2章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「なんで泣いてるの?」
ある日、アルフレドは一人の少女に話しかけられた。
姿からあまり自分と年齢があまり変わらないのがすぐにわかった。
少女に話しかけられて、アルフレドが急いで顔をふき、少女の方を向く。
目が真っ赤に腫れたアルフレドがふてくされて少女にいった。
「泣いてない」
「うそよ、だって目が真っ赤だもの!」
「これは、ゴミが入ったから!」
「なんで泣いてたの?」
「泣いてないったら」
「どこか痛いの?」
アルフレドの話を無視して少女は
涙のわけを聞いた。
少女が話を聞かないのを理解したアルフレドはまるで空気の抜けた風船のようにしおれた勢いで話し出す。
「母さんの調子が悪いんだ…なのに俺、なんにもできなくて…」
「お母さん、病気なの?」
「わからない、元々体が弱かったみたいなんだけど、でも父さんがいなくなってからずっと元気ないんだ」
「寂しいんだね、きっと」
「俺、どうすればいいんだろう…」
「一緒にいてあげればいいんじゃないかな、この世界には私たちしか私たちを知らないんだもん、それで笑うの」
少女はにかっと笑いアルフレドを励ました。
少女の満面の笑みをアルフレドがおかしいといって笑う。
その顔をみて、少女は得意気に言う。
「ね!目の前に笑顔があるとみんな笑うの、君も今笑ってくれた!」
「ははは、うん、俺母さんのところいってみるよ。ありがとう!えーと…」
「名無し!私、名無し。君は何て言うの?」
「アルフレド!」
「アルフレドね、ねぇ私達友達にならない?」
「友達…、うん!」
辺境の地に飛ばされ、知っている大人達は海に投げられ亡くなってしまった。
船に乗っていた中で同年代の友人と呼べる人が居なかった二人は、この出逢いを期に友達になった。
子供ながらに、寂しさを埋められる相手ができお互い喜んだ。
「それじゃあね、アルフレド!」
「待って!…その、明日も会えるかな?」
「うん!えーと…じゃあ、あの赤いテントで明日!」
「うん!ばいばい、名無し!」
アルフレドは大きくてを振り名無しを見送った。
名無しもそれに対して、大きく手を振り向こうへと去っていった。
これが、アルフレドと名無しが初めて出会った日のほんのわずかな時間のことだった。
懐かしい記憶の余韻に浸りながら、アルヴィンは目をさました。
そういえば、初めてあったときから名無しは余計なお節介を焼いてきたものだと、ぼんやりと思った。
子供にしてはませていた口振りだったが、その躊躇の無さが逆に子供らしいとも言えただろう。
思い出に浸りながら腕の中でまだ眠っている名無しの頭を撫でると、少しだけ名無しは眠ったまま微笑んだ。
「ほんと、昔からよく笑うやつだよなお前」
名無しが起きないよう、優しく頭を撫で続ける。
何か夢でも見ているのだろうか、撫でる度にモゾモゾと動いてそれがどことなく楽しい。
あまり弄りすぎると起きてしまうと思い、手を止めると名無しは大きく寝返りをうってアルヴィンの腕から離れていった。
うつ伏せになり、布団に額を擦り付けてながら名無しは小さく唸っていた。
アルヴィンが声をかけるとこもった声が返ってくる。
「うぅー…おはよ…」
「寝起き悪いなお前」
「そんなことないよ、アルが起きる前に一回起きたし」
目を擦りながら名無しが身を起こす。
布団にぺたりと座りながら伸びるとすっきりした顔になった。
顔を洗うといって名無しは洗面所に消えていく。
その後ろ姿をアルヴィンが目で追った。
よく考えたら、こうして誰かと朝を迎えるのは何年振りのことだろう。
自ら避けていたことでもあったが、やはり一人で迎える朝よりも心は軽いものだった。
洗面所から名無しが戻ってくると、名無しは不思議そうに笑いながらアルヴィンに話しかける。
「なんかいい夢でも見た?」
「なんだよ、突然」
「機嫌良さそうだから、顔に出てる」
「っ!」
「ふふ、いい顔だと思うよ、寝起きじゃなかったら」
いたずらに笑いながらボサボサのアルヴィンの頭を名無しがわしわしと弄ぶ。
その笑顔に夢で見た昔の名無しの笑顔がうつった。
「ちょっと、なにがおかしいのよ…」
「別になんでもねーよ」
「寝癖?どこ?」
「だから、ほんとになんでもないって」
「何かある顔してるのは気のせいってことかしら」
「あっても言わねぇよ」
「なんで不貞腐れるのよ」
「…そんなことより、今日はどうすんだ?依頼主さん」
このままだと話が終わらないと思いアルヴィンが話題をそらした。
しかし尤もな話題を出されたため、名無しも文句が言えずにその話題に乗る。
昨日の成果からすると、ここで情報をあつめるのは時間の無駄なのがよくわかる。
例えイル・ファンから来た人がいたとしても、それは港封鎖前の人たちしかいないだろう。
どこか密航でもしてうまく潜り込めるのが一番なのだがそれはあくまで最終手段としてとっておきたい。
ここはアルヴィンのいう"心当たり"に頼りたいところだ。
早速その話題を出すと、目的地は会話の中で何度も出てきたシャン・ドゥになるらしい。
シャン・ドゥに向かうには、ラコルム街道を抜けなくてはならない。
当然魔物が出るだろうから、それなりに備えていった方がいいだろうという話になった。
「それじゃあ、買い出ししたらすぐ出発かな」
「明日でもよくないか?」
「…ねぇ、思ったんだけど、先に進むのちょっと嫌がってない?」
「そうか?」
「ん、なんか足止めされてる感じ」
「そんなんじゃねーよ、名無し。ミラ様みたいにつっこめばいいってもんじゃないんだぜ?考える余裕作ってやってんの」
「んー…それなら、いいんだけど」
「んじゃ、そういうこと。今日は準備しながら情報収集と明日のルート確認。いいな?」
「はーい」
元気よく返事をして名無しがベッドから降りせかせかと準備をしだした。
なれた手つきでベッドを整える名無しをみると、この忙しなさは完全な職業病なのだとアルヴィンは悟った。
名無しに布団から叩きだされるのも時間の問題だと思いアルヴィンも身支度を整えだした。
食事を済ませ、荷物と照らし合わせながら何が必要なのかをリストアップし買い出しに向かう。
アルヴィンはアルヴィンで用事があるようなので今日は名無し一人での行動になる。
ついでに昨日と同じように軽い聞き込みをしながら店を回った。
メモを見ながらものがすべて揃ったか確認すると、一度宿に戻り荷物を置いた。
「さて、どうしようかなー」
やること終えてしまったため、暇をもて余すことになってしまい名無しは考え込む。
しばらく考え、ラコルム街道に生息する魔物の下調べをするとにし待合室に魔物図鑑がないか見に行くことにした。
待合室の本棚を探してみると目的のものはあっさりと見つかった。
簡単に見つかることは良いことなのだが、名無しとしてはいまいち物足りなさを感じる。
部屋で読もうと思い、従業員に借りてもいいか確認する。
「あの、これ部屋で読んでも大丈夫ですか?」
「ああ、構わないよ、なんならもっててってくれていいよ、宿泊客がいらないっておいてったものだしな」
「え、いいんですか?」
「いいっていいって、あっても増えてくだけだからな」
「ありがとうございます!」
従業員の言葉に甘えて名無しはそれを手に部屋に戻った。
ページをめくり当てはまる魔物をメモしていく。
パナシーアボトルや必要なお守り類が揃っているか、荷物と照らし合わせる。
二人だけの面子なのでなにかあった時に治癒術を使えるものがいないのでそこは用心しておきたい。
大方の作業を終え時計を見ると、まだ時間が余っていた。
時間の進みの遅さに唸りながら布団に突っ伏す。
なにか進まないといけないという圧迫感が少し名無しを苛立たせた。
それは正義感だと思っていたが、アルヴィンに言われた通りに焦っているだけなのかもしれない。
「余裕…か…よしっ!」
意気込むと名無しは財布だけ手に持ちもう一度外に出た。
余裕といっても名無しにはいまいちわからない。
しかし、時間を楽しむ方法を知らないわけではない。
名無しは真っ直ぐに甘い香りのする露店に向かった。
「すみません、クレープ1つ下さい」
「はいよ、なんにする?」
「えっと、このパレンジソースでお願いします」
「はいよっあれ?お嬢ちゃん、昨日の彼氏はどうしたんだい?」
「へ?」
聞き慣れない単語を言われ、生地が焼ける光景を見ていた名無しが固まった。
そんな名無しの反応を無視して売店のおばさんが楽しそうに手だけでなく口も軽快に動かした。
「昨日、二人で来たでしょ?イル・ファン行きの船ないかって」
「あ、あぁー…そう、ですね」
「もしかして喧嘩したのかい?ははは、若いねー。」
「え、いえあの、あれはその、彼氏とかじゃなくてその」
「あら旦那だったかい?」
「し、仕事で一緒に!!」
「はっはっはっ!ごめんよからかって、はいよ。パレンジソース」
「あ、ありがとうございます」
「これおまけ、あの色男にでも食わせてやりな」
「え、あの」
おばさんにカップケーキのつまった箱を渡され名無しが戸惑う。
おまけと言われても商品をただで受け取るわけにもいかない。
返そうと思い、話しかけようとしたら次の客が来てしまいそのタイミングを逃す。
どうすることもできず、名無しはおばさんの厚意に甘えることにしそれを手に他の店へと足を運んだ。
それから数時間して、名無しは一人の時間を充実させ宿屋に戻った。
ドアを開けようとすると、名無しが手をかける前にドアがあいた。
「あっごめん」
「いや、悪いな」
部屋から出てきたアルヴィンと目が合い先程露店のおばさんに茶化されたのを思いだし、反射的に目を反らす。
名無しの手に荷物が有るのをみて、入り口を塞いでいたアルヴィンが通路をあけた。
どこかに行こうとしていたのだと思ったのだが、アルヴィンも部屋の中に留まった。
なんとなく露店での会話が頭にちらつき二人きりの空間が落ち着かない。
一昨日の事も思い出しながら少し名無しは考えた。
勘違いを起こしても構わないと言われたが、一体自分とアルヴィンはいまどういう関係に当たるのだろうか。
恋仲であるのかそれとも言い合っただけで幼馴染みのままなのか、いまいち名無しは把握していない。
わざわざ本人に確認するのも恥ずかしいものである。
考えるのも恥ずかしく思えた名無しは違うことを考えようと適当に話題を出す。
***
「えーと…どっか行くんじゃなかったの?」
「ん?いや、特に、そうでもねぇけど」
「そっか、あ、あのーさ、ケーキ、あるんだけど、食べる?」
「ん?ああ、うん」
会話をして思ったのだが、アルヴィンの様子が少しおかしかった。
今日はお互い単独行動だったためその間になにかあったのだろうと、名無しは適当に流した。
カップケーキを並べ、帰り際にケーキに合うよう選んだ紅茶を取りだす。
お湯を沸かそうと思ったがこの場にその設備がないため受け付けにもらいに行こうとするとアルヴィンが机に置いてあった火薬式のランプを指差した。
「お湯、わかすんだろ?これ使えよ」
「あ、ありがとう」
「…」
「…」
ギクシャクした空気のまま、名無しがお茶の準備を進める。
名無しが恥ずかしさから避けているのも原因かもしれないが、どことなく向こうからも避けられているきがした。
「あの、さ、その、ルート確認しよルート確認!明日の朝慌てないように」
「あ、ああ。そうだな」
そういうとアルヴィンが地図を広げ現在地点を指差す。
ルート確認といっても、シャン・ドゥまでの道程はラコルム街道しかない。
しかし、地図を見るとかなり広いことがわかる。
街道というよりもこれでは荒野である。
確かにはじめにいわれた通りこれは通るのにそれなりの時間がかかりそうだ。
アルヴィンが指を使いどう進むのかを具体的に説明し名無しは地図を頭にいれる。
「で、シャン・ドゥに到着だ」
「了解」
「…で、まぁ、以上」
「う、うん…」
そしてまた、沈黙。
お湯がわいたのを確認して名無しが慌ててランプの火を消しお茶をいれる。
先に用意の終わってたカップケーキをアルヴィンに差し出すも、アルヴィンはそれを受け取らなかった。
「そこ、置いといて、食うから」
「え、あ、うん」
やはり自分だけでなくアルヴィンも名無しを避けているようだった。
「なんか、あった?」
「どうした急に」
「その、なんか、避けられるっていうか」
「そりゃこっちの台詞だ」
「あ、うん、ごめん」
「…なんかあったか?」
「それさっきの私の質問、まぁいいか、別に何もなかったけど」
「俺もなんもねーよ」
「そか」
何度目かの沈黙のあと、二人が同時に口を開いた。
お互い先にいっていいと譲り合ったが最終的に名無しから話すことになり、名無しが歯切れ悪く喋り出す。
「えーっと…、私達って今、なんなのかなぁーって…、昨日聞き込みしたじゃない?その、昨日行ったところで買い物したら、…し、いないのかって言われたから」
「わり、もっかい頼むか?」
「ふぇ、うー…っだから、今日は彼氏は、一緒じゃないのかって…言われて…」
「お前もかよ…」
「どゆこと?」
「っ!あー…、その、、店違うと思うけど、その…流れだったろ、なんつーか、改めて言われたら実感ないっつーか、違和感あるっていうか」
アルヴィンの話に名無しがほほを赤らめ、勢いよくカップケーキにかじりつき飲み込むとアルヴィンに聞いた。
「えーと、実際、どうなるのでしょうか、立ち位置といいますか、肩書きといいますか」
「そう、なるんじゃねーの」
「なる?」
「あのな!!」
「ちょっとなんでそこで怒るのよ!」
「普通この会話の流れで彼女だっていってんのわかるだろ!」
「かっ!あ…ぅっ」
「だから、察しろっていってんだよ」
軽く悪態をついてアルヴィンがそっぽを向いた。
慣れている、と名無しはアルヴィンにたいして思っていたが、実際今こうして会話をしているとその考えは間違いだったのかもしれないと思えてきた。
そういえば、昨日から何度も似た話を繰返し何度もアルヴィンに答えを求めている。
彼に答えを求めすぎていたのだと名無しは反省をした。
アルヴィンも自分と同じように戸惑うのだとわかると、少し心が軽くなった。
「アル、ごめん」
「その、少しぐらい自惚れとけよ」
「自惚れとく、か…アル、こっち向いて」
「?」
アルヴィンが振り向くと同時に名無しがアルヴィンの頬にキスをする。
目を丸くしているアルヴィンがなにか言いたそうにしているので、名無しが照れながら言った。
「愛情表現、…自惚れていいって言ったから」
「な…」
「ふふ、なにその顔、変なの」
「変ってお前」
「さ、ケーキおかわりあるから食べちゃお!明日荷物になっちゃうし」
「…ふ、そうだな、食い過ぎて太るなよ?」
「もう!これぐらい大丈夫よ」
ギクシャクした空気がすっかりなくなり、いつもの名無しの調子が戻り、お互いにリラックスした状態になることができた。
その後は他愛のない会話をしながら夜を過ごした。
翌朝、二人は宿を出てラコルム街道に出ていた。
まだ朝方なのもあり魔物も人も数が少なく、街道は静かなものであった。
背の高い植物があまりないため、砂ぼこりがたつのが少々気にさわった。
「実際に立つと広いね、ここ、あとなんとなく似てる」
「ああ」
「それに加えてこの空の色はずるいわね、っと干渉浸ってる場合じゃないか」
「あんまキョロキョロすんなよ、魔物に襲われてもフォロー出来ないかもしれないからな」
「対人じゃないならそれなりにできるわよ、それにローエンさんにリリアルオーブの説明もしてもらってるから」
「そういえばお前、最低限戦えるみたいだけど、宿屋働きでよく身に付いたな型はなってないけど」
宿屋の店員にしては戦い慣れている名無しにアルヴィンが疑問を持つ。
対人相手には覚束無いが、樹海での事を思い出すと確かに魔物相手にはメンバー内で遅れをとっていたということはなかったし、魔物の殺すことにも抵抗を見せていなかった。
「ん?そうね、集落から流れたあとしばらく野良生活してたから、かな。宿屋で働きだしてからは全然だからあれなんだけど」
「戻ってこようとは思わなかったのか?」
「何度も思ったし、戻ったこともあったけど、私が戻ったときには何もなかったから、さすがにあれは絶望したなぁ」
「あれの後か…、逆にそのタイミングでよかったのかもな」
「どういうこと?」
「名無しがいなくなってしばらくして、あの島は潰されたんだ、ほとんどの奴はそん時に死んじまったから」
「早く戻ってた方が生き延びてなかったってことね」
「でもよかったよ、生きててくれて」
「ふふ、ありがとう、お陰でまた会えたしね」
「会った時気が付かなかった奴がいうことか?」
「わかるわけないじゃない、こんなに大きくなってたら気が付かないわよ、あの時は私の方がちょっと大きかったのになー」
名無しが手を伸ばしアルヴィンの頭に手をやる。
逆に名無しが縮んだのだとアルヴィンがからかい名無しの頭を軽く叩くと名無しは反発をした。
「ほんっと、お前変わらないな」
「何度も言わないでよ、成長してないみたいで落ち込むじゃない」
「成長ねぇ…」
その言葉に無意識にアルヴィンの視線が下にいった。
どことは言わないが、昔に比べて成長しすぎたそこを一瞬だけみて意識的に視線をすぐに空に戻した。
そんな事にはきがつかず名無しは雑談を続けた。
昔話に花を咲かせながら二人は道中を進む。
時々ゲコゲコが飛び出して戦闘になったがたいした手間にはならなかった。
そろそろ昼頃になるため適当に休めるところを探して休憩をとる。
「うわー、砂まみれだ…」
「向こうついたら直ぐに風呂だな」
「そうだね、あとどれぐらいかな?」
名無しにきかれアルヴィンが地図を広げる。
現在の位置を大体で指差し、あと一時間程度でシャン・ドゥにつくらしい。
ならば今休まずとも進もうと名無しが言うとアルヴィンが呆れてため息をついた。
「お、ま、え、な。」
「うぐ、だってすぐじゃない」
「だから休んでんだよ、お前もミラも目的目の前にするとなりふり構わないだろ、そんなんだから」
「はいはい、余裕持つタイミングでしょ」
「わかってんなら、ほら、飯」
「うー、まぁお腹がすいたのは認めるわ、はいどうぞ」
「さんきゅ」
二人は食事を済ませると直ぐに片付けをし残りの道を進むことにした。
名無しは目的地であるシャン・ドゥの入り口が見えないかとおくをずっと見ていた。
少しでも見えたら駆け出しそうな名無しをアルヴィンは不安げにみていた。
突如、名無しが進もうとした目の前の岩影から魔物が飛び出してきた。
直ぐにアルヴィンが銃を抜いたがトリガーが引かれるよりも先に、魔物の頭部が鮮やかな赤に染まるのをアルヴィンはみた。
返り血をなんとも思わず拭き取る名無しの姿に違和感を覚えた。
樹海での彼女の戦いからみて、その後リリアルオーブを手にいれたからといってもこの成長の早さはおかしい。
本来ならばこれぐらい戦えたということならば、カラハ・シャールで簡単に捕まるはずなどなかったのだ。
アルヴィンが考えにふけっていると、突如名無しがアルヴィンの名を叫ぶ。
「アル!後ろ!!!」
「?!」
ボウガンの弾が頭上を飛んだのを確認してアルヴィンが伏せる。
急いで体制を整え振り返ると、そこにはブルータルの姿があった。
凶暴性の高いことで知られているブルータル、万が一にもこれに遭遇することは頭にあったが、それが今目の前に現れた。
「アル、大丈夫?」
「ああ、お陰さまでな…やるにはキツいか?
「やってみないとなんとも」
「喋ってる余裕はないみたいだな!」
ブルータルが突進してきたのを、アルヴィンの銃声を合図にふたてに別れて避ける。
後方につくことのできた名無しが急いで弾を装填し打つ。
拡散弾を仕込んであったため、ブルータルに当たると弾は弾け魔物の背中に大きな負傷を負わせたが、それぐらいでブルータルは怯まなかった。
「っち、効かないか」
名無しが悪態をつき直ぐに次の動きに移る。
アルヴィンも魔物の突進を大剣を盾にし防ぎながら、ブルータルの顔面に何発か打ち込むも図体のわりには起用に角を使い致命傷を防がれている。
二人での立ち回りでは少々部が悪い。ましてや回復のすべを持たない二人にとっては、致命傷を負う前にどうにかしたいものだった。
攻撃を続けながらも名無しがアルヴィンの元に合流する。
「逃げた方がよさげかしら」
「うまいこと逃げ切れればな…」
「…拡散弾、地面に打ち込むからそれで目眩ましになればいいけど」
「やるしかねぇか…、任せたぞ」
「りょーかいっ」
急いで名無しが弾をこめ、ブルータルの足元に持っているだけの弾を撃ち込んだ。
目の前に激しい土煙が起こると二人は急いで走り出す。
走りながらも名無しは撃つのをやめなかった。
装填のタイムロスはアルヴィンの狙撃を頼りにし、準備が整うと撃つ、ただひたすらそれを繰り返した。
土煙の中にうっすらと見える黒影がなかなか消えないことに少し腹が立つ。
まだ巻けてない。
焦燥感に煽られながら次の弾を込めようとしたが、名無しの手が空を掴んだ。
弾切れである。
十分に準備したと思ったのだが、それでも足りなかったようだ。
反省している間も捨て、弾切れをアルヴィンに告げると彼も撃つのをやめ、ただ走ることに集中していると、ずっと二人を追っていた足音が突如止まったのに気がつく。
「なに…?」
「巻けたか?」
「わかんない、でも今止まってるのは危ない気がする」
「いけるか?」
「あと50mぐらいなら」
そういわれアルヴィンが視線を遠くにやる。
50メートルよりは先になるだろうが、逃げ込めそうな洞穴がそこにはあった。
名無しにそこまで行くのを伝えると、名無しも同意し警戒しながら小走りでそこに向かう。
あと少しで洞穴にたどり着こうとしたときだった。
地面が確かに揺れた。
気がついた頃にはもう既にアルヴィンの足元から大きな角が突き上げてきていた。
「くっそ!!」
急いで剣を構え身を守ろうとしたが間違いなく間に合わない。
アルヴィンが覚悟を決めた瞬間のことだった。
「アルっ!」
名無しが叫ぶと同時に、どこかから精霊術が発動し、地面ごとブルータルに直撃した。
ブルータルの巨体が大きく地面に打ち付けられ、それの腹が天を向いた。
ブルータルのその姿よりも、アルヴィンは精霊術が目の前に発動されたことに同様を隠せなかった。
視線の先には当然名無ししかおらず、彼女以外今この場でそれを使ったものがいないというのを表していた。
「お、前、なんで…」
「はぁ…はぁ…アル、大丈…っいたっ」
「おい、顔色悪いぞ」
「大、丈夫…、ちょっと走ったから貧血かな…」
貧血というわりには名無しは側頭部を押さ痛みを堪えていた。
色々聞きたいところだがここは休むのが最優先である。
しかし、ブルータルがまたいつ襲ってくるかもわからない。
アルヴィンはもう一度周囲を見渡した。
先程走ったのが幸いしたのか、気がつくとシャン・ドゥが見えているところまできていた。
名無しの言葉を借りるわけではないが、ここは休むよりも先にはシャン・ドゥにつくのが優先だと判断する。
「歩けるか?」
「ん、大丈夫…」
「大丈夫じゃねーな、…。」
「え、アル、ちょっと」
「街までだ、我慢しろよ」
「アル、自分で歩くから」
「頭おさえんのやめてから言え」
「あ、うん…ごめん、ありがとう…」
アルヴィンは名無しを背負うと真っ直ぐにシャン・ドゥへと向かった。
あれからブルータルに追われることもなく、二人は無事にシャン・ドゥにたどり着いた。
「わぁ…すごい…」
山の断崖にそって作られた街並みに思わず名無しから感嘆の声が漏れた。
ゆっくりとアルヴィンに降ろされ、自分の足で立つとはじめての風景に魅せられ立ち尽くす。
なびく祈念布を見つめていると、アルヴィンが口を開いた。
「ここがシャン・ドゥだ。」
英霊が集う聖地、シャン・ドゥ。
ア・ジュール最大級の街。
過去の英雄とされている石像に見つめられながら名無し達は今日の宿に向かうのだった。
ある日、アルフレドは一人の少女に話しかけられた。
姿からあまり自分と年齢があまり変わらないのがすぐにわかった。
少女に話しかけられて、アルフレドが急いで顔をふき、少女の方を向く。
目が真っ赤に腫れたアルフレドがふてくされて少女にいった。
「泣いてない」
「うそよ、だって目が真っ赤だもの!」
「これは、ゴミが入ったから!」
「なんで泣いてたの?」
「泣いてないったら」
「どこか痛いの?」
アルフレドの話を無視して少女は
涙のわけを聞いた。
少女が話を聞かないのを理解したアルフレドはまるで空気の抜けた風船のようにしおれた勢いで話し出す。
「母さんの調子が悪いんだ…なのに俺、なんにもできなくて…」
「お母さん、病気なの?」
「わからない、元々体が弱かったみたいなんだけど、でも父さんがいなくなってからずっと元気ないんだ」
「寂しいんだね、きっと」
「俺、どうすればいいんだろう…」
「一緒にいてあげればいいんじゃないかな、この世界には私たちしか私たちを知らないんだもん、それで笑うの」
少女はにかっと笑いアルフレドを励ました。
少女の満面の笑みをアルフレドがおかしいといって笑う。
その顔をみて、少女は得意気に言う。
「ね!目の前に笑顔があるとみんな笑うの、君も今笑ってくれた!」
「ははは、うん、俺母さんのところいってみるよ。ありがとう!えーと…」
「名無し!私、名無し。君は何て言うの?」
「アルフレド!」
「アルフレドね、ねぇ私達友達にならない?」
「友達…、うん!」
辺境の地に飛ばされ、知っている大人達は海に投げられ亡くなってしまった。
船に乗っていた中で同年代の友人と呼べる人が居なかった二人は、この出逢いを期に友達になった。
子供ながらに、寂しさを埋められる相手ができお互い喜んだ。
「それじゃあね、アルフレド!」
「待って!…その、明日も会えるかな?」
「うん!えーと…じゃあ、あの赤いテントで明日!」
「うん!ばいばい、名無し!」
アルフレドは大きくてを振り名無しを見送った。
名無しもそれに対して、大きく手を振り向こうへと去っていった。
これが、アルフレドと名無しが初めて出会った日のほんのわずかな時間のことだった。
懐かしい記憶の余韻に浸りながら、アルヴィンは目をさました。
そういえば、初めてあったときから名無しは余計なお節介を焼いてきたものだと、ぼんやりと思った。
子供にしてはませていた口振りだったが、その躊躇の無さが逆に子供らしいとも言えただろう。
思い出に浸りながら腕の中でまだ眠っている名無しの頭を撫でると、少しだけ名無しは眠ったまま微笑んだ。
「ほんと、昔からよく笑うやつだよなお前」
名無しが起きないよう、優しく頭を撫で続ける。
何か夢でも見ているのだろうか、撫でる度にモゾモゾと動いてそれがどことなく楽しい。
あまり弄りすぎると起きてしまうと思い、手を止めると名無しは大きく寝返りをうってアルヴィンの腕から離れていった。
うつ伏せになり、布団に額を擦り付けてながら名無しは小さく唸っていた。
アルヴィンが声をかけるとこもった声が返ってくる。
「うぅー…おはよ…」
「寝起き悪いなお前」
「そんなことないよ、アルが起きる前に一回起きたし」
目を擦りながら名無しが身を起こす。
布団にぺたりと座りながら伸びるとすっきりした顔になった。
顔を洗うといって名無しは洗面所に消えていく。
その後ろ姿をアルヴィンが目で追った。
よく考えたら、こうして誰かと朝を迎えるのは何年振りのことだろう。
自ら避けていたことでもあったが、やはり一人で迎える朝よりも心は軽いものだった。
洗面所から名無しが戻ってくると、名無しは不思議そうに笑いながらアルヴィンに話しかける。
「なんかいい夢でも見た?」
「なんだよ、突然」
「機嫌良さそうだから、顔に出てる」
「っ!」
「ふふ、いい顔だと思うよ、寝起きじゃなかったら」
いたずらに笑いながらボサボサのアルヴィンの頭を名無しがわしわしと弄ぶ。
その笑顔に夢で見た昔の名無しの笑顔がうつった。
「ちょっと、なにがおかしいのよ…」
「別になんでもねーよ」
「寝癖?どこ?」
「だから、ほんとになんでもないって」
「何かある顔してるのは気のせいってことかしら」
「あっても言わねぇよ」
「なんで不貞腐れるのよ」
「…そんなことより、今日はどうすんだ?依頼主さん」
このままだと話が終わらないと思いアルヴィンが話題をそらした。
しかし尤もな話題を出されたため、名無しも文句が言えずにその話題に乗る。
昨日の成果からすると、ここで情報をあつめるのは時間の無駄なのがよくわかる。
例えイル・ファンから来た人がいたとしても、それは港封鎖前の人たちしかいないだろう。
どこか密航でもしてうまく潜り込めるのが一番なのだがそれはあくまで最終手段としてとっておきたい。
ここはアルヴィンのいう"心当たり"に頼りたいところだ。
早速その話題を出すと、目的地は会話の中で何度も出てきたシャン・ドゥになるらしい。
シャン・ドゥに向かうには、ラコルム街道を抜けなくてはならない。
当然魔物が出るだろうから、それなりに備えていった方がいいだろうという話になった。
「それじゃあ、買い出ししたらすぐ出発かな」
「明日でもよくないか?」
「…ねぇ、思ったんだけど、先に進むのちょっと嫌がってない?」
「そうか?」
「ん、なんか足止めされてる感じ」
「そんなんじゃねーよ、名無し。ミラ様みたいにつっこめばいいってもんじゃないんだぜ?考える余裕作ってやってんの」
「んー…それなら、いいんだけど」
「んじゃ、そういうこと。今日は準備しながら情報収集と明日のルート確認。いいな?」
「はーい」
元気よく返事をして名無しがベッドから降りせかせかと準備をしだした。
なれた手つきでベッドを整える名無しをみると、この忙しなさは完全な職業病なのだとアルヴィンは悟った。
名無しに布団から叩きだされるのも時間の問題だと思いアルヴィンも身支度を整えだした。
食事を済ませ、荷物と照らし合わせながら何が必要なのかをリストアップし買い出しに向かう。
アルヴィンはアルヴィンで用事があるようなので今日は名無し一人での行動になる。
ついでに昨日と同じように軽い聞き込みをしながら店を回った。
メモを見ながらものがすべて揃ったか確認すると、一度宿に戻り荷物を置いた。
「さて、どうしようかなー」
やること終えてしまったため、暇をもて余すことになってしまい名無しは考え込む。
しばらく考え、ラコルム街道に生息する魔物の下調べをするとにし待合室に魔物図鑑がないか見に行くことにした。
待合室の本棚を探してみると目的のものはあっさりと見つかった。
簡単に見つかることは良いことなのだが、名無しとしてはいまいち物足りなさを感じる。
部屋で読もうと思い、従業員に借りてもいいか確認する。
「あの、これ部屋で読んでも大丈夫ですか?」
「ああ、構わないよ、なんならもっててってくれていいよ、宿泊客がいらないっておいてったものだしな」
「え、いいんですか?」
「いいっていいって、あっても増えてくだけだからな」
「ありがとうございます!」
従業員の言葉に甘えて名無しはそれを手に部屋に戻った。
ページをめくり当てはまる魔物をメモしていく。
パナシーアボトルや必要なお守り類が揃っているか、荷物と照らし合わせる。
二人だけの面子なのでなにかあった時に治癒術を使えるものがいないのでそこは用心しておきたい。
大方の作業を終え時計を見ると、まだ時間が余っていた。
時間の進みの遅さに唸りながら布団に突っ伏す。
なにか進まないといけないという圧迫感が少し名無しを苛立たせた。
それは正義感だと思っていたが、アルヴィンに言われた通りに焦っているだけなのかもしれない。
「余裕…か…よしっ!」
意気込むと名無しは財布だけ手に持ちもう一度外に出た。
余裕といっても名無しにはいまいちわからない。
しかし、時間を楽しむ方法を知らないわけではない。
名無しは真っ直ぐに甘い香りのする露店に向かった。
「すみません、クレープ1つ下さい」
「はいよ、なんにする?」
「えっと、このパレンジソースでお願いします」
「はいよっあれ?お嬢ちゃん、昨日の彼氏はどうしたんだい?」
「へ?」
聞き慣れない単語を言われ、生地が焼ける光景を見ていた名無しが固まった。
そんな名無しの反応を無視して売店のおばさんが楽しそうに手だけでなく口も軽快に動かした。
「昨日、二人で来たでしょ?イル・ファン行きの船ないかって」
「あ、あぁー…そう、ですね」
「もしかして喧嘩したのかい?ははは、若いねー。」
「え、いえあの、あれはその、彼氏とかじゃなくてその」
「あら旦那だったかい?」
「し、仕事で一緒に!!」
「はっはっはっ!ごめんよからかって、はいよ。パレンジソース」
「あ、ありがとうございます」
「これおまけ、あの色男にでも食わせてやりな」
「え、あの」
おばさんにカップケーキのつまった箱を渡され名無しが戸惑う。
おまけと言われても商品をただで受け取るわけにもいかない。
返そうと思い、話しかけようとしたら次の客が来てしまいそのタイミングを逃す。
どうすることもできず、名無しはおばさんの厚意に甘えることにしそれを手に他の店へと足を運んだ。
それから数時間して、名無しは一人の時間を充実させ宿屋に戻った。
ドアを開けようとすると、名無しが手をかける前にドアがあいた。
「あっごめん」
「いや、悪いな」
部屋から出てきたアルヴィンと目が合い先程露店のおばさんに茶化されたのを思いだし、反射的に目を反らす。
名無しの手に荷物が有るのをみて、入り口を塞いでいたアルヴィンが通路をあけた。
どこかに行こうとしていたのだと思ったのだが、アルヴィンも部屋の中に留まった。
なんとなく露店での会話が頭にちらつき二人きりの空間が落ち着かない。
一昨日の事も思い出しながら少し名無しは考えた。
勘違いを起こしても構わないと言われたが、一体自分とアルヴィンはいまどういう関係に当たるのだろうか。
恋仲であるのかそれとも言い合っただけで幼馴染みのままなのか、いまいち名無しは把握していない。
わざわざ本人に確認するのも恥ずかしいものである。
考えるのも恥ずかしく思えた名無しは違うことを考えようと適当に話題を出す。
***
「えーと…どっか行くんじゃなかったの?」
「ん?いや、特に、そうでもねぇけど」
「そっか、あ、あのーさ、ケーキ、あるんだけど、食べる?」
「ん?ああ、うん」
会話をして思ったのだが、アルヴィンの様子が少しおかしかった。
今日はお互い単独行動だったためその間になにかあったのだろうと、名無しは適当に流した。
カップケーキを並べ、帰り際にケーキに合うよう選んだ紅茶を取りだす。
お湯を沸かそうと思ったがこの場にその設備がないため受け付けにもらいに行こうとするとアルヴィンが机に置いてあった火薬式のランプを指差した。
「お湯、わかすんだろ?これ使えよ」
「あ、ありがとう」
「…」
「…」
ギクシャクした空気のまま、名無しがお茶の準備を進める。
名無しが恥ずかしさから避けているのも原因かもしれないが、どことなく向こうからも避けられているきがした。
「あの、さ、その、ルート確認しよルート確認!明日の朝慌てないように」
「あ、ああ。そうだな」
そういうとアルヴィンが地図を広げ現在地点を指差す。
ルート確認といっても、シャン・ドゥまでの道程はラコルム街道しかない。
しかし、地図を見るとかなり広いことがわかる。
街道というよりもこれでは荒野である。
確かにはじめにいわれた通りこれは通るのにそれなりの時間がかかりそうだ。
アルヴィンが指を使いどう進むのかを具体的に説明し名無しは地図を頭にいれる。
「で、シャン・ドゥに到着だ」
「了解」
「…で、まぁ、以上」
「う、うん…」
そしてまた、沈黙。
お湯がわいたのを確認して名無しが慌ててランプの火を消しお茶をいれる。
先に用意の終わってたカップケーキをアルヴィンに差し出すも、アルヴィンはそれを受け取らなかった。
「そこ、置いといて、食うから」
「え、あ、うん」
やはり自分だけでなくアルヴィンも名無しを避けているようだった。
「なんか、あった?」
「どうした急に」
「その、なんか、避けられるっていうか」
「そりゃこっちの台詞だ」
「あ、うん、ごめん」
「…なんかあったか?」
「それさっきの私の質問、まぁいいか、別に何もなかったけど」
「俺もなんもねーよ」
「そか」
何度目かの沈黙のあと、二人が同時に口を開いた。
お互い先にいっていいと譲り合ったが最終的に名無しから話すことになり、名無しが歯切れ悪く喋り出す。
「えーっと…、私達って今、なんなのかなぁーって…、昨日聞き込みしたじゃない?その、昨日行ったところで買い物したら、…し、いないのかって言われたから」
「わり、もっかい頼むか?」
「ふぇ、うー…っだから、今日は彼氏は、一緒じゃないのかって…言われて…」
「お前もかよ…」
「どゆこと?」
「っ!あー…、その、、店違うと思うけど、その…流れだったろ、なんつーか、改めて言われたら実感ないっつーか、違和感あるっていうか」
アルヴィンの話に名無しがほほを赤らめ、勢いよくカップケーキにかじりつき飲み込むとアルヴィンに聞いた。
「えーと、実際、どうなるのでしょうか、立ち位置といいますか、肩書きといいますか」
「そう、なるんじゃねーの」
「なる?」
「あのな!!」
「ちょっとなんでそこで怒るのよ!」
「普通この会話の流れで彼女だっていってんのわかるだろ!」
「かっ!あ…ぅっ」
「だから、察しろっていってんだよ」
軽く悪態をついてアルヴィンがそっぽを向いた。
慣れている、と名無しはアルヴィンにたいして思っていたが、実際今こうして会話をしているとその考えは間違いだったのかもしれないと思えてきた。
そういえば、昨日から何度も似た話を繰返し何度もアルヴィンに答えを求めている。
彼に答えを求めすぎていたのだと名無しは反省をした。
アルヴィンも自分と同じように戸惑うのだとわかると、少し心が軽くなった。
「アル、ごめん」
「その、少しぐらい自惚れとけよ」
「自惚れとく、か…アル、こっち向いて」
「?」
アルヴィンが振り向くと同時に名無しがアルヴィンの頬にキスをする。
目を丸くしているアルヴィンがなにか言いたそうにしているので、名無しが照れながら言った。
「愛情表現、…自惚れていいって言ったから」
「な…」
「ふふ、なにその顔、変なの」
「変ってお前」
「さ、ケーキおかわりあるから食べちゃお!明日荷物になっちゃうし」
「…ふ、そうだな、食い過ぎて太るなよ?」
「もう!これぐらい大丈夫よ」
ギクシャクした空気がすっかりなくなり、いつもの名無しの調子が戻り、お互いにリラックスした状態になることができた。
その後は他愛のない会話をしながら夜を過ごした。
翌朝、二人は宿を出てラコルム街道に出ていた。
まだ朝方なのもあり魔物も人も数が少なく、街道は静かなものであった。
背の高い植物があまりないため、砂ぼこりがたつのが少々気にさわった。
「実際に立つと広いね、ここ、あとなんとなく似てる」
「ああ」
「それに加えてこの空の色はずるいわね、っと干渉浸ってる場合じゃないか」
「あんまキョロキョロすんなよ、魔物に襲われてもフォロー出来ないかもしれないからな」
「対人じゃないならそれなりにできるわよ、それにローエンさんにリリアルオーブの説明もしてもらってるから」
「そういえばお前、最低限戦えるみたいだけど、宿屋働きでよく身に付いたな型はなってないけど」
宿屋の店員にしては戦い慣れている名無しにアルヴィンが疑問を持つ。
対人相手には覚束無いが、樹海での事を思い出すと確かに魔物相手にはメンバー内で遅れをとっていたということはなかったし、魔物の殺すことにも抵抗を見せていなかった。
「ん?そうね、集落から流れたあとしばらく野良生活してたから、かな。宿屋で働きだしてからは全然だからあれなんだけど」
「戻ってこようとは思わなかったのか?」
「何度も思ったし、戻ったこともあったけど、私が戻ったときには何もなかったから、さすがにあれは絶望したなぁ」
「あれの後か…、逆にそのタイミングでよかったのかもな」
「どういうこと?」
「名無しがいなくなってしばらくして、あの島は潰されたんだ、ほとんどの奴はそん時に死んじまったから」
「早く戻ってた方が生き延びてなかったってことね」
「でもよかったよ、生きててくれて」
「ふふ、ありがとう、お陰でまた会えたしね」
「会った時気が付かなかった奴がいうことか?」
「わかるわけないじゃない、こんなに大きくなってたら気が付かないわよ、あの時は私の方がちょっと大きかったのになー」
名無しが手を伸ばしアルヴィンの頭に手をやる。
逆に名無しが縮んだのだとアルヴィンがからかい名無しの頭を軽く叩くと名無しは反発をした。
「ほんっと、お前変わらないな」
「何度も言わないでよ、成長してないみたいで落ち込むじゃない」
「成長ねぇ…」
その言葉に無意識にアルヴィンの視線が下にいった。
どことは言わないが、昔に比べて成長しすぎたそこを一瞬だけみて意識的に視線をすぐに空に戻した。
そんな事にはきがつかず名無しは雑談を続けた。
昔話に花を咲かせながら二人は道中を進む。
時々ゲコゲコが飛び出して戦闘になったがたいした手間にはならなかった。
そろそろ昼頃になるため適当に休めるところを探して休憩をとる。
「うわー、砂まみれだ…」
「向こうついたら直ぐに風呂だな」
「そうだね、あとどれぐらいかな?」
名無しにきかれアルヴィンが地図を広げる。
現在の位置を大体で指差し、あと一時間程度でシャン・ドゥにつくらしい。
ならば今休まずとも進もうと名無しが言うとアルヴィンが呆れてため息をついた。
「お、ま、え、な。」
「うぐ、だってすぐじゃない」
「だから休んでんだよ、お前もミラも目的目の前にするとなりふり構わないだろ、そんなんだから」
「はいはい、余裕持つタイミングでしょ」
「わかってんなら、ほら、飯」
「うー、まぁお腹がすいたのは認めるわ、はいどうぞ」
「さんきゅ」
二人は食事を済ませると直ぐに片付けをし残りの道を進むことにした。
名無しは目的地であるシャン・ドゥの入り口が見えないかとおくをずっと見ていた。
少しでも見えたら駆け出しそうな名無しをアルヴィンは不安げにみていた。
突如、名無しが進もうとした目の前の岩影から魔物が飛び出してきた。
直ぐにアルヴィンが銃を抜いたがトリガーが引かれるよりも先に、魔物の頭部が鮮やかな赤に染まるのをアルヴィンはみた。
返り血をなんとも思わず拭き取る名無しの姿に違和感を覚えた。
樹海での彼女の戦いからみて、その後リリアルオーブを手にいれたからといってもこの成長の早さはおかしい。
本来ならばこれぐらい戦えたということならば、カラハ・シャールで簡単に捕まるはずなどなかったのだ。
アルヴィンが考えにふけっていると、突如名無しがアルヴィンの名を叫ぶ。
「アル!後ろ!!!」
「?!」
ボウガンの弾が頭上を飛んだのを確認してアルヴィンが伏せる。
急いで体制を整え振り返ると、そこにはブルータルの姿があった。
凶暴性の高いことで知られているブルータル、万が一にもこれに遭遇することは頭にあったが、それが今目の前に現れた。
「アル、大丈夫?」
「ああ、お陰さまでな…やるにはキツいか?
「やってみないとなんとも」
「喋ってる余裕はないみたいだな!」
ブルータルが突進してきたのを、アルヴィンの銃声を合図にふたてに別れて避ける。
後方につくことのできた名無しが急いで弾を装填し打つ。
拡散弾を仕込んであったため、ブルータルに当たると弾は弾け魔物の背中に大きな負傷を負わせたが、それぐらいでブルータルは怯まなかった。
「っち、効かないか」
名無しが悪態をつき直ぐに次の動きに移る。
アルヴィンも魔物の突進を大剣を盾にし防ぎながら、ブルータルの顔面に何発か打ち込むも図体のわりには起用に角を使い致命傷を防がれている。
二人での立ち回りでは少々部が悪い。ましてや回復のすべを持たない二人にとっては、致命傷を負う前にどうにかしたいものだった。
攻撃を続けながらも名無しがアルヴィンの元に合流する。
「逃げた方がよさげかしら」
「うまいこと逃げ切れればな…」
「…拡散弾、地面に打ち込むからそれで目眩ましになればいいけど」
「やるしかねぇか…、任せたぞ」
「りょーかいっ」
急いで名無しが弾をこめ、ブルータルの足元に持っているだけの弾を撃ち込んだ。
目の前に激しい土煙が起こると二人は急いで走り出す。
走りながらも名無しは撃つのをやめなかった。
装填のタイムロスはアルヴィンの狙撃を頼りにし、準備が整うと撃つ、ただひたすらそれを繰り返した。
土煙の中にうっすらと見える黒影がなかなか消えないことに少し腹が立つ。
まだ巻けてない。
焦燥感に煽られながら次の弾を込めようとしたが、名無しの手が空を掴んだ。
弾切れである。
十分に準備したと思ったのだが、それでも足りなかったようだ。
反省している間も捨て、弾切れをアルヴィンに告げると彼も撃つのをやめ、ただ走ることに集中していると、ずっと二人を追っていた足音が突如止まったのに気がつく。
「なに…?」
「巻けたか?」
「わかんない、でも今止まってるのは危ない気がする」
「いけるか?」
「あと50mぐらいなら」
そういわれアルヴィンが視線を遠くにやる。
50メートルよりは先になるだろうが、逃げ込めそうな洞穴がそこにはあった。
名無しにそこまで行くのを伝えると、名無しも同意し警戒しながら小走りでそこに向かう。
あと少しで洞穴にたどり着こうとしたときだった。
地面が確かに揺れた。
気がついた頃にはもう既にアルヴィンの足元から大きな角が突き上げてきていた。
「くっそ!!」
急いで剣を構え身を守ろうとしたが間違いなく間に合わない。
アルヴィンが覚悟を決めた瞬間のことだった。
「アルっ!」
名無しが叫ぶと同時に、どこかから精霊術が発動し、地面ごとブルータルに直撃した。
ブルータルの巨体が大きく地面に打ち付けられ、それの腹が天を向いた。
ブルータルのその姿よりも、アルヴィンは精霊術が目の前に発動されたことに同様を隠せなかった。
視線の先には当然名無ししかおらず、彼女以外今この場でそれを使ったものがいないというのを表していた。
「お、前、なんで…」
「はぁ…はぁ…アル、大丈…っいたっ」
「おい、顔色悪いぞ」
「大、丈夫…、ちょっと走ったから貧血かな…」
貧血というわりには名無しは側頭部を押さ痛みを堪えていた。
色々聞きたいところだがここは休むのが最優先である。
しかし、ブルータルがまたいつ襲ってくるかもわからない。
アルヴィンはもう一度周囲を見渡した。
先程走ったのが幸いしたのか、気がつくとシャン・ドゥが見えているところまできていた。
名無しの言葉を借りるわけではないが、ここは休むよりも先にはシャン・ドゥにつくのが優先だと判断する。
「歩けるか?」
「ん、大丈夫…」
「大丈夫じゃねーな、…。」
「え、アル、ちょっと」
「街までだ、我慢しろよ」
「アル、自分で歩くから」
「頭おさえんのやめてから言え」
「あ、うん…ごめん、ありがとう…」
アルヴィンは名無しを背負うと真っ直ぐにシャン・ドゥへと向かった。
あれからブルータルに追われることもなく、二人は無事にシャン・ドゥにたどり着いた。
「わぁ…すごい…」
山の断崖にそって作られた街並みに思わず名無しから感嘆の声が漏れた。
ゆっくりとアルヴィンに降ろされ、自分の足で立つとはじめての風景に魅せられ立ち尽くす。
なびく祈念布を見つめていると、アルヴィンが口を開いた。
「ここがシャン・ドゥだ。」
英霊が集う聖地、シャン・ドゥ。
ア・ジュール最大級の街。
過去の英雄とされている石像に見つめられながら名無し達は今日の宿に向かうのだった。