Story.8 古の殺戮者
†
「おーっ! 二人とも、おっかえりー!」
こちらに近付いてくるリセとイズムを見付けると、フレイアは立ち上がって手を振った。
「リセおかえりーっ!」
「ただいま、フレイアーっ」
彼女は少し勢いをつけてリセに飛び付く。きゃーきゃー言いながらふざけて抱き合う二人に、苦笑するハール。
「大して離れてたわけでもないのに何であんなにはしゃげるんだ……」
「若いっていいですねー。感動の再会が済んだら、僕達もお昼頂きましょうか?」
「あ、うん、そうだね! いっぱい付き合ってもらってごめんね」
とりあえずフレイアから離れると、イズムの隣にちょこんと座るリセ。イズムとは反対側に、フレイアも座った。彼はバスケットの中から残っていた二人分のパンを手に取り、片方をリセに渡す。
「辛いの苦手かと思いまして……リセさんの分、あまり香辛料入れてないんですけど大丈夫でした? 僕のと取り替えても構いませんが……」
それを受け取りながら、リセは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「本当? わー、ありがとー! 私辛いのもダメみたいなんだー」
「リセさんの嗜好を考えれば、そのくらい分かりますよ」
二人の間に流れる和やかな雰囲気を感じ、フレイアはするりとリセに手を伸ばす。
「あらー、お二人さんってばやっぱり仲が良ろしいようでー」
「ふおっ!?」
リセを抱き寄せるようにして腕を回してくる彼女。今朝の件もあってか必要以上に絡む。どこぞの酔っ払いに見えなくもない。
「あれ、フレイアさん妬きます?」
「ふふっ、イズム君には渡さないよ? リセはアタシのですから!」
「それは残念ですね」
「お前らなぁ……」
「あれ、ハール君は参戦しない? リセ争奪戦」
「誰がするか」
「フレイア、腕っ! 腕っ! 苦しいーっ」
いつものことだと言わんばかりに放っておくハール。おそらく、今日一番和やかであろう時間。
「……ところでハール、狼って好きですか?」
しかしそれは唐突な問いによって断ち切られた。ふいに、イズムの視線が一同から外れ木々の奥へと注がれる。彼自身と問われた者、そしてじゃれあっていた残り二人の動きもつられるようにして止まった。
「嫌いではない、けど……お前は?」
「僕は犬より猫派なんですよねぇ……可愛いじゃないですか。気紛れなところとか」
でも、うちには鳥がいるので飼えませんけど、と続ける。きょとんとした顔をしていたフレイアだったが、すぐに“どういうことか”理解したらしく、話に加わった。
「あ、アタシも猫派ー! イズム君とお揃いっ。犬も嫌いじゃないけどね」
そして悪戯っぽい笑みを浮かべ、言う。
「でもー、“こういう”妙に凶暴だったりとかぁ……尻尾が二股に分かれてたりとかぁ……」
「オレ達を囲んだり、とか?」
「そうそう! そういうのはぁ……」
自身の携帯水晶に手を添え、二人。
「「嫌い」」
「……あ、ハール君ともお揃い」
「何で嫌そうな顔すんだよ……」
「はいはい、冗談はここまでにしましょう」
イズムが苦笑し、やんわりと制止をかける。
「……リセ」
「フレイア?」
「来るよ」
「……!」
リセは少しでも彼らが理解していることを自身も感じようと、辺りに耳を欹てた。
――微かな、葉の音。人間が立てるよりも軽く、それでいて踏み鳴らす音数自体は多い。
今まで何のことだが分からなかった彼女も、さすがに状況を理解せざるを得ない。本当に冗談はここまでのようだった。これも冗談ならいいのに。
(また、私だけ何も……)
焦る必要はない、悩めばいいと、目尻の皺を深めた老人の笑顔が浮かぶ。自責と焦燥はシリスの武器屋に置いてきたはずだった。しかし――
(やっぱり、すぐには割り切れないよ……)
彼の温かな助言も意味を成さないほどに胸が苦しい。最後に扉のベルを鳴らし外へ踏み出した時の清々しい気持ちは、一体何処へいってしまったのか。
「……群れだな」
「群れですね」
「群れだねぇ」
(群れなんだ……)
確認三、心の声一。
「またこいつらかよ……ネタ切れか?」
剣を出現させながらハール。
「ネタって……まぁ、この子達はここらじゃ一番多い種類だしね。まったく、どんだけこの辺って狼住みやすいの」
「確かに。西側より自然が多いからじゃねぇの?」
「自然が多いのはいいけどねー……」
弓矢を形取った光を現し、実物へと変わったそれを手に取って、フレイア。
「前衛と後衛に分かれません? 効率悪いですし」
二人は頷く。
「僕とハールで前衛、フレイアさんは弓ですし、後衛で……リセさんを、よろしくお願いします」
「はいはいっ」
「……ごめんね?」
申し訳なさそうなリセに、フレイアは明るくウインクを決める。
「気にしなーいの!」
そんな二人の様子を目の端で捉えつつ、イズムは自らの隣で魔物と対峙する碧眼にだけ聞こえるように言う。
「これで戦えますか? ……リセさんを守るのは、フレイアさんです」
どこか楽しげな響きを孕むその声は、暗に、『ここまでしてやったんだから、それなりの働きはしろよ』という意志を伝えるために紡がれている気が、しないでもなかった。
「おーっ! 二人とも、おっかえりー!」
こちらに近付いてくるリセとイズムを見付けると、フレイアは立ち上がって手を振った。
「リセおかえりーっ!」
「ただいま、フレイアーっ」
彼女は少し勢いをつけてリセに飛び付く。きゃーきゃー言いながらふざけて抱き合う二人に、苦笑するハール。
「大して離れてたわけでもないのに何であんなにはしゃげるんだ……」
「若いっていいですねー。感動の再会が済んだら、僕達もお昼頂きましょうか?」
「あ、うん、そうだね! いっぱい付き合ってもらってごめんね」
とりあえずフレイアから離れると、イズムの隣にちょこんと座るリセ。イズムとは反対側に、フレイアも座った。彼はバスケットの中から残っていた二人分のパンを手に取り、片方をリセに渡す。
「辛いの苦手かと思いまして……リセさんの分、あまり香辛料入れてないんですけど大丈夫でした? 僕のと取り替えても構いませんが……」
それを受け取りながら、リセは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「本当? わー、ありがとー! 私辛いのもダメみたいなんだー」
「リセさんの嗜好を考えれば、そのくらい分かりますよ」
二人の間に流れる和やかな雰囲気を感じ、フレイアはするりとリセに手を伸ばす。
「あらー、お二人さんってばやっぱり仲が良ろしいようでー」
「ふおっ!?」
リセを抱き寄せるようにして腕を回してくる彼女。今朝の件もあってか必要以上に絡む。どこぞの酔っ払いに見えなくもない。
「あれ、フレイアさん妬きます?」
「ふふっ、イズム君には渡さないよ? リセはアタシのですから!」
「それは残念ですね」
「お前らなぁ……」
「あれ、ハール君は参戦しない? リセ争奪戦」
「誰がするか」
「フレイア、腕っ! 腕っ! 苦しいーっ」
いつものことだと言わんばかりに放っておくハール。おそらく、今日一番和やかであろう時間。
「……ところでハール、狼って好きですか?」
しかしそれは唐突な問いによって断ち切られた。ふいに、イズムの視線が一同から外れ木々の奥へと注がれる。彼自身と問われた者、そしてじゃれあっていた残り二人の動きもつられるようにして止まった。
「嫌いではない、けど……お前は?」
「僕は犬より猫派なんですよねぇ……可愛いじゃないですか。気紛れなところとか」
でも、うちには鳥がいるので飼えませんけど、と続ける。きょとんとした顔をしていたフレイアだったが、すぐに“どういうことか”理解したらしく、話に加わった。
「あ、アタシも猫派ー! イズム君とお揃いっ。犬も嫌いじゃないけどね」
そして悪戯っぽい笑みを浮かべ、言う。
「でもー、“こういう”妙に凶暴だったりとかぁ……尻尾が二股に分かれてたりとかぁ……」
「オレ達を囲んだり、とか?」
「そうそう! そういうのはぁ……」
自身の携帯水晶に手を添え、二人。
「「嫌い」」
「……あ、ハール君ともお揃い」
「何で嫌そうな顔すんだよ……」
「はいはい、冗談はここまでにしましょう」
イズムが苦笑し、やんわりと制止をかける。
「……リセ」
「フレイア?」
「来るよ」
「……!」
リセは少しでも彼らが理解していることを自身も感じようと、辺りに耳を欹てた。
――微かな、葉の音。人間が立てるよりも軽く、それでいて踏み鳴らす音数自体は多い。
今まで何のことだが分からなかった彼女も、さすがに状況を理解せざるを得ない。本当に冗談はここまでのようだった。これも冗談ならいいのに。
(また、私だけ何も……)
焦る必要はない、悩めばいいと、目尻の皺を深めた老人の笑顔が浮かぶ。自責と焦燥はシリスの武器屋に置いてきたはずだった。しかし――
(やっぱり、すぐには割り切れないよ……)
彼の温かな助言も意味を成さないほどに胸が苦しい。最後に扉のベルを鳴らし外へ踏み出した時の清々しい気持ちは、一体何処へいってしまったのか。
「……群れだな」
「群れですね」
「群れだねぇ」
(群れなんだ……)
確認三、心の声一。
「またこいつらかよ……ネタ切れか?」
剣を出現させながらハール。
「ネタって……まぁ、この子達はここらじゃ一番多い種類だしね。まったく、どんだけこの辺って狼住みやすいの」
「確かに。西側より自然が多いからじゃねぇの?」
「自然が多いのはいいけどねー……」
弓矢を形取った光を現し、実物へと変わったそれを手に取って、フレイア。
「前衛と後衛に分かれません? 効率悪いですし」
二人は頷く。
「僕とハールで前衛、フレイアさんは弓ですし、後衛で……リセさんを、よろしくお願いします」
「はいはいっ」
「……ごめんね?」
申し訳なさそうなリセに、フレイアは明るくウインクを決める。
「気にしなーいの!」
そんな二人の様子を目の端で捉えつつ、イズムは自らの隣で魔物と対峙する碧眼にだけ聞こえるように言う。
「これで戦えますか? ……リセさんを守るのは、フレイアさんです」
どこか楽しげな響きを孕むその声は、暗に、『ここまでしてやったんだから、それなりの働きはしろよ』という意志を伝えるために紡がれている気が、しないでもなかった。