SS(snap shot)或る雨の日のこと
「ふおー! ふおー! ふおおー! ふおー!?」
鼓膜に響く激しい水音。草原にぽつんと差された大きな傘――もとい木の下に駆け込んだ一行の服や髪からは、これでもかというほどに雫が滴っていた。
『やったー! 次の町が見えてきたー!』
そんな旅人の喜びに文字通り冷や水をぶち浴びせた突然の雨であった。完全に防げはしないもののとりあえず落ち着けたところで、遅れてやってきたずぶ濡れの動揺がリセの口癖を三割り増しにする。
「リセさん鳴き声みたいになってますわよ」
「もー、フレイアちゃんの可愛い二つ結びもしょんぼりですよ! 向こうに青空見えてるのになんでー!?」
ここ数日は晴れと雨が頻繁に変わる、もしくは同時に起こる―― 晴れながら雨が降り、雨が降りながら晴れる――そんな不安定な天候だった。今降られたのも運が悪かったのではなく、むしろここまで避けてこられただけ運が良かったといえるのかもしれない。
「いやー、派手に降られましたねぇ」
「まったく、嫌な雲ほど追いついてくるの速いよな」
五人の真上には目一杯水を含ませた灰色の綿を思わせる雲。しかし遠くにはフレイアが言ったように澄んだ青が顔を見せていた。
「しばらく様子見だな。リセ、ほらこれで拭いとけ」
「ふおっ、ありがとう!」
「えー! ハール君、アタシにはないんですかぁー?」
「一番髪長い奴にとりあえず渡しただけだって! あるから引っ張るな――伸びる! 袖伸びるから!」
「布面積的にはイズムさんが一番水を含んでいそうですが……」
「フェスタさんだって外套があるから同じようなものですよ。大丈夫ですか?」
「ええ、絞れますし」
「ああ、そんな雑巾みたいに……」
「昼前に破落戸に絡まれてなければこれ絶対降る前に町に入れてたよな……」
「だいぶ手早くすませられたとは思うけどねー」
「みなさんお腹が空いていたからってあれは適当にあしらいすぎですよ、確かに芸のない追い剥ぎでしたけど。もうちょっと手加減してあげませんと」
「お前が言うな」
「すべての文句があまりに定型文だったものですから、旅芸人の演劇でも始まったのかと思いましたわ」
「たしかに! あんなことしないで役者さんになったら素敵なのにね」
「リセさん煽りの才能ありますね……」
「ふお? あっ、ハールこれありがと!」
「おー。そいつらといいこの雲といい、今日は嫌な奴と出くわす日だな」
ひとしきり騒ぐ――というほどでもないが、雑談を終えると誰とはなしに口を閉じる。土砂降りなのに明るい空という、普段では有り得ない組み合わせの情景をなす術もなく眺める一行。
大気を覆う水音は静寂の色に似て。
仄暗い雲の彼方に輝く青空の欠片。
踊る一面の草原は光に濡れる。
そして、視界いっぱいの乱反射。砕けた陽光が、水に溶けて降ってくる。
リセの前髪から雫、唇からはため息が落ちる。そして――笑みが零れた。
「……でも、なんか綺麗だねぇ」
「リセさんですわねぇ」
「えっ、うん、私だよ?」
「リセだねぇ」
「もしかして偽者疑惑かけられてた……!?」
「そういうんじゃねぇんだよな」
「そういうところですよね」
葉の隙間からも雨は届く。肌に張り付く髪。纏わりつく服。疲労と脱力感のなか、町まではまだ歩く。
それでも――とりあえず、五人は笑うのだった。