SS(snap shot)もしも(治癒)魔法が使えたら
「わかりました。そうですねぇ……フレイアさんとは違う視点で攻めないと、ですよね」
彼は少し考える仕草をすると、リセに視線を向ける。
「復習がてら、ということで。僕が魔法において優位性があるものは何だと思いますか――はい、リセさん」
「上手!」
「惜しいです、でもありがとうございます」
元気よく手を上げて答えたリセだったが、正解ではなかったらしい。不正解でもなさそうだったが。
「否定しないの、イズム君のいいところだと思うよ。多分」
「自分で上手いって言えるってすげーよな」
「まあ、あれで謙遜されても嫌味ですし……」
などと、話している間もリセは思考を巡らせている。
「えと……」
「こちらも治癒魔法と同じで、練習でどうにかなるものではないですね」
彼女の目が少しばかり開く。そして星が降りてきた金の瞳でイズムを見上げた。
「――魔力量!」
「正解です」
出来の良い生徒を褒める教師のような微笑みを浮かべると、三人に向き直った。そして、まるで講義のように流暢に続ける。
「単純ですが、大きな利点だと思いませんか? 使える回数が多いのは勿論、温存しておけばいざという時……そうですね、身体のどこかが吹っ飛ばされる以外ならどうにかなるかもしれませんよ」
――内容は、全然教師っぽくも何ともなかったが。
「そんなに何度も治癒魔法を使うような状況は嫌ですわね……」
「何だろう! 素直にすごーいってなりづらい!」
「いえ、吹っ飛ばされた直後に急いでくっつければいけそうな気もしますね。頭以外なら」
「マジの顔で怖いこと言うなよ……」
「だから真面目に言ってるつもりなんですけど。どうしてこんなに不評なんですか」
別に言っていること自体は間違っていないのだ。本当にその状態からどうにかなるのであれば助かるけれど。「えっ! 今から受けられる治癒魔法があるんですか!?」って感じだろうけど。それはそれとして例え話でももっとこうやんわりと言って欲しかったというか、想像したくない光景が見えちゃったというか。まあ気持ちの問題である。
――絶対にない、といえないのだから、尚更。
しばらく審査の材料になるんだかならないんだかよく分からない応酬をしていたが、ふと、一雫の呟き。
「イズム君は……治癒魔法使えない方がいいと思う」
しんと静まる場。遠くで、鳥が鳴いた。
「リセさんにまで言われるとこう……きますね……」
「イズムさんそんな顔できますのね」
「あ、これコイツが本気で落ち込んでる時のやつ」
一同はリセの発言に続きを求めるように見つめる。彼女は口をわずかに開くが、躊躇うように閉ざした。淡い色の唇を何度か開き、結び、意を決した眼差しで――
「だってイズム君がさっき言ったこと、全部自分にやる気がするもん」
――ではなく、ちょっと拗ねたように。目線を斜め下に落として。
「あー……」
納得、呆れ、思い出した――様々な感情が絡むハールの溜め息が零れた。
「イズム君、自分は後で治すからどうなってもいいって無茶すると思う」
「そうだ、そういうことするわ……リセ、いつの間にそんなイズムのこと読めるようになったんだよ」
「前洞窟で戦った時の感じで何となく……」
「ああ、あれな」
「お? ハール君どした? 自分以外にイズム君の理解者が現れて嫉妬ですか? 後方彼氏面?」
「なワケあるか。てか後方……何?」
「役者とか歌手の公演をあえて後ろの方から眺めてほかの観客よりもその人を分かってるって頷いてるような人のこと」
「この場合は違うだろ」
「雰囲気で分かってよー」
「ねえフレイア、それって前方もいるの?」
楽しげに話を脱線させていく彼女たちをしばらく眺めていた審査委員長だったが、ちらりとイズムを見上げる。細まる瞳。ゆっくりと、三日月を描く唇。
「イズムさん、お黙りになってどうなさいましたの? もしやリセさんが仰ったコト……」
「いやー、どうでしょうねぇ……」
――いつも自分が作る表情を他人から向けられるのは、少々やり辛い、などと思うイズムであった。