Like a Dragon
Input Name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ぬくぬく
映画、見たいな。
そんな話題で春日さんと意気投合したのは昨晩のこと。お互い観たい作品があったわけじゃないのに、声を揃えてそう言ったのだから不思議だ。
観るのはなんでもよかった。だから適当な時間に落ち合って、彼に連れられて来た『うみねこ坐』という小さな名画座で適当に映画のチケットを買う。昔のB級アクション映画だった。さっそく劇場に足を踏み入れ、自由席だからどこに座ろうかと立ち尽くしていると、春日さんに手を引かれた。
「よし、いいぜ」
劇場のやや後方の列に入り、先を歩いていた彼が真ん中あたりで止まって座席を降ろしてくれる。その動きがあまりに自然で、つい流れに乗っかってそのままシートに身体を沈めた。
「寒くねえ?」
春日さんのそんな問いかけに「はい」とうなずく。
そこまで気にかけてくれるだなんて、抜かりないな。それを当たり前のようにやってこなす彼が素敵だと思った。
ぐるりと周囲を見渡す。お客さんは片手で数えられる程度しかいなかった。古い映画ではあるものの、大きなスクリーンをほとんど貸し切りのような状態で観られるなんて。普通の映画館では到底味わえない贅沢さに胸が躍る。
映画が始まるのを今か今かと待っていると、となりで「なまえ」と呼ぶ声と共に肩をつつかれる。
「あのよ。実はここの名画座――」
春日さんはそこまで言って口を閉ざす。続く言葉を待っていると、彼は頭の後ろを掻いてからどすん、とシートに背を預けた。
「いや、やっぱなんでもねえや。楽しみだなあ」
一体何を言いかけたのだろう。首を傾げるけれど、なんだか嬉しそうな横顔を見るとそれも大した問題じゃない気がした。
前に向き直ると、ちょうど開演ブザーが劇場に鳴り響き辺りが暗くなる。興奮は最高潮へと到達した。
*
⋯⋯眠い。
頭の中にその二文字だけが思い浮かぶ。
特に映画がつまらないというわけでもないのに、妙に強い睡魔が襲ってくる。襲ってきては、抗う。その繰り返しで、とても映画どころではなかった。
――ああ、もうダメだ、限界。途中で寝ちゃった、ってあとでちゃんと謝らなきゃな。
観念して目を閉じかけたとき、ずしりと左肩が重くなった。何事かと首を捻ると、春日さんの髪が頬を掠める。
「春日さん⋯⋯?」
乗っかった頭にささやいて呼びかけるも返事がない。規則的に上下する彼の肩を見て、眠ってしまっているのだとわかった。
強面で恐い人。それが〝春日一番〟という人をぱっと見た印象なんだと思う。でも実際に蓋を開けてみれば誰より情に厚くてやさしくて、時々いまみたいに少年のような可愛い一面を見せてくれたりして。そんな彼の魅力に、多くのひとが惹かれる。気がついたらわたしもその中のひとりだった。
愛しいな、触れたいな。
そんな下心を持って、右手を伸ばして春日さんの頭を撫でてみるとふわふわ柔らかくて、手のひらなんか簡単にうずめられる。パーマを当てているのに案外傷んでいないのは、見えないところでしっかりケアをしているからなのか、それとも持ち前の髪の強さなのか。もし前者なら、どんな風に手入れしているのかな。考えながら、春日さんの頭に寄りかかる。
陽なんてどこにも差していないのに陽だまりみたいにあったかくて、すぐ近くにある彼のにおいが心を穏やかにさせる。髪が頬に触れてくすぐったいけれど、それすらいい気分。
彼の代わりに映画を見ていようと一度は持ち直した意識を、心地よさに根負けしたわたしは対して抗うこともせず手放した。
「――い。おーい、なまえ!」
「んん⋯⋯?」
身体を揺すられ、重いまぶたを持ち上げる。
頭がぼうっとする。ふと、さっき前のほうの席に座っていたひとが荷物を持って劇場を出て行く姿が目に留まって、わたしの意識は一瞬で鮮明になった。
「目ぇ、覚めたか?」
目を見開いているわたしの顔を覗き込んだ春日さんは眉を上げた。わたしがもたれていたせいで髪型が若干崩れてしまっている。なんだか色々と申し訳なくなって、何度も謝った。
*
「絶対寝てしまう名画座?」
劇場を出て、ロビーのソファに腰掛けて水分を補給していると、春日さんに不思議なことを告げられた。よくわからなくて首を傾げると、彼はうなずく。
聞けば、春日さんがこの名画座――『うみねこ坐』で映画を観ると、決まって睡魔が襲ってくるんだとか。
「だから映画観るのには適してねえっつうか、そもそもここを選んだのが間違いっていうか⋯⋯すまねえ!」
顔先で手を合わせる春日さんに慌てて首を振る。異人町にそんな変わった映画館があっただなんて。怒るどころか、むしろどういうからくりなのかと興味を惹かれてしまう。
「たしかに映画は観れなかったですけど、その⋯⋯よく眠れましたし」
店主さんに聞こえないよう声を潜めて言うと、彼はいたずらっぽく笑う。つられてわたしもくすくす笑った。
「いつもはなんとか耐えられんだけど、今日はからっきしだったなあ」
「つまらなかったですか?」
「いやあ、内容はなかなかのモンだったが」
春日さんは顎に手を当てながらううん、とか言って唸っている。
たしかに映画はなかなか楽しめた。B級といえども魅せるとこは魅せる、といった風に派手な演出もあったし。となると、やっぱりこの名画座の影響なんだろうか。
「⋯⋯なまえってよ」
「はい」
「一緒にいると、すげえ安心すんだよな」
彼は人差し指で鼻を掻きながら、小さく笑い声を上げた。瞬間、ぶわあっと顔に熱が駆けのぼる。
そんなの、春日さんだって同じだ。これほどまでに太陽そのものみたいな人、他にはいない――というのは、あまりに詩的すぎて口にするのは照れ臭かった。
「さて、と。帰るか!」
彼はぽんと軽く膝を叩いて立ち上がる。わたしも持って来ていた鞄の持ち手を握りしめて立ち上がり、伸びをしている背中に声をかけた。
「春日さん」
「ん?」
「また映画、観に行きましょうね」
そう言えば、「おう」と力強く頷いてくれてたちまち心が満たされる。
「まあでも、ここはダメかもなあ」なんて参ったように笑う春日さんを見て、わたしは内心、彼とまたここに来るのもいいな、と思った。
2020.05.16