第五章 それは前座に過ぎなくて。


 警報は、止まなかった。
 街のどこかで鳴っているサイレンが、空気そのものを震わせていた。

 空は相変わらず桃色だった。
 もう“異常な色”として認識できないくらい、世界に馴染み始めている。

 それが、余計に気持ち悪かった。

「第三区画、ヴィラン反応増加!」
「第四、第七でも同時発生!」
「待って、これ湧き方おかしいって!」

 通信が怒鳴り声だらけになる。
 現場は、もうぐちゃぐちゃだった。

 私は瓦礫の上を蹴って走る。
 肺が焼けるみたいに痛い。
 でも止まれない。止まれなかった。

 目の前では、巨大な獣型ヴィランがビルの外壁に爪を叩きつけていた。
 コンクリートが紙みたいに砕ける。

「避難まだ!?」
「地下に誘導中です!」
「間に合わない、押し返して!」

 魔法陣が空中に展開される。
 直後、爆発。
 衝撃で熱風が吹き抜けた。
 でも。

「――再生してる!?」
「はぁ!? 嘘でしょ!」

 煙の中から、ヴィランがまた立ち上がる。
 しかも一体じゃない。

 その後ろ。
 その横。
 道路の亀裂から、次々と黒い影が這い出してくる。

「……数、多すぎる……」

 誰かが掠れた声で呟いた。
 本当に、その通りだった。

 今までだって危険な現場はいくらでもあった。
 大型災害級だって経験してる。

 でもこれは違う。
 明らかに規模がおかしい。

「森の音楽会㌠、北側防衛線維持!」
「童話のヒロイン㌠は市民誘導優先!」
「不思議の国であっちこっち㌠、中央区画の穴埋め入って!」

 指示が飛ぶ。
 けど、追いつかなかった。

 誰かが倒れれば、そこから一気に崩れる。
 まるで堤防だった。

 一箇所崩壊した瞬間、全部飲み込まれる。

「っ、華恋ちゃん後ろ!!」

 叫んだ瞬間。
 華恋ちゃんが振り向きざまに槍を叩き込む。
 爆音。ヴィランの頭部が吹き飛ぶ。

 でも次の瞬間、別個体が横から飛びかかってきた。

「――う、わっ!?」

 受け止めきれない。
 華恋ちゃんの体が地面を滑る。

「華恋ちゃん!」

 有栖が飛び出す。
 光弾。
 連射。
 道路が抉れる。
 それでも止まらない。
 ヴィランが、止まらない。

 その光景を見た瞬間、背筋が冷えた。
 ……私たち、“押されてる”。
 その事実を脳が認識した途端、急に呼吸が苦しくなる。

 今まで、なんだかんだ勝ってきた。

 被害が出ても。
 泣く人がいても。

 最後には魔法少女がなんとかしてきた。
 だから、どこかで思ってた。
 今回も、なんとかなるって。
 でも。

「第二区画壊滅!」
『応援部隊、応答してください!』
『ダメです、通信切れて――』

 ノイズ。 悲鳴。 爆発音。

 遠くでビルが崩れる音がした。
 地面が揺れる。
 誰かが泣いていた。
 誰かが怒鳴っていた。
 そしてその全部を掻き消すみたいに、空だけが綺麗だった。

 桃色の空。
 まるで、世界の終わりを祝福してるみたいな色。

「……っ」

 気持ち悪い。
 吐きそう。

 その時、通信に声が割り込んだ。

『各員、注意してください』

 管制の声だった。でも震えている。

『ヴィラン総数、想定を突破』
『現在確認されている個体数――』

 一瞬、間が空く。
 その沈黙が、逆に怖かった。

『……測定不能』

 空気が止まった気がした。
 測定不能。
 その言葉の意味を、みんな理解してしまった。

 終わりが見えない。

 どれだけ倒しても。
 どれだけ戦っても。

 減っていない。

「……ふざ、け……」

 誰かが呟く。

 怒りなのか。
 恐怖なのか。
 もう分からない声だった。

 その時。
 空の向こうで、何かが光った。

 巨大な“穴”だった。
 桃色の空の中心。

 まるで世界が裂けたみたいに、黒い亀裂が走っている。
 全員が息を呑む。

 あれを見た瞬間、本能で理解した。
 まだ終わってない。

 むしろ――ここまでは前座だ。

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