眠りの深さに比例して
よく晴れた星空と三日月。それを遮る夜より深い黒をした木々の影。森での野営にありふれた光景。仰向けに寝たフレイアの視界に映るものはそれだった。先刻より月は高く、星の位置は変わっている。今夜は何故か眠れない。沢山歩いたから逆に疲れ過ぎて眠れないのだろうかと考えつつ、目で星を辿り、星座を結ぶ。
「……ねぇ、ハール君」
ふとあることを思い立ち、焚火番の彼に声をかける。今夜はリセ、イズム、フレイア、ハールの順。だから自分はもう寝ても良いはずなのに。
彼はフレイアが起きていることに気付いていたらしく――いや、別に隠そうともせずごろごろと動いていたのだが――いきなり掛けられた声に驚く様子はなかった。
「ん?」
「ハール君って、寝てるとき誰かが近付いたら気配だけで起きられるひと?」
「……何だよ、突然」
話し掛けられたことに驚きはしなかった。が、その内容には意表を突かれたようでフレイアの方へ目を遣る。彼女は毛布を被った身体をこちら側に向け、蒼い瞳で見上げていた。
「……まあ、ある程度は」
でないと危なくて野宿なんてしてられねぇだろ、と続ける。
「でも、ハール君あの時起きなかったよね」
“あの時”とはいつを指すのか。一瞬考えるが、彼女の視線の先を追えばすぐに答えは出た。そこにあったのは、ハールの腰に下げられた携帯水晶。
「あれだけ魔物と戦ってあれだけ走れば、さすがに熟睡するだろ」
「あは、だよね」
小さく苦笑するフレイア。自分で訊いておきながら、何故今更、と少し後悔した。眠れはしないが、思考が明瞭というわけでもない。普段と違い、頭を介さず直接喉から――――否、もっと深い部分から出てくる言葉に、自分自身やや戸惑う。これ以上話して下手なことを喋っても後悔が募るだけのような気がして、瞼を閉じてもう一度眠ろうと試みた。
「……それと、お前らがいるからって、少し油断してたのかもしれない」
間を置いて、再びハールから返答。目を瞑ったままそれに答える。
「イズム君がいたものね。イズム君には近寄らなかったから起きなかったけど――」
「違う、“お前ら”って言ったろ」
あれだけ仲が良く信頼する友人がいれば、そうなるのも無理はないかもしれない――と思った瞬間、遮られるフレイアの言葉。
「イズムも、お前も、いたから」
彼のそれに二人目の存在があったことに目を見開き、それが自分であったことに心臓が跳ねる。
「さっき、言い方悪かった。油断、じゃなくて」
炎が照らす横顔。橙が映り込むその瞳は、適切な単語を探っているようだった。首に手を遣り、考え込むこと数秒。それが見つかったのか、もしくは見つかったそれを言うための心構えができたのか。小さく口を開いた。
「……安心? してた」
何かがあっても、自分以外に対処できる――信頼を置ける者がいるという意識は、眠りを深いものにする。道理だ。しかし、その道理は今フレイアの胸を強く締め付ける。だからこそ、あの夜起きた事があった。
彼は、信じて眠っていたのに。
「ねぇ、ハール君」
先程と同じように問い掛ける。
声の震えを、悟られぬよう。
「まだアタシが近寄っても、眠ったままでいてくれる?」
あんな事をした、今でも。
「……後で試してみれば」
暫し待つが、その言葉に答えはない。フレイアのその無言の意味は手に取るように解った。あの夜を越えた、今なら。
彼女は、きっとこんなことを考えている。
結果がもし、自分が望むものと違っていたとしたら。
――その碧と、目が合ってしまったら。
「……やっぱ、今の無し」
.