第九章 終演まで、あと少し
眠れない。
というより、眠るのが怖かった。
目を閉じるたびに、茉依ちゃんの最後が浮かぶ。
『魔法少女を、壊して』
あの声が、ずっと耳の奥に残っていた。
♡
私は瓦礫の上に座り込みながら、ぼんやり空を見上げる。
桃色の空。
裂けた空。
世界が壊れていく色。
「……綺麗だなぁ」
ぽつりと漏れた言葉に、自分で笑いそうになる。
こんなの、綺麗なわけないのに。
「美宇」
声がした。
振り向くと、華恋ちゃんだった。
疲れ切った顔。
血だらけの衣装。
それでも真っ直ぐ立ってる。
ああ、この人、本当に強いなって思った。
「……少し、いい?」
私は隣をぽんぽん叩く。
華恋ちゃんは少し警戒した顔をして、それでも座ってくれた。
しばらく無言が続いた。
遠くではまだ爆発音が聞こえる。
誰かの悲鳴も。
もう、それが日常みたいになっていた。
「華恋ちゃん」
「なに」
「私ね、考えたんだ」
声が妙に落ち着いていた。
たぶん、もう覚悟を決めていたからだと思う。
「このままじゃ、終わらない」
華恋ちゃんは何も言わなかった。
「ヴィラン、減ってない」
「空の亀裂も広がってる」
「たぶん、あれ……向こう側と繋がってる」
空を見る。黒い裂け目。
脈打つみたいに蠢いていた。
「だからね」
私は笑った。
ちゃんとアイドルみたいに。
「私、自分を“核《コア》”にする」
華恋ちゃんの呼吸が止まった。
「……は?」
「浄化術式、覚えてる?」
「あれを逆展開するの」
「待って」
華恋ちゃんの声が強張る。
「それ、どういう意味」
「私を中心にして、一気に全部浄化する」
「それって……」
言葉が止まる。
言いたくないんだと思う。
でも、私は言った。
「たぶん、私は死ぬ」
びゅうびゅうと風の音だけが聞こえた。
「駄目」
華恋ちゃんが即答した。
「絶対駄目」
「そんなの許さない」
「うん」
「なんでそんな平気そうなの!?」
「美宇、自分が何言ってるか分かってる!?」
分かってる。
すごく怖い。
本当は死にたくない。
まだ遊びたいし。
配信もしたいし。
コンビニの新作スイーツも食べたい。
皆と笑ってたかった。
でも。
「……誰かがやらなきゃ」
私が言うと、華恋ちゃんはぎり、と歯を食いしばった。
「だったら私が――」
「だめ」
「華恋ちゃんじゃ無理」
「適性が違う」
「でも!」
「お願い」
私は、華恋ちゃんの手を握った。
冷たかった。
きっと私の手も。
「最後の、一生に一度のおねがい」
華恋ちゃんの目が揺れる。
泣きそうだった。
でも、泣かなかった。
この人は強いから。
強すぎるから。
だから余計に、辛そうだった。
♡
有栖ちゃんの救出作戦は、その数時間後に始まった。
例の幻像型ヴィラン。
あいつの内部に、有栖ちゃんの反応が残っている。
生きてるかもしれない。
その可能性だけで、皆動いた。
「正面開ける!」
「美宇、タイミング合わせて!」
「了解!」
戦闘が始まる。
華恋ちゃんが前に出た。
でも、動きが硬かった。
分かる。
ずっと考えてるんだ。
“いつ私が死ぬか”。
その恐怖を抱えたまま戦ってる。
「華恋ちゃん!!」
横から飛んできたヴィランを、私は撃ち抜く。
「前見て!」
「っ、ごめん!」
声が震えてた。
こんな華恋ちゃん、初めて見た。
♡
幻像型ヴィランが笑う。
無数の顔。
無数の声。
『おかえり』
『ねぇ、眠ろう』
『やさしい夢を見よう』
「黙って」
私は魔法を叩き込む。
光。
爆発。
肉が裂ける。
その奥。
黒い塊の中にいた。
「……有栖ちゃん!」
繭みたいなものの中で、有栖ちゃんが眠っていた。
苦しそうな顔。
涙の跡。
胸が締め付けられる。
「引き剥がす!」
「援護して!!」
華恋ちゃん達がヴィランを押さえる。
私は有栖ちゃんに触れた。
雪のように冷たかった。
「起きて」
返事はない。
「有栖ちゃん」
「帰ろ」
その瞬間。
有栖ちゃんの瞼が、微かに震えた。
♡
でも、空が、鳴いた。
びき、びき、と。
空の亀裂が、さらに広がる。
黒い向こう側。
“何か”が動いた。
全員の顔色が変わる。
「……うそ」
誰かが呟いた。
巨大だった。
今までのヴィランなんか比べ物にならない。
世界そのものみたいな“何か”。
それが、向こう側からこちらを覗いていた。
そして私は理解した。
本当に、時間がないのだと。
もう、残ってはない。
♡
有栖ちゃんを抱えながら、私は空を見上げた。
怖い。
すごく怖い。
でも、不思議と心は静かだった。
茉依ちゃん。
私、ちゃんと壊せるかな。
この世界を。
魔法少女を。
全部。
