SS(snap shot)もしも(治癒)魔法が使えたら
「って話してるうちに森抜けたー! やったー!」
「あっ、町もすぐそこに見えてきたよ! ほら、ハール行こっ」
「おい、引っ張るなって――そうやって急に走るとまた転ぶぞ!」
森を抜けると、目に飛び込んできたのは青空と鮮やかに靡く緑。柔らかな風に吹かれ、草原はさざ波となる。波間に揺られるようにして町へ延びる細い道は、整備されたものではなく何度も旅人や馬車に踏みならされて自然とできた小径であった。ハールを引っ張り、リセはその上にさらに足跡を刻んでゆく。そんな二人の後ろ姿を、少し離れてゆっくりと歩きながら眺めるフレイア。
「……てゆかさ、やっぱフェスタが治療担当でよかったよ、安心して任せられるもん」
「気をつけていたって怪我する時はしますからね。その時、過不足なく心配してくれるフェスタさんが適任ですよ。……それって、結構難しいことですから」
イズムはリセのケープとハールの上着が風に揺れているのに目を細める。
「あらあら、実感がこもっておりますこと」
小さく溜め息をつくフェスタ。言動こそ呆れているようであるが、冷たさはなかった。
「過不足、ですか……。たしかにあなた方は不足することはないでしょうが、もう一方に偏りがちですわね」
「もうフェスタってば、あんまりイズム君いじめないであげてよー」
「逃げ方雑すぎません?」
「だってイズム君ほどじゃないと思うしー」
「カタチが違うだけだと思いますけどねぇ。フレイアさんはどちらかというと内面と言いますか、精神性の方に気を配っているように感じられますが」
「どうかなー」
「私はあなた“方”と申し上げたはずですが?」
「おっとフレイアちゃん劣勢!」
言葉とは裏腹に太陽のように笑う少女。
「……それは、すり減るでしょう」
その笑みに、思わず。唇を転がっていった疑問の答えは、二人の表情から簡単に読み取れた。それに対して言葉を紡ごうと――同時に、二人もまたフェスタが何を言おうとしているかを理解したようだった。
「もうそういうものだからですよ、お互いに」
「……距離をとる、と考えたことは」
「フェスタ」
フレイアの声がこれ以上の問いを、そして答えることを止める。踏み込みすぎてしまったか、と息を呑むフェスタだったが、彼女が気を悪くした様子はなかった。
「ですから、僕たちの命綱はフェスタさんに」
「ごめんね?」
「……らしくありませんわよ」
フェスタが二人を見遣りながら素っ気なく返すと、リセの声が響いた。
「早く行こうよー、みんなでお店見て回ろー!」
「その前に宿とってからな」
立ち止まり振り返っていたリセとハールへ、フレイアとイズムは歩を速める。
「はいはーい! 今行くよー!」
「置いて行かないでくださいねー」
フェスタもその後を追いかけるようにして歩み、ふと、止まる。
きっと“あの二人”は、何かが起こったら抱え込んで内側へ内側へと向かっていってしまう。ああ見えて頑固な者たちだ。引っ張り上げるのも一筋縄ではいかない。
きっと“その二人”は、そんなことはしていないと言いながら寄り添って、気付かれないように悩んで、共に動けなくなってしまう。
その在り方を否定はしない。それが、四人なのだから。――けれど。摩耗し続けた宝石はどれほど美しかろうと擦り消える。仕方のないことなのかもしれない。戯曲にする価値もないほどにありふれたことなのかもしれない。
「――……」
それでも、
その脆く青い輝きに、どこか救われている。
――気がする。から。
「フェスタも早くー!」
内側からでは、見えないものもあるだろう。
「……まったく、」
少し外側からなら、守れるものがあるだろう。
「……すぎるのも考えものですわね」
誰に届ける気もない独り言は風にさらわれた。遅れて四人の元へ辿り着くと、そのまま彼女たちの後ろをつかず離れず歩いて行く。
「ふお? フェスタ、何か言った?」
「ええ。もしもなんて話をしましたが、私たちはそのままでちょうどよいのでしょうね、と」
「ふへへー、そうかもね!」
「それぞれの役割と立ち位置なんて昔は考えもしませんでしたけど」
ゆるやかに、唇は花色の三日月を描く。
「悪くはありませんわね」
振り返るリセ。その色は、彼女が顔を綻ばせるには十分だった。
「それはそれとして審査委員長の役割を全ういたしましたことですし、今夜の夕食の決定権は私にあるのではなくて?」
「え、ここは優勝のオレじゃ……?」
「あっ、ハール君そんなに嬉しそうじゃなかったのに優勝という事実だけは利用しようとしてるー!」
「どうしたらそこまで印象悪く言い換えられるんだよ!?」
「まあまあ、町を歩きながら決めましょう。宿でない場所で食べてもいいですし、フェスタさんとハールの意見優先で」
「ハールとフェスタって結構味の好み似てる気がするし、もしかしたら同じお店選んだりして」
「むう……」
「お前顔……」
青空の下、五人分の賑やかな声に草原も笑う。
きっと、今夜は輝石のような星がよく見えるだろう。
UP:2023.8.28
「あっ、町もすぐそこに見えてきたよ! ほら、ハール行こっ」
「おい、引っ張るなって――そうやって急に走るとまた転ぶぞ!」
森を抜けると、目に飛び込んできたのは青空と鮮やかに靡く緑。柔らかな風に吹かれ、草原はさざ波となる。波間に揺られるようにして町へ延びる細い道は、整備されたものではなく何度も旅人や馬車に踏みならされて自然とできた小径であった。ハールを引っ張り、リセはその上にさらに足跡を刻んでゆく。そんな二人の後ろ姿を、少し離れてゆっくりと歩きながら眺めるフレイア。
「……てゆかさ、やっぱフェスタが治療担当でよかったよ、安心して任せられるもん」
「気をつけていたって怪我する時はしますからね。その時、過不足なく心配してくれるフェスタさんが適任ですよ。……それって、結構難しいことですから」
イズムはリセのケープとハールの上着が風に揺れているのに目を細める。
「あらあら、実感がこもっておりますこと」
小さく溜め息をつくフェスタ。言動こそ呆れているようであるが、冷たさはなかった。
「過不足、ですか……。たしかにあなた方は不足することはないでしょうが、もう一方に偏りがちですわね」
「もうフェスタってば、あんまりイズム君いじめないであげてよー」
「逃げ方雑すぎません?」
「だってイズム君ほどじゃないと思うしー」
「カタチが違うだけだと思いますけどねぇ。フレイアさんはどちらかというと内面と言いますか、精神性の方に気を配っているように感じられますが」
「どうかなー」
「私はあなた“方”と申し上げたはずですが?」
「おっとフレイアちゃん劣勢!」
言葉とは裏腹に太陽のように笑う少女。
「……それは、すり減るでしょう」
その笑みに、思わず。唇を転がっていった疑問の答えは、二人の表情から簡単に読み取れた。それに対して言葉を紡ごうと――同時に、二人もまたフェスタが何を言おうとしているかを理解したようだった。
「もうそういうものだからですよ、お互いに」
「……距離をとる、と考えたことは」
「フェスタ」
フレイアの声がこれ以上の問いを、そして答えることを止める。踏み込みすぎてしまったか、と息を呑むフェスタだったが、彼女が気を悪くした様子はなかった。
「ですから、僕たちの命綱はフェスタさんに」
「ごめんね?」
「……らしくありませんわよ」
フェスタが二人を見遣りながら素っ気なく返すと、リセの声が響いた。
「早く行こうよー、みんなでお店見て回ろー!」
「その前に宿とってからな」
立ち止まり振り返っていたリセとハールへ、フレイアとイズムは歩を速める。
「はいはーい! 今行くよー!」
「置いて行かないでくださいねー」
フェスタもその後を追いかけるようにして歩み、ふと、止まる。
きっと“あの二人”は、何かが起こったら抱え込んで内側へ内側へと向かっていってしまう。ああ見えて頑固な者たちだ。引っ張り上げるのも一筋縄ではいかない。
きっと“その二人”は、そんなことはしていないと言いながら寄り添って、気付かれないように悩んで、共に動けなくなってしまう。
その在り方を否定はしない。それが、四人なのだから。――けれど。摩耗し続けた宝石はどれほど美しかろうと擦り消える。仕方のないことなのかもしれない。戯曲にする価値もないほどにありふれたことなのかもしれない。
「――……」
それでも、
その脆く青い輝きに、どこか救われている。
――気がする。から。
「フェスタも早くー!」
内側からでは、見えないものもあるだろう。
「……まったく、」
少し外側からなら、守れるものがあるだろう。
「……すぎるのも考えものですわね」
誰に届ける気もない独り言は風にさらわれた。遅れて四人の元へ辿り着くと、そのまま彼女たちの後ろをつかず離れず歩いて行く。
「ふお? フェスタ、何か言った?」
「ええ。もしもなんて話をしましたが、私たちはそのままでちょうどよいのでしょうね、と」
「ふへへー、そうかもね!」
「それぞれの役割と立ち位置なんて昔は考えもしませんでしたけど」
ゆるやかに、唇は花色の三日月を描く。
「悪くはありませんわね」
振り返るリセ。その色は、彼女が顔を綻ばせるには十分だった。
「それはそれとして審査委員長の役割を全ういたしましたことですし、今夜の夕食の決定権は私にあるのではなくて?」
「え、ここは優勝のオレじゃ……?」
「あっ、ハール君そんなに嬉しそうじゃなかったのに優勝という事実だけは利用しようとしてるー!」
「どうしたらそこまで印象悪く言い換えられるんだよ!?」
「まあまあ、町を歩きながら決めましょう。宿でない場所で食べてもいいですし、フェスタさんとハールの意見優先で」
「ハールとフェスタって結構味の好み似てる気がするし、もしかしたら同じお店選んだりして」
「むう……」
「お前顔……」
青空の下、五人分の賑やかな声に草原も笑う。
きっと、今夜は輝石のような星がよく見えるだろう。
UP:2023.8.28
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