2章
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周りの景色を楽しむ暇もなく、アルヴィンに連れられ、名無しはシャン・ドゥの宿屋の一室で一人横になっていた。
すぐに医者を呼ぶ、その一言を残してアルヴィンは何処かへと行ってしまった。
一人でいると余計に頭痛が煩わしく、名無しは目の前にいない人物に悪態をついた。
「一緒いてくれたほうが痛くないのに…」
ため息をついて何をするわけにもいかなく、起き上がり部屋をうろつくことにした。
窓から見えるシャン・ドゥの景色を眺める。
街の中央を流れる川を渡し船が通っていたのをみてアルヴィンが戻ってきたら見に行こうかと考える。
よく見渡すと、街の至るところに魔物がいるのがわかった。わ
魔物は人を襲うことなく人の傍で毛繕いをしたり、座り込んで眠っているものまでいた。
魔物と共生しているのだろうか、はじめてみる光景に名無しは不思議な気分になった。
ぼんやりと外を眺めていると、部屋の外が少し賑やかなのに気がついた。
声はだんだん近くなり、名無しのいる部屋のドアがあくと声の発生源である人物があらわれた。
アルヴィンともう一人、見知らぬ黒髪の女性だった。
「え…っと」
「診てもらいたいのはこいつだ、外にいる。終わったら呼んでくれ。」
アルヴィンが端的にいって部屋を出ていくと黒髪の女性はなにかいいたかったのだろうがそれが叶わずなんともいえない態度をとった。
しばらく扉をみつめると、女性は首をふり名無しの方を向き少し嫌そうに名前に話しかけた。
「貴女が患者さんね、で、どこをみればいいのかしら」
「えーと、お医…者さん?」
「あなたも、アルクノア?よってたかって利用しようなんて」
「ちょっと待ってください、話が全くみえないんですけど…」
「関わりたくないのよ!」
「ちょっちょっと落ち着いて下さい!あの!どなた様でしょう!」
名無しが大きな声で言うと気を立てていた女性がハッとする。
名無しのことをじっと観察し、少し考え込むと表情がなんとなく和らいだ。
女性は申し訳なさそうに名無してを差し出し挨拶をした。
「ごめんなさい突然失礼なことして、イスラよ、よろしく」
「私、名無しっていいます。えっと、お医者さん?ですか」
「ええ、そうよ」
「あの、さっきアルクノアって…」
「貴女も知らないわけじゃないのね、…いいように利用されてるだけよ」
「え?」
イスラが怪訝そうな顔をして答えた。
名無しはその意味がいまいちわからず聞き返したがなんでもないとイスラが返事をし、名無しとアルクノアとの関係を聞いてきた。
アルヴィンに事情を聴いているのだろうか、アルクノアという単語を使うのに躊躇がなかった。
「貴女こそ、アルクノアとどういう関係かしら?すごい剣幕であの男に頼まれたけど」
「どういうっていうと、難しいんですけど…、狙われてる?ですかね」
「表でみれないってそういうことかしら、いいわ、貴女が構成員じゃないなら医者として診るわ、どこなの?」
「へ?あの?」
イスラが一人で勝手に納得して診療をはじめた。
名無しも素直に流れに乗っ取って頭痛について説明をした。
直ぐにイスラが名無しの頭に手をあて治癒術を使い診療を始めた。
何がおこっているのかわからないまま診療が進み、イスラが一人考え込む。
「痛みはいつ起きたの?定期的に起きるかしら?」
「えっと、精霊術を使ったときに、でも私ほんとに霊力野とかなくて、なんで使えたのかもよくわかってなくて…」
「軽い診断だからはっきり言えないけど、マナの排出が霊力野を上回ってるみたいね。それで精霊術を使うときにマナが機関を傷付けてるってとこかしら」
「え、でもそれって有り得るんですか?」
「普通は有り得ないわね、霊力野になにかあるのは間違いないからもっと設備のしっかりしたところでみてもらうと良いわ、そうね痛み止ぐらいなら用意できるから後で届けるわ」
「ありがとうございます」
頭痛の診察が終わり、名無しが例を言うと今度はイスラが名無しの手の包帯について尋ねてきた。
先程頭をみてもらったときに所々頭皮に小さな痣があったらしく医者として診るとのことだった。
爪が剥がれたものだというのと、適当に転んで出来たものだと説明するとそんなのでは出来ないと強制的に全身をみせることになった。
名無しの全身にある包帯を剥がし、イスラはその体にできた怪我をみて呆れた。
「ひどい痣ね…できてしばらく放置してるでしょ。鬱血の仕方がそういってるわ」
「いえ、市販の薬は使ってたので」
「この怪我だと内服薬を使わないと意味ないわね、軽く治癒術かけるからおとなしくしてちょうだい」
「は、はい」
大人しくイスラに言われるがまま名無しは治療を受けた。
治療を受けながら、名無しは疑問に思ったことがありイスラに聞く。
「あの、イスラさんはアルの知り合いなんですか?」
「あら、気になるのかしら?大丈夫よ、私ちゃんと婚約者いるから」
「そ、そういうのじゃなくて!…その、何か仕事のこととか、さっきも脅されてるって…」
「私としては、貴女のほうが気になるわね。なんで狙われてる相手と一緒にいるのかな」
「こうやって、医者を呼んでくれるから、ですかね」
「信じるような相手じゃないわよ、アルクノアなんて」
「はい、でも私はアルクノアじゃなくてアルを信じてますから」
「…なんとかは盲目っていうものね」
「何か言いました?」
「なんでもないわ、はい、とりあえず治療は終わりよ。請求に関しては前金でもらってるから気にしないで。」
「ありがとうございます、ん…っ、痛くない」
「一時的な治療よ、外傷の薬もあとで一緒に届けるわ、それじゃあお大事に」
「はい、ホントにありがとうございました」
名無しにしつこく例を言われ、照れながらイスラが部屋を後にした。
それからあまり間を開けずに、アルヴィンが部屋に入ってきた。
いかにも心配する表情で入ってきたため、名無しが直ぐにアルヴィンに話しかけた。
「大丈夫よ、お陰さまで痛くないわ」
「そうか…、なぁ」
「精霊術の話でしょ、なんで使えるのかって」
「いつからあんなこと出来たんだ」
「さっきみたいなのはアレが初めて…自分でも驚いてるわ…、適当に火をつける程度なら10年前ぐらいから」
「お前、霊力野なんかあったのか?」
「んーん、えっと、両親の話覚えてる?」
「ああ、霊力野を人工的に作り上げる実験をしてたって言ってたな」
「うん、私それの実験体だったの、その唯一の生き残りっていうか、当時は全然結果にならなかっ…」
「ちょっとまて!」
名無しが淡々と話すのでアルヴィンが一度話を止める。
「え?」
「実験体って、どういうことだ」
「人工霊力野の黒匣の実験体ってこと、頭のなかにいれて、使い物になるかって」
「なんで今までその事」
「言う切っ掛けがなかったから、それにあんまり関係ないし」
「関係なくねーよ!なんでもっと早く…ジランドはその事知ってるのか」
「え、ええ、よく父様と話してたから、知ってるからこそなんで今さら私に構うのかがわからないのよ、データは全部ジランドさんのところにあるはずだもの」
「…お前、要塞で機械つっこまれたときティポがいたの覚えてるか?」
「?えぇ、すぐ横に繋がれてたけど…」
名無しの言葉にアルヴィンが口元をおさえながら、明らかに厳しい表情をみせ考え込む。
その仕草に名無しは不安になる。
アルヴィンは何を知っているのだろうか。
聞きそうになったが、あの時話すといってくれたアルヴィンを信じて答えを急ぐのを抑えた。
しばらくして、アルヴィンが考えに整理がついたようで口を開く。
「まともに使ったのがさっきが初めてって言ったよな?間違いないな?」
「うん、なんで急に使えたのかは全然わからないけど…ローエンさんに精霊術教えてもらったのと、リリアルオーブ持ったことに関係してるのかなって」
「身体能力が上がってんのに自分で気がついてるか?」
「え、そうなのかな、自分じゃよくわからないけど、なにか関係あるの?」
「さあな…確定要素じゃねぇから俺もはっきり言えないが、ガンダラ要塞がきっかけなのは間違いないだろうな」
「ジランド…さん…」
「わりぃ」
「なんで謝るのよ」
「もう、アルクノアに渡さねぇから」
「…うん、ありがとう。もう暗い顔しない!」
「あ、おい!」
暗い顔をしたアルヴィンに向けて名無しが思いきり飛び付いた。
怪我を気遣ってかアルヴィンが手の行き場を探していると、名無しが大丈夫、と一言だけ答えた。
名無しの顔をみてくすりとアルヴィンが笑い頭を撫でる。
そして、これからどうするかを二人は話した。
アルヴィンのいっていた心当たりのはなんなのか聞くと、どうやら魔物で空を渡るということらしい。
陸路、海路が絶たれたのならば空路ということなのだろうが、初めて聞くことな名無しは耳を疑った。
「そんなことできるの?」
「ああ、貸してさえ貰えればな。そういう商売してる奴がいるんだ」
「へぇ…、じゃあ行こっか」
「ああ」
大した荷物の準備はいらないということで、宿に荷物をおきアルヴィンの案内で名無しは宿の対岸に向かった。
***
中央にある大きな橋を渡り対岸に向かうと、少し高いところにそれはあった。
壁面を削り作られた檻のなかに悠々とした姿で居座っているその姿に感嘆の声が漏れる。
「わぁ…これワイバーン?」
「ああ、どっかの部族が管理してるんだとよ」
「可愛い…っ」
「は?」
「触ってもいいのかな、怒られないかな?大丈夫かな?」
「お前なに興奮して、っておい、手出すと危ないぞ」
「大丈夫だよー、こんなに可愛いんだもん」
目を輝かせて名無しが檻の中のワイバーンに手を伸ばした。
名無しの手が中に入ってきたと同時にワイバーンがぴくりと反応した。
名無しではなくアルヴィンがその行動に反応を示し、緊張する。
しかし、その行動は杞憂に終わった。
ワイバーンは名無しのにおいを嗅ぐと大人しく撫でられることを受け入れた。
「ね、大丈夫でしょ?ふあー、鱗の感触たまらないなー、ね、アルもどう?可愛いよ」
「俺は遠慮しとくよ」
「そう?勿体ないなー、こんなに可愛いのに…」
満足そうに名無しがワイバーンをなでていると、管理の者だと思われる人達が近づいてきた。
当然、何をしているのかを尋ねられたため名無しが素直に答えた。
「すみません、勝手に触っちゃって、あの、ワイバーンを貸してるって聞いたものですからそれで」
「ああ、ワイバーンを使いたいのか、それなら私たちの部族が管理してるよ、でも悪いがここ最近ラ・シュガルの動きが怪しいとかで、我々の一任だけでは飛ばせないんだよ」
「どういうことだ?」
「なんでも、ちょっと前にラ・シュガルが勝手にア・ジュールに軍を送ったらしくてね、それで陛下からお達しがでたのさ」
「それじゃあ、飛べないってことでしょうか?」
「いや、陛下に取り次げればできなくもないが…急ぎかい?」
「できれば」
「いや、そんなでもねえよ」
名無しの言葉を遮ってアルヴィンが答えた。
目の前にある手段をつかい、できれば早くイル・ファンにたどり着きたい名無しとしてはその言葉に苛立ちを覚えさせられる。
アルヴィンの答えに部族の男がもうすぐ大会があるためそれが終わるまで待てないかと言う。
今からだと大体二週間ほど先の話になる。
そんな先になるのは、名無しとしても納得がいかず反発しようしたが、すぐにアルヴィンに制止されてしまう。
「すまないね、じゃあ時期になったらまた適当に声かけてくれよ。それじゃあ」
そういって、部族の男はどこかへ行ってしまった。
アルヴィンの勝手で話を終わらされてしまった名無しが膨れてアルヴィンに文句をいう。
「ちょっとアル!なんで折角のチャンスなのに」
「お前一人でイル・ファンにいってそのあとどうやってミラに合流するんだ、ミラに伝えたところで同じようにあいつらがたどり着けたかもわからないだろ」
「でも、心当たりあるっていったのはアルじゃない!」
「確かに言ったが、王の許可がいるなら話は別だ。なんで使いたいのか事情を説明してみろ。アルクノアだとか、槍だとか言ったらどうなる。ただ事じゃすまないぞ。」
「でも!でも!」
「仕方ないだろ、違う方法を探すしか」
「でも話せばなんとかなるかもしれないじゃない」
「いい加減聞き分けろ!」
「っ!」
名無しがなかなか諦めないため、アルヴィンが激怒した。
その声に名無しが驚き肩をすくめる。
名無しの視線が下に落ちアルヴィンの足元を見つめた。
ふと脳裏にあることがよぎり、小さく震えだした手を名無しは必死に抑えた。
何かぶつぶつと名無しは独り言を言っていたがそっぽを向いていたアルヴィンは気がついていない。
段々と頭のなかでそこにいない人物の声が大きくなっていき、名無しの呼吸を乱していった。
次第に自分の手を握る力が強くなっていったとき、剥がれた爪の傷に触れ痛みから我にかえる。
先程治療所してもらったばかりの綺麗な包帯に、じわりと赤が滲んだ。
じっくりと赤の面積が広がっていくのを無心で見つめていると名無しは落ち着いた。
恐る恐る顔をあげ、アルヴィンの様子を見ると名無しの視界にはアルヴィンの背中しかなかった。
「ごめんなさい…」
「…名無し、ついてこい」
「え?」
後ろを向いたまま、アルヴィンが歩き出す。
ぽかんとしていると、アルヴィンは振り向くことはなく一人で進んでいってしまう。
名無しも急いでアルヴィンについていくと、人気のあまりない居住区に辿り着いた。
エレベーターを上がり、生活感のない家の前までくるとアルヴィンはその家のなかに入っていった。
ドアが開きっぱなしだったので、入れという意味なのだろう。
名無しもアルヴィンに続き、家の中へと入る。
室内は薄暗く、窓からさす光だけが唯一の灯りとなっていた。
アルヴィンについていき階段を登りきると間取りのわりには広く感じる空間がそこにはあった。
どういった場所なのかわからずあたりを見渡していると、部屋の隅にベッドがありそこに人が寝ているのがわかった。
それに気がつくと、名無しは周囲を見渡しアルヴィンを探した。
部屋の真ん中でうろたえてると、奥から水を持ったアルヴィンが出てくる。
表情はけして明るいものではなく、表現するならば感情のない顔をしていた。
ベッドの横に水をおくと、そこに寝ている人にアルヴィンが静かに話しかけた。
「ただいま、母さん…」
その言葉に、名無しはもう一度ベッドで寝ている人物に目を向けた。
近付いてみると、見たことのある白髪の痩せた女性が寝ている。
アルヴィンの言葉で、女性がアルヴィンの母であるレティシャという人物なのがわかった。
しかし、名無しの記憶にある姿よりも痩せ衰えてるアルヴィンの母に戸惑いを隠せなかった。
アルヴィンに声をかけられしばらく時間を置き、レティシャが起き上がり口を開いた。
「あら、いらっしゃい、お客さまなのにアルフレドったらどこにいるのかしら」
「え…」
「…、アルフレドならさっきお菓子を買ってくると言ってすれ違いました」
「あらそうなの、御免なさいね、優しい子だから気にしちゃうのよ」
「いえ、良い子なんですね」
「少し待っててちょうだいね、あら、そちらの方は?」
レティシャが名無しに気がつき話しかける。
レティシャの様子にも驚いたが実の母親だというのに、まるで他人と話しているような素振りをそつなくこなすアルヴィンの姿に、名無しはなにより驚いていた。
状況が理解できずに戸惑っていると、名無しの返事を待たずにレティシャが口を開く。
「あら、あなたは確か…そうそう、最近きたお手伝いさんだったかしら?名前はたしか…」
「名無しさんですよ、レティシャさん」
「そう名無しさんだったわね、お客様に何かお出ししてあげて」
「え、あの」
「先程、いただいたので大丈夫ですよ」
「あら気がつかないで御免なさいね、…ごほ」
「お体に触りますね、俺達は今日は失礼します…それじゃあ」
表情を変えないままアルヴィンが名無しの手を引いて急いで外に出る。
家の前にある拾い踊り場にでると、状況に理解が追い付かない名無しが戸惑いをいまだに隠せていなかった。
そんな名無しを置いて、空を見たままアルヴィンが話し出す。
「実験場がやられてからずっとああだ、馬鹿みたいだろ?自分のことわかってもらえてねえのに、話してるなんて」
「…ずっと、一人でみてるの?」
「母さんに効く薬はアルクノアでしか作れない、他に頼るとこなんかないわけよ」
「アルクノアに頼るには、アルクノアに従うしかない…」
「お前がどうしたって、俺がアルクノアを辞めることはない。やめるわけにはいかない、やめたところであいつは俺達を殺しに来るだけだ」
「アル…」
「死ぬわけにはいかない、俺は生きて帰るんだ…母さんを、もう一度…」
かける言葉が見つからず、名無しは静かにその背中をみつめた。
表情こそみえないが、彼は泣いていないだろう。
震えることなく語るその声が逆に胸に痛く刺さる。
「嫌なんだよ、大切なもんの命があいつの手の中なんてのは、自分で守れないのが」
「アル…」
「頼むよ…カッコぐらいつけさせてくれ…」
段々と力なく声を発するアルヴィンに名無しが耐えられなくなり、後ろから抱き締めた。
思いきり、掛ける言葉が見つからない分、せめて今彼が泣けるようにと今だけでも彼でいられるようにと思いきり、出せるだけの力で抱き締め、名無しが語りだした。
「私ね、実験体だったんだけど、全然うまくいかなかったの。体も耐えられないし、全然結果がでなかった、だからいつも父様と母様に怒られてた…、なんでできないのかって、出来損ないって、優しかったのよ二人とも?でも実験がはじまってから、笑ってくれなくなった…、唯一頭に黒匣をいれる手術がうまくいった時だけ笑ってくれたの、だから私、結果出さなきゃって、もっと笑ってほしいって思って黒匣を自分で操作したの。」
「名無し…?」
「そしたら、見えない何かに見つかってドカン…、…私のせいなの、両親が死んだの。なのに私だけ生きてる、私だけ生きてて、逃げるように生きてきた」
言葉を続ける名無しの手をアルヴィンは黙って握った。
その手を握り返し、名無しは話を続ける。
「そしたら、知らないうちに両親の実験がただの人殺しにしか役に立ってなかった…、私が逃げてなかったら、もしアルクノアに戻ってちゃんと研究を引き継いでたら、こんなことになってなかったのかなって、だから悔しくて…父様達はあんなことのためにあの研究をしたんじゃないのにって」
「なんで、その話」
「だから、何がなんでも止めたい…それにアルが巻き込まれてるなら余計よ、これが、私の急ぐ理由」
「そう、だったんだな」
「…これね、アルに少しまかせていいかな」
「名無し…?」
「大会まで待つわ、その間私のやりたいことアルに預ける、そのかわり私にアルの分少し頂戴」
「どういう意味…」
「何ができるかわからないけど、アルの背負ってるもの私にも背負わせて」
「…名無し」
「どこにも頼れないなら、私がいるから、私が、そこにいたい」
名無しの腕から離れ、アルヴィンが向き合った。
真っ直ぐ見たアルヴィンの目にはまだ不安の色が見えた。
「何かあったら、すぐいうから」
「…ある前に戻ってくる」
「うん」
未だアルヴィンの表情は晴れなかったが、先程とは違い感情のないものではなく人間味のある表情だった。
冷たい風が吹き、すっかり日が落ちてること気に気が付き二人は宿に戻るなりすぐに食事を済ませ部屋で休むことになる。
今回は一人一部屋で宿泊しているため、適当な話を済ませると名無しは自分の部屋に戻ろうし立ち上がったがアルヴィンに引き留められる。
「アル?」
「もう少し、いろよ」
「えっと…、もう少しってどれぐらい?」
「…俺が寝るまで」
「ふふ、ん、わかった」
アルヴィンの言葉になんだか可笑しさを感じて名無しが笑うとアルヴィンがそっぽを向いた。
そんな仕草をからかいながら名無しはベッドをソファー代わりにして座り、その横をぽんぽんと叩きアルヴィンを呼ぶと存外素直にアルヴィンはそこに座った。
アルヴィンが寝るまで、といった話だったが結局アルヴィンが起きるまで名無しはアルヴィンと一緒にいた。
すぐに医者を呼ぶ、その一言を残してアルヴィンは何処かへと行ってしまった。
一人でいると余計に頭痛が煩わしく、名無しは目の前にいない人物に悪態をついた。
「一緒いてくれたほうが痛くないのに…」
ため息をついて何をするわけにもいかなく、起き上がり部屋をうろつくことにした。
窓から見えるシャン・ドゥの景色を眺める。
街の中央を流れる川を渡し船が通っていたのをみてアルヴィンが戻ってきたら見に行こうかと考える。
よく見渡すと、街の至るところに魔物がいるのがわかった。わ
魔物は人を襲うことなく人の傍で毛繕いをしたり、座り込んで眠っているものまでいた。
魔物と共生しているのだろうか、はじめてみる光景に名無しは不思議な気分になった。
ぼんやりと外を眺めていると、部屋の外が少し賑やかなのに気がついた。
声はだんだん近くなり、名無しのいる部屋のドアがあくと声の発生源である人物があらわれた。
アルヴィンともう一人、見知らぬ黒髪の女性だった。
「え…っと」
「診てもらいたいのはこいつだ、外にいる。終わったら呼んでくれ。」
アルヴィンが端的にいって部屋を出ていくと黒髪の女性はなにかいいたかったのだろうがそれが叶わずなんともいえない態度をとった。
しばらく扉をみつめると、女性は首をふり名無しの方を向き少し嫌そうに名前に話しかけた。
「貴女が患者さんね、で、どこをみればいいのかしら」
「えーと、お医…者さん?」
「あなたも、アルクノア?よってたかって利用しようなんて」
「ちょっと待ってください、話が全くみえないんですけど…」
「関わりたくないのよ!」
「ちょっちょっと落ち着いて下さい!あの!どなた様でしょう!」
名無しが大きな声で言うと気を立てていた女性がハッとする。
名無しのことをじっと観察し、少し考え込むと表情がなんとなく和らいだ。
女性は申し訳なさそうに名無してを差し出し挨拶をした。
「ごめんなさい突然失礼なことして、イスラよ、よろしく」
「私、名無しっていいます。えっと、お医者さん?ですか」
「ええ、そうよ」
「あの、さっきアルクノアって…」
「貴女も知らないわけじゃないのね、…いいように利用されてるだけよ」
「え?」
イスラが怪訝そうな顔をして答えた。
名無しはその意味がいまいちわからず聞き返したがなんでもないとイスラが返事をし、名無しとアルクノアとの関係を聞いてきた。
アルヴィンに事情を聴いているのだろうか、アルクノアという単語を使うのに躊躇がなかった。
「貴女こそ、アルクノアとどういう関係かしら?すごい剣幕であの男に頼まれたけど」
「どういうっていうと、難しいんですけど…、狙われてる?ですかね」
「表でみれないってそういうことかしら、いいわ、貴女が構成員じゃないなら医者として診るわ、どこなの?」
「へ?あの?」
イスラが一人で勝手に納得して診療をはじめた。
名無しも素直に流れに乗っ取って頭痛について説明をした。
直ぐにイスラが名無しの頭に手をあて治癒術を使い診療を始めた。
何がおこっているのかわからないまま診療が進み、イスラが一人考え込む。
「痛みはいつ起きたの?定期的に起きるかしら?」
「えっと、精霊術を使ったときに、でも私ほんとに霊力野とかなくて、なんで使えたのかもよくわかってなくて…」
「軽い診断だからはっきり言えないけど、マナの排出が霊力野を上回ってるみたいね。それで精霊術を使うときにマナが機関を傷付けてるってとこかしら」
「え、でもそれって有り得るんですか?」
「普通は有り得ないわね、霊力野になにかあるのは間違いないからもっと設備のしっかりしたところでみてもらうと良いわ、そうね痛み止ぐらいなら用意できるから後で届けるわ」
「ありがとうございます」
頭痛の診察が終わり、名無しが例を言うと今度はイスラが名無しの手の包帯について尋ねてきた。
先程頭をみてもらったときに所々頭皮に小さな痣があったらしく医者として診るとのことだった。
爪が剥がれたものだというのと、適当に転んで出来たものだと説明するとそんなのでは出来ないと強制的に全身をみせることになった。
名無しの全身にある包帯を剥がし、イスラはその体にできた怪我をみて呆れた。
「ひどい痣ね…できてしばらく放置してるでしょ。鬱血の仕方がそういってるわ」
「いえ、市販の薬は使ってたので」
「この怪我だと内服薬を使わないと意味ないわね、軽く治癒術かけるからおとなしくしてちょうだい」
「は、はい」
大人しくイスラに言われるがまま名無しは治療を受けた。
治療を受けながら、名無しは疑問に思ったことがありイスラに聞く。
「あの、イスラさんはアルの知り合いなんですか?」
「あら、気になるのかしら?大丈夫よ、私ちゃんと婚約者いるから」
「そ、そういうのじゃなくて!…その、何か仕事のこととか、さっきも脅されてるって…」
「私としては、貴女のほうが気になるわね。なんで狙われてる相手と一緒にいるのかな」
「こうやって、医者を呼んでくれるから、ですかね」
「信じるような相手じゃないわよ、アルクノアなんて」
「はい、でも私はアルクノアじゃなくてアルを信じてますから」
「…なんとかは盲目っていうものね」
「何か言いました?」
「なんでもないわ、はい、とりあえず治療は終わりよ。請求に関しては前金でもらってるから気にしないで。」
「ありがとうございます、ん…っ、痛くない」
「一時的な治療よ、外傷の薬もあとで一緒に届けるわ、それじゃあお大事に」
「はい、ホントにありがとうございました」
名無しにしつこく例を言われ、照れながらイスラが部屋を後にした。
それからあまり間を開けずに、アルヴィンが部屋に入ってきた。
いかにも心配する表情で入ってきたため、名無しが直ぐにアルヴィンに話しかけた。
「大丈夫よ、お陰さまで痛くないわ」
「そうか…、なぁ」
「精霊術の話でしょ、なんで使えるのかって」
「いつからあんなこと出来たんだ」
「さっきみたいなのはアレが初めて…自分でも驚いてるわ…、適当に火をつける程度なら10年前ぐらいから」
「お前、霊力野なんかあったのか?」
「んーん、えっと、両親の話覚えてる?」
「ああ、霊力野を人工的に作り上げる実験をしてたって言ってたな」
「うん、私それの実験体だったの、その唯一の生き残りっていうか、当時は全然結果にならなかっ…」
「ちょっとまて!」
名無しが淡々と話すのでアルヴィンが一度話を止める。
「え?」
「実験体って、どういうことだ」
「人工霊力野の黒匣の実験体ってこと、頭のなかにいれて、使い物になるかって」
「なんで今までその事」
「言う切っ掛けがなかったから、それにあんまり関係ないし」
「関係なくねーよ!なんでもっと早く…ジランドはその事知ってるのか」
「え、ええ、よく父様と話してたから、知ってるからこそなんで今さら私に構うのかがわからないのよ、データは全部ジランドさんのところにあるはずだもの」
「…お前、要塞で機械つっこまれたときティポがいたの覚えてるか?」
「?えぇ、すぐ横に繋がれてたけど…」
名無しの言葉にアルヴィンが口元をおさえながら、明らかに厳しい表情をみせ考え込む。
その仕草に名無しは不安になる。
アルヴィンは何を知っているのだろうか。
聞きそうになったが、あの時話すといってくれたアルヴィンを信じて答えを急ぐのを抑えた。
しばらくして、アルヴィンが考えに整理がついたようで口を開く。
「まともに使ったのがさっきが初めてって言ったよな?間違いないな?」
「うん、なんで急に使えたのかは全然わからないけど…ローエンさんに精霊術教えてもらったのと、リリアルオーブ持ったことに関係してるのかなって」
「身体能力が上がってんのに自分で気がついてるか?」
「え、そうなのかな、自分じゃよくわからないけど、なにか関係あるの?」
「さあな…確定要素じゃねぇから俺もはっきり言えないが、ガンダラ要塞がきっかけなのは間違いないだろうな」
「ジランド…さん…」
「わりぃ」
「なんで謝るのよ」
「もう、アルクノアに渡さねぇから」
「…うん、ありがとう。もう暗い顔しない!」
「あ、おい!」
暗い顔をしたアルヴィンに向けて名無しが思いきり飛び付いた。
怪我を気遣ってかアルヴィンが手の行き場を探していると、名無しが大丈夫、と一言だけ答えた。
名無しの顔をみてくすりとアルヴィンが笑い頭を撫でる。
そして、これからどうするかを二人は話した。
アルヴィンのいっていた心当たりのはなんなのか聞くと、どうやら魔物で空を渡るということらしい。
陸路、海路が絶たれたのならば空路ということなのだろうが、初めて聞くことな名無しは耳を疑った。
「そんなことできるの?」
「ああ、貸してさえ貰えればな。そういう商売してる奴がいるんだ」
「へぇ…、じゃあ行こっか」
「ああ」
大した荷物の準備はいらないということで、宿に荷物をおきアルヴィンの案内で名無しは宿の対岸に向かった。
***
中央にある大きな橋を渡り対岸に向かうと、少し高いところにそれはあった。
壁面を削り作られた檻のなかに悠々とした姿で居座っているその姿に感嘆の声が漏れる。
「わぁ…これワイバーン?」
「ああ、どっかの部族が管理してるんだとよ」
「可愛い…っ」
「は?」
「触ってもいいのかな、怒られないかな?大丈夫かな?」
「お前なに興奮して、っておい、手出すと危ないぞ」
「大丈夫だよー、こんなに可愛いんだもん」
目を輝かせて名無しが檻の中のワイバーンに手を伸ばした。
名無しの手が中に入ってきたと同時にワイバーンがぴくりと反応した。
名無しではなくアルヴィンがその行動に反応を示し、緊張する。
しかし、その行動は杞憂に終わった。
ワイバーンは名無しのにおいを嗅ぐと大人しく撫でられることを受け入れた。
「ね、大丈夫でしょ?ふあー、鱗の感触たまらないなー、ね、アルもどう?可愛いよ」
「俺は遠慮しとくよ」
「そう?勿体ないなー、こんなに可愛いのに…」
満足そうに名無しがワイバーンをなでていると、管理の者だと思われる人達が近づいてきた。
当然、何をしているのかを尋ねられたため名無しが素直に答えた。
「すみません、勝手に触っちゃって、あの、ワイバーンを貸してるって聞いたものですからそれで」
「ああ、ワイバーンを使いたいのか、それなら私たちの部族が管理してるよ、でも悪いがここ最近ラ・シュガルの動きが怪しいとかで、我々の一任だけでは飛ばせないんだよ」
「どういうことだ?」
「なんでも、ちょっと前にラ・シュガルが勝手にア・ジュールに軍を送ったらしくてね、それで陛下からお達しがでたのさ」
「それじゃあ、飛べないってことでしょうか?」
「いや、陛下に取り次げればできなくもないが…急ぎかい?」
「できれば」
「いや、そんなでもねえよ」
名無しの言葉を遮ってアルヴィンが答えた。
目の前にある手段をつかい、できれば早くイル・ファンにたどり着きたい名無しとしてはその言葉に苛立ちを覚えさせられる。
アルヴィンの答えに部族の男がもうすぐ大会があるためそれが終わるまで待てないかと言う。
今からだと大体二週間ほど先の話になる。
そんな先になるのは、名無しとしても納得がいかず反発しようしたが、すぐにアルヴィンに制止されてしまう。
「すまないね、じゃあ時期になったらまた適当に声かけてくれよ。それじゃあ」
そういって、部族の男はどこかへ行ってしまった。
アルヴィンの勝手で話を終わらされてしまった名無しが膨れてアルヴィンに文句をいう。
「ちょっとアル!なんで折角のチャンスなのに」
「お前一人でイル・ファンにいってそのあとどうやってミラに合流するんだ、ミラに伝えたところで同じようにあいつらがたどり着けたかもわからないだろ」
「でも、心当たりあるっていったのはアルじゃない!」
「確かに言ったが、王の許可がいるなら話は別だ。なんで使いたいのか事情を説明してみろ。アルクノアだとか、槍だとか言ったらどうなる。ただ事じゃすまないぞ。」
「でも!でも!」
「仕方ないだろ、違う方法を探すしか」
「でも話せばなんとかなるかもしれないじゃない」
「いい加減聞き分けろ!」
「っ!」
名無しがなかなか諦めないため、アルヴィンが激怒した。
その声に名無しが驚き肩をすくめる。
名無しの視線が下に落ちアルヴィンの足元を見つめた。
ふと脳裏にあることがよぎり、小さく震えだした手を名無しは必死に抑えた。
何かぶつぶつと名無しは独り言を言っていたがそっぽを向いていたアルヴィンは気がついていない。
段々と頭のなかでそこにいない人物の声が大きくなっていき、名無しの呼吸を乱していった。
次第に自分の手を握る力が強くなっていったとき、剥がれた爪の傷に触れ痛みから我にかえる。
先程治療所してもらったばかりの綺麗な包帯に、じわりと赤が滲んだ。
じっくりと赤の面積が広がっていくのを無心で見つめていると名無しは落ち着いた。
恐る恐る顔をあげ、アルヴィンの様子を見ると名無しの視界にはアルヴィンの背中しかなかった。
「ごめんなさい…」
「…名無し、ついてこい」
「え?」
後ろを向いたまま、アルヴィンが歩き出す。
ぽかんとしていると、アルヴィンは振り向くことはなく一人で進んでいってしまう。
名無しも急いでアルヴィンについていくと、人気のあまりない居住区に辿り着いた。
エレベーターを上がり、生活感のない家の前までくるとアルヴィンはその家のなかに入っていった。
ドアが開きっぱなしだったので、入れという意味なのだろう。
名無しもアルヴィンに続き、家の中へと入る。
室内は薄暗く、窓からさす光だけが唯一の灯りとなっていた。
アルヴィンについていき階段を登りきると間取りのわりには広く感じる空間がそこにはあった。
どういった場所なのかわからずあたりを見渡していると、部屋の隅にベッドがありそこに人が寝ているのがわかった。
それに気がつくと、名無しは周囲を見渡しアルヴィンを探した。
部屋の真ん中でうろたえてると、奥から水を持ったアルヴィンが出てくる。
表情はけして明るいものではなく、表現するならば感情のない顔をしていた。
ベッドの横に水をおくと、そこに寝ている人にアルヴィンが静かに話しかけた。
「ただいま、母さん…」
その言葉に、名無しはもう一度ベッドで寝ている人物に目を向けた。
近付いてみると、見たことのある白髪の痩せた女性が寝ている。
アルヴィンの言葉で、女性がアルヴィンの母であるレティシャという人物なのがわかった。
しかし、名無しの記憶にある姿よりも痩せ衰えてるアルヴィンの母に戸惑いを隠せなかった。
アルヴィンに声をかけられしばらく時間を置き、レティシャが起き上がり口を開いた。
「あら、いらっしゃい、お客さまなのにアルフレドったらどこにいるのかしら」
「え…」
「…、アルフレドならさっきお菓子を買ってくると言ってすれ違いました」
「あらそうなの、御免なさいね、優しい子だから気にしちゃうのよ」
「いえ、良い子なんですね」
「少し待っててちょうだいね、あら、そちらの方は?」
レティシャが名無しに気がつき話しかける。
レティシャの様子にも驚いたが実の母親だというのに、まるで他人と話しているような素振りをそつなくこなすアルヴィンの姿に、名無しはなにより驚いていた。
状況が理解できずに戸惑っていると、名無しの返事を待たずにレティシャが口を開く。
「あら、あなたは確か…そうそう、最近きたお手伝いさんだったかしら?名前はたしか…」
「名無しさんですよ、レティシャさん」
「そう名無しさんだったわね、お客様に何かお出ししてあげて」
「え、あの」
「先程、いただいたので大丈夫ですよ」
「あら気がつかないで御免なさいね、…ごほ」
「お体に触りますね、俺達は今日は失礼します…それじゃあ」
表情を変えないままアルヴィンが名無しの手を引いて急いで外に出る。
家の前にある拾い踊り場にでると、状況に理解が追い付かない名無しが戸惑いをいまだに隠せていなかった。
そんな名無しを置いて、空を見たままアルヴィンが話し出す。
「実験場がやられてからずっとああだ、馬鹿みたいだろ?自分のことわかってもらえてねえのに、話してるなんて」
「…ずっと、一人でみてるの?」
「母さんに効く薬はアルクノアでしか作れない、他に頼るとこなんかないわけよ」
「アルクノアに頼るには、アルクノアに従うしかない…」
「お前がどうしたって、俺がアルクノアを辞めることはない。やめるわけにはいかない、やめたところであいつは俺達を殺しに来るだけだ」
「アル…」
「死ぬわけにはいかない、俺は生きて帰るんだ…母さんを、もう一度…」
かける言葉が見つからず、名無しは静かにその背中をみつめた。
表情こそみえないが、彼は泣いていないだろう。
震えることなく語るその声が逆に胸に痛く刺さる。
「嫌なんだよ、大切なもんの命があいつの手の中なんてのは、自分で守れないのが」
「アル…」
「頼むよ…カッコぐらいつけさせてくれ…」
段々と力なく声を発するアルヴィンに名無しが耐えられなくなり、後ろから抱き締めた。
思いきり、掛ける言葉が見つからない分、せめて今彼が泣けるようにと今だけでも彼でいられるようにと思いきり、出せるだけの力で抱き締め、名無しが語りだした。
「私ね、実験体だったんだけど、全然うまくいかなかったの。体も耐えられないし、全然結果がでなかった、だからいつも父様と母様に怒られてた…、なんでできないのかって、出来損ないって、優しかったのよ二人とも?でも実験がはじまってから、笑ってくれなくなった…、唯一頭に黒匣をいれる手術がうまくいった時だけ笑ってくれたの、だから私、結果出さなきゃって、もっと笑ってほしいって思って黒匣を自分で操作したの。」
「名無し…?」
「そしたら、見えない何かに見つかってドカン…、…私のせいなの、両親が死んだの。なのに私だけ生きてる、私だけ生きてて、逃げるように生きてきた」
言葉を続ける名無しの手をアルヴィンは黙って握った。
その手を握り返し、名無しは話を続ける。
「そしたら、知らないうちに両親の実験がただの人殺しにしか役に立ってなかった…、私が逃げてなかったら、もしアルクノアに戻ってちゃんと研究を引き継いでたら、こんなことになってなかったのかなって、だから悔しくて…父様達はあんなことのためにあの研究をしたんじゃないのにって」
「なんで、その話」
「だから、何がなんでも止めたい…それにアルが巻き込まれてるなら余計よ、これが、私の急ぐ理由」
「そう、だったんだな」
「…これね、アルに少しまかせていいかな」
「名無し…?」
「大会まで待つわ、その間私のやりたいことアルに預ける、そのかわり私にアルの分少し頂戴」
「どういう意味…」
「何ができるかわからないけど、アルの背負ってるもの私にも背負わせて」
「…名無し」
「どこにも頼れないなら、私がいるから、私が、そこにいたい」
名無しの腕から離れ、アルヴィンが向き合った。
真っ直ぐ見たアルヴィンの目にはまだ不安の色が見えた。
「何かあったら、すぐいうから」
「…ある前に戻ってくる」
「うん」
未だアルヴィンの表情は晴れなかったが、先程とは違い感情のないものではなく人間味のある表情だった。
冷たい風が吹き、すっかり日が落ちてること気に気が付き二人は宿に戻るなりすぐに食事を済ませ部屋で休むことになる。
今回は一人一部屋で宿泊しているため、適当な話を済ませると名無しは自分の部屋に戻ろうし立ち上がったがアルヴィンに引き留められる。
「アル?」
「もう少し、いろよ」
「えっと…、もう少しってどれぐらい?」
「…俺が寝るまで」
「ふふ、ん、わかった」
アルヴィンの言葉になんだか可笑しさを感じて名無しが笑うとアルヴィンがそっぽを向いた。
そんな仕草をからかいながら名無しはベッドをソファー代わりにして座り、その横をぽんぽんと叩きアルヴィンを呼ぶと存外素直にアルヴィンはそこに座った。
アルヴィンが寝るまで、といった話だったが結局アルヴィンが起きるまで名無しはアルヴィンと一緒にいた。