Like a Dragon
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発熱
なまえさんが風邪をひいた。
体温は三十八度を軽く超えているらしく、ただ起き上がっていることですら難しいと――そう聞いたのに。
「あ、ハンくん。お見舞い来てくれてありがとう。きょうは黒マスクなんだねえ」
必要になりそうな物を買い揃えて早急に見舞いに来てみれば、なまえさんはベッドの上で相も変わらず安閑としているではないか。それに加えて、風邪の感染を防ぐためにマスクを着けた私に対して、似合うなあ、格好いいなあ、などと呑気に感想を述べている。
一時的に熱が下がっているだけだとは思うが、こうも普段通りの顔を見せられるとなんだか拍子抜けだ。
今なら食事を摂れそうだと言うのでキッチンを借り、粥と摺り下ろしたりんごを手早く用意する。
出来上がったものをトレーに乗せてなまえさんの元まで運ぶと、彼女は申し訳なさそうに、けれどもどこか嬉しそうに口もとを綻ばせながら礼を言った。
「これを食べたら少し寝てください。ああそうだ、ちゃんと薬も飲んでくださいよ」
先刻立ち寄った薬局のビニール袋から風邪薬を取り出し、それをサイドテーブルに置いて部屋を後にしようとすると、もう帰るのかと呼び止められる。
「いえ、洗濯物が溜まっていたでしょう。片付けてきます」
「え? でもその、下着とか、あるし⋯⋯」
「⋯⋯今さら気にする間柄でもないでしょう」
平然と言ってのけると、なまえさんは刹那的に目を丸くし、それから「そうでした」と首筋を指でなぞりながらはにかんだ。
立ち上がって廊下へと向かう。背後では、いただきます、と彼女の声がした。
*
洗濯と掃除を簡単に済ませて寝室を覗けば、彼女が眠っている様子が窺える。食器が空いているなら今の内に片付けてしまおうとベッドの傍へ行くと、なまえさんは多量の汗を額に滲ませながらうなされていた。
冷水で濡らしたタオルを急いで持って来て、その汗を拭う。触れた肌はかなり火照っていて、計らずとも体温が高まっていることを教えてくれる。
「は、はんくん」
名前を呼ばれて大きく跳ねる心臓。止まる手。起こしてしまったと思ったが、なまえさんは目を開けることなく再び深い寝息を立て始めた。
「⋯⋯寝言、ですか」
安堵のため息をひとつ吐きながら、彼女が一体どんな夢を見ているのかを考える。
辛そうな表情から推測するにおそらく悪夢の類なのだろうが、それでも、夢に出てくるほどに私のことを考えてもらえているのだと思うと少し嬉しかった。
布団から出ているなまえさんの手を両手で包んでみると、たちまち彼女の眉間の皺は伸びて穏やかな寝顔へと変わっていく。
まさか、自分のこの手が彼女を楽にしたのではないか。⋯⋯なんて大それたことを言うつもりは無いが、少なくとも私はこの人に求められていると――それくらい自惚れても良いだろうか。
「愛してる、なまえ」
胸に迫った想いを零し、無防備な唇に顔を寄せる。
口元を覆うこの煩わしい紙を外してしまいたくなる衝動を鎮め、マスクをしたまま、そっと触れさせるだけのキスを落とした。風邪が治ったら貴方のどんな願いも叶えてあげるから、少しだけ。そんな言い訳をして。
2020.02.27