2章
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いつのまに眠ってしまっていたのだろうか、ぼんやりとした意識で名無しは寝返りをうった。
今は一体何時なのだろう、時計を見ようと身を起こすと、すぐ横でなにかがずり落ちた音がする。
「…へ?」
真横にいたアルヴィンの姿に名無しは我が目を疑った。
まだきっと寝ぼけているだけだと思い、自分の頬をつねると確かな痛みが走り小さな悲鳴をあげる。
つねった方の頬をさすりながら名無しは寝てしまう前に何があったのかを必死に考える。
そしてもう一度、横で寝ているアルヴィンの顔を見て恥ずかしさが込み上げ逃げようとすると何かに引っ張られ布団に顔を強打した。
「いったぁ…」
「なに逃げようとしてんの」
「ふぇ…、あ、えーと、おはよ」
「おう」
「あの、さ、放してもらいたいなーなんて」
「なんで」
「トイレ」
「…おう、行ってこい」
寝起きなのかダルそうに手をはなされ、なんとなく後ろ髪を引かれる思いで名無しはトイレに向かった。
寝起き一発目にしては、少し刺激の強いイベントに直面し、名無しは自分が慌てているのを自覚していた。
とりあえず落ち着こうと、熱を持った顔を冷やすために顔を洗う。
冷たい水が気持ちいい。
顔をふきなが深呼吸をして名無しは洗面所をあとにする。
部屋に戻ると、さっきまで寝ていたアルヴィンが起き上がって身だしなみを整えていた。
「あれ?どっかいくの?」
「いや、あの格好のまま寝ちまったからな。着替えただけだよ。」
「そっか、そういえは私もこのまま寝ちゃったんだっけ…」
「おい、まさかここで着替えるつもりか?」
「そんなわけないでしょ、ちゃんと脱衣所で着替えるわよ」
「俺としてはここで着替えても問題ないんだけど」
「…、ならここで着替えてもいいけど」
「おいおい、冗談じょーだん!まじになんなよ」
「わかってるわよ、それじゃ」
着替えをてに持ち先程入った洗面所と同じ空間にある脱衣所に名無しは向かった。
壁一枚隔てているといっても、同じ空間に異性がいる状態で着替えるのはなんだか気まずいものがある。
とっとと終わらせようと思い服を脱いだとき、名無しはあることに気がついた。
「ん…、ちょっとにおうかも…」
昨晩、気がついたら眠ってしまっていたため、お風呂に入ることができていなかったのに気がついた。
旅をしているのだから、一日や二日風呂に入らないことなど普通なのだが、現状として風呂にはいれる環境にあるのに入らないのは名無しとしてはきぶんがよくなかった。
そして、入ろうと思えばすぐ真横にそれがある。
どうせ着替えるのに脱ぐのならば入りたいのは当然である。
しかし、壁一枚向こうにはアルヴィンがいるのも事実でありその状況下で風呂に入る勇気が名無しにはなかった。
しばらく悩んだあげく、名無しはアルヴィンのところに一度戻ることにした。
「ねぇ、アル」
「なんだ名無し、着替えどうしたんだよ」
「その…、私、昨日お風呂入ってないなって…」
「あー、おまえ寝たもんな」
「だから、その…」
「別にそんぐらい気にしてねぇよ、むしろいいにおいしたし」
「かいだの?!やだっうそっ」
「くっくっくっ、冗談だよ」
「もう!…まぁ、それでお風呂入りたいんだけど…その、」
「そんなことかよ、入ればいいんじゃねーの?いいよ、いちいち報告しなくても」
「だから、…うー、いいや。じゃあ遠慮なく使わせていただきます」
名無しの考えすぎだったのだろうか、恥ずかしいと思うのは存外自分だけだったようでなんだか複雑な気持ちになった。
何はともあれ、やっと風呂に入ることができるため悪い気分ではない。
とはいってもやはり壁の向こうを意識するなと言うのは無理があるので、できるだけ早く終らせることにした。
ガンダラ要塞での傷がまだ痛み多少苦戦したがなんとか事を済ませ着替え終わると、やはり入るまえにくらべて断然気持ちがよかった。
ふんわりとした石鹸のかおりに酔いながら名無しが部屋に戻ると、先ほどまでいたアルヴィンの姿がないのに気がつく。
「あれ?どこいったんだろ」
部屋を見渡してもどこにも姿がない。
彼の事だからあまり心配する必要もないだろうが、やはり少し気にかかる。
しかし、探しにでたところでどこを探せばよいものかもわからず、荷物は部屋にあるのでおとなしく名無しは、ベッドに座り指の包帯を新しく巻き直すことにした。
しばらくすると、部屋のドアがあきアルヴィンが戻ってきた。見ると、彼の首にはタオルがかかっており、どうやらアルヴィンも風呂に出ていたことがわかった。
「入りたいなら先にはいってもよかったのに」
「一時利用用のもあるんだ、わざわざ同じ部屋の使う必要もないだろ、それに名無しが風呂はいるっていってから俺も思い出したぐらいだしな」
「なんか、ごめんね」
「気にすんなよ、それより、俺飯食いにいくけど、名無しどうする?」
「んー、まだ髪の毛かわいてないし、かわいたら適当に食べるから先食べてていいよ」
「そんじゃ、適当に頼んで持ってこさせるか、なんでもいいか?」
「え、いいよ、そんな」
「ついでだよ、なんかあるか?」
「え、えーと、じゃあ…マーボーカレー」
「りょーかい」
タオルを名無しに投げるとそのままアルヴィンは部屋の外へと消えていった。
投げられたタオルをどうするか考えとりあえず、適当に乾かせるよう部屋のはしに吊るす。
とりあえず、自分の髪の毛を乾かす作業を名無しはする。
ごく自然に会話をしていたが、普通はこういうものなのだろうか。
名無しが慣れていないだけで、だとすると彼はなれていることになる。
15年の間にそれぞれになにかはあっただろうし、当然そういった関係にある人もいたのもおかしくはない。
その事に気がつくと、不思議と寂しさが込み上げ来る。
頭をふくを止め、窓の外を見る。
時間の感覚を麻痺させるオレンジの空が尚更寂しく思えた。
ちいさなため息をついて外を見続けていると、一羽の白い鳥が飛んでいるのが目につた。
オレンジの空に一点の白がとても映えてて眩しく思えた。
じっと、鳥を見ているとその鳥が名無しのほうに向かって飛んできた。
まさかと思い、窓を開け待っていると鳥は迷うことなく室内に入ってきたため名無しは驚いた。
「やだ…、本当に入ってきちゃった…」
入ってきたはいいものの、どうしたものか。
とりあえず、撫でてみたり抱いてみたりしてみたが逃げることもない。
怪我でもしているのだろうかと思い様子を見ると鳥のあしになにかがついているのが見え名無しはこの鳥がなんなのか理解した。
「ああ、あなたシルフモドキなのね。誰宛名のかしら」
伝書鳩の役割を果たしているシルフモドキ。
人の霊力野を読み取り手紙を届けるという器用な事をするのである。
足に手紙がついていたため、それだと理解できた。
しかし誰から誰に宛てたものなのかわからないため、むやみにこの手紙を開けるわけにはいかない。
アルヴィンが戻ってきたら尋ねようと思いシルフモドキには少し待ってもらうことにした。
しばらくして、アルヴィンが部屋に戻ってきたため名無しがシルフモドキの事を伝えると、アルヴィンが荷物をあさりだす。
そして、丸めた紙を取り出すとシルフモドキについていた手紙の代わりにそれをつける。
すると、シルフモドキは再び空に戻っていった。
「アルの鳥だったんだ、部屋のなかに入ってくるからびっくりしちゃった」
「お前もよくいれたな」
「ふふ、来るもの拒まず、かしら?」
「使い方間違ってんだろ、それ」
「気にしない気にしない」
「そーかよ、…まあでも、その考えは賛成だな」
「へ?って、ちょっと」
そういうとするりと名無しの後ろからアルヴィンが抱きついてきた。
少し腕の位置が傷に触れ痛んだがそこは我慢した。
名無しが戸惑っていると、悪戯っぽくアルヴィンが笑う。
「拒まないんだろ?」
「ー~っそれとこれとは別っ!」
「照れてんの?」
「…ん」
「…名無し、こっち」
「?」
言われるままにアルヴィンの方を向くと、唇が触れる。
少し触れたあとに、間を開けてもう一度。
次に唇が離れたときに、アルヴィンが目を開くと、照れている名無しがいると思ったのだが、そこにはものすごい剣幕でにらむ名無しの姿があった。
「おいおい、そんなに睨むなよ」
「前置きとかないの?!」
「キスします」
「事後報告じゃない…」
「仮にいったとこでさせてくれんのか?」
「それは…えーと…」
「なら変わんねぇだろ」
「む…、アルは慣れてるかもしれないけど、私はなれないのよ、こういうの」
「何、名無しもしかして」
「?」
「はじめてだったのか?」
「流石にそれは、ただ仕事の方が楽しかったからここまでくっついてるとかはなかっただけよ」
「ふーん…」
つまらなさそうにアルヴィンが答えると、タイミング良く食事が運ばれてきてドアのノックを合図に名無しがアルヴィンを引き剥がす。
呼ばれるままにドアを開けると、食事のいいかおりがし空腹を刺激する。
料理を受け取り例を言うと名無しはそれを机に並べた。
「さ、食べよ」
「食ったらもう行くか?」
「そうね、昨日なにもできなかったし…」
「んじゃ、決まりだな」
食後予定を決め、二人は食事を開始する。
これといって話題が弾むことはなく、黙々と食事を平らげると適当な準備をして二人は目的である情報収集に出る。
まずは宿屋の中からイル・ファンから来た人がいないかを探す。手っ取り早く受付番に確認したがジュードたちに出逢ったあの日以降に海路を渡ってきた宿泊客はいないようだった。
当然の事と言えばそうなのだろう、ため息をつくまもなく名無しは外へと出ていく。
商店、観光客、行商人、船員など手当たり次第、途中手頃な食事をとりながら聞いて回ってみるもどこもいい答えを聞けるところはなかった。
結局この日、一日中歩き回って得られた情報はどこも公益ができずに困っているという答えだけだった。
何もえることができなかったことと、一日中歩き回ったということで名無しは海停のベンチに座り込んでいた。
「はぁー…」
「ほらよ、飲みもん」
「ありがと、まさか総すかんとは思わなかったわ…」
「今日始めたばっかだろ、そんなにうまくいくことでもないのは想定ないじゃねーの?」
「そうだけど、実際に直面するとダメージあるわね」
「ま、明日があんだろ」
「そうだといいんだけど…」
「落ち込むなって、な?」
ぽん、と軽くアルヴィンに肩を叩かれた瞬間、ガンダラ要塞で負った傷にちょうどアルヴィンの手があたり激痛が走り思わず名無しは悲鳴をあげた。
突然の出来事に名無し自身も驚きを隠せず、一瞬何が起きたのかすら理解できなかったが、一拍間を置いて呼吸を整えると事を理解する。
「名無し…?」
隣から名前をよばれはっとして、アルヴィンの顔をみた。
シャールの屋敷で治療してもらったのは指の治療だけで、ジランドによってできた傷については誰にも公言していない。
そのため、アルヴィンも名無しの全身にある打撲の傷については知るはずもない。
「ごめん、ちょっとびっくりして」
「どうした?普通じゃないぜ、今の驚きかた」
「んーん、なんでもない、疲れたのかな?」
「なんでもなくないだろ、お前何が…っ」
「本当に大丈夫だから!」
思わず、声をあらげて否定をしてしまう。
これではますます、何かありますと言っているようなものだ。
名無しはハッとして小さい声でもう一度なんでもないと言うと宿屋へ逃げ込んだ。
***
急いで逃げた名無しは真っ直ぐに宿泊部屋のベッドに潜り込んだ。
肩の痛みが脈打つ度に、ジランドの笑みが脳裏に浮かび名無しは震えを押さえるのに必死になった。
ジランドの笑みを思い出すと同時に、それとは違うあるはずのない声が名無しを責めていた。
その声をかきけそうと必死に他の事を考えるも、考えようとすると余計に声は大きくなっていった。
ー使えない子ー
そんなことない。
ー役たたずー
そんなことない。
ーなんでもっとちゃんとしないのー
ごめんなさい。
がんばるから。
ーなんでそんなに脆い体なのー
ごめんなさい。
まだ頑張れるから。
怪我なんかしてないから。
ミて
わタし
マダダイジョウブヨ
ーどうしてあなたはなにもできない子なのー
お願い
ガンばるカら
おこらナいで
カナしイカオしないで
「ちがう!こんなの、こんなの痛くない!まだやれる、こんなのでこんなので!」
「名無し!いいから落ち着けっ!」
「お願い、お願いだから…っ」
「名無し、名無し!」
「私は…、あぁ…っ…はぁ…はぁ…っ」
「名無し…?」
「アル、フレド…」
「名無し、俺がわかるか?」
「……っ、ごめんなさい、私ちょっと、うん、大丈夫…ごめんなさい…」
目の前にアルヴィンがいるをのを確認して名無しはやっと落ち着きを取り戻し、何が起こったのかを自分で整理することに集中しようとした。
まだ呼吸が整わないため、なかなか集中できなかったが、未だに震える手をアルヴィンが握っているのがわかり、それに気がついたあとは思いの外早く落ち着くことができた。
「ん、ありがと、もう大丈夫だから」
「落ち着いたか?」
「お陰さまで」
「…笑うなよ」
「大丈夫なら笑わないと、信用性ないでしょ?」
「…」
手でOKのサインを出しながら名無しが笑うと間髪いれずに先程名無しが痛がったところをアルヴィンが意図的に触った。
「い…っ!」
「肩、どうした」
「なんだろ、知らないうちに怪我したのかな」
「その反応でそれはないだろ、それにお前さっき…」
「ごめん」
「信用されてないってことか」
「ちがう…っアルだって、言いたくないことぐらいあるでしょ、それと同じよ」
「…」
「気にすることじゃないから」
そういうと、名無しはアルヴィンにもたれる。
名無しの傷の位置を気にしたのか、アルヴィンは名無しの頭に手を置き顔を隠すように抱き締めた。
「…話すよ」
「え?」
「俺のこと、名無しが俺を信じるって言うなら」
「だから、話してくれってこと?」
「…ああ」
「余計な心配、掛けたくないのよ」
「人のもんは、背負いたがるくせに我が儘だろ」
「アルも変わらないと思うな」
「んなことねぇよ」
「うん…じゃあ、何から話すか決めたからでもいいかな」
「あぁ」
アルヴィンの答えをきいて、名無しが小さく例を言うとアルヴィンから離れる。
取り乱したときにぼさぼさになった髪を整えながら名無しは洗面所に向かった。
鏡を見ると、そこには情けない顔をした自分の姿があり思わず乾いた笑いがこぼれた。
「ひどい顔…」
鏡に映る自分の姿をなでる。
想像していたよりも自分の顔が見るに耐えられないのを確認し、おかしさににたものが込み上げた来た。
話すといっても何から話せばいいのだろう。
まずは怪我のことからになるのだろうか。
それとも、取り乱したことになるのだろうか。
どちらにしろ話しづらいことにはかわりはない。
そして、アルヴィンはいったい何を話してくれるのか、名無しは気になった。
色々考えていると、状況が状況だっため戻りが遅いのを心配し、アルヴィンが洗面所までやってきた。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
「なんもねぇならそれでいいよ、それより、怪我してんだろ。医者呼ばなくていいのか?」
「え、うん、ただの打撲だし、市販薬持ってるから」
「ただのっておたく…、薬どこだ」
「鞄のなかだけど」
「持ってくる」
「ちょっと!ちょっと待って、着替えも一緒に入ってるからそれはちょっと!」
「あ、わりぃ」
「自分で持ってくるから、その…塗るの、手伝ってもらってもいい?」
「?構わねぇけど」
洗面所からでて荷物から名無しは塗り薬を取り出す。
袖を捲ると青くなったあざが名無しの肌にいくつかあった。
あまり痛くないよう名無しは力を入れずに薬を塗っていく。
その怪我をみて、アルヴィンが怪訝そうな顔をしたのに名無しが気がついた。
薬を塗りながら、名無しは何で負った怪我なのかを言いづらそうに言った。
「ガンダラ要塞で捕まった時にちょっと睨んだら蹴られちゃって」
「ジランドか?」
「ん、…いたた。話、ジランドさんから聞いたっていったでしょ?その時。機嫌悪かったのかわからないけど…ごめん。ちょっと脱ぐから向こう見ててもらっていい?」
「あ、ああ」
背中にある怪我に薬を塗ってもらうため名無しは服を少しめくり上げる。
「ん、大丈夫、恥ずかしいからあんまし見ないでもらうと助かるんだけど」
「ああ、…お前、なんであの時治してもらわなったんだ」
名無しの背中を見ると、至るところに腕と同じように痣が散らばっていた。
何箇所かは切り傷になっているところもあり、よくこんな体で我慢していたと思える。
「蹴られた時に、あーこれまずいなーって思って…。それに、あの時ミラの方が大変だったし私なんかよりって思って」
「馬鹿言ってんな、ほら。薬塗るからよこせ」
「あんまし強くしないでね、痛いから」
「多少は我慢しろよ、これじゃあ痛くすんなってのが無理ありすぎる」
「ごめん」
「…謝んなよ」
「ん、いた…っ」
「悪い」
「謝んないで」
おかしな会話に2人して笑う。
薬を塗り終わると名無しは服に薬がつかない様に包帯を巻く。
背中の方で苦戦しているとアルヴィンが手伝ってくれた。
「悪かった…」
「痛いのは仕方ないよ、気にしないで」
「ちがう、怪我だよ」
「なんで貴方が謝るのよ、変なの」
「言っただろ、何も知らなかったんだ」
「ん、なら謝る必要もっとないじゃない」
「知ってたら、防げたかもしれない」
「…どこまで、知ってたのか聞いてもいい?」
「お前が生きてたから、手段は選ばなくていいから連れて来い、それだけだ。ガンダラ要塞でなにがあった。」
「私もよくわかってない、ただ横でマナの人体実験やってて、私もなんかの装置に入れられてたけどなんの実験かはわからないわ、あ、もう大丈夫。包帯留めるから」
「ん、結局ジランドが何したいのかはわからない…か」
包帯を巻き終わり、名無しが服を着てアルヴィンに向き直る。
薬を荷物の中にしまう代わりに、一冊の手帳を取り出し、一つのページを選び大きなバツ印をそこにかいた。
「アルも実験に関しては知らないのね…手詰まりってとこね、本人に確認するしかないか」
「なぁ、なんでそこまであいつの動きが気になるんだ」
「クルスニクの槍なんて言葉聞いたら普通に黙ってるわけにはいかないでしょ、異界炉計画なんてさせるわけないじゃない」
「異界炉計画の話だったらお前が居た時からずっとだろ、それをなんで今更、他になにかあるのか」
他になにか、それは名無しの中で二つあるのだが一個に関してはもうすでに話しているのでパスをする。
もう一つの理由はミラに話した通り、両親のことに関するのでその事をアルヴィンに話すことにした。
両親が行っていた実験、何を目的とし何を行ったのか。
それが今、どのようにしてジランドに使われているのかを話した。
話しをしている時のアルヴィンの表情を見る限り、彼も初めて知ることだったようだ。
そして同じように、なぜ今になって名無しが生きているからといって名無しに固執する必要性があるのかが疑問として浮かぶ。
「他に思い当たる事とかないのか?」
「…ちょっとわからないかも。ねえ、アルの事、聞いてもいい?」
「ああ」
「正直、ジュード君達のことどう思う?結構楽しそうにしてるように見えたから、こんな風に切り捨てちゃって」
「仕事…だからな」
「そこがおかしいなって、仕事っていうくせに裏切るっていうか、利用するのにアルはジュード君達に関わりすぎてる。干渉しすぎてる」
「ずっとそうやってきたからな、それで仕事の結果になるなら一時的に仲良くもなる」
「なんか、それって悲しいね、寂しいっていうか…」
「そんなもんだ、一々気にしてたら切りないぜ」
「嫌だな、それ…それであのキャラ付けってわけ?」
「キャラ付けか、今じゃどっちかもわかんねぇよ。それが俺なのか、俺じゃないのか」
自嘲気味に笑うアルヴィンを見て名無しの胸に何かが刺さったような小さな痛みが走った。
彼の言う通り、ほとんど無意識になりだしているのだろう。
軽い言動や、捻くれた喋り方。
他人との距離を常に意識し続ける生き方。
作り物の中で、生きているうちにそれが”自分”だという感覚なのだろう。
「私じゃ、ダメかな?」
「お前?」
「うん…、その…アルがアルで居られるっていうか、せめて今みたいに言いたい事言える相手っていうのかな。そこ、私じゃダメかな」
「言ってる意味分かってるのか」
「うん。好きで巻き込まれに行くんだから、身勝手だけどね」
「物好きだな、後悔しても知らないぞ」
「遠ざけようとしてる」
「そんなんじゃない、ただ」
「アル、勘違いって思われるかもしれないけど、言ってもいい…?」
「なん、だよ」
そして、名無しは両腕を広げてアルヴィンの前に立った。
少し恥ずかしがったあとに、腕を一個引っこめて右手を差し出す。
小指を一本だけ立てて、その手を強調した。
「ん」
「だから、なんだよ」
「寂しいなら寂しいって言いなさい、アルフレド」
「は?」
「私が嘘でも弱音でも怒りでもなんでも受け止めるから、だから」
「だから?」
「一人でやろうろしないで、一人で勝手に傷つかないで…」
「名無し?」
「アルの背負ってるの、私にも背負わせて…」
「…条件」
「え?」
「お前も、一人で勝手に抱え込むな…その、仮にも俺が好きなら、それぐらい、頼れよ」
「…照れてる?」
「うっせーな」
顔を隠すアルヴィンを見て名無しがおかしそうに笑う。
アルヴィンの顔を覆っている手を名無しが強引に引きはがし自分の子指と絡める。
指きり、というと名無しも照れくさそうな顔をした。
その言葉に同意し、アルヴィンが小さく頷いた。
「…その、話す時になったらでいいから、さっきの事。ジランドじゃないだろ、取り乱したのは」
「あ…」
「何抱えてんのかわかんねぇけど、辛かったら言えよ。その、俺も…言うから」
「…ん、ありがとう、そのうちちゃんと話すから」
「次の街、ついたら話すよ。俺の事、話しておきたい」
「うん、分かった・・・、ふぁ…」
「眠いか?」
「ごめ…、どっちかっていうと疲れたかも」
「無理もねぇよ、寝るか?」
「そうしようかな」
名無しがもう一度あくびをしながら背伸びをした。
アルヴィンはまだ少しやることがあると言って外に出て行った。
少し不安だったが直ぐに戻るとのことで、名無しはその背中を見送った。
今日は、情報としては何も得る事が無かった日だったが名無しにとっては嫌な一日ではなかった。
ほんの少し、アルヴィンとの距離を縮める事ができた気がしてそれだけで名無しは満たされた。
就寝の準備をしてから、今日の日記を書き終え布団に横になる。
すぐ隣にある空きのベッドをみて、そこにいない人の事を考えた。
きっと、あの時取り乱した話をするとアルヴィンはまた心配するのだろう。
そう思うと、言い辛い気持ちが強くなるのだが、先ほど交わした約束を思い出し、いつか言う日を考え腹をくくった。
アルヴィンが戻ってきてから布団にもぐろうと思ったのだが、自分が考えているより今日は疲れていたようで瞼が重い。
そろそろ完全に寝落ちるだろうという時に、ドアが開きアルヴィンが戻ってきた。
「起こしたか?」
「ううん、今から寝るところだった」
「なんだったら、一緒に寝てやろうか?」
「なっ!」
「じょーだんだ…
「お願いしても、いい…?」
「っ!」
「変な事、しないなら」
「…絶対はないぜ?」
「今さっき戸惑ったから絶対大丈夫って思った」
「言うねぇ、お嬢さん」
「言い出しっぺ」
「わかったよ」
少し時間を置いて、アルヴィンが就寝の準備を終わらせると、そのまま名無しのベッドに横になる。
2人並んで寝ているとベッドは窮屈だったが、名無しがアルヴィンの中に潜り込むといい感じにおさまった。
おやすみ、と名無しがアルヴィンに言い顔を布団に埋めると、アルヴィンが返事の代わりに頭を撫で自身も目をつむった。
こうして、この日一日を2人は終わらせた。
今は一体何時なのだろう、時計を見ようと身を起こすと、すぐ横でなにかがずり落ちた音がする。
「…へ?」
真横にいたアルヴィンの姿に名無しは我が目を疑った。
まだきっと寝ぼけているだけだと思い、自分の頬をつねると確かな痛みが走り小さな悲鳴をあげる。
つねった方の頬をさすりながら名無しは寝てしまう前に何があったのかを必死に考える。
そしてもう一度、横で寝ているアルヴィンの顔を見て恥ずかしさが込み上げ逃げようとすると何かに引っ張られ布団に顔を強打した。
「いったぁ…」
「なに逃げようとしてんの」
「ふぇ…、あ、えーと、おはよ」
「おう」
「あの、さ、放してもらいたいなーなんて」
「なんで」
「トイレ」
「…おう、行ってこい」
寝起きなのかダルそうに手をはなされ、なんとなく後ろ髪を引かれる思いで名無しはトイレに向かった。
寝起き一発目にしては、少し刺激の強いイベントに直面し、名無しは自分が慌てているのを自覚していた。
とりあえず落ち着こうと、熱を持った顔を冷やすために顔を洗う。
冷たい水が気持ちいい。
顔をふきなが深呼吸をして名無しは洗面所をあとにする。
部屋に戻ると、さっきまで寝ていたアルヴィンが起き上がって身だしなみを整えていた。
「あれ?どっかいくの?」
「いや、あの格好のまま寝ちまったからな。着替えただけだよ。」
「そっか、そういえは私もこのまま寝ちゃったんだっけ…」
「おい、まさかここで着替えるつもりか?」
「そんなわけないでしょ、ちゃんと脱衣所で着替えるわよ」
「俺としてはここで着替えても問題ないんだけど」
「…、ならここで着替えてもいいけど」
「おいおい、冗談じょーだん!まじになんなよ」
「わかってるわよ、それじゃ」
着替えをてに持ち先程入った洗面所と同じ空間にある脱衣所に名無しは向かった。
壁一枚隔てているといっても、同じ空間に異性がいる状態で着替えるのはなんだか気まずいものがある。
とっとと終わらせようと思い服を脱いだとき、名無しはあることに気がついた。
「ん…、ちょっとにおうかも…」
昨晩、気がついたら眠ってしまっていたため、お風呂に入ることができていなかったのに気がついた。
旅をしているのだから、一日や二日風呂に入らないことなど普通なのだが、現状として風呂にはいれる環境にあるのに入らないのは名無しとしてはきぶんがよくなかった。
そして、入ろうと思えばすぐ真横にそれがある。
どうせ着替えるのに脱ぐのならば入りたいのは当然である。
しかし、壁一枚向こうにはアルヴィンがいるのも事実でありその状況下で風呂に入る勇気が名無しにはなかった。
しばらく悩んだあげく、名無しはアルヴィンのところに一度戻ることにした。
「ねぇ、アル」
「なんだ名無し、着替えどうしたんだよ」
「その…、私、昨日お風呂入ってないなって…」
「あー、おまえ寝たもんな」
「だから、その…」
「別にそんぐらい気にしてねぇよ、むしろいいにおいしたし」
「かいだの?!やだっうそっ」
「くっくっくっ、冗談だよ」
「もう!…まぁ、それでお風呂入りたいんだけど…その、」
「そんなことかよ、入ればいいんじゃねーの?いいよ、いちいち報告しなくても」
「だから、…うー、いいや。じゃあ遠慮なく使わせていただきます」
名無しの考えすぎだったのだろうか、恥ずかしいと思うのは存外自分だけだったようでなんだか複雑な気持ちになった。
何はともあれ、やっと風呂に入ることができるため悪い気分ではない。
とはいってもやはり壁の向こうを意識するなと言うのは無理があるので、できるだけ早く終らせることにした。
ガンダラ要塞での傷がまだ痛み多少苦戦したがなんとか事を済ませ着替え終わると、やはり入るまえにくらべて断然気持ちがよかった。
ふんわりとした石鹸のかおりに酔いながら名無しが部屋に戻ると、先ほどまでいたアルヴィンの姿がないのに気がつく。
「あれ?どこいったんだろ」
部屋を見渡してもどこにも姿がない。
彼の事だからあまり心配する必要もないだろうが、やはり少し気にかかる。
しかし、探しにでたところでどこを探せばよいものかもわからず、荷物は部屋にあるのでおとなしく名無しは、ベッドに座り指の包帯を新しく巻き直すことにした。
しばらくすると、部屋のドアがあきアルヴィンが戻ってきた。見ると、彼の首にはタオルがかかっており、どうやらアルヴィンも風呂に出ていたことがわかった。
「入りたいなら先にはいってもよかったのに」
「一時利用用のもあるんだ、わざわざ同じ部屋の使う必要もないだろ、それに名無しが風呂はいるっていってから俺も思い出したぐらいだしな」
「なんか、ごめんね」
「気にすんなよ、それより、俺飯食いにいくけど、名無しどうする?」
「んー、まだ髪の毛かわいてないし、かわいたら適当に食べるから先食べてていいよ」
「そんじゃ、適当に頼んで持ってこさせるか、なんでもいいか?」
「え、いいよ、そんな」
「ついでだよ、なんかあるか?」
「え、えーと、じゃあ…マーボーカレー」
「りょーかい」
タオルを名無しに投げるとそのままアルヴィンは部屋の外へと消えていった。
投げられたタオルをどうするか考えとりあえず、適当に乾かせるよう部屋のはしに吊るす。
とりあえず、自分の髪の毛を乾かす作業を名無しはする。
ごく自然に会話をしていたが、普通はこういうものなのだろうか。
名無しが慣れていないだけで、だとすると彼はなれていることになる。
15年の間にそれぞれになにかはあっただろうし、当然そういった関係にある人もいたのもおかしくはない。
その事に気がつくと、不思議と寂しさが込み上げ来る。
頭をふくを止め、窓の外を見る。
時間の感覚を麻痺させるオレンジの空が尚更寂しく思えた。
ちいさなため息をついて外を見続けていると、一羽の白い鳥が飛んでいるのが目につた。
オレンジの空に一点の白がとても映えてて眩しく思えた。
じっと、鳥を見ているとその鳥が名無しのほうに向かって飛んできた。
まさかと思い、窓を開け待っていると鳥は迷うことなく室内に入ってきたため名無しは驚いた。
「やだ…、本当に入ってきちゃった…」
入ってきたはいいものの、どうしたものか。
とりあえず、撫でてみたり抱いてみたりしてみたが逃げることもない。
怪我でもしているのだろうかと思い様子を見ると鳥のあしになにかがついているのが見え名無しはこの鳥がなんなのか理解した。
「ああ、あなたシルフモドキなのね。誰宛名のかしら」
伝書鳩の役割を果たしているシルフモドキ。
人の霊力野を読み取り手紙を届けるという器用な事をするのである。
足に手紙がついていたため、それだと理解できた。
しかし誰から誰に宛てたものなのかわからないため、むやみにこの手紙を開けるわけにはいかない。
アルヴィンが戻ってきたら尋ねようと思いシルフモドキには少し待ってもらうことにした。
しばらくして、アルヴィンが部屋に戻ってきたため名無しがシルフモドキの事を伝えると、アルヴィンが荷物をあさりだす。
そして、丸めた紙を取り出すとシルフモドキについていた手紙の代わりにそれをつける。
すると、シルフモドキは再び空に戻っていった。
「アルの鳥だったんだ、部屋のなかに入ってくるからびっくりしちゃった」
「お前もよくいれたな」
「ふふ、来るもの拒まず、かしら?」
「使い方間違ってんだろ、それ」
「気にしない気にしない」
「そーかよ、…まあでも、その考えは賛成だな」
「へ?って、ちょっと」
そういうとするりと名無しの後ろからアルヴィンが抱きついてきた。
少し腕の位置が傷に触れ痛んだがそこは我慢した。
名無しが戸惑っていると、悪戯っぽくアルヴィンが笑う。
「拒まないんだろ?」
「ー~っそれとこれとは別っ!」
「照れてんの?」
「…ん」
「…名無し、こっち」
「?」
言われるままにアルヴィンの方を向くと、唇が触れる。
少し触れたあとに、間を開けてもう一度。
次に唇が離れたときに、アルヴィンが目を開くと、照れている名無しがいると思ったのだが、そこにはものすごい剣幕でにらむ名無しの姿があった。
「おいおい、そんなに睨むなよ」
「前置きとかないの?!」
「キスします」
「事後報告じゃない…」
「仮にいったとこでさせてくれんのか?」
「それは…えーと…」
「なら変わんねぇだろ」
「む…、アルは慣れてるかもしれないけど、私はなれないのよ、こういうの」
「何、名無しもしかして」
「?」
「はじめてだったのか?」
「流石にそれは、ただ仕事の方が楽しかったからここまでくっついてるとかはなかっただけよ」
「ふーん…」
つまらなさそうにアルヴィンが答えると、タイミング良く食事が運ばれてきてドアのノックを合図に名無しがアルヴィンを引き剥がす。
呼ばれるままにドアを開けると、食事のいいかおりがし空腹を刺激する。
料理を受け取り例を言うと名無しはそれを机に並べた。
「さ、食べよ」
「食ったらもう行くか?」
「そうね、昨日なにもできなかったし…」
「んじゃ、決まりだな」
食後予定を決め、二人は食事を開始する。
これといって話題が弾むことはなく、黙々と食事を平らげると適当な準備をして二人は目的である情報収集に出る。
まずは宿屋の中からイル・ファンから来た人がいないかを探す。手っ取り早く受付番に確認したがジュードたちに出逢ったあの日以降に海路を渡ってきた宿泊客はいないようだった。
当然の事と言えばそうなのだろう、ため息をつくまもなく名無しは外へと出ていく。
商店、観光客、行商人、船員など手当たり次第、途中手頃な食事をとりながら聞いて回ってみるもどこもいい答えを聞けるところはなかった。
結局この日、一日中歩き回って得られた情報はどこも公益ができずに困っているという答えだけだった。
何もえることができなかったことと、一日中歩き回ったということで名無しは海停のベンチに座り込んでいた。
「はぁー…」
「ほらよ、飲みもん」
「ありがと、まさか総すかんとは思わなかったわ…」
「今日始めたばっかだろ、そんなにうまくいくことでもないのは想定ないじゃねーの?」
「そうだけど、実際に直面するとダメージあるわね」
「ま、明日があんだろ」
「そうだといいんだけど…」
「落ち込むなって、な?」
ぽん、と軽くアルヴィンに肩を叩かれた瞬間、ガンダラ要塞で負った傷にちょうどアルヴィンの手があたり激痛が走り思わず名無しは悲鳴をあげた。
突然の出来事に名無し自身も驚きを隠せず、一瞬何が起きたのかすら理解できなかったが、一拍間を置いて呼吸を整えると事を理解する。
「名無し…?」
隣から名前をよばれはっとして、アルヴィンの顔をみた。
シャールの屋敷で治療してもらったのは指の治療だけで、ジランドによってできた傷については誰にも公言していない。
そのため、アルヴィンも名無しの全身にある打撲の傷については知るはずもない。
「ごめん、ちょっとびっくりして」
「どうした?普通じゃないぜ、今の驚きかた」
「んーん、なんでもない、疲れたのかな?」
「なんでもなくないだろ、お前何が…っ」
「本当に大丈夫だから!」
思わず、声をあらげて否定をしてしまう。
これではますます、何かありますと言っているようなものだ。
名無しはハッとして小さい声でもう一度なんでもないと言うと宿屋へ逃げ込んだ。
***
急いで逃げた名無しは真っ直ぐに宿泊部屋のベッドに潜り込んだ。
肩の痛みが脈打つ度に、ジランドの笑みが脳裏に浮かび名無しは震えを押さえるのに必死になった。
ジランドの笑みを思い出すと同時に、それとは違うあるはずのない声が名無しを責めていた。
その声をかきけそうと必死に他の事を考えるも、考えようとすると余計に声は大きくなっていった。
ー使えない子ー
そんなことない。
ー役たたずー
そんなことない。
ーなんでもっとちゃんとしないのー
ごめんなさい。
がんばるから。
ーなんでそんなに脆い体なのー
ごめんなさい。
まだ頑張れるから。
怪我なんかしてないから。
ミて
わタし
マダダイジョウブヨ
ーどうしてあなたはなにもできない子なのー
お願い
ガンばるカら
おこらナいで
カナしイカオしないで
「ちがう!こんなの、こんなの痛くない!まだやれる、こんなのでこんなので!」
「名無し!いいから落ち着けっ!」
「お願い、お願いだから…っ」
「名無し、名無し!」
「私は…、あぁ…っ…はぁ…はぁ…っ」
「名無し…?」
「アル、フレド…」
「名無し、俺がわかるか?」
「……っ、ごめんなさい、私ちょっと、うん、大丈夫…ごめんなさい…」
目の前にアルヴィンがいるをのを確認して名無しはやっと落ち着きを取り戻し、何が起こったのかを自分で整理することに集中しようとした。
まだ呼吸が整わないため、なかなか集中できなかったが、未だに震える手をアルヴィンが握っているのがわかり、それに気がついたあとは思いの外早く落ち着くことができた。
「ん、ありがと、もう大丈夫だから」
「落ち着いたか?」
「お陰さまで」
「…笑うなよ」
「大丈夫なら笑わないと、信用性ないでしょ?」
「…」
手でOKのサインを出しながら名無しが笑うと間髪いれずに先程名無しが痛がったところをアルヴィンが意図的に触った。
「い…っ!」
「肩、どうした」
「なんだろ、知らないうちに怪我したのかな」
「その反応でそれはないだろ、それにお前さっき…」
「ごめん」
「信用されてないってことか」
「ちがう…っアルだって、言いたくないことぐらいあるでしょ、それと同じよ」
「…」
「気にすることじゃないから」
そういうと、名無しはアルヴィンにもたれる。
名無しの傷の位置を気にしたのか、アルヴィンは名無しの頭に手を置き顔を隠すように抱き締めた。
「…話すよ」
「え?」
「俺のこと、名無しが俺を信じるって言うなら」
「だから、話してくれってこと?」
「…ああ」
「余計な心配、掛けたくないのよ」
「人のもんは、背負いたがるくせに我が儘だろ」
「アルも変わらないと思うな」
「んなことねぇよ」
「うん…じゃあ、何から話すか決めたからでもいいかな」
「あぁ」
アルヴィンの答えをきいて、名無しが小さく例を言うとアルヴィンから離れる。
取り乱したときにぼさぼさになった髪を整えながら名無しは洗面所に向かった。
鏡を見ると、そこには情けない顔をした自分の姿があり思わず乾いた笑いがこぼれた。
「ひどい顔…」
鏡に映る自分の姿をなでる。
想像していたよりも自分の顔が見るに耐えられないのを確認し、おかしさににたものが込み上げた来た。
話すといっても何から話せばいいのだろう。
まずは怪我のことからになるのだろうか。
それとも、取り乱したことになるのだろうか。
どちらにしろ話しづらいことにはかわりはない。
そして、アルヴィンはいったい何を話してくれるのか、名無しは気になった。
色々考えていると、状況が状況だっため戻りが遅いのを心配し、アルヴィンが洗面所までやってきた。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
「なんもねぇならそれでいいよ、それより、怪我してんだろ。医者呼ばなくていいのか?」
「え、うん、ただの打撲だし、市販薬持ってるから」
「ただのっておたく…、薬どこだ」
「鞄のなかだけど」
「持ってくる」
「ちょっと!ちょっと待って、着替えも一緒に入ってるからそれはちょっと!」
「あ、わりぃ」
「自分で持ってくるから、その…塗るの、手伝ってもらってもいい?」
「?構わねぇけど」
洗面所からでて荷物から名無しは塗り薬を取り出す。
袖を捲ると青くなったあざが名無しの肌にいくつかあった。
あまり痛くないよう名無しは力を入れずに薬を塗っていく。
その怪我をみて、アルヴィンが怪訝そうな顔をしたのに名無しが気がついた。
薬を塗りながら、名無しは何で負った怪我なのかを言いづらそうに言った。
「ガンダラ要塞で捕まった時にちょっと睨んだら蹴られちゃって」
「ジランドか?」
「ん、…いたた。話、ジランドさんから聞いたっていったでしょ?その時。機嫌悪かったのかわからないけど…ごめん。ちょっと脱ぐから向こう見ててもらっていい?」
「あ、ああ」
背中にある怪我に薬を塗ってもらうため名無しは服を少しめくり上げる。
「ん、大丈夫、恥ずかしいからあんまし見ないでもらうと助かるんだけど」
「ああ、…お前、なんであの時治してもらわなったんだ」
名無しの背中を見ると、至るところに腕と同じように痣が散らばっていた。
何箇所かは切り傷になっているところもあり、よくこんな体で我慢していたと思える。
「蹴られた時に、あーこれまずいなーって思って…。それに、あの時ミラの方が大変だったし私なんかよりって思って」
「馬鹿言ってんな、ほら。薬塗るからよこせ」
「あんまし強くしないでね、痛いから」
「多少は我慢しろよ、これじゃあ痛くすんなってのが無理ありすぎる」
「ごめん」
「…謝んなよ」
「ん、いた…っ」
「悪い」
「謝んないで」
おかしな会話に2人して笑う。
薬を塗り終わると名無しは服に薬がつかない様に包帯を巻く。
背中の方で苦戦しているとアルヴィンが手伝ってくれた。
「悪かった…」
「痛いのは仕方ないよ、気にしないで」
「ちがう、怪我だよ」
「なんで貴方が謝るのよ、変なの」
「言っただろ、何も知らなかったんだ」
「ん、なら謝る必要もっとないじゃない」
「知ってたら、防げたかもしれない」
「…どこまで、知ってたのか聞いてもいい?」
「お前が生きてたから、手段は選ばなくていいから連れて来い、それだけだ。ガンダラ要塞でなにがあった。」
「私もよくわかってない、ただ横でマナの人体実験やってて、私もなんかの装置に入れられてたけどなんの実験かはわからないわ、あ、もう大丈夫。包帯留めるから」
「ん、結局ジランドが何したいのかはわからない…か」
包帯を巻き終わり、名無しが服を着てアルヴィンに向き直る。
薬を荷物の中にしまう代わりに、一冊の手帳を取り出し、一つのページを選び大きなバツ印をそこにかいた。
「アルも実験に関しては知らないのね…手詰まりってとこね、本人に確認するしかないか」
「なぁ、なんでそこまであいつの動きが気になるんだ」
「クルスニクの槍なんて言葉聞いたら普通に黙ってるわけにはいかないでしょ、異界炉計画なんてさせるわけないじゃない」
「異界炉計画の話だったらお前が居た時からずっとだろ、それをなんで今更、他になにかあるのか」
他になにか、それは名無しの中で二つあるのだが一個に関してはもうすでに話しているのでパスをする。
もう一つの理由はミラに話した通り、両親のことに関するのでその事をアルヴィンに話すことにした。
両親が行っていた実験、何を目的とし何を行ったのか。
それが今、どのようにしてジランドに使われているのかを話した。
話しをしている時のアルヴィンの表情を見る限り、彼も初めて知ることだったようだ。
そして同じように、なぜ今になって名無しが生きているからといって名無しに固執する必要性があるのかが疑問として浮かぶ。
「他に思い当たる事とかないのか?」
「…ちょっとわからないかも。ねえ、アルの事、聞いてもいい?」
「ああ」
「正直、ジュード君達のことどう思う?結構楽しそうにしてるように見えたから、こんな風に切り捨てちゃって」
「仕事…だからな」
「そこがおかしいなって、仕事っていうくせに裏切るっていうか、利用するのにアルはジュード君達に関わりすぎてる。干渉しすぎてる」
「ずっとそうやってきたからな、それで仕事の結果になるなら一時的に仲良くもなる」
「なんか、それって悲しいね、寂しいっていうか…」
「そんなもんだ、一々気にしてたら切りないぜ」
「嫌だな、それ…それであのキャラ付けってわけ?」
「キャラ付けか、今じゃどっちかもわかんねぇよ。それが俺なのか、俺じゃないのか」
自嘲気味に笑うアルヴィンを見て名無しの胸に何かが刺さったような小さな痛みが走った。
彼の言う通り、ほとんど無意識になりだしているのだろう。
軽い言動や、捻くれた喋り方。
他人との距離を常に意識し続ける生き方。
作り物の中で、生きているうちにそれが”自分”だという感覚なのだろう。
「私じゃ、ダメかな?」
「お前?」
「うん…、その…アルがアルで居られるっていうか、せめて今みたいに言いたい事言える相手っていうのかな。そこ、私じゃダメかな」
「言ってる意味分かってるのか」
「うん。好きで巻き込まれに行くんだから、身勝手だけどね」
「物好きだな、後悔しても知らないぞ」
「遠ざけようとしてる」
「そんなんじゃない、ただ」
「アル、勘違いって思われるかもしれないけど、言ってもいい…?」
「なん、だよ」
そして、名無しは両腕を広げてアルヴィンの前に立った。
少し恥ずかしがったあとに、腕を一個引っこめて右手を差し出す。
小指を一本だけ立てて、その手を強調した。
「ん」
「だから、なんだよ」
「寂しいなら寂しいって言いなさい、アルフレド」
「は?」
「私が嘘でも弱音でも怒りでもなんでも受け止めるから、だから」
「だから?」
「一人でやろうろしないで、一人で勝手に傷つかないで…」
「名無し?」
「アルの背負ってるの、私にも背負わせて…」
「…条件」
「え?」
「お前も、一人で勝手に抱え込むな…その、仮にも俺が好きなら、それぐらい、頼れよ」
「…照れてる?」
「うっせーな」
顔を隠すアルヴィンを見て名無しがおかしそうに笑う。
アルヴィンの顔を覆っている手を名無しが強引に引きはがし自分の子指と絡める。
指きり、というと名無しも照れくさそうな顔をした。
その言葉に同意し、アルヴィンが小さく頷いた。
「…その、話す時になったらでいいから、さっきの事。ジランドじゃないだろ、取り乱したのは」
「あ…」
「何抱えてんのかわかんねぇけど、辛かったら言えよ。その、俺も…言うから」
「…ん、ありがとう、そのうちちゃんと話すから」
「次の街、ついたら話すよ。俺の事、話しておきたい」
「うん、分かった・・・、ふぁ…」
「眠いか?」
「ごめ…、どっちかっていうと疲れたかも」
「無理もねぇよ、寝るか?」
「そうしようかな」
名無しがもう一度あくびをしながら背伸びをした。
アルヴィンはまだ少しやることがあると言って外に出て行った。
少し不安だったが直ぐに戻るとのことで、名無しはその背中を見送った。
今日は、情報としては何も得る事が無かった日だったが名無しにとっては嫌な一日ではなかった。
ほんの少し、アルヴィンとの距離を縮める事ができた気がしてそれだけで名無しは満たされた。
就寝の準備をしてから、今日の日記を書き終え布団に横になる。
すぐ隣にある空きのベッドをみて、そこにいない人の事を考えた。
きっと、あの時取り乱した話をするとアルヴィンはまた心配するのだろう。
そう思うと、言い辛い気持ちが強くなるのだが、先ほど交わした約束を思い出し、いつか言う日を考え腹をくくった。
アルヴィンが戻ってきてから布団にもぐろうと思ったのだが、自分が考えているより今日は疲れていたようで瞼が重い。
そろそろ完全に寝落ちるだろうという時に、ドアが開きアルヴィンが戻ってきた。
「起こしたか?」
「ううん、今から寝るところだった」
「なんだったら、一緒に寝てやろうか?」
「なっ!」
「じょーだんだ…
「お願いしても、いい…?」
「っ!」
「変な事、しないなら」
「…絶対はないぜ?」
「今さっき戸惑ったから絶対大丈夫って思った」
「言うねぇ、お嬢さん」
「言い出しっぺ」
「わかったよ」
少し時間を置いて、アルヴィンが就寝の準備を終わらせると、そのまま名無しのベッドに横になる。
2人並んで寝ているとベッドは窮屈だったが、名無しがアルヴィンの中に潜り込むといい感じにおさまった。
おやすみ、と名無しがアルヴィンに言い顔を布団に埋めると、アルヴィンが返事の代わりに頭を撫で自身も目をつむった。
こうして、この日一日を2人は終わらせた。