2章
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見渡す限りのオレンジ色の空が広がるラコルム海停。
どこか哀愁の漂うこの海停に辿り着いた名無しは初めて見る景色に心を躍らせ落ちつかない様子であたりを見渡していた。
名無しの視界を一面のオレンジと人混みが埋めていたが、突然その視界は茶色一色に変わった。
直ぐにアルヴィンにぶつかったのだと気が付き、鼻を押さえながら顔を上げる。
「おいおい、そんな状態でよく一人で旅するなんて言えたな」
「む…っ一人だったら周りみて楽しむ余裕なんて逆に無いわよ」
「何?俺頼りにされてる?」
「ん、もちろん」
「っ・・・あー、っと。とりあえず宿とるか」
「私まだ全然疲れてないけど、もうそんな歳なの?」
「違えよ…、こっから次に向かうのはシャン・ドゥだ。今の時間みると空こそ変わらないが夜になる。」
「時間感覚の保持ってことかしら」
「それ以外に、もうすぐシャン・ドゥの武道大会だ。あちこちから人が集まるためにまず寄るのがここ。つまり」
「イル・ファンから人が来ている可能性もあるってことね」
「そゆこと、情報集めるにはうってつけだろ」
「なるほどね、本当頼りになるわー」
「どーも」
アルヴィンの話を聞いて名無しはその意見に同意し、二三日この海停で情報を集めることにした。
そうとなれば宿屋の確保は必須である。
先ほどの話にもあったように、近いうちにシャン・ドゥで大きなイベントがあるため観光客の量が普段より多いらしく宿屋はにぎわっていた。
この状態で空き室があればいいのだが、なかったとしたら予定を当初に戻せばいいだけの話なので名無し的にはなんら支障はないのだが。
「すみません、2人分で二三泊したいんですけれど」
「いらっしゃい、見ての通りだからねぇ確認に時間かかるけどいいかい?」
「あ、はい、大丈夫です」
「ほんじゃあちょっと待っててな」
そういうと、受付の男は帳簿を忙しそうに見だす。
少し時間がかかる事を名無しはアルヴィンに伝えると、想像通りと言いたげにアルヴィンは首を振った。
時間がかかるといっても宿屋の仕事に関しては名無しは慣れた物なのでわざわざ外に出るまでの時間がかかるわけではないとわかっていたため、適当にロビーの端っこで待つことにした。
受け付けをぼんやりと眺めていると、以前も自分も同じことをして働いていたのだと思いだす。
忙しい雰囲気をみていると、だんだんとイラート海停の宿屋が恋しくなってきて少しさびしい気持ちをになってくる。
特に会話を交わす事もなく2人で案内を待っていると確認を終えたのか、受付の男が名無しに話しかけてきた。
「待たせたね、2人分二三泊、なんとか空いてたから直ぐに準備させるけどどうする?」
「どうするもなにも、折角だ。とらせてもらおうぜ」
「ん、そうだね」
「それじゃあ準備させるから、もうちょっとまってくれ」
「あ、あの、準備自分たちでやるんでちょっぴりまけてくれませんか?」
「ははは、お嬢ちゃんいうねぇー、いいよ。ほい、それじゃあこれ鍵な」
「どうもありがとうございますっ」
受付の男から鍵を受け取ると、札にある番号の部屋に2人は向かった。
部屋の前まで来て、いざ部屋に入ろうとして名無しがあることに気がついた。
そう、鍵は一つしかないのだ。普通に受け取り普通に開けようとしたがアルヴィンの部屋になる場合でもある。
向こうが急いで忘れているのではと思い、名無しが鍵を取りに行こうとするとせめて荷物は置いていこうとアルヴィンが言った。
たしかに、この荷物を持って歩くのは少し面倒である。
置けるところがあるのなら置いてからでもいいだろうということで、とりあえず貰った鍵で部屋に入ることにした。
そして、部屋に入って2人は事を理解した。
「2人分って…」
「ごめん、私の言い方が悪かったわ、2人分じゃなくて二部屋って言えば…」
室内にはベッドが二つ。
そう、たしかに2人分なのだが2人部屋として2人分なのだ。
自分の言い方が悪かったと謝り名無しは急いで部屋を変えてもらうように部屋を後にしようとした。
すると、丁度先ほどの受付の男が部屋の前まで来ており事を説明しようとすると男がもう一本鍵を名無しに渡す。
「ちょうどよかったよ、鍵一本じゃ足りないだろ?渡しに行こうと思ってたとこなんだ。」
「あの、ごめんなさい、折角ご用意して貰ったんですけど二部屋で用意してほしくて…」
「そうだったのかい?いやぁ…でもまいったな、そうだとすると今空きはないんだよなぁ」
「え、そうなんですか」
「どうする?キャンセルするかい?」
「えーっと…」
「いいんじゃねーの?折角用意してもらったんだ、オヤジ。わざわざ来てもらって」
「それじゃ、ごゆっくり」
男を見送るとアルヴィンに促されて名無しも部屋に戻ることにした。
「えーっと…」
「基本的に俺は外いってるから、それでいいだろ」
「何が?」
「一緒の部屋ってわけにいかないだろ」
「でもそれじゃあ、どこで寝るのよ」
「寝る場所ぐらいいくらでもあるだろ、慣れてるよ」
「いいよ、それなら私が外いくから」
「おたく…それじゃ意味無いだろ、何のために俺が」
「なにが?」
「…なんでもねーよ、とにかく、まだ狙われてるかもしれないってのに馬鹿みたいに一人で野宿するんなってこと」
「それはアルも一緒よ、いくら慣れてるからって何があるかわからないでしょ」
「いや、だからって普通に考えて」
「私なら大丈夫だから、アルさえ大丈夫ならこの部屋でもいいし」
「は?」
「一応幼馴染じゃない?アルなら、私大丈夫だし」
名無しの発言に、アルヴィンがポカンとした顔をした。
この子は一体何を言っているんだ、とその顔はハッキリと言っていた。
間抜けな顔をしているアルヴィンが面白く、思わず名無しは笑いだす。
なんて顔してるんだと名無しに鼻を小突かれてアルヴィンがそれを振り払う。
もう一度自分が何を言ってるのか把握するべきだと小言を言われたが名無しは笑っているだけだった。
「あー、もう、わかった、わかったから。その代わり、そのぉ…なんだ、色々気をつけろよ」
「有能なボディガードさんがいるから大丈夫よ」
「…わかってねぇじゃねーか」
「ん?何?」
「なんでもねえーよ、俺腹減ったから飯食いに行くわ」
「ん、いってらっしゃーい」
そういうとアルヴィンは一人部屋を後にした。
部屋から出ると、アルヴィンは少し急ぎ足で宿屋から出て行った。
港にあるベンチに座るとアルヴィンは深いため息をついて小さく呟いた。
「本当…何考えてんだあいつ…」
一方、呟きの相手である名無しは部屋の中で荷物を広げていた。
やっとイラートから持ち出した植物の様子をゆっくり観れる機会が出来たためである。
一つは、当初のまま鮮やかな緑であったが、他の物はすべて枯れてしまっている。
やっぱりか、と名無しはため息をついて枯れてしまったものを破棄した。
そして、手帳を開き今見た事を書き出した。
ついでに、今ここまで来た事を日記にかきこれからの事を考える。
とりあえず、アルヴィンが戻って来たならば港に出てイル・ファンから来た人を探すのが優先的である。
そうでなくたとしても、なにかしらイル・ファンの情報やラ・シュガル軍について知っている人がいれば片っ端から聞いていこうとは思っている。
しかし、この行動も慎重にやらなければ逆に目を付けられる可能性もあるというのを忘れてはならない。
そしてバックで動いているアルクノアの行動の把握。
この件に関してはアルヴィンからなんとかして聞きだしたいところである。
それがせめて分かれば、少しでも…
「少しでも…救ってあげたい…」
あの時、ガンダラ要塞でみたアルヴィンの顔が今でも焼きついて離れなった。
ジュードの問いかけに、彼がなにか何を言ったのかは聞き取れなかったがその時の彼の顔は今思い出しても悲痛なものだった。
峡谷で彼と話した事を思い出し、繋げてみると恐らくアルヴィンは表面的な行動しか伝えられてなく詳細を知らないはずだ。
裏切るとわかっているのなら、仕事だと割り切っているのならばなぜあんな顔をしたのだろう。
なぜ心配をしてくるのだろう。その答えを名無しは見つけたいのだ。
見つけて、アルヴィンにあの様な顔をもうさせたくない。
ジランドの言葉を思い出し、そこに答えがあるのだと名無しは思っていた。
そのためには、なんとしてもイル・ファンへ行かなくては。
「っよし、考えたら私もお腹すいちゃった」
ペンを置き、替わりに鍵を持つと名無しも食事をとろうと部屋をあとにした。
空腹と言っても、小腹程度だったため名無しは軽食になるものがなにかないかロビーの食事受付で探していた。
メニューには比較的にがっつりと食べるものが多く、どうしたものかと悩んでいると受付の人にサイダー飯を薦められた。
何度かイラートの宿屋で誰かが作っていたり、食べているのは見ていたがあそこにいて十数年。
実際に口にした事は一度もなく、当然作った事もないのでどういう味なのか名無しはしらなかった。
そもそも、サイダーにご飯とはなんといった組み合わせなのだろうか。
全く想像の出来ない味に、この機会なので挑戦してみようと名無しは意気込んだ。
サイダー飯を注文すると、部屋まで運ぶかそれともここで食べていくか聞かれたので、名無しはなんとなく部屋で食べたい気分だったので持ってきてもらうことにした。
なんだか持っていく立場だったのでこのやりとりに違和感を感じてたまらなく、少しくすぐったかった。
***
待っている間、手持無沙汰なのも嫌なので適当に待合室にある本を借りて名無しは部屋に戻ることにした。
鍵を開けようとさすと、回したい方向に鍵が回らなかったため空いている事に気がつく。
締め忘れたのだろうかと思い、部屋に入るといつの間にかアルヴィンが部屋に戻ってきていたのだ。
「いつ戻ってきたの?」
「ついさっきだよ、そんなに驚く事もないだろう」
「だって私入口の方にいたから…気がつかなかった…」
「つーか、名無し。言ったそばから一人でどこいってたんだよ」
「小腹がすいちゃったからご飯頼みに行ったのよ、それぐらいいいじゃない…、え?もしかしてトイレ行くのも報告しないとだめなの…?」
「っ誰もそこまではいわねぇよ!」
「冗談よ」
「すみませーん、料理お持ちしましたー」
「はーい」
声に反応して名無しが扉を開けると料理が運ばれてきた。
真っ白の美味しそうなご飯が、鮮やかな青い炭酸水に漬かっている、美味しそうとはとても言い難い。
サイダー飯。
炭酸の弾ける音に心が躍るどころか不安をあおられる料理を受け取ると名無しは楽しそうにそれを抱えて椅子に座った。
「名無し何頼んだんだ…」
「サイダー飯。食べたことないから」
「チャレンジャーだな…」
「アルは食べた事ある?」
「食べたいと思った事もないな」
「それじゃあ、この際食べてみようよ!」
「いや、感想だけで十分」
「えー、まあいいか。それじゃあいただきます」
勢いよく名無しがサイダー飯を口に放ると、アルヴィンが顔をしかめた。
初めは笑顔だった名無しだが噛んでいるうちに少しずつ微妙な表情に変わっていく。
美味しくないのだろうかと思ったが飲みこむと、名無しはもう一口それを口に含んだ。
今度は飲みこむ前笑顔でそれを食べると。一口すくってアルヴィンにすすめる。
「結構おいしいよ、味噌のお茶漬けがしゅわしゅわしてるって感じで。後味ちょっと甘くて癖になるかも」
「名無し味覚大丈夫か?」
「ちょっと失礼ね、これでも宿屋の料理作ってた人なのよ、ね、騙されたと思ってどう?」
「俺さっき飯食ったから」
「何食べたの?」
「なんだっていいだろ」
「いいじゃない一口ぐらい」
「なに意地になってんだ」
「私の味覚がおかしいかどうか、証明してもらうため」
「お前そこ怒ったのか?!」
「ん、納得いかない!だからはい、一口!」
「…っわ、わかったから。食うよ食う!自分で食うから」
「はい、じゃあこれ」
了承を得たので名無しは笑顔でアルヴィンにお椀を渡した。
抵抗を持ちながらもアルヴィンはサイダー飯を一口すくい、それを見つめる。
名無しの期待をしている視線に耐えながらアルヴィンはしぶしぶサイダー飯を口に運んだ。
口にする瞬間こそ苦い顔をしていたが、飲み込むところまでいくと彼の表情はあっけにとられたものになった。
その表情をみて名無しが笑顔になる。
「ね、言うほどじゃないでしょ?」
「想像してたのとは、たしかに違うな」
「それじゃ、謝ってもらおうじゃない」
「はいはい、悪かった悪かった」
「ちょっと、本当に心から思ってる?」
「思ってるって、まあでも、本当に味覚おかしくないってんなら、今度証拠みせてもらうぜ」
「ん?どういう事?」
名無しがきょとんと首をかしげると、アルヴィンが不敵に笑って言った。
「俺が美味い、っていうもん、なんか作ってみろよ、そしたらもっぺん謝ってやっから」
「む!言ったわね、よーしデザート以外なら作れるから見てなさい」
「おいおい、なんだよその不安要素ある言い方」
「そのまんまよ、うちの宿お酒飲む人ばっかりきてたからそういうのだったら得意なんだから」
「へぇ、それじゃ。それなりに期待しておくよ」
「アルフレドのために頑張って作るぞー」
名無しが意気込んでいる横でアルヴィンが再び苦い顔をした。
何か不満があるのかと思い名無しがその真意を聞いたがアルヴィンは適当に誤魔化したが名無しは納得いっていない様子で少ししつこく聞いた。
仕方が無いと言わんばかりにため息をつくと、小さい声で何かを言っていた。
「ごめん、聞こえない…」
「…お前さ、無自覚でやってんの?」
「何が?」
「…その、よ。さっきのとか、前のとかいまのとか、つーか色々」
「?」
一体何のことだろうと名無しは首をかしげる。
あれだのそれだのこれだの言われたところで当然伝わるはずもない。
どう伝えていいのかわからず、アルヴィンが頭を掻く。
名無しも何が言いたいのかを必死で考えるがいまいち何の事なのかたどり着けなかった。
「お前さ、今までそれでなんもなかったわけ?」
「だから何の事なのよ」
「その、名無し、カラハ・シャールん時から、なんだ」
「なによ」
「…お前さ、おせっかいにしてもちょっと言い方とかスキンシップとか意識した方がいいんじゃねーのってこと」
「別に、普通だと思うけど」
「天然ものかよ…、あんまし男と距離考えないでおせっかいしない方がいいぜ、無かったのか今まで勘違いされた事」
「いまいちどういう意味かわからないんだけど…、誰かれ構わずおせっかいしてるわけじゃないよ、今回はアルだから心配なだけで」
「だから、そういう言い方が勘違い起こされるって言ってんの」
「そういわれても、どういう勘違いなのよ…」
此処まで言えば流石にわかるだろうとは思うが名無しは本気で理解していないようだった。
天然記念物級の鈍感を目の前にアルヴィンは何度目かわからないため息をついた。
ここまで分からないなら言ったところで通じないだろうと諦め、力無く喋る。
「あのなぁ…大概の男は自分に気があるんじゃないかって思うぞ、その言い方…、お前それなりだしな」
「んー…、でも私気がある人にしかここまで深入りしないもの」
「だーかーら!なんでそういう事だれにでも…、は?」
「何度も言ったじゃない、アルフレドだからって。カラハ・シャールで言った時に大分その意味で言ったんだけれど、直接言わないとわからないものなのねやっぱり」
「名無し、なに淡々と喋って…
「好きでもない人にここまで頑張ろうなんて私思わないよ?」
「…あー…」
ばつが悪そうにアルヴィンは口元を抑え、視界から名無しを外した。
アルヴィンの行動に、名無しも少し気まずくなりここまできてやっと恥ずかしさがこみあげてきた。
「やだ、照れないでよ…軽いキャラで通してるならそれぐらい受け流してよ…恥ずかしくなるじゃない…」
「お前こそ女なんだからちょっとぐらいそういうの持つべきだろ」
「軽率で通してる事前提だったのよ…、そんな反応されると、困るって言うか…」
「…。」
沈黙が室内を支配した。
時々、アルヴィンが頭を掻く音と、名無しが手持無沙汰にサイダー飯のお椀をスプーンを軽く叩く音が聞こえるだけでそれ以外の音は無かった。
時間にすれば、そんなに長い時間がたっているわけでもないのだが、2人にはそれがとても長く感じた。
口を開く事ができない、気恥ずかしい空気の中背中を向けたまま名無しが言う。
「アル、今からいうのは、…その、独りごとだから、気にしないで」
「…おう」
「ジュード君が、ミラにどこまでもついていこうとしてるように、私も、貴方がそうするなら、貴方が傷つかない様に、どこまでもついていきたいから…」
「…」
「アルフレドが私に言った事にどれだけ嘘があっても、この先例え私を貴方が売っても、この気持ちは変わらないと思うから、…ずっと変わってなかったから」
「名無し…?」
「馬鹿だって思っていいのよ、20年前こっちに流れ着いた時に仲良くなってから、ずっと好きだったみたい」
「っ!」
「そうだったんだって気がついたのは最近だけどね、昔の約束覚えてる?私が守ってあげるって言ったの」
「…あったな、そんなの」
「ん、小さい頃はただそれだけしか思って無かったけど、今になってなんでかなって思うと、好きだからなんだってわかったんだ、そしたらなんだろう。強くならなくちゃって思って、強くなれる気がして」
「それで、イル・ファンに行くって思ったのか?むちゃくちゃだろ」
「そんなことないわ、恋する力ってすごいんだから」
名無しがアルヴィンの方を向いていう。
名無しにはアルヴィンの背中しか見えてないがそれでも名無しは話を続けた。
「だから、アルが幸せそうに笑うまで私諦めないから。」
「随分、身勝手な事言うな」
「私がそうしたいってだけだもの、身勝手なのは自覚してるわ」
「俺の考えは無視なわけ?」
「素直に話してくれると思ってないから」
名無しは茶化すように笑って言うと、持っていたサイダー飯の残りを食べだした。
アルヴィンそっちのけで、サイダー飯を食べているとアルヴィンがやっと動き出し名無しの食事の手をとめた。
食べるのか、と名無しが尋ねるとそうではないと否定し、手を離した。
そう、とそっけなく答えると再び食事をする手を動かす。
もくもくと食事を続けていると、視界の端がやけに煩わしいのに落ちつけない。
早くなる鼓動を誤魔化すように食事をする手を早めるも、その存在感に耐えきれなくなり名無しが喋る。
「なによ…」
「…名無し」
「なに…」
アルヴィンに名前を呼ばれ横を見ると想像していた距離よりも近かった事に驚く。
同時に目があったため、恥ずかしさから反射的に目をそらすと先ほど目で確認した位置よりもアルヴィンが近づいてきたのがなんとなくわかった。
余計にその方向を見づらくなった名無しが硬直しているともう一度アルヴィンが名無しの名前を呼んだ。
少し体を引いてゆっくりとアルヴィンの方をみるとやはり近かったため、もう一度目を逸らそうとするとその行為をアルヴィンが止めた。
名無しの目線が完全に泳ぐ。
「な、なに」
「俺の勘違いじゃ無かったってことなら、我慢する必要ないってことだよな…」
「ちょ、ちょっと…アルフレドさん…何してるんでしょう」
「流石にわからないわけじゃないだろ」
「わからないわけじゃないけど、そういう事されると私が勘違い起こすんだけれども」
「…起こしてくれて結構」
「…きゃっ!」
一生懸命逃れようと体を引いていたのだが、限界が来て腕が滑り名無しがベッドに倒れ込んだ。
しまったと思い、急いで体を起こそうとするも既に遅く真上にはアルヴィンがいて逃げ道をふさがれている。
真っ直ぐに見下ろされた事に恥ずかしさと恐怖がまざりどうしていいのか分からなくなる。
アルヴィンの手が頬に触れて思わずびくんと体が反応した。
アルヴィンから見てもはっきりと分かるぐらい、名無しは緊張していた。
今の反応が若干の恐怖からきているのももちろん理解できているし、名無しも自覚を持っていた。
名無しがぎゅっと力一杯目をつむっていると、頬に触れていた手がそのまま髪の毛へと移り頭をそっと撫でた。
ゆっくりと撫でていると、名無しが次第に目を開く。
しっかりと名無しが目を開き、アルヴィンと目を合わせると、アルヴィンが小さく呟いた。
「わりぃ…」
「だい、じょうぶ…、びっくりしただけだから…」
「わるい…」
「もう謝らなくていいって、その、それより、起きてもいい…・?ものすごく恥ずかしいから…」
「おう」
そういうと名無しは起きあがり髪の毛を整えながらアルヴィンの前に改めて座った。
「あの…勘違い起こしていいというのは、そういうことなのでしょうか…」
「なんだよその喋り方」
「だ、だって恥ずかしいでしょ、普通に考えて!」
「普通に考えて、その恥ずかしのが普通なんだよ、わかったか」
「…あ、はい…今後気をつけます…それで、あの…」
「…名無し」
「だめ」
「は?」
アルヴィンが名無しの肩に手を掛けると突然、名無しから否定をされ間抜けな声がでた。
「そういうの、恥ずかしいからだめ」
「どういうの」
「キス…とか…、なんかそういうの、アルとするのって全然想像できないっていうか…」
「なら、実際してみようぜ?」
「だから、だめだってば」
「嫌、か?」
「嫌じゃ…なくて、だから、…恥ずか、しい…」
「目ぇつむっときゃ平気だって」
「…慣れてるのね…」
「そう見えるか?」
「余裕無い顔してる…」
「そういうことだよ…」
「ふふ、変なの」
少し緊張がほぐれたのか、名無しがはにかんだ。
その一瞬をついて、アルヴィンが名無しに口付を落とした。
ただ触れるだけのそれは、一瞬にして終わった。
あまりにも一瞬の出来事だったんで、名無しが驚いて目を丸くする。
事を理解するまでに少し時間がかかったが、何が起きたのかを把握すると顔を赤らめて少し涙目になる。
「やだ、やだやだやだやだやだ」
「おい、傷つくぞそれ」
「やだ、そういうのじゃなくて、やだ、ちょっと…」
「…なんだよ」
「…不意打ちは、ずるいよ…」
「さっきからそういう雰囲気だったと俺は思うけど」
「うぅ…、…アル…その…」
「どうした?」
「…もう一回…、こんどはちゃんと、するから…」
「言われなくても」
まだ力の入ったままの名無しの緊張を解くように、頭を撫でながら触れるだけのキスをもう一度する。
しかし先ほどとは違い、触れている事を確かめるように少しの間唇を2人は重ねた。
口づけを離すと名無しは、恥ずかしそうに目線を逸らすもどこか嬉しそうに照れて笑う。
そんな名無しの頭を何度も撫でながらアルヴィンは名無しを自身の胸に埋め抱きしめた。
アルヴィンの腕の中に収まり、本当ならば恥ずかしさで逃げ出したい名無しなのだが、不可能なのが目に見えているので大人しくその中におさまっておくことにした。
すぐそばに在る体温に、次第に心が落ち着いてくる。
だんだんと、幸せな気持ちに満たされていく感覚が名無しの中でたしかにあった。
自分の腕の中で、名無しが大人しいのに満足していたアルヴィンだったがしばらくすると、あることに気がついた。
「名無し?」
呼んでみると、名無しは返事の代わりに寝息をたてていた。
「…ったく。子供かよ」
くすりと笑うと、名無しの眠りを邪魔しないようにと彼女を抱きしめたままアルヴィンもゆっくりと目を閉じた。
朝になっても、この温もりが傍にあるのを信じてお互い、その日は眠りについた。
どこか哀愁の漂うこの海停に辿り着いた名無しは初めて見る景色に心を躍らせ落ちつかない様子であたりを見渡していた。
名無しの視界を一面のオレンジと人混みが埋めていたが、突然その視界は茶色一色に変わった。
直ぐにアルヴィンにぶつかったのだと気が付き、鼻を押さえながら顔を上げる。
「おいおい、そんな状態でよく一人で旅するなんて言えたな」
「む…っ一人だったら周りみて楽しむ余裕なんて逆に無いわよ」
「何?俺頼りにされてる?」
「ん、もちろん」
「っ・・・あー、っと。とりあえず宿とるか」
「私まだ全然疲れてないけど、もうそんな歳なの?」
「違えよ…、こっから次に向かうのはシャン・ドゥだ。今の時間みると空こそ変わらないが夜になる。」
「時間感覚の保持ってことかしら」
「それ以外に、もうすぐシャン・ドゥの武道大会だ。あちこちから人が集まるためにまず寄るのがここ。つまり」
「イル・ファンから人が来ている可能性もあるってことね」
「そゆこと、情報集めるにはうってつけだろ」
「なるほどね、本当頼りになるわー」
「どーも」
アルヴィンの話を聞いて名無しはその意見に同意し、二三日この海停で情報を集めることにした。
そうとなれば宿屋の確保は必須である。
先ほどの話にもあったように、近いうちにシャン・ドゥで大きなイベントがあるため観光客の量が普段より多いらしく宿屋はにぎわっていた。
この状態で空き室があればいいのだが、なかったとしたら予定を当初に戻せばいいだけの話なので名無し的にはなんら支障はないのだが。
「すみません、2人分で二三泊したいんですけれど」
「いらっしゃい、見ての通りだからねぇ確認に時間かかるけどいいかい?」
「あ、はい、大丈夫です」
「ほんじゃあちょっと待っててな」
そういうと、受付の男は帳簿を忙しそうに見だす。
少し時間がかかる事を名無しはアルヴィンに伝えると、想像通りと言いたげにアルヴィンは首を振った。
時間がかかるといっても宿屋の仕事に関しては名無しは慣れた物なのでわざわざ外に出るまでの時間がかかるわけではないとわかっていたため、適当にロビーの端っこで待つことにした。
受け付けをぼんやりと眺めていると、以前も自分も同じことをして働いていたのだと思いだす。
忙しい雰囲気をみていると、だんだんとイラート海停の宿屋が恋しくなってきて少しさびしい気持ちをになってくる。
特に会話を交わす事もなく2人で案内を待っていると確認を終えたのか、受付の男が名無しに話しかけてきた。
「待たせたね、2人分二三泊、なんとか空いてたから直ぐに準備させるけどどうする?」
「どうするもなにも、折角だ。とらせてもらおうぜ」
「ん、そうだね」
「それじゃあ準備させるから、もうちょっとまってくれ」
「あ、あの、準備自分たちでやるんでちょっぴりまけてくれませんか?」
「ははは、お嬢ちゃんいうねぇー、いいよ。ほい、それじゃあこれ鍵な」
「どうもありがとうございますっ」
受付の男から鍵を受け取ると、札にある番号の部屋に2人は向かった。
部屋の前まで来て、いざ部屋に入ろうとして名無しがあることに気がついた。
そう、鍵は一つしかないのだ。普通に受け取り普通に開けようとしたがアルヴィンの部屋になる場合でもある。
向こうが急いで忘れているのではと思い、名無しが鍵を取りに行こうとするとせめて荷物は置いていこうとアルヴィンが言った。
たしかに、この荷物を持って歩くのは少し面倒である。
置けるところがあるのなら置いてからでもいいだろうということで、とりあえず貰った鍵で部屋に入ることにした。
そして、部屋に入って2人は事を理解した。
「2人分って…」
「ごめん、私の言い方が悪かったわ、2人分じゃなくて二部屋って言えば…」
室内にはベッドが二つ。
そう、たしかに2人分なのだが2人部屋として2人分なのだ。
自分の言い方が悪かったと謝り名無しは急いで部屋を変えてもらうように部屋を後にしようとした。
すると、丁度先ほどの受付の男が部屋の前まで来ており事を説明しようとすると男がもう一本鍵を名無しに渡す。
「ちょうどよかったよ、鍵一本じゃ足りないだろ?渡しに行こうと思ってたとこなんだ。」
「あの、ごめんなさい、折角ご用意して貰ったんですけど二部屋で用意してほしくて…」
「そうだったのかい?いやぁ…でもまいったな、そうだとすると今空きはないんだよなぁ」
「え、そうなんですか」
「どうする?キャンセルするかい?」
「えーっと…」
「いいんじゃねーの?折角用意してもらったんだ、オヤジ。わざわざ来てもらって」
「それじゃ、ごゆっくり」
男を見送るとアルヴィンに促されて名無しも部屋に戻ることにした。
「えーっと…」
「基本的に俺は外いってるから、それでいいだろ」
「何が?」
「一緒の部屋ってわけにいかないだろ」
「でもそれじゃあ、どこで寝るのよ」
「寝る場所ぐらいいくらでもあるだろ、慣れてるよ」
「いいよ、それなら私が外いくから」
「おたく…それじゃ意味無いだろ、何のために俺が」
「なにが?」
「…なんでもねーよ、とにかく、まだ狙われてるかもしれないってのに馬鹿みたいに一人で野宿するんなってこと」
「それはアルも一緒よ、いくら慣れてるからって何があるかわからないでしょ」
「いや、だからって普通に考えて」
「私なら大丈夫だから、アルさえ大丈夫ならこの部屋でもいいし」
「は?」
「一応幼馴染じゃない?アルなら、私大丈夫だし」
名無しの発言に、アルヴィンがポカンとした顔をした。
この子は一体何を言っているんだ、とその顔はハッキリと言っていた。
間抜けな顔をしているアルヴィンが面白く、思わず名無しは笑いだす。
なんて顔してるんだと名無しに鼻を小突かれてアルヴィンがそれを振り払う。
もう一度自分が何を言ってるのか把握するべきだと小言を言われたが名無しは笑っているだけだった。
「あー、もう、わかった、わかったから。その代わり、そのぉ…なんだ、色々気をつけろよ」
「有能なボディガードさんがいるから大丈夫よ」
「…わかってねぇじゃねーか」
「ん?何?」
「なんでもねえーよ、俺腹減ったから飯食いに行くわ」
「ん、いってらっしゃーい」
そういうとアルヴィンは一人部屋を後にした。
部屋から出ると、アルヴィンは少し急ぎ足で宿屋から出て行った。
港にあるベンチに座るとアルヴィンは深いため息をついて小さく呟いた。
「本当…何考えてんだあいつ…」
一方、呟きの相手である名無しは部屋の中で荷物を広げていた。
やっとイラートから持ち出した植物の様子をゆっくり観れる機会が出来たためである。
一つは、当初のまま鮮やかな緑であったが、他の物はすべて枯れてしまっている。
やっぱりか、と名無しはため息をついて枯れてしまったものを破棄した。
そして、手帳を開き今見た事を書き出した。
ついでに、今ここまで来た事を日記にかきこれからの事を考える。
とりあえず、アルヴィンが戻って来たならば港に出てイル・ファンから来た人を探すのが優先的である。
そうでなくたとしても、なにかしらイル・ファンの情報やラ・シュガル軍について知っている人がいれば片っ端から聞いていこうとは思っている。
しかし、この行動も慎重にやらなければ逆に目を付けられる可能性もあるというのを忘れてはならない。
そしてバックで動いているアルクノアの行動の把握。
この件に関してはアルヴィンからなんとかして聞きだしたいところである。
それがせめて分かれば、少しでも…
「少しでも…救ってあげたい…」
あの時、ガンダラ要塞でみたアルヴィンの顔が今でも焼きついて離れなった。
ジュードの問いかけに、彼がなにか何を言ったのかは聞き取れなかったがその時の彼の顔は今思い出しても悲痛なものだった。
峡谷で彼と話した事を思い出し、繋げてみると恐らくアルヴィンは表面的な行動しか伝えられてなく詳細を知らないはずだ。
裏切るとわかっているのなら、仕事だと割り切っているのならばなぜあんな顔をしたのだろう。
なぜ心配をしてくるのだろう。その答えを名無しは見つけたいのだ。
見つけて、アルヴィンにあの様な顔をもうさせたくない。
ジランドの言葉を思い出し、そこに答えがあるのだと名無しは思っていた。
そのためには、なんとしてもイル・ファンへ行かなくては。
「っよし、考えたら私もお腹すいちゃった」
ペンを置き、替わりに鍵を持つと名無しも食事をとろうと部屋をあとにした。
空腹と言っても、小腹程度だったため名無しは軽食になるものがなにかないかロビーの食事受付で探していた。
メニューには比較的にがっつりと食べるものが多く、どうしたものかと悩んでいると受付の人にサイダー飯を薦められた。
何度かイラートの宿屋で誰かが作っていたり、食べているのは見ていたがあそこにいて十数年。
実際に口にした事は一度もなく、当然作った事もないのでどういう味なのか名無しはしらなかった。
そもそも、サイダーにご飯とはなんといった組み合わせなのだろうか。
全く想像の出来ない味に、この機会なので挑戦してみようと名無しは意気込んだ。
サイダー飯を注文すると、部屋まで運ぶかそれともここで食べていくか聞かれたので、名無しはなんとなく部屋で食べたい気分だったので持ってきてもらうことにした。
なんだか持っていく立場だったのでこのやりとりに違和感を感じてたまらなく、少しくすぐったかった。
***
待っている間、手持無沙汰なのも嫌なので適当に待合室にある本を借りて名無しは部屋に戻ることにした。
鍵を開けようとさすと、回したい方向に鍵が回らなかったため空いている事に気がつく。
締め忘れたのだろうかと思い、部屋に入るといつの間にかアルヴィンが部屋に戻ってきていたのだ。
「いつ戻ってきたの?」
「ついさっきだよ、そんなに驚く事もないだろう」
「だって私入口の方にいたから…気がつかなかった…」
「つーか、名無し。言ったそばから一人でどこいってたんだよ」
「小腹がすいちゃったからご飯頼みに行ったのよ、それぐらいいいじゃない…、え?もしかしてトイレ行くのも報告しないとだめなの…?」
「っ誰もそこまではいわねぇよ!」
「冗談よ」
「すみませーん、料理お持ちしましたー」
「はーい」
声に反応して名無しが扉を開けると料理が運ばれてきた。
真っ白の美味しそうなご飯が、鮮やかな青い炭酸水に漬かっている、美味しそうとはとても言い難い。
サイダー飯。
炭酸の弾ける音に心が躍るどころか不安をあおられる料理を受け取ると名無しは楽しそうにそれを抱えて椅子に座った。
「名無し何頼んだんだ…」
「サイダー飯。食べたことないから」
「チャレンジャーだな…」
「アルは食べた事ある?」
「食べたいと思った事もないな」
「それじゃあ、この際食べてみようよ!」
「いや、感想だけで十分」
「えー、まあいいか。それじゃあいただきます」
勢いよく名無しがサイダー飯を口に放ると、アルヴィンが顔をしかめた。
初めは笑顔だった名無しだが噛んでいるうちに少しずつ微妙な表情に変わっていく。
美味しくないのだろうかと思ったが飲みこむと、名無しはもう一口それを口に含んだ。
今度は飲みこむ前笑顔でそれを食べると。一口すくってアルヴィンにすすめる。
「結構おいしいよ、味噌のお茶漬けがしゅわしゅわしてるって感じで。後味ちょっと甘くて癖になるかも」
「名無し味覚大丈夫か?」
「ちょっと失礼ね、これでも宿屋の料理作ってた人なのよ、ね、騙されたと思ってどう?」
「俺さっき飯食ったから」
「何食べたの?」
「なんだっていいだろ」
「いいじゃない一口ぐらい」
「なに意地になってんだ」
「私の味覚がおかしいかどうか、証明してもらうため」
「お前そこ怒ったのか?!」
「ん、納得いかない!だからはい、一口!」
「…っわ、わかったから。食うよ食う!自分で食うから」
「はい、じゃあこれ」
了承を得たので名無しは笑顔でアルヴィンにお椀を渡した。
抵抗を持ちながらもアルヴィンはサイダー飯を一口すくい、それを見つめる。
名無しの期待をしている視線に耐えながらアルヴィンはしぶしぶサイダー飯を口に運んだ。
口にする瞬間こそ苦い顔をしていたが、飲み込むところまでいくと彼の表情はあっけにとられたものになった。
その表情をみて名無しが笑顔になる。
「ね、言うほどじゃないでしょ?」
「想像してたのとは、たしかに違うな」
「それじゃ、謝ってもらおうじゃない」
「はいはい、悪かった悪かった」
「ちょっと、本当に心から思ってる?」
「思ってるって、まあでも、本当に味覚おかしくないってんなら、今度証拠みせてもらうぜ」
「ん?どういう事?」
名無しがきょとんと首をかしげると、アルヴィンが不敵に笑って言った。
「俺が美味い、っていうもん、なんか作ってみろよ、そしたらもっぺん謝ってやっから」
「む!言ったわね、よーしデザート以外なら作れるから見てなさい」
「おいおい、なんだよその不安要素ある言い方」
「そのまんまよ、うちの宿お酒飲む人ばっかりきてたからそういうのだったら得意なんだから」
「へぇ、それじゃ。それなりに期待しておくよ」
「アルフレドのために頑張って作るぞー」
名無しが意気込んでいる横でアルヴィンが再び苦い顔をした。
何か不満があるのかと思い名無しがその真意を聞いたがアルヴィンは適当に誤魔化したが名無しは納得いっていない様子で少ししつこく聞いた。
仕方が無いと言わんばかりにため息をつくと、小さい声で何かを言っていた。
「ごめん、聞こえない…」
「…お前さ、無自覚でやってんの?」
「何が?」
「…その、よ。さっきのとか、前のとかいまのとか、つーか色々」
「?」
一体何のことだろうと名無しは首をかしげる。
あれだのそれだのこれだの言われたところで当然伝わるはずもない。
どう伝えていいのかわからず、アルヴィンが頭を掻く。
名無しも何が言いたいのかを必死で考えるがいまいち何の事なのかたどり着けなかった。
「お前さ、今までそれでなんもなかったわけ?」
「だから何の事なのよ」
「その、名無し、カラハ・シャールん時から、なんだ」
「なによ」
「…お前さ、おせっかいにしてもちょっと言い方とかスキンシップとか意識した方がいいんじゃねーのってこと」
「別に、普通だと思うけど」
「天然ものかよ…、あんまし男と距離考えないでおせっかいしない方がいいぜ、無かったのか今まで勘違いされた事」
「いまいちどういう意味かわからないんだけど…、誰かれ構わずおせっかいしてるわけじゃないよ、今回はアルだから心配なだけで」
「だから、そういう言い方が勘違い起こされるって言ってんの」
「そういわれても、どういう勘違いなのよ…」
此処まで言えば流石にわかるだろうとは思うが名無しは本気で理解していないようだった。
天然記念物級の鈍感を目の前にアルヴィンは何度目かわからないため息をついた。
ここまで分からないなら言ったところで通じないだろうと諦め、力無く喋る。
「あのなぁ…大概の男は自分に気があるんじゃないかって思うぞ、その言い方…、お前それなりだしな」
「んー…、でも私気がある人にしかここまで深入りしないもの」
「だーかーら!なんでそういう事だれにでも…、は?」
「何度も言ったじゃない、アルフレドだからって。カラハ・シャールで言った時に大分その意味で言ったんだけれど、直接言わないとわからないものなのねやっぱり」
「名無し、なに淡々と喋って…
「好きでもない人にここまで頑張ろうなんて私思わないよ?」
「…あー…」
ばつが悪そうにアルヴィンは口元を抑え、視界から名無しを外した。
アルヴィンの行動に、名無しも少し気まずくなりここまできてやっと恥ずかしさがこみあげてきた。
「やだ、照れないでよ…軽いキャラで通してるならそれぐらい受け流してよ…恥ずかしくなるじゃない…」
「お前こそ女なんだからちょっとぐらいそういうの持つべきだろ」
「軽率で通してる事前提だったのよ…、そんな反応されると、困るって言うか…」
「…。」
沈黙が室内を支配した。
時々、アルヴィンが頭を掻く音と、名無しが手持無沙汰にサイダー飯のお椀をスプーンを軽く叩く音が聞こえるだけでそれ以外の音は無かった。
時間にすれば、そんなに長い時間がたっているわけでもないのだが、2人にはそれがとても長く感じた。
口を開く事ができない、気恥ずかしい空気の中背中を向けたまま名無しが言う。
「アル、今からいうのは、…その、独りごとだから、気にしないで」
「…おう」
「ジュード君が、ミラにどこまでもついていこうとしてるように、私も、貴方がそうするなら、貴方が傷つかない様に、どこまでもついていきたいから…」
「…」
「アルフレドが私に言った事にどれだけ嘘があっても、この先例え私を貴方が売っても、この気持ちは変わらないと思うから、…ずっと変わってなかったから」
「名無し…?」
「馬鹿だって思っていいのよ、20年前こっちに流れ着いた時に仲良くなってから、ずっと好きだったみたい」
「っ!」
「そうだったんだって気がついたのは最近だけどね、昔の約束覚えてる?私が守ってあげるって言ったの」
「…あったな、そんなの」
「ん、小さい頃はただそれだけしか思って無かったけど、今になってなんでかなって思うと、好きだからなんだってわかったんだ、そしたらなんだろう。強くならなくちゃって思って、強くなれる気がして」
「それで、イル・ファンに行くって思ったのか?むちゃくちゃだろ」
「そんなことないわ、恋する力ってすごいんだから」
名無しがアルヴィンの方を向いていう。
名無しにはアルヴィンの背中しか見えてないがそれでも名無しは話を続けた。
「だから、アルが幸せそうに笑うまで私諦めないから。」
「随分、身勝手な事言うな」
「私がそうしたいってだけだもの、身勝手なのは自覚してるわ」
「俺の考えは無視なわけ?」
「素直に話してくれると思ってないから」
名無しは茶化すように笑って言うと、持っていたサイダー飯の残りを食べだした。
アルヴィンそっちのけで、サイダー飯を食べているとアルヴィンがやっと動き出し名無しの食事の手をとめた。
食べるのか、と名無しが尋ねるとそうではないと否定し、手を離した。
そう、とそっけなく答えると再び食事をする手を動かす。
もくもくと食事を続けていると、視界の端がやけに煩わしいのに落ちつけない。
早くなる鼓動を誤魔化すように食事をする手を早めるも、その存在感に耐えきれなくなり名無しが喋る。
「なによ…」
「…名無し」
「なに…」
アルヴィンに名前を呼ばれ横を見ると想像していた距離よりも近かった事に驚く。
同時に目があったため、恥ずかしさから反射的に目をそらすと先ほど目で確認した位置よりもアルヴィンが近づいてきたのがなんとなくわかった。
余計にその方向を見づらくなった名無しが硬直しているともう一度アルヴィンが名無しの名前を呼んだ。
少し体を引いてゆっくりとアルヴィンの方をみるとやはり近かったため、もう一度目を逸らそうとするとその行為をアルヴィンが止めた。
名無しの目線が完全に泳ぐ。
「な、なに」
「俺の勘違いじゃ無かったってことなら、我慢する必要ないってことだよな…」
「ちょ、ちょっと…アルフレドさん…何してるんでしょう」
「流石にわからないわけじゃないだろ」
「わからないわけじゃないけど、そういう事されると私が勘違い起こすんだけれども」
「…起こしてくれて結構」
「…きゃっ!」
一生懸命逃れようと体を引いていたのだが、限界が来て腕が滑り名無しがベッドに倒れ込んだ。
しまったと思い、急いで体を起こそうとするも既に遅く真上にはアルヴィンがいて逃げ道をふさがれている。
真っ直ぐに見下ろされた事に恥ずかしさと恐怖がまざりどうしていいのか分からなくなる。
アルヴィンの手が頬に触れて思わずびくんと体が反応した。
アルヴィンから見てもはっきりと分かるぐらい、名無しは緊張していた。
今の反応が若干の恐怖からきているのももちろん理解できているし、名無しも自覚を持っていた。
名無しがぎゅっと力一杯目をつむっていると、頬に触れていた手がそのまま髪の毛へと移り頭をそっと撫でた。
ゆっくりと撫でていると、名無しが次第に目を開く。
しっかりと名無しが目を開き、アルヴィンと目を合わせると、アルヴィンが小さく呟いた。
「わりぃ…」
「だい、じょうぶ…、びっくりしただけだから…」
「わるい…」
「もう謝らなくていいって、その、それより、起きてもいい…・?ものすごく恥ずかしいから…」
「おう」
そういうと名無しは起きあがり髪の毛を整えながらアルヴィンの前に改めて座った。
「あの…勘違い起こしていいというのは、そういうことなのでしょうか…」
「なんだよその喋り方」
「だ、だって恥ずかしいでしょ、普通に考えて!」
「普通に考えて、その恥ずかしのが普通なんだよ、わかったか」
「…あ、はい…今後気をつけます…それで、あの…」
「…名無し」
「だめ」
「は?」
アルヴィンが名無しの肩に手を掛けると突然、名無しから否定をされ間抜けな声がでた。
「そういうの、恥ずかしいからだめ」
「どういうの」
「キス…とか…、なんかそういうの、アルとするのって全然想像できないっていうか…」
「なら、実際してみようぜ?」
「だから、だめだってば」
「嫌、か?」
「嫌じゃ…なくて、だから、…恥ずか、しい…」
「目ぇつむっときゃ平気だって」
「…慣れてるのね…」
「そう見えるか?」
「余裕無い顔してる…」
「そういうことだよ…」
「ふふ、変なの」
少し緊張がほぐれたのか、名無しがはにかんだ。
その一瞬をついて、アルヴィンが名無しに口付を落とした。
ただ触れるだけのそれは、一瞬にして終わった。
あまりにも一瞬の出来事だったんで、名無しが驚いて目を丸くする。
事を理解するまでに少し時間がかかったが、何が起きたのかを把握すると顔を赤らめて少し涙目になる。
「やだ、やだやだやだやだやだ」
「おい、傷つくぞそれ」
「やだ、そういうのじゃなくて、やだ、ちょっと…」
「…なんだよ」
「…不意打ちは、ずるいよ…」
「さっきからそういう雰囲気だったと俺は思うけど」
「うぅ…、…アル…その…」
「どうした?」
「…もう一回…、こんどはちゃんと、するから…」
「言われなくても」
まだ力の入ったままの名無しの緊張を解くように、頭を撫でながら触れるだけのキスをもう一度する。
しかし先ほどとは違い、触れている事を確かめるように少しの間唇を2人は重ねた。
口づけを離すと名無しは、恥ずかしそうに目線を逸らすもどこか嬉しそうに照れて笑う。
そんな名無しの頭を何度も撫でながらアルヴィンは名無しを自身の胸に埋め抱きしめた。
アルヴィンの腕の中に収まり、本当ならば恥ずかしさで逃げ出したい名無しなのだが、不可能なのが目に見えているので大人しくその中におさまっておくことにした。
すぐそばに在る体温に、次第に心が落ち着いてくる。
だんだんと、幸せな気持ちに満たされていく感覚が名無しの中でたしかにあった。
自分の腕の中で、名無しが大人しいのに満足していたアルヴィンだったがしばらくすると、あることに気がついた。
「名無し?」
呼んでみると、名無しは返事の代わりに寝息をたてていた。
「…ったく。子供かよ」
くすりと笑うと、名無しの眠りを邪魔しないようにと彼女を抱きしめたままアルヴィンもゆっくりと目を閉じた。
朝になっても、この温もりが傍にあるのを信じてお互い、その日は眠りについた。