第四章 平和な休日

空が、なんだか気持ち悪かった。
最初にそう思ったのは、多分私だけ。


「……あれ、?」


クレープの包み紙片手に私はふと空を見た。
今日は、珍しく仕事が入っていなかったのだ。
……まだ、呼び出されていなかっただけなのかもしれないけれど。


それでも、朝から警報は鳴ってないし緊急出勤の連絡もない。
だから今日は遊ぼう、という話になった。


不思議の国であっちこっち㌠。
森の音楽隊㌠。
童話のヒロイン㌠。


こうやって他の班の子たちと集まるのは久しぶりで。
だからみんな浮かれていた。


有栖先輩はずっと写真を撮っているし、美宇はスマホを覗き込みながら「それ盛れてる?」って騒いでいる。
水鈴さんは緋宮先輩に寄りかかって「お酒飲みたい〜」ってぼやいているし。


平和だった。
びっくりするほど。
だからこそ、気づいたのかもしれない。


「………あれ、」


空の色がおかしかった。
私は何回か瞬きをした。
目も擦った。


寝不足かなと思った。
でも、違った。
空が薄く桃色に染まっていた。


夕方では無い。
昼過ぎの12時ちょっと。


 なのに、青空の上から半透明のピンクを流し込んだみたいに、世界の色が変わっていた。


「あら、どうしましたの? そんなに目を擦って」


 横から茉依ちゃんが声をかけてくる。
 私は空を見たまま答えた。


「なんか……空、ピンクじゃない? 幻覚かなって」


 その瞬間、茉依ちゃんがぴたりと止まった。


 さっきまで笑ってた顔が、固まる。


 彼女も空を見上げた。


 数秒。


 たったそれだけの沈黙なのに、嫌な汗が背中を伝った。


「…………いえ」


 茉依ちゃんが、小さく呟く。


「幻覚では、ありませんわ」


 ぞわり、と鳥肌が立った。


「本当に……空が、桃色です」


 その一言で、空気が変わった。


 有栖がスマホを下ろす。


「……え?」


 美宇も空を見上げた。


「うそ、なにこれ……」


 華恋ちゃんはすぐ立ち上がった。
 あの人、異変への反応だけは異常に早い。


 童話のヒロイン㌠の方でもざわつきが広がっていく。


「演出、とかじゃないよね?」
「ドローン?」
「いや、空全体なんだけど……」


 違う。
 そんな話じゃない。
 空の色が、どんどん濃くなっていく。
 世界そのものが、桃色に侵食されてるみたいだった。


 その時。
 ぶぶっ、とスマホが震えた。


「うわ」


 通知。
 しかも、それを合図にしたみたいに、周囲でも一斉に通知音が鳴り始める。
 みんな反射的にスマホを見る。


 トレンド欄。


『空がピンク』
『終末?』
『北海道だけ?』
『東京もやばい』
『怖い』
『綺麗』


 全国。
 その文字を見た瞬間、喉がひりついた。


「……これ、全国なの?」


 誰も答えなかった。
 いや、答えられなかった。
 美宇が、珍しく笑っていなかった。
 スマホを見つめたまま、小さく呟いた。


「……警報、まだ鳴ってない」


 その一言で、逆に怖くなった。


 避難指示も。
 出動要請も。
 現場コードもない。


 つまり――


 まだ、“何が起きてるのか分かってない”。 ってことだ。
 ぬるい風が吹く。
 空は、もう赤に近い桃色になっていた。
 その時。
 ぶつっ、と音を立てて、公園の大型モニターが点いた。


『――ああ、見えているかな?』


 知らない男の声。
 妙に明るい声だった。
 その場にいた全員がモニターを見る。
 逆光で顔は見えない。
 でも、笑っているのだけは分かった。
 気持ち悪いくらい、にたにたと。


『いやあ、良かった良かった。予定通りだ』


 背筋が冷える。


 理由なんてない。
 でも直感で分かった。


 こいつ、やばい。


 モニターの後ろには、桃色の空の映像が何枚も映っていた。


 東京。
 大阪。
 どこも同じ色。


『実に綺麗だと思わないかい?』


 楽しそうだった。


 本当に、天気の話でもしてるみたいな軽い声で。


『人間ってさ。“非日常”が好きだろ?』


 周囲が静まり返る。
 誰も喋らなかった。
 モニターの向こうの男だけが、楽しそうに話している。


『魔法少女が好きで。』
『ヴィランが好きで。』
『破滅寸前の世界が、大好きだ』


 心臓が変な跳ね方をした。
 嫌な予感しかしない。


『だから、用意してあげたんだ』


 画面が切り替わる。


 SNS。
 大量の投稿。
 悲鳴。
 興奮。
 実況。


 世界中の人間が、空を見上げていた。


『ほらね』


 男が笑う。


『誰も、普段は空なんて見てなかったくせに』


 その瞬間だけ。
 声が、異様に冷たかった。
 背筋に氷を流し込まれたみたいだった。


『さて!』
『そろそろ最後のショーを始めようじゃないか♪』


 直後、 画面がノイズまみれになった。


 そして――


 警報が鳴った。
 聞き慣れているはずの音。
 なのに、今まで聞いたことがないくらい長くて、重かった。


『警視庁特殊災害対策局より通達』


 無機質な機械音声。


『現在、全国規模特殊災害を確認』
『全魔法少女へ緊急招集命令』


 その瞬間に分かった。
 もう、逃げ場はない。


『繰り返す。全魔法少女へ――』


 ああ。
 終わったんだ。
 私たちの、“平和な休日”は。

1/1ページ
スキ