Story.8 古の殺戮者
「――……?」
粉雪のようにきらきら舞い散る、微細な純白の光。――魔力の炎が砕け散った跡だった。そろそろと覆っていた片腕を下ろすと、地面に数滴の赤が染みているのが目に入る。しかし身体のどこにも痛みはなく、熱を感じた右手にも傷口らしきものは見当たらなかった。
「大丈夫ですか!?」
「う、うん……イズム君、今の……?」
「僕ではありませんよ」
彼の表情から、何が起こったのか――“何を起こしたのか”を悟るリセ。しかし彼女を褒めるために向けられる優しげなその笑みは、何故だか困っているようにも見えた。
(……攻撃としての魔法の使い方、まだ教えてないはずなんですけどね)
そう思いながら、イズムは先程の光景を思い出す。落ちる槍と見紛う黒い鳥型の魔物がリセに直撃した――かのように見えた。その矛の如き嘴が腕に突き刺さる直前、咄嗟に振り上げられた彼女の手から歪に迸った白が黒を刺し、斬った。綺麗な球体や弧を描く鎌のように形を整えた一般的な攻撃魔法の前段階、正確には攻撃魔法に限りなく近い“それに成りかけの魔力”と呼ぶべきものであったが、状況の対応としては充分であった。こんなものをあの一瞬で無意識に顕現するとは。彼女の魔法への想い――否、昨夜語った想いが、どれだけ強く胸に焼き付いているのかは想像に難くない。そして何より、やはり身体が覚えていたのだ。身体、というよりは魔法と繋がる精神がとでも言うべきか。彼女自身に記憶がなく、そして、“そのときの使用方法”がどのようなものであれ。
「さっきの感覚、覚えてますか?」
「ほとんど無意識、だったから……」
「無意識でできたなら上等です。一度成功したんですから、次はある程度楽になりますよ」
「だといいな……魔物は、逃げたのかな?」
そう言い、リセは辺りを見回す。空を仰いでも既にそれらしきものの姿は影も無かったが、足元に数枚の黒い羽が落ちていた。攻撃は当たったものの致命傷には至らなかったようで、止めは刺せなさったらしい。
「うわー、油断してた! ごめんねー!」
「悪い、怪我がなくてよかった……その、身体に変わったこととか、は」
「私こそ心配かけてごめんなさい。あのくらいならまだまだ魔力切れにはならないみたい。何ともないよ」
「あー、何て言うか……気分が悪くなったりとか」
「……うん。ちょっと驚いたけど、これより危険なこともこの先きっとあるから。ありがとう」
ハールは再び目にした彼女の魔法に若干複雑な想いを抱きながらも、“二重の意味で”無事だったことに安堵する。リセはその問いの真意が解るはずもなく、ただ気丈に微笑んだ。
「ホントに魔法使えるようになってるじゃん! 頑張った成果出てるね」
フレイアはリセが心身ともに無事なことを確認すると屈託のない笑みを向ける。
「ちゃんと守れたね」
まるで思考を見透かされているかのような発言に、リセの心臓が跳ね上がる。その動揺を知ってか知らずか、フレイアは視線を彼女の顔から少し上へ移すと、そのまま話を続けた。
「ところでリセ……帽子は?」
「えっ、ぼ、帽子?」
慌てて意識を引き戻すと、その言葉の意味が理解に達しないうちにそのまま返す。口に出してからその単語を遅れて把握すると、何ゆえ突然それが話題に上るのかと首を傾げた。
「うわ、またかよ……!」
半ば唖然とし驚きが滲む声を上げるハールに、今度こそ本当に意味を図りかねるリセ。
「ふお……?」
「ふお? じゃねぇって! 頭!」
「あたま……」
その言葉に、彼女は頭を手で軽く叩いてみる。
ぽふぽふ。
「あれー……?」
ぽふぽふぽふ。
少し眉間にしわを寄せる。
「んうー?」
ぽふぽふぽ……、
「いや何度確かめたってねぇえもんはねぇから!」
「ハール、帽子ない!」
「遅ぇよ……」
あまりに緊張感の無い会話に脱力するハール。フレイアは苦笑しつつ、仕方ないと言わんばかりに彼の肩を軽く手を置いて言った。
「あー……あの魔物の元型、カラスかな? カラスって、キラキラしたモノ好きだよねー……」
その言葉で各自、リセの帽子を思い浮かべる。そして脳裏に描きだしたそれには、共通して赤く煌めく携帯水晶が――――
「もしかしてさっきの魔物にお持ち帰りされた!?」
手をぽんっと叩くリセ。
「えっ、ど、どうしよ……」
「だから遅いって……」
今更ながらあわあわと慌て出す彼女に、心なしか頭痛がしてきたような気がするハールだった。頭はけして悪くないはずなのだが、如何せんマイペース過ぎて思考が回路の中で寄り道し、到着が遅くなっているようである。周りが思い至らないような様々な可能性まで考えているがゆえに結論を出すのが遅れる、とも言い換えることもできるかもしれないが。
「……あのー」
暫し会話に参加していなかったイズムが、少々言いにくそうに口を開く。
「アレ、食料と調理器具……全部入ってるんですけど…………」
顔を見合わせる三人。
一瞬の間。
『……あぁ――ッ!!?』
……近くの木から、鳥が数羽、ばさばと空へ羽ばたいていった。
粉雪のようにきらきら舞い散る、微細な純白の光。――魔力の炎が砕け散った跡だった。そろそろと覆っていた片腕を下ろすと、地面に数滴の赤が染みているのが目に入る。しかし身体のどこにも痛みはなく、熱を感じた右手にも傷口らしきものは見当たらなかった。
「大丈夫ですか!?」
「う、うん……イズム君、今の……?」
「僕ではありませんよ」
彼の表情から、何が起こったのか――“何を起こしたのか”を悟るリセ。しかし彼女を褒めるために向けられる優しげなその笑みは、何故だか困っているようにも見えた。
(……攻撃としての魔法の使い方、まだ教えてないはずなんですけどね)
そう思いながら、イズムは先程の光景を思い出す。落ちる槍と見紛う黒い鳥型の魔物がリセに直撃した――かのように見えた。その矛の如き嘴が腕に突き刺さる直前、咄嗟に振り上げられた彼女の手から歪に迸った白が黒を刺し、斬った。綺麗な球体や弧を描く鎌のように形を整えた一般的な攻撃魔法の前段階、正確には攻撃魔法に限りなく近い“それに成りかけの魔力”と呼ぶべきものであったが、状況の対応としては充分であった。こんなものをあの一瞬で無意識に顕現するとは。彼女の魔法への想い――否、昨夜語った想いが、どれだけ強く胸に焼き付いているのかは想像に難くない。そして何より、やはり身体が覚えていたのだ。身体、というよりは魔法と繋がる精神がとでも言うべきか。彼女自身に記憶がなく、そして、“そのときの使用方法”がどのようなものであれ。
「さっきの感覚、覚えてますか?」
「ほとんど無意識、だったから……」
「無意識でできたなら上等です。一度成功したんですから、次はある程度楽になりますよ」
「だといいな……魔物は、逃げたのかな?」
そう言い、リセは辺りを見回す。空を仰いでも既にそれらしきものの姿は影も無かったが、足元に数枚の黒い羽が落ちていた。攻撃は当たったものの致命傷には至らなかったようで、止めは刺せなさったらしい。
「うわー、油断してた! ごめんねー!」
「悪い、怪我がなくてよかった……その、身体に変わったこととか、は」
「私こそ心配かけてごめんなさい。あのくらいならまだまだ魔力切れにはならないみたい。何ともないよ」
「あー、何て言うか……気分が悪くなったりとか」
「……うん。ちょっと驚いたけど、これより危険なこともこの先きっとあるから。ありがとう」
ハールは再び目にした彼女の魔法に若干複雑な想いを抱きながらも、“二重の意味で”無事だったことに安堵する。リセはその問いの真意が解るはずもなく、ただ気丈に微笑んだ。
「ホントに魔法使えるようになってるじゃん! 頑張った成果出てるね」
フレイアはリセが心身ともに無事なことを確認すると屈託のない笑みを向ける。
「ちゃんと守れたね」
まるで思考を見透かされているかのような発言に、リセの心臓が跳ね上がる。その動揺を知ってか知らずか、フレイアは視線を彼女の顔から少し上へ移すと、そのまま話を続けた。
「ところでリセ……帽子は?」
「えっ、ぼ、帽子?」
慌てて意識を引き戻すと、その言葉の意味が理解に達しないうちにそのまま返す。口に出してからその単語を遅れて把握すると、何ゆえ突然それが話題に上るのかと首を傾げた。
「うわ、またかよ……!」
半ば唖然とし驚きが滲む声を上げるハールに、今度こそ本当に意味を図りかねるリセ。
「ふお……?」
「ふお? じゃねぇって! 頭!」
「あたま……」
その言葉に、彼女は頭を手で軽く叩いてみる。
ぽふぽふ。
「あれー……?」
ぽふぽふぽふ。
少し眉間にしわを寄せる。
「んうー?」
ぽふぽふぽ……、
「いや何度確かめたってねぇえもんはねぇから!」
「ハール、帽子ない!」
「遅ぇよ……」
あまりに緊張感の無い会話に脱力するハール。フレイアは苦笑しつつ、仕方ないと言わんばかりに彼の肩を軽く手を置いて言った。
「あー……あの魔物の元型、カラスかな? カラスって、キラキラしたモノ好きだよねー……」
その言葉で各自、リセの帽子を思い浮かべる。そして脳裏に描きだしたそれには、共通して赤く煌めく携帯水晶が――――
「もしかしてさっきの魔物にお持ち帰りされた!?」
手をぽんっと叩くリセ。
「えっ、ど、どうしよ……」
「だから遅いって……」
今更ながらあわあわと慌て出す彼女に、心なしか頭痛がしてきたような気がするハールだった。頭はけして悪くないはずなのだが、如何せんマイペース過ぎて思考が回路の中で寄り道し、到着が遅くなっているようである。周りが思い至らないような様々な可能性まで考えているがゆえに結論を出すのが遅れる、とも言い換えることもできるかもしれないが。
「……あのー」
暫し会話に参加していなかったイズムが、少々言いにくそうに口を開く。
「アレ、食料と調理器具……全部入ってるんですけど…………」
顔を見合わせる三人。
一瞬の間。
『……あぁ――ッ!!?』
……近くの木から、鳥が数羽、ばさばと空へ羽ばたいていった。