツをはぎ取る。
追剥というよりも、介護だと思いながら背中にも怪我がないか名無しは無理やり確認した。
背中にもいくつか怪我があったが、表面の怪我に比べると治りかけのものが多いためできた時期が違うのだということがわかる。
本当に何をしてきたのだろう、気にならないというのはうそになるが本人が言いたがらないので追及を名無しは避けた。
冷やす必要のある個所に濡れたタオルをあて固定し終わると、名無しはアルヴィンの叩いた。
ぺちん、といい音がして服がぬれるためしばらくそのままでいろと言った。
「はい、終わり」
「悪ぃな」
「ん、じゃあ怪我人はとっとと寝てちょうだい」
「…なぁ、名無し」
「なに?」
「…いや、なんでもねぇ」
「そう、じゃあおやすみ」
「一緒に寝てくんねえの?」
「…その格好の横で寝る勇気はちょっと…」
「脱がせたのはおまえだろ?」
「い、意味深にいわないでよ!」
「意味深ってどういう意味だよ」
少し調子が戻ってきているのか、アルヴィンが口角を上げながら名無しを茶化し出す。
「ふ、ざける暇があるならとっと寝なさい!おやすみ!」
「まだ明るいぜ?」
「ラコルムはずっと夕暮れです!!」
「ははは、悪かったってって、おい、そこ叩くなって」
「バカじゃないの、バカじゃないの!」
「痛ぇって!悪化させるつもりか!」
アルヴィンの患部を集中的に名無しははたきだした。
行動はたしかに強引だったが、アルヴィンのいう"意味"は全くないのだが改めてその行動について問い詰められると恥ずかしさがこみあげてくる。
どこにぶつけていいのかわからないため、目の前の存在に言葉にならない事を目の前の人物に行動でぶつけた。
何度が叩いていると、名無しの手をアルヴィンが掴み片方の動きを止めた。
まだもう一方が残っていると、名無しは懲りずにアルヴィンをたたき続けると残った手も抑えられてしまった。
気持ちが落ち着かない名無しはどうしたものか少し考え、くっと頭を一度引くと露になっているアルヴィンの胸に思いきり頭突きをした。
腕を塞がれたままなので、起き上がる手段考えていなかったため名無しはそのままアルヴィンの胸に頭を置いたままの状態になった。
「お、まえ…っ!!」
「アルが悪いのよ…しつこいから…」
「だからってお前、いってぇ…まじで…」
「ごめん…。でも、アルしつこい」
「いや、つーか普通に考えたらこの状況でなにも考えない方が異常だろ」
「そ、それは…」
名無しの腕を抑えていたアルヴィンの手が頭に回り、抱きしめられる形になる。
アルヴィンのいうことは最もかもしれないが、この状況でなんの準備もなしにそういったことになるのは当然最良ではない。
その事は、アルヴィンも十分わかっているとは思うのだが名無しは念のためその事をアルヴィンに伝える。
「言ってることはわかるけど…その、応えてはあげたいけど、準備とか、できないし…その…ごめん…」
「あ、あー…俺が言いたかったのは、そっちじゃ…」
「ふぇ…?」
「いや、ただその、行動には気をつけろって言いたかっただけで」
「っ!あ、ご、めん…でもだって、や、やだっ」
自分の勘違いでさらに恥ずかしさがまし、どうしていいのか混乱すると自然と涙が出てきて思わず名無しは泣き出した。
そのため、アルヴィンが笑いながら名無しの頭を撫でてなだめる。
恥ずかしさから顔を上げられないでいる名無しの顔をアルヴィンが上げると、名無しは目線を逸らしたまま頬を膨らました。
名無しの体を起こすと、アルヴィンは起き上がり服を着た。
「俺も悪かったよ、ふざけすぎた…」
「…っ、アル…?」
「俺が謝ったらいけないのか?」
「そうじゃないっ!」
「何か来るっ?!」
すると突如、小屋全体が強力な術式によって襲われた。
その場に発動した術はつい最近みたもので、強襲してきた者を特定することは容易なことだった。
急いで小屋から離れ、上を見るとミュゼがアルヴィンと名無しを冷ややかな目でみている。
「ミュゼ…」
「貴方、あいつらを殺すって言ったのに役立たずっ」
「アル?なんのこと?」
「取引したのよ」
「っ名無し!逃げろ!」
「なぁに?あはは、聞かれたくないの?いいわ、言ってあげる!こいつはね、ジュード達を殺せば返してあげるっていう取引を私としたの!なのにこの男、殺し損ねてるなんて…っ」
「なにそれ…、じゃあその怪我…、何してるの!なんでそんなことしたの!」
「どうしていいか、わかんねぇんだよ!俺は、もう!」
「折角帰る手段を与えてあげたのにね!可哀そうに!可哀そうだから今ここで殺してあげる!」
ミュゼの手元に、術の球体が浮かび上がりそれが過ぎに大きくなりアルヴィンに向けられた。
アルヴィンが名無しが巻き込まれないように名無しを突き飛ばそうとしたが、怪我が痛みその行動を遅らせた。
ミュゼはそのタイミングを見逃さず術を思いきり放った。
確実に間に合わない。
目の前で起きることを避けなければ、守らなければ、約束したから、思うと同時に、名無しの足が動いた。
次に行動に動こうとして、アルヴィンの姿を確認すると彼の姿はしっかりと目の前にあったため名無しは安心した。
しかし、名無しの安心とは真逆にアルヴィンの表情は強張っていた。
「お前…なにして…っ」
「よかった、無事ね」
「何言ってんだお前!!なんで、なにしてっ」
「守るって言ったじゃない?…ゴホッ、笑ってほしいって…」
「なんで…っなんで…っ!!」
アルヴィンを庇った名無しの体の一部が、そこに存在していなかった。
ミュゼの術が当たった時に左肩と、左わき腹の一部が吹き飛びなくなっていた。
目の前で言葉を出そうとし、いえないままでいるアルヴィンを見ながら、名無しは途切れそうな意識を必死に保ち、大丈夫と笑った。
「あはは、なに!貴女が替わりに死んでくれるっていうの!面白い…望みどおりにしてあげるわ!」
「や、やめろ…っ!」
「アル、逃げて」
「何言って…」
「いいから逃げなさいアルフレド!ここで殺されていいはずがない!行くところがあるでしょ!やることがあるでしょ!貴方の場所がまだここにはあるでしょ!」
「あはははは!みっともない!女に庇われて間抜けな男!仲良く一緒に逝ったらどう?!」
ミュゼがもう一度術を発動しアルヴィンに術を投げたが、それを打ち消すように名無しがウルの力を借りた。
「させない、アルは殺させない」
「そんな体で何ができるの!呆気なく消えることね!」
ミュゼが名無しの後ろに回り込み、名無しの背中に直接術を当てた。
直撃、当然よけることなどできなく、自身の体がミュゼの術に包み込まれたことがすぐにわかった。
守るといっても、一瞬にしてその思いは絶対的な力の前におられてしまった。
意識が途絶える寸前、目の前で大切な人が自分の名前を叫ぶことが確認できた。
不安な顔をしている、泣きそうな顔をしている。
そうさせないために動いたつもりだった、無力な自分が悔しかった。
せめて逃げてほしい、生きてほしい。
道を見つけるまで一緒にいるといったのに、いることができない。
約束を、守れない。
ならばせめて、最後ぐらい。
「アル、ごめんね…」
彼を安心させないといけない、その一心で名無しは精一杯の笑顔で笑った。
ミュゼが手を握ると名無しをとらえていた術が名無しを包み込んだまま押しつぶれてその場に消えた。
何を残すこともなく、名無しはその場から姿を消した。
空になった空間をアルヴィンが茫然と見ていると、ミュゼが無表情で口を開いた。
「勝てるわけないじゃない、ただの人間が…」
そしてミュゼは、何かの気配を感じたらしくと、アルヴィンに構っている暇ではないと急いでその場から消え去った。
ラコルムの夕暮れにアルヴィンは一人残された。
どこにいくこともなく、なにをすることもなく、ただただその場に座っていることしかできなかった。
ジルニトラが沈み海に身を投げられたところまでは覚えている。
だがそれから先、海に落ちてから今に至るまでのことが名無しには理解できていなかった。
目を醒ますとそこはどのかの部屋で、窓から指す光の色から今は夕方なのかと思ったが、しばらくしても日の傾きがみられなかったためここがラコルム周辺だと言うのが理解できた。
ラコルムということは海停なのかと思い身を起こし外の様子を確かめると、町並みどころか人の気配も見受けられず文字通りラコルムのどこかにいるようだった。
部屋の中も静かで、名無し以外の誰かがいるような雰囲気ではなかったため、名無しは自分のいる部屋以外の場所の様子を確認しにいく。
「誰もいない…」
部屋を出てリビングにあたるであろう場所にもそこには誰もいなかった。
他にも、部屋と呼べる場所を全て見たがジュードたちの姿はおろか荷物すらも見当たらない。
そしてミラの姿も、どこにも見当たらなかった。
自分がここにいるということは必ずしも誰かに運んできてもらったのは間違いなく、誰もいないと言うのは違和感でしかなかった。
名無しは外の様子をちゃんと確認しようと思い玄関から出る。
そんなに遠くないところにラコルム海停がみえたたため、おそらく今いるところは旅人用の野良小屋なのだろう。
それと同時に、青くなることのない空を見上げて名無しはため息をついた。
「空が赤いってことは、ミラが生きてるってことかミラがマクスウェルじゃなかったってことのどっちかよね… 」
嫌な予感ほどよくあたる。
ミラが生きているのなら、今呼べばきっとすぐそこにいてジュード達もあの小屋いるはずだ。
それにあれだけの衝撃を起こしたマナを消費したのだ。
生きていると言うことの方がきっと可能性としては低いであろう。
あの時、アルヴィンの制止を無視していたらミラを救えただろうか名無しは考えた。
「私も果ててそれで終わりだったんだろうな…、さてと、ミラがマクスウェルじゃないのならやらなきゃならないことだらけね」
泣きたい気持ちは当然あったが、いまそんなことをしている場合でないのは名無しは十分わかっていた。
名無しは目の前にあるやるべきことに考えを切り替え小屋のなかに戻った。
自分の荷物が無いか確認したが、当然流されてそんなものなどは見当たらない。
唯一あるものといえば、着用していた服が誰かのてによって乾かしてある程度である。
まだ水分を含んでいるそれを名無しは手に取り、着替えようとした。
「そんなずぶ濡れの服きたら風邪引くぞ、お前」
「あ、アル…そっか、アルだったのね助けてくれたの」
「大変だったんだぜ?」
「ん、ありがとう。えーっと、皆は?」
「…さあ、な」
「はぁ…、その反応でわかるっていうのもなんだか情けないわね」
「…っ!」
「気持ちはわからないわけじゃないけど、逃げたのは得策じゃないと思うな」
名無しは手に持ったままの服を再びかけ直し、そばにあった椅子に腰を下ろすと、どこかに出ていた様子だったアルヴィンが少し苛立ちながら椅子に座り手元の荷物を床におく。
そして荷物の中から適当に食料をとりだすと、二人分を机に並べ名無しにそれを勧める。
特に拒む理由もなかったため、名無しは目の前のそれらをゆっくりと胃のなかに納めることにした。
「ジランドを討つ約束だったんだ、それが終わったんだから逃げたとかじゃねぇよ」
「一緒にいる理由が本当になくなった…ってことね」
「ああ」
「そう…、なら服が乾いたら私はジュード君たちと合流するつもりだけど、どうする?」
「なにするんだよ、もうなにもかも終わったんだ、無駄だったんだよ」
「そうかな、大きな収穫があったのは間違いないと思うけど」
「無駄だったんだ!」
名無しの言葉に、別段悪意はなかった。
名無し自身もそういったニュアンスを込めて言ったつもりもなかったが、アルヴィンは名無しの言葉一言一言に対し、不快感を抱きまだあまり手のついていない目の前の食料を思いきり振り払った。
一拍おいたあと、床に落とされたものを名無しは拾い上げ何か床を拭くものがないか探し、先ほど寝ていた部屋にタオルがあったのを思い出し取りに行く。
タオルを手にアルヴィンの元に戻り、床をきれいにし終えもう一度席につくとアルヴィンが名無しに、呟くような声で謝罪の言葉を言った。
「わるい…」
「…平気、そう、だね。ん、落ち着いて一回話そっか」
再び、椅子に腰掛け名無しはアルヴィンと話をした。
ジルニトラは崩れ、それを落としたのはミュゼだということがわかった。
ミュゼは断界殻の存在を知ったものを消すためにいると自らいったらしい。
いちばんはじめの行動から見てそれは間違いないだろうと名無しは頷いた。
そして、それから海停に流れ着いたとのことだった。
その際、名無しは泳ぐことが苦手なためあるよねってに助けてもらったらしく再度名無しは礼をいった。
海停から空を見ても、霊勢に変化はなく断界殻も当然消えていなかった。
しかし、名無し達の知るマクスウェルは命を落としその姿を失ってしまった。
あの時、帰れるのかもしれないという思いが過り一瞬でも動くことをやめた名無しは、胸に小さな痛みを感じた。
この痛みを、恐らくアルヴィンは何倍もの痛みで受けただろう。
「そっか…うん。ねぇアル。さっきも言ったけどミラは無駄死にじゃないよ」
「なんでそういえるんだ」
「マクスウェルが死んだのに世界は変わらない、簡単なことね」
「マクスウェルじゃなかった、そうだよ、ただの女を俺は見殺し…っ」
「落ち着いて、見殺しじゃない、そうするしかできなかった。あの場は例え間に合ってもミラのマナは吸収されて消滅してたと思う、例え間に合っても同じ末路の人数を増やしてただけよ」
「…っ」
前髪を強く掻き乱し、アルヴィンは大きな溜め息を言葉の代わりにした。
「なら、そうまでしてくれたものを探さなくちゃ」
「何するんだよ」
「本当のマクスウェルを探す、そのためにまずジュード君たちに会う」
「…なんで」
「目の前の理不尽が許せないから本物をぶっとばそうと思って」
「…じゃ、ない…」
「え?」
「そうじゃない!なんでお前が先にいるんだ、なんでそうやって進めるんだよなんの理由があるんだ、イラートで会ってからずっとそうだ、なんでそんな直ぐにやること見つけて進んでって、お前まで…っ!本当ミラの真似かよ、そんなに格好いいのかよ!それでなんだ、逃げた俺はカッコ悪いっていうのか!」
一気にアルヴィンの言葉が吐き出された。
誰も彼を責めるつもりなどないのに、誰も彼を許さないとは言っていないのに、自分の今までしてきたこと、自分のなかに生まれた感情のこと。
ミラがいなくなるだろうという直前の自身の行動に、押し潰される寸前なのだろう。
許されたい、無かったことにしたいなどということは望んでいないだろう。
ただ、道が全て消えて見えているのだろう。
リーゼ・マクシアにきてから、ただ一つのことを生きる希望としていたのに目の前に現れた手段全てが自分の行動で消えてしまった様に思えているのだろう。
つかえていたものを吐き出しその場に臥せったアルヴィンの頭を名無しはゆっくり撫でた。
「…なんでっ」
「何度も言ってるけど私の理由は簡単だよ…、貴方が生きてるから、貴方が帰る場所に帰えれて、笑えるようにするため」
「じゃあ教えてくれよ…俺はなにすればいい、どうすればいい…」
「誰も教えてくれないことだよ、自分がどうしたいのか素直になれば見つかるよ」
「そんなの、わかんねぇよ」
「私がやりたいことに、付き合わなくて良い。無理矢理誘うつもりもない、ただ貴方がどうしたいかで決めて?それまで、待つから」
「…名無し」
伏せていた顔をアルヴィンが上げたとき、名無しは彼の左ほほの辺りが少し腫れていることに気がついた。
ジランドと戦ったときの怪我だろうか、先ほどは話をしていてきがつかなかったが、所々怪我が放置されている状態である。
まだできて新しいものにみえたため、名無しはジルニトラが落ちてからそんなにじかんがたってないものだと思った。
「アル、怪我してる」
「あ、ああ、大したもんじゃ」
「あちこち打撲だらけ…ちょっとまってて、何か外で薬草探してくるから」
「いいって、ほっときゃ治るから」
「だめ、どこか擦ってて化膿したらどうするのよ」
いいから大人しくしてなさい、名無しがアルヴィンの頭を軽く叩き外に出ようとすると腰周りに重みがのっかってきたため足を止めた。
仕方がない奴だと、名無しは複雑な気持ちで溜め息をついた。
「行けないんだけど…」
「行かなくていいっていったろ」
「はぁ…こうしてれば治るんだっけ?」
「…」
返事の代わりに聞こえたわずかに聞こえた音に、名無しはその場にいることを余儀なくされる。
泣きたければ泣けばいい、そのために自分がいてあげようと名無しはほほを緩めて正面に向き直った。
「ばかじゃないの…」
こんなときまでまだかっこつけて。
どうしようもない不器用者を名無しは抱き締めて頭を撫でた。
***
泣く代わりに名無しの膝元に顔を伏せて押し黙るアルヴィンを撫でていると、しばらくの時間が流れた。
少し足が疲れてきたので、それなりの時間こうしているのがわかる。
いつまでこうしているのかという疑問もありつつも、頭を撫でることに落ち着きを感じていた。
軽く手で顔が見えるよう髪をよけると、アルヴィンが寝ていることに気が付いた。
「ますます動けないじゃない…」
このままここで寝かすのがいいのだろうが、流石にこのままだと体が冷えてしまう。
何より、床に直に座っているため名無しの足が痛くて耐えられないのだ。
だからといって、成人男性を背負ってベッドに運ぶということは無理なのでどうしたものかと名無しは頭を抱えた。。
仕方なしに、眠っているアルヴィンの頬をつつき起こすことにする。
名無しに突かれ浅いねむから覚めたアルヴィンがゆっくりを身を起こした。
「わり…寝てた…」
「その事は別に気にしないんだけど、寝るならベッドのほうがいいと思って、私も足痛いし」
「随分と魅力的な誘いだな」の
「傷心のアルフレド君を慰めてあげないとね」
「なんだよそれ、くく…っ」
「ふふ、笑った、少し元気になった?」
「お陰様でな」
それはよかった、と名無しがアルヴィンに抱きつくと、少し脇に腕が当たった時にアルヴィンが苦痛の声を漏らした。
やはり放っておくよりも手元にあるものでなにか軽度の処置でもできればと、名無しはアルヴィンの腕を引っ張り部屋に押し入れる。
そして、先ほどアルヴィンが持っていた荷物の中になにか使えるものがないかとアルヴィンに尋ねると特にそういったものはないという。
応急処置として名無しは手元のタオルを濡らし、アルヴィンの元に持って行った。
アルヴィンに服を脱ぐよう名無しがいうと、アルヴィンはそれを拒否する。
「ちょっと、恥ずかしがってる場合じゃないでしょ」
「そうじゃねえよ、いいってそういうの」
「だめ、痛いんだったらみせなさい」
「あ、おい」
強引にアルヴィンのコートを剥ぎ取りそれを投げると、下のシャツを無理やりまくり上げ患部を確認した。
「追剥みたいなやりかたするな」
「冗談言える余裕できたのね、冷たいけど大人しくしてね」
「うおっ」
「本当体中打撲だらけじゃない…外で何してたのよ…」
「あ、あー…食糧探して木から落ちた」
「うそ、殴られたとじゃないとできないわよこの怪我」
「ジランドとやった時だろ、あとは海泳いだときとか」
「言いたくないなら、それでもいいけど」
脇にある患部にタオルを固定し、名無しはアルヴィンに手を上げるよう言った。
言われた通りに、アルヴィンが手を上げると名無しはするりとシャツをはぎ取る。
追剥というよりも、介護だと思いながら背中にも怪我がないか名無しは無理やり確認した。
背中にもいくつか怪我があったが、表面の怪我に比べると治りかけのものが多いためできた時期が違うのだということがわかる。
本当に何をしてきたのだろう、気にならないというのはうそになるが本人が言いたがらないので追及を名無しは避けた。
冷やす必要のある個所に濡れたタオルをあて固定し終わると、名無しはアルヴィンの叩いた。
ぺちん、といい音がして服がぬれるためしばらくそのままでいろと言った。
「はい、終わり」
「悪ぃな」
「ん、じゃあ怪我人はとっとと寝てちょうだい」
「…なぁ、名無し」
「なに?」
「…いや、なんでもねぇ」
「そう、じゃあおやすみ」
「一緒に寝てくんねえの?」
「…その格好の横で寝る勇気はちょっと…」
「脱がせたのはおまえだろ?」
「い、意味深にいわないでよ!」
「意味深ってどういう意味だよ」
少し調子が戻ってきているのか、アルヴィンが口角を上げながら名無しを茶化し出す。
「ふ、ざける暇があるならとっと寝なさい!おやすみ!」
「まだ明るいぜ?」
「ラコルムはずっと夕暮れです!!」
「ははは、悪かったってって、おい、そこ叩くなって」
「バカじゃないの、バカじゃないの!」
「痛ぇって!悪化させるつもりか!」
アルヴィンの患部を集中的に名無しははたきだした。
行動はたしかに強引だったが、アルヴィンのいう"意味"は全くないのだが改めてその行動について問い詰められると恥ずかしさがこみあげてくる。
どこにぶつけていいのかわからないため、目の前の存在に言葉にならない事を目の前の人物に行動でぶつけた。
何度が叩いていると、名無しの手をアルヴィンが掴み片方の動きを止めた。
まだもう一方が残っていると、名無しは懲りずにアルヴィンをたたき続けると残った手も抑えられてしまった。
気持ちが落ち着かない名無しはどうしたものか少し考え、くっと頭を一度引くと露になっているアルヴィンの胸に思いきり頭突きをした。
腕を塞がれたままなので、起き上がる手段考えていなかったため名無しはそのままアルヴィンの胸に頭を置いたままの状態になった。
「お、まえ…っ!!」
「アルが悪いのよ…しつこいから…」
「だからってお前、いってぇ…まじで…」
「ごめん…。でも、アルしつこい」
「いや、つーか普通に考えたらこの状況でなにも考えない方が異常だろ」
「そ、それは…」
名無しの腕を抑えていたアルヴィンの手が頭に回り、抱きしめられる形になる。
アルヴィンのいうことは最もかもしれないが、この状況でなんの準備もなしにそういったことになるのは当然最良ではない。
その事は、アルヴィンも十分わかっているとは思うのだが名無しは念のためその事をアルヴィンに伝える。
「言ってることはわかるけど…その、応えてはあげたいけど、準備とか、できないし…その…ごめん…」
「あ、あー…俺が言いたかったのは、そっちじゃ…」
「ふぇ…?」
「いや、ただその、行動には気をつけろって言いたかっただけで」
「っ!あ、ご、めん…でもだって、や、やだっ」
自分の勘違いでさらに恥ずかしさがまし、どうしていいのか混乱すると自然と涙が出てきて思わず名無しは泣き出した。
そのため、アルヴィンが笑いながら名無しの頭を撫でてなだめる。
恥ずかしさから顔を上げられないでいる名無しの顔をアルヴィンが上げると、名無しは目線を逸らしたまま頬を膨らました。
名無しの体を起こすと、アルヴィンは起き上がり服を着た。
「俺も悪かったよ、ふざけすぎた…」
「…っ、アル…?」
「俺が謝ったらいけないのか?」
「そうじゃないっ!」
「何か来るっ?!」
すると突如、小屋全体が強力な術式によって襲われた。
その場に発動した術はつい最近みたもので、強襲してきた者を特定することは容易なことだった。
急いで小屋から離れ、上を見るとミュゼがアルヴィンと名無しを冷ややかな目でみている。
「ミュゼ…」
「貴方、あいつらを殺すって言ったのに役立たずっ」
「アル?なんのこと?」
「取引したのよ」
「っ名無し!逃げろ!」
「なぁに?あはは、聞かれたくないの?いいわ、言ってあげる!こいつはね、ジュード達を殺せば返してあげるっていう取引を私としたの!なのにこの男、殺し損ねてるなんて…っ」
「なにそれ…、じゃあその怪我…、何してるの!なんでそんなことしたの!」
「どうしていいか、わかんねぇんだよ!俺は、もう!」
「折角帰る手段を与えてあげたのにね!可哀そうに!可哀そうだから今ここで殺してあげる!」
ミュゼの手元に、術の球体が浮かび上がりそれが過ぎに大きくなりアルヴィンに向けられた。
アルヴィンが名無しが巻き込まれないように名無しを突き飛ばそうとしたが、怪我が痛みその行動を遅らせた。
ミュゼはそのタイミングを見逃さず術を思いきり放った。
確実に間に合わない。
目の前で起きることを避けなければ、守らなければ、約束したから、思うと同時に、名無しの足が動いた。
次に行動に動こうとして、アルヴィンの姿を確認すると彼の姿はしっかりと目の前にあったため名無しは安心した。
しかし、名無しの安心とは真逆にアルヴィンの表情は強張っていた。
「お前…なにして…っ」
「よかった、無事ね」
「何言ってんだお前!!なんで、なにしてっ」
「守るって言ったじゃない?…ゴホッ、笑ってほしいって…」
「なんで…っなんで…っ!!」
アルヴィンを庇った名無しの体の一部が、そこに存在していなかった。
ミュゼの術が当たった時に左肩と、左わき腹の一部が吹き飛びなくなっていた。
目の前で言葉を出そうとし、いえないままでいるアルヴィンを見ながら、名無しは途切れそうな意識を必死に保ち、大丈夫と笑った。
「あはは、なに!貴女が替わりに死んでくれるっていうの!面白い…望みどおりにしてあげるわ!」
「や、やめろ…っ!」
「アル、逃げて」
「何言って…」
「いいから逃げなさいアルフレド!ここで殺されていいはずがない!行くところがあるでしょ!やることがあるでしょ!貴方の場所がまだここにはあるでしょ!」
「あはははは!みっともない!女に庇われて間抜けな男!仲良く一緒に逝ったらどう?!」
ミュゼがもう一度術を発動しアルヴィンに術を投げたが、それを打ち消すように名無しがウルの力を借りた。
「させない、アルは殺させない」
「そんな体で何ができるの!呆気なく消えることね!」
ミュゼが名無しの後ろに回り込み、名無しの背中に直接術を当てた。
直撃、当然よけることなどできなく、自身の体がミュゼの術に包み込まれたことがすぐにわかった。
守るといっても、一瞬にしてその思いは絶対的な力の前におられてしまった。
意識が途絶える寸前、目の前で大切な人が自分の名前を叫ぶことが確認できた。
不安な顔をしている、泣きそうな顔をしている。
そうさせないために動いたつもりだった、無力な自分が悔しかった。
せめて逃げてほしい、生きてほしい。
道を見つけるまで一緒にいるといったのに、いることができない。
約束を、守れない。
ならばせめて、最後ぐらい。
「アル、ごめんね…」
彼を安心させないといけない、その一心で名無しは精一杯の笑顔で笑った。
ミュゼが手を握ると名無しをとらえていた術が名無しを包み込んだまま押しつぶれてその場に消えた。
何を残すこともなく、名無しはその場から姿を消した。
空になった空間をアルヴィンが茫然と見ていると、ミュゼが無表情で口を開いた。
「勝てるわけないじゃない、ただの人間が…」
そしてミュゼは、何かの気配を感じたらしくと、アルヴィンに構っている暇ではないと急いでその場から消え去った。
ラコルムの夕暮れにアルヴィンは一人残された。
どこにいくこともなく、なにをすることもなく、ただただその場に座っていることしかできなかった。