2章
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先程医者に看てもらった部屋が休めるようにとまだ押さえられていたため、二人はその部屋に入る。
部屋に入るなりアルヴィンは直ぐにその身をベッドに投げ込み大きなため息をついた。
「やっぱまだちょっと痛ぇわ…」
「いくら治癒術が有能だからって治してくれるのは基本的には傷だけだものね、無理しないで寝てていいんじゃない?何かあったら起こしにくるから」
「ああ、そうするわ」
「それじゃあ…」
「名無し、どこ行くんだよ」
「邪魔しちゃ悪いから、皆のところに一回行こうかなって」
「…こっち、居てくんねぇの?俺大分弱ってんだけど」
いつもの軽いキャラを装いながら言おうとしたのだろうが、言葉通りに弱っているらしく声に元気がまるで感じられなかった。
そのような言い方をされてしまっては傍を離れようという気持ちにはとてもなれない。
邪魔になるのではとアルヴィンを気遣ったつもりだったが、それはいらない世話だったようだ。
ベッドに伏せたまま言うアルヴィンに近づき名無しはここに残ることを伝える。
「その前に飲み物用意したいからいい?欲しいものあったら一緒に持ってくるけど」
「特にはねぇよ、…あー、コート重いから掛けといてくれねぇ?」
「はいはい、あーもう、ほらせめて自分で脱ぐ、子供じゃないんだから」
これではまるで母親みたいなもんだと思いながら、アルヴィンからコートを預かりそれを適当な場所に掛けると名無しは飲み物を取りに行くためロビーに向かった。
受付で飲料と二人分のグラスを受けとり部屋に戻るついでに、窓からワイバーンの様子を確認した。
馬の調教師にみせるとはドロッセルも無茶なことを言ったと思ったが、みる限りどうにかなりそうな気がしなくもなかった。
それでもまだしばらく掛かりそうなのは目に見えてわかったので、名無しは部屋に戻った。
「アル、飲む?」
「ん、さんきゅ」
「痛み止とか貰ってないの?」
「いいよ、そんなもん。寝りゃ治るって」
「維持張っちゃって…」
「そんなんじゃねぇって」
「ちょ…っと…っ」
名無しがアルヴィンの腕を除け、ベッドの空きスペースに座り呆れ気味にため息をついた。
減らず口を叩く暇があるのならば、体力回復のために早く寝ろと、アルヴィンの額を軽く小突いた。
結局どうして欲しいのかを名無しがアルヴィンに確認すると、そこに座っていればいいとだけ言われた。
「本当にそれだけでいいの?」
「そういうこと言うと余計な期待持たせることになるから言わないほうがいいぜ?」
「む、んんー…別に、大丈夫だけど…アルだし」
「…っ、いいのか?」
「最低限の線引きが理解できてるならの話よ?」
「線引きの基準が一緒ならいいんだけどな」
「…すぐそういうこと言う」
「わりと大事なことだぜ?」
「はいはい、それにしても疲れてるわりには話長引かせるのね」
「実際お前と話してると少し楽になるけどな」
「…また、そういうこと言う…でもそうなら、それでいいんだけど」
「俺はそれでよくないんだけどな」
そういうと、座っている名無しのほうに体の向きを変え、アルヴィンが名無しの腰辺りに腕を回して抱きついた。
アルヴィン側に若干腰を引かれる形で少し座りづらくなったため、名無しが少し身をよじり体制を整えようとしたが、アルヴィンがくっ付いている状態ではどの姿勢も落ち着かないということがわかり観念した。
アルヴィンの方を向き、しばらくアルヴィンの顔を見ると名無しの腰に回っていた手が解かれ名無しの首に伸びると、彼に手に引かれるまでもなく名無しはアルヴィンの隣で横になった。
横になった名無しにアルヴィンが満足そうな表情を浮かべ、名無しの腹部のあたりに顔を埋めた。
「なんでそこなのよ…」
「最低限のライン守らなきゃいけない からな」
「一応いうけれど、そういう線引きの話じゃないからね?」
「OKサインってことでいいんだな?」
「ど、どんと来いっ」
「はは、なんだそれ、もっとそれっぽいこと言えねーの?」
「し、仕方ないじゃないわからないんだから、…今回だけだからね?」
「今回きりでいいさ」
そういって、少しだけアルヴィンが頭の位置を上の方にずらした。
ずらしたといっても、あたるか当たらないかギリギリのところにきただけであって、決して胸部に触れているわけではなった。
自分から言っておいて、こういったところはしっかりと気を遣ってくるのがずるいところだと名無しは思った。
以前は逆の立場でこうした出来事があったのを思い出しながら名無しがアルヴィンの頭を撫でると、アルヴィンは静かに目をつむり大人しくなった。
しばらくすると、小さな寝息が聞こえてきたためアルヴィンが眠ってしまったことがわかった。
「これじゃあまるで、ほんとに母親代わりみたいなものね」
名無しは自分の呟きにアルヴィンが反応しないのを確認すると、額にキスをしその寝顔を見守った。
時々、アルヴィンを起こさないようにベッドから降り、外の様子を確かめる事に気を付けた。
少し日が傾いた時にもう一度外を見ると、ワイバーンの傍からドロッセルがいなくなっていたのに気がついた。
なにか動きがあったのかと思い名無しは外に向かおうとした。
しかし、すぐに戻るつもりではいるがアルヴィンになにも言わずに出ていくわけには行かないだろうと外にいくのを躊躇した。
すると、誰かが部屋を訪ねてきた。
ノックを合図に名無しがドアを開けるとそこにはドロッセルが立っていた。
ワイバーンの調子はどうなのかと名無しが聞くと、もう大丈夫だとドロッセルがいう。
ドロッセルはミラ達に知らせにいくといってその場をあとにし、名無しもアルヴィンを起こして出る準備をしなくてはとアルヴィンの肩を叩いた。
「アル、アル」
「…あぁ、起きてるよ」
「ん、痛みとか平気?」
「お陰さまでな」
「私はすぐ出れるけど、ゆっくり準備してていいから」
「いや、先に行っといてくれ、ちょっと時間かかるわ」
「そう?じゃあ先に行ってるから」
「ああ」
アルヴィンを部屋に残し、名無しがワイバーンが止まっている所まで行くとワイバーンは無事に回復しており元気な様子だった。
ドロッセルの無茶を聞いた調教師はたいしたものだと思い思わず笑っていると、やって来たミラ達に何を笑っているのかを聞かれてしまった。
「ふふ、馬の調教師もすごいんだなーって思って」
「はは、たしかに、あれ?名無し、アルヴィンは?」
「共にいたのではないのか?まだ来てないようだが」
「アルなら…」
「また、嘘つく準備ですよ」
名無しがアルヴィンのことを言おうとする前に、エリーゼがアルヴィンに大しての不満を口にした。
今までの行動からするとそのようなことを言うなと言うことが無理があるため名無しは次に続く言葉を出せずにいた。
その場の雰囲気が重くなり、若干の緊張感が漂いだした。
ミラが口を開き、今後のアルヴィンとの行動についてどうするかを皆に聞いた。
それぞれの意見が出て、エリーゼが否定的な事を言ったがティポが自分を助けたのはアルヴィンなのだといった為、本音は違うと言うことがわかる。
皆の意見がどうでるか心配だったが、全員がアルヴィンを否定しないことに名無しは安心した。
「人のいないところで悪口いうのはいけない子のすることだぜ?」
アルヴィンがやってきてエリーゼに話しかけるとエリーゼはそっぽを向いた。
アルヴィンは手をあげてやれやれといった態度をとり自分の味方は皆だけだといい放つ。
レイアがアルヴィンと同じようなpauseで手をあげあきれたそぶりを見せ、ジュードもなんともいえない表情になる。
全員が揃った事を確認しミラが出発をしようと言い出したとき、エリーゼが待ったをかけた。
ローエンがナハティガルと戦うことに関してどう思っているのかを配慮しての事だった。
どう言うことなのか把握していない名無しはローエンとナハティガルが知人だというのをジュードから説明してもらう。
ロビーは覚悟を決めるといって皆と行くことをはっきりと言ったので、レイアやティポが応援すると激励する。
アルヴィンが演技でもない冗談を言うと、ローエンは真剣な顔つきでその時は頼むといった。
ふざけたつもりが、シビアなところに触れてしまったのだと気がつきアルヴィンが気まずくなり目をそらした。
「マジにとるなよ」
「アル、今のは流石によくないよ」
「いいのですよ、それぐらいの覚悟で挑むつもりなので」
「ローエンさん…」
「覚悟は決まったね、あとは」
「ああ、準備を整えたら出発だ」
ドロッセルから無事に帰ってくるよう言われ、皆はワイバーンに乗りイル・ファンへと急ぐことにした。
直接降りるわけにはいかないので、すぐ横にあるバルナウル街道に皆は降りることにした。
待ちに向かって進んでいくにつれ、まだ夜ではないのに辺りはまるで夜のように暗く、精霊術で光るように施されている植物がぼんやりと光りその灯りが幻想的でとても綺麗だった。
これが、噂に聞く夜域というものなのだと名無しは感心して辺りを見回した。
きょろきょろしていると、案の定その行為をミラに指摘され名無しは気を引き締め直す。
イル・ファンに入ると、街中はなんだか落ち着かない様子で怪我人がいるのも見受けられた。
いったい何事だろうとあたりを見渡すと、レイアが奥の方で煙が上がってるのを見つけ皆に知らせた。
***
煙は研究所の方からあがっていると、ジュードがいうと皆は急いで研究所の方に向かった。
研究所のまえにいくと、やはりそこも怪我人がたくさんいた為、皆も治療に手を貸した。
ジュードが一人の様子を見て驚いていた。
顔見知りのようで、ジュードをみるなり研究所で何があったのかを話し出す。
どうやら、潜り込んでいたア・ジュールのスパイを捕らえようとしたところその者が研究所を爆発させたということだった。
話を聞き終え、怪我人は病院へ無事に搬送されるということで一行は研究所の奥へと進んでいった。
槍の前までたどり着くと、槍のあったという部屋は閉ざされており中にはいることができないようになっていた。
当然のことと思えば当然のことである。
固く閉ざされた扉を目の前にミラが扉を強く叩き悔しさから声を漏らした。
戦争で使われてはならない、皆はそう思っているだろうが名無しはあれを戦争のタイミングで使わせてはならないと強く思っていた。
槍を使ってしまえば、異界炉計画が実現可能になる手段をとらせてしまうことになる。
なんとしても、"壊させるわけにはいかない"と名無しは焦りだした。
アルヴィンの願いを想うのならこのような考えはいけないのだろうが、ミラがマクスウェルならば手段がないはずがないと名無しは思い槍の破壊を優先的に考えた。
剣を振ったところで開くことのないドアを目の前にして悔しがるミラに、ジュードが他の手段を探そうといい先頭をきった。
中を詮索していると、奥の部屋から物音がしたのに気がつき皆はそこにはいった。
中に入ると、一人の老婆が倒れておりジュードが急いで駆け寄った。
老婆はなにか譫言をいっており、ジュード達を認識していないようだった。
「村長さん!」
「しっかりしてよー!」
「ハ・ミルの村長か」
ハ・ミルはたしかラ・シュガルに侵攻されたとガイアス城できいていた。
恐らく侵攻された後に、ここにつれてこられたのだろう。
村長と呼ばれた老婆はエリーゼの呼び掛けに答えることもなく譫言を続け、村民が氷漬けにされると叫ぶとその場で力尽きてしまった。
ローエンがその言葉の意味を考え大精霊の力ではないかという。
村長が死を目の当たりにしショックを受けているエリーゼを慰めながら、許せることではないとミラが言った。
ジュードが考えだし、室内にある機材を触りだすと槍のある場所の映像が映し出された。
そこに槍はなくどこかに運び足されたのだということが推測された。
ジュードが映像記録を映し出すとそこには赤い服の少女が映っておりなにかもめたあとに爆破した様子があった。
スパイらしからぬ行動だとアルヴィンがいい皆が少女の行動の意味を考えた。
なんにせよ彼女が何かを知ってるだろうと皆は赤い服の少女を探すことにした。
街の中を探すと、少女は大きな建物の影で仲間とと思われる者達と一緒にいた。
ミラに気がつくなり少女はミラと戦える日が来たと突然喜びだした。
狂喜しているその姿を見て、一発でこの子はズレているの子だというのがわかった。
ミラが少女に聞きたいことがあるというと、当然の少女は答えるわけがないと返答する。
バカという余計な言葉をつけるあたり、好戦的な子なのだろう。
ローエンが彼女の顔を見てしばらく悩んだ後、少女に質問をした。
「あなたは、もしかしてトラヴィス家のナディア様では?」
「な…っ私は四象刃のアグリアだ」
「四象刃ってことはガイアス王の…」
アグリアはレイアとミラに悪態をつき、いつしかミラと戦い負けたことがあるらしく、そのまま襲いかかってきた。
今までの戦いで力をつけてきたミラには敵うわけもなく、アグリアは倒されてしまった。
横たわるアグリアの喉元にミラが剣をつきつけ槍の場所を聞き出した。
槍は研究所の地下通路からオルダ宮に運ばれたという。
しかし肝心の通路はすでに封鎖され使うことはできないそうだ。
ミラたちの隙を見てアグリアが逃げ出したが、用はすでにすんでいるので深追いはしなかった。
オルダ宮へと乗り込むために、近くまで様子を見に行った。
「なんか、思ってたよりも警備が薄くない?」
「ああ、乗り込むのにはうってつけだが、何かの罠かもしれない…、慎重にいくぞ」
「いや、正面突破しよう」
「優等生とは思えないこと言うな」
「だがジュードの言うことだ、なにか考えがあるのだろ」
「ショーメントッパだー!」
ジュードの考えに賛同し、オルダ宮の真正面から皆でつっこんだ。
警備に当たっていた兵士を倒し、増援がくるまえに進もうとしたが増援が来る気配はまるで感じられなかった。
「間も無く戦争が始まるのでしょう」
「どういう意味だローエン」
「ここ、イル・ファンは戦いに有利なようにはつくられておりません、なので守りを固めるのならば海上かガンダラ要塞に戦力をおき防衛に回ります、恐らくそちらに人員が割かれているのでしょう」
「なら、今がチャンスってことだね、行こう皆!」
「お城のなかに入るのって緊張するね…っ」
できるだけ兵士に見つからないよう、慎重に皆は奥へと進んでいった。
途中ラ・シュガル兵に見つかることもあったが苦戦することは特になく、戦争に備えて機能している罠を突破していった。
謁見の間に到着すると、そこにはナハティガルとジランドの姿があった。
皆の姿を確認するとナハティガルがジランドに槍に向かうよう言い、ジランドはその場から立ち去った。
「儂のために命を費やせ、それが民たる者の使命だ!」
「救いようがないな」
皆の話にナハティガルが集中している間、名無しは謁見の間の隅に気が付かれないように移動した。
ジランドが一人で何をするのか分かったものではない。
槍のもとにそれを使える者がいるというのはそれだけでいい状況ではないと思ったからだ。
幸い、隅のほうは暗くゆっくり動けば気が付かれないようで息をひそめ玉座の裏にある魔法陣から名無しはジランドの元へ向かった。
魔法陣で移動した先には、ジランドが槍とともにそこにいた。
ジランドは槍に触れることなく、そこに悠然と立っているだけで事が過ぎるのを待っているようにも思えた。
「自分からやってくるとはな」
「捕まるわけにはいかないけれど、ここに来なきゃいけない理由は山ほどありますから」
「くくく、口先は立派だな、聞いてるぜ?守られっぱなしの足手まといってな」
「アルね…」
「本当に出来の悪い甥を持つと不幸だぜ、余計な報告だけよこして、だがここまで生かして連れてきたことは褒めてやらねぇとな」
「あなたという人はっ!」
ジランドの言葉に血が上り名無しが武器を構えジランドに放った。
照準が定まっていなかったため、当然それが当たることはなかったがすぐに名無しは攻撃を精霊術に切り替える。
名無しが難なく精霊術を発動した姿を見て、ジランドは驚いた素振りをしたがその後、気分が高揚したようで愉快そうに声を上げて笑い出す。
「ははははは!!最高だ、傑作だ!!さすがあの実験で生き残ってただけあるな!」
「な…っ」
「なるほどな、放置していても結果は見えてたのか、ははは」
「何を言ってるんですか…」
「お前にはこいつの実験体になってもらったんだよ」
ジランドが黒匣に似た装置を取出し、そこからまるで精霊のようなものを出した。
映し出した、というよりも実体化させたに近い。
青く冷たい印象のある女性型のそれをだし、ジランドは不敵に笑ている。
「こいつがあればエレンピオスの人間でも精霊術を使えるようになる、精霊を殺さずにだ」
「どういうこと…?」
「化石に眠ってる精霊を具現化させ直接的に使役できるようになる、精霊も死なねぇ、増霊極の使用によって可能になったんんだ」
「それじゃあ、要塞の実験は」
「お前の両親は立派だな、こんな夢みてぇなもんの基盤を作ったんだ、お前が精霊術を使えるようになったって聞いたときは希望がみえたぜ?役に立ったんだ、喜べよ」
「その実験のために、たくさんのリーゼ・マクシア人を殺したっていうの」
「犠牲はつきものだぜ?それにそのおかげでお前だって精霊術が使えるようなってんだ。今なら間に合うぜ、その技術を持ってエレンピオスに帰れば俺とお前はエレンピオスを支配できる」
「…この技術なら、エレンピオスの精霊の枯渇を止められる…」
「救世主として帰れるんだ?悪くないだろう、くくく」
「確かに、その技術はエレンピオスを救うかもしれない、でも」
「ほう…?」
「そんな権力、私はいらない!」
「っは!ならここで死ぬか!!」
ジランドが精霊をセルシウスと呼び氷の刃を名無しに降らせた。
頭上から降ってくる氷の刃の数によけきることができず、とっさに自分の頭上に精霊術を発動しそれを防いだ。
感覚で使用できるのは、おそらくジランドが精霊術を使役するようにしているといったからだろう。
なぜ自分が使えるのか、その原理さえなんとなくわかればそれを使用するのに難しいことは特になかった。
改めて、自分の力の正体を確認するとそれは目の前に形をなって表れてくれた。
「あなたが、私の中にいたのね」
「貴女が私を使役していた方だったのですね」
男性のような姿をしたそれが、自分は風の微精霊だと名乗った。
静かな物腰で名無しに挨拶をした彼に名無しは礼を言った。
「ありがとう、いつも助けてくれて…」
「いえ、それほどでも…しかし今挨拶を交わしてる場合ではないようですね」
「それも、そうね。あとでゆっくり」
「たかが微精霊程度で、勝てると思うなよ!」
ジランドの叫びに反応して名無しも精霊術を再び使う。
発動に難はないが、やはり頭痛を避けることはできないようで、何発か使用したあとに激しい痛みが頭に走った。
ジランドのほうも、使用するとその分体への負担があるのを理解しているらしく、セルシウスを使うことよりも銃での交戦のほうがメインだった。
交戦を続けていると、突然ジランドが床に向けてセルシウスの技を放った。
地面からの攻撃を気にかけたが、氷塊が襲ってくることはなくジランドもそこで攻撃の手を止めた。
「ちっ、やれ」
「はい、マスター」
「な、に…?」
「ふん、ここまでか」
そういうと、ジランドが名無しの足を凍らせ動きを止めると、槍ごとどこかへ行こうとした。
「待って…!いかせない!!」
苦し紛れで放った術をジランドの背中に当てる。
その攻撃が当たったことに機嫌を相当損ねたのかジランドは去り際に名無しの足に鉛玉を一つ土産として残していき槍と共に消えていった。
なんとかして動こうと氷を砕こうと名無しは足元にボウガンを向け撃ち込んだ。
全ての氷を砕き切った直後に、ミラ達が追い付いてきた。
「名無し!」
「みんな、ごめん、逃がしちゃって」
「いつの間に一人で抜け出したんだ!」
「ご、ごめん…」
「それよりも、何もない、です」
「本当にここにあったんだよね?」
「ナハティガルはさっき、槍の力を使っていたはずだから間違いなくあったはずだよ」
「まさか、ジランドが…?名無し、説明を頼む」
「槍はジランドが持ち出してどこかいっちゃった、止めようとしたんだけど間に合わなくって…」
「足を怪我していますね…おひとりで向かうなど無茶を」
「今はそれより、早く動かないと、私は大丈夫ですから外に向かいましょう」
そして急いでオルダ宮からでると、ラ・シュガル兵に止められたがその中の一人がローエンに気が付きその場で弾圧されることは避けられた。
すると、一人の兵士が走ってきてア・ジュールが攻め込んできたことをいい戦争が始まったことを知らせる。
敵兵はファイザバード沼野から攻めてきたということだった。
兵はガンダラ要塞に集中しているのではと心配をすると、兵士がすでにジランドが手を打っており問題はないと誇らしげに言った。
「あなた、この伝令は誰の命令によるものですか?」
「ジランド参謀副長ですが…それが何か?」
「いえ、ありがとう」
何かがある、と皆はファイザバード沼野に急いだ。
部屋に入るなりアルヴィンは直ぐにその身をベッドに投げ込み大きなため息をついた。
「やっぱまだちょっと痛ぇわ…」
「いくら治癒術が有能だからって治してくれるのは基本的には傷だけだものね、無理しないで寝てていいんじゃない?何かあったら起こしにくるから」
「ああ、そうするわ」
「それじゃあ…」
「名無し、どこ行くんだよ」
「邪魔しちゃ悪いから、皆のところに一回行こうかなって」
「…こっち、居てくんねぇの?俺大分弱ってんだけど」
いつもの軽いキャラを装いながら言おうとしたのだろうが、言葉通りに弱っているらしく声に元気がまるで感じられなかった。
そのような言い方をされてしまっては傍を離れようという気持ちにはとてもなれない。
邪魔になるのではとアルヴィンを気遣ったつもりだったが、それはいらない世話だったようだ。
ベッドに伏せたまま言うアルヴィンに近づき名無しはここに残ることを伝える。
「その前に飲み物用意したいからいい?欲しいものあったら一緒に持ってくるけど」
「特にはねぇよ、…あー、コート重いから掛けといてくれねぇ?」
「はいはい、あーもう、ほらせめて自分で脱ぐ、子供じゃないんだから」
これではまるで母親みたいなもんだと思いながら、アルヴィンからコートを預かりそれを適当な場所に掛けると名無しは飲み物を取りに行くためロビーに向かった。
受付で飲料と二人分のグラスを受けとり部屋に戻るついでに、窓からワイバーンの様子を確認した。
馬の調教師にみせるとはドロッセルも無茶なことを言ったと思ったが、みる限りどうにかなりそうな気がしなくもなかった。
それでもまだしばらく掛かりそうなのは目に見えてわかったので、名無しは部屋に戻った。
「アル、飲む?」
「ん、さんきゅ」
「痛み止とか貰ってないの?」
「いいよ、そんなもん。寝りゃ治るって」
「維持張っちゃって…」
「そんなんじゃねぇって」
「ちょ…っと…っ」
名無しがアルヴィンの腕を除け、ベッドの空きスペースに座り呆れ気味にため息をついた。
減らず口を叩く暇があるのならば、体力回復のために早く寝ろと、アルヴィンの額を軽く小突いた。
結局どうして欲しいのかを名無しがアルヴィンに確認すると、そこに座っていればいいとだけ言われた。
「本当にそれだけでいいの?」
「そういうこと言うと余計な期待持たせることになるから言わないほうがいいぜ?」
「む、んんー…別に、大丈夫だけど…アルだし」
「…っ、いいのか?」
「最低限の線引きが理解できてるならの話よ?」
「線引きの基準が一緒ならいいんだけどな」
「…すぐそういうこと言う」
「わりと大事なことだぜ?」
「はいはい、それにしても疲れてるわりには話長引かせるのね」
「実際お前と話してると少し楽になるけどな」
「…また、そういうこと言う…でもそうなら、それでいいんだけど」
「俺はそれでよくないんだけどな」
そういうと、座っている名無しのほうに体の向きを変え、アルヴィンが名無しの腰辺りに腕を回して抱きついた。
アルヴィン側に若干腰を引かれる形で少し座りづらくなったため、名無しが少し身をよじり体制を整えようとしたが、アルヴィンがくっ付いている状態ではどの姿勢も落ち着かないということがわかり観念した。
アルヴィンの方を向き、しばらくアルヴィンの顔を見ると名無しの腰に回っていた手が解かれ名無しの首に伸びると、彼に手に引かれるまでもなく名無しはアルヴィンの隣で横になった。
横になった名無しにアルヴィンが満足そうな表情を浮かべ、名無しの腹部のあたりに顔を埋めた。
「なんでそこなのよ…」
「最低限のライン守らなきゃいけない からな」
「一応いうけれど、そういう線引きの話じゃないからね?」
「OKサインってことでいいんだな?」
「ど、どんと来いっ」
「はは、なんだそれ、もっとそれっぽいこと言えねーの?」
「し、仕方ないじゃないわからないんだから、…今回だけだからね?」
「今回きりでいいさ」
そういって、少しだけアルヴィンが頭の位置を上の方にずらした。
ずらしたといっても、あたるか当たらないかギリギリのところにきただけであって、決して胸部に触れているわけではなった。
自分から言っておいて、こういったところはしっかりと気を遣ってくるのがずるいところだと名無しは思った。
以前は逆の立場でこうした出来事があったのを思い出しながら名無しがアルヴィンの頭を撫でると、アルヴィンは静かに目をつむり大人しくなった。
しばらくすると、小さな寝息が聞こえてきたためアルヴィンが眠ってしまったことがわかった。
「これじゃあまるで、ほんとに母親代わりみたいなものね」
名無しは自分の呟きにアルヴィンが反応しないのを確認すると、額にキスをしその寝顔を見守った。
時々、アルヴィンを起こさないようにベッドから降り、外の様子を確かめる事に気を付けた。
少し日が傾いた時にもう一度外を見ると、ワイバーンの傍からドロッセルがいなくなっていたのに気がついた。
なにか動きがあったのかと思い名無しは外に向かおうとした。
しかし、すぐに戻るつもりではいるがアルヴィンになにも言わずに出ていくわけには行かないだろうと外にいくのを躊躇した。
すると、誰かが部屋を訪ねてきた。
ノックを合図に名無しがドアを開けるとそこにはドロッセルが立っていた。
ワイバーンの調子はどうなのかと名無しが聞くと、もう大丈夫だとドロッセルがいう。
ドロッセルはミラ達に知らせにいくといってその場をあとにし、名無しもアルヴィンを起こして出る準備をしなくてはとアルヴィンの肩を叩いた。
「アル、アル」
「…あぁ、起きてるよ」
「ん、痛みとか平気?」
「お陰さまでな」
「私はすぐ出れるけど、ゆっくり準備してていいから」
「いや、先に行っといてくれ、ちょっと時間かかるわ」
「そう?じゃあ先に行ってるから」
「ああ」
アルヴィンを部屋に残し、名無しがワイバーンが止まっている所まで行くとワイバーンは無事に回復しており元気な様子だった。
ドロッセルの無茶を聞いた調教師はたいしたものだと思い思わず笑っていると、やって来たミラ達に何を笑っているのかを聞かれてしまった。
「ふふ、馬の調教師もすごいんだなーって思って」
「はは、たしかに、あれ?名無し、アルヴィンは?」
「共にいたのではないのか?まだ来てないようだが」
「アルなら…」
「また、嘘つく準備ですよ」
名無しがアルヴィンのことを言おうとする前に、エリーゼがアルヴィンに大しての不満を口にした。
今までの行動からするとそのようなことを言うなと言うことが無理があるため名無しは次に続く言葉を出せずにいた。
その場の雰囲気が重くなり、若干の緊張感が漂いだした。
ミラが口を開き、今後のアルヴィンとの行動についてどうするかを皆に聞いた。
それぞれの意見が出て、エリーゼが否定的な事を言ったがティポが自分を助けたのはアルヴィンなのだといった為、本音は違うと言うことがわかる。
皆の意見がどうでるか心配だったが、全員がアルヴィンを否定しないことに名無しは安心した。
「人のいないところで悪口いうのはいけない子のすることだぜ?」
アルヴィンがやってきてエリーゼに話しかけるとエリーゼはそっぽを向いた。
アルヴィンは手をあげてやれやれといった態度をとり自分の味方は皆だけだといい放つ。
レイアがアルヴィンと同じようなpauseで手をあげあきれたそぶりを見せ、ジュードもなんともいえない表情になる。
全員が揃った事を確認しミラが出発をしようと言い出したとき、エリーゼが待ったをかけた。
ローエンがナハティガルと戦うことに関してどう思っているのかを配慮しての事だった。
どう言うことなのか把握していない名無しはローエンとナハティガルが知人だというのをジュードから説明してもらう。
ロビーは覚悟を決めるといって皆と行くことをはっきりと言ったので、レイアやティポが応援すると激励する。
アルヴィンが演技でもない冗談を言うと、ローエンは真剣な顔つきでその時は頼むといった。
ふざけたつもりが、シビアなところに触れてしまったのだと気がつきアルヴィンが気まずくなり目をそらした。
「マジにとるなよ」
「アル、今のは流石によくないよ」
「いいのですよ、それぐらいの覚悟で挑むつもりなので」
「ローエンさん…」
「覚悟は決まったね、あとは」
「ああ、準備を整えたら出発だ」
ドロッセルから無事に帰ってくるよう言われ、皆はワイバーンに乗りイル・ファンへと急ぐことにした。
直接降りるわけにはいかないので、すぐ横にあるバルナウル街道に皆は降りることにした。
待ちに向かって進んでいくにつれ、まだ夜ではないのに辺りはまるで夜のように暗く、精霊術で光るように施されている植物がぼんやりと光りその灯りが幻想的でとても綺麗だった。
これが、噂に聞く夜域というものなのだと名無しは感心して辺りを見回した。
きょろきょろしていると、案の定その行為をミラに指摘され名無しは気を引き締め直す。
イル・ファンに入ると、街中はなんだか落ち着かない様子で怪我人がいるのも見受けられた。
いったい何事だろうとあたりを見渡すと、レイアが奥の方で煙が上がってるのを見つけ皆に知らせた。
***
煙は研究所の方からあがっていると、ジュードがいうと皆は急いで研究所の方に向かった。
研究所のまえにいくと、やはりそこも怪我人がたくさんいた為、皆も治療に手を貸した。
ジュードが一人の様子を見て驚いていた。
顔見知りのようで、ジュードをみるなり研究所で何があったのかを話し出す。
どうやら、潜り込んでいたア・ジュールのスパイを捕らえようとしたところその者が研究所を爆発させたということだった。
話を聞き終え、怪我人は病院へ無事に搬送されるということで一行は研究所の奥へと進んでいった。
槍の前までたどり着くと、槍のあったという部屋は閉ざされており中にはいることができないようになっていた。
当然のことと思えば当然のことである。
固く閉ざされた扉を目の前にミラが扉を強く叩き悔しさから声を漏らした。
戦争で使われてはならない、皆はそう思っているだろうが名無しはあれを戦争のタイミングで使わせてはならないと強く思っていた。
槍を使ってしまえば、異界炉計画が実現可能になる手段をとらせてしまうことになる。
なんとしても、"壊させるわけにはいかない"と名無しは焦りだした。
アルヴィンの願いを想うのならこのような考えはいけないのだろうが、ミラがマクスウェルならば手段がないはずがないと名無しは思い槍の破壊を優先的に考えた。
剣を振ったところで開くことのないドアを目の前にして悔しがるミラに、ジュードが他の手段を探そうといい先頭をきった。
中を詮索していると、奥の部屋から物音がしたのに気がつき皆はそこにはいった。
中に入ると、一人の老婆が倒れておりジュードが急いで駆け寄った。
老婆はなにか譫言をいっており、ジュード達を認識していないようだった。
「村長さん!」
「しっかりしてよー!」
「ハ・ミルの村長か」
ハ・ミルはたしかラ・シュガルに侵攻されたとガイアス城できいていた。
恐らく侵攻された後に、ここにつれてこられたのだろう。
村長と呼ばれた老婆はエリーゼの呼び掛けに答えることもなく譫言を続け、村民が氷漬けにされると叫ぶとその場で力尽きてしまった。
ローエンがその言葉の意味を考え大精霊の力ではないかという。
村長が死を目の当たりにしショックを受けているエリーゼを慰めながら、許せることではないとミラが言った。
ジュードが考えだし、室内にある機材を触りだすと槍のある場所の映像が映し出された。
そこに槍はなくどこかに運び足されたのだということが推測された。
ジュードが映像記録を映し出すとそこには赤い服の少女が映っておりなにかもめたあとに爆破した様子があった。
スパイらしからぬ行動だとアルヴィンがいい皆が少女の行動の意味を考えた。
なんにせよ彼女が何かを知ってるだろうと皆は赤い服の少女を探すことにした。
街の中を探すと、少女は大きな建物の影で仲間とと思われる者達と一緒にいた。
ミラに気がつくなり少女はミラと戦える日が来たと突然喜びだした。
狂喜しているその姿を見て、一発でこの子はズレているの子だというのがわかった。
ミラが少女に聞きたいことがあるというと、当然の少女は答えるわけがないと返答する。
バカという余計な言葉をつけるあたり、好戦的な子なのだろう。
ローエンが彼女の顔を見てしばらく悩んだ後、少女に質問をした。
「あなたは、もしかしてトラヴィス家のナディア様では?」
「な…っ私は四象刃のアグリアだ」
「四象刃ってことはガイアス王の…」
アグリアはレイアとミラに悪態をつき、いつしかミラと戦い負けたことがあるらしく、そのまま襲いかかってきた。
今までの戦いで力をつけてきたミラには敵うわけもなく、アグリアは倒されてしまった。
横たわるアグリアの喉元にミラが剣をつきつけ槍の場所を聞き出した。
槍は研究所の地下通路からオルダ宮に運ばれたという。
しかし肝心の通路はすでに封鎖され使うことはできないそうだ。
ミラたちの隙を見てアグリアが逃げ出したが、用はすでにすんでいるので深追いはしなかった。
オルダ宮へと乗り込むために、近くまで様子を見に行った。
「なんか、思ってたよりも警備が薄くない?」
「ああ、乗り込むのにはうってつけだが、何かの罠かもしれない…、慎重にいくぞ」
「いや、正面突破しよう」
「優等生とは思えないこと言うな」
「だがジュードの言うことだ、なにか考えがあるのだろ」
「ショーメントッパだー!」
ジュードの考えに賛同し、オルダ宮の真正面から皆でつっこんだ。
警備に当たっていた兵士を倒し、増援がくるまえに進もうとしたが増援が来る気配はまるで感じられなかった。
「間も無く戦争が始まるのでしょう」
「どういう意味だローエン」
「ここ、イル・ファンは戦いに有利なようにはつくられておりません、なので守りを固めるのならば海上かガンダラ要塞に戦力をおき防衛に回ります、恐らくそちらに人員が割かれているのでしょう」
「なら、今がチャンスってことだね、行こう皆!」
「お城のなかに入るのって緊張するね…っ」
できるだけ兵士に見つからないよう、慎重に皆は奥へと進んでいった。
途中ラ・シュガル兵に見つかることもあったが苦戦することは特になく、戦争に備えて機能している罠を突破していった。
謁見の間に到着すると、そこにはナハティガルとジランドの姿があった。
皆の姿を確認するとナハティガルがジランドに槍に向かうよう言い、ジランドはその場から立ち去った。
「儂のために命を費やせ、それが民たる者の使命だ!」
「救いようがないな」
皆の話にナハティガルが集中している間、名無しは謁見の間の隅に気が付かれないように移動した。
ジランドが一人で何をするのか分かったものではない。
槍のもとにそれを使える者がいるというのはそれだけでいい状況ではないと思ったからだ。
幸い、隅のほうは暗くゆっくり動けば気が付かれないようで息をひそめ玉座の裏にある魔法陣から名無しはジランドの元へ向かった。
魔法陣で移動した先には、ジランドが槍とともにそこにいた。
ジランドは槍に触れることなく、そこに悠然と立っているだけで事が過ぎるのを待っているようにも思えた。
「自分からやってくるとはな」
「捕まるわけにはいかないけれど、ここに来なきゃいけない理由は山ほどありますから」
「くくく、口先は立派だな、聞いてるぜ?守られっぱなしの足手まといってな」
「アルね…」
「本当に出来の悪い甥を持つと不幸だぜ、余計な報告だけよこして、だがここまで生かして連れてきたことは褒めてやらねぇとな」
「あなたという人はっ!」
ジランドの言葉に血が上り名無しが武器を構えジランドに放った。
照準が定まっていなかったため、当然それが当たることはなかったがすぐに名無しは攻撃を精霊術に切り替える。
名無しが難なく精霊術を発動した姿を見て、ジランドは驚いた素振りをしたがその後、気分が高揚したようで愉快そうに声を上げて笑い出す。
「ははははは!!最高だ、傑作だ!!さすがあの実験で生き残ってただけあるな!」
「な…っ」
「なるほどな、放置していても結果は見えてたのか、ははは」
「何を言ってるんですか…」
「お前にはこいつの実験体になってもらったんだよ」
ジランドが黒匣に似た装置を取出し、そこからまるで精霊のようなものを出した。
映し出した、というよりも実体化させたに近い。
青く冷たい印象のある女性型のそれをだし、ジランドは不敵に笑ている。
「こいつがあればエレンピオスの人間でも精霊術を使えるようになる、精霊を殺さずにだ」
「どういうこと…?」
「化石に眠ってる精霊を具現化させ直接的に使役できるようになる、精霊も死なねぇ、増霊極の使用によって可能になったんんだ」
「それじゃあ、要塞の実験は」
「お前の両親は立派だな、こんな夢みてぇなもんの基盤を作ったんだ、お前が精霊術を使えるようになったって聞いたときは希望がみえたぜ?役に立ったんだ、喜べよ」
「その実験のために、たくさんのリーゼ・マクシア人を殺したっていうの」
「犠牲はつきものだぜ?それにそのおかげでお前だって精霊術が使えるようなってんだ。今なら間に合うぜ、その技術を持ってエレンピオスに帰れば俺とお前はエレンピオスを支配できる」
「…この技術なら、エレンピオスの精霊の枯渇を止められる…」
「救世主として帰れるんだ?悪くないだろう、くくく」
「確かに、その技術はエレンピオスを救うかもしれない、でも」
「ほう…?」
「そんな権力、私はいらない!」
「っは!ならここで死ぬか!!」
ジランドが精霊をセルシウスと呼び氷の刃を名無しに降らせた。
頭上から降ってくる氷の刃の数によけきることができず、とっさに自分の頭上に精霊術を発動しそれを防いだ。
感覚で使用できるのは、おそらくジランドが精霊術を使役するようにしているといったからだろう。
なぜ自分が使えるのか、その原理さえなんとなくわかればそれを使用するのに難しいことは特になかった。
改めて、自分の力の正体を確認するとそれは目の前に形をなって表れてくれた。
「あなたが、私の中にいたのね」
「貴女が私を使役していた方だったのですね」
男性のような姿をしたそれが、自分は風の微精霊だと名乗った。
静かな物腰で名無しに挨拶をした彼に名無しは礼を言った。
「ありがとう、いつも助けてくれて…」
「いえ、それほどでも…しかし今挨拶を交わしてる場合ではないようですね」
「それも、そうね。あとでゆっくり」
「たかが微精霊程度で、勝てると思うなよ!」
ジランドの叫びに反応して名無しも精霊術を再び使う。
発動に難はないが、やはり頭痛を避けることはできないようで、何発か使用したあとに激しい痛みが頭に走った。
ジランドのほうも、使用するとその分体への負担があるのを理解しているらしく、セルシウスを使うことよりも銃での交戦のほうがメインだった。
交戦を続けていると、突然ジランドが床に向けてセルシウスの技を放った。
地面からの攻撃を気にかけたが、氷塊が襲ってくることはなくジランドもそこで攻撃の手を止めた。
「ちっ、やれ」
「はい、マスター」
「な、に…?」
「ふん、ここまでか」
そういうと、ジランドが名無しの足を凍らせ動きを止めると、槍ごとどこかへ行こうとした。
「待って…!いかせない!!」
苦し紛れで放った術をジランドの背中に当てる。
その攻撃が当たったことに機嫌を相当損ねたのかジランドは去り際に名無しの足に鉛玉を一つ土産として残していき槍と共に消えていった。
なんとかして動こうと氷を砕こうと名無しは足元にボウガンを向け撃ち込んだ。
全ての氷を砕き切った直後に、ミラ達が追い付いてきた。
「名無し!」
「みんな、ごめん、逃がしちゃって」
「いつの間に一人で抜け出したんだ!」
「ご、ごめん…」
「それよりも、何もない、です」
「本当にここにあったんだよね?」
「ナハティガルはさっき、槍の力を使っていたはずだから間違いなくあったはずだよ」
「まさか、ジランドが…?名無し、説明を頼む」
「槍はジランドが持ち出してどこかいっちゃった、止めようとしたんだけど間に合わなくって…」
「足を怪我していますね…おひとりで向かうなど無茶を」
「今はそれより、早く動かないと、私は大丈夫ですから外に向かいましょう」
そして急いでオルダ宮からでると、ラ・シュガル兵に止められたがその中の一人がローエンに気が付きその場で弾圧されることは避けられた。
すると、一人の兵士が走ってきてア・ジュールが攻め込んできたことをいい戦争が始まったことを知らせる。
敵兵はファイザバード沼野から攻めてきたということだった。
兵はガンダラ要塞に集中しているのではと心配をすると、兵士がすでにジランドが手を打っており問題はないと誇らしげに言った。
「あなた、この伝令は誰の命令によるものですか?」
「ジランド参謀副長ですが…それが何か?」
「いえ、ありがとう」
何かがある、と皆はファイザバード沼野に急いだ。
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