SS(snap shot)もしも(治癒)魔法が使えたら


「痛……っ」
 白い肌に糸のような赤が引く。小枝の先が触れたリセの肩に、ごく浅い傷が走っていた。
「皆さん、少々お止まりになって。リセさんは屈んでください」
 天気のよいある日。せっかくの日差しも木漏れ日未満に変えてしまうような森を進んでいた一行は、その声に振り返り、足を止めた。リセはフェスタの手が届くようにしゃがむと申し訳なさそうに見上げる。
「大したことないから、そのままでも大丈夫だよ……?」
 そう言われながらもフェスタは右手に浅瀬の海色を灯し、触れるか触れないか程度に傷へ添える。
「大したことない傷であれば大したことない魔力消費で済みます。でしたら治しておいた方が得ではなくて? 少ない賭け金で返ってくるものが多いのですから」
「そ、そういうものかなぁ……?」
 例えを理解しようとしているうちにフェスタの手が離れる。痛いような痒いような、何とも言えない不快感は消えていた。
「まったく、そんなに肩をお出しになっているからですわ。何か羽織られては?」
「この方が動きやすくてつい……ごめん、ありがとう。そうするね」
 言うと帽子の携帯水晶からケープを取り出すリセ。少し前に町で買ったもので、けして高価ではないがいつもの服に似合う意匠で気に入っている。こういった時だけではなく朝露、夜露を凌ぐのに便利だし、何よりみんなと選んだという事実が身体以外も守ってくれるようだった。
「フェスタの魔法、便利だよねぇー。アタシも使えたらなー」
 再び歩き出すと、フレイアはフェスタを見遣りながら言う。
「それは僕も思います」
「ええ……お前が? 治癒魔法?」
「何て顔するんですか失礼ですね。ハールだって使えるか使えないかでいったら使えた方がいいでしょう?」
「二択なら、それはまあ……」
「私も使いたいなぁ……! って言っても、練習してできるものじゃないんだもんね」
「そうですね、こればかりは」
 のんびり雑談などするいつもの光景。草を踏む音、鳥の鳴き声、深い緑と土の香り。昨日の宿で聞いた話によると、この辺りは魔物も少ないらしい。

 ――平和。“よく言えば”平和、だ。

 ふと、会話に空白が生まれる。
「……よーし、歩きながらフェスタ以外で“もしも治癒魔法が使えたら”大会やろ!」
「フレイア、お前飽きたんだろ」
「そうでーす! だって景色全然変わらないんだもーん」
「勝負事ですか? 勝ちに行きますよ?」
「イズムさんのそのやる気はどこからきますの?」
「楽しそうー! やろうやろう! どうすればいいの?」
 突拍子もないフレイアの発言だったが、反対意見はでない。いや、そもそも反対するようなことでもないのだが。逆に反対したい、しなければならない状況とか心境って何? とにかく、こういった時間をどう楽しむかで旅は大きく変わるのだ。多分。
「もしみんなが治癒魔法を使えたらどんな風なのかなっていうのをひとりひとり順番に話し合って、最終的に一番そうなって欲しい! って思われた人が優勝!」
「本当にそのままだな……」
「じゃあ他にどうするんですかー」
「別に悪いとは言ってないだろ」
「決まりですね、やりましょう。誰からいきます?」
「ふお! ここは審査委員長のフェスタが決めるべきだと思います!」
「いつ私が審査委員長に!?」
「さあ委員長誰から!」
 身に覚えのない役職に慌てるフェスタだったが、それも一瞬のことだった。すぐに落ち着くと口元に指先を添えて考える。彼女がパーティに加わったのは最後だが、それを感じさせない適応力である。そうでなくてはやっていられない、とも言えるかもしれないが。
「そう……ですわね、では言い出した方ですしフレイアさんから」
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