1章
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町から離れるために、まずは広場に向かった。ここは見晴らしが良すぎるためあまり彷徨きたくはないのだか、現状では仕方のないことだった。
広場につくと、直ぐにアルヴィンの姿が目についた。向こうもこちらに気がつくと、何事もなかったように気軽な挨拶をした。
その態度に腹をたてたティポがアルヴィンに罵声を浴びせる。バホーとはいったいなんなのか、名無しは突っ込みたかったがこの場はそうもいかない思いぐっとこらえた。
ミラがアルヴィンに先程の件について問いただすと、交換条件としての情報提供だといい悪びれる様子はみられない。
ミラは少し黙り自分の考えを口にする。彼女が語る中にクルスニクの槍という単語があったのを聞き取った瞬間、名無しの中で時間が静止した。
先程のミラの質問、鍵を意味するものがなにかもこの瞬間に理解した、鍵と槍、人体実験、三つの素材は名無しの中で、この15年間断固として関わることを避けようとしていた出来事に結び付き、同時に自らが巻き込まれに足を踏み込んだ事実に自身を嘲笑いたくなった。
しかし、名無しの脳裏をよぎったものは憶測でしかない、だがそれは最も真実に近い憶測だと、名無しはハッキリと確信した。行動からしてアルヴィンが関わっているのも事実だろう。でなければ、クレインに彼女達を売らない。
名無しのなかで生まれた自信は同時に不安へと変わっていく。
ミラはミラで、ジュード達に話をしていると、遠くからラ・シュガル兵がこちらの様子をうかがっているかと思うと、突如大声をあげ走ってきた。
「お前たち、手配書の者だな!」
目立つところにこれだけの人数でいたのがやはりまずかった。
ミラはいつでも剣を抜けるよう構えるも、動作に続いて優しい声が後方から聞こえてきた。
「南西の風…いい加勢ですね」
「執事さん?!」
「この場はわたしが」
想定外の救援に驚きを隠せずにいると、ラ・シュガル兵の一人がしびれを切らしたのか詰め寄ってくる。
ローエンは素直に兵に向き直ると素早く空にナイフを投げるも兵士はそれに気がつかない。次にローエンは兵士の陣形について指摘をしだす、この様に悠長にしゃべっていては突然切りかかられないだろうか不安はあったがその不安を他所に兵士は素直に指摘された陣形を言われた通りに直していった。間抜けなのだろうか…。すると、兵士達の三方を先程なげられたナイフが囲み術が発動される。この兵士達はきっと一生昇給できないだろうと哀れみを感じつつもこのチャンスを逃すわけにもいかないため、ローエンと一緒に屋敷の方にむけ一行は逃げることにした。
屋敷の前につき呼吸を整えるも、名無しの顔は浮かないものだった、カラハ・シャールについてからずっとアルクノアとラ・シュガルについて考え込んでいるために、メンバーとの会話が自然と減っているのだが、なにを考え込んでいるのか当然知ることのないエリーゼが屋敷前でのこともあり再び心配をする。
「名無し…なんだかずっと元気ない、です」
「ラ・シュガルの兵隊さん怖いの?僕がやっつけちゃうぞー!」
「…、……、」
「無視だー!むっちゃショックー!名無しもバホー!!」
「…へ?え、え、ごめん、なんか言ってた…?」
ティポに思いきり噛み付かれてやっと名無しは反応を見せた。
「名無しがちっとも話聞いてくれないのが悪いんだぞー」
「ごめんってばティポ、…ちょっと考え事してて」
「ラ・シュガルの、兵隊さんの、ことですか?」
「まあ、そんなところかな…一応それに狙われてるし?」
「一応っておたく、自分の事なのに適当じゃねーの?考え込んでるわりには」
会話に突如アルヴィンが混ざる。彼ならば、もしかするとその理由を知っているのかもしれないが、名無しは聞かなかった。名無しが気がついたことを口にしないよう釘をさしにきた可能性も十分にあるため、発言には注意を払う。
「アルヴィンこそ、何か知らない?ジュード君達のことクレインさんに売ったときに、なにか言われなかった?」
「おいおい、売ったって人聞き悪いな、言ったろ交換条件って、な?」
「…だから、その交換条件の時になにかなかったのかしら」
「特に聞いてねぇな、むしろ俺が知りたいぐらいだわ」
「なんでアルヴィンが知りたがるのよ」
「さあね」
「自分の事なのに適当なのは、あなたのほうね」
その適当さがなんだか不安でたまらないのだけれども。
アルヴィンによこやりをいれられたが、先ほどからエリーゼとティポに心配をさせてしまっているのは名無し自身申し訳なく感じている。しっかりせねば、と気合いを入れ直し二人にお礼をいうと、友達だからとティポは嬉しそうにいった。エリーゼも頬を染めながらそれに同意する。
歳こそ離れているけれども友達と言われると気持ちのよいものだ。
もう一度、今度は友達とよんでくれたことに対し名無しはエリーゼとティポにお礼をした。
こちらの会話が終わるのを見計らってか、ミラがローエンに単刀直入に用件を聞き出した。
ローエンの話によると、先程屋敷から出てきた者がナハティガル王で、ナハティガル王がカラハ・シャールの住人を強制的に実験に使うため強制的に徴集していったようで、民が実験に使われるのを阻止するためにクレインが兵をつれてナハティガル王を追っていったというのだ。
主君の身を案じて、ミラ達に協力をしてもらいたいローエンは言う。当然、ナハティガル王が絡んでいるのにミラが動かないわけもなく、ジュードも民とクレインを助けたいと言う。
ならば直ぐにでも助けにいこうと、バーミア峡谷へと続く道へと向かおうとする、当然名無しもそこへ行こうと思い進むがアルヴィンがその行動を止めた。
「ちょっとたんま、名無しはここに残った方がいいんじゃね?」
「アルヴィン?」
少し強くいうため、ジュードがアルヴィンをきにかけた。
「敵地に乗り込むんだ、ミラとジュードはまともに戦えたとしても、樹海での戦いかたをみた限り名無しをつれていくのに俺は賛成できない」
「…たしかに、一理あるな」
「足手まといってこと、よね」
「違うよ、名無し!きっとアルヴィンは名無しを心配して」
「優等生、俺は足手まといっていってんだ、余計なフォローはいらねぇよ、実践経験から邪魔だっていってんの」
「アルヴィン君ひどーい!最低!友達になんてこといってんだー!」
「ティポ、ジュード君、いいよ。足でまとにならないように頑張るっていっても、聞いてくれなさそうだし、それにクレインさんを助けるなら急がなきゃならないし、効率優先だもの、残るわ」
「名無し…、名無し寂しくないですか?」
「ん?エリーゼ心配してくれるの?大丈夫よ、ドロッセルのところにでも厄介になるわ」
「では、ドロッセル様のところには私が一緒に」
「ん、ありがとうローエンさん、それじゃ皆頑張ってね」
名無しは笑顔で手をふり、ローエンに連れられ屋敷へと入っていった。
「では、ローエンが戻り次第いくとするか」
「ミラっ!、ねぇアルヴィン、さっきの、言い方は流石にひどいんじゃないのかな」
「言ったろジュード、事実だよ、包んだとこで意味はねーのよ」
「そうだけど…」
「名無し…笑ってました、強いんですね…」
「僕なら泣いてアルヴィンに噛みついちゃうのにねー、あぐあぐ」
ティポがアルヴィンに噛みつきそれをアルヴィンが振り払う、そんなことをしているとローエンが戻ってきたため、一行はバーミア峡谷へと今度こそ足を運ぶのだった。
***
ーシャール家屋敷内客室
広い部屋の中、峡谷へ向かうミラ達を名無しは一人眺めたいた。足手まといの言葉の意味はおそらくそのままだろうが、名無し自身としては捕まることに抵抗はなかったわけでもあり、逆に捕まれば捕まったで内部より詳細を探れるチャンスでもあったのだ。どちらにしろ、ここでミラがナハティガル王を討ちすべてを止めるのならばその必要もないのだろうが。
なんにせよ、駄々をこねてまでついていく必要は名無しもないのは事実である。
残ったなら残ったで、現在のラ・シュガル情勢を調べたい名無しは邪魔者が入らない状態でドロッセルに聞くことができるのだ。
あのような言われ方をされ、寂しくないといえば嘘になるが、名無しの知る彼は無意味にそのような言葉をしない人だったのは確かで、何かそういう理由があったのだと名無しは思いたかった。しかしそれは、今でも彼は昔の様なところがあると信じたかった名無しのエゴでもあった。
深呼吸をし、両手の指をきつく結んで名無しは気合いを入れる。
「よしっ」
ドロッセルに話を聞きにいこうと勢いよく扉をあけようとしたと同時に客室のドアがあいた。
「「わわっ…っとと!」」
二つの間抜けな声が客室に響き、落ちそうになったカップを二人で抑える。ドロッセルがお茶をもってきたようで、そのタイミングが名無しが室外にいこうとしたのと被ったのだった。
ドロッセルが室内に入りお茶の準備を進めようとすると、名無しがやらせてくれないかと尋ねる、職業病がうずいたようだ。お客様なんだから、とドロッセルは笑いながらそれを断ると名無しは少しだけしおれた。その仕草がおかしく再びドロッセルは笑う。お茶のいい香りがしてきて、これから話をするのには最高の供だ。一口飲むと心が落ち着いた。
「お兄さん、無事だといいですね」
「ええ…本当に…、助けにいってくれたミラさん達も無事だといいけど」
「ん、そうですね…、ねぇ、ドロッセルさん、聞きたいことがあるんだけど」
「私に?ええ、答えられることなら」
領主でなくてもいいのだろうか、と控えめにドロッセルが恥ずかしそうに俯く。
「大丈夫ですよ、私イラート付近のことしか知らないから、ラ・シュガルのことについて聞きたくて」
「そうなの?あ、それと、もっと気軽に話してくださって!折角仲良くなれたんだもの」
「へ?それじゃあ、お言葉に甘えて、早速なんだけどさっきいた先客ってナハティガル王だってきいたんだけど、その…後ろにいた人ってどんな人なのかな」
なぜそんな人物を、といったように一度だけドロッセルは首をかしげた。
「あの人は、ジランド参謀副長さんよ、ナハティガル王のサポートの方みたい、すごく頭の良い方みたいでね、軍の指揮をとることもあるそうよ」
「そうなんだ、…えっと実験については知らされていないんだっけ?」
「ええ…、お兄様もその件に関しては頭を抱えてましたわ…、ここのところ、ナハティガル王の動きは宮中の人でも僅かしか知り得ないみたいで、少し怖いわね」
「だったら尚更、事実を知ったら動かないわけには行かないのね…、クレインさん、本当に立派な人ね」
「お兄様…本当に無事にかえってきて…」
クレインが向かったときから我慢をしていたのか、ポロポロとドロッセルの瞳から涙があふれでてきた。一つ溢れると拭い、泣かないようドロッセルは懸命に何度も何度も涙をふいた。領主の妹だから、兄の様に振る舞わなくては、といった過重と兄を思うからこその涙にドロッセルはどう振る舞って良いのか困惑していた。
「ごめんなさい、私、こんなつもりじゃ…」
「ドロッセル、それじゃあ私たちの秘密にしよ?」
「え…」
「無理しなくて、良いんじゃないかな、家族が危険なのに泣いちゃいけないなんておかしいもの」
「大丈夫よ、私、だってお兄様の妹だもの」
「だったら、戻ってきたときに思いっきり笑顔で迎えるよう、今思いっきり泣いておくのも悪くないと、私は思うな」
ドロッセルはぐっと涙を堪えてたが、名無しがドロッセルの頭を撫でるとスイッチを押されたようにぼろぼろと泣き出した。
「お兄…様…っお兄様…っ」
「ん、ミラ達を信じて、待ってよ」
子供のようにドロッセルは名無しに泣きついた。いや、実際まだ子供なのだろう。歳で言えばまだ遊び盛りだ。買い物に夢中なったり、エリーゼとの会話に夢中になるような子だ。
領主の妹だという枠に相応しいよう振る舞うことに努めてきて、今もきっとそうしようと必死だったのだろう。
名無しは、泣きじゃくるドロッセルの頭を撫でどうかこの子が救われるよう静かに祈った。
泣き疲れてしまったのか、落ちつくと同時にドロッセルは眠ってしまった。どうすることもできずに、とりあえず客室にあるソファに彼女を寝かせ、先程のラ・シュガルの事をまとめようと名無しは日記帳を取り出す。
開くと、最後の日付がイラートを旅だった日で止まっており、あんなにも毎日つけていた事を忘れていたことに気がついた。自分でもどうして忘れてしまったのか疑問を抱くが今はそれよりも、ペンを走らせる事に集中した。
ミラが研究所でみたこと、ナハティガル王がその研究の首謀者だということ、ジランドがそのサポートにいること、そして推測であるアルクノアの存在の関係性。
一気に殴り書いて名無しは一息をつく。ドロッセルに入れてもらったお茶はもう冷たくなっていた。さて、続きを書こうと意気込むも、何を書こうか浮かばなくなった。さて…、と悩んだあげくこの旅の事を書いていないので、その事を書こうと決め、再びぺんをはしらさた。
ミラのこと、ジュードのこと、エリーゼ・ティポのこと、アルヴィンのこと。
アルヴィンのこと。
そこで、名無しのペンが再び止まる。一度考え直し、ペンをおき持ってこれる範囲で持ち出した昔の日記帳を開く。
その中には、イラートで拾われたばかりの名無しの気持ちがびっしりと書かれていた。
両親がなくなったこと、知らないところにきたこと、以前自分の身に起こっていたことへの恐怖、宿屋の美味しいご飯のこと、初めての仕事のこと。そして、幼い頃のアルヴィンを心配していたこと。
「あの頃のアルは…泣き虫だったなぁ…なんでほんと、ひねくれちゃったのかな…、強くなったんだろうけど、あんなんじゃ余計心配になるじゃない…」
紙をめくる音が室内に響き続けた。ほとんど毎日、似たようなことが幼い日記には書いてあった。
"おばさまの事を大切にしていたから、そのために無茶なことをしなきゃいいのだけど、おばさまを守るのはアルだけど、アルを守る人はいるのかな、すぐそこにいけるなら、私が"
「私が…守るのに…か…」
今ではただの、足手まといだ。
名無しの中を悔しさが駆け巡る。たが、今の彼に自分は必要なのだろうか。旅についてきた理由は、ラ・シュガルの件についてと、ミラがアルクノアを絶つための協力、それと店への迷惑を考えてのことだった。しかし、それらをまとめて自分の中で強くひっかかったことは、世界の危機よりも自分の身のことよりも、それにアルヴィンが関わっているということだった。文字にして名無しは初めて気がついたこと。
「ああ、私、アルが心配なだけなんだ…」
幼い頃、よく泣いていた彼に名無しは構っていた。
名無しが見かけるたびに、彼は泣いていた。弱虫なのね、仕方ないから守ってあげる、そんな約束を勝手にしたような気がした。そんな約束、既に時効だろう。だが、名無しの中で今その約束が大きな決意に変わっていった。
「嫌ね…昔にしがみつくみたいで、しつこい女も嫌われる…わね。」
ーーーそれでも、構わない。私は…ーー
日記帳を閉じると名無しはドロッセルが起きたときに暖かいものを用意出来るようお茶をいれなおしに部屋を出ていった。
クレインと民を連れて、ミラたちが無事に戻ってきたときに、彼女たちにも用意出来るよう、新しいカップも用意して。
広場につくと、直ぐにアルヴィンの姿が目についた。向こうもこちらに気がつくと、何事もなかったように気軽な挨拶をした。
その態度に腹をたてたティポがアルヴィンに罵声を浴びせる。バホーとはいったいなんなのか、名無しは突っ込みたかったがこの場はそうもいかない思いぐっとこらえた。
ミラがアルヴィンに先程の件について問いただすと、交換条件としての情報提供だといい悪びれる様子はみられない。
ミラは少し黙り自分の考えを口にする。彼女が語る中にクルスニクの槍という単語があったのを聞き取った瞬間、名無しの中で時間が静止した。
先程のミラの質問、鍵を意味するものがなにかもこの瞬間に理解した、鍵と槍、人体実験、三つの素材は名無しの中で、この15年間断固として関わることを避けようとしていた出来事に結び付き、同時に自らが巻き込まれに足を踏み込んだ事実に自身を嘲笑いたくなった。
しかし、名無しの脳裏をよぎったものは憶測でしかない、だがそれは最も真実に近い憶測だと、名無しはハッキリと確信した。行動からしてアルヴィンが関わっているのも事実だろう。でなければ、クレインに彼女達を売らない。
名無しのなかで生まれた自信は同時に不安へと変わっていく。
ミラはミラで、ジュード達に話をしていると、遠くからラ・シュガル兵がこちらの様子をうかがっているかと思うと、突如大声をあげ走ってきた。
「お前たち、手配書の者だな!」
目立つところにこれだけの人数でいたのがやはりまずかった。
ミラはいつでも剣を抜けるよう構えるも、動作に続いて優しい声が後方から聞こえてきた。
「南西の風…いい加勢ですね」
「執事さん?!」
「この場はわたしが」
想定外の救援に驚きを隠せずにいると、ラ・シュガル兵の一人がしびれを切らしたのか詰め寄ってくる。
ローエンは素直に兵に向き直ると素早く空にナイフを投げるも兵士はそれに気がつかない。次にローエンは兵士の陣形について指摘をしだす、この様に悠長にしゃべっていては突然切りかかられないだろうか不安はあったがその不安を他所に兵士は素直に指摘された陣形を言われた通りに直していった。間抜けなのだろうか…。すると、兵士達の三方を先程なげられたナイフが囲み術が発動される。この兵士達はきっと一生昇給できないだろうと哀れみを感じつつもこのチャンスを逃すわけにもいかないため、ローエンと一緒に屋敷の方にむけ一行は逃げることにした。
屋敷の前につき呼吸を整えるも、名無しの顔は浮かないものだった、カラハ・シャールについてからずっとアルクノアとラ・シュガルについて考え込んでいるために、メンバーとの会話が自然と減っているのだが、なにを考え込んでいるのか当然知ることのないエリーゼが屋敷前でのこともあり再び心配をする。
「名無し…なんだかずっと元気ない、です」
「ラ・シュガルの兵隊さん怖いの?僕がやっつけちゃうぞー!」
「…、……、」
「無視だー!むっちゃショックー!名無しもバホー!!」
「…へ?え、え、ごめん、なんか言ってた…?」
ティポに思いきり噛み付かれてやっと名無しは反応を見せた。
「名無しがちっとも話聞いてくれないのが悪いんだぞー」
「ごめんってばティポ、…ちょっと考え事してて」
「ラ・シュガルの、兵隊さんの、ことですか?」
「まあ、そんなところかな…一応それに狙われてるし?」
「一応っておたく、自分の事なのに適当じゃねーの?考え込んでるわりには」
会話に突如アルヴィンが混ざる。彼ならば、もしかするとその理由を知っているのかもしれないが、名無しは聞かなかった。名無しが気がついたことを口にしないよう釘をさしにきた可能性も十分にあるため、発言には注意を払う。
「アルヴィンこそ、何か知らない?ジュード君達のことクレインさんに売ったときに、なにか言われなかった?」
「おいおい、売ったって人聞き悪いな、言ったろ交換条件って、な?」
「…だから、その交換条件の時になにかなかったのかしら」
「特に聞いてねぇな、むしろ俺が知りたいぐらいだわ」
「なんでアルヴィンが知りたがるのよ」
「さあね」
「自分の事なのに適当なのは、あなたのほうね」
その適当さがなんだか不安でたまらないのだけれども。
アルヴィンによこやりをいれられたが、先ほどからエリーゼとティポに心配をさせてしまっているのは名無し自身申し訳なく感じている。しっかりせねば、と気合いを入れ直し二人にお礼をいうと、友達だからとティポは嬉しそうにいった。エリーゼも頬を染めながらそれに同意する。
歳こそ離れているけれども友達と言われると気持ちのよいものだ。
もう一度、今度は友達とよんでくれたことに対し名無しはエリーゼとティポにお礼をした。
こちらの会話が終わるのを見計らってか、ミラがローエンに単刀直入に用件を聞き出した。
ローエンの話によると、先程屋敷から出てきた者がナハティガル王で、ナハティガル王がカラハ・シャールの住人を強制的に実験に使うため強制的に徴集していったようで、民が実験に使われるのを阻止するためにクレインが兵をつれてナハティガル王を追っていったというのだ。
主君の身を案じて、ミラ達に協力をしてもらいたいローエンは言う。当然、ナハティガル王が絡んでいるのにミラが動かないわけもなく、ジュードも民とクレインを助けたいと言う。
ならば直ぐにでも助けにいこうと、バーミア峡谷へと続く道へと向かおうとする、当然名無しもそこへ行こうと思い進むがアルヴィンがその行動を止めた。
「ちょっとたんま、名無しはここに残った方がいいんじゃね?」
「アルヴィン?」
少し強くいうため、ジュードがアルヴィンをきにかけた。
「敵地に乗り込むんだ、ミラとジュードはまともに戦えたとしても、樹海での戦いかたをみた限り名無しをつれていくのに俺は賛成できない」
「…たしかに、一理あるな」
「足手まといってこと、よね」
「違うよ、名無し!きっとアルヴィンは名無しを心配して」
「優等生、俺は足手まといっていってんだ、余計なフォローはいらねぇよ、実践経験から邪魔だっていってんの」
「アルヴィン君ひどーい!最低!友達になんてこといってんだー!」
「ティポ、ジュード君、いいよ。足でまとにならないように頑張るっていっても、聞いてくれなさそうだし、それにクレインさんを助けるなら急がなきゃならないし、効率優先だもの、残るわ」
「名無し…、名無し寂しくないですか?」
「ん?エリーゼ心配してくれるの?大丈夫よ、ドロッセルのところにでも厄介になるわ」
「では、ドロッセル様のところには私が一緒に」
「ん、ありがとうローエンさん、それじゃ皆頑張ってね」
名無しは笑顔で手をふり、ローエンに連れられ屋敷へと入っていった。
「では、ローエンが戻り次第いくとするか」
「ミラっ!、ねぇアルヴィン、さっきの、言い方は流石にひどいんじゃないのかな」
「言ったろジュード、事実だよ、包んだとこで意味はねーのよ」
「そうだけど…」
「名無し…笑ってました、強いんですね…」
「僕なら泣いてアルヴィンに噛みついちゃうのにねー、あぐあぐ」
ティポがアルヴィンに噛みつきそれをアルヴィンが振り払う、そんなことをしているとローエンが戻ってきたため、一行はバーミア峡谷へと今度こそ足を運ぶのだった。
***
ーシャール家屋敷内客室
広い部屋の中、峡谷へ向かうミラ達を名無しは一人眺めたいた。足手まといの言葉の意味はおそらくそのままだろうが、名無し自身としては捕まることに抵抗はなかったわけでもあり、逆に捕まれば捕まったで内部より詳細を探れるチャンスでもあったのだ。どちらにしろ、ここでミラがナハティガル王を討ちすべてを止めるのならばその必要もないのだろうが。
なんにせよ、駄々をこねてまでついていく必要は名無しもないのは事実である。
残ったなら残ったで、現在のラ・シュガル情勢を調べたい名無しは邪魔者が入らない状態でドロッセルに聞くことができるのだ。
あのような言われ方をされ、寂しくないといえば嘘になるが、名無しの知る彼は無意味にそのような言葉をしない人だったのは確かで、何かそういう理由があったのだと名無しは思いたかった。しかしそれは、今でも彼は昔の様なところがあると信じたかった名無しのエゴでもあった。
深呼吸をし、両手の指をきつく結んで名無しは気合いを入れる。
「よしっ」
ドロッセルに話を聞きにいこうと勢いよく扉をあけようとしたと同時に客室のドアがあいた。
「「わわっ…っとと!」」
二つの間抜けな声が客室に響き、落ちそうになったカップを二人で抑える。ドロッセルがお茶をもってきたようで、そのタイミングが名無しが室外にいこうとしたのと被ったのだった。
ドロッセルが室内に入りお茶の準備を進めようとすると、名無しがやらせてくれないかと尋ねる、職業病がうずいたようだ。お客様なんだから、とドロッセルは笑いながらそれを断ると名無しは少しだけしおれた。その仕草がおかしく再びドロッセルは笑う。お茶のいい香りがしてきて、これから話をするのには最高の供だ。一口飲むと心が落ち着いた。
「お兄さん、無事だといいですね」
「ええ…本当に…、助けにいってくれたミラさん達も無事だといいけど」
「ん、そうですね…、ねぇ、ドロッセルさん、聞きたいことがあるんだけど」
「私に?ええ、答えられることなら」
領主でなくてもいいのだろうか、と控えめにドロッセルが恥ずかしそうに俯く。
「大丈夫ですよ、私イラート付近のことしか知らないから、ラ・シュガルのことについて聞きたくて」
「そうなの?あ、それと、もっと気軽に話してくださって!折角仲良くなれたんだもの」
「へ?それじゃあ、お言葉に甘えて、早速なんだけどさっきいた先客ってナハティガル王だってきいたんだけど、その…後ろにいた人ってどんな人なのかな」
なぜそんな人物を、といったように一度だけドロッセルは首をかしげた。
「あの人は、ジランド参謀副長さんよ、ナハティガル王のサポートの方みたい、すごく頭の良い方みたいでね、軍の指揮をとることもあるそうよ」
「そうなんだ、…えっと実験については知らされていないんだっけ?」
「ええ…、お兄様もその件に関しては頭を抱えてましたわ…、ここのところ、ナハティガル王の動きは宮中の人でも僅かしか知り得ないみたいで、少し怖いわね」
「だったら尚更、事実を知ったら動かないわけには行かないのね…、クレインさん、本当に立派な人ね」
「お兄様…本当に無事にかえってきて…」
クレインが向かったときから我慢をしていたのか、ポロポロとドロッセルの瞳から涙があふれでてきた。一つ溢れると拭い、泣かないようドロッセルは懸命に何度も何度も涙をふいた。領主の妹だから、兄の様に振る舞わなくては、といった過重と兄を思うからこその涙にドロッセルはどう振る舞って良いのか困惑していた。
「ごめんなさい、私、こんなつもりじゃ…」
「ドロッセル、それじゃあ私たちの秘密にしよ?」
「え…」
「無理しなくて、良いんじゃないかな、家族が危険なのに泣いちゃいけないなんておかしいもの」
「大丈夫よ、私、だってお兄様の妹だもの」
「だったら、戻ってきたときに思いっきり笑顔で迎えるよう、今思いっきり泣いておくのも悪くないと、私は思うな」
ドロッセルはぐっと涙を堪えてたが、名無しがドロッセルの頭を撫でるとスイッチを押されたようにぼろぼろと泣き出した。
「お兄…様…っお兄様…っ」
「ん、ミラ達を信じて、待ってよ」
子供のようにドロッセルは名無しに泣きついた。いや、実際まだ子供なのだろう。歳で言えばまだ遊び盛りだ。買い物に夢中なったり、エリーゼとの会話に夢中になるような子だ。
領主の妹だという枠に相応しいよう振る舞うことに努めてきて、今もきっとそうしようと必死だったのだろう。
名無しは、泣きじゃくるドロッセルの頭を撫でどうかこの子が救われるよう静かに祈った。
泣き疲れてしまったのか、落ちつくと同時にドロッセルは眠ってしまった。どうすることもできずに、とりあえず客室にあるソファに彼女を寝かせ、先程のラ・シュガルの事をまとめようと名無しは日記帳を取り出す。
開くと、最後の日付がイラートを旅だった日で止まっており、あんなにも毎日つけていた事を忘れていたことに気がついた。自分でもどうして忘れてしまったのか疑問を抱くが今はそれよりも、ペンを走らせる事に集中した。
ミラが研究所でみたこと、ナハティガル王がその研究の首謀者だということ、ジランドがそのサポートにいること、そして推測であるアルクノアの存在の関係性。
一気に殴り書いて名無しは一息をつく。ドロッセルに入れてもらったお茶はもう冷たくなっていた。さて、続きを書こうと意気込むも、何を書こうか浮かばなくなった。さて…、と悩んだあげくこの旅の事を書いていないので、その事を書こうと決め、再びぺんをはしらさた。
ミラのこと、ジュードのこと、エリーゼ・ティポのこと、アルヴィンのこと。
アルヴィンのこと。
そこで、名無しのペンが再び止まる。一度考え直し、ペンをおき持ってこれる範囲で持ち出した昔の日記帳を開く。
その中には、イラートで拾われたばかりの名無しの気持ちがびっしりと書かれていた。
両親がなくなったこと、知らないところにきたこと、以前自分の身に起こっていたことへの恐怖、宿屋の美味しいご飯のこと、初めての仕事のこと。そして、幼い頃のアルヴィンを心配していたこと。
「あの頃のアルは…泣き虫だったなぁ…なんでほんと、ひねくれちゃったのかな…、強くなったんだろうけど、あんなんじゃ余計心配になるじゃない…」
紙をめくる音が室内に響き続けた。ほとんど毎日、似たようなことが幼い日記には書いてあった。
"おばさまの事を大切にしていたから、そのために無茶なことをしなきゃいいのだけど、おばさまを守るのはアルだけど、アルを守る人はいるのかな、すぐそこにいけるなら、私が"
「私が…守るのに…か…」
今ではただの、足手まといだ。
名無しの中を悔しさが駆け巡る。たが、今の彼に自分は必要なのだろうか。旅についてきた理由は、ラ・シュガルの件についてと、ミラがアルクノアを絶つための協力、それと店への迷惑を考えてのことだった。しかし、それらをまとめて自分の中で強くひっかかったことは、世界の危機よりも自分の身のことよりも、それにアルヴィンが関わっているということだった。文字にして名無しは初めて気がついたこと。
「ああ、私、アルが心配なだけなんだ…」
幼い頃、よく泣いていた彼に名無しは構っていた。
名無しが見かけるたびに、彼は泣いていた。弱虫なのね、仕方ないから守ってあげる、そんな約束を勝手にしたような気がした。そんな約束、既に時効だろう。だが、名無しの中で今その約束が大きな決意に変わっていった。
「嫌ね…昔にしがみつくみたいで、しつこい女も嫌われる…わね。」
ーーーそれでも、構わない。私は…ーー
日記帳を閉じると名無しはドロッセルが起きたときに暖かいものを用意出来るようお茶をいれなおしに部屋を出ていった。
クレインと民を連れて、ミラたちが無事に戻ってきたときに、彼女たちにも用意出来るよう、新しいカップも用意して。