SS(snap shot)或る雨の日のこと
「――いや、どうするよこれ。市門そろそろ閉まるぞ」
抜けるようだった青は橙に変わったが、頭上には雨雲が居座ったままである。通り雨であることを願い木の下でしばらく待った一行であったが、その願いは天に届かなかったようだ。
「そこそこに濡れつつここで野宿か、ずぶ濡れのその上を覚悟で屋根にありつくかの二択ですね」
「どっちも濡れてるじゃんやだー!」
「ちなみに個人的なオススメは後者です。このまま待って雨が止むとも限らない……というか、酷くなる可能性だってありますし。ほら、前にもあったじゃないですか。全滅か少しのリスクで可能性があるならってやつですよ」
「イズム君のそれで死にかけてるからなー」
「あれ? まだ許されてない感じです?」
乾いた笑いを漏らすフレイア。このまま夜を明かすのはさすがに避けたい。しかも近いとは言えないものの市門が視認できる距離である。フェスタは目をこらして雨の奥にけぶる逆光の町を見つめた。
「このなかへ飛び込むのはやはり憚られますが、町を前にして野宿も遠慮したいですわね……二十分、いえ、走れば十五分でいけるでしょうか」
「普通に走れればいけるだろうけど、この雨じゃ二十分はみておいた方がいいだろうな」
イズムは二択とは言ったものの、実際は後者一択であるのはみな理解している。無言の了承で話も進んではいる。それでも、やはり全員の顔に書いてあるのだ。
『行きたくないなー!!!!!』
「ふお、えと……じゃあ、そろそろ、出る?」
「そう……だな」
なんかこう、沈痛な面持ちである。リセですら。
「なんで誰も行こうとしないんですか……」
「ここはやはり正義の美少女が先陣を切るべきではありませんの?」
「正義にもね、時と場合があるんだよ」
「正論すぎて返す言葉もございませんわ……」
無言。もう夕方だ。市門閉まる。ヤバい。行くしかないって。分かってるって。でもそれはそれとして滝に突っ込むのはそれなりに覚悟が必要なのである。町の後ろには嘘のように眩しい夕焼け。どうして。なんで。遠くは晴れているのに……。
「……よし。ちょうど向こうが西ですし、走りますか!」
「なぜ西だと走るのですか?」
辺りを包む湿度を払うかのようなイズムの声に目を向けるフェスタ。
「この前、宿の部屋にあった本に『若者は須く夕日に向かって走るべし』とありましたので』
「聖典の一節? それとも何か有名な本? 全然聞いたことない言葉だけど」
「いえ、詩集だったんですけどたぶんあの綴じ方は素人の手作りですね。宿の方の趣味かと」
「ああ、あの旦那さんの自作ポエムかぁ……え? あの?」
先日泊まった宿の主は『前職ぜったい狩人でしたよね?』全開の筋骨隆々の顔に傷がある男性だった。戦斧とか使ってたと思う、たぶん。ポエマーだったか。そっか。
「というわけで――えいっ」
「うわ!?」
「はい行きますよー!」
ハールを雨の中へ押し出すと自らはさっさと走り出す。こうなれば自分たちだけ留まっているわけにもいかない。意を決して降り注ぐ水槍に飛び込む。途端、全身を刺す雨滴。
「え、お、お待ちくださいな……!」
「誰だよ行動力ある馬鹿にそれ読ませたの!」
「ハールが全然構ってくれなくてあまりに暇だったところ目の前にあったもので。普段は読まない類にも手を出してしまいました」
「ハール君じゃん!」
「マジか!」
「ふおー! 冷たーい!」
「あーもう! お風呂に向かって走れー!」
「ええっ、フレイアさんどうせならそこは夕日に……」
「ほんとイズム君ノリと勢いで生きてるよね!!」
茜色の空を映して降る琥珀。
喋れば口に滑り込む雨粒は、気にもせず。
落陽に縁取られた町を目指して駆ける五つの影。
――かくして、詩集の一節となった一行なのであった。
ちなみに、あと二分迷っていたら町から締め出されていた。