開花予報 ~アズールポーチ

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初めてのお願いv
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 街中を行き交う住民達。
 天使属も悪魔属も、老いも若きも生き生きと平和な世界でその生活を営んでいる。

『命』は
 今(時)を
  生きて(刻んで)いる…。

「ま、それがフツーなんだけどね…。」
 ふと、通りに目を向けて行き交う人々を眺めると少女はぽそりと呟いた。
 教職に就くことを志し、そのための本格的な勉強をする為に恩師である満天才如の元を離れ進学した聖守の少女『天助ポーチ』は小さく嘆息し、学校帰りに立ち寄った書店の店先で立ち読みしていたファッション雑誌を棚に戻した。
 次に何時逢えるとも判らない彼女の想い人は「死者の国・無縁冥王獄」に属する、この世界の自然の摂理の枠から飛び出してしまっている『時間(とき)の止まった少年』だった。
 日常生活の中でふとその現実を思い出しては言い様のない漠然とした不安に襲われ、少女の身には僅かな動悸が起こるのだった。
「かのじょ…かわいいネ~v」
 ぴぴくん☆
 そんな考え事のせいで気持ち垂れ下がっていた少女の二本の触角が元気にはねる。
「当然でしょっ☆」
 突然かけられた賛美の言葉に、憂い顔を彼方へ飛ばしたポーチが嬉々とした満面の笑顔で振り向くがしかし、その先にいた声の主を見て一瞬で石化しビシッ★と部分的に砕けた。
 そこにいたのはどっしりずっしり大きな巨漢、悪魔属の『とっつぁんデス』だった。
 かつては古い天使の名を受け継ぐ天使属であり力士として角界の有名人であったが、八百長試合をした事で追放処分され、その恨みで悪魔属へと転換(コンバート)をしたらしい。良く言えば逞しいぼってり体形で頭には帽子代わりのどんぶりをかぶり、赤い鼻と上唇の間に割り箸を挟んだ浴衣姿のおっさんは、ポーチにとっては申し訳ない…とは欠片も思わない(失礼千万)力いっぱいアウト・オブ・眼中(古)の恋愛対象外だった。
 なのに。
 うっとりとお目々をハートマークに潤ませたむさい男(失礼千万)は、にっこりとポーチに笑いかけた。
 その笑みに生理的な身の危険を感じたポーチは動揺したのか飛ぶことを忘れ慌てて通りを駆け出した。しかし、その巨体からは想像できない敏捷さで とっつぁんデス は追って来る。
「お茶でもどぉ?」
「ノド乾いてないから!」
「そこの角においしいケーキ屋さんが…」
「今、ダイエット中なの!」
「それじゃ、ちゃんこなんか…」
「行かないって!!★★★」
 どだだだだ!と、通りを爆走しながらの誘い文句を次々両断にされながら、めげない とっつぁんデスがどこか呑気に抗議の声をあげる。
「ちょっとくらい、良いじゃな…!?」
 堪りかねたポーチが怒りに任せてその手に魔法のロッドを召喚するとほぼ同時に、少女と男の間に漆黒の皮膜羽根が盾の様に割って入れられた。
「アズール…!」
 思いがけないナイトの登場にポーチは驚きの声を上げる。
 突然現れた人物に対して『湧いて出る』という表現を用いることがあるが、彼女の想い人・アズールは別次元を通って毎度毎度突然、まさに『湧いて』出て来るのだった。
 漆黒の六枚皮膜羽根の左側三枚をびん!と横に大きく広げ、アズールは背後にポーチを庇う姿勢をとると目の前の悪魔属を睨みつけた。
「誰だ!おま…!!」
 突然入ってきた邪魔者…自分と比べれば小柄な少年…に、くってかかろうとした男はしかし、腕を組んだ状態で特に動作を起こすわけでもない少年の、スクリーングラスの奥から放たれる殺気を含んだ威圧の視線に呆気なく気圧された。
「お…男連れに用はないよっ!ごっつぁんです★」
 ぶるりと身震いして少々気の抜ける捨て台詞を残し、とっつぁんデス は商店街の雑踏へと消えて行った。
「……。」
 ふん と鼻を鳴らして逃げる男を一瞥するアズールの横顔を見詰めて、ポーチはにわかに高鳴る鼓動に戸惑う。
(男連れ…。恋人同士に…見えるのかしら…?)
 好きとも嫌いとも、お互いに確かめ合った訳ではない。
 でも、周囲から見てそんな風に映るのなら…、それだけでも嬉しい事のようにポーチには感じられた。
 せめて気持ちだけでも、もっと、恋人の気分になりたい…。そう思ったポーチはアズールの右の袖を つん と摘まんで引っ張った。
「ね…。手を繋いで歩いてみても…良い…?」
「!」
 遠慮がちに俯きながら言われた思いがけないお願いに、アズールは驚いて振り向いた。
「…ダメ…?」
「…☆」
 潤んだ青緑の瞳で真っ直ぐに見上げるおねだりの視線にアズールの心臓がドキンと跳ね、少女の周囲に可憐にほころぶ真っ白な花の幻を見た。
 頬を染めて再び俯いた少女を見詰めながら、アズールは焦っていた。
 この往来で、人前で、自分が少女と手を繋いで歩く!?
 想像しただけで恥ずかしさから滲む汗を拭いながら、少年は摘ままれていない方の手で頭を抱えた。
 先程自分達の脇を若い母親と小さな子供が手を繋いで歩いて行ったが、そういうのとは意味合いが少し…否、大分違うだろうと思うと、やはりもの凄く恥ずかしい。
「~~~~~っ☆」
 いつも気の強い少女が時折見せる少し不安そうな表情を愛らしいと感じてしまう自分に戸惑いながらアズールは、袖を摘まむ少女の手を乱暴に振り払った。
「!」
 それを拒絶の意思表示と受け取ったポーチの表情がにわかに曇り、目じりにじわりと涙を滲ませる。
(やっぱり、私のコトなんか…)
 そう思った次の瞬間、背を向けたままのアズールがリレーのバトンを受け取るようにして右の後ろ手を差し出した。
「……さっさとしろ!」
 一瞬意図が掴めなくて呆けてしまったポーチに、かああっと頬に朱を走らせたアズールが指先をちょいちょい☆と小さく動かし手を繋ぐことを促した。
「!……うん☆」
 ぱあっと、喜びを湛える愛らしい笑顔と共に素直な返事をしたポーチがアズールの掌にその手を きゅ…と絡めた。
 力強く握り返してくれる少年の掌が…温かい。

 夜明けが来れば 死者の国へと帰る彼とは
 多分 同じ未来(とき)を重ねて生きてはいかれない
 だけど 今は
 この温もりを感じていたい…。
 
 それが、今のポーチの想いだった。
 
「ね、今晩何食べたい?買い物して帰るから、あんたの好きな物作ってあげる☆」
 傍らの少年の顔を覗き込んで、少女はにっこり笑いかけた。
 恋人未満の二人の姿はやがて、オレンジに染まり出す商店街の『命』の波間へ消えていった。


☆おしまい☆


あとがき。
こちらは2004年10月発行の拙本「開花注意報」に収録の「初めてのお願いv」の漫画(5頁)の、サイト用アレンジのエピソードを加えた文章版になります。

漫画では、読んでくださったお友達の間では俯くポーチとか照れるアズールが好評でした。

少しでも楽しんでいただけましたら幸いに存じます☆

2006年4月5日 海王寺千愛
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