SS(snap shot)或る雨の日のこと



「はー、生き返ったー!」
「宿が空いててよかったねー」
 風呂から上がり部屋に戻ると、水を一口で三口分ほど飲んでテーブルに突っ伏すフレイア。五人で囲むにはやや小さいそれの縁から解いた金糸が垂れる。宿に着いた時間が時間だったので二部屋は取れず一つの部屋へ放り込まれたが、風呂に屋根とベッドがあれば今夜は十分すぎて涙が出てくる気持ちである。あくまで気持ちだが。フェスタは水差しから中身の減っていたリセとフレイア、続いて自分のカップへと水を注ぎ足しながら口を開く。
「しかし、以前も思いましたがイズムさんは本当に中身と外見が一致しませんわね……考えていらっしゃるんだか考えていらっしゃらないんだか……でもやっぱり何か――え、もしかして本当に何も考えていらっしゃらない? の狭間と申しますか……」
「いやマジで。ほんとそれな」
「えー、そうですか? このパーティは真面目な方が多すぎるだけだと思いますけどねぇ。たまには勢いで行動するのも大事ですよ?」
「ふお。勢い、かぁ……そうかも。お陰で市門にも間に合ったもんね」
「リセさんは生真面目ですけどだいぶ勢いある方だと思いますよ。局所的に。それに市門はまあ……閉まっていてもいいかって思ってたんですよ」
 言って、水を一口。彼はいつもの微笑を浮かべた。
「だって、リセさんがいうところの『なんか綺麗』な景色のなか走ったらたぶん楽しいじゃないですか。楽しまないで間に合わないより、楽しんで間に合わない方が後悔もありませんし……つまりほら、人生楽しんだもの勝ちです」

 そして、穏やかに、悪戯をするように。

「なにかをする理由なんて、大したことない方がいいんですよ」

 ――相反するものを含んだその笑みを、少しだけ深めて。

「……って言うか、みなさんだったらそういう下らないコト、一緒にしてくれると思ったんですけど――嫌でした?」

 ――信頼、なんて呼び方は少し重いけれど。そういったものが見えるのは何も深刻な場面だけではない。

 例えば、旅の足止めでしかない雨に微笑んでも、微笑んだ少女を肯定しても、それが互いに誰も嘘だとも世辞だとも思わない、とか。

 例えば、躊躇う仲間を土砂降りのなかへ強引に連れ出しても、着いてきてくれるだろう、とか。

 例えば、強引だったとしても、どうせ苦労をするなら少しでも楽しい気分でやり過ごせるようにという彼なりの気遣いだと理解できる、とか。

 ――言葉にしなくても、それが伝わってる、とか。なんでもないけれど、命を賭けた瞬間の合図より――たぶん、難しいこと。

 ややあって、フレイアは緩く苦笑した。
「はー、言い方ー! イズム君ずるいなー!」
「ふふっ、でも、確かに私はちょっと楽しかったかも! またやっても――」
「あ、僕は遠慮しておきます」
「そういうところですわよ」
「そっかー、でもイズム君の言う通りだね! これからも色んなこと楽しんでくぞー! ふおー!」
「待って、なんかリセの教育に悪くない?」
「リセ、こいつの言うことは話半分で聞いとけ」
「えっ、半分も聞いてくれるんですか!」

 そうして夜は更けて、またいつもの朝がやってくる。そんな毎日のなかで起きた、取るに足らない光の雨と夕日の記憶。

 どうでもよくて、意味なんてまるでなくて――

 きっと、だからこそ、いつか鮮やかに思い出す。

 そんな、或る雨の日のこと。





UP:2021.9.20
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