開花予報 ~アズールポーチ

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開花予報
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『運命の天使様』
 きっと、どこかにいるはずだから…。



 混沌の脅威を鎮める戦いの旅を終え、成り行きでサポートに就いていた星戦使タケルの元を離れた聖守の天助ポーチは、彼女の本来の目的である理想の恋人『運命の天使様』を探す旅へ再出発していた。
 あれからもう二年が過ぎようかというのに、彼女のおめがねに適う男性天使との出会いはないようである。

「きゃーっ!返して、どろぼーぉぉ!!」
 繁華街の雑踏で若い女性の悲鳴が上がった。
 不釣合いな女性物のショルダーバッグを脇に抱え込むようにして雑踏を器用に走る悪魔属の男の足は、意外なもので止められた。
「マジカル・シュート!!」
 凛と響く少女の声。それと同時に可愛らしいチューリップが幾つも描かれた黄金色の金ダライが五つ程、ひったくりの頭を ドガゴ--ン★☆★と直撃した。
「ぐぇっ!」
 汚い呻き声を上げ、男は通りに倒れ伏した。その頭に頂く時計の文字盤は歪み、針はくるんとねじ曲がっている。くゎんくゎんと、脳内に響く独特の反響音と衝撃に目を回しながら身を起こすと、ゆっくりと歩み寄ってきた少女が彼の取落としたショルダーバッグの紐を掴みを拾い上げた。
「今回はこれで許してあげるけど、次はないからね!」
 左の耳の上で綺麗な金色髪を濃いピンクの髪留めで結い上げた少女が、青緑色の瞳で睨みつけて厳しい声で言い放つ。
 男は頭を擦りながらちっと舌打ちをし、無言でそそくさと路地裏へ消えていった。
 少女は拾ったショルダーバッグを息を切らして駆けて来た持ち主である悪魔属の女性に渡す。何度も頭を下げてお礼を言う女性を笑顔で手を振り見送る少女に、一人の天使が声をかけた。
「やあ、君!」
 柔らかで爽やかな声に振り向く少女の目に、風にさらりと靡く蒼い髪が飛び込んできた。
「勇敢なんだね!」

 とくん…。

 誰かの影(シルエット)が、重なって見えた。
―――『懐かしい』感覚。
「僕は天使の『ジェット皇星(こうすたー)。』君の名前は?」
 少年はそう言ってにっこりと笑いかけ右手を差し出す。
―――蒼い、影…。どこで『会った』んだっけ…?
「―――君?」
「はっ?!はい。」
 小首を傾げる美形天使の問いかけに頭上に頂く先端に青緑の球を持つ一対の触角をぴん☆と伸ばし、少女は はっと我に返る。
「聖守(サポーター)の『天助ポーチ』と申します。ジェット様。」
 弾けるような愛らしい笑顔を見せて、ポーチは差し出された手を取った。

 そして程なくジェットの申込を受け入れ、ポーチは彼の聖守となったのだった。
 

 世界に『凶悪魔』の脅威が迫ろうとする少し前の事。 
 この出会いも、何かの『運命』だったのかもしれない…。

 『幻次界(げんじかい)』は『天霊山(てんれいざん)』の内側は、運命(さだめ)を紡ぐ巨大な糸が縦横無尽に張り巡った場所だった。
 凶悪魔・凶闘神ディエスの疑惑の目をかわす為にタケルと相打ちを装ってアズールが導いたそこで、今カンジーはアズールから渡された遠い別次元から飛来した凶悪魔の原石を解析している。
 決戦は近い。
 剣を抱え腰を下ろしていたアズールがふと上空に目を向けると、天助ポーチがそこにいた。思い思いに過ごす仲間を見下ろして…、何か思いつめたような暗い表情をしたポーチは、すぃ…とその場から飛び去った。
 つい先刻は、タケルをからかって笑っていた。どちらかというと『やかましい』とさえ思う程に明るい印象が強い少女の沈んだ様子は妙に目を引く。
 先程目が合った時には以前の様に飛びつかれるかと一瞬身構えたのだが、ポーチは目を逸らし背を向けて逃げるように飛び去って行き、アズールは拍子抜けしたのだった。

 何か、あったのだろうか?

 糸の谷へ消えていく少女を目で追いながら気紛れに、アズールはタケルに訊ねてみる。
「なあ。あいつ、どうしたんだ?」
「☆」
 アズールの目線を追ってポーチの姿を認めたタケルとダーツは一瞬目を点にした。
「あ―――…。」
 どうしたものかと躊躇うように苦笑するタケルとポンと手を合わせ思い出したような声をあげるダーツの様子を見て、アズールは怪訝な顔をする。
「ここ来る途中、ちょっとな…。」
 そう言って、タケルは簡単に事の顛末を語って聞かせた。そして
「おまえ、ちょっと行って、様子見てやってくれない?俺もカンジーも、そーいうガラじゃないしさ…。」
「アズール様っ。頑張って下さいっ!!」
(…ガラがどうので言うんなら、俺だって絶対違うだろ…;)
 タケルに拝まれ、ダーツに激励され、何故かアズールはポーチを探す羽目になっていた。
 何故引き受けてしまったのか。飛びながらアズールは深いため息を漏らす。
「おっ」
 下方の大きな糸の上で一人膝を抱えて座り込む少女の姿を見つけた。やはりどこか寂しげで、何か思いをめぐらせているような表情で虚空を見詰めている。
「おいっ!」
「ア…アズールっ!?」
「随分おとなしいじゃないか。」
 ストッと降り立つ少年に驚いた少女はギクリと身を硬くした。
「失礼ねっ!私はいつだって おしとやか よっ☆」
「失恋したそうだな。」
 すっくと立ち上がり右手を腰に左手を口元に当て『オホホ』と笑うポーチに、ずっしりと重い言葉の岩石がのしかかる。
「~~~何が言いたいのよっ!」
「それで落ち込んでいる、というのが判らん。」
 語調を荒らげるポーチに、アズールは構わず遠慮もせず率直な疑問をぶつける。
「何よそれっ。」
 失恋して落ち込まない人は少なくない。
 あんた私のことそんなに無神経だと思ってるの?!ポーチは戸惑いと不機嫌を露にしてアズールを睨みつける。
「俺の知っているオマエは…、恋に対してはいつも真剣で前向きだった。一見軽そうに見えるがそれは切り替えが早いだけで、それだけ譲れない理想があるということだろう。」
 アズールが述べた見解に対し、ポーチは首筋を掻きながら呆れたように短く嘆息する。
「…あ―――。好意的に見てくれて、ありが…!?」
 不意にアズールはポーチの腕を捕み ぐいと引き寄せた。そして突然のことに びく と身を硬くする少女の顔を覗き込む。
「何を、恐れている…?」
 もう半歩踏み込めば唇が触れてしまいそうな程の距離で己に向けられた赤と碧の真剣な眼差しのオッドアイズ。そして、
 さらりと流れる『蒼い』髪―――。
「!? 赤く…?!;」
 掴む華奢な腕が熱い。ふるふるとその身を震わせ かああっと一瞬で耳まで真っ赤にして涙を浮かべている少女を見てアズールが動揺した瞬間。
「は…離してよっ!!」
 ガゴゴゴゴン★☆★と、アズールを特大の金ダライが強襲しのしかかり、ポーチはその場を逃げ出した。


 判らなかった。

 ジェットから別れの手紙を受け取った時には悲しくて、切なくて…。どれだけ涙に濡れたかしれない。
 サポーターにと望まれて嬉しかったこと。彼のお側にいられて、その胸に寄り添う時に感じた幸せの温度も、決して嘘では無いはずなのに。
(私は、真実(ほんとう)にジェット様を好きだった?)
 硬く閉じられた少女の目じりに涙が滲む。
(それとも…あの、『蒼』に惹かれたの…―――?)
 前を見る事無く猛烈な速度で飛翔していたポーチがふと目を開けると、
「げっ★;;」
 目の前に縦方向に張り、聳え立つ大きな『運命(とき)の糸』があった。
「きゃっ…!」
 避けきれず、右の翼を糸の柱に派手にぶつけた少女はその衝撃が齎す感覚の麻痺から羽ばたくことが出来ず、方向感覚が麻痺しそうになる糸の世界で「真ッ逆さま」に落ちて行った。
 硬直した体がふわりと温かく包まれる感触に目を開けると、ポーチはアズールに受け止められ、横抱きにされていた。

「!?」
 近場の糸に降り立ち、ほっとしたのも束の間、ポーチは背後からアズールに きゅ と抱きすくめられる。
 極力、身体の…へんな場所に触れないようにと気遣っているのか、左の手で右の手首をつかんだアズールの『腕の輪』で、ポーチの自由は拘束されていた。
「何のつもりよっ!?」
「オマエが逃げるからだ。」
 背後に立たれて表情は伺えないが、アズールの声音は落ち着いている。
「タケル達に落ち込んでいるオマエに何か言うように言われてきたのに…逃げられては何も言えないだろう。」
「~~~だから、何が言いたいのよ?」
 身体が密着している感触が恥ずかしくてくすぐったくて、落ち着かない心地のポーチに更に思いがけない言葉が振ってきた。
「俺はコーラルの笑顔が好きだ。」
「はァアッッ!??」
 余りにも予想外なアズールの一言に、ポーチは驚愕と疑問と抗議の気持ちが入り混じった素っ頓狂な声を上げ背後に立つアズールにぶつける。
 自分でも、この切り出しはおかしかったかもしれないと思い赤面しつつアズールは更に言葉を続けた。
「コーラルはタケルの聖守(サポーター)だ。タケルが健やかに笑っていればコーラルも穏やかに笑っていられるだろう。
…オマエもタケルの聖守だ。オマエが元気に笑っていないとタケルもコーラルも、仲間ってヤツは心から笑えないらしい。」
 何だかんだと、あいつもけっこうオマエのコト気にかけてるようだな。
 依然ポーチを抱きすくめたままで、そこまで一息に言ったアズールは薄く笑ったようだった。そして一度大きく深く息を吸い込み、照れくさい気持ちを抑えて言葉を続ける。
「俺はオマエの笑顔も好きだ。むくれているオマエもオマエらしいとは思うんだが―――今みたいに暗い表情(カオ)をしているオマエよりは笑っているオマエが好きだ。」
 嘘を言ったわけではない。
 アズールにとっては一応の本当の気持ちを込めた言葉だった。しかし、背後から抱きすくめられた姿勢で耳元に「好きだ」と言われた少女は高鳴る鼓動を抑えつつ『落ち着け!勘違いしちゃダメ!』と少年の真意を測るのに必死だった。
「…あんたが私の笑顔を好きだから、私に笑えっていうの―――?」
 戒めを解かれ、ぎこちなく彼から身を離し向き直るポーチが、ふと思い至った言葉を口にする。
「それで言う事きいちゃったら、まるで―――。」
「!!;;」
 それを聞いたアズールの六枚の皮膜羽根がびん!と開き、その顔は「ぼぼっ」と音が聞こえそうな程の勢いを伴い真っ赤に上気した。

 私が あんたに好かれたいみたいじゃない……。

 音にはしなかった言葉だが、実にダイレクトに彼の心を貫いたようだ。
「!☆☆ちょっ…ヤだっ!!何赤くなってんのよ?!」
「おっ、オマエこそ!!」
 その反応に誘爆したポーチも「ぼぼっ」と耳まで真っ赤になると ぎゃ――と叫び、慣れない話題に半ばパニック状態に陥ったアズールも照れくささから荒ぶる語調で言葉を返した。
「勘違いしないでよねっ!」
「―――するかっっ!!」 ドキドキと高鳴った胸の鼓動。
 その理由は、二人にとって「同じ物」であっただろうか…。
 それは決戦に挑む前のひととき。
 彼が 青く澄んだ晴れやかな空に
 夢のように溶けて消えた
 ほんの少し前の―――

 見上げる空は、『あの時』と同じように晴れ晴れと青い。
 平和を迎えた空に浮かぶ雲は季節が巡ったことを示す、もくもくと立ち昇る入道雲。
 元気な福ちゃん太陽に照らされて焦げる昼の道路に陽炎がゆらめいている。暑い暑い夏の陽射しの下、歩道に規則正しい間隔で植えられた並木に止まるセミ達の鳴き声が賑やかに甲高く響いている。
 大きく重い「児童心理学」の本を抱えたポーチは学校帰りの歩道を歩いていた。
 その面差しは少し大人びて、巡った季節の分だけ長く伸びた金色の髪を左右に分け耳の後ろで括っている。柔らかで涼しげな薄緑色のワンピースに身を包み、足元を飾るのは足首に紐の止め具が付いたヒールの無い真っ白なミュール。強い陽射しに負けない軽やかな足取りで歩みを進めるたびに、膝丈のスカートがふわふわと揺れている。
 視界に入るあの日を思い起こさせる空の青にポーチは、今も消えない自分の想いを認識する。
 別れの間際になって……。
 やっと 気付いた自分の気持ち
 それは 恋の花のつぼみ
 でも そのつぼみは
 つぼみは……。
 みしり と。 背後で何かの気配が動いた。
 振り向くと先程通り過ぎた街路樹の陰に口を開いた「闇」の中で、季節を無視した冷気を伴い見知った影がゆらめいた。
 驚きに瞬きする内に像を確かにした「彼」が一歩、光の許へ姿を現す。
 大きなスクリーングラスで顔を覆った少年が、そこに…ポーチの目の前に立っていた。
「…よぉ。」
 少し戸惑いを滲ませた声音で、小さく手を掲げて挨拶をしてきた蒼い髪を靡かせる彼に、少女は心の温度そのままの極上の笑みを返した。
「よっ☆」
 きっと。
 つぼみは
 まだ 生きている。



おわり。



あとがき。

 いかがでしたでしょうか。
 こちらのSSはは2004年2月初版発行の拙本「開花予報」に収録した二編の漫画「追想」と「開花予報」にサイト版アレンジを加えた文章版になります。

 アズvポーチは、とりあえず先日まで恐らく当サークルが世界100%シェアでございました。大元の漫画はその処女作となりますv
 当時色々と全く、公式(?)の展開に納得が出来ずにおりまして、
「ポーチにタケル「より」高物件な恋人をv」

「きっとジェットの申し出でポーチは彼のサポーターになったのよ!」
という、偏った思い入れで描ききったものです。
 
 構想3年?トーク込みのモノクロ原稿22頁の下書きからペン入れまで約二週間という阿呆な時間配分でございました★
 一応アニメベースで物語を始め、シリーズ化して丸二年が過ぎた未だに本編完結できていないことに我ながらビックリ★(死)

 少しでも楽しんでいただけたのでしたら幸いに存じます。
2006年3月 海王寺千愛
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