Like a Dragon
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恋の重荷
恋人が手を繋いで街を歩くのは当然のことだ。下の名前で呼び合うのも、時にはキスをするのだって当たり前なのに。
それなのに、どうして私たちは奇異の目で見られなければいけないのか。
*
宏一さんが走らせる車の助手席でカーオーディオを操作する。流れてくるロックミュージックを一、二秒聴いてはスキップして、幾度目かでやっと知っている曲に巡り合えた。
ふたりでカラオケに行った日のことを思い出す。彼と一緒に盛り上がれるように、古いヒット曲をいくつも勉強して来た私に対して、宏一さんは自分の好きなアーティストのマイナーな曲ばかり歌う。そんな中で知っていたのは、十年くらい前に流行ったこの曲――『MachineGun Kiss』だけだった。
帰りは私だけが疲れ果てて、もうカラオケ来るのやめよう、と言ったのは今となってはいい思い出だ。彼は歌が上手いし、歌う姿もかっこいいから好きではあるけれど、こうして車のなかで口ずさむのを聴くだけで充分なのだと思い知った。
「しっかしお前は、えらくはっきりと恋人宣言するなぁ」
「恋人を『お父さん』って言われるの、腑に落ちないですよ」
どこか嬉しそうな声に、シートに身体を預けて唇を尖らせながらそう返せば、宏一さんはハンドルを握っていた手で顎を撫でながら口ごもった。
――もしかして、足立さん?
何時間か前、彼とショッピングモールを歩いていたときのこと。
背後から呼び止めるような声がして振り返れば、黒い髪をピシッと後ろに流したスーツ姿の男性が立っていた。宏一さんよりいくらか若く見えるその人は、隣に立つ彼を見るなり「ああ、やっぱり」と顔を明るくさせた。
少しのあいだ彼らだけで会話に花を咲かせた後、男性は私を待たせたことを申し訳なさそうにしながら自己紹介をしてくれた。聞けば、宏一さんの刑事時代の後輩で世話になったのだと言う。私は名乗りながら軽くお辞儀をする。
「でも⋯⋯あれ? 足立さん、ご結婚されてたんでしたっけ」
彼にそんな疑問が芽生えたのは、決して私たちが夫婦に見えたからではない。つまり〝
「すみません、言葉足らずでしたね。私、彼とお付き合いさせていただいているんです」
「お付き合い⋯⋯え?」
男性は丸くした目を数回瞬かせてから口角を上げて「そうでしたか」と頷いた。どう見ても引きつっているその笑みに、さっきまでのような清爽さは無かった。
べつに今日みたいなことはよくあることだし、その度に訂正するのにももう慣れてしまった。
「遺産目当て?」なんて言われたときはさすがに頭に来たけれど、宏一さんの前だったし、怒って言い返すのは子どもっぽいからやめた。
「まあ確かに、俺となまえとじゃ歳が違いすぎるわな」
「でも年齢なんて関係無いでしょう」
関係無い。口ではそう言いながら、年齢をいちばん気にして、こだわっているのは私だった。
大人びた服を着て落ち着いた化粧をするのも、言葉遣いや指先の動きにまで気を遣うのも、私が生まれるより前の出来事をたくさん勉強するのも。全ては彼の隣で大人でいるためだ。
けれどどんなに努力したって年齢の差は埋められない。年老いていつか死んでしまうのも、きっと彼が先だ。ああ、嫌だな、死ぬだなんて。そのときが来たら私、耐えられるのだろうか。
「なあ、なまえ」
呼ばれて、ふと我に返る。いつの間にか車は路肩に止められていて、ハザードランプが一定のリズムを刻んでいた。
「本当に俺で良いのか?」
「またその話ですか? 前から言って――」
彼の横顔を見て思わず口を噤む。私の前でここまで真剣な面持ちをするのは、ずいぶんと久しかったから。
「たまに考えるんだよ。俺はお前の貴重な時間を奪ってるんじゃねえかって」
言葉が鋭い刃物みたいになって何度も胸を穿つ。そんな風に言わないでほしい。私はあなたの隣にいられる時間が何より好きで、何より大切で、願わくばいつまでも続いてほしいとすら思うのだから。
「お前はまだ若いし、先も長い。けど俺はそうじゃない。最期までお前のそばにいてやれねえし、このまま一緒になったとしても、」
そう言いながらこちらを見るなり、話すのをやめた。鼻の奥がつんとする。私、今きっとひどい顔をしている。
「⋯⋯すまん。野暮なこと聞いたな」
彼は自分の発言を悔いるようにひとつだけ大きく息を吐くと、私の肩にやさしく触れ、その手でハンドブレーキを下げた。じわりと滲む涙を隠したくて、窓の外の景色を眺めるふりをして顔を背けた。
ふたりの気持ちは確かにここにあるのだから、車内に流れるこの情熱的な歌詞みたいにただ捕まえていてくれればいいのに。
愛しいこのひとはそうしてはくれない。
2020.04.26