Story.9.5 狭間の蒼
「……すみません、痛かったですよね」
手当が終わると、彼は少しだけ心苦しそうに――――否、どこか、寂しそうに微笑んだ。
「ううん、大丈夫。ありがとう」
小さく笑むと、それきり口を閉ざすリセ。手当は終わったが、彼女が立ち上がる気配はない。焚火の爆ぜる音だけが辺りに響いた。音が鳴る度に微細な火の粉が舞い上がり、地に落ちていく。
幾度かそれが繰り返された後、彼女は綺麗に包帯が巻かれた右手を握った。
「――……私」
静寂を破り、リセはイズムを見上げた。今度はしっかりと、金の瞳に彼を映して。
「自分も守るよ。ちゃんと大切にする」
強いその眼差しにやや驚きつつ彼女を見つめ返す。
――ああ、あの宿で向けられたものと、同じだ。
「リセさん……」
「だから」
ふと、真剣な表情が解けた。代わりに咲いたのは、月光に映える柔らかな笑み。そして、その白は言った。
「これからも魔法、教えて欲しいな」
無垢な想いと純粋な笑み。彼女とは違い、実際自分には有りもしないはずの傷口を抉るようなそれに、言葉を失う。
彼女が求めるのは、自らを、そして、彼を守る為の力。
だが結果として傷つくのは守ろうとしたものだ。
これからも、その手助けをしろというのか。彼女が――そして自分が、守りたいものを傷付ける共犯になれと言うのか。
「――……」
彼女にすべてを告げられるほど、優しくはない。
が、
突き放すほど、冷たくもなれない。
「――……はい」
こうして狭間に追い詰める。
なんて、残酷な笑み。
UP:2014.05.06
数年越しになってしまいましたが、一万打感謝企画のアンケリク(イズム短編)も兼ねております。